魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――ピピピピピッ……
「う……?」
無粋な電子音は、気持ちのいい睡眠から、私を強制的に現実へと帰還させた。
「うる、さいぃ……!」
薄目を開けて、カーテンを引いた窓を見る。
…………確かに、もう日は昇っているけど……
「いま、何時……?」
携帯電話を引き寄せ、開く。
闇に慣れた目を、ディスプレイのバックライトが眩しく照らす。
「午前、五時……?」
誰だ。こんな時間に非常識な。
それに僅かに顔をしかめ、メールボックスを開ける。
「クロノだったら……ぶん殴ってやる……」
人の睡眠を……よりにもよって、第二土曜日の朝を、台無しにしてくれて……!
ベッドの下。秀人さんは、布団の中でもぞもぞと身じろぎをした。
「…………すー」
また、布団を被りなおして、静かな寝息を立て始めた。
よかった。起こしちゃったのかと思った。
五日前から仕事に復帰し……それまで休んでいた分もガンガン働き、疲労困憊なのだ。
おかげで洗濯物が多くなって、我が家の洗濯機は回りっぱなし。食事もお肉が中心にな
って、エンゲル係数も鰻上りだ。
「って、そうだ。メール……」
そして、表示された文章に目を通す。
『クロノだ』
よし、ぶん殴ろう。
『朝早くにすまない。だからひとまず、僕を殴ろうとするのはやめてくれ』
……ちっ、行動を読まれてる。
『さて、それでは用件の方だ』
スクロール。
『フェイトに会いたくないか?』
「えっ!!??」
フェイトに、会える!?
布団を跳ね飛ばし、起き上がる。
『フェイトとアルフは今日、時空管理局の本部へ護送される。時刻は、地球で言うところの午前七時だ。午前三時にその時刻が決定されたおかげで、こんな時間に連絡することになってしまった。すまない』
クロノ、ナイスだよ!!
スクロール。スクロール。夢中で文章を読み進める。
『午前六時から午前七時までの一時間だけ、地球で面会が許されている。場所は……』
『海鳴臨海公園』
「……あはっ」
あまりに気の利いた待ち合わせに、笑みがこぼれてしまう。だって、あそこは……
「なのは、どうした?」
あ、起こしちゃった……私の馬鹿。
「ごめん。でも、これ」
秀人さんに、携帯電話を渡す。それを徐々に読み進め……
「急いで準備するぞ」
「うんっ!」
さぁて、ちゃっちゃと着替えよう!
「ユーノ、起きろ! おい!」
「ぐえっ!!」
バスケットの中にいたユーノくんを掴み上げ……
「ストラグルバインドッ!!」
――バシイイイイッ!
「ぎゃああああああああああああああッ!!!」
……変身魔法を強制解除され、床に落ちた。
ユーノくん、こんなのばっかり。
「な、な、何をするだァー――!!!!」
ネズミ柄のパジャマ姿で秀人さんに詰め寄る。
「フェイトとアルフに会える!」
押入れの中から服を取り出し、投げる。
「おっ……っと!」
反射的に受け取ったユーノくんの手を引き、脱衣所に消える。
お風呂に入ろうとしているのではなく、私が『女の子』だから、着替えは別々……ということらしい。私は別に、一緒でも構わないんだけど。
ハイソックスにスカート。無地の長袖シャツの上に、アリサから貰った上着を羽織り……母さんと姉さんからもらったリボンで髪をポニーテイルに纏め、準備完了。
「秀人さん、ユーノくん、もういいよー」
二人が出てくる。秀人さんは、ジーンズに薄手のジャンパー。ユーノくんは、ハーフパンツにパーカー。
「変じゃないよね?」
私なりに精一杯おめかししてみたけど……
「似合ってる。可愛いよ」
「そ、そうかな? えへへ……」
褒められちゃった。
「二人とも、時間! 時間!」
そうだった。
携帯電話を開き、メールをタイプする。
『今から海鳴臨海公園で、フェイトと会ってきます』……文面は、これでいいかな。
メールアドレスに載っている人全員に、一斉送信っと。
ポケットに携帯電話を突っ込み、家を出た。
いつものようにバイク……ではなく、今日は……
「それじゃ、行くよ……レイジングハート」
『All light』
ふわ、っと飛行魔法を発動し、浮上する。
「ユーノくん、お願い」
「りょーかい」
ぱしゅん……と、私たち三人の周囲に、五メートル四方の結界が発動する。移動式の結界だ。これで、誰かに見られる心配は無くなった。
――実は、秀人さんのバイクはもう無い。
脱出することが先決だったから、庭園内に置いてきてしまった。庭園を封印した後、取りに行ったんだけれど……バイクを置いていた場所に虚数空間が開いてしまったらしく、影も形も見当たらなかった。
『気にするな』って言われたけど……やっぱり悲しい。たったの一ヶ月かそこいらでも、私たちの思い出が詰まった一台だった。
「はぁ……」
ため息をついて、眼下に広がる町並みを眺める。
「こら」
ぽすっ、と頭を軽く撫でられる。
「そんな顔で、一週間ぶりにフェイトに会う気か?」
う……言われてみれば。沈んだ顔をしていたら、フェイトに申し訳ない。
笑顔、笑顔………………よし。
「さ、急ごう!」
秀人さんとユーノくんの手を掴み、スピードアップ。
臨海公園まで、あと少し。
◆ ◆ ◆ ◆
早朝の市街を、黒塗りの高級車が走っていた。
走行音は、恐ろしいほどに静かだ。車のポテンシャルを、熟練のドライバーが引き出したが故の、無音。
だが、それとは対照的に……
「鮫島、もっと飛ばしなさい!」
「駄目だよ、アリサちゃん。法定速度は守らないと……」
「私が法よ! というわけで、ガンガン飛ばしなさい!」
「アリサちゃん……」
車内は騒がしかった。
ドライバー……鮫島は、法定速度ギリギリの速度で、海鳴臨海公園へと向かう。
「全く、何でこんな直前に言うかなぁ……」
腕を組み、ドカッと座席に座る。
愛犬の散歩をしていた最中、いきなりなのはからのメールを受け取った。
「ふあぁ……」
隣のすずかも、大きな欠伸をしている。朝に弱い彼女をたたき起こし、車に押し込んだのもアリサの仕業だった。
「どんな奴なのか、面を拝んでやろうじゃないの……!」
聞いた話では、あの日、子猫を半殺しにした張本人だという。理由はどうであれ、その罪に変わりは無い。
「確か~……『可愛い子』、だったっけ?」
「そんで、『友達候補』ね」
「…………」「…………」
「 「 …………どういう子? 」 」
考えれば考えるほど、よく分からない。
「ま、会えばわかるわよ」
「そうだね」
想像を切り上げ、背もたれにどっかりと体を預けた。
「そうだ、すずか。今日、私の家になのは呼んで遊ばない?」
「あ、賛成」
そして二人は、今日の予定を組んでいく。臨海公園まで、あと十分ほどだった。
◆ ◆ ◆ ◆
――カラン
店のドアに、『CLOSED』の看板を出し、鍵を閉める。
そして、手書きのチラシをどさっと置く。
『喫茶翠屋、本日臨時休業。
こちらのチラシをお持ちの方、次回ご来店の際にケーキ半額!』
「これでよし、と」
彼女……高町美由紀は、満足げに頷いた。
「おーい、まだか!」
ウェイターの格好から、普段着に戻った恭也がせっつく。
「はいはい! 今行くよー!」
ばたばたと慌しく、スニーカーで駆けていく。
幸いにも、この翠屋のある大通りから臨海公園まで、走れば十分程度だ。
桃子は二人に後を任せ、先に向かっていた。
今日は掻き入れ時の日曜日。それを臨時休業にするなど、以前なら絶対にありえないことだった。さすがに、反省したのだろう。
「フェイト……会えなくなっちゃうのかな」
走りながら、どこか寂しそうな美由紀。
僅かな……一週間にも満たない期間ながら、汚い食べ方を矯正し、最低限のマナーを文字通りに叩き込み、髪の毛の手入れをしてやったりと、色々と世話を焼いてやったのは彼女である。
「なに、死に別れるわけじゃない。また会えるさ」
なぜかフェイトの実戦訓練につき合わされ、日がな一日、木刀を振る羽目になった恭也。
「…………それまで、鍛えなおさねば」
何気に、フェイトに何本か取られてしまったのは苦い思い出である。剣の鍛錬を疎かにしていたことを、今更ながら悔やんだ。
「……今日は、なのはと食事でもするか」
「そう言うと思って、料理の下ごしらえしてきたんだよ」
美由紀がサムズアップし、手柄を誇る。
「……そういえば、今日が初めてか」
秀人との約束。週に一度は、家族で食事をすること。
先週は、なのはが疲労でダウンしていたためお流れになってしまったが、今日は大丈夫な筈だ。
「で、何を作るんだ?」
「ハンバーグとパスタ。後は、お母さんと一緒に即興で作るよ」
「いいな。きっと喜んでくれる」
二人の中では、なのはは一日、自分たちと過ごすことが決まっているようだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「くー……くー……」
富山咲は、日曜日らしくベッドで惰眠を貪っていた。
一日の大半は寝て過ごし、日ごろの疲れを忘れる……それが、咲のいつもの週末だった。
たぶんに漏れず、今日という日もまた、枕を抱き締め涎を垂らし、怠惰な一日を満喫しようとしていた。
――♪♪
と、その睡眠を妨害する物があった。咲の携帯電話である。流行の音楽の一節が、メールの着信を告げていた。
「ん、ん~~……………………」
だが、咲は起きない。
――ピリリリリッ!
今度は、メールではなく電話が着信した。
「んぁ~…………?」
半分以上寝ている頭のまま、携帯電話を取る。
「はぁい……ただいまるすにしております……ぴーというおとのあとに~…………」
…………居留守を使うつもりらしい。
『富山さん、起きなさい』
だが、電話口から聞こえてきた声に、少しだが目を覚ます。
「あれー……はせがわせんせー……?」
『はいそうです。メールは見ましたね? すぐに向かいますよ』
「めーる……? はい、すぐに~………………………………すぴー」
懲りずに眠りに落ちていく。電話の向こうで、すぅっ、と息を吸う音がして……
『起きなさい!!』
「わひゃあああああっ!!」
ずでんっ!とベッドから転げ落ちた。
「あた、あたたたた……! お尻打った……!」
『起きましたね?』
「そりゃ起きますよ……もう、何ですか?」
『ついさっき、高町さんからメールが届きました。件の彼女と、海鳴臨海公園で会うそうです』
「なのはさんが? ……何時に?」
『今からだそうです』
時計を確認。午前五時五十分。
「な、何でこんな朝っぱらに言うのよーーーーー!!」
携帯電話を放り出し、洗面所に駆けていく。ざぶざぶと顔を洗い、最低限のメイクを施し、髪をバレッタで纏める。
わたわたとパジャマを脱ぎ捨て、クローゼットから服を引っ張り出す。いつもの癖でスーツを取り出し、ハッと気づいて今度はワンピースを取り出した。
時刻は、六時になろうとしていた。
「うえええええん、間に合わない~……!!」
ハンドバッグに携帯電話を開いたまま放り込み、原チャリの鍵を手に玄関を飛び出していった。
『変わりませんねぇ、あなたも……』
電話の向こうで、長谷川が呆れて呟いた。
マンションの横に一台のセダンが停車し、クラクションを短く鳴らした。ヘルメットを被ろうとしていた咲は、それを放り出し、運転手の顔も確認せずにセダンに駆け寄る。
「先生、ありがとー!!」
ダイブするように助手席に滑り込んだ。
「全く、世話の焼ける……」
律儀に咲がシートベルトを締めるのを確認してから、発進させた。
「でも、わざわざ迎えに来なくても……何でです?」
ポーチから取り出した櫛で、寝癖を直しつつ聞いた。
「あなたのことです。あのまま原付で家を出ていたら、道路交通法違反で警察のご厄介になるのは目に見えていますから」
「うっ……」
実は、既に点数がギリギリの咲であった。
「……前にもこんなこと、ありましたねぇ」
「ええ。小学五年生の遠足でした」
「違いますよ。四年生です」
珍しく、咲が正解を言い当てた。
「む……そうでしたか」
「はい。ちゃーんと覚えてますよ。寝坊した私を迎えに来てくれて、お弁当を半分こしてくれましたよね」
胸を張る咲に、ぼそりと一言。
「覚えているなら、なぜ普段の出勤時間がギリギリになるのでしょうか…………」
実は、こうして送り迎えをするのは今回だけではなかったりする。
「え? ……あ、あはは、それはまぁ……えぇと、何といいますか……」
途端、しどろもどろになる。それに苦笑しつつ、臨海公園に近づいていく。
「ねぇねぇ、先生」
「何ですか?」
くいくい、と袖を引く咲。律儀に応対する長谷川に、咲は提案する。
「今日は秀人さんとなのはさんを連れて、動物園にでも行きませんか?」
「ふむ……悪くないですね。予定らしい予定もありませんし。ですが……」
長谷川は、その場面を想像してみた。
十代の少年と小学生の少女を連れて、動物園を歩く自分と咲。
「…………はは、まるで夫婦ですね」
何の気なしに言った言葉に、咲が過剰に反応した。
「えっ!? ふ、夫婦……!?」
赤面し両頬に手を添え、かぶりを振る。
「も、もう! 先生ったら何を言い出すんですか!」
「……? はぁ、済みません」
長谷川は、よく分かっていないようだった。
「うふふ」
「……?」
咲が機嫌を良くした理由がいまいち分からず、首をかしげる。
「秀人さん……というのは、どのような方ですか?」
話には聞いているものの、実際に会ったことは無い。
「先生とは、きっと気が合いますよ」
咲は、妙な確信を持ってそう言った。
臨海公園は、目の前だった。
◆ ◆ ◆ ◆
何分かの飛行を経て、俺たちは臨海公園に到着した。まだ早朝というだけあって、人はあまりいない。ジョギングをする人、犬の散歩をする人……その程度だ。
それも、事前に展開されていた認識阻害結界をくぐった途端、いなくなる。
さーてと。待ち合わせは、確か遊歩道だったか。
「秀人さん、ユーノくん。こっちこっち」
俺たち二人の手を引き、ぱたぱたとなのはが走る。ポニーテイルの先端がぴょこぴょこと跳ね、抑えきれない喜びを表現していた。
雑木林を抜けた先……海沿いの遊歩道に、クロノと、アルフと……少し挙動不審なフェイトが待っていた。
「フェイト!」
喜色満面で走り寄っていく。
「ひぅ……!」
が、フェイトはアルフの背中に引っ込んでしまった。
「ふぇ、ふぇいと…………?」
がびーん、とでも形容できそうな表情で、なのはが立ち尽くす。
「私と会うの、嫌だった……?」
縋るような声。
そんなに心配することは無いんだけどな。大方、久しぶりに会うなのはに、どんな態度で接すればいいのか悩んでいるだけだし。
「……ちがうよ。ちょっと、はずかしかっただけ」
恐る恐る、アルフの背後から出てくる。服は……少し地味だ。まぁ、事件の重要参考人がフリフリのゴスロリファッションなんて、着れるわけないんだけど。
長くて量のある金髪が、潮風に揺れている。
「よっ。久しぶり」
三人に、軽く手を上げて挨拶する。
クロノは目礼。アルフは尻尾を振りながら片手を挙げ、フェイトは控えめに手を振る。
「…………」
「…………」
じーっと見詰め合う、なのはとフェイト。
「んじゃ、俺たち向こうで待ってるから」
「時間が来たら呼びに来る」
水入らずで話をしたいだろうし、二人っきりにしてやろう。
「リンディさんとエイミィ、来てないのか」
誰よりも真っ先に駆けつけてきそうなのに。
「艦長は事後処理、エイミィは仮眠に入った」
「ふぅん……みんな疲れてるんだな」
確かに、なのはとユーノもあの後二日間くらい寝込んでたっけ。
「……あの翌日にピンピンして仕事に行った君が、異常なだけだ」
「何日もずっと欠勤してたんだぞ。身体は動くんだし、早いとこ復帰しないと申し訳立たないだろ」
普通の会社だったら、とっくに首にされているところだ。
「秀人、君に会わせたい人がいる」
「何だよ、藪から棒に。誰?」
クロノは、ユーノとアルフを見た。
「……できれば、秀人と二人きりのほうがいいらしくてな。
ユー……フェレットもどき、犬。秀人を借りるぞ」
「「誰が(フェレットもどき/犬)だッ!!」」
仲良いなぁ、お前ら。だがユーノ、さすがにバインドカッターはやりすぎだ。アルフもその爪を引っ込めろ。
「は、離せ秀人! わざわざ言い直しやがったぞこの野郎!」
「このチビ!! あたしは犬じゃなくて狼だ!」
「はいはい。すぐ帰ってくるから大人しくしててくれ……よっ」
――ギュルルルルッ!
ストラグルバインドで、二人を纏めて縛る。
「ひ、秀人おおおお!」
恨みがましいユーノの声をスルーし、クロノの後を追った。
「この辺りでいいだろう」
何本か道を挟み、クロノは足を止めた。
簡易結界を展開し、懐からS2Uを取り出す。
「どうしても、君と話がしたいらしくてな。……ほら」
それを俺に渡し、ユーノとアルフがいる場所に戻っていった。
S2Uから、空中にモニターが投影される。相変わらず、意味不明にハイテクだ。
そのモニターに、真っ白い……囚人服のような服を着た、一人の女性が映し出された。
その人物に、俺は息を呑む。
『……久しぶりね、秀人』
「…………プレシア」
あんたかよ。
一週間ぶりに見るその顔は、あの呪的なメイクが剥がれ落ち、元の端麗な容貌となっていた。
『十分間だけ、あなた達と話をする時間を貰えたの』
十分? たったそれだけか……でも、何でわざわざ俺に?
「フェイトはいいのか? 色々、話したいこともあるだろ」
紆余曲折を経て、ようやくフェイトと向き合うことができたのに。ただの十分でも、フェイトと話したいんじゃ……
『……駄目よ』
プレシアは首を横に振る。
駄目って……何でだ。もしかして、話をできる人物にも制限がされているとか? やっぱり、主犯格だと色々厳しいんだろうか。
だが、違った。
『私は人間として、母親として…………娘に、最低の行いをしてきたわ』
表情に色濃く、悔恨を滲ませる。
『この罪を清算しない限り、私には母親を名乗る資格は無い』
「そんなこと……!」
無い、と言いかけて、口を閉じた。
プレシアの罪は、重い。
もし本当に次元断層が発生していたら……数え切れない程の命が、失われていた筈だ。さらに言えば、フェイトを虐待していたという事実もまた、プレシアの言う『罪』なのだろう。
「大体、どうやって清算するって言うんだよ!
ただ牢屋でじっとしているだけが、あんたの言う『償い』なのか!?」
代わりに出てきたのは、自分でも理解できない激情だった。
プレシアは瞑目し、努めて冷静に宣言した。
『私の刑期は、少なく見積もっても数百年……事実上の、永久幽閉よ』
「……!」
でも、どこかそれに納得している自分がいる。即刻死刑にならないだけ、まだ温情措置だと考えられる。
「でも、そんな……!」
これじゃあ、救いが無さすぎる。
くすっ、と小さな笑い声が聞こえ、再び視線をモニターに移す。
『でも、100%、永久に会えないというわけでは無いのよ』
…………どういうこと?
とっくに脳がオーバーヒートして、思い浮かばない。
『私の知識と技術を供与し続ければ、減刑も可能』
「え……?」
減刑できる……?
『今を生きて、過去を償う……あなたの言葉よ、秀人。私は私なりに……精一杯、『生きて』みるわ』
その表情は、これから獄中へ入るものとは思えないほどに澄んでいて、力強い。
本気……なんだ。本気で、数百年の刑期を相殺するつもりなんだ。
『もう一度、フェイトに会えるようにね』
「プレシア……」
どう声をかけるべきか。激励か、慰めか。
だが、先に口を開いたのはプレシアだった。
『……吾妻秀人さん』
画面の向こうでプレシアは、改まって俺の名を呼ぶ。
その声は、僅かに震えていた。
冷静に振舞っていても……やはり、娘と離れ離れになってしまうことは、嫌に決まっている。
何かを言おうとしては、口をつぐみ……それを幾度も、幾度も繰り返す。
そして、プレシアが搾り出したのは……ありふれた、たった一言だった。
『……フェイトを、どうか、よろしくお願いします』
そして、深々と頭を垂れる。
――ザッ、ザザッ……
いよいよ、時間切れらしい。映像が、徐々に消えていく。
「……ああ、任せろ!」
同時、プツン……と、映像が消えた。
聞いたのかどうかは、分からない。だからあれは、俺の決意表明だ。
プレシアが帰ってくるその日まで……俺が、フェイトを守る。
三人が待つ場所に戻る。
「秀人、誰だったの?」
「ああ、プレシア」
特に隠すようなことでもないだろう。サクッと簡潔に伝えた。
「……」
アルフの耳が、ぴこんと動く。
「……ふん、あの女……私にも言ってたよ。『フェイトを頼む』って。一々言われなくても、そうするに決まってるだろ」
なるほど。そのくらいの話をする程度には、なっているんだな。
「…………クロノ、さんきゅ」
S2Uを返す。
たったの十分。だけど、その十分を捻出するのにどれだけ苦労したかなんて、目の下の色濃い隈を見ればハッキリ分かる。
こいつはこいつで、プレシアの……ひいてはフェイトのため、奔走していたんだ。
「別に、僕は何もしていない」
ったく、礼くらい素直に受け取れっつーの。
それから数十分、たわいも無い話をしたり、水切りの回数を競ったりしながら、時間を過ごす。
「…………そろそろ、時間だ」
柱時計は、午前六時五十分を指していた。
「…………そうか」
いよいよ、本格的にお別れか。
「そろそろ、認識阻害も限界だ」
確かに。
早朝の数人しか通らないような状況であれば、認識阻害結界は有効な人払いだ。確固たる目的も無い人は、無意識のうちにこの公園を避けるようにできる。
だが、今日は日曜日。朝七時にもなれば、この公園目当てに近所の住民が来てしまうか
もしれない。そうしたら、認識阻害は意味を成さなくなってしまう。だからこそ、こうして早朝を選んだんだろう。
「たったの一時間…………僕もまだまだ、力不足だな」
「そんなこと無い。一時間でも、十分でも……二人には、必要な時間だ。それを作ったのは、クロノ、お前の力だ」
「決まっていたなら、僕に一声掛けてくれればよかったのに。結界は得意分野だよ?」
ユーノの結界魔法の腕は、クロノを上回っている。
「……いや。さすがに、民間人の手を借りっぱなしというのは体裁が悪くてな」
「管理局ってのも、大変だねぇ……」
そこらへんは、大組織の弱みか。
でもまぁ、そんなに気にすることでも無いだろう。
あの二人なら、きっと今頃…………
◆ ◆ ◆ ◆
「久しぶりだね、フェイト」
「うん。一週間ぶり……くらい?」
ひょこっ、と首を傾げる。
「くらい、じゃなくて、丁度一週間だよ」
「……………………」
「……………………」
………………ええっと、何だっけ。
おかしいなぁ……色々、話したいことがあったのに。フェイトの顔を見た途端、全部吹っ飛んじゃった。
「…………おかーさん、ね」
ぎりぎり潮風にかき消されない程度のか細い声で、フェイトが話し出す。
「しばらく、ボクとは会えないんだって」
…………フェイトと違い、今回の事件の主犯のプレシアが、そんな軽い刑で済む筈が無い。そんなこと、フェイトが一番よくわかっているはず。
「せっかく、仲直りできたのになぁ……」
それでも、理性と感情は別物で、折り合いなんて付けられない。
「もう怒ってないって言ってるのに……ボクをいじめてたことも、ちゃんと償うんだって」
「そっか……」
微妙な気分だ。改心したとはいえ、プレシアがフェイトを虐待していたという事実には変わりは無い。私としては、プレシアにはしっかり罪を償ってもらいたいけど……それは、フェイトから母親と一緒に過ごす時間を奪うということだ。
「ボクたちも、しばらく会えなくなっちゃうんだよね」
「うん……」
そして、フェイトもまた……プレシアの言いなりだったとはいえ、実行犯として、この事件の中心にいた。
聴取が終われば、今度は裁判だ。リンディさん達は、可能な限り情状酌量を勝ち取ってみせると言っていたけど……少なくとも、数ヶ月は会えないことは、もう確定しているらしい。
ああ……久しぶりの再会なのに、どんどん暗い話になっていく。
「おかーさんが、言ってくれたんだ。『後悔しないように行動しなさい』……って」
え……?
「多分、今日を逃したら、ずっと言えなくなっちゃうんだ」
それって、もしかして……
「何だかんだで先延ばしにしちゃってたけど、あの時の返事……今、するね」
「う……うん……!」
心臓が、五月蝿いくらいばくばくと脈打つ。
(断られたらどうしよう…………)
そんな懸念が、ぐるぐると渦巻く。
「ボクは、キミの友達になりたい」
――――――――――――やっと、言ってくれた。
感無量になり、抱き寄せようとして……
「でも、さ……」
あれ? 何で困ってるの……? ここは、感動の抱擁をする場面じゃないの……?
「友達って……どうやって『なる』の?」
………………………………………………あれ?
迂闊だった。友達になろうにも……私、自分から作ったこと、一度も無かった。
「ええっと……友達っていうのは……そのー……」
…………やばい。知らない。
「……知らないの?」
「ちょっと待って! 今考え……じゃなくて、思い出すから! すぐに!」
ど……どうしよう……!このままじゃ、フェイトと友達になれない……!
「キミ……もしかして、友達いないの?」
「はうっ!!」
フェイトの無邪気な一言は、ぶっすりと、私の心のナイーブな部分を貫いた。
「い、いるもん!」
涙が浮かんだ目で、反論する。まったく、失礼な!
「二人もいるんだから!」
「それ、多いの?」
「……………………………………もう許して」
ううう……泣いてないもん……友達は量より質だもん……
アリサと、すずかっていう立派な友達が……。
アリサと、すずか……?
『アリサでいいわよ』
あのときの記憶が、フラッシュバックする。
『友達は、みんな…………』
「あ……」
何だ……ちゃんと知ってるじゃないか。
「……名前」
「え?」
「名前で呼び合うのが、友達なんだって」
多分、最初はそれでいいんだ。
「だから、『キミ』じゃなくて……ちゃんと、『なのは』って、呼んで欲しいな」
きっかけは小さくても……それで、友達になれれば。
「知ってるかもしれないけど……私、なのは。高町なのは、だよ」
フェイトが私の名前をちゃんと呼んでくれたのは、あの戦いの最中……言ってしまえば、ドサクサ紛れの一度きりだけだ。
だから、ちゃんと呼んで欲しい。
フェイトは頬を染め、すうっ、と深呼吸。
「………………なの、は」
ごにょっ、と、蚊の鳴くような声で……確かに、呼んでくれた。
「うん!」
それに、大きな声で返す。
「……なのは」
恐る恐る、確かめるように。
「うん!」
ぱぁっ、と、フェイトが笑顔を見せた。
初めて会っときのような、諦めきった、冷酷なものじゃない。
フェイトの……本当のフェイトの、笑顔。
「なのは!」
それが今、私に向けられている。あの頑なだった心を、開いてくれたんだ。
「フェイトっ!」
「ひゃあっ!」
うれしくてうれしくて……今度こそ、フェイトを抱き寄せた。
「……ありがとう、なのは」
最初は恥ずかしがっていたフェイトも、私の身体に手を回して、抱き返してくれる。
「なのは達がいなかったら、ボクはきっと駄目になってた。
今だから言うけど…………なのはは、ボクの憧れだったんだよ」
「……憧れ?」
何で……? 私、最初のうちはボロ負けして、敗走して……とてもじゃないけど、憧れの対象では無かったと思うけど……
「自分の力を信じて、仲間と力を合わせて、強敵に立ち向かう。
…………まるで、正義のヒーローだ」
手放しに褒められ、背中がむず痒くなってしまった。
「そんなつもりは無かったんだけどなぁ……」
正義とか、そんな小難しいこと知らないし。
「秀人さんと一緒にいて、恥ずかしくないように…………秀人さんに、誇れる自分になるために、がんばってただけだもん」
「誇れる自分に……か」
密着しているせいで、フェイトの表情は読めないけど。何か、思うものがあるみたいだ。
「ごめんね。そろそろ、みたい」
「…………うん」
柱時計は、午前六時五十五分を回ろうとしていた。
向こうから、クロノが戻ってきてしまった。
「なのは」
秀人さんと、ユーノくんも。
「フェイト、時間だ」
「あの、もうちょっとだけ……」
クロノは、時計を見る。
「あと五分だ。伝えたいことがあるなら、今のうちに」
「うん、ありがと」
そして、ちょこちょこと私たちの前にやってくる。
「あのね……もしかしたらボク、一年以内に出てこれるかもしれないんだ」
あくまで、可能性の話。でも、かなり高い確率。
「そうしたら、アルフも連れて、こっちで暮らそうと思ってるんだけど……」
何かを言いたそうに、ちらちらと秀人さんの顔を見る。
「ひでと、言ってくれたよね……?『ウチに来い』って」
秀人さんは、うーん、と考え込む。
「さすがに、今の家じゃ狭いなぁ…………」
六畳一間に、五人……確かに、無茶がある。
「え……」
がぁん、とショックを受けていた。
「そ、そっかぁ……は、はは……」
フェイト……話は最後まで聞かないと駄目だよ。
――ぽん
その頭に、秀人さんの手が乗る。
「模様替え、手伝ってくれよ?」
「え……?」
きょとん、と目を丸くする。
もう……お馬鹿さんなんだから。
「う……うんっ!!」
一転して、うれしそうに笑う。
あれ……? そういえば、ユーノくんとアルフは、どこ行った?
「うっ……ぐすっ……フェイト、良かったねぇ……」
あ、いた。
「……でも、フェイト取られちゃった……ぐすっ」
喜びながらいじけるという、器用な真似をする。
「…………」
その肩を、無言でぽんぽん、と叩くユーノくん。
……苦労性同士、気が合うみたいだ。
「午前七時。時間だ」
「うん……」
フェイトは名残惜しそうに、私の手を離す。
――キィンッ!
フェイト達を中心に、魔法陣が展開した。
いよいよ、お別れだ。
しばらく会えない。その事実が、今更ながらのしかかってきて……
「フェイトッ……!」
思わず、駆け寄る。
「なのは」「駄目だ」
けど、秀人さんとユーノくんに肩を押さえられ、止められた。
「辛いのは、フェイトも一緒だ」
「でもぉ……!」
せっかく友達になれたのに、もう離れ離れなんて……
「なのは」
でも、私の名を呼ぶフェイトの表情に、悲しみは見えない。
「大丈夫。また、すぐに会えるよ」
いや……目じりに、薄っすらと涙が浮かんでいる。
秀人さんが言うとおり……フェイトだって、悲しいのを我慢して、私に笑顔を見せているんだ。私だけがぐずぐず泣いているなんて、みっともない。
ぐしぐし、と乱暴に涙を拭う。
「ふ、ん……! さっさと出てこないと、フェイトのことなんて忘れちゃんだから……!」
意地を張って強気に、思ってもいないことを言ってしまった。
「ふふ……それじゃあ、がんばらなきゃ」
光が強くなり……フェイトの姿が、段々見えなくなっていく。
「またね。なのは、ひでと、ユーノ」
徐々に、徐々に……
「嘘だよ!」
……意地を張るのは、もうやめる。
せめて、友達には素直に……笑顔を向けよう。
「フェイトのこと、ずっと待ってるから!」
「……! うんっ!」
ぶんぶんと、大きく手を振る。
フェイトも負けじと、大きく手を振り返す。
――そして、光が収まった。
「…………」
もう、そこにフェイトはいない。周囲を覆っていた結界も、同時に解除された。
「…………さ、帰ろう!」
「ユーノ、お前はどうするんだ?」
秀人さんが、傍らを歩くユーノくんに聞いた。
そういえば……ジュエルシードのことが全部解決した今、ユーノくんがここにいる理由は、もう無いんだった。
「……ユーノくん、帰っちゃうの?」
「うーん……一族からは、報告も兼ねて帰って来いって言われてるけど……」
「そっかぁ…………」
「でも、まだ帰るつもりは無いんだよね」
…………え?
知らず知らず下がっていた顔を上げる。
「報告なんて手紙ですれば問題ないし、まだしばらく、こっちにいるよ」
「……! うんっ!」
良かった……! 本当に!
――ぐうぅ~…………
秀人さんのお腹から、盛大な腹の虫が鳴った。
「…………悪い、腹減った」
そういえば、朝ごはん、まだだったよね。
「もう、仕方ないなぁ……」
帰ったら、何か作ってあげる。
「せっかくこの辺まで出てきたんだし、どっかで食べていかない?」
うぅん…………外食は高いんだけど……たまになら、いいよね!
二十四時間営業の店もあるし。
そんなことを話しながら歩いていたら……見知った顔ぶれが、こっちに走ってきていた。
「え」
しかも、妙に多い。
「なのはっ! どこにいたの!?」
「探しても見つからないから、焦っちゃったよ」
「あ、ごめん……ちょっと別の場所にいたんだ」
アリサとすずか。
「あらあら……遅かったかしら?」
母さん。
「うん、ついさっき行っちゃった」
「そんなぁ……」
べちゃっと座り込む姉さんと、
「だから、急げと……」
呆れたように腕を組む兄さん。
「なのはさん、ちゃんとお話できた?」
「うん。っていうか先生、髪の毛ボサボサ」
「へっ!?」
あわあわと頭を撫で付ける富山先生。
「富山さんは猫毛ですからね……」
懐から取り出した櫛で、富山先生の髪を梳かす長谷川先生。
何でそんなに手馴れているんだろう……
「先生、しっかりしなよ……大人なんだから」
「ううううう……! 小学生に言われたぁ……!」
ちょっと涙目だった。
「それで……みんな、私たちに何か用?」
まず最初に口を開いたのは、アリサ。
「なのは、今日ヒマ?」
「ヒマって……何が?」
私の今日の予定なんか聞いて、どうすんだろうか。
「お洗濯とか、お掃除とかする予定だけど……」
「なのは……」「なのはちゃん……」
……なんでそんな、変な物体を見るような目で私を見る。
「……ああもう、つまりヒマなのね! よし、決まり! 今日は、私たちと遊びにいくわよ!」
ええと、これってアレだよね。友達同士で、お出かけ……!
「うんっ! 私でよければ……!」
どうしよう……友達と遊びに行くなんて、人生で初めてかも!
「ちょっと待ったー!」
と、姉さんがアリサの言葉を遮った。
「なのはは今日、私たちと一緒に過ごすんだよ!」
そのまま、がばっと私を抱き上げる……って、何するの!?
「ね、姉さん!?」
「秀人くんとの約束でもあるんだから! ね、恭ちゃん! お母さん!」
うんうん、と後ろで頷く二人。
『秀人さん、一体姉さんたちに何を……』
『ああ、うん……週に一度は、なのはとの時間を持て、と……』
そういえば先週、食事に誘われたような気が……
「というわけで、なのはは連れて帰りま」
「待ちなさい!」
ぐわん、と視界がぶれ、気がついたら先生に抱きすくめられていた。
せ、先生まで!?
「なのはさんは、私たちと動物園に行くんです!」
「何で!?」
どこからそんな話が出てきた!?
「そんなの、仮病で休んだ春の遠足のやり直しに決まっています!」
「きゃー!」
何でみんなの前で言うの!? 先生の馬鹿!
「仮病じゃないってば! 本当に、熱が出てたんだから!」
三十七度だけど!
「気づかなくて御免なさい……! 駄目な母さんを許して……!う、うう……!」
うわ、母さんに飛び火した!?
「母さん、違うの! 熱って言っても三十七度で、『降って沸いた休日最高!』って感じだったし……って、やべっ!」
「な~の~は~さ~ん~…………!?」
バレたあああああああああ!!
ぐいっと腕を引っ張られた。
「ちょっと、おばさん! なのはは私たちと遊びに行くんだってば!」
「お、おばっ……!?」
アリサの大馬鹿! なんてことを!
「張っ倒すぞゴルアアアアアアアァ!」
先生、ヤンキー時代に逆戻りしてるううううう!?
「ああもう! 部外者は引っ込んでてってばー!」
――ぐいっ!
もう片方の腕が、姉さんに引っ張られる。
「家族が優先! 遠足なんて、また次行けばいいでしょ!」
「あァン!? 地味子はすっ込んで背景に徹しろや!」
先生、何気に一番酷い……
「地味、子……?」
姉さんの顔から、すーっと表情が消えていく……ああ、修羅場だ……!
秀人さん助けてー!
「はじめまして。私、三年生の学年主任を勤めております長谷川と申します」
「これはこれは、ご丁寧に……吾妻秀人です。……ええと、あちらの先生は」
「ははは、懐かしいですねぇ…………………………………………後でお仕置きですが」
「あの、これからはちゃんと行事にも参加させますので……」
「ええ、責任を持ってお預かりします」
保護者会!?
「なのは!」
「なのは!」
「なのはさん!」
じり、じり……と、距離が詰められていく。
「 「 「 誰と行くの!? 」 」 」
「う、うううう……!」
選べるわけ無いじゃん……だって、みんな同じくらい好きなのに……
秀人さん、ユーノくん、兄さんってばー!
「ははは、モテモテだなぁ……」
嬉しくないー!
「もう!」
「「「あ!」」」
三人を振り払い、ダッシュ!
「秀人さん、ユーノくん!」
二人の手を掴み、走り出す!
「おいおい、どうするんだよ……」
「いいのかなぁ……」
後になったら考えるからいいの!
「さぁ、行くよー!」
見上げた空は、綺麗な快晴。
この広い空の下には、幾千の、幾万の人がいて……きっと、それ以上の出会いと別れがある。
フェイトとのお別れは悲しいけれど……きっとこれも、新しい物語のプロローグ。
どんな物語になるのかは、誰にもわからない。でも……
「秀人さん。ユーノくん。レイジングハート!」
両手に感じる温もりは、確かなものだから。
「ちゃんと、ついてきてね!」
私はもう、一人じゃないから――――
しゅー……と、車輪のベアリングを僅かに鳴らしながら、車椅子を進める。
座っているのは、小さな少女だ。年のころは、十歳程度だろうか。だが、その表情は妙に平坦……いや、見合わぬ厭世観が浮かんでいた。
膝の上に乗せているのは、コンビニの袋。中に入っているのは、脂っこくカロリーの高い弁当と、自然界には存在しない色をした飲み物。
「……不味そ」
それでも、それを食べなければ生きていけないという事実が、少女を苛立たせる。
平日であれば、学生や会社員の視線を浴びながらの買い物。
だが、今日は日曜日。普段であれば鬱陶しい好奇の視線も、そんなに多くはない。
これでも、比較的機嫌のいい状態であった。
と、通路の前方から、騒がしい集団が走ってきた。
先頭を切るのは、栗色の髪の毛の少女。その少女に手を引かれ走る、黒髪の青年と金髪の少年。そしてそれを追いかける、年齢も性別もバラバラな集団。
どたどたと走り抜けていき、その際に発生した風が、少女の異様に長い髪の毛を散らす。
「うぷっ……!」
顔を叩いた一房を乱暴な手つきで振り払い、不快に顔を歪める。
「チッ……! 騒がしいったらありゃしない……」
道を行く少女の前から、家族連れやカップルが、臨海公園の方向目指して歩いていく。
決まって、少女に好奇の視線を向け、すぐに逸らすという行動を取りながら。
それとすれ違いになる度、少女の眉間には皺が刻まれていく。
さらに一組……今度は、ボールを入れた袋を持った少年と、バスケットを提げた少女が前からやってくる。
「早朝練習、やっと終わったー……おい望、どこで食うんだよ、それ」
「健太ってば、食べることしか頭に無いわけ?」
二人の視線が、やはり、少女に向けられる。
「……!」
ぎっ、と睨みつけ……
「何見てるのよ!」
怒りを、叩きつけた。
怒りの赴くままに車輪を回し、足早に自宅を目指す。
自宅のドアを閉めたのと同時、オートロックで施錠する。
「はぁっ、はぁっ……」
僅かに汗ばみ、立てば膝まである髪の毛が、首筋にへばりついている。
「チッ……」
またしても舌打ちをし、コンビニ弁当の入った袋を、乱暴にリビングに投げ捨てた。
「どいつも、こいつも……! ヘラヘラ締まりの無いツラしやがって……!」
だが、ぶつける対象のいなくなった今、その怒りは自らのうちで分解され……ただ、言いようの無い空しさが残った。
――ちゃりっ
胸元には、大人びた十字架のネックレス。それを、ぎゅっと握り締める。
「…………パパ、ママ」
窓に切り取られた狭い空は、忌々しいほどに晴れやかな快晴だった。
次からA's編です。
原作ストーリー完全無視で進行します。