魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第四話

板張りの床を素足で踏みしめ、構えを取る。

「…………んじゃ、始めるか」

 暑さと緊張感で流れた汗が顎を伝い、床に落ちる。

 

「ああ、いつでも来い」

 相対するのは、恭也。両手に短い木刀を持ち、構えている。少しぎこちなさを感じるのは、ブランクが長いからだろうか。

 

――ぎっ……

 

 僅かに床が軋み……

 

――だんっ!

 

 それを合図に、一気に間合いを詰め……

「おおおおっ!」

 勢いのままに、掌打を振りぬく!

「はっ!」

 紙一重で回避され、カウンターの突き技が繰り出される。

 鳩尾を狙った一撃。

左手でそれを払いのけ、顎を狙ってアッパーカット!

 

――がんっ!

 

 木刀の柄尻でそれを受け止められる。

(ここ!)

 左手でボディを狙う。この距離なら、木刀より拳の方が速い!

 が……

 

――ぱんっ!!

 

「うわっ!?」

 拳を打ち合わせていた柄尻から衝撃が発生し、弾かれた。

 何だ、今の!?

 まるで、インパクトを喰らったみたいな衝撃だ。

 でも、恭也の……というか、なのはを除く高町家の面々は魔力ほぼゼロのはず……!

「おおりゃっ!!」

 よくわかんねぇけど、間合いを取るために、上段蹴り!

 

――とんっ……

 

「は!?」

 何と、恭也は俺の脚をジャンプ台にして……跳んだ!

 なんて身の軽さだ!

「はぁっ!!」

 横凪ぎの一閃! 狙いは、延髄!

(間に合え……!)

 左の二の腕を、射線上に上げる。左手を盾に!

 

――ボグッ……!!

 

「……っぐあ!」

 痺れと痛みが、いっぺんにやってくる。折れてはいないだろうが……回復するまで、左手は使えない。

「おおっ!!」

 好機と見て、一気呵成に攻め込んでくる。

 

――ひゅんっ!

 

 縦横無尽に繰り出される刃。 

 半身に構え、右腕と足捌きのみで応戦するが、やはりリーチの差も相まってじりじりと追い詰められていく。

「はっ!!」

 再び、一閃!

「くっ!」

 

――ごきんっ!

 

 拳と相殺。だが、

 

――ぱぁんっ!!

 

 ……、また!

 どうあっても、獲物同士をぶつけ合うつもりは無いようだ。

 しかも、マズい! 衝撃で、腕が上に跳ね上げられた!

 

――ひゅっ!

 

 今度は、脇腹狙い!

「こンのっ!!」

 身体を捻り、床の上を転がって退避する。

「はぁ、はぁ……! っしゃあ!」

 腹筋で立ち上がり、感覚が戻ってきた左腕を構えに入れ、ファイティングポーズを取る。

 甘く見ていた。こいつ、下手したら魔法抜きでもクロノ並みじゃねぇの?

 身体能力は高いし、剣術は冴えてるし……何より、あの意味の分からん衝撃が厄介だ。

 対策は…………

「……シッ!」

 

実は、ある!

 

 恭也の右側に回りこむ。

「っ!」

 思ったとおり、横薙ぎの一閃。この立ち位置なら、一刀しか使えない!

 それに……再び、拳を合わせる。

 二、三回受けて……衝撃のタイミングは、大体わかるようになった。

 接触して、0.5~1秒。多分、ブランクが無ければもっと速いんだろうが……今は、十分に対応できるレベルの速度だ。

 

――バチンッ!!

 

「ぬっ……!」

 対策。それは……

「弾かれるなら、弾かれないようにしっかり握ればいい!」

 そんだけだ!

「ふんっ!」

 

――ベキャッ!

 

 木刀を握り潰す。よっしゃ、これで手数が減る!

「……!」

 残った一刀で、懸命に手数をカバーする恭也だけど……この勝負、俺が貰った!

 

――ガスッ

 

 木刀を肩で受け止め、間合いを詰める。

「うおりゃあああああああああああっ!!」

 渾身の……正拳突き!!

 

「……使うつもりは、無かったのだが」

 

 そんな一言を残して……恭也が、目の前から消えた。

「は!?」

 姿を探すより先に、ぞわっ……と、鳥肌が立つ。

 回避……駄目だ、遅い!

 

――ドガッ!!

 

「がぁっ……!!」

 延髄に、クリーンヒットした。

「……これでも、倒れないか」

 恭也も、運動とは別の汗を浮かべている。

 あれだけの無茶な機動、生身でそう何度も使えるわけが無い。でも、多分だけど……少なくともあと一回くらいは、使える。

 …………そう何度も、使われるわけにはいかない。

 あと一発。あと一発で決められなかったら……素直に降参だ。

「……」

 一本きりになった木刀を逆手に握り、互いのチャンスを伺う。

 じりじりと、円を書く動きで動き……

 

――ビシッ!

 

「……っ!?」

 何だ、目に何かが……!

「アレか……! くそ!」

 俺が砕いた、木刀の破片か!

「決まりだ」

 声だけの恭也の気配が、また目の前から消える。

 探っても、探っても……恭也は見事に気配を殺している。

「…………何となくそこに居る感じィイイイイイイッ!!」

 ヤケクソで、裏拳を振る!

 

――ごしゃっ!

 

「がはっ!!」

 あ、あれ……!? 当たった!?

「おおおおおっ!」

 無理やり目を開ける。

 目の前には、木刀を振りかぶった恭也の姿!

「はあああああああっ!」

「おりゃあああああっ!」

 斬撃が俺の首を薙ぐ寸でのところで……俺の正拳突きが、恭也の顔面を捉えた!

 

――どばぁんっ……!!

 

「げふっ……!」

 恭也を道場の壁に叩きつけ……そこで、恭也が限界を迎えた。

「…………参っ、た」

 でも、俺もギリギリだ。

「ぜー、ぜー……! ど、どんなウエイターだよ……!」

 まさか、あと一歩にまで追い込まれるとは思ってもみなかったぞ……

 最後の一撃が、あとコンマ数瞬速かったら。あと数日ブランクが短かったら。

 ああして倒れているのは、俺だったかも。

 

 疲労困憊で、道場の床の上に身を投げ出す。

「あー…………あちー……」

 道場の外からは、じーわじーわと気の早いアブラゼミの鳴き声が聞こえている。

 

季節は、初夏を迎えようとしていた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――……ばぁんっ!!

 

あ、終わったみたいだ。

 茹で上がったそうめんから顔を上げ、道場を見る。

 さっきから断続的に聞こえていた踏み込み音や、衝突音は聞こえない。

 どっちが勝ったのかなぁ……

「ま、秀人さんだろうけど」

 言っちゃ悪いけど、秀人さんと兄さんの力の差は歴然だ。

 異形の怪物や歴戦の管理局員、リアル魔法使い(プレシア)を相手に、常に実戦で力を磨き続けていた秀人さんに対して、剣に埃を被せていた兄さん。

 前は強かったらしいけど、今は最盛期の半分も強くないに決まっている。稽古を怠れば怠っただけ、力は削げ落ちていくのだから。

「ふふふふふ…………いい気味」

 私をほったらかしていた報いを、今こそ受けるといいよ……

「な、なのは……? 二人の様子を、見てきてもらえる……?」

 若干怯えた様子で、母さんが恐々と頼んできた。

「はーい」

 エプロンを畳み、椅子に引っ掛けた。

「準備は、僕らがやっておくよ」

 人間形態のユーノくんが、慣れた手つきで稲荷寿司を皿に載せていく。

「うん。ありがとう」

 それにしても、ユーノくんもこっちにかなり馴染んだよね。お箸だって使えるし、日本語の小説を読めるほど言語も習得して……

「ねぇ、ユーノ。後で古文の課題手伝ってよ。難しくてさぁ……」

「うん、いいよ。源氏物語だっけ?」

今や、高校生の課題程度なら片付けられるほどになっている。

でも姉さん…………そのくらい、自分でやろうよ。

 

 机の上には、夏らしいさっぱりした味付けの食べ物が所狭しと並んでいる。

 うん。稽古でお腹を空かした二人には丁度いい量の筈だ。アスパラのベーコン巻きと鰹の叩きは、特に自信作。

「姉さん、兄さん運ぶから手伝って」

「負けてること前提なんだ……」

勝手口からサンダルをつっかけて、道場へ。

「お待たせー。お昼ごはんできてるよー」

 がらっと引き戸を開ける。

「よっしゃ、飯だ!」

 秀人さんはタオルでぐいっと汗をぬぐい、跳ね起きる。

「おい恭也、飯だ起きろ」

 壁際に座り込む兄さんの肩をぽんぽん、と叩いた。

「…………だから、何故お前はそうピンピンしているんだ」

 姉さんが肩を貸し、立ち上がらせる。

「もう……恭ちゃん無理するから。意地になるような年じゃないでしょ?」

「……すまん」

 この稽古というのも、実は兄さんから言い出したことだ。

 

『恭也、お前ちょっと身体動かしたほうがいいぞ。身体硬くないか?』

 

 秀人さんの何気ない一言。それが、高町の人間に共通の、『負けず嫌い』に火をつけてしまった。

 よろしい、ならば模擬戦だ……と、あれよあれよと言う間に、秀人さんと兄さんが対決する運びになり、じゃあ飯ができるまで一汗かくかー、と道場に来たのが一時間前。

 全くもう……一汗どころじゃなくなってるよ。

「秀人さん、シャワーでも浴びてきなよ。上がったらすぐに食べられるようにしておくから」

「悪いな。頼めるか?」

「もちろん」

 秀人さんは自分の足で、兄さんは姉さんに支えられ、浴室に向かった。

 

「おお、美味そうじゃん」

 戻ってきた秀人さんは、食卓の上を見てそう言った。

「強いて言えば、どれがおいしそう?」

……気付いてくれるかな?

「そうだな……」

 平静を装い、内心どきどきしながら言葉の続きを待つ。

「アスパラのベーコン巻き……かな」

 よっしゃあ!

「それ、私が作ったの」

「さすがだなー……俺もレパートリー増やさないと」

 私はこうした細かい料理が得意で、秀人さんは鍋でたくさん煮込むような料理が得意。

ユーノくんは、専ら仕込みや味付けのお手伝い。しっかりと役割分担ができている。 

「あら、褒めるのはなのはの料理だけ?」

 母さんとユーノくんが、最後の二品を持ってきた。

「いや、桃子の料理も十分に美味そうだ」

「良かった……たくさん食べてね」

 よし、みんな揃った。

「それじゃ、」

 

――いただきます!

 

「はい、秀人さん、ユーノくん」

 二人の取り皿に、料理を取り分ける。

 そして、早速私の料理を口にした二人が一言。

「うん、やっぱり美味い」

「おいしいよ」

 そう言ってもらえると、がんばって作った甲斐がある。

「まだまだあるから、たくさん食べてね」

 次は、何を取ってあげよう。

「なのは。取り分けてくれるのはありがたいけど……なのはが食べてないじゃないか」

「いいの。好きでやってるんだから」

 別に、すぐに無くなる量でも無いし。自分で食べるのもいいけど……作ったものを『おいしい』って言ってくれるのが、すごく嬉しいんだ。

「秀人さん、いつもお仕事大変なんだから一杯食べなきゃ」

「そうか? 悪いな……」

 ぱくぱくと料理を口にする。

 あ、お茶が無くなってる。おかわりを注いで……っと。

「さんきゅー」

「どういたしまして」

 していることはいつもと同じだけど、大人数で食べるのも、たまになら悪くないね。

 いつもは作らないような料理も作れるし、他の人の意見もこれからの参考にできる。

 

「ねぇ、ユーノ」

 ずぞぞっ、と素麺を啜り、姉さんがユーノくんに聞く。

「ん? 何だい?」

「……あの二人、いつも『ああ』なの?」

 かつん、と、兄さんが茶碗を置く音がやけに大きく聞こえた。

「…………詳しく教えてもらおうか」

 ずいっ、とユーノくんに詰め寄る。

「恭也、近い、近いって……」

「で、どうなんだ?」

 姉さんは止めず、むしろ興味津々といった感じで様子を見ている。

「まぁ、いつも大体あんな感じだよ」

 さらっと告げられた言葉に、兄さんは食卓に額をぶつけ、姉さんは口を三日月にして、

母さんは妙に嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべた。

 

「何の話?」

 目の前で、気になるじゃないか。

「あなたたち、仲がいいのね~……っていうお話よ」

「ふぅん……?」

 でも、何を今更?

 そろそろ、私も食べようっと。

 適当に取って、一口。

うーん……やっぱり、母さんの作った方がまだ美味しい。

 私も作ってるけど、年季の違いだろうか……?

「ねぇ母さん。この南蛮漬け、タレに何を使ったの?」

「うふふ、秘密」

「えぇ~?」

教えてくれたっていいじゃん。

「ねぇ、秀人くん」

「何だ?」

 箸を止め、顔を上げる。

「前になのはが作った方と、今日の品、どっちがお口に合う?」

「え? ああ、そうだな……」

 ぱくり、と一口。もしゃもしゃと噛み砕き、飲み込んだ。

「桃子には悪いけど、なのはが作ったやつの方が美味い」

 え……?

「ほんと? 正直、母さんの方が一枚上手だと思うけど……」

「そんなことで嘘は言わないって。俺、なのはの料理が好きだから。自信持っていいぞ」

「う、うん……」

 どきっとした。秀人さん、真顔でさらっとすごいこと言うなぁ……

「ほらね」

 母さんが、分かっていたように笑う。

 まぁ、秀人さんがそう言ってくれるなら。

 

 食べ終わった後、食器を洗って、後は雑談の時間だ。

 私の学校生活や私生活の報告がメインで、アリサとすずかと遊んだこととか、フェイトにビデオレターを送ったこととか、クロノからは時々メールで報告が来るとか、他愛も無い話をしながら、時間が過ぎていく。

 お茶を注ぎ足そうと戸棚を開けた母さんが、困ったように頬に手を当てた。

「あら、お茶が無くなっちゃった」

 そりゃ、いつもの倍の人数で飲んでいれば無くなるのも早いか。

「私、買ってくるよ」

「そう? 悪いわね……」

 千円札を受け取って、外に出た。

「なのは」

 あれ、秀人さん。

「どうしたの?」

「一人じゃ危ないだろ。俺も行くよ」

 そうかな? この辺、治安は結構良いんだけど。それに、まだお昼だし。

 でもまぁ、厚意は素直に受け取ろう。

「うん、ありがとう」

 手を繋いで……少し遅いペースで歩く。

 

 週に一度、家族と楽しく食事ができる。

 休日には、友達と一緒に遊びに行く。

 学校は面倒くさいけど、そこそこ面白い。

 

――夢のように楽しい、充実した毎日。

 

 こんな日が、いつまでも続くのだと思っていた。

 

 だけど、私は愚かにも、すっかり忘れていた。

 

 一度関わってしまった非日常とは、そう簡単には縁を切れないということを。

 

 魔法という力はいつだって…………争いの呼び水になるんだ、っていうことを。

 

 

『Caution !』

 

 

 レイジングハートが、およそ一ヶ月ぶりに鳴らす鋭い警告が、穏やかな空気を切り裂いた。 

 

 

「え」

 ああ、認めよう。

 鍛錬を怠れば、その分だけ力は削げ落ちていく……それは、私にも適用されてしかるべきだった。

平和に慣れきって……神経が、完全に鈍っていた。

 ほんの一ヶ月前までなら反応できたはずのレイジングハートの警告に、呆けてしまったことが、何よりの証だ。

 だから、気付かなかった。

振り向いた背後から、すぐ目の前に…………鋭い凶刃が迫っていたことを。

 

 

 

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