魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
板張りの床を素足で踏みしめ、構えを取る。
「…………んじゃ、始めるか」
暑さと緊張感で流れた汗が顎を伝い、床に落ちる。
「ああ、いつでも来い」
相対するのは、恭也。両手に短い木刀を持ち、構えている。少しぎこちなさを感じるのは、ブランクが長いからだろうか。
――ぎっ……
僅かに床が軋み……
――だんっ!
それを合図に、一気に間合いを詰め……
「おおおおっ!」
勢いのままに、掌打を振りぬく!
「はっ!」
紙一重で回避され、カウンターの突き技が繰り出される。
鳩尾を狙った一撃。
左手でそれを払いのけ、顎を狙ってアッパーカット!
――がんっ!
木刀の柄尻でそれを受け止められる。
(ここ!)
左手でボディを狙う。この距離なら、木刀より拳の方が速い!
が……
――ぱんっ!!
「うわっ!?」
拳を打ち合わせていた柄尻から衝撃が発生し、弾かれた。
何だ、今の!?
まるで、インパクトを喰らったみたいな衝撃だ。
でも、恭也の……というか、なのはを除く高町家の面々は魔力ほぼゼロのはず……!
「おおりゃっ!!」
よくわかんねぇけど、間合いを取るために、上段蹴り!
――とんっ……
「は!?」
何と、恭也は俺の脚をジャンプ台にして……跳んだ!
なんて身の軽さだ!
「はぁっ!!」
横凪ぎの一閃! 狙いは、延髄!
(間に合え……!)
左の二の腕を、射線上に上げる。左手を盾に!
――ボグッ……!!
「……っぐあ!」
痺れと痛みが、いっぺんにやってくる。折れてはいないだろうが……回復するまで、左手は使えない。
「おおっ!!」
好機と見て、一気呵成に攻め込んでくる。
――ひゅんっ!
縦横無尽に繰り出される刃。
半身に構え、右腕と足捌きのみで応戦するが、やはりリーチの差も相まってじりじりと追い詰められていく。
「はっ!!」
再び、一閃!
「くっ!」
――ごきんっ!
拳と相殺。だが、
――ぱぁんっ!!
……、また!
どうあっても、獲物同士をぶつけ合うつもりは無いようだ。
しかも、マズい! 衝撃で、腕が上に跳ね上げられた!
――ひゅっ!
今度は、脇腹狙い!
「こンのっ!!」
身体を捻り、床の上を転がって退避する。
「はぁ、はぁ……! っしゃあ!」
腹筋で立ち上がり、感覚が戻ってきた左腕を構えに入れ、ファイティングポーズを取る。
甘く見ていた。こいつ、下手したら魔法抜きでもクロノ並みじゃねぇの?
身体能力は高いし、剣術は冴えてるし……何より、あの意味の分からん衝撃が厄介だ。
対策は…………
「……シッ!」
実は、ある!
恭也の右側に回りこむ。
「っ!」
思ったとおり、横薙ぎの一閃。この立ち位置なら、一刀しか使えない!
それに……再び、拳を合わせる。
二、三回受けて……衝撃のタイミングは、大体わかるようになった。
接触して、0.5~1秒。多分、ブランクが無ければもっと速いんだろうが……今は、十分に対応できるレベルの速度だ。
――バチンッ!!
「ぬっ……!」
対策。それは……
「弾かれるなら、弾かれないようにしっかり握ればいい!」
そんだけだ!
「ふんっ!」
――ベキャッ!
木刀を握り潰す。よっしゃ、これで手数が減る!
「……!」
残った一刀で、懸命に手数をカバーする恭也だけど……この勝負、俺が貰った!
――ガスッ
木刀を肩で受け止め、間合いを詰める。
「うおりゃあああああああああああっ!!」
渾身の……正拳突き!!
「……使うつもりは、無かったのだが」
そんな一言を残して……恭也が、目の前から消えた。
「は!?」
姿を探すより先に、ぞわっ……と、鳥肌が立つ。
回避……駄目だ、遅い!
――ドガッ!!
「がぁっ……!!」
延髄に、クリーンヒットした。
「……これでも、倒れないか」
恭也も、運動とは別の汗を浮かべている。
あれだけの無茶な機動、生身でそう何度も使えるわけが無い。でも、多分だけど……少なくともあと一回くらいは、使える。
…………そう何度も、使われるわけにはいかない。
あと一発。あと一発で決められなかったら……素直に降参だ。
「……」
一本きりになった木刀を逆手に握り、互いのチャンスを伺う。
じりじりと、円を書く動きで動き……
――ビシッ!
「……っ!?」
何だ、目に何かが……!
「アレか……! くそ!」
俺が砕いた、木刀の破片か!
「決まりだ」
声だけの恭也の気配が、また目の前から消える。
探っても、探っても……恭也は見事に気配を殺している。
「…………何となくそこに居る感じィイイイイイイッ!!」
ヤケクソで、裏拳を振る!
――ごしゃっ!
「がはっ!!」
あ、あれ……!? 当たった!?
「おおおおおっ!」
無理やり目を開ける。
目の前には、木刀を振りかぶった恭也の姿!
「はあああああああっ!」
「おりゃあああああっ!」
斬撃が俺の首を薙ぐ寸でのところで……俺の正拳突きが、恭也の顔面を捉えた!
――どばぁんっ……!!
「げふっ……!」
恭也を道場の壁に叩きつけ……そこで、恭也が限界を迎えた。
「…………参っ、た」
でも、俺もギリギリだ。
「ぜー、ぜー……! ど、どんなウエイターだよ……!」
まさか、あと一歩にまで追い込まれるとは思ってもみなかったぞ……
最後の一撃が、あとコンマ数瞬速かったら。あと数日ブランクが短かったら。
ああして倒れているのは、俺だったかも。
疲労困憊で、道場の床の上に身を投げ出す。
「あー…………あちー……」
道場の外からは、じーわじーわと気の早いアブラゼミの鳴き声が聞こえている。
季節は、初夏を迎えようとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
――……ばぁんっ!!
あ、終わったみたいだ。
茹で上がったそうめんから顔を上げ、道場を見る。
さっきから断続的に聞こえていた踏み込み音や、衝突音は聞こえない。
どっちが勝ったのかなぁ……
「ま、秀人さんだろうけど」
言っちゃ悪いけど、秀人さんと兄さんの力の差は歴然だ。
異形の怪物や歴戦の管理局員、リアル魔法使い(プレシア)を相手に、常に実戦で力を磨き続けていた秀人さんに対して、剣に埃を被せていた兄さん。
前は強かったらしいけど、今は最盛期の半分も強くないに決まっている。稽古を怠れば怠っただけ、力は削げ落ちていくのだから。
「ふふふふふ…………いい気味」
私をほったらかしていた報いを、今こそ受けるといいよ……
「な、なのは……? 二人の様子を、見てきてもらえる……?」
若干怯えた様子で、母さんが恐々と頼んできた。
「はーい」
エプロンを畳み、椅子に引っ掛けた。
「準備は、僕らがやっておくよ」
人間形態のユーノくんが、慣れた手つきで稲荷寿司を皿に載せていく。
「うん。ありがとう」
それにしても、ユーノくんもこっちにかなり馴染んだよね。お箸だって使えるし、日本語の小説を読めるほど言語も習得して……
「ねぇ、ユーノ。後で古文の課題手伝ってよ。難しくてさぁ……」
「うん、いいよ。源氏物語だっけ?」
今や、高校生の課題程度なら片付けられるほどになっている。
でも姉さん…………そのくらい、自分でやろうよ。
机の上には、夏らしいさっぱりした味付けの食べ物が所狭しと並んでいる。
うん。稽古でお腹を空かした二人には丁度いい量の筈だ。アスパラのベーコン巻きと鰹の叩きは、特に自信作。
「姉さん、兄さん運ぶから手伝って」
「負けてること前提なんだ……」
勝手口からサンダルをつっかけて、道場へ。
「お待たせー。お昼ごはんできてるよー」
がらっと引き戸を開ける。
「よっしゃ、飯だ!」
秀人さんはタオルでぐいっと汗をぬぐい、跳ね起きる。
「おい恭也、飯だ起きろ」
壁際に座り込む兄さんの肩をぽんぽん、と叩いた。
「…………だから、何故お前はそうピンピンしているんだ」
姉さんが肩を貸し、立ち上がらせる。
「もう……恭ちゃん無理するから。意地になるような年じゃないでしょ?」
「……すまん」
この稽古というのも、実は兄さんから言い出したことだ。
『恭也、お前ちょっと身体動かしたほうがいいぞ。身体硬くないか?』
秀人さんの何気ない一言。それが、高町の人間に共通の、『負けず嫌い』に火をつけてしまった。
よろしい、ならば模擬戦だ……と、あれよあれよと言う間に、秀人さんと兄さんが対決する運びになり、じゃあ飯ができるまで一汗かくかー、と道場に来たのが一時間前。
全くもう……一汗どころじゃなくなってるよ。
「秀人さん、シャワーでも浴びてきなよ。上がったらすぐに食べられるようにしておくから」
「悪いな。頼めるか?」
「もちろん」
秀人さんは自分の足で、兄さんは姉さんに支えられ、浴室に向かった。
「おお、美味そうじゃん」
戻ってきた秀人さんは、食卓の上を見てそう言った。
「強いて言えば、どれがおいしそう?」
……気付いてくれるかな?
「そうだな……」
平静を装い、内心どきどきしながら言葉の続きを待つ。
「アスパラのベーコン巻き……かな」
よっしゃあ!
「それ、私が作ったの」
「さすがだなー……俺もレパートリー増やさないと」
私はこうした細かい料理が得意で、秀人さんは鍋でたくさん煮込むような料理が得意。
ユーノくんは、専ら仕込みや味付けのお手伝い。しっかりと役割分担ができている。
「あら、褒めるのはなのはの料理だけ?」
母さんとユーノくんが、最後の二品を持ってきた。
「いや、桃子の料理も十分に美味そうだ」
「良かった……たくさん食べてね」
よし、みんな揃った。
「それじゃ、」
――いただきます!
「はい、秀人さん、ユーノくん」
二人の取り皿に、料理を取り分ける。
そして、早速私の料理を口にした二人が一言。
「うん、やっぱり美味い」
「おいしいよ」
そう言ってもらえると、がんばって作った甲斐がある。
「まだまだあるから、たくさん食べてね」
次は、何を取ってあげよう。
「なのは。取り分けてくれるのはありがたいけど……なのはが食べてないじゃないか」
「いいの。好きでやってるんだから」
別に、すぐに無くなる量でも無いし。自分で食べるのもいいけど……作ったものを『おいしい』って言ってくれるのが、すごく嬉しいんだ。
「秀人さん、いつもお仕事大変なんだから一杯食べなきゃ」
「そうか? 悪いな……」
ぱくぱくと料理を口にする。
あ、お茶が無くなってる。おかわりを注いで……っと。
「さんきゅー」
「どういたしまして」
していることはいつもと同じだけど、大人数で食べるのも、たまになら悪くないね。
いつもは作らないような料理も作れるし、他の人の意見もこれからの参考にできる。
「ねぇ、ユーノ」
ずぞぞっ、と素麺を啜り、姉さんがユーノくんに聞く。
「ん? 何だい?」
「……あの二人、いつも『ああ』なの?」
かつん、と、兄さんが茶碗を置く音がやけに大きく聞こえた。
「…………詳しく教えてもらおうか」
ずいっ、とユーノくんに詰め寄る。
「恭也、近い、近いって……」
「で、どうなんだ?」
姉さんは止めず、むしろ興味津々といった感じで様子を見ている。
「まぁ、いつも大体あんな感じだよ」
さらっと告げられた言葉に、兄さんは食卓に額をぶつけ、姉さんは口を三日月にして、
母さんは妙に嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべた。
「何の話?」
目の前で、気になるじゃないか。
「あなたたち、仲がいいのね~……っていうお話よ」
「ふぅん……?」
でも、何を今更?
そろそろ、私も食べようっと。
適当に取って、一口。
うーん……やっぱり、母さんの作った方がまだ美味しい。
私も作ってるけど、年季の違いだろうか……?
「ねぇ母さん。この南蛮漬け、タレに何を使ったの?」
「うふふ、秘密」
「えぇ~?」
教えてくれたっていいじゃん。
「ねぇ、秀人くん」
「何だ?」
箸を止め、顔を上げる。
「前になのはが作った方と、今日の品、どっちがお口に合う?」
「え? ああ、そうだな……」
ぱくり、と一口。もしゃもしゃと噛み砕き、飲み込んだ。
「桃子には悪いけど、なのはが作ったやつの方が美味い」
え……?
「ほんと? 正直、母さんの方が一枚上手だと思うけど……」
「そんなことで嘘は言わないって。俺、なのはの料理が好きだから。自信持っていいぞ」
「う、うん……」
どきっとした。秀人さん、真顔でさらっとすごいこと言うなぁ……
「ほらね」
母さんが、分かっていたように笑う。
まぁ、秀人さんがそう言ってくれるなら。
食べ終わった後、食器を洗って、後は雑談の時間だ。
私の学校生活や私生活の報告がメインで、アリサとすずかと遊んだこととか、フェイトにビデオレターを送ったこととか、クロノからは時々メールで報告が来るとか、他愛も無い話をしながら、時間が過ぎていく。
お茶を注ぎ足そうと戸棚を開けた母さんが、困ったように頬に手を当てた。
「あら、お茶が無くなっちゃった」
そりゃ、いつもの倍の人数で飲んでいれば無くなるのも早いか。
「私、買ってくるよ」
「そう? 悪いわね……」
千円札を受け取って、外に出た。
「なのは」
あれ、秀人さん。
「どうしたの?」
「一人じゃ危ないだろ。俺も行くよ」
そうかな? この辺、治安は結構良いんだけど。それに、まだお昼だし。
でもまぁ、厚意は素直に受け取ろう。
「うん、ありがとう」
手を繋いで……少し遅いペースで歩く。
週に一度、家族と楽しく食事ができる。
休日には、友達と一緒に遊びに行く。
学校は面倒くさいけど、そこそこ面白い。
――夢のように楽しい、充実した毎日。
こんな日が、いつまでも続くのだと思っていた。
だけど、私は愚かにも、すっかり忘れていた。
一度関わってしまった非日常とは、そう簡単には縁を切れないということを。
魔法という力はいつだって…………争いの呼び水になるんだ、っていうことを。
『Caution !』
レイジングハートが、およそ一ヶ月ぶりに鳴らす鋭い警告が、穏やかな空気を切り裂いた。
「え」
ああ、認めよう。
鍛錬を怠れば、その分だけ力は削げ落ちていく……それは、私にも適用されてしかるべきだった。
平和に慣れきって……神経が、完全に鈍っていた。
ほんの一ヶ月前までなら反応できたはずのレイジングハートの警告に、呆けてしまったことが、何よりの証だ。
だから、気付かなかった。
振り向いた背後から、すぐ目の前に…………鋭い凶刃が迫っていたことを。