魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編の主人公は、秀人ではなく、はやてです。そのつもりで書いています。


A's編 第一話『夜の帳、下りる頃に』

 

…………朝が来て、目を覚ました。

 遮光カーテンを引いたというのに、忌々しい朝日は容赦なく差し込み、私から睡眠を剥ぎ取っていった。

 時計を見ると、朝九時。

 半端な時間に起こされたせいで、中途半端に眠気が残って不愉快極まりなかった。

「……チッ」

 今日の朝も、舌打ちから始まった。

 

 ベッドの上には、読み散らかした本や漫画が転がっていた。

 開いたまま置きっぱなしにしていた所為だろうか。癖が付いて、きっちり閉じられない。

……いいや、別に。もう読まないし。大して面白くなかったし。

 

 つい、半分寝ぼけたままの思考で……以前からの習慣で、ベッドから自分の足で降りようとしてしまう。そして、現実に引き戻された。

――一生、足が動かないという現実に。

 

「…………くそったれ!!」

 

 太ももの辺りを拳で強く叩いても……痛みどころか、僅かな痺れさえ感じることは無かった。

「…………はぁ」

 やめよう。叩いて直るわけでもないし……怒るのも疲れるし。

 車椅子を引き寄せ、腕の力で身体を乗っける。

 ドアを開け、埃っぽい廊下に出た。またしても、引きっぱなしのカーテンの隙間から陽光が入り込んできている。宙を漂う埃に陽光が反射していて、まるで私の怠惰を戒めているかのようだった。

 まぁいいや。別に、埃が積もったところで死ぬわけでも無いし。

 来週か、来月か……気が向いたら、掃除しよう。

 

 リビングに向かう途中、二階に続く階段が目に入ってきた。

 二階には、誰も使うことなく、物置になることもなく、空っぽのまま半年は放置されている部屋が四つある。

 そのうち一つは私の部屋だけど、この忌々しい身体のせいで、二階へはまだ足を踏み入れたことさえ無かった。

 今の私の部屋は、書斎になるはずだった部屋にベッドを置いただけの場所だ。

 トイレにもリビングにも玄関にも近い、六畳一間。これなら、ワンルームマンションにでも住んでいるほうが楽なのに。

――ぐぅ。

「あー……腹減った……」

 車椅子の車輪を回し、生活臭ゼロのリビングへ。

 

 聳え立つ冷蔵庫の下段を開き、出来合いの弁当を一つ、取り出す。

「……うへ」

 見ているだけで、げんなりとしてしまう。

 脂っこくて、変な匂いのする食べ物。正直、こんなもん食べたくない。

でも、自分で料理をしようにも、コンロが高すぎてうまく手が届かない。シンクで水をヤカンに入れ、茶を沸かすのが精一杯。

……結局、こんな不味い物体を食べるという選択肢しか無いわけだ。

 

 レンジに放り込み、三分くらい待ってから取り出す。

「……いただきます」

 当然ながら、返ってくる答えは無い。

 言う必要が無いとわかっていても、つい口にしてしまうのは両親の躾の賜物だろうか。

 

 ボソボソした鮭と、粘っこい飯と、変な色の漬物を口に入れ、お茶で流し込むという作業を繰り返し、朝食は終了した。

「うぅ……」

 満腹感もそこそこに、不快感が胃に沈殿してくる。

 だから、朝一番でこんなもん食べたくなかったんだ。

 

 不快感が抜けてから、プラスチックの容器と、割り箸をゴミ袋に捨てる。そろそろ、一袋が満タンに……って、

「おぇっ……! 臭っせぇ……!」

 梅雨明けから間もないからなのか、変な臭いが漂っていた。

 換気だ換気!

 窓を開けた途端、ぶわっと吹き込んできた生暖かい風が部屋の埃を巻き上げ、ゴミの匂いとブレンドされ…………要は、部屋中が臭くなった。

「………………………………くそったれ」

 でも、窓を開けたまま放っておけば、多少はマシになるだろう。

 その間に、風呂……じゃなくて、シャワーでも浴びるか。

 

 タオルと着替えを持って、浴室へ。

 浴槽には、入ろうと思えば入れる。でも、入ったが最後、私の腕力では出ることが難しくなってしまう。一度それで痛い目に遭って以来、私の入浴は専らシャワーだけだ。

 シャンプーを多めに手に取り、髪の毛を洗う。

――ごしごしごしごし……

 それにしても、我ながらよく伸ばしたものだ。

 ほったらかしにしている間に、なぜか膝まで伸びてきてしまった。

ママが生きていたころは、一緒にお風呂に入って、背中の洗いっこをしたり、髪の毛を切ってしてもらったりしていた。でも、今は……

 鏡を覗くと……まるで、ホラー映画のような出で立ちをした子供が写りこんでいた。

はっ……言いえて妙かも。

 年中カーテンを閉め切った家に住む、陰気臭い子供。舞台設定もバッチリだ。

 自嘲しつつシャワーで石鹸を洗い流し、浴室から這い出した。

 

 リビングに戻ると、嫌な臭いはほぼ消えていた。

 燃えないゴミの収集は、明日だったか……今夜中に出してしまおう。

 

 さてと……部屋に戻ろう。

「……あー」

 そういえばアレも、早く処分しないとなぁ…………部屋の隅に放置してある、珍妙なオブジェ。

「粗大、いや、資源ごみ……?」

 目障りで困るんだよねー……液晶の割れたテレビなんて。

「……まぁいいや」

 破片は捨てたし、躓いて怪我するなんてことは無いに決まってるし。放っておこう。

 

「あン……?」

 電話機のランプが、チカチカと点滅している。

 あーあ、またか……

 イラつく手つきで、留守番電話の録音を再生する。

 メッセージは二件。最初のメッセージは……

『○○テレビです。今度、あの事故について特番を組むことになったので……』

「死ねッ!!」

 

――バキッ!

 

拳で叩きつけるようにしてボタンを押して、再生終了。

「……ったく! どっから聞きつけてんのよ……!!」

 片っ端から着信拒否リストに放り込んでやっているというのに、ゴギブリのように沸いてきやがる。

あー、そうだった。残りの一件は誰だ?

 また下らない用件だったら、電話機ぶっ壊してやる。

 ぴっ、と音が鳴って、メッセージが再生される。

『石田です。最近、リハビリに来ていないじゃない? 確かに、あなたの足が動く可能性は低いわ。でも、治療法が分かった時に、間接が固着していたら……』

 

――再生、終了。

 

「……………………無駄だよ、先生」

 大体……治ったところで、歩けるようになったところで、どうなるの?

 私が歩けるようになったって、パパとママは褒めてくれない。二度と戻ってこないのに。

 頑張ったから報われるなんて、漫画の中だけだ。

 せいぜい、お涙頂戴な不幸話が大好きなマスコミの、恰好の視聴率稼ぎの道具にされるのが関の山。

 友達を作ろうにも、こんな身体じゃできっこ無い。道行く人の反応を見ていればわかる。ちらっと私を見て、ふいっと顔を逸らす。コンビニに行っても、図書館に行っても、全く同じ反応しかしない。

 二言目には、『大丈夫?』で、次は『手伝おうか?』だ。大きなお世話だ偽善者どもめ。

 

結局、私にはまともな未来なんて無い。それならいっそ……残りの一生を、この家に引きこもって暮らしていたほうがいい。

 怠惰に。無為に。

 起きて、食べて、眠くなるまで時間を潰して、眠くなったら寝る。

 

 それが私…………八神はやての選んだ日常なのだから。

 

――プルルルルルッ……

 

 言っているそばから、電話が鳴った。

 留守電に設定し直していないせいで、いつまでも鳴り止まない。

「……」

 仕方ないから、受話器を取った。

「…………はい、どなた?」

 受話器の向こうで、息を呑む気配。あーあ……これは、一番うざい輩だ。

『ああ、やっと出てくれたのね!』

 きんきん耳障りな声。受話器を耳から離す。

『心配してたのよ。ずっと電話しているのに、出てくれないんですもの』

 …………誰だっけ、こいつ。

「何か用ですか」

『そろそろ、学校のほうへ出てきてくれないかしら?』

 ……ああ、先公か。

『クラスの皆も、あなたが登校してくるのを待ってるわ』

 阿呆か。会ったことも無い他人を待ちわびる子供なんて、いるわけないだろ。

…………ここで切ると五月蝿いから、言うだけ言わせてやろう。

『あの事故のことは、残念だったけど……』

 …………あ?

 

 今、なんつった?

 

残念……?

パパとママの死を、そんな一言で済ませやがったのか……?

 黙って聞き流してやろうかと思ったけど……やめた。

『あなたのお父さん、お母さんも、きっとあなたが元気になることを』

「黙れ」

『望んで……え?』

「黙れっつってんだよ」

 こいつに……パパとママの何が分かる。私の何が分かる。

「てめぇ、何様のつもりだ?」

 したり顔で、人の心にズカズカと入り込んできやがって。

『私は、あなたのために言ってるのよ! それを……!』

「あなたのために……それ、『自分のために』の間違いだろ? お前は自己満足、自己陶酔で酔っ払ってイイ気分なんだろうけどさぁ……正直、うぜぇよ」

『教師に向かって何て口の利き方を……! 人が気を使ってあげているのに!』

 はン……これが本性か。

 いい人面して近づいて、恭順しないとわかった途端に高圧的になる。典型的な偽善者だ。

 そのカスが電話口でキーキー喚いている光景を想像しただけで笑えてくる。

「うるせぇ黙れ偽善者」

 

――がしゃん

 

 受話器を置き、電話線を引っこ抜いた。

 最初から、こうしておけばよかったんだ。

 はぁ……馬鹿馬鹿しい。 

 

今日は何をして時間を潰そうかなぁ……

「図書館にでも行くか……」

 何か、適当に長い小説でも借りて、退散しよう。

 

 平日の真昼間。時折すれ違うのは、汗を流して営業に精を出すサラリーマンと、犬を散歩させる老人くらい。実に歩きやすい。引きこもっている内に、無意識に人の少ない時間帯を見つける能力が備わったらしい。

 そういえばこの前、病院の帰り道に、変な集団とすれ違ったなぁ……

 何人も連れ立って、悩みと無縁の楽しそうな表情で……

「……チッ」

 ……くそ。思い出したらまたイライラしてきた。

 

 陰鬱な気分のまま、図書館に到着。エントランスを潜ると、快適な空調が私を出迎えてくれた。少しだけ浮いていた汗が、引いていく。

 貸し出しカウンターから、白いカーディガンのお姉さんが会釈する。

「……」どうも。

 会釈を返し、書架へ。

 時代小説。現代小説。エッセイ。自叙伝。ドキュメンタリー。ノンフィクション。ティーン小説…………と、ここだ。この辺の本なら、私にも読める。

 学園恋愛。非日常バトルもの。ロボットバトル。SF。異世界冒険譚。不条理ギャグ。剣と魔法の物語。

あ、これいいかも。

私は、剣と魔法の物語のシリーズを書架から……書架から………………

「…………届かない」

 せめて、もう一段低い段に入っていれば……

「はぁ~~~…………」

 つくづく、このポンコツの身体が恨めしい。

 今日は、厄日だ……

 恨めしく本棚を眺めても、本が落ちてくるわけでもないのに。すっぱいブドウ……じゃないけど、諦めるしかない。誰かに頼むなんて情けない真似、したくないし。

 仕方なく、下の段に入っていたSF小説を纏めて引っこ抜いた。

「……お願いします」

 貸し出しカウンターに持って行き、カードを差し出す。

「あら、たくさん借りるのね」

「ええ」

 会話終了。

「ねぇ、八神さん?」

 手提げに本を入れていたら、お姉さんに呼ばれた。

「本、好き?」

 じっ……と、なぜか探るような目でみつめられる。

「…………」

 どう答えるべきだろう。司書なんて仕事に就いているからには、このお姉さんはかなりの本好きなんだろう。ただ時間つぶしの手段に読書をしている、なんて答えたら、気を悪くするに決まっている。過干渉してこないこのお姉さんは結構好きだし……

「……ええ、好きですよ」

 心にも無い嘘で、ごまかした。

「そう、よかった」

 うれしそうな声に、ずきん、と胸が痛んだ。

「……それじゃ、」

 俯き加減のまま、出口に向かう。

 と、入ってきた人とぶつかりそうになってしまった。

「あ…………すみません」

 謝って、今度こそ外に出た。

 あーあ……何やってんだろ……

 

――ちゃりっ

 

 半ば無意識で、胸元の十字架に触れた。

 

 

 

「…………参った」

 翌日の深夜。私は、冷蔵庫の前で途方に暮れていた。

「食べ物、無くなった……」

 朝起きて、何の気なしに読み始めたSF小説が以外にも面白く、夢中で読みふけっているうちに夜の十一時を回ってしまった。

 こんな時に限って、買い置きのカップ麺も無い。

「しゃーない……買いに行くか……」

 ああ、嫌だ。

 もう出前もやってないし、ピザは高いしもたれるし。

 

 鍵を持ったことを確認してから、オートロックの扉を閉める。

一日に二度も外出するなんて、久しぶりのことだ。

 暗い夜道を、申し訳程度の街灯が照らしている。寒くは無いけど……好き好んで出かけようとは思えない。でも、人目を気にせず出歩けるというのは有難い。

 財布には、現金で3000円くらい入っている。

 私は障害者だし、追い剥ぎに狙われることも考えて、常に必要最小限の額しか持ち歩かない主義だ。……持ち『歩く』機会なんて、この先一生訪れないんだけど。

「はっ…………」

 下らない。つまらない自虐をしている暇があったら、さっさと用事を済ませて帰ろう。

 

 車椅子で十分弱。いつものコンビニに到着した。

「らっしゃーせー……」

 やる気ゼロの店員に迎えられ、弁当のコーナーへ直行。

 海苔弁、シャケ弁……あと、軽めのサンドイッチと惣菜パン。

「2450円でーす」

 無言で、千円札三枚を差し出す。

「550円、お返しッス。ありゃーとあしたー……」

 とりあえず、幼稚園からやり直せばいいと思う。

 からから……と車輪を回し、店を出る。

 帰り道は、これまた一層薄暗い夜道だった。 

 民家も少なく、あったとしても電気は点いていない。

 

――いきなり、衝撃が走った。

 

「……ッ!?」

 驚いて振り向く。すると、

「つーかまーえたァ……!」

 下卑た笑みを浮かべた男が、車椅子のハンドルを掴んでいた。

「な……んだテメ……! うムッ……!!」

 口を塞がれる。

「ひぁははははは……!!」

がしゃん、と車椅子から引き倒された。

「うー…………!!」

 半年も引きこもっているうちに、警戒心がとことん鈍っていた……

 人通りが少ない夜道なんて……こういった手合いの巣窟だってことにさえ、気づかない程に……!

「……ッ! ……ッ!」

 離せ、離せ、離せ!!

 目いっぱい力を込めて、抵抗する。爪を立て、暴れ……

「ひひゃひゃひゃ……!」

 辛うじて目に入る光景。そこは、鬱蒼とした雑木林……!!

「、――ー!!」

 本能的な恐怖が、最後の抵抗を試みる。

 がりっ、と、男の顔面をひっかいた。男は一瞬、私の口をふさぐ手を離し……

 

――バキッ!!

 

「あがッ……!!」

 視界がブレて、そして、左頬に強い痺れが走る。

 遠慮呵責も無く殴られた……そう気づいたのは、折れた歯が口から転がり落ち、錆臭い血の匂いが口内に充満してからだった。

「う…………」

 ぐらぐらと、脳震盪なのか、恐怖によるものなのか……だけど、確かなことは。

 もう、抵抗する力は残っていないということだった。

 私はこの小汚い男に陵辱されて……きっと、死ぬ。

 

――これで、終わりか。

 

 恐怖でも、怒りでもない。ただ底なしの虚無感が、頭の中を支配する。

 たった十年にも満たない人生が、今終わる……いや、違うな。

 私の人生は、半年前……両親が死んでしまった時に、とっくに終わっていたんだ。

 パパが死んで、ママが死んで……他にも、たくさん死んで。私だけが生き残ったのが、間違いだったんだ。

 

――ブチッ……!

 

 胸元に下げていたアクセサリーが……洋服ごと引きちぎられた。

何よりも大事な宝物が、ゴミのように。

「あ、ああ……!!」

 一瞬、虚無感を忘れた。

 押し倒されたまま、男の握る十字架に手を伸ばす。

「か、えして……!!」

 それは、その十字架だけは……!

「かえしてよッ……!」

「あァ……?」

 男は、訝しげに私の顔と、手に持った十字架を見比べ……にたぁ、と笑った。嗜虐心が疼いたのだろうか。私の手の届かないギリギリのところで、見せびらかすようにぷらぷらとチェーンを揺らし……

「ヒヒッ……返してやる、よっ!!」

「あっ……!」

 振りかぶり……遥か遠方の道路に、投げ捨てられた。

「あ、あ!」

 そして。

――ギャリッ……

通りがかったトラックの車輪に巻き込まれ、手の届かない場所へと……消えた。

 

「なん、で……」

 

 ぼそっ、と、切れた唇が、痛みを無視して言葉を紡いだ。

『何で』、と。

「なんで、わたしが……」

 

理不尽な事故に家族を奪われて。

 

無神経な奴らに平穏を奪われて。

 

たった一つの宝物さえ奪われて。

 

――なんで、私だけが……!!

 

 

「こんな目に、遭わないといけないのよ…………!!」

 

 

――憎い。

 

 どろりと、ドス黒く粘りつくような『何か』が、胸の奥で脈動する。

 

――憎い。

 

 どろどろ、どろどろと……ヘドロのように、あふれ出してくる。

 

――薄汚く笑うこの男が憎い。

 

 それは、恐怖を塗りつぶし、

 

――平穏を奪った偽善者どもが憎い。

 

 虚無の平野を、汚泥の如く侵略し、

 

――家族を奪った事故が憎い。

 

 たった一つの言葉が、全身を支配した。

 

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。 憎い。憎い。憎い。

 

 

 

――――――私に理不尽を強いる世界が憎い。

 

 

――――――壊してやる。

 

 

――――――殺してやる。

 

 

――――――何もかも!!

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 怒りのままに吼え……胸の奥にあった『何か』が、弾けた。

「ぎゃあっ!!」

 私にのしかかっていた男を吹き飛ばし、樹木に叩きつける。

「はーッ、はーッ……!!」

 どろどろとした暗闇が……はっきり目に見える形で、私の身体を取り巻いている。

 まともな神経の持ち主なら、怖気づくか、嫌悪する光景。

だけど私には、その得体の知れない闇が何よりも頼もしく……愛おしく感じられた。

「…………ふふ」

 どうやら、私の『まともな神経』とやらは……壊れてしまったらしい。

「ふふふ……あはははは!」

 

――それが、何?

 

 すっくと……立ち上がる。

 呆気無く。いとも簡単に。

 私を地べたに縛り付けていた足が、再び私の元に返ってきた。

 

 まともな神経なんぞに固執していたら、絶対にありえなかったことだ。 

 ああ、馬鹿馬鹿しい。

こんなことだったら、もっと早く……壊れていればよかったんだ。

「あはははは……!! あーっはっはっはっは!!」

 ああ、可笑しい。

「ひ、ひいいい……!!」

 …………ああ、まだいたんだ。

 みっともなく尻餅をついて…………腰が抜けたんだね。

 立場は、完全に逆転していた。

 私は二本の足で地面に立ち、男は地面に這いつくばっている。

 

「………………………………刃以て、血に染めよ」

 

 ふっと、頭に浮かんだ言葉を口にする。

 闇は、私の命令を忠実に実行した。

 

――ゴポッ……ゴポポッ……!

 

 不定形だった闇の一部が分離・凝固し……紅色の短剣へ、変化する。

 標的は……あの男。

「た、たすけッ……たすけてぇっ……!!」

……逃がさない。

 

――がきんっ

 

「ヒィッ!」

 闇を操作し、男の身体を樹木に磔にする。

 ……恐怖に染まった顔が、よく見える。

「穿て」

 これは、復讐の第一歩だ。

 私を虐げてきた物すべてを……………………闇に葬ってやる。

 

 

「…………………………………………………………………………ブラッディ・ダガー」

 

 

――ドガガガガガガガガッ!!!

 

「…………!! ……ぁ! ……!」

 ざくざくざくざくざくざく。

 気持ちのいい感触が、闇を通じて伝わってくる。

「……あ、あ」

 

――ぼどっ……

 

 男の身体から、両腕が肩から剥離する。

 両足は……

「……あーあ、はずしちゃった」

 膝から下はミンチになってるけど……大腿部が、中途半端に身体と繋がっている。どうやら、角度が浅くて切断しきれなかったみたい。

「……す、け……け、て……」

 うわごとのように、男がつぶやく。

「……ふふ。いい格好」

闇が、ねだるように渦巻く。

「いいよ」

 何を望んでいるのか……言葉が無くとも、ハッキリ分かった。

 

「食べちゃえ」

 

 獲物……私を強姦しようとした男へ、闇が群がる。

 

――ごりごりごりゅごりゅぐちゅぐちゅぐちゃぐちゃ……!!

 

 骨を噛み砕き、肉をすり潰し……血の一滴までも、闇が貪る。

 咀嚼音をBGMに、夜空を見上げる。街灯が壊れたおかげで、真っ暗だ。

 

――新月。

 

 夜空のどこを見ても、闇夜を照らす月は見当たらない。

 月も星もロクに輝かず、ただ暗闇だけが存在する……本物の、夜。

「……」

 ずるりと、男の身体を貪りつくした闇が、戻ってきた。

 手を触れ、意識を集中させる。

「……まだまだ、未熟者だけど」

 闇の奥深くには、膨大な知識と経験値が埋もれている。

 その全てが……私が欲しているとおりの力だった。

「これから、よろしくね」

 にっこりと……久しぶりに、心から笑えた。

「……ん?」

 でも、おかしい。なんで、両目から涙が流れるんだろう。これっぽっちも、悲しくないのに。

「それ、片付けて」

 不自由の象徴……車椅子を、闇に沈める。

 

 

二本の足で地面を踏みしめながら………………私は、家へ続く暗闇へと歩を進めた。

 

 

 

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