魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第八話

 

 主が出払い、無人となった八神家。

 その玄関口に、雲のような闇が蠢く。

 ……蒼炎の不死鳥に飲み込まれた瞬間に、闇の書の自動防御プログラムによって発動された、脱出用の転送魔法。

 

――どさっ

 

 そこから排出されたのは、真紅の頭髪が目を引く、小さな人影。露出した細い手足の輪郭から、それが少女であると判別できる。

「…………、あ、!」

 投げ出された衝撃で、少女は僅かに呻く。戦闘中でさえ、一言も発することが無かったというのに。

その身を包むのは、簡素な衣服と……既に原型を留めない、闇色の鎧。

 蒼炎の破壊力は、鎧の耐久力を遥かに上回っていたらしく、飲み込まれたほんの一瞬でほぼ全損していた。

そのボロボロになった鎧が蠢き、しぶとく再生を試みる。が、

――ゴゥッ……!!

 蒼炎の残滓が、その闇を完全に吹き散らした。

 それによって完全に焼失してしまったのか、もう再生する気配は無い。

 

「う………………?」

倒れたままの少女の瞼が、僅かに開く。寝ぼけているように胡乱だった瞳は、次第に焦点を結び……確かな理性の輝きを宿した。

「アタシ、は…………?」

 頭の片隅に、ヘドロのようにこびりついた記憶を閲覧する。

 

――目の前で命乞いをする、敵兵の生き残り。

 

 戦の勝敗は、既に決していた。

僅か5人と侮った数百の敵兵は、目の前の士官を残し、無残な肉片に姿を変えた。

 

――自分の傍らには、一冊の本を携えた人影。

 

 彼が、命令を下したのだ。『殲滅せよ』、と。

 殺す必要なんて無かった。ただ、リンカーコアを奪ってしまえば、用は無い筈だった。

 一人殺してしまう度に、抵抗した。だが、その度に……

 

――どろどろと、粘りつくような闇が身体を覆う。

 

 こうして、闇の契約の強制力で、意思を剥奪されてしまう。

 

――腕が、自分の意思とは関係無く、得物を振り上げ……

 

 これは、誇りを賭けた戦ではなく、飢えを満たすための狩猟。

 

 自分達は、誇りある騎士ではなく、蒐集の道具。

 

――それこそが、闇の書。

 

「そうだ、アタシは……!」

 がばっと、一気に起き上がり、自分の身体を見渡す。

己を拘束する鎧は、見当たらない。

 見慣れない、自分の肉体が直に空気に触れていた。

「……うそ」

 あの忌々しい鎧が、無くなっている。

 鎧……闇の呪縛から逃れることが出来るなど、思いもしていなかった。

「逃げなきゃ……」

 

 とはいえ、それも……再びあの闇に沈められてしまったら意味が無い。精神は、再び闇に封印され……

 

「奪われるのは、もう嫌だ……!」

 

 人格、記憶、尊厳、絆……そして、名前。

 その全てを、闇に……ひいては、歴代の主に奪われてきた。

 

 闇の呪縛が解け、それを見咎める主がいない今こそが、最大の脱出の好機なのだ。

「…………」

 一瞬、今代の主の顔がちらつく。

 憎悪に染まり淀んだ瞳。血に愉悦を感じる歪んだ笑み。

 それだけを見れば、歴代の主と共通。

 だが、慣れない酒に酔い潰れるなど、人間味のある一面もある。

それでも、今はまだ、本来の人格を保っていようとも……

「あいつだって、いずれは……」

僅か9歳の女の子。哀れに思う気持ちも、無くは無い。

「アタシたちのことを……」

 次に浮かんだのは、三人の『仲間』のことだった。

 顔と名前は、忘れて久しい。

どのような経緯で、闇の書に組み込まれてしまったのかも忘れた。ただ、『仲間である』という曖昧な確信だけが、単独での逃亡を僅かに躊躇わせた。

「……くっ!!」

 しかし、闇への恐怖がそれらを振り払った。

 

――ばんっ!

 

 ドアを開け放ち、方角も考えず……素足のまま、夜の道へ飛び出す。

 

――ただ遠くへ。

 

 夜の闇、物陰、暗がり……まるでそこから、今にも自分を捕らえようとする手が伸びてくる錯覚を覚えてしまう。

 

――ただ遠くへ。

 

 この世界に関する最低限の知識は、召喚の際に与えられている。

逃げれば。逃げてしまえば。

「どうにでも、なる!」

 

――ただ、遠く。闇の魔手が届かぬ所まで。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 俺は現在、アースラのラボルームで待機している。

 先に収容されたなのは……あっちは、蒼炎の効果なのか、問題ないレベルにまで持ち直した。当面の間は絶対安静だが、命に別状は無い。

 でも。

「…………レイジングハート」

 目の前、何かの容器に入る相棒に声を掛けるも、返事は無い。

 ただ沈黙し、これ以上壊れないよう、神経質なまでに保護されている。

 それもそうだ。何せ、全機能の8割が破損したんだ。

 人格AIと、活動記録……記憶が残っていたのが不思議なくらいの損傷なんだから。

 放っておいたら、勝手に自壊していってしまう。

「……」

 ひび割れて……今にも砕け散りそうな状態。

「…………すまない」

 全部、俺の力不足が招いたことだ。

 己の技量を見誤って………………このザマだ。

 今回は運がよかっただけで……

 

「…………くそっ!!」

 

――ガンッ!!

 

苛立ちのまま、壁を殴る。

 頑丈な壁は、僅かに軋むだけに終わる。

 

「何が、AAAランクだ!」

 

 いい気になっていた。

『稀有な才能』だの、『百年に一人の逸材』だの持て囃され……その実、それが満更でもなかった馬鹿な自分をぶん殴ってやりたい。

 

――ガンッ!! ガンッ!!

 

 二度、三度……己の身を痛めつけるためだけに、拳を叩きつける。

 

「何が、なのはを守る、だ!」

 

 皮膚が裂け出血し、筋繊維が千切れ、骨に亀裂が入り…………だが、すぐに治る。

 

 あの後、あの蒼炎の力が無かったら……なのはは、殺されていた。

 そして、不死身の俺だけが生き残るという醜態を晒していたに違いない。

 

――ガゴンッ!!

 

「肝心なときに何も出来ない俺が、どのツラ下げて……!!」

 堅牢と思い込んでいた防御は、紙くずのように破られた。

必殺と思い込んでいたカウンター技は、かすりもしなかった。

 

――ゴキンッ!! バキッ!!

 

 腕が疲労で垂れ下がるまで、何度も、何度も拳を振るう。

 己の無力を……己の愚かしさを、少しでも、この身に刻み込むために。

 

 

「くっそがああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

――――――……ゴゴンッッ!!

 

 思いっきり額をブチ当てた壁が、とうとう完全に陥没した。

「はぁ、はぁ……!」

 どろっとした血が額から流れ、顔を濡らす。

その傷も、即座に塞がる。

「くそ……」

 脳震盪でも起こしたのか、立っていられなくなった。

 

「……俺、こんなに弱かったんだな………………」

 自分への怒りが過ぎ去り……途方も無い無力感が、全身を苛む。

「……桃子達に、何て言えばいいんだよ…………!」

 ぐしゃっと髪を掴んでも、答えは……いや、もう出ているのかもしれない。

 

「もっと俺に、力があれば……!!」

 

 そう。俺に、もっと力があれば。

チビ騎士の武器……あの弾丸の出力に負けない力があれば。

カウンターを弾き返されないだけの力があれば。

 なのはを、レイジングハートを守れたんだ。

「くそォッ……!!」

 

 何十分かしただろうか。

 壁に背を預けて座り込んでいた俺の耳に、ドアのエアロックが解除される音が届く。

「入るぞ」

 ドアが開き、クロノが入ってきた。

「…………よう」

 一ヶ月ぶりだが、今は旧交を温めているような気分じゃない。

「…………気は済んだか?」

 半眼で、陥没した壁を見やり言う。

「……」

 答えられず、黙り込んでしまう。

 八つ当たりで艦内を破壊して……情け無いったらありゃしない。

「まぁいい。それより、艦長室に行くぞ」

「…………ああ」

 のっそりと、鉛のように重い身体を引きずり起こす。

 そして、クロノの後を追った。

 

 艦長室には、リンディさんとエイミィが待っていた。

「秀人君、久しぶりね」

「おひさー」

 にっこりと笑うリンディさんと、ひらひらと手を振るエイミィ。

「……久しぶり、です」

 そして、挨拶もそこそこに着席する。

「まず、秀人君。あなたを襲った集団についてです」

 部屋の照明が落とされ、モニターが表示される。

 そこに、古ぼけた映像記録が映る。

 漆黒の鎧を身に纏う、四人の騎士。そして、一冊の本。

 

「S級指定ロストロギア……『闇の書』」

 

 S級……つまり、A級のジュエルシードよりも、ランクが上。

「この騎士達は?」

 俺達を襲った奴も、確かに映っている。あんなのが、あと三人もいるのか……

「この四人は、闇の書を守護する戦闘プログラム」

「プログラム……? にしては、随分と……」

 どう見ても、機械の思考じゃなかった。

「プログラムとは言っても、0と1で作られているわけじゃないわ。

古代ベルカ……過去に存在した実在の人物を再現して、使役している」

なるほど……思考は生身の人間ってことか。

「これまでも、何度か確認していたのだけれど……」

「僕たちが到着するころには、とっくに姿をくらましていた」

 ぶすっと、忌々しそうに口にした。

 

「あいつら、なのはからリンカーコアを抜きやがったけど……そう簡単に取り出したり出来る物なのか?」

 第一、奪ってどうするって言うんだ。

「それが、闇の書の最大の特徴だ。リンカーコアを蒐集し、666の頁を埋める。その頁には、蒐集した魔導師が使える魔法が記され、それを使用できるようになる。

……一切の制限無く、万全のパフォーマンスで」

「……反則じゃねえか」

 普通、魔法の習得には割かし時間が必要だ。

 習得とは、『発動できる』というだけじゃない。ミス無く発動でき、コントロールの失敗が無くなって、初めて習得した、と言える。

 それを、ただリンカーコアを奪うだけで……?

 つまり、その闇の書の主は、なのはが使える魔法をそっくり丸ごとコピーしやがったってことか。

「だからこそ、ロストロギアに指定されている」

「……でも、それってS級に指定される程か?」

 それだけ聞くなら、ただの魔法の記録メディアじゃないか。蒐集しなければ、ただの本。蒐集したとしても、それを使えるのはたった一人。

 A級のジュエルシードのほうが、よっぽど危険だ。

「もちろん、続きがある。

闇の書の別名は、『呪いの魔導書』。主となった人物の人格を侵食し、破壊衝動・殺戮衝動で支配する」

 どんな聖職者であろうとも、と付け加える。

「そして、666の頁を埋めた闇の書は……破壊衝動のままに暴走し、蓄えた膨大な魔力を炸裂させ、周囲一体を消し飛ばし……主もろとも、消滅する」

 最後に表示された映像は、瓦礫さえ残らなかった死の荒野。地図の縮尺が正しければ

…………東京都と同規模の都市。それが、丸ごと。

 それでいて、これは被害が少なくて済んだ方らしい。じゃあ、被害が多かったら……と考えたら、空恐ろしい。

 ……いや、待てよ?

「待て待て。消滅するって……それじゃあ、何で現存するんだよ」

 それも、ロストロギア指定されるほどの昔から。

「そこが、この闇の書の厄介な所だ。たとえ、発動前に撃破に成功したとしても……数年の後に、また新たな主の元へ向かう」

 

「本来、この闇の書はキミが言うとおり、偉大な魔法を後世へ伝えるための記録媒体だった。その知識を得るに相応しい者かどうかを書が自身で判断し、守護騎士達が簒奪から守り、破損したとしても、自らのバックアップ機能で再生する」

 なるほど……聞くだけなら、優れた品物だ。

 

「だが、何代目かは知らないが、闇の書を改変してしまったんだ」

 

「書の自意識……管制プログラムを封印し、守護騎士を戦闘プログラムへ変換し……再生機能は、終わらない悪夢の火種にされてしまった」

 その結果は、聞かなくても分かる。

「主を得ては暴走を繰り返し、倒しても倒しても蘇る……呪いの魔道書に」

 

 ああ……確かにそりゃS級だわ。

 使い減りしない上に、自らの意思で行動するジュエルシードみたいなものじゃないか。

ったく、どうしてこう常識外れの輩ばっかり出てくるんだよ

「……守護騎士の一角を退けるキミも、大概非常識だがな」

俺だって、ワケわかんねぇよ……

「つーか、あの弾丸みたいなのは何なんだ? 

使った途端、いきなり出力がハネ上がって……」

「弾丸……?」

 ああ……アースラの局員達は、まだ交戦したこと無かったんだっけか。

「実は……」

俺は、チビ騎士との戦いの様子を…………蒼炎で撃退した部分まで、詳しく説明した。

 そして、クロノ達が驚愕の表情を浮かべる。

 

「カートリッジ・システム……!!」

 

「……すまん、説明してくれ」

 正直、勝手に驚かれても理解できない。

「基本的に、リンカーコアは一定の魔力しか運用できない」

 最大魔力量が100なら、上限は100。

 その中から、5や10をやりくりするのが、普通の魔法戦闘だ。

「だがそこに、事前に容器に貯めておいた魔力を『解凍』することで、出力の増加を図るのがこのシステムの特徴だ」

「便利じゃないか」

 素直にそう思う。事前に、予備タンクを外部に用意しておけるなら……イザというとき、決め手になるかもしれない。

「けれど、普及していない。なぜだか分かるか?」

 出力の一時的なブースト……ニトロか。

 一時的に爆発的な出力を得られるが……

「後遺症が残る……で、合ってるか?」

 本来なら、ガソリンの爆発する温度しか想定していないエンジンの素材は、規定外の熱で変質し……二度と元に戻らない。

「使えるなら、僕が真っ先に使っている」

 魔力量はなのは並みながら、出力が低いクロノならではの、切実な感想だった。

「普通の人間より、遥かに頑健な身体を持つ守護騎士だからこそ、使えるシステムだ。

……危険極まりない、物騒なシロモノだよ」

 

 ……へぇ。

つまり、普通より遥かに頑丈な肉体があれば、いいわけだな?

 

「リンディさん、頼みがある」

 

 いきなり話を振られたリンディさんは、何も言わずに俺を見つめる。

「確か、前回のプレシアの件での報酬は、まだ保留してあった筈だ」

 俺は、嘱託魔導師……つまりは傭兵みたいなものだ。

 管理局の提示する報酬で、特定の仕事をこなす。

 俺達は、半ばなし崩しでその立場になったから頓着していなかったが、あの件での俺達への報酬は、日本円にすれば一軒家がポンと一括で買えるくらいの金額になるらしい。

 主犯の確保・説得に始まり、傀儡兵の無力化、動力炉の封印、ジュエルシードの封印と、自分で言うのもアレだが八面六臂の仕事ぶりだった。

 現実感の無い金額を提示され、あの時は尻込みしていたが……今こそ、必要な時だ。

 

「デバイスを用意して欲しい。条件は、一つ…………」

 

普通のデバイスじゃ駄目だ。俺の魔力の出力に耐えられて、尚且つ、魔力を高速運用できるだけの処理能力を持った……レイジングハート並みのデバイスが最低条件。

 そして……

「……おい、まさか」「ちょ、ちょっと……秀人君、本気?」

 クロノとエイミィが、顔を引きつらせる。

 信じられない、という思いと、コイツならやり兼ねない、という確信が、ごっちゃになったような表情だ。

 

 

「カートリッジシステムを、搭載してくれ」

 

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