魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第七話

 

「ふわあああぁ……」

 自分の口から、そんな間抜けな大あくびが出た。

 いやぁ…………だって、とにかくヒマでさぁ……

 

――――…………?

 

騎士団……? ああ、アレ? あんなもん、使い捨ての消耗品だからどうでもいい。

 養分にしたクズの中からそこそこ使えそうな奴らを選んで、ヴォルケンリッター召喚の術式を弄くった術式で再利用してみたんだけど……どれもこれも、大した戦力にはならない。せいぜい、足止めと壁に使えるくらいだ。

 そんな使えない奴らに、『闇の書』を持たせても無駄だし…………作っちゃった分だけを消費し尽くしたら、また別の戦力増強の方法を考えよう。

…………ずいぶん、帰りが遅いな。

 滅茶苦茶でかい魔力反応が二つ見つかったから、手が空いていた『鉄槌』を向かわせたのが今日の夕方。もう日はすっかり落ちて、夜の時間になっている。

 

 お、そうこうしているうちに午後九時。時間だ。

『鉄槌』の回収は後でいいや。

「ええっと、チョコレートと、マシュマロと……」

 私が食べるために買ったおやつを、リュックサックに詰め込んでいく。

「まぁ、病院食よか数倍はマシだろ、多分」

 あれ、あんまし味が無いからなぁ……二日で飽きる。

「別に、内臓の病気じゃないんだから……好きなもの食べさせてやってもいいじゃない………………って、違う違う!!」

賞味期限が近くて、食べる前に腐らせないためだから勘違いするなよ!?

 

 窓を開けて庭に出る。

「スレイプニル」

 

――ばさっ……

 

 翼を展開し、飛ぶ。

「うーん……いい空気」

 夏の気候でも、フライパンみたいなアスファルトから離れれば、それなりに涼しいのだということを最近知った。

 ……折角だし、あいつにも教えてやろうっと。

 ここ最近で、大分基礎力も着いてきたし、いっつも同じメニューのルーチンワークじゃ、やる気も削げる。

 いつものルートを辿り、総合病院までやってくる。もう既に面会時間は終了し、消灯されて真っ暗だ。

 

――コンコン。

 

 カーテンが引かれた一室の窓を、軽くノックする。

 すぐに窓が開き、おかっぱ頭の少女…………美香が、嬉しそうに顔を覗かせた。

 

「姐さん、いらっしゃい!」

 

 この呼び名は、美香が勝手に言い始めたものだ。

『お姉ちゃん』だと、美香の実姉と被るから……らしい。

 どことなく、響き的に強そうだから、そこそこ気に入っていたりする。

「よう。…………ほら、土産」

 リュックサックを、どさっとベッドに下ろす。

 目で促すと、美香はいそいそとリュックサックを開けた。

「わー、お菓子だ! ……食べていいの?」

「ああ。好きにしろ」

 たかが菓子でそこまで喜べるなんて…………子供は単純でいいな。

 早速マシュマロの袋を開け、二、三個をいっぺんに頬張る。

「美味しいー! ……でも、姐さんは食べないの?」

「甘い菓子は苦手なんだよ」

 なんか、口の中がべたべたする気がするし。

「じゃあ、何で買ったの?」

………………………………このガキ。

「間違えただけだ。そんで、賞味期限も近かったから……」

「あと一ヶ月もあるのに?」

「…………うるせぇ、黙って食え!!」

「むぐっ!?」

 口の中に、板チョコを突っ込んでやった。

 目を白黒させていた美香だったけど、次第に嬉しそうに緩んでいく。

「それ食ったら、始めるぞ」

「もぐもぐ………………はーい!」

 びしっ、と威勢よく挙手する。

 

 ……美香と初めて会ってから、大体二ヶ月。

 

 契約を着々と遂行している私だった。

美香の不随の原因は、魔力回路と、その制御方法を知らないことが原因だ。であるなら、美香が、魔力の運用をしっかりと身に着けさえすれば、少なくとも悪化はしない。とはいえ、地味な運用ばかりでは、覚えるモチベーションも上がらないから、無害な発光の魔法や、簡易的な念動力を覚えさせている。

さて、今日は何を教えてやるかな……ああ、そうだ。

「今日は……」

 言いかけて……

「美香、この魔法を覚える前に、約束しなさい」

「……? はい」

「この魔法を使っていいのは、夜だけ。もし使ったとしても、必ずその晩のうちに、部屋に戻ること」

「……戻る? 今日は、何の魔法を教えてくれるの?」

 わくわくと、嬉しそうにしている美香。

 思わず顔が綻びそうになるけど……今は授業中だから、ぎゅっと引き締める。

 遊び半分の気持ちで魔法を使うなんてこと、あってはならないんだ。

「……約束できる?」

「はいっ!」

 美香の身体は、その魔力に反して、小さくて弱い。

 小規模の結界を展開しただけで、かなりの負担が強いられてしまう程だ。

 もし、発動に失敗してしまったら…………考えたくも無い。

 

「空の飛び方、教えてやるよ」

 

…………………………………………

……………………………………

………………………………

…………………………

……………………

 

「ひゃーーー!!」

 

 背中に小さな羽根……ミニサイズのスレイプニルを生やし、落下しないよう必死に羽ばたく美香。

「ほらほらー、落ちたら死ぬぞー」

 ふよふよと浮遊しながら、適当にアドバイス。

 術式はしっかりコントロールできているし、問題は無いだろう。

 夜食のカップ麺にお湯を注ぎ、蓋をする。

 三分持つかなー……

 手元のストップウオッチを押し、計測開始。

 一分…………二分…………

「ふにゅー……!!」

 ヒヨコのような羽根が、明滅している。

 …………三分。

 さて。

 

食べるか。

 

「姐さーーーん!! も、もう……もう無理―!!」

 

 ぷしゅん、と羽根が消えた。

「きゃあああああああああ!!」

 数百メートル下に広がる地面へと落下していく。

「……三分二十秒」

 スレイプニルで加速して、キャッチ。

「まだまだ……だな」

 おっかしいなぁ……もう少し、伸びてもいいはずなんだけど……

 ぐいぐい、と、服を引っ張られた。

「何だ?」

「姐さん、今日はもういいよ。帰ろうよ……」

 完全に、及び腰になっている。

 ……なるほど。この甘さが、成長を妨げているわけか。

 そうと決まれば、話は簡単。

 

「姐さん……何で、地面に戻らないのでしょうか……?」

 なぜか敬語。

「練習を続けるためよ、美香」

 ばっさばっさとスレイプニルで上昇を続ける。

「姐さん……何で、さっきよりも高いところに向かっているのでしょうか……?」

 ひくひくと、頬が引きつっている。

「お前をより高い場所に連れて行くためよ、美香」

 眼下に広がる町並みが遠のき、人や自動車が豆粒のように小さくなる。

「姐さん……何で、さりげなく私の身体を、手放そうとしているのでしょうか……!?」

 私は、にっこりと、聖母の気分で笑みを浮かべ……手を離した。

 

「お前をここから落とすためよ、美香」

 

 ぽいっとな。

そーれ、行ってこーい。

 

「うええええええええええええん!! 姐さあああああぁぁぁ…………………………」

 

 美香が、豆粒の仲間入りをした。

フェードアウトしていく泣き声を無視して、ずるずるとカップ麺をすする。

「食べ終わったら迎えに行くからなー」

 

一人前への道は、険しいのだ。私だってまだまだなくらいだし。

 

「ぜぇぜぇ……! 姐さんの意地悪……!」

 数分後、病院の屋上。

息も絶え絶えになった美香が、私を見上げながら恨み言を言った。

「ちゃんと飛べたじゃないか」

 最後のトライで、最初の倍の六分間、飛行を続けていた。

「そりゃ、飛ばなきゃ怪我する……」

「そのくらいの覚悟でやらなきゃ、身にならないってよくわかっただろ?」

 実際、私だって……闇の補助無しで飛べるようになるまで、あちこちに打ち身や擦り傷……酷いときには、骨折までしたんだ。

 こうしてサポートしてやるだけ、ありがたいと思わなきゃ。

「むうぅ……!」

「美香、…………美香?」

「……」

 あらら、すっかりへそを曲げちゃったか……

「仕方ないわね……後でアイスおごってやるから、機嫌直しなさい」

「あいすっ!?」

 うおビックリしたー。

「買ってくれるの!?」

 現金だなぁ……さすが子供。

「ああ。……つっても、連れて行くのは無理だけどな」

 車椅子で連れ出して……それが病院にバレたら、美香が怒られる。

「何がいい? 二つまでだからね」

「チョコレート味と、バニラ味!」

「あいよ。んじゃ、部屋で待ってろ」

「うんっ!」

 美香を病室に戻らせ……

 

 この辺にあるコンビニは…………やっぱり、あそこだな。

「とうちゃーく……」

 いつもの通り道に着地し、翼を消す。

 てくてくと歩いて……いつものコンビニへ。

 

――ピンポーン……

 自動ドアの開閉音を鳴らしながら、見知った店に足を踏み入れる。

「……らっしゃーせー」

今日も今日とて、あのやる気の無い金髪バイトがいる。

 いつもの習慣で弁当売り場に行こうとして……直前で、クーラーケースに方向転換。

 ハーゲンダッツ……は、やめておくか。子供に大事なのは、美味い不味いではなくて、いかに腹いっぱい食うか、それが一番大事なんだし。

 一個百円くらいのカップアイスを四種類……チョコ、バニラ、抹茶、バナナを積み上げ、レジに持っていく。

 いっそのこと、全部抹茶味にしてやろうか……という、子供っぽい悪戯心も浮かんだけど止めておいた。まーたヘソ曲げられちゃ、面倒だし。

「……くかー」

 ……金髪バイトは、レジに突っ伏して寝息を立てていた。

 どんだけやる気無いんだよ……

「…………チッ」

 

――ガンッ!!

 

 レジの前を、思いっきり蹴飛ばした。

「んあ……!?」

 のっそりと身体を起こし、目をこする。

「寝てんじゃねぇよ……レジの金盗まれたらどーすんだ」

 それでこのコンビニが潰れたら、私の飯はどうなる。

「あー、よかった……オーナーじゃなくて…………ふあああぁぁ……」

 疲労の色濃い、大きな欠伸が出た。

 たかがコンビニ……しかも、客足の少ない深夜。こんなバイトで、ここまで疲れるようなことは多分無いはずだ。

 だとしたら……

「あんた……いくつバイトしてるの?」

 掛け持ちくらいしか、考えられない。

「あー……工事現場と、引越しと、深夜コンビニ」

 前半分は、短時間・バイトにしては高収入……そして、体力を必要とする仕事。

「呆れた……そんなに金が必要なの?」

「ああ。いくらあっても足んねー」

 …………即答かよ。

 ま、いいんだけどね。レジ叩いてくれれば。

 四つで五百円以内に収まり、つり銭をポケットに仕舞う。

「……つーか、お前まだガキなんだから夜遊びすんなよ」

「大きなお世話だ」

「あのなぁ……」

 思えば、これだけ無礼な物言いをする子供に、律儀に忠告するなんて、見た目と違って割りといい奴?

「最近、行方不明事件が頻発してるらしいぜ?」

「知ってるよ」

 ……つーかその犯人、私だし。

「そんじゃねー」

「真っ直ぐ帰れよ」

「やなこった」

 ぷらぷらと袋を揺らしつつ、コンビニを出た。

 

「美香、ただいま……………………美香?」

「すぅ……すぅ……」

 時計は、午後十二時を指していた。待ち疲れて寝てしまっていても、おかしくはない。

「…………美香」

 無邪気な寝顔。

「ん……? んん……」

 髪を手櫛で梳くと、僅かに身じろぎし……また寝息を立て始める。

「お兄ちゃんに、お姉ちゃん……か」

 もともと一人っ子で、今や天涯孤独の私には、眩しいほどに羨ましい。

「でも、結局は……いなくなっちゃうんだよ」

 パパとママは、いつまでも私と一緒。

 私がおばさんになっても、おばあちゃんになっても。

 でも、そんなのはただの幻想で。

 世の理不尽は、あっという間に幸せを掠め取っていく。

 でも。だからこそ……

「……力さえあれば。何にも負けない力さえあれば…………もう、何かを奪われることは、起きない」

 

「んぅ……?」

「あ……起きちゃった?」

「んーん……ちょうど、起きようと思ってたとこ」

「アイス、食べる?」

 温度操作をしていたから、まだ溶けていない。

「……食べるー」

 寝ぼけていて尚、食欲に忠実な様子に苦笑し……アイスを手渡した。

 ぺりぺりと蓋を開け、緑色のアイスを、スプーンで一口。

 その瞬間……

「に、苦ぁい!」

 美香の目が、一気に開いた。

 

「ひゃーっはっはっは!!」

大・成・功!

「うー! バニラか、チョコって頼んだのにー!」

 ぶんっ、と投げられたアイスの容器をキャッチする。そのラベルには、『抹茶』の文字が燦然と輝いていた。

「姐さんの意地悪ーー!」

枕を振り上げ、ぼすぼすと私の身体を叩いて怒る。

「あはっ、ごめん、ごめんってば!」

 ああもう、なんて弄り甲斐のある子なんだろう。

 

結局、美香にはバナナアイスを進呈する……という条件で、許してもらった。

「三つも食べて……腹壊しても知らないからね」

 美香は、ぴたっと手を止めて、まじまじと私を眺める。

「…………ねぇ、姐さん」

 バニラのカップアイスを食べながら、美香が不思議そうな顔をして聞いてきた。

「何だよ?」

 何か、魔法のことでわからないことでもあるんだろうか。

 

「何で姐さん、そんな変な喋り方してるの?」

 

 …………はい?

「へ……変? 何が?」

「女の人っぽい喋り方したり、男の人っぽい喋り方になったりしてるよ?」

 え、うそ…………

「お、おかしくない、ヨ……?」

 ちゃんと、パパと一緒に練習した標準語なんだ。変なわけが……

「えー、おかしいよー」

 けらけらと笑われた。

「は、はは……おかしいんだ……そっかぁ………………………………」

 凹むわぁ……

「あ、あれ……? 姐さん?」

 がつがつ。

 一気に残りを食べつくして、涙を堪えるのだった。

 

「そういえばね、院長先生がいなくなっちゃったんだって」

 ぴたりと、抹茶アイスを口に運ぶ手が、止まる。

「それで、新しい先生がよその病院から来る……って」

「へぇ……」

 適当な相槌を打ちつつ、私は…… 

 

あのジジイを殺した夜のことを、思い出していた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 でっぷりと太った男だった。

 頭頂部は薄く、顔全体がてらてらと脂ぎり、目はどんよりと濁っている。

 男のいる部屋。

 革張りのソファに、毛足の長い高価な絨毯。マホガニーのデスクに、壁際にずらっと並べられた古酒。

「……ぷぁあ……」

 一本で万単位もする葉巻をくわえ、紫煙を燻らせる。

 成金、という言葉がここまで似合う姿も、そういない。

 

――プルルルッ……

「……」

 がちゃっ、と、アンティーク調に仕立てられた電話を耳に当てる。

「私だ」

 尊大な態度が許されるのも、男の社会的地位が高い証拠なのだろう。

 電話の内容は、要約すれば次の一言だった。

 

――新薬を、買ってもらいたい。

 

 病院が、薬を買う。

 傍から聞く分には、何もおかしくはない。

だが。

 

 ある会社が、新薬とは名ばかりの、効果の薄い薬品Aを安価に作る。

 それを、名のある大病院が買い上げ、完治寸前の患者に薬品Aを使用する。

 もちろん、治療薬として最低限の効果はあるため害にはならず、当然のごとく完治し……カルテには、薬品Aを投与した、という事実が記述される。

 それにより、薬品にAは、『薬品Aを投与した患者が完治・全快した』という事実が付随する。

 新薬Aは、『○○の治療薬』という肩書きと、大病院のお墨付きを得、飛ぶように売れ、製薬会社は利益を得るのである。

 

「ああ。だが…………わかっているだろうね?」

 

 もちろん、得をするのは製薬会社だけではない。

 その新薬Aを試用するかどうかを決めるのは、最高責任者…………院長なのだから。

 製薬会社は、「ウチの新薬を宣伝してください」と、誠意を持って、お願いするのである。誠意…………つまりは、賄賂。

 

「200? ……馬鹿を言っちゃいかん。500だ。それより下は無い」

 

 ……この男が、町で三本指に入る大病院の院長だとは、初見では誰にもわかるまい。

「……ふん、まあいいだろう」

 500。つまり、500万円が、この男の懐に入ることが確定した瞬間だった。

 がちゃん、と電話を切り、どっかりとソファに身を預ける。

「チッ……貧乏人が」

 500万円。一般家庭の年収にも匹敵する額を、鼻で笑う。

 棚に収められたヴィンテージワインの栓を抜き、グラスに開ける。

 

「……柳瀬くん、君にはまだまだ、治療を続けてもらうよ」

 

――あの患者とその家族は、実に扱いやすい。

 

 二度と動かない足を、『動く可能性がある』とニンジンをぶら下げ、尻を引っぱたけば……いくらでも新薬を買っていく。疑問も持たず、目を輝かせ……感謝さえ浮かべながら。

 そこから得た臨床データを高値で製薬会社に売れば、また利益に繋がる。

 利益が、利益を産んでいくのだ。

「くははははっ……!! これだから、医者はやめられんわ……!」

 欲望にべたついた、醜い笑み。

 ワインを、再びグラスに注ぐ。

 

 

「………………躊躇い無く殺せるクズで安心したよ」

 

 

「!?」

 院長は、驚きにグラスを取り落とした。

 ワインが絨毯に零れ、黒い染みが広がる。

「美香は、私のモノになったんだ」

 その染みは、零れたワインの量とは釣り合わないほど、その面積を広げ……

「美香の足は、医学ではもう治せない…………それはまぁ、仕方ない」

 床一面を黒く染め上げ、その色合いをより濃くしていく。

「でも」

 院長は、異常な光景にガタガタと震える。

 

「それを隠して、美香を縛り付けるようなブタ野郎は、許さない」

 

 床一面の闇の中から、『甲冑』に身を包んだはやてが、姿を現した。

「死んでもらうよ」

 ビキュンッ!!

 院長がつい先ほどまで座っていたソファとデスクが、真っ二つに両断される。

「ひいいっ……!」

 後ずさり、どんっ……と、棚に背中をぶつける。

 目の前に現れた化け物は、絶対零度の殺意を撒き散らしながら、真っ直ぐに歩を進める。

「ま、待ってくれ……!!」

 ざくざくと、辺りの物を切り刻みながら迫る闇に、命乞いを始めた。

「金をやろう! 一生遊んで暮らせるだけの、金! い、いや、宝石でも、マンションでも、好きなだけ……!」

 ぴたりと足を止める。

 脂汗をだらだら垂らしながら、安堵の表情を浮かべる。

 

「…………お前には、それしか無いんだな」

 

 深い哀れみを浮かべた……まるで、養豚場の家畜でも見るかのような顔。

「……へぁ?」

それが、院長がこの世で見た、最後の光景だった。

 

 ………………………………

 

「…………」

 はやての目の前で、引き千切られた五体がずぶずぶと闇に沈んでいく。

 今日は、楽しむような気分では無いらしい。

「…………はぁ」

 やれやれ、とでも言いたげなため息を残し、ずぶずぶと自らも闇の内に沈んでいく。

 

 残されたのは、主を失った豪奢な部屋だけだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……さん、姐さん」

 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、回想から引き戻された。

「あ、ああ、悪い。何だ?」

 聞いていなかった。

「新しい先生が来る、って話」

「ああ、その話か……んで、何て人なんだ?」

 美香は、チョコアイスをパクつきながら、

 

「石田先生、って言うんだって!」

 

「えー…………」

 実に聞き覚えのある名前を、告げた。

 

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