魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「ふわあああぁ……」
自分の口から、そんな間抜けな大あくびが出た。
いやぁ…………だって、とにかくヒマでさぁ……
――――…………?
騎士団……? ああ、アレ? あんなもん、使い捨ての消耗品だからどうでもいい。
養分にしたクズの中からそこそこ使えそうな奴らを選んで、ヴォルケンリッター召喚の術式を弄くった術式で再利用してみたんだけど……どれもこれも、大した戦力にはならない。せいぜい、足止めと壁に使えるくらいだ。
そんな使えない奴らに、『闇の書』を持たせても無駄だし…………作っちゃった分だけを消費し尽くしたら、また別の戦力増強の方法を考えよう。
…………ずいぶん、帰りが遅いな。
滅茶苦茶でかい魔力反応が二つ見つかったから、手が空いていた『鉄槌』を向かわせたのが今日の夕方。もう日はすっかり落ちて、夜の時間になっている。
お、そうこうしているうちに午後九時。時間だ。
『鉄槌』の回収は後でいいや。
「ええっと、チョコレートと、マシュマロと……」
私が食べるために買ったおやつを、リュックサックに詰め込んでいく。
「まぁ、病院食よか数倍はマシだろ、多分」
あれ、あんまし味が無いからなぁ……二日で飽きる。
「別に、内臓の病気じゃないんだから……好きなもの食べさせてやってもいいじゃない………………って、違う違う!!」
賞味期限が近くて、食べる前に腐らせないためだから勘違いするなよ!?
窓を開けて庭に出る。
「スレイプニル」
――ばさっ……
翼を展開し、飛ぶ。
「うーん……いい空気」
夏の気候でも、フライパンみたいなアスファルトから離れれば、それなりに涼しいのだということを最近知った。
……折角だし、あいつにも教えてやろうっと。
ここ最近で、大分基礎力も着いてきたし、いっつも同じメニューのルーチンワークじゃ、やる気も削げる。
いつものルートを辿り、総合病院までやってくる。もう既に面会時間は終了し、消灯されて真っ暗だ。
――コンコン。
カーテンが引かれた一室の窓を、軽くノックする。
すぐに窓が開き、おかっぱ頭の少女…………美香が、嬉しそうに顔を覗かせた。
「姐さん、いらっしゃい!」
この呼び名は、美香が勝手に言い始めたものだ。
『お姉ちゃん』だと、美香の実姉と被るから……らしい。
どことなく、響き的に強そうだから、そこそこ気に入っていたりする。
「よう。…………ほら、土産」
リュックサックを、どさっとベッドに下ろす。
目で促すと、美香はいそいそとリュックサックを開けた。
「わー、お菓子だ! ……食べていいの?」
「ああ。好きにしろ」
たかが菓子でそこまで喜べるなんて…………子供は単純でいいな。
早速マシュマロの袋を開け、二、三個をいっぺんに頬張る。
「美味しいー! ……でも、姐さんは食べないの?」
「甘い菓子は苦手なんだよ」
なんか、口の中がべたべたする気がするし。
「じゃあ、何で買ったの?」
………………………………このガキ。
「間違えただけだ。そんで、賞味期限も近かったから……」
「あと一ヶ月もあるのに?」
「…………うるせぇ、黙って食え!!」
「むぐっ!?」
口の中に、板チョコを突っ込んでやった。
目を白黒させていた美香だったけど、次第に嬉しそうに緩んでいく。
「それ食ったら、始めるぞ」
「もぐもぐ………………はーい!」
びしっ、と威勢よく挙手する。
……美香と初めて会ってから、大体二ヶ月。
契約を着々と遂行している私だった。
美香の不随の原因は、魔力回路と、その制御方法を知らないことが原因だ。であるなら、美香が、魔力の運用をしっかりと身に着けさえすれば、少なくとも悪化はしない。とはいえ、地味な運用ばかりでは、覚えるモチベーションも上がらないから、無害な発光の魔法や、簡易的な念動力を覚えさせている。
さて、今日は何を教えてやるかな……ああ、そうだ。
「今日は……」
言いかけて……
「美香、この魔法を覚える前に、約束しなさい」
「……? はい」
「この魔法を使っていいのは、夜だけ。もし使ったとしても、必ずその晩のうちに、部屋に戻ること」
「……戻る? 今日は、何の魔法を教えてくれるの?」
わくわくと、嬉しそうにしている美香。
思わず顔が綻びそうになるけど……今は授業中だから、ぎゅっと引き締める。
遊び半分の気持ちで魔法を使うなんてこと、あってはならないんだ。
「……約束できる?」
「はいっ!」
美香の身体は、その魔力に反して、小さくて弱い。
小規模の結界を展開しただけで、かなりの負担が強いられてしまう程だ。
もし、発動に失敗してしまったら…………考えたくも無い。
「空の飛び方、教えてやるよ」
…………………………………………
……………………………………
………………………………
…………………………
……………………
「ひゃーーー!!」
背中に小さな羽根……ミニサイズのスレイプニルを生やし、落下しないよう必死に羽ばたく美香。
「ほらほらー、落ちたら死ぬぞー」
ふよふよと浮遊しながら、適当にアドバイス。
術式はしっかりコントロールできているし、問題は無いだろう。
夜食のカップ麺にお湯を注ぎ、蓋をする。
三分持つかなー……
手元のストップウオッチを押し、計測開始。
一分…………二分…………
「ふにゅー……!!」
ヒヨコのような羽根が、明滅している。
…………三分。
さて。
食べるか。
「姐さーーーん!! も、もう……もう無理―!!」
ぷしゅん、と羽根が消えた。
「きゃあああああああああ!!」
数百メートル下に広がる地面へと落下していく。
「……三分二十秒」
スレイプニルで加速して、キャッチ。
「まだまだ……だな」
おっかしいなぁ……もう少し、伸びてもいいはずなんだけど……
ぐいぐい、と、服を引っ張られた。
「何だ?」
「姐さん、今日はもういいよ。帰ろうよ……」
完全に、及び腰になっている。
……なるほど。この甘さが、成長を妨げているわけか。
そうと決まれば、話は簡単。
「姐さん……何で、地面に戻らないのでしょうか……?」
なぜか敬語。
「練習を続けるためよ、美香」
ばっさばっさとスレイプニルで上昇を続ける。
「姐さん……何で、さっきよりも高いところに向かっているのでしょうか……?」
ひくひくと、頬が引きつっている。
「お前をより高い場所に連れて行くためよ、美香」
眼下に広がる町並みが遠のき、人や自動車が豆粒のように小さくなる。
「姐さん……何で、さりげなく私の身体を、手放そうとしているのでしょうか……!?」
私は、にっこりと、聖母の気分で笑みを浮かべ……手を離した。
「お前をここから落とすためよ、美香」
ぽいっとな。
そーれ、行ってこーい。
「うええええええええええええん!! 姐さあああああぁぁぁ…………………………」
美香が、豆粒の仲間入りをした。
フェードアウトしていく泣き声を無視して、ずるずるとカップ麺をすする。
「食べ終わったら迎えに行くからなー」
一人前への道は、険しいのだ。私だってまだまだなくらいだし。
「ぜぇぜぇ……! 姐さんの意地悪……!」
数分後、病院の屋上。
息も絶え絶えになった美香が、私を見上げながら恨み言を言った。
「ちゃんと飛べたじゃないか」
最後のトライで、最初の倍の六分間、飛行を続けていた。
「そりゃ、飛ばなきゃ怪我する……」
「そのくらいの覚悟でやらなきゃ、身にならないってよくわかっただろ?」
実際、私だって……闇の補助無しで飛べるようになるまで、あちこちに打ち身や擦り傷……酷いときには、骨折までしたんだ。
こうしてサポートしてやるだけ、ありがたいと思わなきゃ。
「むうぅ……!」
「美香、…………美香?」
「……」
あらら、すっかりへそを曲げちゃったか……
「仕方ないわね……後でアイスおごってやるから、機嫌直しなさい」
「あいすっ!?」
うおビックリしたー。
「買ってくれるの!?」
現金だなぁ……さすが子供。
「ああ。……つっても、連れて行くのは無理だけどな」
車椅子で連れ出して……それが病院にバレたら、美香が怒られる。
「何がいい? 二つまでだからね」
「チョコレート味と、バニラ味!」
「あいよ。んじゃ、部屋で待ってろ」
「うんっ!」
美香を病室に戻らせ……
この辺にあるコンビニは…………やっぱり、あそこだな。
「とうちゃーく……」
いつもの通り道に着地し、翼を消す。
てくてくと歩いて……いつものコンビニへ。
――ピンポーン……
自動ドアの開閉音を鳴らしながら、見知った店に足を踏み入れる。
「……らっしゃーせー」
今日も今日とて、あのやる気の無い金髪バイトがいる。
いつもの習慣で弁当売り場に行こうとして……直前で、クーラーケースに方向転換。
ハーゲンダッツ……は、やめておくか。子供に大事なのは、美味い不味いではなくて、いかに腹いっぱい食うか、それが一番大事なんだし。
一個百円くらいのカップアイスを四種類……チョコ、バニラ、抹茶、バナナを積み上げ、レジに持っていく。
いっそのこと、全部抹茶味にしてやろうか……という、子供っぽい悪戯心も浮かんだけど止めておいた。まーたヘソ曲げられちゃ、面倒だし。
「……くかー」
……金髪バイトは、レジに突っ伏して寝息を立てていた。
どんだけやる気無いんだよ……
「…………チッ」
――ガンッ!!
レジの前を、思いっきり蹴飛ばした。
「んあ……!?」
のっそりと身体を起こし、目をこする。
「寝てんじゃねぇよ……レジの金盗まれたらどーすんだ」
それでこのコンビニが潰れたら、私の飯はどうなる。
「あー、よかった……オーナーじゃなくて…………ふあああぁぁ……」
疲労の色濃い、大きな欠伸が出た。
たかがコンビニ……しかも、客足の少ない深夜。こんなバイトで、ここまで疲れるようなことは多分無いはずだ。
だとしたら……
「あんた……いくつバイトしてるの?」
掛け持ちくらいしか、考えられない。
「あー……工事現場と、引越しと、深夜コンビニ」
前半分は、短時間・バイトにしては高収入……そして、体力を必要とする仕事。
「呆れた……そんなに金が必要なの?」
「ああ。いくらあっても足んねー」
…………即答かよ。
ま、いいんだけどね。レジ叩いてくれれば。
四つで五百円以内に収まり、つり銭をポケットに仕舞う。
「……つーか、お前まだガキなんだから夜遊びすんなよ」
「大きなお世話だ」
「あのなぁ……」
思えば、これだけ無礼な物言いをする子供に、律儀に忠告するなんて、見た目と違って割りといい奴?
「最近、行方不明事件が頻発してるらしいぜ?」
「知ってるよ」
……つーかその犯人、私だし。
「そんじゃねー」
「真っ直ぐ帰れよ」
「やなこった」
ぷらぷらと袋を揺らしつつ、コンビニを出た。
「美香、ただいま……………………美香?」
「すぅ……すぅ……」
時計は、午後十二時を指していた。待ち疲れて寝てしまっていても、おかしくはない。
「…………美香」
無邪気な寝顔。
「ん……? んん……」
髪を手櫛で梳くと、僅かに身じろぎし……また寝息を立て始める。
「お兄ちゃんに、お姉ちゃん……か」
もともと一人っ子で、今や天涯孤独の私には、眩しいほどに羨ましい。
「でも、結局は……いなくなっちゃうんだよ」
パパとママは、いつまでも私と一緒。
私がおばさんになっても、おばあちゃんになっても。
でも、そんなのはただの幻想で。
世の理不尽は、あっという間に幸せを掠め取っていく。
でも。だからこそ……
「……力さえあれば。何にも負けない力さえあれば…………もう、何かを奪われることは、起きない」
「んぅ……?」
「あ……起きちゃった?」
「んーん……ちょうど、起きようと思ってたとこ」
「アイス、食べる?」
温度操作をしていたから、まだ溶けていない。
「……食べるー」
寝ぼけていて尚、食欲に忠実な様子に苦笑し……アイスを手渡した。
ぺりぺりと蓋を開け、緑色のアイスを、スプーンで一口。
その瞬間……
「に、苦ぁい!」
美香の目が、一気に開いた。
「ひゃーっはっはっは!!」
大・成・功!
「うー! バニラか、チョコって頼んだのにー!」
ぶんっ、と投げられたアイスの容器をキャッチする。そのラベルには、『抹茶』の文字が燦然と輝いていた。
「姐さんの意地悪ーー!」
枕を振り上げ、ぼすぼすと私の身体を叩いて怒る。
「あはっ、ごめん、ごめんってば!」
ああもう、なんて弄り甲斐のある子なんだろう。
結局、美香にはバナナアイスを進呈する……という条件で、許してもらった。
「三つも食べて……腹壊しても知らないからね」
美香は、ぴたっと手を止めて、まじまじと私を眺める。
「…………ねぇ、姐さん」
バニラのカップアイスを食べながら、美香が不思議そうな顔をして聞いてきた。
「何だよ?」
何か、魔法のことでわからないことでもあるんだろうか。
「何で姐さん、そんな変な喋り方してるの?」
…………はい?
「へ……変? 何が?」
「女の人っぽい喋り方したり、男の人っぽい喋り方になったりしてるよ?」
え、うそ…………
「お、おかしくない、ヨ……?」
ちゃんと、パパと一緒に練習した標準語なんだ。変なわけが……
「えー、おかしいよー」
けらけらと笑われた。
「は、はは……おかしいんだ……そっかぁ………………………………」
凹むわぁ……
「あ、あれ……? 姐さん?」
がつがつ。
一気に残りを食べつくして、涙を堪えるのだった。
「そういえばね、院長先生がいなくなっちゃったんだって」
ぴたりと、抹茶アイスを口に運ぶ手が、止まる。
「それで、新しい先生がよその病院から来る……って」
「へぇ……」
適当な相槌を打ちつつ、私は……
あのジジイを殺した夜のことを、思い出していた。
◆ ◆ ◆ ◆
でっぷりと太った男だった。
頭頂部は薄く、顔全体がてらてらと脂ぎり、目はどんよりと濁っている。
男のいる部屋。
革張りのソファに、毛足の長い高価な絨毯。マホガニーのデスクに、壁際にずらっと並べられた古酒。
「……ぷぁあ……」
一本で万単位もする葉巻をくわえ、紫煙を燻らせる。
成金、という言葉がここまで似合う姿も、そういない。
――プルルルッ……
「……」
がちゃっ、と、アンティーク調に仕立てられた電話を耳に当てる。
「私だ」
尊大な態度が許されるのも、男の社会的地位が高い証拠なのだろう。
電話の内容は、要約すれば次の一言だった。
――新薬を、買ってもらいたい。
病院が、薬を買う。
傍から聞く分には、何もおかしくはない。
だが。
ある会社が、新薬とは名ばかりの、効果の薄い薬品Aを安価に作る。
それを、名のある大病院が買い上げ、完治寸前の患者に薬品Aを使用する。
もちろん、治療薬として最低限の効果はあるため害にはならず、当然のごとく完治し……カルテには、薬品Aを投与した、という事実が記述される。
それにより、薬品にAは、『薬品Aを投与した患者が完治・全快した』という事実が付随する。
新薬Aは、『○○の治療薬』という肩書きと、大病院のお墨付きを得、飛ぶように売れ、製薬会社は利益を得るのである。
「ああ。だが…………わかっているだろうね?」
もちろん、得をするのは製薬会社だけではない。
その新薬Aを試用するかどうかを決めるのは、最高責任者…………院長なのだから。
製薬会社は、「ウチの新薬を宣伝してください」と、誠意を持って、お願いするのである。誠意…………つまりは、賄賂。
「200? ……馬鹿を言っちゃいかん。500だ。それより下は無い」
……この男が、町で三本指に入る大病院の院長だとは、初見では誰にもわかるまい。
「……ふん、まあいいだろう」
500。つまり、500万円が、この男の懐に入ることが確定した瞬間だった。
がちゃん、と電話を切り、どっかりとソファに身を預ける。
「チッ……貧乏人が」
500万円。一般家庭の年収にも匹敵する額を、鼻で笑う。
棚に収められたヴィンテージワインの栓を抜き、グラスに開ける。
「……柳瀬くん、君にはまだまだ、治療を続けてもらうよ」
――あの患者とその家族は、実に扱いやすい。
二度と動かない足を、『動く可能性がある』とニンジンをぶら下げ、尻を引っぱたけば……いくらでも新薬を買っていく。疑問も持たず、目を輝かせ……感謝さえ浮かべながら。
そこから得た臨床データを高値で製薬会社に売れば、また利益に繋がる。
利益が、利益を産んでいくのだ。
「くははははっ……!! これだから、医者はやめられんわ……!」
欲望にべたついた、醜い笑み。
ワインを、再びグラスに注ぐ。
「………………躊躇い無く殺せるクズで安心したよ」
「!?」
院長は、驚きにグラスを取り落とした。
ワインが絨毯に零れ、黒い染みが広がる。
「美香は、私のモノになったんだ」
その染みは、零れたワインの量とは釣り合わないほど、その面積を広げ……
「美香の足は、医学ではもう治せない…………それはまぁ、仕方ない」
床一面を黒く染め上げ、その色合いをより濃くしていく。
「でも」
院長は、異常な光景にガタガタと震える。
「それを隠して、美香を縛り付けるようなブタ野郎は、許さない」
床一面の闇の中から、『甲冑』に身を包んだはやてが、姿を現した。
「死んでもらうよ」
ビキュンッ!!
院長がつい先ほどまで座っていたソファとデスクが、真っ二つに両断される。
「ひいいっ……!」
後ずさり、どんっ……と、棚に背中をぶつける。
目の前に現れた化け物は、絶対零度の殺意を撒き散らしながら、真っ直ぐに歩を進める。
「ま、待ってくれ……!!」
ざくざくと、辺りの物を切り刻みながら迫る闇に、命乞いを始めた。
「金をやろう! 一生遊んで暮らせるだけの、金! い、いや、宝石でも、マンションでも、好きなだけ……!」
ぴたりと足を止める。
脂汗をだらだら垂らしながら、安堵の表情を浮かべる。
「…………お前には、それしか無いんだな」
深い哀れみを浮かべた……まるで、養豚場の家畜でも見るかのような顔。
「……へぁ?」
それが、院長がこの世で見た、最後の光景だった。
………………………………
「…………」
はやての目の前で、引き千切られた五体がずぶずぶと闇に沈んでいく。
今日は、楽しむような気分では無いらしい。
「…………はぁ」
やれやれ、とでも言いたげなため息を残し、ずぶずぶと自らも闇の内に沈んでいく。
残されたのは、主を失った豪奢な部屋だけだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……さん、姐さん」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、回想から引き戻された。
「あ、ああ、悪い。何だ?」
聞いていなかった。
「新しい先生が来る、って話」
「ああ、その話か……んで、何て人なんだ?」
美香は、チョコアイスをパクつきながら、
「石田先生、って言うんだって!」
「えー…………」
実に聞き覚えのある名前を、告げた。