魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第九話

 瞼に差し込む、人工的な光。

 眠る邪魔になるそれを鬱陶しく思いながら、つらつらと記憶を探る。

 

 母さん達と食事をして……お茶が無くなったから、秀人さんと買いに行って……

「あー……買って無いや」

 ポケットに入れたままの千円札を探るが、何故かポケットが無い。というより、着ていた服じゃなくなっている。

「……んー?」

 何か、大事なことを忘れているような……

お茶を買いに行って、それで、それで……

 

「あああああっ!!」

 

思い出した!!

がばっと跳ね起きる。そして、

「あ、いたたたた……!!」

 胸の痛みで、ベッドにうずくまる。

「って、ここは……?」

 きょろきょろと周囲を確認する。真っ白いベッドシーツに、仕切りのカーテン。雰囲気としては、学校の保健室に近い。いや、ここは……

「……アースラ?」

「おや、目が覚めたのかな?」

 カーテンが開き、見覚えのある顔が覗いた。

「あ……お久しぶりです、オペル医務官」

 プレシア事件でも世話になった、オペル医務官だった。やっぱり、アースラに運び込まれたらしい。

「調子はどうだい?」

 ゆっくりなら、身体を動かしても痛みは走らない。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような喪失感があって……試しに、ダメ元で魔力を探ってみるかな。

 リンカーコア、起動……っ!?

「うッ…………!!」

 再び、刃物で切り刻むような痛みが全身に広がった。

「…………最低、最悪です」

 ……やっぱり、ダメだった。

「その痛みの原因は、わかっているね?

リンカーコアの強引な摘出……それもあるが、」

「私自身の砲撃魔法、ですよね」

 ……キレていたとはいえ、さすがにやり過ぎた。

「あの……秀人さんと、レイジングハートは?」

 倒れてしまってからの記憶が無い。こうしてアースラに運び込まれているということは、敵を撃退したんだろうけど……嫌な予感がする。

 念話も使えないし、不便なものだ。

「……それに関しては、後にクロノ執務官から説明がある。それまで、安静にしていなさい」

「はい……」

 隙を見て、こっそり探しに行こうっと。

「ああ、そうそう……ちょっと手を出してくれるかな?」

「? ……はい」

 言われるままに、手を出す。

 

――がちゃんっ

 

「……はい?」

 ええと……何コレ、腕輪?

「ちょっとした計測器みたいなものだから、心配しなくていいよ」

 何故か申し訳なさそうに苦笑し、ファイルを纏めて席を立った。

 

 時計が一分経ち、少しの間なら、戻ってこないと確認する。スリッパをつっかけ、ベッドを降りる。秀人さんはどこかなー……

「……ん、あれ?」

 自動ドアが開かない。小癪にも、施錠されたらしい。

「あーあ、困った困った……」

 なーんてね。ドア横に、非常用レバーが隠してあるってちゃんと知ってるんだから。

 がきょんっ、とレバーを倒す。これでエアロックが解除されて、手動で開閉できるようになる。

「楽勝楽勝―」

 と、ドアの敷居を跨いだ途端……

 

――――ビーッ!! ビーッ!!

「うわっ!?」

 けたたましいブザーが腕輪から鳴った。

『警告します。要監視者には、そこから先への出入りが許可されていません』

 まさか、この腕輪って……!

『警告します。要監視者のあなたには……』

 監視用の、手枷だ!

隣の部屋に詰めていた大勢の局員がわらわらと……!

 

「確保ーーーーーーーー!!」「また嘱託がやらかしたぞ!」「俺達の余暇が……!!」「大人しく寝てろ!」「明日の定時上がりが懸かってるんだ! 捕まえ……じゃなくて、保護しろおおおおお!!」

 

思考ダダ漏れで、ゾンビのように群がってくる。

っていうか、誰が爆弾娘よ!?

「残業代出るならいいじゃない!」

 

――ビキッ…………

 

「あ、あれ……?」

 地雷を踏んだっぽい感覚が……

 

「「「「「「残業代を使う時間が無ければ意味が無いんじゃーーーーーーー!!」」」」」」

 

 ぴったりハモった!

「来るなー!」

 もう何のために逃げているのかも、すっかり忘れて逃亡する。

が、スリッパ履き+痛みでダッシュが効かず、もたついているうちに追いつかれてしまった。

 

――ぎゅるるるるるっ!

 

「むがー! むがー!」

 あっという間に簀巻きにされ、打ち上げられた初鰹のように担ぎ上げられる。

「丁重かつ、厳重に扱え! 隙を見せたら噛み付いてくるぞ!」

 わたしは動物じゃないー!

「むももももー!!」

 その抗議さえ封じられ、わっせわっせと病室に強制送還。

 

 っていうか、『定時に上がれるぞ』なんてエサをぶら下げて尻をひっぱたくような真似をするのは、多分……!

 

――げしっ!

 

「……ぶはっ!!」

 身体を起こした勢いのまま、私をバインドする一人に蹴りを見舞う。しゅるっ、と、口元を縛るバインドが消えて、言葉が自由になった。

「ひ、一人やられたぞ!!」「だから、油断するなと……!」

 

――すううぅっ……!

 

 思いっきり胸を反らし……肺の隅から隅まで酸素を吸入し……!

 

 

「クロノオオオオオオオオォォォォ!! ハゲろおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 アースラ全体に響き渡るような大声で、クロノに呪いを掛けてやった。

「なんということを……!」「ただでさえ、ストレスを溜め込みやすいクロノ執務官に向かって……」「むごい……」

 

「ハゲろ! 十代後半で生え際の後退に悩め! 20代前半でバーコード状にハゲろ! 三十代で落ち武者にムググググググ!」

 再び……というか、より厳重に口元を二重に拘束された。

「 「 「 「 「 「 そーれ! 」 」 」 」 」 」

ぼふんっ、と医務室のベッドに投げ込まれる。

ばしゅん、と、今度こそ完全に施錠されてしまった。

「むー……」

 

 さっきは気付かなかったが、部屋の隅に置かれた籠の中には、私の服が畳まれた状態で入っていた。洋服の上に、私の携帯電話が鎮座している。

 何気なく取り、電源を入れ…………

 

――ぶるるるるっ!

 

「……うわぁ」

 電源を入れた途端、大量のメールが着信し、留守番電話が数十件表示された。

 いちいち全部見るのは時間が掛かりそうだから……電話帳から、高町家の電話番号を呼び出す。

 

――プルがちゃっ

 

 早っ。

『もしもし、なのは!?』

「あー……うん、そーです」

『心配したんだよ!!』

 姉さん……すっごい涙声だ。

明日は月曜日で、普通に翠屋の営業日なのに、寝ずに待っていてくれたんだ。

罪悪感がひしひしと……

「ごめん……いろいろ、トラブルがあって……」

 なおさら、本当のことを言うわけには行かない。

「でも、大丈夫。秀人さんも無事だから」

 多分、ユーノくんも今頃アースラに召集されている頃じゃないかな。

「ごめんね。せっかくの日に……そういうわけだから、今日はもうそっちには戻れそうに無いや」

『そっか……でも、無事ならそれでいいんだ』

 ほーっ、と、安堵の息をつく姉さん。

 

「うん……うん……それじゃ、また」

 その後、母さんと兄さんにかわってもらい、同じような説明をして、電話を切った。

 電話を切った時点で、午前二時。こりゃ、明日は学校行けないなぁ……

「あーあ……」

携帯電話を籠に放り、ベッドに倒れこむ。

 数時間寝ていたとはいえ、深夜にまで起きているほど、不規則な生活は送っていない。

シーツを被り、目を閉じる。

私の身体はまだ休息を欲していたらしく、あっという間に眠りに落ちていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 小部屋を借りて、ユーノと向かい合う。

 

「秀人、それ…………本気?」

 

 アースラに到着したばかりのユーノは、そりゃあもう凄かった。

結界に気付かずにいたことをかなり悔やんでいて……えらい勢いで号泣して。

あんな巧妙な結界、普通は気付けないし……第一、あれは自分で何とかできなかった俺の責任だと言っても、いやいや、僕の責任だ……とユーノも譲らなくて、結局クロノが場を収めてくれるまで、そんな押し問答が続けられていた。

 そして落ち着いた今、俺は、自分のデバイスを持つことを明かしていた。

「もちろん、本気だ」

なぜ真っ先にユーノに教えるのかと言うと……

 

「レイジングハートとの契約の解除、どうすればいい?」

 

 俺のアカウントの削除のためだ。

「レイジングハートは、そんなこと望まないと思うよ……? それに、まだまだ容量には余裕があるんだし……何も、契約を解除しなくても」

確かに、レイジングハートの容量は大きい。二機分の思考AIを入れても、ありったけの術式を入れても、まだ余るくらいに。でも……

「処理速度は、一人のマスターしか想定していない」

 

 そもそも、以前フェイトに指摘されたが……効率が悪いんだ。

「この前、気付いたんだ。レイジングハートのレスポンスが、少しずつ……でも、確実に悪化してる」

「…………」

 ユーノが、押し黙る。俺の言わんとしていることに、思い至ったようだ。

 

「限界なんだよ。デバイスの共有は、もう……」

 

 それが、少しの誤差でも。その誤差が、生死を分けることになる。実戦ではよくあることだ。俺なら別にいい。でも、もしなのはだったら……そんなこと、それこそ、レイジングハートは望まない筈だ。

そもそも、共有するっていうのは俺達が未熟で、半人前だったから可能だった事だ。

だけど、既になのはは一人前の魔導師と言っても差し支えない。するだけ無駄……それどころか、害にしかならない。

 それでもこの一ヶ月、俺のアカウントを残しておいたのは、襲撃が無かったからこその平和ボケと……レイジングハートの我が侭だ。

「……契約の解除には、デバイス側からの認証が絶対に必要なんだ。ストレージなら、そんなに難しくは無い。でも、レイジングハートはインテリジェントデバイスだから」

 ……どっちにせよ、レイジングハートとは話をつけないとな。

「……明日の朝、なのはも連れて行く」

「そうだね。なのはも立ち会ったほうがいいだろうし」

 小部屋を出て、仮眠室に向かう。

「はぁ…………」

 その道中で、ため息が出てしまう。

恋人に別れを告げる前って、こんな気分なのかねぇ……彼女なんかいたこと無いから、わかんねーけど。

「怒るだろうなぁ…………念話の周波数をチューニングして、ハウリング攻撃されるかも……いや、マルチタスクを強引に起動させられて、頭痛地獄か……?」

 どう転んでも、いい展開にはならないだろう。

でもまぁ、別れ際のビンタくらいは、覚悟しておこう。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

『そう……闇の書が現れたの……』

 クロノは、執務官としての権限を利用し、裁判を控えて拘留中のプレシアと面会を行っていた。

モニターに映るプレシアは、すっかり憑き物が落ち、柔和な雰囲気を漂わせていた。

 のど元に通された、呼吸器系へ直結するチューブは痛々しいが、この一ヶ月の集中治療のおかげで、即座に生命に関わるような状態は脱した。

「拘留中で、刑も確定していないところを済まない。だが、どうしても貴女の協力が必要不可欠なんだ」

とうとう確認された、魔力変換資質『結合』を持つ魔導師、吾妻秀人。

 その、特異すぎる魔力に対応した専用デバイス兼、初のミッドチルダ式カートリッジシステム搭載試験機。

 プレシア程の科学者の力を、使わない手は無かった。

 もちろん、プレシアには拒否権があるのだが、そんな選択肢は初めから除外されている。

『構わないどころか、願ったり叶ったりよ。

初めての技術提供が、秀人のデバイス作成だなんて……それも、兼ねてから提唱されていた、ミッドチルダ式カートリッジシステム。元科学者として、これ以上になく魅力的な研究だわ』

 プレシアの、ひいてはテスタロッサ一家にとっての、大恩人。その恩に、報いないことなどありえなかった。

『機材と、秀人のバイタルデータを用意してもらえるかしら。すぐにでも始めさせてもらうわ』

「早速、手配しよう」

手元のキーを操作し、機材とデータの手配をする。

 これで、準備は整った。

「こちらでも、メカニックマイスターが研究を始めている。そのデータも、纏まり次第そちらに送る」

『ええ。…………ねぇ、クロノ執務官?』

「何か、足りないものでも?」

『いえ、その…………』

 先ほどまでのキレのいい態度から一変、妙に腰が引けている、弱気な態度を見せる。

『……フェイトは、元気かしら?』

 別の場所で裁判を待つ、娘の心配だった。負い目がある反面、やはり気になるらしい。

 クロノは、キーを叩く手を止める。

「ああ。それはもう…………」

 遠い目をして、この一ヶ月の苦労を思い出す。

思い出す。

思い出す……

「手に余るくらいだ」

 その並々ならぬ苦労を感じ取ったのか、プレシアは項垂れた。

『ごめんなさいね…………どんな様子?』

「最近は、幾分大人しくなっているんだが……」

 今現在のフェイトの様子を思い出し……途端に眉根を寄せる。

「………………アレは、いい傾向なのだろうか」

『……本当に、手間を掛けて申し訳ないわ』

 

 と、そこで面会時間終了のチャイムが鳴った。

「……では、頼んだぞ。プレシア・テスタロッサ」

『ええ、クロノ執務官』

 ぷつんっ、とモニターが消える。

「秀人のデバイス、か…………」

 S2Uを懐から取り出し、物思いに耽る。

「秀人の出力からすれば、当然のことなんだろうな」

 ぐっと、知らず知らずのうちに、歯を食いしばっていた。

 あれだけの魔力量と資質を持つのなら、一般に流通しているモデルでは、到底スペックが追いつかない。専用機を得るというのは、至極当然の流れだ。

 専用機を得て、その魔力を使いこなせるようになれば……秀人の力は、飛躍的に上昇するだろう。

「……僕は、守護騎士に勝てるだろうか」

 それに比べて、自分は…………

――――キンッ

 S2Uを起動。

「僕は…………」

 一応は、これも自分の専用機だ。自分の足りない出力を十二分に活用し、迅速かつ正確な運用を可能にする……自分にとって、長年を共にしてきた相棒。

 だが、それも……敵の守護騎士達の圧倒的な白兵戦能力、カートリッジシステムによる爆発力……それらを相手に、どこまでやれるのか……

「僕に、もっと出力があればな……」

 父に関しては、データが不十分なために何とも判断し難いが……母は。

 衰えぬ膨大な魔力と、超大規模の魔法の展開を可能にする、正真正銘の怪物だ。

 だが、自分に遺伝したのは、魔力量のみ。出力は、十人並みだ。どんなにガソリンタンクが大きかろうと、エンジンパワーが足りていないのであれば、持ち腐れだ。

 二人の師匠に鍛え上げられ、出力に依存しない戦い方を習得したものの……

 

「秀人。僕は……いつまで、君の隣で戦える……?」

 

 それは、クロノが執務官になってから初めて漏らす、弱音であった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 翌朝、私のいる医務室に、秀人さん、ユーノくん、クロノ、エイミィがやってきた。

「悪いな、朝っぱらから大勢で」

「いいよ。丁度、起きたところだし」

 ベッドからおりて、スリッパを突っかける。

「……あれ? レイジングハートは、一緒じゃないの?」

 てっきり、秀人さんが持ってるんだと思ってたけど……

「……」

 途端、秀人さんが険しい表情になった。

「……まずは、来てくれ」

「? ……うん」

 ユーノくんも、何だか所在なく落ち着かない。

「……じゃ、行こうか」

「うん」

 秀人さんと手を繋ぎ、廊下を歩き出す。

「…………?」

 でも、なんだろう。いつもの秀人さんに比べて、何か、違和感がある。

 

「……ここだ」

 連れて行かれた先は、ラボルーム。プレシア事件のときにも、レイジングハートのメンテナンスをしてもらったりした所だ。

 ドアを開けて、中に入る。

「レイジングハート」

 入ってすぐ、レイジングハートがいた。

『…………』

「どうしたの?」

 が、気配が感じられない。

「厳しい戦闘の所為で破損して……休眠させてるんだ。今、起こしてもらうから」

 秀人さんが目配せし、クロノがレイジングハートに繋がった機械を操作する。

そして……

 

『…………ここは、アースラ……ですか』

 

 途切れ途切れ、時々ノイズ交じりの声で、レイジングハートが話し始めた。

『……! 秀人、秀人!?』

 って、うわぁ!? ど、どうしたの!?

「れ、レイジングハート、落ち着いて……!!」

 びかびかと点滅し、異様なまでに興奮したレイジングハートを、なんとか落ち着かせる。

「私も、秀人さんも、ちゃんと無事だよ……だから、落ち着いて」

『………………申し訳ありませんでした、マスター』

 驚いた……こんなに慌てたのなんて、初めて見たかも……

「レイジングハート……」

 秀人さんが、相変わらず険しい表情のまま話し始める。

『秀人……よかった。無事だったのですね』

「ねぇ、レイジングハート……あの後、どうなったの?」

『…………それ、は』

 もごもごと、言いづらそうに言葉を濁す。

「いいよ、話しても」

 だが、秀人さんの了承を得て、あの後の状況を説明してくれた。

 

――敵の大将格が現れたこと。

 

――秀人さんの必殺技が、通じなかったこと。

 

――レイジングハートが、全損寸前まで破壊されたこと。

 

――なんとか、命からがら危機を脱したこと。

 

「……そんな」

 ……私が自爆した後、秀人さんは相当に危ない状態だったらしい。

「私が、あんな無茶をしたから……」

「違う。俺の力不足だ」

 秀人さんが表情を変えないで、ばっさりと言う。

 そうか……感じていた違和感の正体が、ようやくわかった。

 秀人さん、今朝から一度も笑っていないんだ。

 

「レイジングハート、大事な話がある」

 秀人さんが、改めて話を切り出す。

 その言葉の響きからして、かなり重要な話。

『…………今後の、敵への対策ですね』

 レイジングハートは、話をはぐらかそうとしている。私には分からないけど……何かを察したのだろうか。

「違う」

『では、複合技のパターン変更でしょうか?』

「違う。話を、聞いてくれ」

『あ……ああ、一番大事なことを忘れていました。技全体の、魔力運用の最適化ですね。そうすれば、今度は敵に有効打を与えることが出来る筈です』

 レイジングハートが、のべつく間無しにしゃべり続ける。その言葉の先を、言わせまいと。聞くまいとして……でも、秀人さんは、それを無視して、言った。

 

「契約を、解消しよう」

 

『……………………………………』

 一瞬のうちに、沈黙する。

「…………」

 秀人さんは、もう何も言わない。

 ユーノくんも、辛そうに俯いている。

『……………………………………嫌です』

「……その我侭で、なのはの身を危険に晒すことになっても……か?」

 薄々、私も感じていた。

 ……術式の展開に、意思とのタイムラグが発生している。特に、私と秀人さんが、別々の術式を同時発動した際、それが顕著になる。

 私でも気付くことに、レイジングハートが気付かなかった筈が無い。

『……嫌です』

 レイジングハートが、そう繰り返す。

「…………我侭を、言うな」

 秀人さんの言葉にも。

『……嫌です』

 ユーノくんの言葉にも。

「レイ、」

 

『絶対に、嫌です!!』

 

 びりびりと、部屋中に反響するような大声を出した。

『私は、そんなに頼りになりませんか!?』

「違う、そうじゃない」

『私にはヒデトの資質を見極め、伸ばしていく義務があり、それが私たちの契約の筈です!』

「…………俺の資質は判明した。あとは、俺一人でも伸ばしていける」

『魔法の発動補助は、どうするのですか!? 人一倍、術式の制御が下手糞な癖に!! カウンター技だって、私がいなければ自殺行為にしかならないのですよ!?』

 暴言に近い言葉で、必死に言いすがる。でも、秀人さんは淡々と、それに返す。

「……俺の専用デバイスが、近いうちに製造される。術式の運用は、ソイツに任せるつもりだ」

『…………!!』

 …………確かに、それは必要かもしれないけど……

「秀人さん……本当に、マスターやめちゃうの?」

 レイジングハートは、私達の出会いの切っ掛けで……そのマスターであるということは、私達の大事な繋がりだった筈なのに……

「秀人。もう一度聞かせて。

……本当に、いいの?」

 ユーノくんの念押しに、秀人さんは僅かに黙り……言った。

「……ああ。なのはを、危険に晒すわけないはいかない」

 一瞬の油断が、命取り。それは、よく分かるけど……

「俺の分のアカウントを削除すれば、タイムラグは無くなる。何の問題も無い」

『問題ない、ですって……!?』

 その一言に、もう一度レイジングハートが猛る。

 より激しく、光が明滅し…………

 

――翼を、形作った。

 

「……な」

 クロノの驚愕をよそに、レイジングハートが自立的に飛翔し始めた。

 ひゅん、ひゅん、と……助走をつけるように旋回し……

 

『この…………わからずや!!』

 

――カコーン!

 

「ぐおっ……!!」

 秀人さんの額に、クリティカルヒット。

「秀人……」

「うわぁ……」

 超痛そう……

『馬鹿者! 大馬鹿者!』

 二発、三発……秀人さんの頭に、体当たりを敢行する。

「い、いてっ……!! いてててっ!!」

 気が済むまで秀人さんに暴行を加え……ぽすっ、と、秀人さんの頭に着地した。

『…………何故、わかってくれないのですか』

 光の羽根が『へにゃっ』としなり、人間臭く感情を表している。

『……認めましょう。確かに、もう共有は限界でした。マスターの力を発揮するには、私がマスターの専用機になるしか、ありませんでした』

 そっか、やっぱり……レイジングハートも、気付いてたんだ。

『ですが……理屈では、割り切れないのです。私は、マスターのデバイスであるのと同時に、あなたのデバイスでも、ありたかったのです』

「レイジングハート……」

 相棒の、可愛い我侭。

『…………了解、しました。秀人のアカウントを、削除します……』

なんとかしてあげることは、できないだろうか。

 

「…………まぁ、待て」

 レイジングハートの奇想天外な行動に呑まれっぱなしだったクロノが、それを止める。

「秀人、君は肝心なことを説明していない」

 え……?

「説明する前に、レイジングハートが……」

「言い訳をするな」

「理不尽だ……」

 相変わらずの二人だった。

「エイミィ、説明を」

「はいはーい」

 軽い調子で返事をするエイミィ。

最初から、エイミィが説明していれば良かったのに……と思ったけど、秀人さんの口から言わなければ、レイジングハートは絶対に納得なんかしなかっただろうし、仕方ないのかな。

 

「秀人君のデバイスは、インテリジェントデバイスになる予定なの」

 ぴこん、と羽根が反応する。

 やっぱり、辛いんだろうな。自分以外の誰かが、秀人さんに寄り添うのが。

「でも、今から思考AIを1から構築していたら、時間がかかりすぎる」

 ……確かに、魔法の運用システム構築なんて、気が遠くなるような作業が必要だろう。

「だから、レイジングハートのデータを流用しようと思うんだ」

「え……それって、」

 私に向かい、ぱちりとウインクを決めるエイミィ。 

 

「言わば、レイジングハートの姉妹機になるわけだ」

 

『姉妹機…………ですか』

「定期的にレイジングハートとデータのリンクを行い、システムの調整やデバッグを行う」

 お、おおお…………これって、かなりの名案なのでは。

「私と秀人さんは気兼ね無く魔法を使えるようになって、レイジングハートは、姉妹機を通じて秀人さんとの繋がりを保てる……ってこと?」

「イグザクトリィ!!」

 びしっ! とサムズアップ。

「すごいよエイミィ! 見直した!」

「えー? えへへ、そう?」

「うん! クロノの補佐官がこんな軽い人なのは何でだろうって、いつも不思議だったんだけど、これで納得だよ!」

「………………持ち上げてから、しっかり落とすんだねー」

 ……あれ? 何で沈んでるの? 褒めてあげたのに。

「なのは…………言葉というのは、時として思わぬ威力を発揮するから、気をつけよう?」

「? ……うん、わかった」

 何故かユーノくんに窘められてしまった。

 

「ね、レイジングハート。そうしようよ」

『…………条件が、一つあります』

「何だ? 言ってみ」

『私の姉妹機の命名は、私に任せてください』

 自分の写し身であり、大事な人を守る盾。その名前を、自分で付けたいのだと言う。

「デバイスの完成には、まだ時間が掛かる。何せ、ようやく設計が始まったばかりだからな」

「……いつごろ?」

「高町なのは。君のリンカーコアが、再生し終える頃になるだろう。……オペル医務官の見立てでは、あと四ヶ月といったところだな。

それまで、じっくりと考えておくといい」

四ヶ月、かぁ……

「その間にまた襲撃があったら、どうしよう?」

 正直、秀人さん一人じゃあ、大変だ。

「闇の書の守護騎士達が蒐集を行えるのは、一人につき一回。一度蒐集された魔導師の元に現れたという記述は無いから、安心していい」

 なるほど。

「でも……アースラのみんなが戦っているときに……」

 じろり、と、クロノが私を睨む。

「では、魔力を失った君に、何が出来る?」

「う……」

 キツい一言が、突き刺さる。

 私には、戦う以外に脳が無い。デスクワークもできなければ、機材を活用することもできない。

 大人しくしているのが、一番いい。

「なぁ、俺は?」

 秀人さんが控えめに挙手し、聞く。

「君のリンカーコアは、通常の魔導師のものと比べて特異だ。高町なのはを襲ったのと同じやり方では、摘出は不可能だろう」

 それじゃあ、ひとまずは襲撃される心配は無いってこと?

「闇の書の主が、それを可能にするだけの力を手に入れるのが先か、秀人のデバイスが完成するのが先か……どちらにせよ、通常通りの生活を送っていてくれればいい」

 四ヶ月……猶予があるような、無いような。

 

「……護衛も付けるから、心配はいらない」

 

 ……何故か、微妙な顔をしながらそう言った。

…………まぁ、気にしなくていいや。

 

「かっこいい名前、付けてあげようね」

『当然です。私の、妹になるのですから』

 

 

……秀人さんのデバイス完成まで、あと四ヶ月。

 

 

これが、後に『闇の書事件』と呼ばれる物語の、プロローグだった。

 




よく二次創作で言われる「クロノは魔力量が少ない」っていうのはデマです。

にゃんこ師匠たちからも、「魔力はそこそこのものを持っている」と明言されています。

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