魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
「シューター!」
覚えたての射撃魔法を駆使し、うねうねと迫り来る植物の根を破壊する。だが、
しゅるるるる……!
まるで、ビデオの逆再生か早送りを見ているようだ。打ち砕かれた植物の根。それが、まるで数十年分を一気に成長するように再生し、変わらぬ勢いで迫ってくる!
「はっ、はっ……! もう一発!」
――ドォン!
轟音と共に、魔力弾が残る根を一掃する。だが、
駄目だ、キリが無い……!
「このおおっ!!」
――ギュキキキキッ!
タイヤが限界ギリギリで、波打つアスファルトの路面をグリップする。私の顔面めがけて伸びてきた根は、ギリギリのところで外れた。
「秀人さん! 一旦距離を置こう! あの、高台まで!」
後部座席に立って乗った姿勢のまま、ハンドルを巧みに操る秀人さんに、半ば怒鳴るようにして立案する。
「了解だ!」
瞬間、強烈な遠心力が私の体を振り回した。必死に秀人さんの首に片腕を回し、落下を防ぐ。視界が百八十度回転し、それを認識する前に強烈な加速。
――ヴァアアアアアアアアッ!!
バイクのエンジンが悲鳴を上げ、時速百キロオーバーの世界に突入する。
『protection !』
――バキバキバキッ! バチイイン!
進行方向にバリアを張り、目の前に迫っていた根の集合体を弾き飛ばす。だが、攻撃は止まない。二度、三度と、バリアに巨木のような根がぶつかり、私の体を揺さぶる。
「ねえ、どうして!? どうしてなの!?」
後ろを振り返る。
町中を覆い尽くした樹木。ビルの外壁を突き破り、舗装された道路を掘り起こし、駐車してあった車を貫いている。
その、どこかにいるであろうジュエルシードの宿主に対して、声を張り上げる。
「聞こえてるんでしょ!? 八代さん! 」
異常な成長を続ける樹木はただ沈黙し、ひたすら私に攻撃を仕掛ける。
――明らかな憎悪を宿して。
話は、数時間前に遡る。
◆ ◆ ◆ ◆
自動ドアを潜ると、そろそろ梅雨入りを予感させる湿った空気が吹き付けてきた。
「これで全部だな」
横で、肉や魚や野菜で、ぱんぱんに膨らんだエコバッグを持った秀人さんが確認する。
「うん、これでだいたい一週間分だよ」
これだけあれば、一週間は余裕で食べていけるだろう。
秀人さんの冷蔵庫は、元々一人暮らしをしていただけあって、本当に小さかった。つまり、中身もそれに準じた量しか入っていなかったわけだ。家族が二人も増えれば、あっという間に底を突いてしまうのは自明の理。
近所のスーパーまで徒歩十分。アパートが割と便利な立地にあって助かった。
秀人さんの両手が塞がっているのに対して、私は手ぶらだ。気が引けて、それとなく一袋奪おうとしたが、のらりくらりとかわされてしまう。
「今夜のおかず、どうしようかなぁ……」
せめて、美味しい手料理で恩返しをしよう。あまり贅沢はできないが、できる範囲で。
そして、家まであと数分といった所で、サッカーのユニフォームを着た少年と、私服姿の少女の集団とすれ違った。
「あ、高町!?」
……ん? 誰だろう。
振り返ると、集団の中に二人、見知った顔を見つけた。
「……あ、八代さん、葉山君」
ああ、そういえば、今日だったっけ。サッカー部の練習試合。すっかり忘れてた。
「偶然だな! どこ行くんだ?」
集団の中から出てきて、こっちに来た。ああ、嫌な予感しかしない……
「今から帰るところ」
先手を打っておかないと。このままじゃ、なし崩し的に付き合わされる。
「そういうわけだから。じゃあ、試合頑張ってね」
愛想笑いでそう言い、踵を返す。特に嫌いな人というわけではないけど、サッカーには興味が無い。興味が無いものを見て、時間を浪費したくはない。
「あ、あのさ、折角だし、来てくれよ!」
「ひゅー!」「ハヤマ、大胆!」「おお、直球で行ったぞ!」
他の男子がざわめき、女子はきゃーきゃー言いながらこっちを見ている。
……はぁ。何て言って断ろう。
『今からお昼ご飯だから』。よし、これで行こう。秀人さんと一日中過ごせる貴重な週末なんだ。他の用事は、後回しにしよう。
「あ、もしかしてお昼まだ?」
まさかの援護射撃。八代さんに先制された。
「あ、うん。だから……」行けない。
「私たち、こいつらの分までお昼ご飯持ってきてるから、一緒に食べない? 女の子一人分くらいなら何とかなるし」
「……えーと」
どうしよう……今度こそ、断る理由が無くなっちゃった。
こういうの、ありがた迷惑って言うんだっけ……昔の人は、うまいことを言ったものだ。
『秀人さん……どうしよう』
念話で、秀人さんに助けを求めた。
『さすがにこれで断ったら、月曜日から気まずいんじゃないか? 休みは明日もあるんだし、ちょっとだけ見て、昼飯だけ食べたらすぐ帰ってくればいいよ』
逡巡すること数秒。
「……わかった、行く」
私は、同行することにした。はぁ……せっかくの休日が……
「ねえねえ、今日は誰の応援する? 佐々木君? それとも、堀川君?」
……何で、チームプレイのサッカーで、特定の誰かを応援するんだろう。チームを応援するんじゃなかったの?
「……」「……」「……」
なぜかユニフォームを着た数人が聞き耳を立てている。
「えーと……チーム全員かな。ははは……」
愛想笑いの仮面を被り、意味不明な話にも相槌を打つ。ああ、早く帰りたい……
「そっかぁ……私はね、佐々木君の応援するの! お弁当も作ってきたんだ!」
耳元に顔を寄せられ、こしょこしょと喋られる。こそばゆい。
八代さんは、数人の女子に囲まれていた。
「ノゾ、アンタはやっぱり葉山?」
「……うん」
すこしはにかみ、控えめな笑顔を見せる。手には、やけに大きい包み。話からすると、あれは葉山君に作ってきたお弁当だろう。幼馴染だけあって甲斐甲斐しいなぁ。
そして、市民運動場に到着した。反対側のコートには、赤いユニフォームを着た少年が集まっている。あれが対戦相手かな。キャプテンらしき人と、葉山君が挨拶をする。
葉山君がキャプテンなんだ、このチーム。大丈夫かな?
そんな、ちょっと失礼なことを考えてしまう。いや、だって……葉山君だよ? 誰かに指示を出すなんて、出来るの?
審判のおじさんがホイッスルを鳴らし、試合が始まった。
ボールが蹴りだされた途端、女子が爆発したように大声を張り上げ始めた。
「堀川くーーーーん!! いけーーーーー!!」「佐々木―! 負けたら承知しないぞー!」「小俣―! 走れー! 」「アホ葉山――――!! 抜かれたら昼飯抜きだからねーーーーー!!」
み、耳がキンキンする……! 私も、申し訳程度に腕を振り、応援する。
「が、頑張れ~……負けるな~」
――ぴたっ。
あれ? なんか、数人の男子の動きが止まって……
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ボールをよこせえええええええっ!」
「負けるかああああああああああっ!」
なんか、いきなり動きが良くなった。どうしたんだろう。
あ、葉山君がボール取った。こうして見ると、なかなか上手だ。キャプテンは伊達じゃないってことかな。赤ユニフォームが葉山君に接近し、ボールを奪おうとする。それを、時々足を蹴られながらも回避し……
――ばすっ!
試合開始から五分。葉山君の蹴ったボールが、相手のゴールネットに吸い込まれた。
「「「「「きゃーーーーーーーーーー!!」」」」」
黄色い声援の大合唱。だが、それをかき消す大音声が向こうのベンチから響き渡った。
「くぉらああああ!! 負けたら承知しないわよ!? シャキッとせんかーーーー!!」
相手側の応援をしていたのは、気の強そうな、金髪の女の子だった。
それにしても、すごい。あんな遠くから、こっちにハッキリ聞こえてくるような声が出せるなんて。
「……あれ?」
何故か既視感を感じる。もしかして、どこかで会ったことがあるのかな? あんな派手な髪の毛、一度会ったら忘れそうに無いけど……って、私が言っても説得力無いか。未だにクラスメイトの顔と名前が一致していないんだし。
金髪の子に気合を注入されたのか、赤ユニフォームが巻き返してくる。そこから先は、本当に白熱した試合だった。これ、本当に練習試合?と聞きたくなるくらいだった。最後のほうでは、私が、無意識のうちに立ち上がって応援していたのだ。
一点入れ、一点返され、ゴール前でフェイントの応酬。シュートを転がりながら止めるキーパー。貪欲にボールを狙うフォワード。
手に汗握るという言葉を実感したのは初めてだった。そして、試合は三対三のまま延長戦にもつれこみ……
――ピピィーーーーーーーー!!
審判の吹いたホイッスルによって、唐突に終わりを告げた。公式戦なら、ロスタイムとか、PKで決着を付けるんだろうけど、あくまでも練習試合。引き分けで終了みたいだ。
「……はあ」
気が抜けて、ストンとベンチに座り込んでしまう。引き分けだったけど、見に来た価値は十二分にあったかもしれない。うん、サッカーを少し見直した。
葉山君たちは、向かい合い「ありがとうございました!」と礼をし、ベンチに戻ってきた。汗まみれ泥まみれだが、妙に爽やかな印象がある。なるほど。これなら、他の女の子達が夢中になるはずだ。
「おつかれー!」「惜しかったね!」
女の子たちは、口々に賞賛の言葉を口にしながら、タオルや飲み物を渡す。
葉山君は、八代さんからタオルを受け取り、顔をガシガシ乱暴に拭いていた。遠巻きに眺める私を見つけ、歩いてきた。
「あ、健太……」
八代さんが下の名前で呼び止めたが、葉山君は片手を挙げただけでこっちに来てしまった。うーん……ちょっといただけない。
「なあ、見ててくれた!? 俺、二点入れたぞ!」
興奮冷めやらぬといった様子で詰め寄ってくる。汗臭いのは、頑張った証みたいなものだ。嫌悪感は特に無い。
「うん、見てたよ。すごかったね」
「だろ!?」
嬉しそうだ。多分、滅多に話すことができないクラスメイトとの会話が新鮮なんだろう。
「あ、八代さんがお弁当作ってくれたんだって。食べてきなよ」
さっき、葉山君が離れてしまったとき、すごく寂しそうな顔をしていたから。柄にも無く、お節介を焼いてしまった。
「……ッ!!」
それは、ほんの一瞬のことだった。瞬きもすれば見逃してしまうような、ほんの一瞬。
八代さんが憎しみに満ちた目で私を睨んだのと同時。
そのポケットから、あの、禍々しい波動を感じた。
「……え?」
だが、その気配はすでに無い。……勘違い、なのかな?
レイジングハートに頼もうにも、ユーノ君に機能を制限されているため細かい探査ができない。とにかく、ユーノくんと連絡を取ろう。不自然に思われないように、念話で。
『ユーノくん、ちょっといい?』
『なのは?』
『あのね……』
さっきの出来事を話す。
『……だから、制限を解除してほしいの』
『わかった。それじゃ、あの交差点まで来てくれる? 直接接触すれば、解除できるから』
次は、秀人さんだ。
『秀人さん、私の電話を……』『了解だ』
聞いていたんだろう。言い切る前に、私のポケットから、軽快なメロディが流れた。ポケットをまさぐるような動作を繰り返し、周囲の目が十分に集まったところで、電話に出る。
「はい、もしもし」
『それっぽいこと言って、抜け出してくれ』
急用が出来たフリをしてこの場から離れる。そうして、ユーノくんと落ち合ってレイジングハートの機能制限を解除。ユーノくんの結界で、八代さんごと一帯を隔離。封印魔法でジュエルシードを封印。
「うん……うん、そう、わかった」
ぱたん、と携帯電話を折りたたむ。
「ごめん、急用ができちゃった。お昼ごはん、一緒に食べられそうに無い」
それだけ言い、立ち上がる。まだ状況がのみこめていないようだった。好都合。
「それじゃあ、また月曜日にね」
踵を返し、駆け出した。
八代さんが持っているであろうジュエルシード発動の鍵は、葉山君の行動が、八代さん以外に向けられることらしい。嫉妬を増幅しているんだろうか? 仲のいい幼なじみが、自分以外の誰かと仲良くしているのが嫌でたまらないとか……でも、他の女の子と話していても、発動の兆候は無い。
(あれ?)
じゃあ、何で私の時だけ……
(ああ、もう!)
グダグダ考えていても面倒くさいし埒があかない! さっさと封印して、終わらせちゃおう!
『ユーノくん、今どこ?』
『今、秀人と一緒にそっちに向かってる!』
『あと二分もあれば到着だ。その場で待機しててくれ』
『わかった』
見通しのいい交差点で立ち止まる。
えっと、家は向こうだから……ここにいれば、すぐに見つけてもらえるはず。うん、順調だ。この調子なら、本格的に暴走する前に封印できるかもしれない。とにかく、あと一分か二分あれば……
「ちょっと、待ってくれよ高町!」
「……はい?」
……………………あの、葉山君……何で、ここにいるの?
呆然と立ちすくむ私の前で立ち止まる。
「なあ、何で帰っちまうんだよ? 急用って……いきなりすぎるだろ?」
……えーと、つまり、急用の内容を聞きに、わざわざ走って追いかけてきたと?
「……いきなり入る用事。人はそれを急用って言うんだよ。それで、何か用? 急いでるんだけどなぁ……」
計画をぶち壊しにされたせいで、ついイライラとした口調になってしまう。
葉山君は、捨てられた子犬のような目で私を見る。
「……なあ、高町は……俺のこと嫌いなのか?」
何で、こんな脈絡の無いことを言うのだろう。好きか嫌いかで言えば、今、間違いなく嫌いだよ。
「そんなことより、戻りなよ。八代さん、きみのためにお弁当を一生懸命……」
「お、俺はッ!」
――神様というものがいるのなら、それは、間違いなく底意地が悪くて、根性が腐っているに違いない。
「健太……! みつけ、」
八代さんが、葉山君を追いかけてやってきて。
『なのは、お待たせ……!』
秀人さんとユーノくんが、バイクで駆けつけてきて。
「高町のことが、好きなんだっ!」
葉山君が、その一言を口にした。
――どさっ。
――きゅいいいっ。
葉山君が言い終わるのと同時。
追いついてきた八代さんが、お弁当を地面に散らかし。
秀人さんとユーノくんが乗ったバイクが、路肩に停まった。
……えーと、今、『好き』って言われちゃったの? えっと、『好き』……友達としてとか、家族としてとか、いろいろあるけど……この場合は、アレだよね。ライクじゃなくて、ラブの方。……ちょっと待て。ヤバい!
「…………………………」
八代さんは、無言だ。無言で、俯いている。ただ、そのポケットからは、青白い光が段々と……!
それはそうだ。自分の好きな人が、自分以外を好きでいることを、目の前で宣言されてしまったのだから――!
「なのは!」
レイジングハートをユーノくんに渡す。
『制限を解除しました。全機能の使用が可能です』
「早速でごめん! レイジングハート、セットアップ!」
『Yes ,master. Stand by ready ,set up!』
バリアジャケットを纏い、秀人さんが私に並び立つ。そして、ユーノくんが結界魔法を使う……その、数秒前。
――八代さんのポケットからあふれ出した光が、周囲を覆い尽くした。
カッ!!
周囲が、まるで花火を爆発させたかのように白く染まる。
直前にバリアを張っていなかったら、目を焼かれるところだった。
「……間に合わなかったか」
秀人さんがヘルメットを脱ぎ捨て、グローブに魔力を流し、補強する。
「二人とも、気をつけて! 今回ばかりは、シャレにならない!」
こんなに切羽詰ったユーノくん、初めて見た。だけど、そうなってしまうのも仕方が無い。ジュエルシードは、持ち主の願いが強ければ強いほど、強大な力を発揮する。
八代さんという、人間の依代を得たジュエルシードは、きっと……!
「離れろッ!」
秀人さんの一喝と共に、全力で後ろに飛び退く。
――ズガンッ!!!
数秒前まで私が立っていた場所を、何かが抉った。もし飛び退いていなかったら、砕かれていたのはコンクリートの道路ではなく、私の身体だった。
煙が晴れ、目の前に見えたのは……
「……木?」
だった。だが、もちろん街路樹なんかじゃない。数秒ごとに枝を伸ばし、根を伸ばし、葉を茂らせる、巨大な樹木だ。その幹には、半透明の液体に、まるで琥珀のように封じ込められた……
「八代さん! 葉山君!」
ぼごっ、ぼごっ……!
地面を貫いていた根が抜け、その尖った先端を私たちに向け……
『barrett !』
――ガガガガン!
無数の弾丸に、粉砕された。
「なのは、気をしっかり持て!」
手元にピンポン玉サイズの光弾を数個同時に出現させ、発射した。今のは、秀人さんの新しい魔法なんだろうか。
「あの二人を助けたいなら、これ以上成長する前に止めるんだ!」
「……は、はいっ!」
そうだ。ボケッと突っ立っている暇は無い!
「レイジングハート! シューター!」「こっちはもう一回、バレットだ!」
『All light. Shooter and barrett』
レイジングハートの先端に、合計五つの桜色の光弾。秀人さんは、四つの空色の光弾。
「シューーート!」
「ファイア!」
合計九つの射撃魔法が帯を引いて発射され、
――ドガガガガガガガガッ!
全てクリーンヒット!
巻き上げてしまった粉塵のせいで、状況が分からない。けど、多分……
「……」
レイジングハートを握る手に、力をこめる。秀人さんも、構えを解かない。
――グオンッ!
やっぱり、まだだ!
横凪ぎに繰り出された枝の一撃を、バリアで逸らす。
「はああああっ!」『impact !』
――バガァンッ!
秀人さんの回し蹴りが命中し、枝を真っ二つに割った。。
「よし、通った!」
……いけない!
「秀人さん、まだ!」
折れた枝の先から、繊維がしゅるしゅると集まり、
「回復しやがった……」
これまでの暴走体にも、ある程度の再生能力はあった。けど、こんなに早く、あれだけの損傷を回復できるなんて……
そうこうしている間に、琥珀のように固められた二人の姿は、幹の中に隠れてしまった。
「あっ、待って!」
静止も虚しく、ズブズブと地中に潜行してしまう。
「ユーノ! あの暴走体、どこに行ったんだ!?」
「わ、わからない……!」
「えぇ!?」
わからないって……見つからないの!?
ユーノくんは焦り、苛立ったように声を荒げた。
「この周囲十キロ全域から、ジュエルシード反応が出てるんだよ!」
「なっ……んな、馬鹿な話が!」
同時。
――メキメキメキ……ベキッ、ボコッ……バキッバキッ!!
近くから。遠くから。アスファルトを捲り上げる音が。コンクリートを貫通する音が。ガラスを砕く音が。不協和音のように、耳に入ってきた。
「何……何なの!?」
そして、見た。ビルが立ち並び、大小さまざまな商店が軒を連ねる繁華街が…………枝に、根に貫かれ、葉を茂らせ……『森』に、覆われていくのを。
ズズン、と一際重い音がして、『森』は成長を止めた。
「……………………」
「……………………」
あまりの光景に、言葉を失ってしまう。コンクリートの町並みが、いきなり大自然に埋もれてしまった。
もう、どこに本体があるのかすら分からない。ただ呆然と、『森』を見つめる。
『ずるい……』
「え?」「何だ、今の?」
ドーム状の『森』に、声が反響する。その声は……
『なんで……健太は……』
「八代さん!?」
もしかして、まだ意識が残っているのでは。そんな私をあざ笑うように、ざわざわと『森』が揺れる。季節はずれの森林浴。だけど、感じるのは息苦しい圧迫感と、突き刺さるような敵意!
「なのは! こっちだ!」
秀人さんが、停めていたバイクのキーを回した。
キュボッ、と小気味のいい音を立て、エンジンが再び火を点す。
「乗れ!」「はい!」
乗るというより、半ばしがみ付くようにしてシートに飛びついた。
『アンタを選ぶのよおおおおおおッッッッッ!!!!!』
枝が。根が。葉が。『森』を構成する全てが、狂ったように殺到してきた!
「このおおおおおおおおっ!!」
秀人さんがヤケクソ気味に放ったバレットが、進行方向の敵のみを吹っ飛ばす。
――ああ、本当に。なんでこんなことになってしまったんだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
ついこの間来た丘で、バイクを止めた。
見下ろす町は。海鳴市は。『森』に覆われてしまっていた。
「ユーノくん、町の人たちは……?」
それが一番の気がかりだった。
「それは、一応大丈夫。位相をずらして、半径十キロの一般人は隔離したから」
よかった……せめてもの救いだ。
「でも、ごめん。建造物は間に合わなかった……もし暴走体を封印しても、建造物は元には戻らない」
「私の所為だ……」
ぐしゃっと前髪を掴む。
ユーノくんに制限をかけられてしまうような無茶をしなければ、未然に防げた筈なのに。
「「違う」」
だけど、秀人さんとユーノくんは、それを否定した。
「僕が、遠隔操作で制限を解除できるようにしておけば」
「俺があと少し早く到着していれば」
「「「……」」」
こんなところで、責任の所在を確かめても仕方無い。今は、とにかく暴走体を封印しないと。また成長を始めたら、今度は人が巻き込まれちゃう。でも、どうすれば……? あの広大な『森』の中に潜んでいるジュエルシードを、ピンポイントで見つけ出す方法なんて……方法?
「あ」
閃いた。
「レイジングハート、『これ』、出来る?」
頭の中にイメージを浮かべる。それを、念話の要領で秀人さん、ユーノくんにも見せる。
『可能です』
レイジングハートは、簡潔に答え、
「駄目だ。危険すぎる!」
ユーノくんは反対だった。確かに、分の悪い賭けだから……これで、秀人さんにまで反対されたら、この案は没だ。
「よし、やってみろ」
「秀人さん……!」
よかった!
「秀人、わかってるの? 下手したら、怪我じゃ済まないんだよ」
ユーノくんは、静かに聞く。秀人さんの真意を確かめるように。
秀人さんは、つかつかと歩いてきて……ぽん。私とユーノくんの頭に手を置いた。
「ちょ、何!? 何!?」
私は単純に嬉しいけど、ユーノくんは戸惑っている。
そして、秀人さんは私たちの目をまっすぐに見据えて、言った。
「ユーノもなのはも、俺が守る」
「……」
「だから、大丈夫だ」
さすがに、ここまで言われたらユーノくんとて飲むしかない。
渋々といった様子で、ユーノくんはトランクボックスに入った。
「行くぞ!」
秀人さんがバイクに跨り、エンジンを吹かす。
(もう、これ以上被害は広げさせない!)
バリアジャケットのまま後部座席に座るのと同時。頼もしい排気音を轟かせ、バイクが走り出した。
◆ ◆ ◆ ◆
がつん、がつんと、リアタイヤがコンクリート片を踏んで振動が響く。俺もなのはもノーヘルだが、それを見咎める者はいない。
目の前に、茶色と緑色で構成された壁が見えてきた。言わずもがな、暴走体である。
最初に比べたら成長速度は亀の歩みだが、それでも確実に広がっている。
「……防壁、展開」『protection』
目の前に、薄い空色のバリアを張る。バイクを直接ぶつけるわけには行かない。
ズボッ! と沈み込むような音を立て、バリアの先端が壁に突き刺さる。一瞬の停滞。そして、すぐに抵抗がなくなる。何せ、俺のバリアの強度はレイジングハートのお墨付きだ。たかが樹木如きで阻めるほどヤワじゃない。
『高町いいいいいっ!!』
当たり前だが察知され、すぐに枝やら根やら葉やら、無数の攻撃が襲い掛かってきた。
タイヤのグリップ力限界まで車体を倒し、横滑りするように攻撃を潜り抜ける。カウルが地面と接触し、ガリガリと削れた。
一つ目の問題は、この広がり続ける『森』をどうするか。ユーノの全力の結界は、直径
十キロ前後。それを上回ってしまったら、今度こそ最悪の事態になる。それに対して、な
のははこういった策を練った。
『八代さんの狙いは、私みたいなの。だから、あの中にいれば、あれ以上『森』が成長することは無いと思う』
確かに、あの暴走体に取り込まれた女の子は、やけになのはに固執しているようだった。標的が体内にいるとなれば、わざわざ狩場を広げる理由は無い筈だ。
二つめの問題は、ジュエルシード本体の場所をどうやって特定するか。この問題に関しては、なのはが新たに魔法を組むことになった。
『レーダーってあるでしょ? あれは、音波を発信して、反射のパターンから敵の所在を割り出す機械なんだけど……それを、魔力でやってみる』
俺には魔力はあるが、それを形にする才能が無い。だから、なのはに任せるしかない。適材適所だ。
そして三つ目の問題は、どうやって問題その一とその二を両立させるか。敵陣のど真ん中で、全神経を集中して魔法を組むなんて、一人では不可能だ。そう、一人では。
『でも、今からその術式を組むと大体五分くらいかかっちゃうの。だから、私を乗せたまま、『森』の中を逃げ回って』
なのはが魔法を組み上げている間、俺がバイクで逃げ回り、ユーノが防御魔法で攻撃を防ぐ。これが可能だというのだから驚きだ。
ごん! がん! と衝撃が走るたび、サスペンションが軋む。そもそも、オフロードバイクでないどころか、スポーツ走行には不向きなツアラーにこんな無茶な走りは想定されていないのだ。帰ったら、あちこちガタがくるだろうな……
『いなくなれええええええええっ!!』
「ざっけんなあああああああああ!!」
ギャッ、ギャッ、ギャッ!!
スラロームの要領で、地面から突き出してきた根を連続で避ける。その度に、俺の首に腕を回し、背中にしがみ付いたなのはが大きく揺さぶられる。だが、その目はずっと閉じられたままだ。転倒する恐怖も、不安も、微塵も感じさせない。静かに見えて、その頭の中では高度な演算によって魔法が構築されつつあるのだろう。額には玉の汗が浮かび、流れる風にきらきらと雫を振りまいている。
「でやああああああああっ!!」
ユーノも奮闘している。進路を妨害する枝を、無防備ななのはを狙う根を、一つ残らず打ち落とし、逸らし、防ぎきっている。お陰で、バイクの操縦に集中できている。避ける。跳ぶ。踏み越える。一瞬たりとも集中を途切れさせることは出来ない。
そして、永遠に続くかと思われた時間は、唐突に終わりを告げた。
「できたぁっ!!」
なのはが、魔法を完成させた。
デバイスモードに変形させたレイジングハートを横凪ぎに振る。
『wide area sarch』
「災厄の根源、姿を現せ!」
広範囲探知。探り当てることに特化された魔法が、解き放たれる。
レイジングハートの赤い宝石部分が脈打ち……
――ズバババババババッ!!
無数の光が、解き放たれた。
光は波紋のように広がり、『森』全域に広がっていく。思わず、見とれてしまいそうなほど幻想的な光景。だが、ボケッと見ている暇なんてありはしない。その間も続く攻撃は、まるで、弱点を探られることを恐れているように数を増す。
『protection !』
空色。桜色。緑色。三色のバリアが重なり合い、攻撃を受け止める。全方位を覆うバリアは、既に底が見えている攻撃なんて通さない。
『何で、何で、何でえええええッ!?』
子供の癇癪のように、精彩を欠いた攻撃が降り注ぐ。とはいえ、棍棒のようにぶっとい樹木だ。油断するわけには行かない。
「八代さん……」
ぽつりと、なのはが依代にされた少女の名を呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆
広大な『森』の中にいる、一人の少女を探す。砂漠に落ちた一本の針……ってほどでもないが、見つからない。
「……くっ」
探査魔法によって頭に入ってくるイメージは、膨大だ。数千枚の写真のスライドショーを、休まず見せられているような状態だ。車酔いのように、風邪を引いたときのように、頭が重く、目が回る。
立体駐車場。オフィスビル。銀行。ホテル。廃ビル。個人商店。屋台。コンビニ。
「違う……! どこに!?」
『高町いいいいっ!』
ぶおんっ、と風を切る音と共に、目の前に枝の一撃が迫る。
『protection !』
それは、目の前に展開された空色のシールドに阻まれる。
「フッ!」『impact !』
パァンッ!
秀人さんに蹴散らされた、枝。今の一撃は、自動ではなく、八代さんの声を反映するように動いていた。なら!
「ユーノくん!」
「何!?」
「私が選んだ枝か根っこ、捕まえて!」
バインドの同時発動も、出来なくはない。だけど、より確実にするために……
「わかった!」
同時、探査魔法を一旦カットする。そして、大きく息を吸い……
「私は、葉山君なんて、大っ嫌い!」
恥ずかしさを我慢して、目一杯の大声を、張り上げた。
「な……なのは?」
秀人さんと、ユーノくんが目をぱちくりさせている。ううう、お願いだから今は突っ込まないで!
「無神経だし、図々しいし、馴れ馴れしいし! 何より馬鹿だし!」
『高町ぃ……! アンタ、何様のつもりよおおおっ!! アンタに、健太の何がわかるってのよおおおおおおおおお!』
ざわざわと、八代さんの怒りに鳴動する。そうだ。怒れ。もっと怒れ!
「あんなのにご執心だなんて、八代さんも悪趣味だね! 私はあんなのいらないから、八代さんに熨しつけて譲ってあげるよ!」
『高町いいいいいいいいっ!!! 絶対に許さないいいいいいいいいっ!』
金切り声と共に、一際太い枝が一本、迫ってきた。これだ!
「ユーノくん、これ!」「了解!」
――ジャリイイイイイイイイイン!
枝に、緑色の鎖が幾重にも絡みついた。ユーノくんが今の状態で発動できる拘束魔法、チェーンバインドだ。細いながらも強靭な鎖が幾重にも絡みつき、枝の動きを封じる。
「えええええいっ!」
そして、無防備になった枝に、レイジングハートを突き立てた。
『きゃああああああっ!!』
八代さんが、今まで上げてこなかった悲鳴を上げる。その悲鳴は、私の仮説が正しかったことの証明であり……同時に、クラスメイトの少女を傷付けた証明だった。
(……ごめん)
レイジングハートの先端を枝の中に固定する。そして、枝の中に直接、探査魔法を流し込んだ。
『ああ、あああああああっ! 痛い、痛い痛い痛いいいいいいっ!』
その悲鳴が泣き声にシフトしても、止めない。
この枝は、他の自動攻撃タイプではなく、八代さんが直接操っている枝だ。だから、この枝の根元を探っていけば、必ずそこに八代さんがいる。
『目標を確認しました』
「……うん、見えた」
核……八代さんは、ここから数キロ先のマンションの屋上に根を張っている。
『森』が、収縮していく。ただの一箇所へ……八代さんを守るように。
『来ないで……来ないでよ……』
弱弱しい声が、その中から漏れる。
あの殻に阻まれて、封印魔法は届かない。攻撃魔法で傷つけても、すぐに再生してしまう。……なら。防御も、再生も無視して、一撃で中心まで撃ち抜けば良い。
「レイジングハート、モードチェンジ」
『All light master . Cannon mode』
レイジングハートが、変形する。仮想空間では何度も繰り返した手順だが、実際にやるのは今日が初めてだ。
丸みを帯びていた先端は、鋭い、槍のような形に。柄の部分の半ばには、拳銃のようなグリップとトリガーが。石突には、余剰魔力を排出するコッキングカバーが増設される。
――レイジングハート・キャノンモード。
私に合わせ、砲撃能力に特化した新形態だ。
「秀人さん、ユーノくん」
「ああ、行くぞ」「任せて」
短いやりとり。そして、添えられる手。消耗戦を強いられてきた私たち三人の魔力は、もうほとんど残っていない。この一発を撃ち漏らせば、もう、封印する手段は無い。残った三人分の魔力を全部注いで……
「一気に、カタを付ける!」
『Divine Buster 』
私の切り札。直射型砲撃魔法・ディバインバスター。
インパクト、バレット、シューターより、格段に強力な魔法。これなら、分厚い壁もぶち抜ける!
『チャージ完了』
二人と目が合い……頷きあう。
「ディバイン…………!!」
――キュイイイイイイイイイ………………!!
魔力スフィアが甲高い音を立て、一瞬だけ収縮する。それに抗うように、内圧を高め、高め、高め……!
――トリガーを、引き絞る!
「バスターーーーーーーーーーーー!!」
――ズドオオオオォォォオオン!!
魔力によって『筒』を形成し、その爆発のエネルギーを内部に通すことで指向性を与える。これが、直射型砲撃魔法。
真っ直ぐに突き進んだ砲撃は、植物の壁を呆気無く貫通し、八代さんが握っていたジュエルシードに直撃。
「ジュエルシード、シリアル10。 ……封印」
『sealing』
ぶち抜いた穴から、ジュエルシードがゆっくりと出てくる。それがレイジングハートに吸い込まれた途端、町を覆いつくしていた『森』が、まるで霧のように消滅した。
……痛々しい傷跡だけを残して。
「ユーノ、行くぞ」「え、でも……」「いいから」
秀人さんが、ユーノくんを肩に乗せ、屋上の入り口に歩いていく。気を利かせてくれたんだろう。本当なら、私の口から言わないといけないんだろうなぁ……
「ごめんね」
床に寝転がり、意識がはっきりしていない八代さんに話しかける。
「八代さんは、葉山君が好きなんだよね」
こくん。八代さんの首が、縦に振られる。
「葉山君が私にばかり気をかけるのが、気に入らなかったんだよね」
こくん。再び、肯定。
「……でも、私は、葉山君の気持ちには答えられない。だからといって、葉山君の気持ちが変わるのは、ずっと先のことだと思うの。だから……」
胸が、痛む。自分がこれから言う言葉に、足がすくむ。でも……私が、言わなくちゃ。それが、二人の気持ちをかき乱した私に与えられる罰だから。
「絶交、しよう」
交わりを絶ち、お互いを空気のように無視し、一切の関わりを排除する。それは一見、とても悲しいことかもしれないけど。彼女には、私の代わりはたくさんいる。私は、前と同じく一人に戻るだけ。私にとっても、彼女にとっても、傷を最小限に抑えることが出来る……たった一つの、冴えたやり方。
「……それじゃあ、バイバイ。私の話し相手になってくれて、本当にありがとう」
精一杯の感謝を込めて、その頭を撫でる。明日からは、他人だ。
外に出ると、町は喧騒に包まれていた。
地震による被害だと勘違いされているらしい。とはいえ、抉れた地面や、どてっぱらに穴が空いた自動車など、不自然な点はいくらでもあるのだが。それをどこか現実感の無いものとして見ながら、のろのろと歩く。
どるん、と、目の前にバイクが止まる。言わずもがな、秀人さんだ。回収してきたらしいヘルメットを、無言で差し出してくる。それを被り、後部座席に座る。
少し速めのスピードで、街を離れた。風が冷たくて、涙が浮かんできた。きっと、風が目に染みた所為だ。目を瞑っても、まだ流れてくる。
ああ、本当に……風が冷たい。
◆ ◆ ◆ ◆
ここは、とあるビルの屋上。海鳴市でも指折りの高層建築であり、最新の技術が惜しみなくつぎ込まれている。
その屋上で、一人の少女と、一頭の獣が佇んでいた。
「くふふふっ」
長い金髪を二つに結い、黒を基調とした装束に身を包む、整った容貌の幼い少女。その手には、容姿とは不釣合いなほど無骨な、一振りの斧が握られていた。斧とはいっても、手斧ではない。長い柄に半月状の刃の、どちらかといえば薙刀のような得物だ。その斧を、重量を感じさせない動作で手元でくるくる回している。
「くふふふふっ……! ねぇ、見た? 見た? あの白い子、泣いてたよ?」
だが、その整った顔に浮かぶのは、子供が昆虫の足を引きちぎるような、残忍な嘲笑。
「ああ、見てたよ」
対して、答えるのは傍らに佇む狼。大型犬より、一回りも二回りも大きな体躯を包むのは、見事な緋色の毛並み。首元には鬣まであり、明らかに通常の種ではない。
「……よかったのかい? あの子にみすみす渡しちゃって」
流暢な言葉で言語を話す。その声色は、女性のそれだ。
金髪の少女は、けらけらと軽い調子で笑いながら、斧を振り回す。
「いいのいいの。今日は、アレが見られただけで満足だよ。それに……」
――ガヅンッ!
唐突に、硬いものが砕ける音が響く。屋上の床に、斧が深々とめり込んだ音だ。
「どうせ、後で横取りしてやるんだし♪」
にっこりと、天使のような笑顔で言う。
「くふふふふっ。それじゃ、帰ろうか。アルフ、バルディッシュ?」
ぽんぽん、と狼……アルフの頭を撫で、踵を返す。
「ああ、フェイト」
『Yes sir .』
斧に据えられた、金色の瞳が明滅し、電子音声で答える。
そして、少女……フェイトは、笑顔のまま屋上から姿を消した。