魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
それから、数日が過ぎた。
とっても悪いことだけど、学校をズル休みして、買い物に出かけた。主に、私の食器とか、衣服とかの生活用品だ。
最初は遠慮しようと思ったけど、秀人さんの『着たきりはちょっと……』との鶴の一声だった。一番の問題だったお金は、秀人さんが負担してくれるそうだ。いくらなんでもそこまで、とは思ったが、秀人さんは聞いてくれなかった。ちょっと、お人よしが過ぎるんじゃないだろうか、この人。
というわけで、私は大通りから一本外れた通りの、こぢんまりとした食器店にいる。一つ一つがすごく丁寧に作られていて、素人目で見てもいい物だということがわかる。その分、値段も市販品に比べて数段上だけど……あ、でも、このマグカップ、星が散りばめられていてすごく綺麗。
「これか?」
横から伸びてきた手に、ひょいっと取られた。
「あ!」
「すみません、これ下さい。あと、これと、これと、これ」
私が目に付けていたマグカップを、お皿を、フォークとスプーンのセットを、レジにいた女性に渡す。ちょ、それ、値段が四桁後半なんですけど!?
「私、そんな高い物じゃなくても……!」
「あ、名前入れてもらえます? ひらがな三文字で『なのは』」
女性の店主は、笑顔で頷いた。
「秀人さ~ん!?」
「いいからいいから」
「よくな~い!」
「さて、次は服か……」
「あ、こっち! こっちに服屋あるよ」
右に注意を引き付け、手を引く。確か、この近くに安い衣料品のチェーン店があったはず。絶対に、右側のデパートなんて見せてはいけない!
第一、私はそんなにおしゃれに興味は無い。気にするのは、せいぜい色と、丈が長いか短いかの違いくらいだ。今着ている服だって、上下共に無地の服だ。
「ごめんね、秀人さん……お金、いっぱい使わせちゃって」
安いとはいっても、十着以上買い込めば、かなりの値段になる。秀人さんが右腕に提げるぱんぱんの袋が、私の罪悪感を否応無しに刺激する。
「いいって。他に使い道も無いし」
秀人さんに手を引かれ、街中を歩く。
そして、大通りに差し掛かり……私は、足を止めた。
「…………」
この先には、『あの店』がある。大通りで一番人気の喫茶店で、毎日たくさん人がいて、店主は美人で、店員は……
「なのは」
ハッ、と我に帰る。知らず知らずのうちに、足が止まっていた。
「な、なんでもない、大丈夫……」
でも、動けない。足が地面とくっついてしまったように、この先へ行くことを拒否している。イヤだ。この先に行きたくない。『あいつら』の顔を見たくない。じめじめと気分が悪くなっていく。ダメだ。ダメだ。折角の楽しいお買い物なのに。秀人さんに迷惑をかけてしまう。
「よいしょっと」
そして、次の瞬間、両足が地面から離れた。
「……ふぇっ!?」
突然のことに驚く。
肩車されたことで、視界が一気に高くなった。道行く人たちの何割かが、私に注目する。
「ひ、秀人さん、恥ずかしいよ!」
顔が熱い。きっと、真っ赤になっている。
「うんうん、わかったわかった。じゃ、行くか」
「分かってない~!?」
ああああ、見ないで、見ないで~!!
五分ほど肩車のまま歩き……ある場所で、すとんと下ろされた。
「もうっ、ひどいよ~!」
本気で怒っているわけじゃないけど……恥ずかしかったんだもん。
そこは、アクセサリーショップのようだった。店内には、髪留め、ブレスレット、ピアスにネックレスと、アクセサリーが所狭しと並んでいる。
その中に売っていた、シンプルな飾り紐が目に留まる。値段は、手頃。私のお財布の中身とぴったりだ。
「あの、これください」
すこし派手な格好をしていた女性は、ネックレスをじゃらじゃら鳴らしながら陽気に応じた。
「オウ、お客さん、…………………………、……うん、『待っていたよ』」
? …………店員さんは、秀人さんを見て、よく意味の分からないことを言った。
(? ……秀人さん、知り合い?)
念のため、念話で。
(意味深なこと言ってなんか売りつける気だろ)
「ンなことしねーってば」
((え!?))
しまった。うっかり口に出てた!?
「あっはっは! まぁ気にしなさんな! んで、どれをお求めだい!?」
「あの、この飾り紐を」
秀人さんが財布を出そうとするのを、抑える。こればっかりは、ね。
「これ、レイジングハートに丁度いいかなって思って。大事なパートナーだし、自分のお金で買ってあげたいの」
「そうか」
ポケットから、レイジングハートを取り出す。飾り紐のアタッチメントとは、大きさもピッタリ。
「ほら。ぴったりだよレイジングハート」
『ありがとうございます』
首に下げてみる。レイジングハートは相変わらずクールだけど、どことなく喜んでいるようにも見えた。
「似合う似合う」
秀人さんが、頭を撫でてくれた。
――どくん
『Caution !』
「うっ……!」「……何だ?」「……ン」
突然、空気が変わった。この近くから、凄まじい圧迫感が押し寄せてくる。この気配は、そう。あの晩の……!
レイジングハートも、危険を促すように点滅している。
『二人とも!』
ユーノくんから、念話による通信が入った。
「ユーノくん!? まさか……」
『そう、ジュエルシード暴走体だ!』
予感は、的中した。
「場所は!?」
秀人さんが、道の隅に荷物を置き、聞く。
『そこからまっすぐ! 200メートル!』
「よっし! 行くぞ、なのは!」
「はいっ!」
秀人さんの後を追い、走り出す。
着いたのは、寂れた神社。
数十段の石段を登り終えた途端、
『グガアアアアアアアアアアアッッ!!』
暴走体に、襲い掛かられた。だけど、いつまでも、怯えている私じゃない!
即座に手をかざし、障壁を発生させる。
『Protection !』
――バチイッ!
『ギャンッ!』
この障壁には、ぶつかった物を弾き飛ばす効果がある。だから、
「秀人さん! いくよ!」
暴走体を、秀人さんの目の前に放り出した。
「いっ、せー、のー……!」
既に構えていた秀人さんが、左足を軸に、腰を回転。コマのように腕を振り、身体を大きく捻る。そして、
「せいっ!!」
十二分に威力を高めた回し蹴りを、暴走体に叩き込んだ!
――ズドンッ!!
『ガウウウウウウッ!?』
ドガンッ! と吹き飛ばされた暴走体が、賽銭箱を粉砕した。
「くうっ……硬って~……!!」
秀人さんが足をぷらぷらと振る。
確かに、この前の毬藻と比べて、ぶつかってきた時の衝撃が強かった。
『まずい』
ユーノくんが焦っている。
『まずいって、何が!?』
『今回の暴走体は、実体のある物に取り憑いて暴走している。
だから、この前の……ジュエルシードが単独で暴走しているときよりも、数段』
「厄介ってことだね」
見据える先。賽銭箱の残骸の山から、暴走体が立ち上がっていた。
『グルルルル……』
ジュエルシードが取り憑いているのは多分、犬か何かなんだろう。四足歩行の獣の姿をしている。
でも、回復し切ってはいない。今のうちだ。
飾り紐からレイジングハートを取り出し、天に掲げる。
『それじゃあ、なのは。この前と同じように……』
それを無視し、告げる。
「レイジングハート! セットアップ!」
『Stand by ready , set up』
湧き上がる。桜色と、空色の光が。起動したレイジングハートを掴み、戦闘服……バリアジャケットを装着する。
『詠唱抜きって……』
「ん、まあ、変身するたびに長々と唱えてたら隙だらけだからな。レイジングハートに頼んでみたんだ」
空色の魔力光を立ち上らせる秀人さんが、軽い調子で言う。
『ガアアッ!』
「よ、っと」
暴走体の突進を回避する。
「……なんか、大した事無いな」
確かに。動きは直線的だし、突進はバリアを張れば余裕で弾き飛ばせる。
「せいやっ!」
――ドンッ!
『ギャアッ!』
秀人さんの攻撃は、問題なくダメージを与えられている。
けれどそれは、安易な慢心だった。
「おい、なんか……! 速くなってないか!?」
身を屈めて、時に後ろに跳んで攻撃をやり過ごす。でも、段々とその頻度が増してきている。暴走体の動くスピードが、明らかに上がってきているんだ!
「秀人さん、こっちへ!」
『protection !』
全方位をドーム状に囲うバリアを展開し、退避する。
「まずいな……」
「うん……」
バリアに時折接触するものの、もう殆ど目で追えないスピードになっている。私は元より、秀人さんでも捕まえられないだろう。
――ガリッ!
「くうっ!」
バリアに鋭い爪が食い込み、一部を削り取る。その度に、術者である私自身にダメージが伝わる。
動きを止めることさえ出来れば……
「ん?」
動きを、止める?
はたと気付く。そうだ、何もわざわざあのスピードに付き合ってやらなくてもいいんじゃないか。頭の中で作戦を、戦術を組む。
「レイジングハート」
以心伝心の頼もしいパートナーは、すぐに答えた。
『確かに可能ですが、マスターの今の力量では、防御との同時展開は難しいでしょう。それに、術式を構築するのに時間が掛かります』
「具体的には?」
『五十二秒』
「うっ……」
長い……! そんな長時間バリアを解除していたら、術式が完成する前にやられちゃう!
『方法はあります。マスターが術式を構築している間……』
「俺が足止めする、ってとこか」
切り傷が塞がった秀人さんが言う。
「なのは」
私をまっすぐに見据える。
「上手くいくかどうかは、なのはに賭かってる。しくじるなよ」
「はい!」
そうだ。いくら秀人さんが時間を稼いでくれたって、私が失敗したら元も子もない。一回で、必ず成功させるんだ!
「こっちだ、犬コロ!」
秀人さんがバリアから駆け出し、暴走体の注意を引き付ける。
『ガアッ!』
バリアに掛かる負荷が消える。それと同時に、バリアを解除。
「はあっ……」
深呼吸し、目を瞑る。思考の邪魔になる情報は、可能な限りシャットアウトする。この五十二秒に……秀人さんが作ってくれる五十二秒に集中するんだ!
「くっ、この!」
『グルルルルル!』
ドスッ、という鈍い音。ざしゅっ、という鋭い音が断続的に聞こえる。
……二十五、二十六、二十七
『ガアアアアアアアアッ!!』
気付かれた!
咆哮が間近に迫る。それでも、目を開けない。集中を、絶対に乱さない!
「でえええいっ!!」
『ギャアアッ!』
横に逸れ、雑木林をめきめきなぎ倒していく音。
……四十五、四十六、四十七
……五十一、五十二!
『お見事です』
「……よし、やるよ、レイジングハート!」
『All right』
足元に、魔方陣を展開。術式選択。
暴走体は、私の背後、上空から飛び掛ってきた。
「……読み通り!」
見えない壁に激突したかのように、暴走体が、空中に静止した!
『グオオオオッ!?』
その四肢は、がっちりと、桜色のリングで拘束されている。
『Ring bind』
初歩拘束魔法、リングバインド。名の通り、魔力の輪で四肢を締め上げる魔法だ。例によって例のごとく、大目の魔力を注いだ分、従来のものより頑丈になっている。
『ガアッ! グガアアアッ!!』
暴走体が足掻くが、拘束は硬く、全く抜け出せないでいる。
封印魔法を使うには、このバインドを解除する必要がある。でも、恐れる必要は無い。
この暴走体の加速には、『地面を蹴る』行為がどうしても必要だ。足場が無い空中に放
り出してしてしまえば、あの速度は出せない!
「 『不屈の心はこの胸に!』 」
暴走体の額に、ローマ数字が浮かび上がる。数は……
「ジュエルシード、シリアル16!」
『オオオッ!』
暴走体の爪が迫る。レイジングハートの変形は、多分、間に合わない。だから。
「秀人さん!」
「っしゃあ! レイジングハート! 封印だ!」
『All right . 』
五十二秒のうち、四十七秒はこのために! 封印術式を、初歩攻撃魔法『インパクト』に追加!
『Sealing impact !』
「封……印ッッ!!」
――ズドオオオオン!
暴走体のどてっ腹に、封印攻撃魔法と……それを纏った拳が、深々と突き刺さった!
『グ………………ガハッ』
長い一瞬。そして、
――バシュウウッ……
暴走体の身体が霧散し、痩せた野良犬と、ジュエルシードが転がった。
「くぅ~ん……」
素体にされていた犬も、怪我は無さそう。
「やった……」
レイジングハートに、ジュエルシードが吸い込まれた。
へたり込みそうになるが、気合で耐える。そんなことより!
「秀人さん! 怪我は!?」
駆け寄り……ひ、っと変な息が漏れた。
「秀人さん……その、腕」
震える手で、指差す。
裂傷と表現するのも生温い、深い、無数の切り傷。皮膚をめくり上げ、肉を抉り……一番深い左肩の傷なんて、恐らく骨にまで達しているだろう。今も、どぼどぼと壊れた蛇口のように真っ赤な液体を流している。卒倒しそうになる自分を叱咤し、上着を傷口に押し当てる。黄色の生地が、見る見るうちに赤く染まっていく。抑え切れるはずも無く、ぼたぼたと赤い雫が垂れてくる。
(どうしよう……どうしよう……!!)
病院。救急車。
「……放っておけば治る。俺は……そういう風にできてるから」
いつか聞いた言葉を繰り返し、秀人さんは目を閉じた。
道端に放置していた荷物を回収し家に戻る途中、ユーノくんが合流した。今更な感じがする。まあ、魔力が回復するまでは念話くらいしか使えないらしいし、仕方無いんだけど。
「秀人、なのは! 怪我は無い!?」
「おー、見ての通りだ」
ひらひらと手を振る秀人さん。何でなのかは知らないが、あれだけの傷が短時間で回復してしまったから、確かに無傷だ。私も無傷だが……これは、秀人さんが守ってくれたから。あんな、普通の人なら、一生傷跡や後遺症が残りそうな傷を負いながら。いくら治るとは言っても、痛みが無いわけじゃあないんだろう。ついさっきまで、まるで蝋人形のような顔色をしていた。きっと、私に心配を掛けまいと無理をしていたんだ。
事前に準備できていたら。二つ以上の魔法が同時に使えていたら。……私が、もっと強かったら。秀人さんは、痛い思いをしなくて済んだ。
「レイジングハート」
『はい、マスター』
「私……強くなりたい」
レイジングハートは、はっきりと答えてくれた。
『なれます。あなたなら、誰よりも』
決意を新たに。レイジングハートを、ぎゅっと握り締めた。
「なのは、俺、少し出かけてくる」
食後、使い終わった食器を洗っているときの事だった。秀人さんがヘルメットを手に、出かけていってしまった。どうせなら、一緒に練習したかったなぁ……
まあ、無い物をねだっても仕方が無い。
私は正座し、ちゃぶ台の上に鎮座するレイジングハートと、ユーノくんと向き合った。
「なのは、最初に言っておくね」
ユーノくんが、張り詰めた声で言う。私は、背筋を伸ばしてそれを聞く。
「魔法は、怖い力だ」
それは……ジュエルシードを見れば分かる。あんな化け物が、もし街中に現れたら。どんな被害が出てしまうのかなんて、想像すら出来ない。
「使い方によっては術者の身を滅ぼして……いや、それならまだしも、周囲の人を巻き込む可能性だってある。だから、魔法の指導に、一切の馴れ合いは無しだ。それを……肝に命じておいて」
ごくり、とのどが鳴る。私がやろうとしていることは、危険と隣り合わせの技術なのだ。下手をしたら、ジュエルシードを集め終える前に自滅することだってあるんだ。少し……ううん、すごく怖い。でも……秀人さんの血が、頭にこびりついて離れない。あんな光景を見るのは、もうまっぴらだ。
「ユーノくん、レイジングハート、魔法の練習……いや、特訓、お願いします!」
『お任せ下さい、マスター』
私は、強くなる!
◆ ◆ ◆ ◆
俺は、通りの一角にバイクを停め、ヘルメットを脱いだ。昼間は人でにぎわう大通りも、夜九時を過ぎ、商店がシャッターを閉めると途端に人通りが少なくなる。
「……ここか」
携帯電話のナビは、『目的地に到着しました』と無愛想に沈黙している。
『大通りで一番人気の店』……たったこれだけでヒットするなんてなぁ。
目の前には、一軒の喫茶店。看板には『翠屋』とある。ドアノブには、準備中の看板が掛かっている。最低限の照明を残すのみの店内からは、まだ人の気配がした。
(……居てもらわないと、困るんだけどな)
悩んだ末、俺はノックの代わりに……
――ガンッ!
ドアを蹴りつけることを選んだ。壊れない程度に、思いっきり手加減して。
ノブを捻り、店内にずかずかと足を踏み入れる。
「……申し訳ありませんが、」
モップ片手に近づいてきた男。切れ長の瞳に、長身。こいつは兄貴か。奥でテーブルを雑巾がけしている三つ編み眼鏡は姉だろう。カウンター内を掃いている女、こいつはなのはにソックリだ。多分、母親。
こいつらが……この三人が、あの子をあそこまで追い込んだ元凶。
「お前たちがなのはの肉親か」
「なっ……!」
なのはの兄が、モップを取り落とした。
「……そうみたいだな」
「貴様ッ!」
胸倉を掴み上げられ、壁に押し付けられた。暑っ苦しい……
「きょうちゃん、ストップ!」「恭也!」
姉と母が、兄……恭也と俺を引き剥がす。荒い息をついていた恭也は、二度三度息を整え、『すまない』と頭を下げた。
「今、なのはがどこにいるかご存知なんでしょうか?」
なのはと同じ、栗色の髪の毛をした女が質問してきた。平静を装っているが、焦りのようなものが浮いて見える。
「ああ、俺んとこにいる」
ぞわっ……
エレベーターが停止した時のように、毛が逆立つ。これは、殺気。そして発生源は恭也だ。
「……なのはをどうするつもりだ」
「俺は何もしねぇさ。なのはには、合鍵を渡してやって、好きに使ってもらってる状態だからな」
「ふざけるな……! この誘拐犯め!」
大した殺気だ。気を抜けば、膝が笑い出してしまうかもしれない。だけど、こんな野郎相手にそんな無様な姿は見せられない。なのはのためにも。
「なら、お前たちは虐待犯だろう」
――恭也の目が、見開かれた。取り繕うように、厳しい表情を作る。が、殺気はすっかり霧散してしまっている。
「なのはは、泣いていたぞ。『もう寂しいのは嫌だ』ってな」
女二人が辛そうに目を逸らした。
「聞き分けのいい子。しっかりした子。我侭を言わない子……いい子。だから、放っておいても大丈夫、か?」
とうとう恭也までが、俺から目を逸らしてしまった。
「おい、なのはの母親」
「……はい」
「ここ数年、なのはに飯を作ってやったことが無いんだって?」
「……」
……答えられないか。なのはは、『母の料理が食べたい』なんて当たり前のことを涙ながらに訴えたのに。
「テレビの取材で忙しかったか? 店の人気がそんなに大事か。なのはより、店の売り上げか」
「違う! 私は、なのはを愛して……!」
「なのはは、自分で作った料理を一人で食べながら、テレビに映る母親を見ていたんだっとさ」
「っ!!」
……何、ショックを受けた顔してるんだ? 全て、自分のせいなのに。
――なのはだって、お母さんが作ったご飯、食べたいのに!
「おい、姉」
「……なん、ですか」
「なのはが何才になったか、言ってみろ」
「……九才」
「なのはは、誕生日を三回、一人ぼっちで過ごしたそうだ」
三つ編みの女は、俯き、唇をかみ締めている。
――誕生日にお祝いしてよ!
「おい、兄」
「……何だ」
「お前、なのはを叩いたんだってな」
それが、何よりも許せない。叩かれる理由なんて、欠片も無かったのに!
「……夜遅くまで出歩いていたからだ」
なるほどな。そういう言い訳をするのか。
「その前日から、俺の家に泊まっていたんだが? 気付かなかったのか、家族の不在に?」
「!?」
心底驚いた、みたいな顔。
「普段は見向きもしない癖に、都合のいいときだけ兄貴面か」
――家に帰ったら、お帰りなさいって言ってよ!
こいつらは、そんな、ごく当たり前の愛情すら注いでこなかった。なのはは、あんなにも泣いていたのに。あんなにも、家族の愛情を求めていたのに。
怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。
「笑わせるな。このザマの、何が家族だ。」
弱弱しく睨み付けてくる、なのはと同じ苗字の男。
拳を握り締め俯く、なのはと遺伝子的には近い筈の女。
膝を折り、嗚咽するなのはを出産した女。
「お願いします、なのはに、なのはに会わせて下さい!」
なのはを出産した女が、縋り付いてきた。
その顔は、『私は悲しんでいます』と言わんばかりで……!
――切れた。
「ふざけてんじゃねぇぞっ!!」
俺は、怒りを抑え込んでいたタガを外し、激情のままに叩きつける。縋り付いてきた女を、床に蹴倒す。
「被害者面してんじゃねぇ加害者共! なのはがどれだけ寂しかったか、辛かったのか、どうせ理解しちゃいないんだろう! 会ってどうする!? その場凌ぎで許してもらって、また繰り返すのか! あの暗い家に、なのはを一人ぼっちで取り残すのか!」
呆けた顔で立ち尽くす三人に、引導をくれてやる。
「――お前達は、気付くのが遅すぎたんだよ」
ちゃりっ……と、懐の呪符を取り出す。ユーノが組んでくれた術式を、文字という形で密封した、使い切りの魔法のアイテムだ。
『――緩慢なる忘却の檻・怠惰なる眠りにて・其の者らの歩みを阻め』
…………ある事象への『想起』を阻害する、精神操作系の魔法だ。変に絡んでこられないように、徹底的にやってやるさ。
ドアを開け、店を出る。背後からは、しくしくという泣き声が聞こえていたが、ドアを閉めると聞こえなくなった。
「ただいま」
家に帰った俺が見たのは……
「…………んあ~」
……不必要に大人びた子というイメージを爆砕する、なのはの痴態だった。床に大の字で倒れ、口の端から涎が垂れている。
……これはひどい。
「…………おい、ユーノ、レイジングハート」
「……はい」
『何でしょうか』
目がぐるぐると回り、ここではないどこかを見ている。
「何をした」
「マルチタスク……並列同時思考の訓練を」
『手始めに五つほど』
「んな過剰な脳トレを九才の女の子にやらせんなああああああ!!」
ユーノの首根っこを掴み、胴体を掴み……雑巾絞り!
「んぎょえええええええええええ!!」
『憐れです、かつての我が主……』
「お前もだ! 何考えてやがる!」
ボロ雑巾ユーノをぺいっと放り捨て、レイジングハートに指を突きつける。だが、レイジングハートはクールに電子音声で返した。
『マスターが望んだのです』
「……は?」
こんな、吐くような過剰なトレーニングを? 一体、何でそこまで……
『あなたのためです、ヒデト』
「……何だよ、それ」
俺のため?
『暴走体との戦いで、あなたはマスターを守り、幾度と無く傷ついた』
まあ、確かにガラスの雨を浴びたり猛獣の爪で切り裂かれたりはしたが……
「俺の身体なんて……放っておけば勝手に治るんだ。そんなに気に病む必要なんて無いだろ」
そうだ。俺の身体は特別製なんだ。いくら傷付こうが、砕かれようが、すぐに回復する。痛みを我慢していればいいだけの話だ。俺の怪我なんて瑣末なことで、なのはが悩む必要なんて……
「……違う、よ。それは、違う」
なのはが、ふらふらと立ち上がった。まだ寝起きのようにふらふらしているが、目は、まっすぐに俺を見ていた。ふらふらと数歩進み……俺の身体に、手を回した。至近距離から俺の顔を見上げ、言う。
「治るから、傷ついていいなんて、絶対に違う……!」
真っ直ぐな瞳に気圧される。
「秀人さんが私を守って傷つくなら……」
決意を込めた目が、言葉が、心地よく耳に届く。
「私は、『私を守る秀人さん』を、守る」
それだけ言って、電池が切れたように、ぱたっと倒れた。それを、受け止める。
腕の中で寝息を立てるなのは。思わず、苦笑が漏れてしまう。
「……傲慢だったな。『俺が守ってやらないと』だなんて」
弱い子だと決め付けて。でも、それは間違いだった。
『私を守る秀人さん』を守る。
あれは、本気の目と言葉だった。なのはという女の子は、俺が考えていたよりも、ずっと強い子だったらしい。
手櫛で髪の毛を梳いてやり、ベッドに横たえる。
「……レイジングハート、ユーノ」
『はい』「あいたたた……何だい?」
「俺にも、魔法の訓練を頼む。いつまでも『インパクト』一辺倒じゃあ……」
なのはの、綺麗な栗色の髪の毛を撫でる。
「この先、なのはを守れない」
◆ ◆ ◆ ◆
「ふああ~……」
朝日が眩しくて目が覚めた。頭に、まるで錘が乗っかっているように重い。
そう、昨日は[今朝のご飯は何にしようか][先生に何て言い訳しよう]レイジングハートと[新しい食器を使うのが楽しみ]マルチタスクの[あーあ、髪の毛ぼさぼさ]れんしゅ、う!!
「うぐううっ!!」
頭が……痛い!
「ふうっ……あ、あぐっ!」
痛い……痛いッ!
「はあっ、はあっ……!!」
これは多分、昨日の訓練の後遺症みたいなものだろう。
並列同時思考。
高度な演算を必要とする魔法を、いくつも同時に展開するためには必須の技能……らしいのだが。
「頭、痛いよぉ……」
ずきずきと疼痛が頭に住み着いてしまっている。
「だから、言ったじゃないか。いきなり五つは多すぎるって!」
ユーノ君が、小さな手で私の頭をぽむ、と抑えた。
「あう~……」
じわじわ~、っと痛みが引いていく。
「とりあえず、痛み止めしておくから」
「ありがと~……」
……ようやく、痛みが引いた。まだ少し、頭が重いような気もするけど。
「レイジングハート……今日の訓練メニューはどうしよっか?」
「なっ……なのは!?」
ユーノ君が、飛び上がるように驚いた。まあ、言いたいことはわかるんだけど。
「駄目だ! 今日は、魔法使用もマルチタスクの使用も厳禁だ!」
「あっ!?」
必死……いや、怒気さえ滲ませて、レイジングハートを取り上げられた。
「権限行使。二十四時間の、マスター『高町なのは』による一切の機能の使用を……」
ユーノくんには、今のところ、私より上位の権限がある。それは、もし魔法が暴走しそうになったとき、即座に停止させるためのものだ。これを行使されたら、いくらマスター登録されていても魔法は使えない。それだけは……絶対に駄目だ!
「ユーノくん!!」
ダンッ!と床を強く叩き、ユーノくんの声を遮る。
「……もう、嫌なの。私に力が無くて、秀人さんが傷つくのは」
一日の遅れが、また、『あれ』を繰り返すかもしれない。切り裂かれた身体。あふれる血液。蒼白になった顔色。私を安心させるために、無理やり作った歪な笑み。もう……あんなのは沢山だ。
「だから、お願い。練習させて、ください……もう、あんな無茶はしないから。ちゃんと言うこと聞くから……! お願い、お願いします……!」
涙で滲む目を目蓋で隠し、土下座するように頭を深く、深く下げる。嗚咽が漏れないよう、唇を噛み締め。
ふう、と。諦めたような吐息が、耳朶に響いた。
「内容変更。これより十二時間、マルチタスク二つのみの使用を許可」
「あっ……ありがとう!」
顔を上げる。ああ、良かった……本当に。
「僕が『いい』って言うまで、基礎以外の事に手を出したら駄目だからね!」
「……はい」
とにかく、起きよう。
のそのそと身体を起こし、台所に向かう。冷水で顔を洗うと、いくらか気分がしゃっきりした。痛みというレベルではないが、頭が重い。
「う~……」
冷蔵庫を物色。アジの開きと、豆腐があった。コンロに火をつけ、鍋を乗せ、水を入れる。湯気が出る程度に温まったら、削り節を入れ、一煮立ち。出し殻を取り出し、お味噌を溶いて入れる。もう片方のコンロに火を点け、網に載せたアジの開きを乗せる。味噌汁に豆腐を一センチ角に切って入れる。味噌汁の火を落とし、蓋をする。さて、あとは、アジが焼けたら朝食の準備は完了っと。
「随分と手馴れてるんだね」
「ん……まぁね」
伊達に数年、半一人暮らしをしていない。この程度の作業なら、寝ぼけた頭でも勝手に身体が動いてくれる。さてと。秀人さんを起こそう。
「秀人さん、おはよう」
ベッドに膝立ちし、秀人さんの寝顔を覗き見る。しばらくすると、「ううん……」と呻き、むくっと上半身を起こした。
「……おはよう、なのは」
ふわあ、と大あくび。
「朝ごはん、できてるよ」
寝癖が付いた髪の毛を梳いてあげる。
「ありがとな」
そして、もそもそと起きだしてきた秀人さんが顔を洗い、食卓についた。
あ、いけない。鞄の中身、この前のままだ。
がさがさと鞄の中身を入れ替える。すると、見慣れないプリントが出てきた。わら半紙のそれには、こう書いてあった。
『授業参観のお知らせ』
「……」
配布された日付は、大体一週間前。適当に鞄の中に突っ込んでいたっきり、忘れていたようだ。
台所で、食器を洗っている秀人さんを見る。
「……あ、」
声が、出せない。ただこのプリントを見せて、『来てください』と言えばそれでいいのに。
「ん?」
秀人さんが、視線を感じたのかこちらを振り返った。
「どうした?」
――今日、授業参観があるの
でも。私の口からその言葉が出ることはなかった。
「……ううん、何でも無いよ」
無理矢理、笑顔を作る。プリントをぐしゃっと丸め、屑籠に放り込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
なのはが出掛けて行った直後……ばたん。俺は、笑顔で手を上げた姿勢のまま、少し色あせた畳に倒れこんだ。
「ぐおおおお……頭が割れるううううう…………!!」
なのはの前では格好付けていたが、もう限界だ。頭の中を金槌でせわしなく叩かれているような激痛。
「……大した根性……いや、意地っ張りだね、君も」
ふう~、とため息をつくユーノが恨めしい。
「うっせー……こんな情けない姿、なのはに見せられないだろ」
一歩も動けない。だらだらと脂汗を垂らしながら、畳と見詰め合う。あら、少しカビているわ。いやだもう、ウフフフフフ………
「秀人! 気を確かに!」
ハッ! あ、危ない……危うくアッチの世界に飛んでいくところだった。
「全くもう……なのはもそうだけど、何でそんな無茶するんだよ。最初は、二つ同時から始めて、徐々に慣らしていくのが普通なのに」
「えっ……?」
その発想は無かった!
「『その発想は無かった』みたいな顔するなーーー!!」
はぁ……今日はもう駄目だ。ずるずると這い、ベッドから毛布を引っ張り下ろし、床で寝る。そうして、何時間寝ていただろうか。目を覚ますと、日は真上近くに昇っていた。
横に傾いた視界の中、屑籠に見慣れない色の紙が捨てられていた。腕を伸ばそうとして……断念。無理。動けない。
「ユーノ……それ、取ってくれ」
「はぁ、やれやれ」
ぱさっと目の前に置かれる紙。
「読んでくれ」「自分で読め!」
ちっ。
えーと、なになに?
「三年三組、授業参観のお知らせ……?」
「ジュギョウサンカン? 何だい、それは?」
「ああ、学校行事の一つでな。授業風景を保護者が見に来る……って、ええええええ!?」
頭を支配する痛みを気合で無視し、立ち上がる。プリントに目を通す。
「うわっ……!」
――日程は、今日!
「あンの、馬鹿!」こんな時にまで!
『授業参観に来て欲しい』と一言言えば済むものを、あの子は、また変に遠慮して……!
一張羅のスーツの袖に腕を通し、ネクタイを締める。
「どうしたのそんなに慌ぶぎゅる!」
ユーノの首根っこを掴み、窓の外に停めてあるバイクのリアボックスにスローイング! ストライーク! ホールインワン!
「ああああああ!?」
説明は後だ!
「行きながら念話で説明する! とにかく行くぞおおおお!!」
窓を跨ぎ、バイクにキーをぶっ挿す! ヘルメットを被り、発進!
「ぎゃあああああああああ」
◆ ◆ ◆ ◆
……やっぱり、こうなったか。
職員室で担任に頭を下げながら、ひたすらそんな事を考えていた。金曜日のエスケープに続き、月曜日のズル休みだ。そりゃあ、いくら温厚な先生でも怒る。
「高町さん、ちゃんと聞いてるの!?」
「……はい、済みませんでした」
惰性で優等生の真似事をしていたが、前回のエスケープと、昨日のサボタージュの二件で、完全に信用を失ってしまったようだ。
職員室を、一礼してから出る。詰まっていた息を、はあ、と吐き出し、教室へと向かった。クラスメイトたちは、皆どこか浮き足立っている。まぁ、それは仕方ない。何せ、年に二回の授業参観なのだ。勉強が出来る子も、そうでない子も、親にいい所を見せようと張り切っている。私はというと……頬杖を突いて、窓の外をぼうっと見ていた。机の上には、申し訳程度に教科書とノートを広げている。が、これを今日使うかどうかは不明だ。
ええっと、くだんのカナなんとかさんの一派は……あ、いたいた。恐怖がしっかりと染みこんだ目でこちらを見ていた。
にっこぉおおおおおお、と、極上の笑顔を返してあげた。料金は後で徴収。
「ね、ね、高町さん」
クラスメイトの誰かに、声を掛けられた。無視しても良かったが、波風を立ててもメリットは無い。顔を上げ、作り笑顔の仮面を被る。
「あ、……なに?」
しまった……この子の名前知らない。
「高町さんの家族って、どんな人が来るの? お父さん? お母さん?」
――ぴき
作り笑顔の仮面に、一瞬ヒビが入った。
「え」
怒るな。誤魔化せ。無視しろ。
「えっと……」
あんな奴らのこと、思い出すな! すう~、はあ~……よ、し。落ち着いた。落ち着いた。私は落ち着いた。私は落ち着いた。怒ってなんかいない。
「……もしかしたら、今日は都合が悪くて来れないかもしれないって」
「そっかー、残念だなぁ」
何が残念なんだ。ぎりぎりと、机の下に隠した手を硬く硬く握り締める。
「あ、おい八代! 先生来たぞ!」
その時、扉から外を見ていた男子が、私に話しかけてくる女子――八代というらしい――に大声を浴びせた。
「うっさいアホ葉山!」
男子は、葉山というらしい。八代さんは舌打ちをして、葉山君を睨み付けた。
「ンな大声出さなくても聞こえてるっつうの!」
「お前と一緒に高町さんまで怒られたらどうするんだよ! さーちゃん先生、怒るとマジ怖いんだぞ!」
ついさっき実体験したばかりだけど。ふぅ……とりあえず、この葉山君には感謝だ。八代さんの話を強引にでも断ち切ってくれたことだし。
「またね」と席に戻っていく八代さん。葉山君は、何故かまだ私の席の近くにいた。
「……なに?」
声を掛けると、びくっと身体を硬直させ、目がきょろきょろとせわしなく教室内を泳ぐ。
どうしたんだろう?
「あっ、た、高町……その、あいつ、五月蝿いだろ? 昔からそうなんだよ。許してやってくれ、な?」
「そう」
どうやら、八代さんのフォローをしたかっただけらしい。もういいから、さっさと席に戻ればいいのに。あ、ほら。
「葉山君! 席に戻りなさい!」
先生に見つかっちゃった。私は目を背けていたから、目を付けられる事は無かった。
三時間目と四時間目が授業参観だ。二時間目が終わる頃になると、教室の雰囲気がそわそわし出し、廊下側の窓を気にしだす子が増えてきた。
『マスター、集中力が乱れています』
シャツの中に隠したレイジングハートからの注意に、ハッと気付く。
(ごめん)
登校してから、ずっと発動していたマルチタスクに意識を戻す。家に帰ってからでは、練習時間が足りない。私には、休んでいる暇は無いのだから。
数は二つ。一つは、黒板の文字をノートに書き写すもの。もう一つは、基礎魔法を頭の中でシミュレーションするもの。
『順調です。段々と構築速度が上がってきています』
二つの魔法が同時に使えるようになれば、戦い方の幅も広がる。秀人さんに守ってもらってばかりの私を、変えられる。
『初歩攻撃魔法・インパクト。初歩防御魔法・プロテクション。初歩拘束魔法・リングバインド。封印魔法・シーリング。以上の四つは、個別に発動する分にはもう問題無いでしょう。あとは、発動時間の短縮に努めて下さい』
レイジングハートから及第点を貰う。とはいえ。
『では、新しい魔法を教えます』
鍛錬に休みは無い。教わってわかったことだが、魔法というのは基礎魔法だけでも膨大な数がある。もちろん、全てを習得する必要はまだ無いが、私の魔導師としての『適性』を計るためには、浅く広く覚える必要があった。
『今日だけで、最低でも五つ、習得して頂きます』
(うん、任せて!)
私は、へこたれない。私のために。そして、秀人さんのためにも。
『マスターの魔力量ならば、基礎のプロテクション・リングバインドでも強度は十分。ですので、新たな攻撃魔法を覚えていただきます』
(……うん)
攻撃魔法。その言葉の重みで、おへその下がずん、と下がる。
『気が進みませんか?』
(……ううん、大丈夫)
私は、私を守る秀人さんを守る。そう決めたんだ。
『恐らく、マスターの敵性は中・遠距離型。
まず、攻撃の柱となる、直射型砲撃魔法を……』
がやがやと廊下と教室が騒がしくなってきている。休み時間に入り、化粧でめかしこんだクラスメイト達の母親や、スーツを着た父親がぞろぞろとやってきていた。
思わず……無意識で。私は、来る筈の無い人物を探してしまった。
(そうだ。来るはずが無い。頼んですらいない。プリントだって、屑籠に捨ててしまった)
『魔力を、一直線に射出するのです。簡単に聞こえるでしょうが、束ねた魔力が拡散しないよう、砲撃の先端にまで気を配る必要があります』
授業が始まる。先生が問題を出すと、普段は全く手を上げないような生徒までが、我先にと手を上げる。当てられた生徒は、嬉しそうに、教室の後ろの壁際を、そこにいる親にアピールするように答える。
休み時間に入ってすぐ、親の元へ行くクラスメイト達。一様に笑顔だ。その『親子』というものの姿が、ちくちく胸を刺す。
その中から、八代さんと葉山君が席にやってきた。
「高町さ、ムグ!?」
何かを言おうとした八代さん。まあ、大体想像がつく。残念だったね、とか、そんな話だろう。それを、口を塞ぐことで阻止したのは葉山君だった。八代さんは、乱暴に葉山君の手を振りほどいた。
「何すんのよアホ健太!」
……健太?
「誰がアホだバカ望! 少しは空気読め!」
……望?
下の名前(多分)で呼び合っている。不思議に思って夫婦漫才を見ていたら、二人揃ってバッ!と振り返った。
「違っ、高町さん、誤解しないでね!? 単に、家が近い幼なじみってだけだから!」
「そうそう! 第一、俺は……!」
顔を真っ赤にして俯き、もじもじと指をいじり出した。何なんだろう。用が無いなら、さっさとどこかへ行って欲しい。マルチタスクを維持するのって結構大変なんだよ?
あ、チャイム鳴った。やれやれ……
授業参観もそろそろ終了。
(……いつものことじゃないか。今までだって、一人でやってきたじゃないか)
そんな時だった。
――から
教室のスライド式のドアが、ゆっくりと開けられる音。本人としては気付かれないように開けたつもりなのかもしれないが、バレバレだったりする。……遅刻してもすぐバレてしまう、魔のドアだ。そんなドアを開けて、時間ギリギリにやって来たのは。
秀人さん。
「え?」(え?)
マルチタスクが、驚きのあまりぽんっと解除される。クラスの視線は、また黒板に、先生に戻る。でも。私は、秀人さんから目を離せない。
秀人さんが私に気付き、ひらひら、と控えめに手を振った。
でも……何で? プリントは捨てたのに……
がさ、と秀人さんがポケットから取り出したのは、くしゃくしゃになった、授業参観のお知らせだった。……そっか、見つけちゃったんだ。
ああ、どうしよう。顔がにやけてしまう。気を抜いたら、くすくすと笑い出してしまいそうだ。
「秀人さんっ!」
授業が終わってすぐ、秀人さんのところに駆け寄った。
「悪い。よく考えたら、勝手に来ちゃったよ」
「ううんっ、嬉しいよ」
ぎゅー、っと、抱きつく。
「ぎゅー!?」
……あれ。なんか、ポケットから変な声が。
「あ、忘れてた」
無造作にポケットから引っ張り出したのは、栗色の毛並みをぼさぼさに逆立てた、ユーノくんだった。
『……やぁ、なのは』
「どうしたの? なんかボロボロだね」
秀人さんに聞いてみた。ユーノくんは疲労困憊で、ぐったりとしている。秀人さんは気まずそうにそっぽを向いた。
「バイクで来たんだけど……途中でユーノ落っことしちゃってさ」
はっはっは。参った参った。 ……と、明らかに笑って誤魔化そうとする秀人さん。
『咄嗟にプロテクション張ったから助かったものの……普通に死ぬわああああああ!!』
机の上に立ち、がーっ、と怒る。
「きゃー! かわいいー!」
……しまった、見つかっちゃった!
「かわいいー!」「これ高町さんのペット?」「名前なんていうの?」
クラスメイト達が、ユーノくんに殺到する。見た目はフェレットだし、小動物が好きな子にはたまらないだろう。地の性格は……まあ、不幸体質のうっかり者だけど。
私が避けたいのは、クラスメイトの質問攻めではなく……
「高町さんっ!」
「……うわっ」
この、情熱が空回り気味の先生に見つかってしまうことだったのに。
だがしかし、先生は私ではなく、秀人さんに詰め寄った。……ああ、そうか。秀人さんを私と同じ『高町』だと勘違いしたのか。
「ペットの連れ込みなんて非常識です!」
「あ、済みませんでした」「済みませんでした」
ぺこ、と素直に謝る。
「もう、今回だけですよ? ……もう」
ちら、ちら、と、女子にもみくちゃにされているユーノくんに視線を投げよこしている。
「……触ってみますか?」
提案を口にしてみた。
「いいのッ!?」
目を輝かせて食いついてきた!
「え、ええ……ユーノくん、こっちおいで」
『りょーかい』
女子の手をするっと抜け出し、とたたた、と寄ってきた。抱え上げ、先生に手渡す。
「か……かーわいぃー!!」
……先生が、壊れた。
「あはははは……(ユーノくん、モテモテだね)」
「ぎゅ、ぎゅ~~うう……!!(なのは……助けて、苦しい! 出ちゃう! 中身出ちゃうううう!!)」
「(頑張って。私の平穏な学校生活のために)」
「……! …………!」
あ、動かなくなった。多分だけど、この先生、猫には嫌われるタイプだろうなぁ……
学校の校舎というものは、昼こそ生徒でごった返し活気に満ちているが、夜になると途端に不気味な異界と化す。上履きの底が床板を擦るキュッキュッという音がいやに大きく響き、より一層の不安感を煽り立てる。
さて、何故私がこんな夜の校舎に居るのかと言うと。
「……き、肝試しらしくなってきたよね、うん!」
「そうそう!これくらい迫力が無いとな!」
そう。肝試しである。私と、八代さんと、葉山君の三人で。もちろん許可は下りていない。前に通っていた私立校ならともかく、公立校だ。多くの監視カメラも、ガードマンもいない。せいぜい、宿直の先生がいるくらいだ。鍵が壊れている裏口からこっそり侵入するなんて、たやすい事。
「お、おい望。怖いなら、帰ってもいいぞ……?」
「ふ、ふん! そんなに高町さんと二人きりになりたいわけ!?」
「なっ……ンな事言ってないだろ!」
「そういうことでしょ? 馬鹿健太!」
気丈に振る舞っているが、かたかたと笑っている膝を見れば、それが虚勢だと明らかに分かる。
「二人とも、静かに。見つかっちゃうよ?」
こうも五月蝿かったら、宿直の先生が目を覚ましてしまう可能性がある。
「あ、悪い……」「ごめんなさい……」
(はぁ……なんでこうなっちゃったんだっけ?)
私は何も、本気で肝試しをしに来た訳じゃないというのに……
話は、ほんの数十分前にまで遡る。
◆ ◆ ◆ ◆
レイジングハートを片手に、通いなれた校舎を見上げる。
「レイジングハート、ジュエルシードの反応は?」
『まだありませんが、僅かに気配がします。お気をつけて』
「うん」
よし、行くぞー……
「あれ、高町。 何してんだ?」
「え、高町さん? ホントだ」
……うっ。
嫌な予感と共に振り返り、出かけていたため息を飲み込んだ。
「八代さん……葉山君、君達こそ、何してるの?」
クラスメイトの二人は、口をそろえて「「塾」」と言った。
「そう。行ってらっしゃい」
仕方ない。別の場所から入ろう。
「っていうか、何してるんだ? 忘れ物したなら、宿直の先生に言えばいいじゃん」
葉山君がもっともなことを言う。
ジュエルシードを探しにきました。自由に動き回りたいので、宿直の先生は邪魔です。
――言えるわけ無い!
ああ、二人の顔がどんどん訝しげになっていく! なんとかして誤魔化さないと!
「き、肝試しをしようと思って……」
「「…………………肝試し?」」
やっちゃった……
「……うん」
ああ、終わった……私の平穏な日々……
「へー、楽しそうじゃん! 俺も混ぜてくれよ!」
「ちょっと、健太!?」
へ? あれ? なにこの展開……
『マスター、どうされますか?』
『いやぁ……どうしよっか……?』
もしここで断ったら、余計に怪しまれてしまうかもしれない。それなら。
「いいよ。三人で行こう」
「よっしゃ!」「ええっ!? 私も!?」
手元に置いて、監視していた方がマシ。そう決めた。
『大丈夫だよ。この二人には、適当なところで消えてもらうから』
◆ ◆ ◆ ◆
「それじゃ、コースの確認をするよ。宿直室を避けて、階段で二階へ。ぐるっと回ったら、次は三階へ。理科室の黒板にチョークで名前を書いたら、またここに集合」
それにしても、なぜゲストであるはずの私が主催者のような役割をしているのだろう?
「よ……よし!」
「……わかった」
一人一人、5分置きに個別に出発するルールだ。じゃんけんで順番を決める。
「ひい、一番!?」
八代さんが一番。
「に、二番手か、はは……」
葉山君が二番。
「じゃ、私は最後だね」
私は最後になった。
へっぴり腰の八代さん、おっかなびっくりの葉山君が出発し、スタート地点に一人残される私。さてと、行くか。懐中電灯片手に、階段を上る。
今日は、ユーノくんも秀人さんもいない。ユーノくんは放出してしまった魔力の回復のため。秀人さんはお仕事らしい。
暗闇の中、胸元でキラリと輝くレイジングハートだけが、今日の相棒だ。
二階を制覇し、三階へ。その時、事件は起きた。
ずくん、という、お馴染みの感覚。そう、これは……
「ジュエルシード……!」
かなり近い。ほんの、数十メートル先だ!
「きゃああああああああああああ!!」「ぎゃああああああああああ!!」
「八代さん! 葉山君!」
最悪だ! ああ、もう! だから一人で来たかったのに!
「レイジングハート、セットアップ!」
『Standby ready , set up !』
弾ける桜色。ジャケットの裾を翻し、理科準備室に急ぐ。
角を曲がる。そこで見たのは、床にぱったりと倒れる二人のクラスメイト。そして。
人体模型。
身体の正中線の沿って、筋肉組織が半分だけ露出した、理科の教材だ。残り半分の『普通の身体』は、不気味な無表情。直立しているところしか見たことが無いソレは、腕を曲げ、足を曲げ……まるで、生きているように動いている。
「き、」
夜の校舎に、動く人体模型。それが、ジュエルシードによって動いていることも分かっている。分かってはいても……怖いものは怖い!
『マーーー!!』
動いたああああああこっち来たあああああああああああ!!
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
『impact !』
どっごおおおおん!!
『マーーーーーーーー!?』
漫画ちっくな動きで廊下の端まで吹き飛んでいく人体模型。
しゃかしゃかしゃか……!
ひいいいいいいいいいいいい壁を這って近づいてきたああああああああああ気持ち悪い怖いいいいいいいい!!
「来ないで! 来ないでえええええええええええ!!」
『マスター、落ち着いて下さい!』
「いやああああああああ!!」
目に涙が浮かんでくるのを感じつつも、それを拭うことも忘れて攻撃魔法を乱射する。
『マ、マママッ、ママママー!!』
悔しいことに、ほぼ全部避けられてるけど!
『落ち着いてきましたか、マスター?』
「はあ、はあ……! うん、ごめんね……!」
『練習どおりに。やってみましょう』
そうだ。集中集中。
――術式選択。射撃魔法・シューター。
――魔力循環。
よし……練習どおり。レイジングハートの先端に、桜色の魔力スフィアが形成されていく。行くぞー!
「シュー、」
『ヒョオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「、きゃあ!?」
完全に、不意打ちだった。
攻撃魔法を発動しようとした瞬間、物陰から飛び出してきた『何か』に、体当たりを喰らわされた。軽い攻撃だったことが幸いし、ダメージらしいダメージは無い。でも、攻撃魔法がキャンセルされてしまった。
「このっ、何が!?」
闖入者の姿を確かめる。
窓から差し込む月明かりに照らされる、骨ばった……というか、
「……骨格標本?」
だった。
すかすかの身体をくねらせ、月明かりを浴びて謎のポーズを決め……
『ヒョーゥ!』『マーー!』
びしいっ!
人体模型も釣られて、左右対称のポーズを取った。
「……ねえ、レイジングハート」
『なんでしょうか、マスター』
「……もう帰る」
『マスター!?』
果てしなく脱力を誘う二体の暴走体に……なんというか、萎えた。主に闘志とか、そんな類のものが。
「うん……もういいや。害は無いみたいだし、放っておこうよ」
さーて、八代さんと葉山君を回収して帰ろうっと……
『マスター、気を確かに!』
ぽんぽん、と気安く肩を叩かれた。気だるく振り向くと、人体模型と骨格標本が、私の両肩を掴み、『うんうん』とでも言いたげにしきりに頷いていた。
元はといえば……元はと言えばあああああああああああ……!!
――ぶちん。
「お前たちのせいだろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
『impact !』
ドパァン!
『マー!?』『ヒョー!?』
衝撃波を叩きつけた。
今更だが、無様に怯えていたついさっきの自分の姿を思い出す。ああ、みっともない。超みっともない! たかが理科の教材ごときに!
萎えていた闘志が、モリモリと鎌首をもたげてきた!
『魔力値、最大まで回復……』
レイジングハートの、若干呆れたような声は聞き流しておく。
「そう……そんなに遊びたいんだ?」
じゃきっ。レイジングハートを突きつける。
『マッ……』『ヒョッ……』
じり……
人体模型と骨格標本が、無表情のまま後ずさった。
ふふ、ふふふふふ。何をそんなに怯えてるのかな?
「遊んであげるよ……!」
『Shooter』
術式選択・シューター!
魔力スフィア、形成。数は、六! フル回転!
「シューーーーーーート!!」
ドドドド!
連射された魔力弾は、正確に二体の獲物に肉薄し……
『マッ!』『ヒョッ!』
避けられた。
だけど、それは予想済み。
私が今の段階で行使できるのは、一つのタスクにつき三つが限度。そして、私のタスクは最大三つ。三発~九発を発射できる計算だ。
足元を狙った一発を、それぞれ飛び上がって避ける。飛び上がり、天井に張り付こうとした所を、さらに一撃!
――ドンッ!
天井で魔力弾が弾け、二体を宙に躍らせる。そこに、残り二発のシューターを打ち込んだ!
「シューーーーーート!!」
――ガンッ、ガンッ!!
『マーーーーーー!!』『ヒョーーーーーーーーーーーー!』
人体模型の心臓部分と、骨格標本の頭蓋骨に着弾!
封印されてたまるか、と動き出す二体の暴走体。
『ring bind』
シューターの行使に割り振っていたタスクの一つを、拘束魔法に切り替え。リングバインドで四肢を拘束。もう一つのタスクで、封印魔法を発動!
「 『不屈の心は』 」
二体が、逃げようともがく。
「 『この胸に』! 」
浮かび上がる、シリアル20とシリアル17。
「ジュエルシード、シリアル20、シリアル17……封印!!」
桜色の光が、三階の廊下を一杯に満たし……
がしゃん、と床に投げ出される二体。意外に重いそれを、何とか理科準備室に押し戻す。
「何か……掴めたかも」
今日のこの戦闘で、確かな手応えを感じた。がむしゃらで、行き当たりばったりだった今までの戦い方に、確固たる『芯』が通ったような、そんな感じだ。まだそれが何なのかはっきりはしないが、一歩進んだことは間違いない。
「八代さん、葉山君」
さて、後片付けだ。
八代さんと葉山君を揺り起こす。二人とも、単にショックで気絶していただけだったらしい。
「二人とも、立てる?」
「は、半分こ怪人が!」「無機質な坊ちゃん刈りが!」
……あー。これは、トラウマになるな。抱き合って、がたがたと震えている。
「何のこと? そんなの、見てないよ?」
すっとぼけた顔を作り、首を傾げてみせる。
二人は納得しかねているようだったが……あんな、非常識極まりない現象、受け入れられるはずが無く。
「夢……だったんだよな」
「そうだよね。いくらなんでも……」
よし。
「そろそろ帰ろう? もう時間も時間だし……」
薄暗い廊下の向こう、くたびれたスーツ姿の先生が見えた。寝起きなのか、少し目がぼんやりしている。多分、騒ぎを聞きつけて起き出してきたのだろう。私達を呼び止めるように手をこちらに差し出し、緩慢な動きで近づいてきた。やばっ!
「行くよ、二人とも!」
「お、おう!」「急げ急げ!」
顔を見られないように、斜め下を見ながら疾駆する。
――あんな先生、この学校にいたかなぁ……?
◆ ◆ ◆ ◆
「……ってことがあってね」
夕食の席。俺は、なのはの話を聞いていた。それによると、胆試しの最中、なんと、なのはの通う小学校に潜伏していたジュエルシードが発動し、それを封印したらしい。
「それでね、戦い方がわかったんだ!」
嬉しそうに笑顔を振りまく。やっぱり、なのはには笑顔が一番似合う。
掴んだ答え。それは……
「まずは『小さいの』で敵の逃げ場を塞ぐ!」
手を横に凪ぐ仕草をする。
「追い詰めてから、『大きいの』でとどめの一撃!」
ぐっ、と拳を握り、前に突き出す。
『マスターの適正は、砲撃魔導師です』
机の上に乗ったレイジングハートが、全員に聞こえるように言った。
「遠距離型ってこと?」
『平たく言えば。ただ、マスターの防御力にはまだまだ伸びしろがあります。近接特化型の攻撃にも耐えられるようになるでしょう』
よくわからんが……とにかくなのはは、方向性が定まったらしい。
「なあ、俺は? やっぱり……その、近接特化型とかいうのになるのか?」
一応、シミュレーションではバレットという射撃魔法を使ってみた。
だが、命中率は散々なものだった。四発に一発、的の端っこにでも掠ればいい方で、あ
とは見当違いの方向へ飛んでいきレイジングハートに呆れられた。とはいえ、散弾銃のようにばら撒くことで的を粉砕できたのだが。あと、魔法という程でもないが、身体の表面や内部に魔力を循環させることに関しては、なのはの数倍は緻密に行えているらしい。
要は、スクルトとバイキルトは出来るが、メラ一発も打てない……ということだ。どう見てもスタンドアロンの前衛タイプだろう。
『一応は、それを目指しましょう』
「一応……?」
気になる言い方をする。俺に、それ以外に適正なんてあるのだろうか?
『まだ、ヒデトの正確な適正は判明していません。ですので、一応です』
◆ ◆ ◆ ◆
翌日。
珍しいことに、担任が学年主任に怒られていた。学年主任は年配の人で、締めるところはしっかり締める、真面目な人だ。
「あなたは、いつまで学生気分でいるつもりなのでしょうか」
「すみません、すみません!」
八代さんを見つけたので、聞いてみた。
「先生、昨日の宿直だったらしいんだけど、朝まで居眠りしちゃったんだって」
宿直の意味無いよね、それ。
はたと気付く。
「……じゃあ、昨日のスーツの先生は……?」
「………………」
返事は無い。ただ、顔がさーっと青くなっていく。あはは……まさか、ね。
◆ ◆ ◆ ◆
金曜日のことだった。
「高町さん。明日、サッカー見に行かない?」
八代さんだ。最近、話をするようになった。……二人で話していると、結構な頻度で葉山君が割り込んでくるのが面倒くさいが。今は、サッカー部の朝練でいない。
「健太のいるクラブが、近くの学校のクラブと練習試合するの。それで、みんなで応援に行かないかって話になって」
「? みんな、って?」
「え、だから、みんな…………」
「……? どうして、私?」
「え?」
「え?」
…………駄目だ、何を言っているのかお互いによくわかっていない。ええっと、考えるに……『みんな』というのはつまり、八代さんのお知り合いズのことで、仲良しグループご一行のことで、……
「ああ、」
一応、お義理でクラスメイトの私にも声を掛けた、ってことかな。それなら別に、行かなくてもいいや。名前も知らないような人たちと、何かを共有する必要は無い。今はジュエルシードの探索と、魔法の練習に忙しい。今こうしている間も、マルチタスクで模擬戦を行っているのだ。
興味ないから……と言いかけて、余計なトラブルのもとになったら、また肉体労働が必要になるから……ええっと、言葉を選んで……
「悪いけど……」
私は行けない。そう言い掛けたのだが、何やら汗臭い葉山君が席に駆け寄ってきたせいで言いそびれてしまった。
「あ、あのさっ、俺の試合、見に来てくれるよな!? な!?」
う……暑苦しい。何でそんなに私に来て欲しいんだろう、この人。もう、さっさと断ってしまおう。
「悪いけど、用事があるから行けない」
笑顔は作らず、真顔でスッパリと言う。葉山君は一瞬凍りつき、「な……何で?」と追いすがってきた。
「私も、その、練習しないといけないから」
魔法の、とは言えないが。まあ、スポーツなんて答えたら「一緒に練習しようぜ」とか、更に面倒くさいことになる未来が見えるので、適当に何か答えておこう。料理とか、裁縫とか……
「何の練習なんだ?」
ああ、やっぱり。えーと、女の子が習っていても変じゃなくて、尚且つ男子は絶対にやりそうもない習い事は、と……。
「……お料理」
これで行こう。
「料理? 自分で?」
普通の家庭なら、母親がやってくれることだろう。でも、私の場合は……って、違う違う。あんなの、もう思い出す必要は無いんだ。私は、新しい二人の家族のためにお料理を作ってあげるんだから。
「ふうん……」
我ながら、言い訳が下手だ。こんなの、気付かれてしまうに決まって……
「そっかぁ……じゃあ、頑張ってな」
……あれ?
ああ、忘れてた。葉山君は、幼なじみの八代さんが全面的に認めるほどの……おバカさんだった。
「来ないんだ、高町さん」
八代さんのその時の表情は……何かおかしかった。残念そうな表情の影に、どこか……暗い喜びが見え隠れしていた。
「……?」
けど、それがどういう意味なのかは、分からなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
目の前に現れる、マネキンのように無機質な人影。出現箇所は全くのランダムだ。
「はっ!」
目の前に現れた一体を殴り壊すと同時、背後に現れたもう一体に後ろ回し蹴りを浴びせる。反撃してくることは無いが、なにぶんペースが速い。
「このっ!」
今度は、少し離れた場所に現れた。一歩間合いを詰め、前蹴りで胴体を捕らえる。
ただの格闘訓練ではない。このマネキンは、魔力を込めた攻撃以外は通らないように設定されている。筋力だけでは破壊できない。一発一発に、一定の魔力を込めて攻撃しなければならないのだ。簡単に聞こえるかもしれないが、これが結構難しい。
ひょこっ、とマネキンが起き上がる。今のは、魔力を纏わせることに失敗してしまった。
「これで……二百!」
最後の一体を、正拳突きで破壊。
「はあっ、はあっ……タイムは!?」
傍らのユーノに聞く。没頭する余り、時間を計っていたマルチタスクを解除してしまった。
「四分二十秒……点数で言えば、七十点」
「あー……くそっ! 厳しいなぁ……」
どうっ、と地面に背を預ける。場所は、町を一望できる展望台。週末にでもなれば、カップルだの夫婦だの親子連れだの人が絶えない。だが、平日の真昼間ともなれば、人通りは極端に少なくなる。そこにユーノが結界を張れば、広々とした練習スペースが出来上がるって寸法だ。ユーノ曰く、『本調子だったら、あのアパートの中を五十倍くらいの空間にもできるんだけどね』とのことだ。便利だな、魔法って。
「それに、マルチタスクの維持が出来てないよ」
うーん……それなんだよなぁ。六つ同時に展開した時は、一瞬で意識が飛んでしまった。それで今は、最低ラインの二つで練習している。しているのだが……どうにも、うまくいかない。まあ、練習あるのみだ。
「悪い。もう一回頼む」
起き上がりかけ……ユーノのちっこい手に止められた。
「少し休もう。適度に休憩を挟まないと、逆に効率が落ちる」
空気が変わった。薄く周囲を覆っていた膜のようなものが、ふっと消えうせた。ユーノが結界を解除したのだろう。近くのベンチに腰を下ろし、水筒に入れてきたスポーツドリンクを飲む。
――prrrr
ベンチの上に丸めて置いてあった上着から、軽快な電子音が響いた。携帯電話だ。取り出し、通話ボタンを押して耳に当てる。発信者は、見ないでも分かる。
『あ、秀人さん。今どこ?』
なのはが、少し弾んだ声で聞いてくる。
「高台で練習してる。もう少しで帰るよ」
「ねえ、秀人」
「んん、何だ?」
「念話があるのに、どうしてわざわざ『電話』を使うんだい?」
あー、そうだよな。普通、そう思うよなぁ。電池残量は気にしないといけないし、圏外になることもあるし、金掛かるし。
「ああ……そういや、お前にはまだ教えてなかったな」
ユーノになら、話してもいいだろう。なのはと、初めて会ったときの話を。
◆ ◆ ◆ ◆
「秀人さ~ん!」
丘の階段を登り終える。頂上の展望台。そのベンチに腰掛けた秀人さんと、その横にちょこんと座ったユーノくんが見えた。はっ、はっ、と少し息切れしてしまう。
「大丈夫か?」
苦笑し、スポーツドリンクの入ったカップをくれた。
「はっ、だい、大丈夫。ありがと……」
ぐいっと一気飲み。ああ、生き返る……
「ずっとここで練習してたの?」
秀人さんの隣に腰掛け、町並みを見渡す。丁度夕焼けの時間らしく、町がオレンジ色に染まっていた。
「いや、練習は結構前に終わった。ユーノと話してたらこんな時間になっちまった」
「どんな話?」
「なのはと初めて会った時の話」
ああ、あのことか。確かに、ユーノくんには話しておいてもいい。
「なのは……」
ユーノくんが、少し同情交じりに何かを言おうとして、すぐに押し黙った。
「別に、遠慮しなくてもいいよ? もうあんなの、何とも感じないから」
これは、本当に本音。私は今、間違いなく幸せなんだから。
順風満帆とは言えないけど、魔法も、日常も、それなりに上手く行っていた。
けれど……それは、ただの錯覚だった。入っていたのは、小さな亀裂。それが、徐々に広がりつつあることに、私はまだ、気付いていなかった。