魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
約束どおり、『アリシア』という名前の人物について、クロノから詳しく聞くことになった。
「アリシア・テスタロッサ。プレシアの、実の娘だ」
実の娘って……フェイトだけじゃなかったのか?
フェイトは、そんなの知らないような様子だったが。
「享年、6歳」
「……………………は?」
享年って……
「それじゃあ、アリシアはもう死んでるのか?」
「ああ。……3年前にな」
そう前置きし、プレシアのプロフィールを語りだした。
聞いたところによると、プレシアは、ミッドチルダでは知らない者がいないというレベルの有名人だったらしい。
今から三年前のその日は、プレシアが開発の指揮を執っていた、新型動力炉の稼動実験が行われる日だった。理論はさっぱり不明だが、要は原子炉のようなものだろう。それも、前例の無い理論で作られた、全くの新型。
普通なら、何十にも安全対策をして、いざとなれば緊急停止もできるようにするのが普通なのだが……プレシアのいた企業のトップは、利益に目が眩んだのか、強引に稼動を決定してしまった。安全対策どころか、改善点がまだまだ残っていたというのに、だ。
押収した記録には、プレシアは最後の最後まで、安全装置の増設を訴えていたらしい。
そして当然のように、暴走した。
半径数十キロにわたって、結構な被害が出てしまった。研究所が辺鄙な地域に無かったら、災害レベルの死者が出ていたそうだ。
被害者は、多くの研究員。そして…………研究所の近隣に住んでいた、研究員達の家族。
その中に、アリシア・テスタロッサが含まれていたのだという。
トカゲの尻尾切りのように、企業側は全ての責任を開発者であるプレシアに押し付けたらしいが……管理局は、そこまで無能な組織ではない。その後の調査で、現場主任と、社長ら数名が逮捕されている。
でも、そんなもの……何の慰めにもならなかったんだろう。
その直後、プレシアは失踪したそうだ。
娘の死。ジュエルシードというエセ願望器。そして、
『私とアリシアに必要なのよ!』
あの言葉。
「おい、まさか……」
その、あまりにも馬鹿馬鹿しい想像を、きっぱりと否定して欲しかった。
でも、どう考えたって、プレシアの目的は……
「プレシアの目的は、十中八九……アリシアの蘇生だ」
「…………いや、無理だろ」
なぜなら。
「ジュエルシードは、万能の願望器なんかじゃない」
持ち主の願いを、一度でも完璧に果たしたことがあったのなら、まだ理解できる。
持ち主が何を願ったのか、判明しているものだけを思い出してみる。
シリアル10。なのはの同級生が、『想い人を独占したい』と願った結果は、街を巻き込んだ大破壊。
シリアル14。月村家の猫が、『大きくなりたい』と願った結果は、成長ではなく、体積の倍増。
つまり、願いを曲解する上、融通も利かない。
多分、21個全部を共鳴させて、出力を稼ぐつもりだろうが……共鳴したジュエルシードは、その不完全な願望器としての力すら失い、ただのエネルギーの塊となって、全てを破壊する。
たった四つで、あれだけの破壊力。もし、プレシアの手元にある九つが発動したとしても、破壊力は単純計算で2倍。
「プレシアだって、それがわからないほど馬鹿じゃない」
仮にも、研究職に就いていたんだから。
「ジュエルシードで願いを叶えるつもりなのか……もしくは、ジュエルシードを使って、何らかの手段を用いるのか……」
クロノも、頭を悩ませているようだ。
「…………というか、さ。フェイトはプレシアの何なんだ?」
三年前に、アリシアは六歳。生きていれば九歳。丁度、今のフェイトと同じ年頃だ。
「アリシアの双子の姉か妹か?」
「……プレシアが失踪する直前までのデータに、フェイト・テスタロッサという名前は一言も書かれていない」
おかしいな……
「プレシアは、アリシアを大事にしていたんだよな?」
娘を生き返らせたい、と思うほどに。
「もしフェイトがアリシアの双子の姉妹だとして、戸籍さえ作っていないなんて、ありえるか?」
「…………」
クロノも、その辺で行き止まりになってしまっているようだ。
「拾い子か? でも、」
以前、フェイトの身体検査を行った。その結果は……
「プレシアとフェイトには、明確な遺伝子の繋がりがある」
DNA鑑定の結果、フェイトは、プレシアの実の娘であることが判明した。
アリシアと、フェイト。二人の関係は、一体……
――ビーッ
と、休憩室のブザーが鳴る。
『訓練室の準備、整いました』
エイミィとは別のオペレーターが、スピーカー越しに言う。
今は、決戦に向けて弱点の改善だ。
インターバルを終え、再び訓練室に戻る。
俺達のほかにも、武装隊の何人かが訓練を行っていた。
決戦を控えているから、本格的な模擬戦は行わず、魔法の制御を行うのみ。
特に、俺の燃費の悪さは露呈したわけだし、対策を講じなければ、プレシアに辿り着く前にリタイアしてしまう。
そこで、使える魔法の多彩さでは俺達の遙か上を行くクロノに、いくつか教えてもらっている次第だった。
『Blaze Saber』
ブレイズセイバー。そう発音したS2Uの先端に、銃剣のような小ぶりの魔力刃が出現する。フェイトのより大分短いが、その分軍用ナイフのように厚みがある。
――ゴトン
目の前に、ドアのような平べったい鉄塊が出現する。訓練用の仮想物質だ。
クロノは、ブレイズセイバーをひょいと持ち上げ……
――斬!
鉄塊を、真っ二つに切り裂いた。
なるほど。威力もそれなりか。
「このように刃の形で固定してしまえば、魔力消費を抑えることが出来る。キミの使った掌打と同じだな」
あれの応用か。
「んー……」
魔力刃を使ったこともあるんだけど、手刀サイズが精々だ。『刃』なのだから、ある程度はリーチが長いほうが有利なのは分かっているのだが……
「よ……っと」
――ヴ、ヴヴ……!!
あ、ダメだ。境界が曖昧に揺らいでいる。
このまま魔力を注いでも、すぐに破裂してしまう。
「刃じゃなく、『容器』と、『中身』をイメージしてみろ」
クロノのアドバイスどおり、魔力で、刃の形をした『容器』を作るのだが……
「あー……」
やっぱり、ユラユラと曖昧な形にしかならない。
「僕に一度、手刀を突きつけたことがあっただろう。あのイメージでやってみるといい」
ああ……アレか。
手刀を構え……腕そのものを、『容器』として。
――ヴンッ!!
「出来た!」
二の腕を包み込むような形で、刃の外殻が形成された。
「ふむ……」
クロノは、S2Uでコンコン、とその外殻を叩く。
「まだ構成が甘いな。これでは鈍器だ」
なら、より鋭く、より頑丈に。
うんうん唸ること、一時間弱。
――ギンッ
ようやく、『刃』と呼べるだけの鋭さと、長さを持たせることが出来た。刃の全長は、1.5メートル程だろうか。腕の部分を除くと、約1メートルの片刃の形だ。
「ああ、そんなものだろう。後は簡単だ。魔力を流してみろ」
言ったとおり、そこから先はスムーズだった。魔力刃が空色に染まり、僅かながら質量を帯びる。とはいえ、重量は殆ど感じない。これ、本当に切れるのか?
――ゴトンッ
目の前に、クロノが切ったのと同じサイズの鉄塊が現れる。
「切ってみろ」
よし。やってみるか。
腕を振り上げ……
「せいっ!」
斜めに振り抜いた。が。
――スカッ
「ん?」
全く手応えが無かった。もしかして、空振った? こんな近距離で?
「合格だ」
だが、クロノが顎で示す先。鉄塊が、滑らかな切断面を覗かせていた。
「おおお! やった!」
腕には、まだ魔力刃が残っている。魔力も、殆ど消耗していない。でも……
「これじゃ、傀儡兵には効果薄そうだな……」
刃はこれ以上伸ばせない。人間サイズの相手には有効な武器になるだろうが……傀儡兵を切り裂くには、リーチが足りなさ過ぎる。至近距離まで近づけば効かなくも無いが……
「あくまでこれは、牽制程度に考えておけばいい」
だからこそクロノは、先の戦闘では使わなかったのか。
もっと長く、遠くまで伸ばすことが出来れば……
「……よし」
こうすれば……どうだ?
「おい、何を……」
鉄塊から、十メートルほど間合いを取る。
腕を振り上げ……
「せー、」
斬撃の瞬間に、『容器』の中の魔力を、刃に沿って、細く、鋭く……
「のっ!!」
衝撃波として、射出!
「!? 馬鹿やめろ!」
クロノの静止は、遅すぎた。ぴしゅんっ、と小気味のいい音を立て発射された衝撃波は、
――ズギャギャギャギャギャギャギャ………………
「あ」「あ」
地面を切り裂きながら奔り、
――ドカーン!!
「「「ギャアアアアアア!!」」」
訓練中の武装局員を木の葉のように空中に吹き飛ばし、
――ドゴオオオオオン!!
訓練室の壁に、くっきりと跡を刻み込んだ。
「……………………」
「……………………」
衝撃……いや、斬撃波の通った跡。頑丈であるはずの床がザックリと抉れ、ぷすぷすと焦げている。
「……………………」
「……………………」
沈黙が、痛い……
「……………………何か、言うことはあるか?」
射抜くような目で俺を睨むクロノ。
「……いやぁ」
「ぐおおお……」「い、痛てぇ……!」「い、医者を……!!」
そして、戦闘不能レベルのダメージを負い、倒れ伏す局員達。
何だこの地獄絵図。
やったのは誰だ……って、俺か。
額に青筋を浮かべるクロノに、俺は……
「……………………どんまい!」
殴られた。
「おおお……マジで殴りやがって」
まだ奥歯がガタガタしてる気がする。
「魔力刃を教えていたのに、なぜ飛び道具を開発するんだキミは!」
「いや……なんとなく、できるかなぁって気がして、つい……」
「『つい』で貴重な戦力三人を病院送りにしてどうする!?」
「スマンッ! 俺が四人分働くから!!」
平身低頭。
「……全く。キミの発想には驚かされるよ」
魔力刃としては失敗もいいとこだが、単純な飛び道具としてなら……かなり有効なんじゃないか? 威力はディバインバスターには多少劣るが、貫通性能と命中精度は段違いだ。俺の、致命的ノーコンが解消される。
内部にあるだけの魔力しか消費しないから、ロスも少ないし……何より、再び魔力を充填すれば、引き続き魔力刃として利用できる。
「まぁ……傀儡兵相手なら、有効な技かもしれないな……」
少数相手なら魔力刃で。数が増えたら斬撃波で。
「だろ?」
少し得意げに、胸を張ってみた。
「調子に乗るなッ!!」
今度はS2Uでドツかれた。痛てぇ……
訓練を終えシャワーを浴び、フェイトとアルフのいる部屋に向かう。
「んじゃ、またなー」
「ああ」
おざなりな挨拶を交わし、クロノと分かれる。
なんかいいね。学生っぽくて。
まともに中学高校に通ってたら、こんな感じの毎日が送れたのだろうか。
「よーっす」
扉を開ける。
「ああ、秀人。お疲れ様」
ユーノは、アルフの横に座って治癒魔法を掛けていた。その手には、レイジングハート。
魔法の処理能力を上げるため、なのはが置いていったのだ。
『またやらかしましたね?』
「……すまん」
どうやら、バレバレのようだった。
「調子はどうだ?」
緑色の光を気持ちよさそうに浴びていたアルフは、ぱちっと目を開けた。
「あたしは……まぁ、何とか」
「そうか。よかった」
アルフの腹の傷は、適切な縫合とユーノの治癒魔法のおかげで、大分塞がってきている。安静にしていれば、もう数日しないうちに完治するらしい。オオカミの生命力、たいしたものだ。
「ちょとフェイトの様子見てくるよ」
挨拶をして、奥の区画へ。俗に、営倉と呼ばれる懲罰房があり、その一室に、フェイトは寝かせられていた。
「フェイト、気分はどうだ?」
そして、隣のベッド……手枷をされたフェイトが、不満げに上目遣いで俺を見上げる。
「いいわけないだろ。こんなもんつけられて……」
「だよなぁ……」
営倉とはいっても、ベッドもトイレも水道もあり……場末のビジネスホテル程度にはなっている。何より、フェイトは別に囚人ではない。また暴れだすことが無いよう、ここに隔離されているだけだ。
ベッドサイドに置いてあった、リンゴっぽい果物を手に取る。丸かじりにするには皮が硬く、フェイトの小さな口では食べるのに難儀しそうだった。
――しゅぴんっ
「剥けたぞ」
精神状態が不安定なフェイトに、刃物は厳禁。というわけで、指先に魔力刃をちょっとだけ展開し、果物の皮を剥いた。皿に並べ、フェイトに差し出す。しょりしょりと果物を齧りながら、ぽつりと一言。
「…………そんな使い方する奴、初めて見た」
確かに、『魔法』というにはアットホーム過ぎる使い方。
「力ってのは、使いようだからな。生かすも殺すも、使う奴の気持ち一つだ」
俺達の魔法は、人間くらい簡単に殺せてしまう。なのはの砲撃しかり、俺の拳しかり、ユーノの治癒魔法だって、使い方を変えれば、人間を内部から破壊できてしまう。
でも、俺達はこの力を、誰かを守るために使うことが出来る。
力そのものは、悪ではない。誰が、どのように、どのような目的で使うかが大事なんだ。
「気持ち、一つ……? でも、ボクは……」
確かにフェイトは、酷いことをした。子猫を半殺しにし、民間人を襲い、傷つけた。
「大丈夫だよ」
その、少し傷んだ金髪を撫でる。
「フェイトの力を、正しく使える時がきっと来る」
「それは、いつ?」
無垢な表情で訊ねるフェイト。
「さぁな。それは、フェイトにしかわからない」
こればっかりは、本人が気付かないことには意味が無い。誰かに言われるままでは、これまでと変わらない。
「……よくわかんない」
眉をハの字にし、首をかしげた。
「いずれわかるよ。それまで、しっかり考えておけ」
「……わかった」
えらく素直になったもんだ。
「いい子だ」
ぐりぐりと頭を強めに撫でる。フェイトは嫌がるでもなく、されるがまま。
野生動物の餌付けに成功した気分だ。
本当は、アリシアについて何か聞けたら……と思っていたが、それはもういいな。
「ボクのおかーさんはね」
と、思っていたら、フェイトから話し始めた。
「昔は、すごく優しかったんだ」
それは、報告書にも書いてあった。いかれる前のプレシアは、いっそ親馬鹿と言っても過言ではない程に、娘を溺愛していた。
「何度も何度も、優しい声で言うんだ。
『アリシア』……って」
息を呑んだ。フェイトは、気付いている……?
「『フェイト』っていう名前は……一度も、呼んでくれたことが無かったんだよ」
それは、フェイトの自意識と、記憶の齟齬。フェイトにとって、プレシアは優しい母親。でも……その逆は?
「ボクは、おかーさんにとって何だったのかなぁ?」
半ば自分に問いかけるように、そう言う。
「もしかしたら、ボクは…………」
――本当の子供じゃ、ないのかもしれない
そう言いたかったのだろう。でも、口にしたら本当のことになってしまうような気がして、言えない。
「プレシアにとって、フェイトが何なのかは……正直、俺にもわからない」
言葉を慎重に選び、フェイトに言い含める。
「でも、俺に……俺達にとって、おまえは『フェイト』だよ」
ぴくりと、フェイトがわずかに身じろぎする。
「なのはのライバルで、アルフの困った主人」
俺にとってのフェイトは……正直、はっきり言葉に出来ない。なんというか……なのはの喧嘩友達みたいな、そんな感じ。
「だから、そんなに気にするなよ」
「……………………うん」
あー……俺って、口下手だなぁ。もっと上手く伝えることもできるかもしれないのに。
フェイトは、くるっと俺に向き直り……
「ありがとう…………ひでと」
「え……」
ハッキリと……俺の名前を、呼んだ。
「…………ちょっと疲れた。寝るね」
ぼすっと枕に顔を埋め、表情が伺えなくなってしまう。
ただ、僅かに見える頬と耳は……真っ赤に染まっていた。
「ああ。またな、フェイト」
きっと明日、全ての謎が明かされるだろう。
もしそれが残酷な真実だったとしても。俺は、全てを受け入れてやろう。
フェイトは、俺の身内なんだから。
決意を新たに、俺は独房を出て行った。
◆ ◆ ◆ ◆
「おはよう、ございまーす……」
消え入るように小さな声でそう言い、およそ十日ぶりに、教室のドアを開けた。
時刻は八時十五分。ホームルームが始まるまで、まだ少しある。だからなのか、教室のいたる所で、いくつかのグループが談笑していた。
「…………」
からから、というドアの動く音に気付き、一斉に私に視線が集まる。
十日ぶりとはいえ、元々クラスに親しい人はいない。誰も、何も感じないはずだが……
「あー、高町さんだ。久しぶりに見た」「あ、ホントだ、久しぶりー」「どこ行ってたのー?」
話のネタに飢えているらしい女子のグループに、取り囲まれてしまった。
「あ、あの……?」
完全に及び腰になって、包囲の輪から抜け出そうとするのだが……
「ね、どこ行ってたの?」「何してたのー?」
じりじりと追い詰められて……
――とんっ
壁に背中がぶつかった。
「う、ううぅ……」
帰りたい……
「はいはい、ストップ」
と、そこに、パンパンと手を打ちながら一人の女子がやってきた。
「あ、望」「おっはよー」
……八代さんだ。
「もう、高町さん困ってるじゃん。ほら、散った散った!」
わざとふざけて、そのグループを追い散らした。グループの女子達は、きゃーきゃーと楽しそうに逃げ、また別の場所で雑談を始める。
「……」
八代さんの横顔からは、いまいち表情が読み取れない。
「……、……あり、がとう」
「ん」
短いやり取りだけをして、互いの席に戻る。まぁ……こんなもの、だよね。クラスメイトの距離感は。
「ねぇ、なのはさん?」
昼休み。私は廊下で、先生に呼び止められた。
「なに?」
「昨日、『高町さんはいつ登校しますか?』って電話があったんだけど……心当たり、ある?」
私に?
「ううん、全く」
私に用がある人なら、携帯電話に掛けてくるだろうし。
「そう……何かあったら、相談してね?」
結構、先生も変わった。頭ごなしに怒ることも少なくなって、段々と、頼りがいのある教師に……
「富山先生?」
びくぅっ!? と、富山先生が跳ねた。後ろを振り返り、あからさまに狼狽する。
「ははは、長谷川先生? なな何でしょうか? 申し送り事項も、不備は無かったと思うんですけど……?」
「職員室前の掲示板への記入がまだでしたよ」
その掲示板には、各部活動への連絡など……結構、重要な連絡事項を書くことになっている。先生、大ポカだよ……
「ふぅ……朝に頼んでおいたのですが……。……ちょっと来なさい」
「あの、できますから! ひとりでちゃんとできますからああああ手を引っ張らないで下さいいいい!? ごめんなさい長谷川先生―!?」
フェードアウトしていった。
「先生……頑張れ」
訂正。まだまだ、道は遠そうだ。
学校は終わったけど……どうしようかなぁ。『報告して来い』って秀人さんに言われたけど……母さん達は翠屋だし。仕事中に行っても、話をする暇なんて無いだろうし。
うん、今日はもう帰ろう。冷蔵庫の中身は……確か、豚肉とじゃがいもがあったと思う。肉じゃがにしようか。それとも、カレーにしようかと、夕食のことをあれこれ考えて
いたら……
――すっ……
恐ろしく静かなエンジン音を立てて……何やら見覚えのある、黒い車が止まった。そして扉を開け出てきたのは、やはり見覚えのあるメイド。
ああ……猛烈に、面倒事の予感がする……
「高町様、お迎えに上がりました」
ほらやっぱり!
「頼んでません!」
逃げろー!!
反転し細道に入って……反則かもしれないけど、飛行魔法をちょっとだけ使って、塀を足場にジャンプ!
瓦屋根を、コンクリート屋根を、モルタル屋根を、飛び越え、乗り越え……着地!
(見えた!)
アパート! あとは、一直線に……!
「あらあら、足がお早いのですね」
いきなり目の前に、メイドが現れた。
「ひっ!!」
ずざざざっ……と、急ブレーキ。ど……どうやって追いついた!? 車が入ってこれないような細道を、魔法まで使って飛び越えて来たのに!
「ふふふ……わたくし、高町様の健脚ぶりに驚いてしまいますわ。素晴らしい跳躍でした」
見られていた? つまり……このメイドは、魔法も何も使わず、私の後ろに余裕でついて来ていた……?
「高町様」
すぅ……っと、黒塗りの車が、私の目の前に止まった。
数分前の再現ビデオを見るように、メイドは、全く同じ角度でお辞儀をし……
「お迎えに、上がりました」
その目は言外に……明確に、語っていた。
――逃がしませんよ?
と。
「…………はい」
私はガックリとうな垂れ……車に、乗った。
出荷されていく羊の気分が、少しだけ分かった気がした。
「お飲み物はいかがですか?」
車内というか……下手をすれば、そこいらのホテルの一室のような空間で、メイドの接待を受ける。
「いえ……結構です」
緊張し過ぎて、喉を通りそうに無い。
「……何で、今更」
「はい?」
私の呟きに、メイドが頷く。
「今更、何の話ですか」
月村さんか、バニングスさんか……どちらにせよ、最悪の別れ方をした相手だ。酷い誤解をされて、それを解くことが出来なかった。今でも、彼女達にとって私は、大事にしていた子猫を傷つけた、憎い相手の筈なのに。
「それは、お嬢様から直接お聞き下さい」
そして、車に揺られる?こと(恐ろしいことに、全く振動が無かった)二十分。
「お待たせいたしました」
私は……月村さんの屋敷に到着した。
「ご案内いたします」といったメイドが早々に歩き出してしまったので、後を追う。
はぁ……相変わらず、大きい家だ。
その長い廊下を歩ききり、扉の前へ。メイドがドアをノックする。
「お嬢様、お連れいたしました」
……覚悟を決めよう。どうせ、こちらの心証はマイナスゲージを振り切ってるんだ。今更、何を恐れるものがある。
私は、部屋に足を踏み入れた。すると。
「にゃー……」
「え?」
歓待の声は、足元から上がった。見ると、縞模様の入った灰色の猫が、私の足に擦り寄ってきていた。首には、小さな鈴が着いた赤い首輪。
「……もしかして、」
あの時の?
「そうだよ」
「…………ッ!?」
いきなり背後から声を掛けられ、飛び上がってしまった。
「悪趣味だね……覗き見?」
「うん」
開けられたドアの後ろに隠れていたらしい。悪びれもせず、肯定する。そして。
「…………」
「バニングス、さん」
腕を組み、むっつりと私を見る、バニングスさんもいた。
「…………」じー。
「…………」じー。
無言で、見つめ合う。
「…………」にこにこ。
なぜか、月村さんがほんわかと私達を眺めている。
「…………」じー。
「…………」じー。
「…………」にこにこ。
そして。
「「だあああああああ!!」」
いい加減、我慢の限界!
「何!? 何なの!? 言いたい事があるならさっさと言いなよ!」
「あんたこそ何なのよ! あの日のこと怒ってるなら、ちゃんと抗議しなさいよ!」
「はぁ!? 今更気にしてないことを、何で抗議しないといけないのよ!」
「気にしなさいよ! あ、あたし、あの後、すっごく謝りたかったのに!」
「知らないよそっちの事情なんて! 気にしてないったら気にしてないの!」
「気にしなさい!」
「死んでもイヤ!」
「「むぐぐぐぐぐ……!!」」
額をぶつけ合い、至近距離から睨み合い。
――あれ?
ふと我に返り、力を抜く。
「のわぁっ!?」
バランスを崩したバニングスさんが床に倒れそうになり、それを月村さんが抱きとめた。
「……謝りたかった?」
何で?
「あの後、いろいろ考えたんだけど……」
月村さんが、バニングスさんを支えながら話を接ぐ。
「にゃ~」
と、またしても子猫が私に擦り寄ってきた。
「高町さんは、やってないんでしょ?」
その様子にくすっと笑いながら、核心を突いてきた。
「…………うん」
やったのは、初めて会った時のフェイトだ。
「一昨日、アリサちゃんがどうしても謝りたいって言って、高町さんのお家まで行ったんだけど……いなくって」
一昨日……私とフェイトが勝負をした日。高町の家には母さんしかいなかった筈だ。そもそも、私はあそこには住んでいない。
「学校に問い合わせたら、今日登校するって聞いて」
待ち伏せていた……ってことか。
「……そういうことよ」
バツが悪そうに、バニングスさんが言う。
「あ~……!」
がりがりと頭を掻く。何やら懊悩しているようだ。
そして、顔を上げ……
「高町!」
「は、はい!?」
ずかずかと目の前まで歩いてきて、
「ひどいこと言って、ごめんなさい!」
がばっと、頭を深く下げた。
「…………」
そのまま、動かなくなる。
これは、私が「許す」と言うまで、動かないだろうなぁ……
「いいよ。許す」
元より、あまり怒っていない。今冷静になって考えてみれば、あんな状況では、私は疑われて当然だ。親友である月村さんが大事にしている子猫を傷つけられ、怒るのも無理は無い。
「……いいの?」
バニングスさんの表情は、まだ不安げだ。本当に許してもらえたのかどうか、図りかねているらしい。
「だから、いいよ」
「でも……」
はぁ……なかなか、難儀な性格をしている。サクッと納得してもらうには……あ、そうだ。思いついた。お互いに納得できる、解決方法。
「バニングスさん。歯を食いしばって」
「…………! わ……わかったわ」
そして、ぎゅっと目を瞑る。スカートをぎゅっと掴んで、これから来るであろう衝撃に耐えようとしている。
「行くよ」
左腕を振り上げ……
――びしぃッ!!
でこピン。
「いったぁ!」
額を押さえ、うずくまるバニングスさん。
「これで許してあげる」
……さすがに、殴るのはやりすぎだからね。
「ふふ……よかったね、アリサちゃん」
月村さんはどうやら、私がバニングスさんを殴る気なんて無いことに、最初から気付いていたようだ。
「くああ……! 効いたぁ~……!!」
バニングスさんが涙目になって、一部分だけ赤くなった額を擦る。
「くすっ……」
何となく面白くて、月村さんと顔を見合わせて笑い……恥ずかしくなって顔をそらした。
あの日と同じ席に座り、紅茶を飲む。
「何だったら、本人連れてきて謝らせるけど?」
そのぐらいは、何とかしよう。
「え……知り合いなの?」
「うん。色々複雑な事情があって、追い詰められちゃったみたい」
もちろん、それで全てが許されるわけではないだろうけど……せめて、多少は印象を良くしてあげよう。
「その子、今は大分落ち着いてきてるし……多分、素直に謝るから。そうしたら、許してあげてくれないかな?」
……まさか、私がフェイトを擁護することになるなんて、思いもしなかった。何となく、放っておけないんだよねぇ……
「ねぇ……それ、どんな子?」
バニングスさんが聞いてきた。どんな……? ええと。一言で言えば……そう。
「可愛い子だよ」
見た目もどことなく小動物っぽいし……本性なんて、人に慣れない野生動物そのものだ。
見ていて飽きないし、つい弄くり回したくなる。
猫……ではない。フェイトは、一人でいることを嫌う。だからといって、犬というわけでもないし……あ、そうか。
狐だ。
猫っぽい犬。ピッタリだ。
「……」「……」
二人は、目をまん丸にして私を見ている。
「? どうかした?」
「アンタ……その子と、どういう関係なわけ?」
ああ……そういえば。忙しくて『お願い』を聞いてもらうの、忘れてた。
「友達……候補、かな?」
そうとしか言いようが無いんだよね。
「候補って何よ……」
どこかゲンナリとした様子。
「え? だから……『友達になろう』って言ったけど、まだ返事が貰えずにズルズル一緒にいる……みたいな」
「そういうの、世間では『友達』っていうんだけど?」
「そうなの? でも、向こうからお返事貰ってないし……」
向こうの気持ちも考えないで、友達面するのは、ちょっと……
「少なくとも、私は……」
「私は?」
「私、は……」
カップを手元でいじり、尻すぼみになっていった。
何かを言おうとしているらしいのだけれど、まだ踏ん切りがつかないらしい。
――ボーン、ボーン……
壁掛け時計が、午後五時を指し、鐘を鳴らす。
「ごめんね。そろそろ時間だから行くね」
席を立つ。タイムアウトだ。
明日に備えるためにも、これ以上ここに居座ることは出来ない。
「紅茶、美味しかったよ。ありがと」
今日は、気持ちよくお別れすることができそうだ。
「待って!」
と、バニングスさんに呼び止められた。
「?」
月村さんは、なにやらニコニコと……いや、これはこの人のデフォルトの表情か。
バニングスさんは、椅子の下から包みを取り出し……
「ん!」
ぼすっと胸に押し付けられる。
「……開けていい?」
こくん、と肯定の頷き。ぺりぺりと包装を丁寧に剥がして……あ。
「これ、あの時の」
バニングスさんに破られた、上着。完璧に修繕されているどころか、ところどころグレードアップしている。
「……あたしが直したわけじゃ、ないけどさ」
顔を真っ赤にしてそんなことを言うバニングスさん。少し誤解していたけど……本当は、結構いい人だったんだね。
「ありがとう。バニングスさん」
そして、もじもじとして……
「アリサ、でいいわよ。友達は、みんなそう呼ぶから……」
「……え? え?」
今、何て……? 聞き間違い?
「私は……なのはのこと、友達だって……そう、思ってるから……! だから、私のことは『アリサ』って呼びなさい!」
聞き間違いではなかったみたい。バニングスさんは、もうヤカンのように真っ赤だ。
「…………」
でも、多分私も、同じような顔をしているに違いない。
月村さんに、すっと手を取られる。
「わたしも、『すずか』って呼んで欲しいな。なのはちゃん」
私の返事は……もう、決まっている。
「ありがとう……アリサ。すずか」
これからも、よろしく。
二人に見送られ、屋敷を出る。あの日曇天だった空は、今日は綺麗な夕焼け。
茜色に染まる道を、スキップしそうなくらい元気良く駆け抜ける。
「はっ、はっ……あははっ」
嬉しくて、もどかしくて、つい笑いがこみ上げてきてしまう。道行くおじさんやおばさんが、怪訝そうな顔で振り返る。でも、全然気にならない。
だって、本当に嬉しいんだから!
「あーはっはっは! いやっほー!!」
高町なのは。九歳の梅雨。
――――友達が、出来ました!