魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第十四話

 

 パパの転勤が決まった。

 

 単身赴任ではなく、ママも私も、生まれ育った関西地方から、関東地方のそこそこ大きい街へお引越し。

 よくわからないけど……パパは相当に仕事が出来る人であったらしく、東京では支社長の待遇だそうだ。

 この先十年以上は住むことになるということで、思い切って家を買った。ローンではなく、豪儀にキャッシュ一括で。

豪邸……というほどではないが、写真を見る限り、家族で住むには十分に快適そうな、一軒家だった。

当然、今の3LDKのマンションよりも部屋は増える。

物置にでも使うのかと思っていたら、「そろそろ下の子を……」とか、子供の前で言わないで欲しいようなことを言っていた。ほんと、勘弁して欲しい。

 いくら小学校低学年でも、ちゃんとわかってるんだよ?

まぁ、それはさておき……実際に引っ越すまで、大体一ヶ月くらい。

 おかげで私も、訛りを矯正するのに一苦労、二苦労……ちょっと大変だった。

けど、いつも帰りが遅いパパと、練習という名目でお喋りできるのがたまらなく楽しかった。

 一ヶ月が過ぎた。

 学校の友達とお別れするのはちょっと寂しかったけど、悔いなくお別れできたと思う。

 がらんと広くなった家で、クリスマス・イブと引越し祝いを兼ねたごちそうを食べて、翌日の朝、出発した。

 生まれて初めて乗る飛行機に興奮する私を見て、パパとママが苦笑する。

 

 

 

 そしてそれが、最後に見た両親の笑顔だった。

 

 

 

 最初に感じたのは、衝撃だった。

 ぐらぐら、なんて易しいものじゃない。まるで、巨大なミキサーに放り込まれたように平衡感覚が無くなり、今足をつけているのが床なのか天井なのかすら、わからないほどの揺れだった。

何もわからないまま泣き叫び、両親にしがみつき…………そして、暗転。

 あまりの衝撃に、失神していたおかげで気づかなかったけど……多分、墜落したんだろう。

 

 次に感じたのは、熱だった。

「……あ、」

 意識を取り戻した私が見た物は、ほんの数分前まで『飛行機』と呼ばれていたスクラップの山と、燃え盛る炎。

そして……あちらこちらに散らばる、赤黒いもの。

 それは、太かったり細かったり、大きかったり小さかったり、真っ直ぐだったり曲がっていたりと様々な形があった。

 だけど、その色は……生々しい赤と、煤けた黒の二色のみ。

 腐った果実のように黒い表皮が弾け、中から赤が覗いていた。

「…………! あ、ああ……!」

 目のピントが合い、焦点を結んだ先……その赤黒いもの(・・・・・)の全容が、目に飛び込んできた。

 ソレは、歪んだヒトの形をしていた。あるべき場所にあるべき部位が無い。けれどソレは、紛れも無く、人だった。

 

 ……俗に、『死体』と呼ばれる物体だった。

 

「ひィっ!!」

 悲鳴を上げる。だが、逃げられなかった。

 別段、酷い状態にはなっていない。足も多分、繋がっているし、大した出血も無い。

「う、ん……!」

 うつぶせのまま、何とかして後ろを見る。

 熱で変形し、ドロドロに溶け固まった金属。黒焦げになった、何らかの残骸。

下半身の上に、そんなものが固まった数百キロはあろうかという大量の瓦礫が積もっていた。腰から下がどうなっているのか、自分でもよくわからない。

シートの残骸がクッションとなっていなければ、下半身をすり潰されていたに違いない。その点、私は幸運であり……不運だった。

「パパ……ママ……? どこにいるの……?」

 きょろきょろとあたりを見回し……私の前方、数メートルに投げ出された両親の姿があった。私と同様、瓦礫に埋もれ、自分ひとりでは動けそうにない。だが人一人いれば、なんとか動かせそうな大きさだ。

「…………う」

 その手が、僅かに動く。

 まだ、生きている……!

「どいて! どいてよ!」

 瓦礫から抜け出そうと足掻くが、数百キロもの重量を動かすには遠く及ばず……ただ、見ていることしか出来なかった。

 

 そして……激しい炎は、すぐ目の前にまで迫ってきていた。

「逃げ、て……げほっ、げほっ……!」

 熱に焼かれ、からからに乾いた喉で叫ぶ。だが、両親は動けない。なにせ、高度数千メートルから落下したのだ。今このとき、存命しているだけでも十分な奇跡だった。

 当然、無傷なはずは無いだろう。身体の内部は、ぐちゃぐちゃになっているに違いない。

 

「…………や、て、……まえは、……子、だ……」

 

「は……て……、あな…………は……、……あわせに」

 

 両親の、おそらくは最後の言葉。

 それが、聞こえない。轟音にかき消され……両親の言葉が、届かない。

 そして、いよいよ炎が、両親の身体を舐め始めた。

「いやぁ……! いやああああぁぁぁ……!!」

 泣いても、叫んでも……炎は、その歩みを止めない。

 両親の肉体を、末端から物言わぬ消し炭にしようと、侵攻してくる。

 

「 「……はやて、…………うび、………………めで…………う」 」

 

 聞かないといけない。なのに、言葉は届かない。いくら耳を澄ましても、周囲の音が邪魔になって、届かない。

「あ、あああ……! ああああああああああああああああああああああ!!」

 叫んでも、暴れても……私は、その場から一歩も動けない。

 

そして、無力な私の目の前で……両親は、炎の向こうへ消えた。

 

 

 その日は、十二月二十五日。

 

――世間は、クリスマスだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「パパ……ママ……」

 ……自分の声で、目が覚めた。

 目を開けると、そこは見慣れた住処。埃っぽい淀んだ空気と、カーテンで囲まれた、薄暗い空間。

 背中の感触から察するに、ソファに転がされているらしい。

 

「…………あれ?」

 

 ……なんで私、こんな場所に?

 

――ズキッ……!!

 

「うぐっ……!!」

 腹部に走る鈍痛。

「う、うう……!!」

 身体を丸めて痛みを耐える。

 その痛みが、敗北の記憶を呼び覚ます。

 

「畜生…………!」

 

 あの『鉄槌』の仇に、返り討ちにされて…………

「…………」

 恐る恐る足に力を込めてみると、幸いなことに動いた。

 けど……自分を満たしていた、無敵の全能感がキレイさっぱり消え失せている。

「……はぁ!!」

 気合を入れ、胸の奥……リンカーコアに意識を集中する。

――ゴウッ……!!

 

 魔力……一応は、出せるか……精々、美香と同程度だけど。

でも…………

自分の影に、闇に、呼びかける。

「おい。…………おいってば」

――……。

 反応が、無い。

「…………ふむ」

 つまり、こういうことだ。

 

 あの男の魔法。あれには、私の力を戒める効果があった。それは、確かに私に命中し、効果を発動した。だけど、それによって封じられたのは、私自身の力ではなく、闇の書の力だけだった。

 

「運がいいやら、悪いやら……」

 確かに、負けた。言い訳のしようが無いほどの、完敗。惨敗だった。

 けど、妙にさっぱりした……というか、冷静に事態を飲み込めた。

「私、まだまだ弱かったんだなぁ……」

 慢心……それに尽きるだろう。

 

「その通りだ」

 

――!?

 

「だ、誰!?」

「……力を得たものは、それに溺れる。過去に、己の無力を悔やんだ者なら、特にその傾向は強い」

 そいつは、私の寝そべっていたソファーの真後ろの壁に、腕を組んでもたれかかっていた。

「……降って沸いた、巨大な力。ゲーム感覚で試しこそすれど、本気で磨く事は無く……井の中の蛙に終わる」

「誰だ……って、聞いてるだろ!! 答えろ!!」

 そいつは、『黒いもや』だった。

 表情は読めず、男にも女にも聞こえる声も平坦。

 体つきも、その『もや』に隠され、中身がうかがえない。

 その胡散臭い奴は、私が聞いているのか、それすら興味なさ気にべらべらとしゃべり続ける。

「それ故に…………力を得たとしても、結果的に……無力であることに変わりは無い」

「!!!」

 無力。

「お前に……!」

 無力。その一言が、私の逆鱗に触れた。闇を操れない……そんな不安感を一瞬で消し飛ばす。闇の書の補助は無い。だから、

 

「お前にッ……!!」

 

――リンカーコア励起。魔力精製。術式構築。術式名称……

 

 今の自分にできる最大限の技術を駆使して、

 

「何がわかるッ!!」

 

――『ナイトメア』!!

 

 叩き潰す!!

 

――ッドオオオォォンッ!!

 

 発射された砲撃は、室内を余波で滅茶苦茶に破壊し、不審者に突き進む。

 だが……

「…………ヌルい」

 

――バチイイイィンッ!!

 

『黒いもや』が展開したシールドに弾かれ、弾道を天井へ逸らされてしまった。

 そんなに硬いシールドでは無かった。だが、進行方向の斜めに展開されたシールドは、砲撃のベクトルを逸らし、最小限の動きのみで、無傷を勝ち取った。

「くそったれ……!」

 二発目は…………出さない。

 私の中の冷静な部分が、撃っても無駄だと、冷酷に判断する。

「何で、どいつもこいつも……!」

 私の力を、簡単に対処しやがるんだ……!

「……娘」

『黒いもや』が、またあの平坦な口調で、私のことを呼んだ。

「……力が欲しいか?」

 ……答えるまでもない、質問だった。

 いや、きっとこいつは、私がなんと答えるかも承知の上で、それを聞いている。

「だったら何よ……」

 

「答えろ。力が欲しいか?」

 

 ……曖昧な返事は、聞き入れるつもりは無いらしい。

 

「答えろ。

 

 ……力が欲しいか?

 

 守護騎士の仇を取れるだけの力が。

 

 憎い仇を殺戮するだけの力が。

 

 今度こそ、何者にも屈せず、何者をも這い蹲らせるだけの力が」

 

 だから……答えるまでも無いんだっての。

 

「欲しいよ」

 

力が欲しい……けどそれは。

「でも、お前には頼らない」

 ……私の復讐は、私自身でのみ完結させる。

「……では、どうするというのだ?」

 ……はい?

「お前は、どのようにして……一人で力を得るというのだ?」

 ……。

「また、その辺の適当な奴でも使って練習する……」

「………………」

『黒いもや』は無言だけど、明らかに呆れたような気配を見せた。

「な、何! 文句ある!?」

「……何の進歩も無い」

「うっせー!」

 何なんだ、コイツ!!

 

「お前が真に力を欲するというのなら…………協力してやろうと言っているのだ」

 …………胡散臭い。とにもかくにも、胡散臭い。

 まずは、コイツの素顔を見ないことには……

「…………本当に?」

 声色を変え、恐る恐る……弱弱しく聞き返す。

「……本当に、協力してくれるの?」

 意図して泣き顔を作り、『孤独で哀れな少女』を演出。

「私の味方になってくれるの……?」

「……技術の供与は惜しまない」

 堅苦しい言葉……でも、僅かに柔らかい雰囲気を感じた。

 ……嘘を嘘と見抜かせないコツは、幾分かの真実を織り交ぜること。

 だからまぁ……心細いというのは、守護騎士を失った今の私の本音だ。

「……あ、!」

 

――ガタッ!

 

 ソファから下りようとして、転げ落ちる。……もちろん、フリだ。

「…………」

 仮面の男が、すっと手を差し出す。

「ありがとう……」

 ぐっとその手を掴み……

 

――ギュルルッ……!!

 

「!?」

 そのまま、私の手ごと、拘束魔法で縛り上げる!

「ひっかかってくれて、本当にありがとう……!」

「貴様……!」

 さすがに、反応が早い。すぐさま魔法に亀裂が入り、砕かれそうになっている。だが、それよりも早く発動させる!

 

「……ストラグルバインド!」

 

 ……『鉄槌』が最後に蒐集したガキが持っていた、術式の一つ。

 効果は、対象に付与された全ての魔法効果のキャンセル。

 一見、とても便利そうな魔法だけど……実のところ、使いどころは殆ど無い。

例えば、魔法で強化された武器での攻撃を受けるとする。その強化魔法をストラグルバインドで打ち消したとしても、単純な武器での一撃がまだ残っていて、結局はそれも防がなければならない。つまり、二度手間を食うよりは、最初からストラグルバインドの分の魔力も費やして、防御魔法で防いだほうが速いのだ。

 それ故に、この魔法は極端に習得者が少なく、マイナーな魔法となっていたのだろう。

 

――ボシュンッ……!!

 

『黒いもや』の姿は、魔力の塵となって掻き消える。

「やっぱり……」

 あれは、本当の姿じゃなかったんだ。

 

 さーて、そのツラ拝んでやろうっと。

 目の前に人影は見当たらない。逃げられたんだろうか?

 

――ぐにゅっ

 

 ……その考えは、あっけないほど早く否定された。

 つま先にめり込む、生温い感触。見下ろした先にあったのは……

 

「………………猫?」

 

 灰色っぽい毛並みの、上品そうな猫。それが、リビングのフローリングにぐでーっと伸びていた。

「……まさか、コイツが?」

 首根っこを掴んで、目の前まで持ってくる。

 どこからどう見ても、猫だ。こいつが、あの『黒いもや』の正体……?

「ん、んん~……?」

 にわかには信じがたいが、割と大き目の魔力を持っている。正確には、『大きい魔力の支流』とでも言うべきか。大本になる何者かの魔力を分け与えられているらしい。

 システム的には、守護騎士に近いか。

「………………残念だったね」

 うまいこと私に取り入って、利用するつもりだったんだろうけど……私は、他人に利用されるのが大きらいなんだ。

 パパの財産を狙って、病室にまで押しかけてきた顔も知らない親戚に、私を出汁に視聴率を稼ごうとするマスコミ。

 そんな輩ばかりを見てきたおかげで、すぐにわかったよ。

 こういうのを、『ミイラ取りがミイラになる』って言うんだっけ?

 でも、どうしよう……こいつが目を覚ましたら、絶対に逆襲される……

それどころか、正体を知られたからには……とか言って、マジで殺られるかも……

「……参ったなぁ」

 守護騎士がいれば……闇の力があれば……

「ん?」

 私を補助する守護騎士の不在。

 私を補助すると言った目の前の猫(敵対予定)。

 

 ……コイツ洗脳して、私の奴隷にできないかな?

 

 魔法の指南役と、守護騎士の代用品を一挙に手に入れられる。

「……やってみるか」

 物は試しだ。

「ん……っと」

 猫と、大本(主人)を繋ぐ魔力のラインに、自身の魔力を接続する。

 途中にあったプロテクトと思しき障壁は、強引に破壊して。

 これで、準備は整った。

「…………」

 どきどきする。そういえば、こうやって魔力を細かくコントロールするのは、初めてだ。

 攻撃魔法や防御魔法なら、目分量に気分量で大雑把に魔力を注げば問題なかったんだけど……これは、ほんのミスが命取りになる。

魔力の総量を変えず、中身だけをそっくりそのまますり替える。

 要は、人工心肺の魔力版だ。

「…………ん、このっ!!」

 私の魔力を注ぎ込みつつ、主人からの魔力の流れを徐々に遮断していく。

 魔力の流れは細かくて、緩急があって……流れる水以上に、複雑だ。

「えいっ、このやろっ……!」

 掴もうとすればするだけ暴れる魔力流を調節し、時にせき止め、時に解放し……私の魔力の比率を、徐々に高めていく。

 

 

 汗をだらだら流して苦戦すること……体感時間で数十分。

「…………いぃよっしゃあ!!」

 ……猫に繋がる魔力のラインは、私の物を一本残すのみとなっていた。

「うまいじゃん、私!!」

 少し時間は掛かったけど……我ながら、かなりうまくいった。

 

 魔力流への干渉を阻むプロテクト……これは、数が多ければ多いほど防御率もアップする。だがそれは、折角の魔力流に堰を作ってしまうのと同じだ。

 だから私は、その『堰』を、『水門』に置き換えた。

 普段は、全くプロテクトの意味を成さない。水門で言えば、上がりっぱなしの状態。

 そして、今回のように……私との魔力流へ干渉するような真似を受けた際に、『水門』が下がり、『堰』となる。

 簡単に言えば、PS(フェイズシフト)装甲と、TF(トランスフェイズ)装甲の違い。

 ……パパのパソコンに入っていたアニメが役に立つとは。

 

 完全に私の魔力に染まった影響なのか、灰色っぽかった猫の体毛は、漆黒へと変じていた。

「あはっ……」

 どうせなら、黒ローブに三角帽子、ついでに箒でも用意してやろうか。美香には大ウケするだろうな。

「……にゃあ」

 あ、起きた。

「お前は、誰だ?」

 確認……そして、最後の仕上げのため、そう聞く。

 

「…………私は、リーゼ……」

 

 ぼうっとした様子で名乗った。

 リーゼ……それが、こいつの名前か。

「リーゼ。お前の役目は何だ?」

「……闇統べる王、八神はやて。あなたに尽くすことです」

「ふふ……!」

 やった……完璧だ。

 

「リーゼ。お前に、命令を与える」

「はい、我が主。何なりと」

 ……無表情なのが、少し気に食わないけど。ちょっと、呪縛が強すぎたかな?

 まぁいいや。

 

「私に、戦い方を教えろ」

 

「はい、我が主。私の持てる全てを、献上致します」

 

 今の私は、ただの無力な魔導師に過ぎない。

 魔力は有限、特殊能力は封印。……まして、身体能力なんて小学生そのものだ。これだけのハンデを負ったのだから、これまでの戦い方なんて、出来るわけがない。

「……訓練に関して、一切の加減を禁ずる」

「外傷を負われた場合は、如何にいたしますか?」

 ただの骨折だけでも、動きは確実に鈍る。切り傷を負えば、血だって流れるだろう。

「…………訓練の継続に支障が出ない程度に治療。完全な治療は、一日の訓練を終えてからとする」

……自分の中の甘えを、消し去るために。痛みは糧に。

 敗北の底から、這い上がってやる。

 

「首を洗って、待ってろよ……!!」

 

 そして、今度こそリベンジだ!!

 

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