魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第三話

 

 

 ったく……酷い目に遭った。今度から、酒は控えよう。

「おかげで、一日無駄にしちゃったよ」

 ぶつくさ愚痴りながら、夜の歓楽街を歩く。警察官がパトロールをしているが、私を呼び止めるようなことはしなかった。

 新たに覚えた、変身魔法のおかげだ。今の私の姿は、十代後半から二十代程度に見えている……はず。

「…………」

 今日は、『湖』を連れている。もちろん、隠蔽結界を展開しながら。

 歓楽街から外れて、裏通りへ。

 

 本当なら、今日は守護騎士の連携を見ておきたかったんだけど……それよりも試してみたいことがある。

「ん。あったあった」

 一際大きく……電気が点いているのに、どこか薄暗いイメージを受けるビル。

 大仰な木の表札には、達筆な字でナントカ『組』と書かれている。

 世に言う、ヤクザ事務所だった。

「『湖』」

「…………」

 指示を聞いた『湖』が、その身を包む結界を大きく広げた。

とにかく堅牢な結界で、『湖』が解除するか、それ以上の力をもって無理やり破壊するでもしない限り、外には出られない。

「ここで待ってて。手出し無用だからね」

「……」

 こくん、と頷く『湖』を残して、中に入る。

 

「……嬢ちゃん。何の用だい」

 受付にいた厳つい風貌の男が、のっそりと立ち上がる。

 うわ……大きい。身長、2メートルくらいあるんじゃないかな?

「よッ……と」

 変身魔法を解除。

 いまさら、素顔が割れたところで困りはしない。

 だって…………目撃者は、一人も出ないんだから。

「……あ?」

 大男からすれば、いきなり目の前に子供が現れた……としか思えないだろう。

 とん、と大男の腹に手を添える。

「フランメ・シュラーク」

 

――ボンッ……!

 

 くぐもった爆音……そして、大男は鼻と口から、煙突のようにぷすぷすと煙を上げ、倒れた。

「うん……いい調子」

 細かな制御も、問題無い。これなら……使えそうだ。

「おい、何の騒ぎだ!」「出入りか!?」

 どやどやと、明らかに堅気ではない風体の男たちが出てきた。

 おあつらえ向きに、短刀や拳銃で武装している奴もいる。

「……子供?」

 怪訝な顔をして私を見て……その足元に転がる大男の死体を見て、血相を変えた。

「こンのガキがああああああ!!」

「待て、いくらなんでもありえんだろう」

「でも、どう見たって……」

 ごちゃごちゃごちゃごちゃ……サンドバッグが騒いでるなぁ。

「『甲冑』、展開」

 

――ぞぞぞぞぞ……!

 

 影から、闇が起き上がる。

「……は?」「なんだ、アレ……」

 両腕を広げて、告げた。

「おいで」

 

――――……!

 

轟々と、私を取り巻く闇が渦を巻き、私の身体へ収束していく。

 

 試してみたかったこと…………それは、新しい魔法の性能。

 この前知ったことだけど、魔法をフルに使うには『デバイス』という道具が必要らしい。蒐集した連中の持っていた杖しかり、守護騎士たちの武装しかり。

でも……剣、ハンマーとか、武器として使えるならともかく、なんでわざわざ『弱点』を手に持つ必要がある?

 腕ごと切り落とされてしまったら、そもそも破壊されてしまったら、ロクに魔法を使えなくなってしまうのに。

 そして編み出したのが、この『甲冑』という術式だ。

 

「………………はぁっ!」

 

――バオッ!!

 

 余剰魔力の竜巻を、吹き散らす。

 そして、私の姿は変貌していた。

 体格は、成人女性に近いめりはりの利いた体格に。

 髪の毛は白銀に染まり、地肌に赤い紋様が浮かび上がる。

全身を覆う装束は、左右非対称。編みこめるだけの攻撃魔法・強化魔法・補助魔法を編みこんだために、少しだけ歪な形になってしまった。

 これは常に複数の魔法が発動している状態であり、必要に応じて出力を上げ下げするだけで済むから、発動にかかるタイムラグも無い。

 

 …………まぁ、燃費はすこぶる悪いけど。

 

闇の魔力自体が膨大で、私自身の魔力もそれなりに大きいおかげで成立した。

ぎゅぱぎゅぱと手を開けたり、閉じたり。

 ……そんじゃ、ま。

「試運転、開始!」

 脚部の高速移動魔法で、一気に間合いを詰める。そして、攻撃魔法そのものと化した腕を振るう。

 

――パゴンッ!!

 

 小気味のいい音をたて、スイカのように頭が爆ぜた。

「あはっ、呆気なーい!!」

「な……」

 中途半端に匕首を抜いたまま、銃を持ったまま……無防備に硬直する。

「ぎッ……!!」

 そのうち一人の顔面を鷲摑みにして……爆破!

 

――ボンッ!!

 

「あーっはっは!! ほらほら、ボサっとしてないでさぁ……! 頑張らないと死んじゃうよーーーーー!?」

 

――ざしゅっ……ぐちゃっ……ぶちィっ!!

 

手刀で心臓を貫く度に……頭蓋骨を握り潰す度に……脊髄を引っこ抜く度に……赤黒い悦びが、頭の中を快楽で染め尽くす!!

「ひゃははははッ!」

 

ああ……楽しい!!!!

 

「うわあああああああ!! バケモンだああああああああ!!」

 

――パンッ! パンッ!!

 

 拳銃が火を噴き、鉛弾を撃ち出す。

 そんなオモチャが、私に通じるわけないじゃない!

「……あむっ!」

 がちん!

「……へぁ?」

 口の中に広がる、火薬の匂い。

「銃弾噛み……なんちゃって」

 ぺろん、とキャンディーのように銃弾を乗せて、舌を出す。

 何かの小説で見た技だけど、簡単なもんだ。

「プッ!!」

 再び口に含んだ銃弾を吹き出す。

 

――びすっ!

 

「……あ」

 頭の中に返却っと。

「うおぁぁああああああっ!!」

「ん?」

 抜き放った日本刀が、私の肩口で停止した。

へぇ……そこそこ骨のある奴もいる。でも……しょせんはオモチャだ。『甲冑』を貫くには、威力が足りなさすぎる。

「これちょーだい」

 ひょいっと指先で刀を摘み、取り上げる。

「この!」

 今度は、懐の匕首を抜いて切りかかってきた。

「ひゃはッ、やるじゃん!」

 いつでも殺せるけど……ちょっとだけ、チャンバラに付き合ってやろう!

 

――ガキンッ!

 

 相手の匕首に、力任せに日本刀をぶつけた。

「くッ……こンの、バケモンが!」

 手がしびれているだろうに、懸命に匕首を振るっている。

「ほらほらほらぁっ!! がんばれがんばれー! ひゃはははは!!」

 

――ガキキキキキンッ! バキッ!

 

 あらら、折れちゃった。

「今だああああああああああっ!!」

 正面に匕首……背後に拳銃が3、か。

「よいしょっと」

 髪の毛に魔力を流し、操作。

 

――形質変化。

 

 腰までの髪の毛を、魔力で延長。

 

――硬度強化。

 

 絹糸並みのしなやかさに、刃の切れ味を追加。

 

――衝撃加速!!

 

 遠心力を、数十倍に増幅!!

 

「そりゃあっ!!」

 

――ザザザザンッ!! 

 

 四の肉体を切断する感触が伝わってきた。

 そして、倒れる音は三つ。

……三つ?

「ひいいいいいいいいいいいいいっ!!!」

 両足首から先を失った手下の男が、出口に向かって這いずっていく。

 ……取りこぼしちゃった。

「待ってよー」

 すたすたと近づいていく。

 先っぽが無い腕で、扉をごすごすと押し……逃げられないと悟り、命乞いをはじめた。

「た、たすけて! なんでもするから……! 命だけは……!」

 …………馬鹿だなぁ。

 そうやって祈っていれば助かるなんて、御伽噺みたいなもんだ。そんなんで助かるなら、パパとママは死ななかった。

 ……少し、現実ってものを教えてやるか。

「ねぇ、おじさん?」

 目の前にしゃがみこみ、視線の高さを合わせた。

「は、はいっ!?」

 助かるかもしれない。そんな希望的観測が、表情から読み取れた。

 あはは……おめでたいなぁ。

 とん、と人差し指で胸を突く。

 

「運命って、残酷だよね」

 

――バスッ……

 

「ぐひッ……!」

 指先から迸った極細の射撃は、正確に心臓を貫いた。

「あと何人いるかな~……っと」

 建物の中をサーチしてみても、数人が隠れているだけだ。いちいち探し出すのも面倒だし……そろそろ、お開きにしよう。

 手をかざし、魔力を集める。

 いくら『甲冑』を纏っているとはいっても、このクラスの魔法を使うには、多少のモーションと、詠唱が必要だ。

手のひらに、闇色の球体が出現する。

「サポートよろしく」

 まだ、使い慣れてないからね。

 

――……。

 

 広域空間攻撃。闇の中に埋もれていた魔法の大部分は、この類。今から行使するのは、その初歩にあたる。

 

「闇に、染まれ」

 

 手のひらサイズの隔離結界の中に、魔力を溜め込んでいく。

 隔離されている空間を魔力で満たし、破壊し……現実世界へ一気にフィードバックさせることで、破壊力を生み出すのがこの魔法の真髄だ。

 術式名称……………………

 

「デアボリック・エミッション」

 

――――――――グアアアオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

 お。おおお。すごい反動。

 私を中心に発生した魔力の衝撃波は、凄まじい勢いで膨れ上がり…………結界内を、蹂躙していく。

――ギチッ、ギチッ……!!

『湖』が展開する結界が、軋んで歪む。

 

――――――――オオオオオオオオオオ……!!

 

 衝撃波は鉄筋のビルを……そして、無様に隠れていた残りのクズ共を、飲み込み、破砕し……分子レベルにまで粉々にしていく。

「あ、あらら……?」

 

――ギチッ……ビキッ。

 

 やべっ! 結界にヒビが……!

「ちょ、ストップストップ!!」

 慌てて手綱を握りなおそうとするものの……一向に止まらない。

 

――……、……。

 

「魔力の配分を、間違えた……?」

 ……最初に注いだ魔力が、多すぎたらしい。

「どうしろっていうのよ!?」

こうしている間にも、破壊力は増し続けている。

 

 もういいや! 制御放棄!

 

――ギュゴオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

「きゃあああああああああああああ!!」

 とうとう結界が砕け、魔法が暴発した。

「ふぎゃっ!」

 余波に背中を押し出され、べしゃっ、と地面に顔からダイブする。

 

 大部分の破壊力は結界の中で消費したはずだから、そんなに酷い被害は出ない筈だ。せいぜい、大型台風並みの突風が吹き荒れるくらいで……

「ちっくしょー……こんな無様な失敗するなんて…………ぺっぺっ!」

 口の中に入ってしまった土を吐き出す。

 さっきまで結界で覆われていた場所は、隕石が落ちたようにクレーター状に抉れ……ビルは跡形も無くなっていた。

「…………ま、いっか」

 どうせ、あのビルは中身ごと消滅させるつもりだったんだし。

 

――………………。……?

 

「うるさいなぁ! わかってるってば!」

 闇にお小言を言われた。

 

――ザッザッ……!

 

 げっ……足音!? それも、かなり多い!

 さすがに騒ぎすぎたか……

「『湖』! もう一度結界を……ってええええええええええ!?」

『湖』は、結界を破壊されたダメージをモロに食らって倒れていた。

「つ、使えない奴め……!」

 私が張ろうにも、『甲冑』の維持に大部分の魔力を消費しているし……解除したら素顔がバレるし……!

「めんどくさいなぁ、もう!」

『甲冑』姿で逃げるしかない!

 

 ええっと……逃げる魔法、逃げる魔法は……あった!

「スレイプニル!」

 

――ばさっ!!

 

 背中に編みこんでいた、飛行魔法を発動。

 烏のような漆黒の羽根が、空気を叩いて羽ばたく。

『湖』を闇に埋没させ、一気に上昇!

 全速力で空を翔る。

 今時分、星を見上げる酔狂な人なんていないだろうから、見つからずに済みそうだ。

 できるだけ人目を避けて、自宅を目指す。

 

「おっ……ととと、難しいな……」

 真っ直ぐに飛んでいるつもりでも、フラフラと左右に振れてしまう。

 闇がちょこちょこ軌道を修正してくれるおかげで、墜落はしないで済んでいるけど……これも、要練習だなぁ……

「ん?」

 ここまで来て、ようやく思い至った。

 

――何で逃げてるんだ、私?

 

 目撃者なんて、皆等しく消してしまえばいいだけなのに……

 もしかして、捨てたと思っていた良識が、まだ残っていたんだろうか。

 罪無き人に、理由無く手を出してはいけないという…………………… 

「チッ……」

 イラつく。

 何が、『罪無き』だ。一番タチが悪い連中じゃないか。

 自称一般人なんて、一皮剥けばどれも同じだ。

 普段は善人ぶって、他人の不幸を面白おかしく取り上げた情報媒体を娯楽にして、『かわいそうねぇ』とか、『大丈夫かしら』なんてしたり顔でのたまう。

 それを助長するのが、自称ジャーナリストのハゲタカだ。

 わざわざ病室にまで押しかけてきて、カメラとマイクを突きつけて……

 

『ただ一人生き残ったご感想は?』

 

 ……だったか。

「…………うん、あれは殺そう」

 丁度、隣町に支部があったはずだ。片っ端からブッ殺しておかないと……今夜、ぐっすり寝られない。

 

――…………。

 

「『おやめください』……って言われてもね」

 もう、闇の一人格が何を言おうと聞く気はない。

「私は、あの連中を殺すって決めたの。黙って従え」

 

――……。

 

「は? 何よ、『やむをえません』って。いいから、方向転換を……」

 

――がくんっ。

 

「へ?」

 いきなり、視界がかくんと一段下がる。そして……

 

――ガガガガッ、ゴガガガッ!!

 

「きゃああああぁぁああああぁああああ!!」

 いきなり、きりもみ回転ーーーーーーーーーー!!!?

「ちょっと……きゃっ! 何すんのよ! 早く、姿勢制御を……! うひゃあっ!」

 ぐわんぐわんと、いきなり制御がきかなくなって……! このっ!

「あ、アンタわざとやってる!? っていうかわざとでしょ!」

 

――…………、………………………………。

 

『あなたには、こうしたほうが効果的であると判断しました』だとぉ!?

「こんなことして、後でどうなるか……! お、覚えてなさいよー!?」

 ぐいいっ、と、今度は襟を引っ張られたように、後ろに急発進……!

 背後には、コンクリートの壁って、ええええええええ!?

 

――ぐんっ!

 

 唐突に引き上げられ、

 

――……どべしゃっ

 

「んぎッ……!」

 ……床にスライディングさせられた。

「い……ってぇえ……!」

『甲冑』のおかげでダメージはゼロだけど……気分的には痛いのよ!

「離れろ、このやろっ!」

『甲冑』を解除し、元の姿に戻る。

 

「……あー、クソッ……どこだ、ここ」

 妙に暗い……というか、午後十時だから、消灯されていて当然か。

 ベッドと、テーブルと、テレビ、白いカーテン。ここ……病院?

 

――からから……

 

「あン?」

 背後から、妙に慣れ親しんだ音が聞こえてきた。

 振り返った先で…………なんというか、デジャブを感じる光景を見た。

「……お姉ちゃん、誰?」

 車椅子に腰掛けた女の子が、興味半分、怖さ半分くらいの表情をしていた。

「チッ………………さぁね。誰だと思う?」

「え? ええと……」

 はっ、わかりゃしねぇって。

「もしかして……魔法使い?」

 

 ……………………子供の純粋さって、怖い。

 

 あたらずとも遠からず。

「何で、そう思ったわけ?」

「さっき、変身してたから」

 …………見られてたか。

――……。

『始末し、喰らえ』……?

あ、入れ替わったんだ。もう一人と。

「うーん……」

 じろじろと眺め回してみる。

「なに?」

 きょとん、と私を見返す、無垢な瞳。細っこい身体。…………動かない足。

「別に」

 わかってるよ。この子の魔力、かなりのものだ。私ほどじゃないけど、比べ物になる程度はある。

「運の無さを、呪うんだね」

 

 関係ないね。

(ブラッディ・ダガー)

 一発で、心臓を貫いて……

「?」

じゃあね。

 

――――………………!!

 

……!?

 な、何だ、急に、コントロールが……!

 

――バキィンッ!!

 

 くそっ……!! 壁に跳ね返っただけだ!

「なに……してんだよぉおおおおおおおッッッッ!!!!?」

 無理やり……私の中から、コントロールを乱しやがった!! これは……あの、『もう片方』か!!

 

――――ギュウウウウウウウウッ…………!!

 

 何だ……急に、胸が、苦し………………!!

「あ、がはっ……!! ぐぅうううううっ!!!」

 体内の、流動魔法で……心臓の血流を……!!

「ふざけんな……ふざけんなふざけんな、ふざけんなああああああああああああ!!!」

 私の身体を……好き勝手しやがってえぇええええええええええ!!!

 

――ジャキィッッ!!!

 

 右腕一本は、使える……!!

「この……クソ心臓がぁああああああああああああああっ!!!」

 えぐり出してやるッッ!!

 

「だめーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「ぐっ!?」

 どん、と、横合いからの衝撃に倒される。

「だめっ! だめだよ!!」

 っこの、ガキ……!!

「そんなことしちゃダメだよぉおおおおおお!!」

「………………、」

 ……なぜ、このガキが泣いている?

「うっぐ……ひぐ…………だめ、だめだよぉ…………」

 私の右腕にしがみついたまま……自分を殺そうとした相手に、わざわざ飛び込むようにして。

…………馬鹿じゃないの? 血も出てる。歩けもしない癖に……

「……何をしている?」

 腕の力だけで、私をぎゅっと抱きしめている。全然リーチが足りなくて、抱きつくというよりは、しがみついている、だけど……

「お、お兄ちゃんと、お姉ちゃんが…………わたしが、カーッてして、暴れると……こうして、くれるから…………」

「そうじゃなくて。……私が、別に怪我をしようが、死のうが……お前には、関係の無い話…………」

「でも、そういうのは、やめないと…………看護婦さんも、先生も、悲しむから……」

「……………………私には」

 

――――悲しんでくれる人なんて、いない。

 

 でも。

 私は…………二度とマトモな体に戻れないと知ってから……コイツみたいに、他人のために、身を投げ出せたことが、あっただろうか。

 

「……眩しいなぁ」

 

 …………殺す気が、失せてしまったじゃないか。

 ぐいっとガキの身体を持ち上げ、車椅子の上に、放る。

「おい、下ろしてやるから離せ」

 ……だというのに、まだ、首元に手が回ったままだ。

「…………もう、しない?」

「…………」

「もうしないって、いってくれるまで、はなさない」

 ああ、もう。

 もう、なんだかな。もう。もう………………調子が……狂ってしまう。

 

「――――ああ。もうしねぇよ。約束する」

 

 …………どうして、振り払わなかった? ……どうして、殺さなかった。

「へへ…………やったぁ」

「………………」

 

(……おい、起きてるんだろ)

 内に問いかけると、返答……のような反応が、返ってきた。

(コイツの身体の状況は、どんな原因だ?)

 接触したんだ。わかるだろう。

 

――――………………。……。……、……。

 

(特異な形質のリンカーコア。規格外の成長を続ける魔力回路が、運動神経に霊的に干渉して……下肢の麻痺に繋がっている)

 その、特異っていうのが何なのかは、分からないけど…………

 

――――機能そのものが失われた私よりは、まだ可能性のある状況ってことか。

 

「…………おい、お前。『名前は?』」

 言葉に、言霊を含め、問う。

「え? …………美香だよ」

 ……言葉には、霊力が宿る。それが名前だとすると、尚更だ。

「では、『美香』。お前の望みを一つ言え」

 ぴくん、と、美香の身体が一瞬、硬直し……酩酊したような、トランス状態に陥る。これで、誤魔化しの利かない本音が聞き出せる。

 

「――――歩けるように……みんなと同じように、歩けるように、なりたい。お兄ちゃんと、お姉ちゃん……先生に、ほっとしてほしい。ちゃんと、ありがとうを、言いたい」

 

 そうか。やっぱり、このガキ……美香には。ちゃんと、大事に思ってくれて……大事に思える相手が、いるんだ。

 

「――――受諾した。命の恩を対価に、汝の願いを遂行する」

 

契約、成立。この契約が完了されるまでは……必要以上の殺しは、出来そうもない。

(……これも、あんたの思惑通りってわけ?)

 内なるものに問いかける。返事は……曖昧。

(ま、どっちでもいいや。乗せられてやるよ)

 昏倒した美香をベッドに運んだ。

 

――――バサッ。

 

 窓枠に足を掛け、翼を広げる。もう落とすんじゃないぞ。

 

――――……。

 

 承知、だとさ。あーあ。……何にも持たないつもりだったんだけどなぁ。

「じゃあな、美香。――――おやすみ」

「……おやすみ……なさい」

 

 ……久しぶりに、自然と笑みが浮かぶ違和感を感じながら、私は帰路へと着いた。

 

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