魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「………………」
目を閉じ、意識を集中。リンカーコア、起動。術式選択。誘導弾・アクセルシューター。
『Accel shooter』
魔力循環。展開数、五つ。
――ヒュン
目の前に、五つの魔力スフィアが出現する。よし、問題ない。
五つ全てに意識を配り……発射!
「シュート!」
――ドドドドドン!
五つの誘導弾はそれぞれ個別の軌道を描き、結界内を飛び回る一つの的に向かって突き進む。
「くうっ……!」
さすがに、的が速い。なにせ、二体目の暴走体のデータを参考にしているのだ。遅い筈が無い。頭の中で、五つのルートをそれぞれイメージし、それをレイジングハートに伝える。軌道は問題ない。正確に標的の動きをトレースしている。だが、
(駄目だ)
的のスピードが速く、誘導弾が徐々に引き離されていく。このままじゃ、追いつかない。
(それなら!)
「アクセル!」
加速せよ。命令に従い、誘導弾のスピードが上がる。
「このっ、このっ……!」
だが、それは同時に操作の難易度をグンと上げ……暴走。
――ボンッ!
「きゃあっ!」
――ボンッ! ボボボンッ!
「あっ、あっ……!? 駄目ぇっ!」
一つが破裂。そこで集中が途切れ、残り四つの誘導弾も破裂してしまった。
「あ~…………失敗しちゃった」
『三十点です』
レイジングハートの採点も容赦が無い。的だけが変わらず飛び回り、挫折感を後押しする。ああ、上手くいかないなぁ……
『ではマスター。例の魔法を実践してみましょう』
「うん、そうだね」
兼ねてから問題だった、私自身の機動力の低さを補う魔法。術式自体は、ユーノくんに相談したり、レイジングハートといくつか試作してみた。だが、それを実際に行使するのは初めてだ。
「……上手くいくといいけど」
まあ、とにかく試してみよう。
術式選択。飛行魔法・アクセルフィン。
『Accel fin 』
――フォンッ……
くるぶしに、光の羽が出現する。うまく動作すれば、飛行を補助してくれるはずだ。恐る恐る魔力を注ぎ込む。エレベーターが止まったときに感じる、あの違和感。それを数倍に引き伸ばしたような感覚の後……
「う……浮いた! やったぁ!」
私の体は、地上五メートル程まで浮かんでいた。よっし!
「やったよ! レイジングハート!」
『マスター、今は集中して……』
――がくんっ。
「へ?」
一瞬、軌道がブレ、上下が逆さまになる。それを皮切りに、
――がががががががががががががががががっ!!
「きゃああああああああああっ!?」
上下左右に、揺すら、れ、ええええええええぇぇ!!
「なのはっ!」
ぼふんっ。柔らかい感触と共に、視界の回転が止まった。ううっ、気持ち悪い……
「大丈夫か?」
「……い、一応は」
秀人さんが受け止めてくれたおかげで、怪我はしていない。地上五メートル。あんな勢いで地面にぶつかっていたらと思うと、ぞっとする……って、あれ? まだ、浮かんでる? もう魔法はキャンセルしたはずなのに。
「あっ」
目を凝らすと、秀人さんの両足首に、環状魔方陣が展開していた。
「秀人さんも飛べるようになったんだ!」
「ああ。とはいっても……」
ひゅんっ。軽い音と共に、環状魔方陣が消失。秀人さんが両足で地面に着地する。
「まだ数分も維持できないけどな」
『理想としては、飛行魔法・攻撃魔法・防御魔法を併用することです』
はぁ……まだまだ先は長いか。
『マスター。ヒデト。飛行魔法は、最低でも一週間で使いこなしてもらいます』
「うん、頑張る!」「練習あるのみだ」
そして、一週間が過ぎた。
私と秀人さんは、問題も無く飛行魔法を行使できるようになっていた。
「待て~!」
だけど、まだ複雑な動きは出来ない。直進、上昇、下降、浅い角度での旋回ができるだけだ。それらを上手に組み合わせ、更には他の魔法も併用しなければならない。
「タッチ!」
「おっと」 ひらり。
その練習として、ユーノくんが提案したのが、この『空中鬼ごっこ』だ。
円柱状のフィールド内で、飛びながら鬼ごっこをするだけ。それだけだが、実に練習になる。それというのも……!
「秀人さぁん! そろそろタッチされてくださいよぉ!」
「駄目駄目。練習なんだから」
ぶんっ。またしても空振り。空しく虚空を掻く手。
「むーっ!」
そう、秀人さんがなかなか捕まらないのだ。ユーノくん曰く、私は射出したり、展開したりするのに向いていて、秀人さんは、体を覆ったり、強化したりするのに向いているらしい。
「そこまで!」
ユーノくんの声と共に、円柱状のフィールドが消える。
結局、勝敗は五対一で私の惨敗だった。
バッグに入れてきたスポーツドリンクを飲み、一息つく。
「うん。二人とも、中々いい感じだよ」
『七十点といったところでしょうか』
七十点。厳しいような、上々のような、曖昧な点数だ。けど、最初が二十点だったことを考えるとかなりの進歩だ。
「ってことで、明日は久しぶりに休みにしよう」
休み?
「別に疲れてないけど」
それに、今は魔法の練習時間が一分でもあった方が良いんじゃないか。いつまた暴走体が現れるかも分からないんだし……
「ま、いいんじゃないか? たまには」
秀人さんが、あっけらかんとした調子であっさり言う。
「でも……」
少しでも力を付けないと。一つでも多くの魔法を身に付けないと。また誰かが……
知らず知らずのうちに俯いていた私の頭に、ぽん、と手が乗せられる。
「明日、ちょっと隣町に用があるんだ。ちょっと付き合ってくれ」
うう~ん……まぁ、秀人さんがそう言うなら。
「行きます」
明日は、お休みを取ろう。
◆ ◆ ◆ ◆
「行きます」
なのはがようやく頷いた。顔には出さず、ほっと一息。ユーノもどこか安心しているようだった。
あの、街を半壊させた暴走体を封印した日から、なのはは明らかに無理をしていた。学校から帰ってくるや否や、すぐにユーノに結界を張ってもらい、夜まで魔法の練習に没頭する。しかも、明らかに自分を追い詰めるような練習を、だ。すぐに気が付いて、一緒に練習することでやんわりと抑えていたが、あくまでそれは対症療法にしかならない。
それはまるで、何かを必死に振り払うかのようで……いや。まるで、というか、事実そうなのだろう。本人は頑なに否定するが、友達との辛い喧嘩別れは、相当堪えたらしい。
さて、明日はどこに連れて行くかな……町に用事があるなんて、大嘘だし。適当に買い物にでも連れ回して、強引に気分転換させてやろう。
「それじゃ、明日に備えて今日はもう休もう」
「……はい」
まだ釈然としないらしく、少し表情が硬い。はぁ……この子、将来はワーカーホリック気味になりそうだ。その辺は、『あの親』の子供なんだろうな。
『ユーノ、お前も来いよ?』
念話と共にユーノに目配せをする。
『そうだね。万が一ってこともあるし』
こいつはこいつで、前回のことを引きずっている。自分が、レイジングハートに制限を掛けなければ、もっと早期に鎮圧できた筈だ、と。
実際には、なのはの無茶な訓練を諌めるという目的があったのだから、仕方ないと言えば仕方ないことだ。全く。うっかり屋の癖に責任感が強いんだから。
『うっかり屋って何さ、うっかり屋って!?』
やべ、念話してるの忘れてた。
「じゃ、帰ろうか」
ユーノの抗議を念話の回線ごとカットし、ヘルメットを被る。
「よいしょっと」
慣れたもので、なのははもう俺の手を借りずにタンデムシートに座れる。ユーノも文句を言いながらも、トランクボックスに収まった。
『なのは、どこか行きたい所は?』
念話のお陰で、インカム要らず。ああ、魔法って便利。
少し、サスからのショックが大きい。この頃無茶な使い方ばっかりしてたからな……。
明日、隣町で部品買うか。
『……特には』
そりゃそうだ。ん~っと……
『それじゃ、たまには外食でもしてみるか』
俺の用事なんて、ちょっとバイク屋に寄って部品をいくつか買うだけだし。ハンバーガーチェーンで人数分買って、どこか眺めのいい場所でのんびりしよう。
『そういえば、私、ハンバーガー食べるの久しぶり』
なのはがぽつりと呟いた。
『へぇ、意外だな。俺なんか、食事の用意が面倒な時はよく買ってたもんだけど』
流石に、食べ盛り育ち盛りの小学生にジャンクフードばっかり食べさせるわけにはいかないし、最近ではご無沙汰だ。
『大人の人ばっかりで、ちょっと怖かったから』
ああ、確かに……十代後半の若者がメインだもんな。小学三年生からすれば、十分に大人だ。
『はんばーがーって、どんな食べ物?』
ユーノが混ざってきた。よし、俺がハンバーガーの真実を教えてやらなければ。
『丸いパンを横に切り開いて、間に肉とか野菜とかを挟む食べ物。要はサンドイッチの変形だ』
『ああ、アレの亜種か』
こちらの食べ物にも慣れてきた異世界人。案外理解が早くて助かる。
『そうそう。フェレットバーガーとか絶品だぞ』
がつんっ!
リアボックスの中で、何かが跳ねる音がした。
『ふぇ、ふぇ、フェレットバーガー!?』
『ああ。内臓と骨を取ったフェレットをミンチにして、練り合わせた肉を挟むんだ。結構、人気商品でさ、早く並ばないと売り切れちまうんだ』
――がたがたがたがた……!
リアボックスが大フィーバーだ。少し間をおいて、言う。
『そういえば、『材料』の『持ち込み』もオーケーだったな……?』
『下ろせえええええええええええっ!!! すぐに下ろせえええええええっ!!』
『おい、静かにしろよ具……じゃなくてユーノ』
『今、具って言った!?』
「……ふふっ」
お、やっと笑った。バカな話をした甲斐があった。
『な、何だ……冗談だったんだね』
『……………………』
『何か言えよおおおおおおおおおお!?』
夜は更けていく…………
◆ ◆ ◆ ◆
土曜日。天気は快晴。テレビの中の気象予報士は、今日は半そで一枚で過ごせる気温であることを告げていた。つまり、絶好のお出かけ日和だ。最初は乗り気ではなかった私でも、うきうきしてくる。姿見の前で、服装をチェック。
デニム生地のベスト。七分丈のオレンジ色のTシャツ。ホットパンツ。縞模様のオーバーニーソックス。スニーカー。よし、大丈夫。
ぴったりのタイミングで、アパートの前に秀人さんのバイクが戻ってきた。遠出するということで、ガソリンを補給してきたらしい。部屋を出て、戸締り。さて、出発しよう。
ファーストフード店に入り、二人分のセットを注文した。秀人さんは、お肉が二重になっている、何だか大きなハンバーガーと、コーラ。それと同じものはとても食べ切れそうになかったから、私は普通のハンバーガーとオレンジジュース。ユーノくんは、鞄の中でフライドポテトとアップルパイを一生懸命食べている。
「「「いただきまーす」」」
ぱくり、と齧り付く。少し油っぽいお肉と、パサパサしたパンが、何故か妙にマッチしていた。個別に食べたらそんなに美味しくないのに……不思議だ。
ポテトをつまんだり、ジュースをちびちび飲みながら、ハンバーガーを食べ進めて行く。
結局、私の小さな口では、一個を食べきるのに十分を要した。
「あうう……苦しい」
さすがに、脂分が多すぎた……美味しかったけど。
「はは、やっぱりなぁ」
秀人さんが、コーラの容器に入っていた氷をガリガリ噛み砕きながら笑った。
「ほら、食べカス付いてるぞ」
「え、うそ!?」
ひゃー! かっこ悪い!
「ちょっと動くなよ?」
手元にあった紙ナプキンを取り、私の口元を拭った。目を閉じてされるがままになる私。
「ううう、ごめん、秀人さん」
ああ、もう。私ってば、いつも秀人さんに迷惑ばっかり……
ぽふ、と頭を撫でられた。あ……もしかして私、また下向いてた?
「気にするなよ、家族なんだから」
「……うん」
店を出た次に向かったのは、一軒のバイク屋だった。どうやら、バイクの消耗部品を買うらしい。最近、無茶な使い方してたからね。
店内には、所狭しと色々なバイクが並んでいる。色も形も様々で、見ていて楽しい。
『へぇ……全部、ガソリンエンジンかぁ』
ユーノくんが、興味深そうにバイクを見ている。
「エンジンって、ガソリンで動かすものじゃないの?」
『僕のいた世界では、水素エンジンが実用化されてたから。クリーンなエネルギーだけど、爆発的なパワーは出ないんだ』
秀人さんが、伝票らしき紙切れを持って戻ってきた。
「無公害にも、それなりにデメリットがあるってことか」
『初めて秀人のバイクに乗ったときはびっくりしたよ』
「……私も」
何せ、初めて乗ったバイクで、時速200kmだもん。怖かった……
バイク屋を出ると、丁度お昼だった。
「ねえ、ちょっといい?」
お昼ごはんはどうしよう。さっきのハンバーガーはちょっと重かったから、軽く済ませたい。
「ちょっと、ねえってば」
でも、それだと秀人さんがお腹空いちゃうかも。う~ん……あ、そうだ! 回転寿司なんてどうだろう。安く済むし、量も自分で決められるし……
「高町さん!」
「はいっ!?」
え、何!? 慌てて振り向くと、気の強そうな外国人の女の子が立っていた。えっと、えっと、外国人に話しかけられた場合は……
「そ、そーりー! あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!」
逃げるしかない! 英語なんて話せないもん!
踵を返して駆け出す。
「日本語で喋ってるでしょうがあああ!!」
が、上着の袖を思いっきり掴まれてしまった。結構な勢いだったせいか。
――びりっ
「「あ」」
……破れちゃった。縫製が甘かったのか、袖が肩口でぷらぷらと揺れている。
「ご、ごめん、やりすぎた……」
「……別に」
嘘。本当は、秀人さんに買ってもらった上着を台無しにされて、怒鳴りつけてやりたい気分。でも、初対面の人にそんなことするわけにもいかないから、我慢だ。
「アリサちゃん?」
人ごみを掻き分けるようにして、もう一人、女の子がやってきた。今度は、長い黒髪の女の子。目の前にいる外国人の子――名前は、アリサさんというらしい――の知り合いみたい。どちらにせよ、見知らぬ相手だ。服は、家に帰ったら繕えばいい。
「じゃ……」
「ちょっと待って、高町さん」
見つかっちゃった。面倒くさい……
「あの……どこかでお会いしたこと、ありましたか?」
二人とも、私の苗字を知っているみたいだ。
「「………………」」
二人は、ジト目で私を見た。そして、金髪の子が、はぁ~、とため息をついた。
「あのねぇ……元クラスメイトの顔、忘れたの?」
……元クラスメイト? ということは、二人は聖祥大附属小学校の時の同級生?
確かに見覚えが……………………無い。忘れる忘れない以前に、最初から覚えていなかったらしい。
「とにかく、じゃあね。服のことは気にしないでいいよ」
再三、逃亡を図る。
「ウチなら、その服直せるから一緒に来てくれない?」
が、またしても。今度は黒髪の子に手をやんわりと掴まれてしまった。目が合いそうになり、慌てて逸らす。どうにも、他人は苦手だ。
「人、待たせてるから」
「お願い」
「放してよ……いいって言ってるんだから」
「お願い」
う……何この人。大人しそうに見えて、結構強引だ。
『秀人さん……ごめん、ちょっと』
念話で秀人さんを呼ぶ。
「どうした?」
バイク屋から秀人さんが駆け出してきた。掴まれた私の手と、破れた袖に目をやり……
「……なのはに、何か用でも?」
低い声で、聞いた。
しかし、黒髪の子は臆するでもなく、秀人さんに頭を下げた。
「私は、月村すずかと言います。彼女の服を破ってしまったので、お詫びを兼ねて我が家にお招きさせてもらえないでしょうか?」
礼儀正しく、申し出る。秀人さんも毒気を抜かれたようで、困ったように私を見た。
「……どうする、なのは?」『僕としては、別にどちらでもいいよ』
私次第か。わざわざ自分で繕う手間が省けるなら……でも、一人で行くのはやだ。
「秀人さんとユーノくんが、一緒なら」
「勿論、歓迎します」
月村さんは、そういってにっこりと微笑んだ。
「んじゃあ、俺、バイク取ってくるから」
「うん」
秀人さんのバイクで、月村さんとバニングスさんが乗る車に着いていくことになった。
さて、秀人さんが来るまで手持ち無沙汰だな……
「あのさ、秀人ってのは、あの人のこと?」
「そうだよ」
「じゃあ、ユーノって誰?」
……あ。
「……ええと」
どう説明したものか。うーん……あ、そうだ。
『ユーノくん、ちょっとこっち来て』
『いいよー』
秀人さんの鞄から、ユーノくんが出てくる。
足元まで走り寄ってきたユーノくんを抱き上げ、二人に見せる。
「この子が、ユーノくん」
口で説明するより、見せたほうが早い。
「うわぁ……可愛い!」
「綺麗な毛並み……」
どうやら、気に入ってくれたらしい。でも、ごめんねユーノくん。ペット扱いして。
『はは、もう慣れたよ……』
バニングスさんと月村さんにもみくちゃにされながら言う。
と、路肩に秀人さんのバイクが止まった。
「なのは、お待たせ」
「うん」
ヘルメットを被り、あご紐を締め、バイクによじ登る。
それを、二人はぽかん、とした顔で見ていた。
……もしかして、私も一緒に車に乗ると思っていたのだろうか。自慢じゃないが、私の人見知りは筋金入りだ。ほぼ初対面の相手と、密室に入る勇気は無い。
「ユーノくんは、そっちに預けておくね」
「え、ええ……」「わかった……」
妙に長い車に先導され、着いた先は……
「でか……」
そう、大きな洋館だった。一体何坪あるのか、聞くだけ馬鹿馬鹿しくなるくらい大きい。
漫画みたいなお金持ちだ。
「それでは、二輪車はこちらでお預かりします」
燕尾服を着た初老の男性が、秀人さんを車庫へ先導していった。
破れてパンクな雰囲気になった上着をメイドさんに預け、多少身軽な格好でテーブルについた。月村さんは微笑、バニングスさんは苦虫を噛み潰したような顔で、私を出迎える。
「高町さん、好きな紅茶は?」
紅茶の葉っぱに種類なんてあるの? リ〇トンしか飲んだこと無いんだけど……
「匂いがキツくなくて、砂糖とミルクが入ってれば何でもいい」
月村さんが、またくすりと笑った。被害妄想なのだろうが、馬鹿にされたみたいで少し腹が立った。月村さんが何かを伝えると、メイドさんは頷き、引っ込んで行った。さてと、そろそろ、理由を聞くとしよう。
「それで、どういうつもり?」
「え、何が?」
月村さんは、飄々と受け流す。
「さほど面識の無い私を、わざわざ家に上がらせて、どういうつもりなのかって聞いてるの」
多少、強い口調になってしまった。
「ちょっとアンタ、言い方ってモンがあるんじゃないの?」
それに噛み付いてきたのは、バニングスさん。
あぁ……元はと言えば、この人のせいなんだよね。
「私は『アンタ』じゃなくて『高町』だよ、バニングスさん」
多少の威圧を兼ねて、ジロリと睨む。
「あなたみたいに呼びづらい苗字じゃないんだから」
「何ですって!?」
「何、文句あるの!?」
がたん、とバニングスさんが椅子を蹴立てて立ち上がる。私も席を立ち、真正面から睨む。
「はいはい、そこまでですよ~」
緊迫した雰囲気を一瞬にして弛緩させる、ユルい声がかかった。紅茶やらお菓子を載せたカートを押してきたメイドさんだ。
「もう、仲良くしないといけませんよ~?」
「「……ふん」」
席につき、配膳された紅茶を一口飲んでみる。
……美味しい。
「高町さん、どう?」
月村さんが感想を聞いてきた。……意固地になる必要は無いか。
「うん、美味しいよ」
「……ねぇ、『高町』は、何で転校したの」
バニングスさんが、恐る恐るといった感じで聞いてきた。普通聞くかな、そんなこと。
さらっと適当にでっち上げて済ませよう。
「ああ、家計が厳しくてね。学費が払えなくなったんだよ」
大半は真実だからか、するりと言葉が出た。
「…………」
「…………」
二人は、神妙な顔つきで沈黙していた。不幸自慢なんて、したくなかったんだけど。紅茶の最後の一口を飲み干し、カップを置いた。
「ちょっと外すね」
席を立つ。さてと、秀人さんはどこかなー。
バイクから下り、俺の住むアパートがそのままスッポリ入りそうな車庫の中を見渡した。
(……長いロールスロイスとか初めて見た)
「どうかされましたか?」
俺を先導する執事が振り返る。
「……いや、金持ちっているんだなぁ、と」
「左様でございますか」
実にアウェー感漂う。
なのはとは別行動だ。小学生とはいえ、女の輪に入る勇気は無い。
『……僕も、あの中に入るのはもう無理』
肩の上でユーノがぐったりとしている。車の中で、あの二人に徹底的に可愛がられまくったらしい。それに、これがきっかけになって、なのはに友達が出来れば、というセコい思惑もある。
と、車庫の一角に目が、足が止まる。恐らく、ここにある車を整備するためだろう。
まるで、車検場のように整然と工具が並んでいる。このまま店が開けそうな規模だ。
「あの、」
「何でございましょうか」
「バイクの整備したいんですけど、アレ、借りられます?」
執事さんは少し思案し、笑顔で頷いた。
「勿論、構いません」
よし、やるか。
レンチ、スパナ、ドライバー……各種工具を手元に揃え、作業を始めた。
バイクと格闘して油まみれになること数十分。ようやく作業が終わり、洗剤で手の油汚れを落とした頃。
「秀人さ~ん」
なのはが車庫にやってきた。
「どうしたんだ?」
まだあの二人とお喋りしてるかと思ったのに。
「ちょっと様子が気になって……」
目線を外し気味に言う。……嘘だな。大方、何を話せばいいのかわからなくなって逃げたんだろう。まぁ、いいか。
なのはを案内してきたのは、俺とほぼ同年代らしいメイドさんだ。
「ふふ、仲がよろしいですね」
――ずくん。
「やっぱり出たな」「そだね」
ジュエルシードって、いつも実に面倒臭いタイミングで現れるよなぁ……
『ユーノ、結界頼む』
『了解』
ユーノも慣れたものだ。
目の前にいたメイドさんの姿が、曇りガラスを挟んだように徐々に輪郭をぼかし……消えた。
暴走体の気配は、そこまで強くない。戦闘力でいえば、一体目の毬藻モドキにも劣るだろう。とはいえ、放置は出来ない。なのははバリアジャケットを纏い、デバイスモードのレイジングハートを携えている。準備万端、っと。
車庫を飛び出し、気配の源へと向かう。俺はユーノを肩に地上を走り、なのはは飛行魔法で空を走る。楽勝……の、筈だ。けど、何でだ? 妙に、嫌な予感がする。
◆ ◆ ◆ ◆
その、数分前。
「へー、大きい家だね」
少し痩せ気味の体躯に黒装束。無骨な斧を携えた少女が、月村邸を俯瞰していた。少女の足場は、電信柱の頂上。直径にして40センチ程度の円の上だ。だが少女は、慄くでもなく、まるで地面に立っているかのように平然としていた。
「くふふっ……折角、お膳立てしてあげたんだから……」
天使のように可憐な、悪魔のように無慈悲な笑みを浮かべる。
『Get set』
行使するのは、魔力の共震波。
目的は、そう……ジュエルシードの、意図的な暴走。月村邸の中庭。ジュエルシードと、素体にはお誂え向きの、飼い猫。
「いい声で啼いてよ?」
『fire』
そして、魔法は寸分違わずジュエルシードに命中。狙い通りジュエルシードは発動し、子猫を取り込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「…………」「…………」「…………」
開いた口が塞がらない。いや、だって、これは……
『みゃ~~~~~ご』
野太い鳴き声が鼓膜を震わせる。
「……猫、だよね」
見れば分かることを、わざわざ口に出して確認する。
「ああ、うん、多分……」
秀人さんも困惑しているのだろうか、自信なさ気だ。
『みゃ~~~~~ご』
……うん、猫だ。
ただし全高約10メートル。ふさふさな毛並みと、つぶらな目、ぴんと尖った耳。ご丁寧に、首輪まで付いている。
「多分だけど……これは、素体になった子猫の『明確な願望』がカタチになったんだと……思うよ?」
……まさかとは思うけど。
「……『大きくなりたい』」
秀人さんが、私の代わりに口にしてくれた。
「多分」
ジュエルシード、融通が利かないにも程があるでしょ……首輪が付いてるってことは、多分この家の飼い猫だろう。さっきの部屋にも何匹かいたし。見たところ、大きい以外に害はない。サクッと終わらせて引き上げよう。
『Sealing mode』
猫の額に、ローマ数字が浮かぶ。
「ジュエルシード、シリアル14、封いッ……!?」
『Caution!』
レイジングハートの警告と同時に、その場から全力で飛びのいた。
――ドガッ!!
私たちと暴走体を隔てるように、ソレは地面に突き刺さった。
「攻撃魔法だ! 僕たち以外に、魔導師がいる!」
その言葉を皮切りに、右から、左から、上から、文字通り縦横無尽に、『光の槍』が飛来する!
『Protection!』
――キュガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
三人分の魔力を注いだ防御魔法を展開し、爆撃のような攻撃魔法の雨に耐える。
「くううぅぅぅッ……!!」
何秒か、何分か、何時間か。一体どれだけ耐えていただろう。攻撃魔法の雨が止み、粉塵がようやく収まった。
「二人とも、大丈夫……?」
「なんとか」「僕も」
そうだ、子猫……!
晴れた粉塵の向こう。暴走体は、地面に倒れ伏していた。身体の至るところに、光の槍がいくつも突き刺さり、血を滲ませている。満身創痍どころか、瀕死の重傷だ。
『ミャ、ア、、』
苦しげに鳴く暴走体。早く、ジュエルシードと切り離さなきゃ……!封印魔法を暴走体に放つが……
――ガンッ!ガゴンッ!
その片っ端から、あの光の槍に打ち落とされる。
秀人さんが近付こうとすると、それをまた光の槍が阻む
「……誰なの!?」
封印を取りやめ、周囲を見渡す。だけど見えるのは、曇り空と、鬱蒼とした雑木林。あの攻撃魔法がある間は、エリアサーチは行えない。
「出てこい!」
無作為にばらまいた射撃が、雑木林の枝を落としていく。
――あははははははは!
耳障りな嘲笑が、雑木林に反響する。
「こっ……このおぉぉぉぉ!」
「落ち着け!」
ぐいっと腕を掴まれる。
「無駄に消耗するな!」
「は……はい」
秀人さんに叱責され、いくらか冷静さを取り戻せた。そうだ。機会を伺うんだ。少しでも姿が見えるまで。その時は……! レイジングハートを握る手に力が入る。
「近くにいる」
ユーノくんが忠告する。
ちらりと後ろを振り返る。暴走体の子猫は、もう弱々しい吐息を漏らすだけになっている。
『ニャアァ……』
助けを求めるように首をもたげる。
でも、近づけない。あの光の槍の一つ一つは、私一人の防御で十分防ぐことができる。けど、それが何十も叩き込まれるなら、話は別だ。一瞬で意識を刈り取られてしまう。目の前で助けを求めているのに、助けられない。それがひどくもどかしく、苛立たしい。
「出てこい、卑怯者!」
「うん、いいよ?」
それは、唐突だった。
「なっ!?」
耳に息がかかるような距離から、いきなり聞こえた声に驚き飛びのく。慌ててレイジングハートを向けるが、既にそこには誰もいない。
『ギャアッ!』
目を逸らした暴走体が、悲鳴を上げた。
「くふふふふ」
暴走体の頭に腰を下ろし、紅い瞳が悠然と私たちを見下ろしている。
ようやく、姿が見えた。
二つに束ねた、バニングスさんとはまた違った質感の金髪。細身を黒いバリアジャケットで包み、手にはデバイスであろう斧を持っている。とても、綺麗な子だった。
「そこをどけ」
秀人さんが、少し緊張した面持ちで告げる。
「早く切り離さないと、素体の猫が死んじまう」
「それが?」
鈴を転がすような、ハスキーでよく通る声。
「それが、って……!」
綺麗な子。だけど、間違いない。こいつは、敵だ!
『Accel shooter』
誘導弾を五つ出現させる。喰らえ!
「シュート……!?」
「遅いよ」
『Thunder』
――バチィッ!!
「……ッぐ!!」
「なのは!」
……え?
何で私、秀人さんに抱えられてるの……?
「あ……う」
口が、動かない。いや、口だけじゃない。身体の自由が、効かない。からん、と手からレイジングハートが転がり落ちてしまった。拾い上げないと。早く、早く……でも、思いとは裏腹に、力が抜けていく。視界にモヤがかかったように霞んでいき……
――意識が、途絶えた。
「天候操作……!? こんな高度な魔法を、ノーモーションで!?」
気絶したなのはをゆっくり横たえる。なのはに怪我は無い。バリアジャケットが、代わりにボロボロに黒焦げていた。落雷の直撃を受けて、この程度で済んだのは幸運なのかもしれない。けれど。
「……てめぇ」
ふつふつと、怒りが沸いてくる。
「タダで済むと思うなよ!」
なのはを傷付けるなら、どんな奴だろうと俺の敵だ!
「レイジングハート、モードリリース!」
『All light』
デバイス形態を解除し、スタンバイモードに。俺が使う機能なら、この状態のままで十分だ。
「へぇ、デバイスを共有してるんだ。効率悪ッ!」
小馬鹿にされるが、知ったことか。
「ユーノ、お前はなのはと子猫の治療を頼む」
黒衣の少女の手には、ジュエルシードが握られていた。なのはを攻撃するのと同時に、封印したらしい。
「わかった。でも、相手が子供だからって油断しないで……かなりの使い手だ」
「ああ」
あの攻撃、あの速さ。油断なんて、最初からしていない。
「次はお兄さんが相手?」
少女が黒塗りの斧を向けてくる。
「くふふっ、いいよ。どうせ、ボクには勝てないけど」
やってみろよ!
「バレット!」
ピンポン玉サイズの青い魔力スフィアを数個、拳に纏わせる。
『Ballette』
「ファイア!」
――ドガガガガッ!!
だが、やはりと言うべきだろうか。
「ひょいひょいっ、と」
わざわざ擬音を口にして、余裕で回避してみせる。やはり、速い……!
密集した木々の隙間を飛び回り、跳ね回り……
――ヒュンッ!
唐突に、斧が死角から迫る。
「うおっ!?」
――ガンッ!
慌てて腕でガード。
魔力で強化した腕を、衝撃が突き抜ける。なんて威力だ!
「くふふっ。よく防いだね、お兄さん」
ひゅんひゅん、と、鉛筆回しでもするように軽快に斧を振り回す。
「じゃあ、これはどうかな!?」
『photon lancer』
バチッ、と、薄暗い森の中に光が散る。これは、さっきの……!
「ファイア!」
――キュドドドドドド!
光の槍の、一斉掃射!
『Protection!』
間に合え……!!
「ぐ……ああああ!」
弾き飛ばす度に、衝撃が突き抜ける。
――ガガガガガガガガガガガガガ……!!
なんつー連射だよ!
――ピシッ……ピキッ……
バリアに亀裂が入ってきた。そこを修復し、全体を補強し……ようやく、攻撃魔法が収まった。何とか……耐えきったか。
「大した硬さだね」
少しだけ感心したように、太い枝の上で立ち止まる。
「ボクの攻撃を防ぎ切ったのなんて、リニス以来だよ」
「そいつぁ、光栄だね……」
対してこちらは……?
『残存魔力48%です』
「そうか。まだ余裕だな」
多少はダメージを喰らったが、戦闘の続行は可能だ。あのクリーンヒットが堪えたけど、倒されるほどじゃない。
「……あ、もういいや」
唐突に、少女から戦意が消えた。
「どういうつもりだ?」
バレットを構えながら尋ねる。くふふっ、と笑い、告げる。
「もう、目的は果たしたから。バイバイ、お兄さん」
ひゅんっ、と消える。周囲をサーチしてみたが、反応は無い。どうやら、本当に離脱したらしい。
それにしても、目的って何だ……?
まず感じたのは、固い地面の感触。
そして、身体を包む暖かさ。
「……う」
けだるさを無視し、目を開ける。半球状の膜が、私と、さっきの子猫を覆っていた。
「気が付いた?」
「ユーノ、くん?」
そうだ、私は子猫を助けようとして……!
がばっと身体を起こす。
「あ、まだ無理しちゃ駄目だよ!」
「あ、あいつは!?」
きょろきょろと辺りを見回す。私はバリアジャケットではなく普段着で、レイジングハートは手元には無かった。
「今、秀人が追ってる」
そっか……
「私、負けちゃったんだ」
「……うん」
ユーノくんは、否定しなかった。
「そっ、か……」
強くなったつもりだった。練習は実を結んでいると思っていた。
……でも。
「何にも、出来なかった……」
悔しくて、悔しくて。ただ、拳を握ることしか出来ない。
「本当にこっち?」
「うん、あそこがお気に入りだから」
不意に、人の声が聞こえてきた。
「え!? 結界を張ってるのに……!」
ユーノくんが慌てる。
「綻んでる……!?そんな!」
魔法を見られるのを防ぐためか、治療魔法が中断される。ほぼ同時に、バニングスさんと月村さんが姿を見せた。
「あれ、高町さん。こんな所で何を……あ!」
その視線が、倒れている子猫に向いた。
「マルス!」
子猫を抱き上げると、白い服にじわりと赤い染みが広がった。月村さんが携帯電話で、誰かを呼ぶ。よかった。これで、少なくともあの子猫は助かる。
けど、何でだろう。
――何で、バニングスさんは私を睨んでいるんだろう。
「高町、何でアンタはここにいるの」
血の気が引く。それを実感したのは、初めてのことだった。
「アンタの連れは、ガレージにいるんでしょ? なんで、アンタはここに、マルスのそばにいるの?」
どうしよう……どうしよう!
「……アンタがやったの?」
静かな問い。
「ち、違……」
「じゃあ、何でこんな所に一人でいるのよ!」
言えない。言えるわけがない。
ただ黙る私を見て、バニングスさんは確信したらしい。私が子猫を傷付けたと。
「……て行け」
「違う、違うの、バニングスさ、」
「出て行け!」
「……あ」
言葉が、出ない。視界が滲み、まともに物が見れなくなる。鼻頭がツンとして、のどの奥が引き攣り……
「うあああ……!」
嗚咽が、漏れだした。
ただひたすら走って、走って、走って……気付いたら、屋敷の外を歩いていた。涙は涸れたのか、もう流れない。
――ぽたっ、ぽたっ
頭に水滴が落ちる。それが合図であるかのように、
――ざああああ
本格的な、雨になった。傘も無く、ぐしょ濡れになる。生暖かい雨に打たれながら、ひたすら屋敷から逃げるように遠ざかる。
「なのは!」
エンジン音に負けない大きな声で、後ろから呼び止められる。
「……秀人さん、ユーノくん」
そっか。置いて来ちゃったんだ。傍らにバイクを止め、駆け寄ってくる。
「ユーノに聞いた」
「……そう」
俯き黙り込む私を、抱き寄せる。秀人さんも、ユーノくんも、雨でぐしょ濡れだった。
「……違うのに」
不意に、口をつく言葉。私の意思とは無関係に、激情をぶちまける。
「私じゃない! 私は何もしてない! 何もしてないのに! 何で、何で……!」
涸れたはずの涙が、また溢れてくる。雨と涙が混ざり、地面に落ちていく。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁ……!」
◆ ◆ ◆ ◆
「あはははははは!!」
黒衣の少女……フェイトは、大笑いしていた。目の端に涙まで浮かべ、腹を抱えて身をよじり……、喜悦を、全身で表現していた。
望遠モニターの中には、先ほどまで相対していた二人と一匹が映っている。
「あはっ、あはははは……! はぁ、はぁ……、」
笑い疲れたのか、肩で息をする。
「フェイト、」
そこに赤い狼……アルフが戻ってきた。
「ああ、アルフ、お帰り。ちゃんとやってくれたんだね」
「……ああ」
隔離結界の一部を解除し、民間人の少女二人を誘い込んだのはアルフだった。
「あぁ、こんなに上手く行くなんて……くふふっ、可笑しっ!」
あの子猫に重傷を負わせるのも、その罪をあの少女になすり付けるのも、全てフェイトの描いた通りだ。
「さぁて……楽しくなってきた」
そして一人と一匹は、雨の帳に姿を消した。
◆ ◆ ◆ ◆
「ただいま」
アパートの鍵を開け、自分で言いながら部屋に入る。
「……」
なのはは、無言で靴を脱ぎ、部屋に上がった。俺の服を、がっちりと掴んでいる。仕方ないから、そのまま風呂場に連れていった。ユーノは黙って、後ろをついて来る。バスタオルで頭を拭いてやるが、雨粒を吸い込んだ服は、拭いたくらいではどうにもならない。
「ほら、風呂入ってこい」
棒立ちになるなのはを残し、風呂場を後にする。だが、
「嫌ッ!!」
背中に抱き着いてきた。
「お、おい……」
「嫌だ……」
かたかたと震えている。寒さだけが、原因じゃないのだろう。あんな理不尽な出来事、子供が経験していいものじゃない。
「……一緒に入るか?」
半ば、冗談のつもりだった。小学三年生とはいえ、女の子だ。
「……うん」
断るかと思っていたのだが、帰ってきたのは、肯定の頷き。逃げようとしたユーノも捕まえ、三人で入ることになった。
小さな背中にシャワーをかけてやり、冷たくなった身体を温める。なのはの表情は、髪の毛が覆っているせいで読めない。
「髪、洗うぞ」
シャンプーを手に取り、背中に掛かるくらいの長さがある髪の毛を丁寧に洗う。しばらく洗い、洗面器に張ったお湯で泡を流す。髪の毛を洗い終えたら、今度は身体だ。小さな背中を、ボディソープを染み込ませたスポンジで擦る。
「…………負けちゃった」
ぼそり、と呟く。
「……ああ、そうだな」
泡を洗い流す。
「私、何もできなかった。頑張って……頑張ってたのに、ちっとも敵わなかった」
その小さな身体を、後ろから、そっと抱きしめる。
「なのはは、よくやったよ。なのはの頑張りは、俺が一番よく知ってる。だから……そんなに気に病むな」
「……うん」
なのはは、また少しだけ泣いた。
「うーん……」
湯舟に浸かりながら考え事をする。
なのはは先に上がらせ、ベッドに入らせた。今日のところは、もう眠らせてやった方がいいだろう。
あの黒い子は何者なんだとか、そういう事ではない。
(どうすれば、元気になるかな……)
元気が無くて当然だ。ただでさえ友達(本人は否定するが)を失ったばかりだというのに、今回の件。しっかりしているように見えて、その実傷つきやすいなのはには、相当堪えたに違いない。
『ユーノ、なのはは?』
『まだ起きてるけど……元気ない』
だろうな。さーて、どうすっかなぁ……
「おい、ヒデ」
「あ、ハイ。何すかカントク?」
その翌日。工事現場のプレハブ小屋で休憩中、上司に呼び止められた。
俺の収入源は、主にこういった肉体労働だ。鉄骨や土のうを運んだりといった単純作業は、気楽でいい。短時間で高収入。何より、自分の体質を隠さなくていいというのが最高だ。人付き合いも最小限で済むし……って、駄目人間の思考だなこりゃ。
そんな俺を特に目に掛けてくれているのが、目の前のオッサン……現場責任者、通称『カントク』。
そのカントクが、俺にチケットをくれた。最近オープンしたばかりの温泉宿のペアチケットだった。
「最近、シフト増やしてもらったからな。小遣いに取っとけ」
俺がシフト増やしたのは、あくまで生活費のためなんだが……
「まぁ、カノジョでも誘ってシッポリ休んでこいよ。ヒヒヒッ!」
親しみの篭った下ネタに苦笑しつつ、それを受けとった。ペアというのはありがたい。
「んじゃ、ありがたく頂きます……っていうかカントク?」
「あぁ、何だ?」
タオルで汗と泥を拭き取りながら。
「なんでペアチケットなんですか?」
それが不思議でならない。ペアチケットというのは、二人でないと使えないものが殆どだ。下手したら無駄になる可能性だってあるのに。だが親方は、ニカッと歯を見せて笑い、言った。
「男が汗流して働くのはな、大抵オンナのためって相場が決まってんだよ」
俺はもう一度、頭を深く下げた。
「ありがとうございます!!」
◆ ◆ ◆ ◆
「……はぁ」
遊歩道のベンチに座り、読みかけの本から顔を上げる。夕日が上って、空が赤く染まっていた。どう見ても、夕方だった。
(……また、サボッちゃった)
あの日以来、私は学校へは行っていない。この前までは、空気のように、クラスの中に溶け込んできたつもりだ。でも、八代さんとの一件で、それが出来なくなってしまった。
教室に顔を出して、いつも通りに過ごせる自信が無かった。それに。
(他人が、怖い)
誤解を受けるかもしれない。ひどいことを言われるかもしれない。傷付けられるかもしれない。そんな恐怖が心に根付き、人がいる場所から足が勝手に遠ざかった。
『戦闘終了』
レイジングハートと行っていた模擬戦を終える。
「十七連敗、か……」
仮想敵は、あの黒衣の少女。秀人さんが戦った時に収集した戦闘データを基に作り上げたアバターだ。それを相手に、私は不樣に黒星を更新し続けていた。攻撃は避けられ、防御は破られ、逃げられたら追いつけず、追い掛けられたら逃げきれない。まざまざと、実力の差を見せ付けられた。
『なのは、今日はここまでだ』
膝に乗ったユーノくんが、訓練の終わりを告げた。確かに、頭を使いすぎてちょっと熱っぽい。
「……私、こんなに弱かったんだ」
今日、何度目になるかも分からないため息。
「帰ろうか」
ランドセルを背負い、公園を後にする。
夕食を終えた後、秀人さんが細長い紙をちゃぶ台の上に置いた。
「温泉?」
「ああ。仕事場の人から貰ったんだ」
日付は、明日と明後日。一泊二日だ。平日だけど、どうせ学校へは行っていないし、構わないだろう。
「何も起きなければいいんだけど……」
「ちょ……不吉な事言うなって!」
秀人さんが、割と本気で慌てている。でも、思い返してみれば、ジュエルシードと遭遇するのは、いつも出かけた先だ。出たら出たでなんとかしよう。
「わかりました。学校には連絡しておきます」
「ついでに無断欠席のこと、謝っておけよ?」
「――はい」
バレバレだったらしい。じろりとユーノくんを睨むと、そそくさと目を逸らした。犯人はユーノくんか。
アパートの外に出て、担任の電話番号を押す。留守電だったら楽でいいんだけどなぁ。
しかし、数回の呼び出し音の後、がちゃりと電話が繋がった。
『もしもし?』
まだ私だとは知らないようだ。携帯電話だからだろう。
「夜分遅くに済みません。高町です」
がたんっ、と何かが落ちる音が、受話器の向こうから聞こえてきた。
『た、高町さん!?』
「はい。こんばんは」
『五日も休んでどうしたの!?心配したのよ!?』
「済みません、面倒臭かったんです」
私は嘘が下手だ。どうせバレるなら、最初から正直に開き直って話してしまった方がいいだろう。
『め、面倒臭いって、あなた……』
「人付き合いが面倒なんです。だから、誰とも会いたくありません」
『本気なの!?』
「はい。なので、しばらく学校へは行きません。じゃ」
『待って!』
電話を切ろうとしたが、まだ話があるようだ。
『そこにご両親はいらっしゃるの!? すぐに替わって!』
ご両親、ねぇ。思わず苦笑が漏れる。
「喫茶店にでもいるんじゃないですか?」
ぶちっ、と電源を切り、着信拒否リストに放り込んだ。
「秀人さん、オッケーだよ」
「ん。それじゃ、着替えの準備しようか」
「はいっ」
翌日の朝。バイクに乗り、温泉宿に向けて出発した。市街地を走り、高速道路に乗る。メーターを覗いてみると、現在の速度は時速120キロ前後。散々アクロバティックな走
行で慣らされた私たちには、どうってこと無い速度だった。
温泉宿に着いたのは、お昼過ぎだった。寄り道してたら、遅くなってしまった。
「吾妻さまですね。ご予約、承っております」
通されたのは、十畳ほどの和室。私たちには丁度いい広さ。温泉は、共用の大浴場の他に、各個室ごとに用意されているらしい。障子を開けたそこには、柵に囲まれた石風呂があった。
「せっかくだから」と、まずは大浴場に行くことにした。当然、男湯と女湯は別になっている。ペットの連れ込みは厳禁だから、ユーノくんは部屋でお留守番。何だか、悪い。
脱衣所で服を脱ぎ、かごに入れる。
と、私のすぐ横に、女の人がずいっと現れた。
……こんなに広いんだから、別の場所を使えばいいのに。
視界の隅に揺れる、真っ赤な毛髪。
(え?)
思わず、横を向いてしまった。うん、見間違いなんかじゃない。お姉さんの髪の毛は、鮮やかな茜色だった。
「珍しいかい?」
不意に、お姉さんに声をかけられた。まじまじと見すぎた。
「ご、ごめんなさい」
「いいさ」
外見とは不釣り合いな、無邪気で子供っぽい笑みを見せる。
「綺麗だと思いますよ?」
「ありがとうよ」
そして、豪快に服を脱ぎ捨てた。羞恥心が薄いのだろうか。引き締まった肉体が、いやに眩しい。
「なぁ、アンタ……」
「はい?」
浴場に入ろうとしたところで、また話し掛けられた。
「あたし、こういう場所に来るの初めてなんだ。ちょっと教えてくれよ」
えっと、つまり、温泉でのマナーを教えてあげればいいの?
「わかりました」
「よーし!じゃ、行こうか!」
「……え?」
がっしりと手を取られた。
「あの、口頭じゃ……」
「ダメだ。あたしは体験主義者なんだ」
ずりずり……
「あ~……」
「まずは身体を洗います」
身体を洗うスペースへ行き、椅子に座る。
「身体を洗う時は、かならず椅子に座って、シャワーは通路側ではなく、壁際に向けて」
桶にお湯を張り、手足など、体の末端から徐々に掛け湯をして温めていく。お姉さんも見よう見真似で、掛け湯をする。
石鹸をタオルで包み、泡立てる。身体を洗い、汚れを丁寧に落として行く。
「うー……あたしゃ、このシャンプーってのが苦手でねぇ」
「ああ、目に入ったら痛いですよね」
目をぎゅっと瞑り、わしわしと乱暴に髪の毛を洗っている。
そして、湯船に入る。
「……」
う……なんか、お姉さんがじっと私を見てるんだけど……
「あの……何か?」
「なんか、悩んでる匂いが……」
「に、匂い……?」
腕に鼻を近づけ、嗅ぐ。石鹸と温泉の匂いしかしない。臭く……ないよね?
「じゃなかった。悩んでる顔してるからさ」
見ず知らずの他人に話すような内容じゃないことは、わかってる。こんな話、されるほうが迷惑だろうし、気分も悪いはずだ。
「勝負に、負けちゃったんです」
それなのに、話さずにはいられなかった。
「負けられない……負けちゃいけない勝負に。ほんの数秒で」
それっきり、黙り込む。お姉さんも、何も言わない。
(やっちゃった……)
いきなりこんな話されてドン引きしてるんだ。ああ、もう。私の馬鹿!
「じゃあ、次は負けないように頑張るしかないね」
「え?」
お姉さんは、笑って……それでいて、真剣な表情で、そう言った。
「そうだろ? 足を止めたら、今度こそ、本当に届かなくなっちゃうよ」
照れくさくなったのか、そっぽを向く。
「頑張ったのに報われないなんて、そんなこと、あっちゃいけないんだ……」
その最後の言葉だけは、私に向けられたものではないようだった。
「あの、ありがとうございます…………あれ?」
私の隣にいたはずのお姉さんは、忽然と姿を消してしまっていた。
『じゃあ、次は負けないように頑張るしかないね』
お姉さんの言葉を、反芻する。
「全く、気軽に言ってくれちゃって……」
くすり、と笑う。
そうだ。一回負けたくらいで、何をうじうじ悩んでいたんだろう。今の私がするべきことは、負けないように頑張る、ただそれだけじゃないか。今度こそ、勝つために!
熱意が、沸き上がる。
「よーし!」
ぱんぱんっ、と両頬を叩き、板張りの廊下を駆け抜ける。
――私は、まだ頑張れる!
◆ ◆ ◆ ◆
――がつんっ。
薄暗い裏庭に、不穏な音が響いた。
「うぐっ……」
茜色の頭髪をもつ女性……アルフが、頭を押さえてうずくまる。それを、絶対零度の視線で見下ろすのは、彼女の主であるフェイトだ。
「……ねぇ、どうして?」
華奢な手には、血を滴らせる黒い斧。これで、アルフの頭を打ち据えたのだろう。
「ボク、言ったよね? 『あの子の心をへし折る』って」
「……ああ」
抑え切れず、赤い血がアルフの額を伝い、地面に染み込んでいく。
「だったら!」
「あうっ……!」
長い髪の毛を掴み上げ、顔の高さを合わせる。
「なんで、元気付けるような真似をした!! ええっ!?」
真っ赤な双眸は怒りに見開かれ、使い魔たるアルフを睨みつける。そして、再び斧を振り上げ……
――ガンッ!
「言うことを聞けない、悪い子には! お仕置き、だっ!!」
――ガンッ! ガツンッ!
二回。三回。打ち据えられる度に、アルフの身体に衝撃が走り、血が飛び散る。
「はあっ、はあっ……!!」
肩で息をして、血を流して倒れるアルフを見下ろす。
「ねぇ……アルフは、ボクのことがキライなの? ボクのことなんてどうだっていい?
ボクを困らせるのが楽しい?」
次の瞬間には、怒りは消え失せ、深い哀しみを浮かべた。あきらかに、情緒が不安定だ。錯乱している、と言ってもいい。
「キライなはず、無いだろ?」
アルフは、フェイトの華奢な身体を抱きしめる。フェイトは機嫌を良くしたのか、アルフを柔らかく抱き返した。
「じゃあ、もうボクの言うことに逆らわない? ちゃんと言うこと聞く?」
深い、深い、深淵のような瞳で、アルフを真っ直ぐに見据える。
「……あぁ、約束するよ」
「絶対だよ……悪い子は、いらないからね」
そして、慈しむように、アルフの血まみれの頭を撫でる。
びちゃ……とフェイトの手が赤く染まるが、意に介さず、アルフを愛撫する。
「……今夜、この辺りにあるジュエルシードが発動するよ」
それに身を任せながら、アルフが言う。
「そうみたいだね」
その気になれば、発動前のジュエルシードを確保できるだろう。だが、そうしない。
「あの子が出て来たら……くふふっ!」
迫る、『お楽しみ』の時間に思いを馳せ、笑いを漏らすフェイト。
「奪ってやる……!」
獰猛な笑みを浮かべる。その感情の猛りに呼応するように、周囲の空気がバチバチと帯電していた。
「あの弱っちい子が必死に集めたジュエルシードを、全部奪ってやる!
くふふっ、くふふふふふっ!! あーっはっはっは!!!」
◆ ◆ ◆ ◆
一体何があったんだ……
俺は、少し離れた場所でそれを見ていた。
「……ここで旋回。振り下ろしてきた斧を、」大浴場から戻るや否や、レイジングハートの前に正座し、イメージトレーニングを始めてしまった。さっきまでは沈み濁っていた瞳が、星を散らしたように明るく輝いていた。
元気になったのはいいことだが、少し、極端すぎる気が……
「バインドは回避……回避した先に、誘導弾で先回り……」
もうかれこれ、二時間近くああしている。
「……すごいよ、なのは」
ユーノも驚いている。
「アバターとはいえ、互角に渡り合ってる」
今まで黒星続きだったというのに、格段に進歩している。
「……よし!」
そして、訓練開始から二時間半。なのはが、汗びっしょりのまま、会心の笑みを見せた。
「勝った!」
『お見事です、マスター』
「やったな、なのは……!?」
お馴染みの、あの感覚。あーあ、やっぱりなぁ。嫌な予感だけは、よく当たる。
「行けるか、なのは」
訓練で消耗しているんじゃないか?だが、杞憂だったようだ。
「全然平気。むしろ、いつもより調子いいかも」
身体が温まっているらしい。窓から飛び出し、裏庭へ飛ぶ。
多分……いるだろうな。あの子が。
暴走体は、さほど強力な個体ではなかった。いつも通り、バインドし、射撃魔法で弱らせ、封印。還元されたジュエルシードをレイジングハートに納める。
そして、やはり。
『来ました』
月明かりを受けて、金色の髪が輝く。紅い瞳は、猛禽のように私を捉えていた。
睨み返し、レイジングハートを握る手に、強く、強く力を入れる。
「今日は、勝つ!」
飛翔の勢いのまま、あの子が真っ直ぐに突っ込んできた!
――ッガギイィィィン!
プロテクションを展開。勿論、これだけで防げるとは思っていない。あくまでこれは、衝撃を受け流すため。
(……ここ!)
身を翻し、力点をずらし、いなす。即座に方向を換え、斧が迫る。プロテクションを解除。レイジングハートの柄で、斧の一撃を受け止める。
――ギィン!
「うっ!」
受け止められた。だけど、衝撃で手がビリビリ痺れる。
『accel shooter』
鍔ぜり合いのまま、誘導弾を発動。
『photon lancer』
あの子も、光の槍を出現させた。
「シュート!」
「ファイア!」
発射は、同時。
――ズガガガガガガッ!
攻撃魔法は、ぶつかり合い、互いを食い合う。そして、最後の一発が爆ぜ、その場から離れる。
「ふぅん、腕を上げたね」
どうでもよさ気に呟く。バリアジャケットの腰の部分が、擦り切れたみたいになっていた。
「でも、まだ届かない」
ぱきん、と音を立て、私の手甲が砕ける。
「すぐに届かせるよ」
不敵に笑い返す。それがカンに障ったのか。
「調子に……!」
ぐぐっ、と。獲物に飛び掛かる猛獣のように身体をたわませる。そして……
「乗るなアァァァッ!」
視認できる限界の速度で突っ込んで来た!
少し離れた場所で、衝突音と光が瞬く。
(なのは、負けるなよ)
俺とユーノは、結界の上空を飛んでいた。
月村邸での一件。明らかに不自然なタイミングで結界に穴が空き、彼女達がなのはと接触した。最初は、あの黒衣が空けたのかと思っていたが、俺と戦っていた場所からでは遠
すぎる。なら、残る可能性は。
「協力者がいる」
ということ。
伏兵として、結界の中に潜んでいる筈だ。エリアサーチは、レイジングハート無しでは発動できない。だからこうして、肉眼で探している。そして。
「「いた!」」
茂みに身を隠すようにして、茜色の毛並みが揺れている。
「ガアアッ!」
――ドンッ!
見つかったと分かるや否や、攻撃魔法を仕掛けてきた。照準は甘い。牽制目的だとアタリをつける。
「だあぁりゃああああああああ!」
足元にインパクトを纏わせ、急降下!
――バゴオオォォン!
地面をクレーター状にえぐり取る。だが、手応えは無い。回避したか。
周囲は鬱蒼とした雑木林。奇しくも、月村邸と似通った雰囲気だ。獣にとって、これほど有利なフィールドは無い。
「なら……」
手の平に、魔力スフィアを出現させる。インパクトに、拡散効果を付与。広範囲を、纏めて!
「吹ッ飛べぇ!!」
――ドゴオオォォン!
ばきばき……と、衝撃波を浴びて樹木が薙ぎ倒され、効果範囲が更地になる。
「まだまだぁっ!」
二発、三発と連射する、その度に、更地の面積が広がる。
「ちょっとちょっと! いくら直せるとはいっても、限度があるからね!? 主に僕の魔力とか体力とか!」
「頑張れ!」
「ちょっとおおおおお!?」
「ガアッ!」
獣とて、逃げるばかりではない。大振りになった隙を突き、鋭い爪と牙を剥き、飛び掛ってくる。
「どりゃあっ!!」
それを、強化したブーツの底で迎撃する。
(やっぱりな。リーチが短い)
それに。
(二体目の暴走体と、戦い方がソックリだ)
そう。俺には、その分だけアドバンテージがある。
「ガアアッ!!」「よっ!」
爪の一撃を回避する。目も慣れてきた。
「おりゃあああああ!!」
――ドスッ! ガコッ!!
腹部にミドルキックを浴びせ、下顎へアッパーを叩き込み、
「ガ、グッ……!」
「沈めぇっ!!」
ふらついた頭部に、踵落とし!
「やった!」
「いや、仕留めそこなった」
直前に、橙色のプロテクションで威力を殺された。そして、この場にはもういない。
「行くぞ。多分、なのはの所だ」
この距離なら、飛んだ方が速いな。
「……フロート!」
意識を集中し、足首に環状魔法陣を展開。そして、なのは達の元に飛んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
首筋に、鎌をぴたりと突き付けられた。魔力で形成された光の刃が、肌をチリチリと焦がす。……まさか、こんな隠し玉を持ってるなんて。
「またボクの勝ちだね?」
笑顔で勝ち誇る。
『……』
レイジングハートが明滅する。そして、ジュエルシードを一つ、吐き出した。
「舐めてるの?」
彼女は笑顔を消し、冷えきった声を出す。と、首筋に当てられていた鎌が離れ、そして。
――ガギュン!
「……な」
レイジングハートの柄が……真っ二つに、切断された。
「お前……!」
「一つで見逃す訳無いでしょ? 全部だ。全部よこせ!」
鎌が、再び押し付けられる。
「頭と胴体、永遠にお別れさせたい?」
「こ、この……!」
拳を固める。だけど、動けない。
「あはは、何?」
レイジングハートが、ジュエルシードを排出しようとしたその時……
――ガコンッ!
青い魔力弾が、彼女を弾き飛ばした。
「うぐっ!! だ、誰が……!」
隙あり! 今だ!
『Impact !』
至近距離から……!
「喰らえ!」
――ドォン!
「がぁっ……!」
腹部に衝撃波をまともに喰らい、悶絶している。
「よくも……! げほっ、げほっ……!」
距離を取り、レイジングハートを向ける。幸にも、破壊されたのは外装部分だけ。魔法の行使する分には、何の問題も無い!
「ディバイン……!」
もう一回、喰らえ!
「バスター!!」
――ドカアァアン!!
発射された砲撃は二十メートル程度の距離を一瞬でゼロにし、着弾した。
『直撃です』
「あははははっ、ざまあみろ!」
気分爽快!
向こうから、秀人さんが飛んできた。
「秀人さん、ありがと。助かった」
あの最初の一発が無ければ、ジュエルシードを全部奪われるところだった。
「レイジングハート、大丈夫か?」
私の握る、真っ二つになったレイジングハートを見て心配する。
『問題ありません。魔力さえあれば、再構成が可能です』
「秀人かなのはが魔力を注げばくっつくよ」
言われた通り、魔力を切断面に集中する。切断面が僅かに輝き……
『Recovery completed』
元に戻った。よかった……
「プラナリアみたいだな」
「ちょ、秀人さん!?」
秀人さんが、言ってはいけない一言を言ってしまった! 確かに、私もちょっと連想したけど!
『ブチ殺しますよ?』
「レイジングハートも何言ってるの!?」
まあ漫才はさておき。
煙が晴れたそこには、意外なほど無傷なあの子がいた。傍らには、真っ赤な毛並みの狼。あれが、彼女の仲間なんだろう。
「あ、アルフ!」
「ぐ……」
だが、狼の方は肩が上下していて、無事には見えない。
『あの使い魔が、彼女の盾になったようです』
ディバインバスターの直撃を受けたのは彼女ではなかったらしい。
「チッ、しぶといなぁ……」
悪態をつき、再びレイジングハートを向ける。
「で、どうするの? 三対一で、足手まといを連れて、まだやる?」
形勢逆転。彼女は憎悪を滲ませ、私たちを睨む。
「お前たち……!絶対に、許さない!」
――ぷちん、と。私の頭の中で、何かが切れた。
「……許さない、だって?」
自分のものでは無いような、底冷えした声色。
「そんなの、こっちの台詞だ! よくも、私のレイジングハートを傷付けたな!
そんな犬コロごときの命程度で、許すもんか!」
「お前えぇぇ……!」
ぎらぎらとした瞳。きっと、今の私も同じような目をしているだろう。
「私は、高町なのは」
「フェイト・テスタロッサだ」
レイジングハートを、黒塗りの斧を、お互いに突き付け、宣言する。
(絶対に!)
(必ず!)
私は、こいつを!
( ( ブッ潰してやる!! ) )
黄金色の魔力光と共に、彼女……フェイトは消えた。
なのはとフェイトと名乗る魔導師がタンカを切り合い、数分が経った。なのはは、フェイトがいた虚空をじっと睨み続けている。
……そろそろ、だな。
「なのは」
頭に、ポンッと手を載せる。
「もういいだろ。戻ろう」
「……うん」
漲っていた殺気が霧散し、同時に、セットされていた複数の攻撃魔法がキャンセルされる。よっぽど、頭に来ていたんだろう。
地上に着地し、レイジングハートを待機状態にする。
「私、負けてないよ」
俺に手を引かれながら、なのはが一人ごちる。
「引き分けだもん」
……正直に言えば、今回はなのはの負けだ。
俺の援護が無ければ、あのまま全てのジュエルシードを奪われていた。ユーノもそれがわかっているのか、何も言わない。
「……そうだな。引き分けだ」
わしわしと少し乱暴に頭を撫でてやる。
「あは、くすぐったい」
洗ったばかりの髪の毛は、土埃を着けてしまい、ごわごわしていた。
「宿に戻って、入り直そうか」
◆ ◆ ◆ ◆
「アルフ、大丈夫? 痛まない?」
ある高級マンションの一室。そこは、フェイト達の活動拠点に与えられた部屋だった。
「大丈夫さ、この、くらい……」
備え付けのベッドに横たわる、紅髪の女性……アルフは、呻きながらも健気に返事をする。包帯があちこちに巻かれてあり、砲撃の威力が窺い知れる。その無数の傷の中には、フェイトの折檻によるものもいくらか含まれているのだが……フェイトは気にするそぶりを見せない。
「ボク、『庭園』に戻らないといけないの。一人で大丈夫?」
「それって……」
「うん」
フェイトは、僅かに嬉しそうな仕草を見せた。
「おかーさんからの、呼び出し」
「……待って、あたしも行くよ」
アルフは、よろけながらも立ち上がり、言った。あの女と、一人きりで引き合わせることなど、到底出来ない。
(あの女は、いつもフェイトを……)
「そう? 無理しちゃ駄目だよ」
アルフの手を引き、屋上へと向かう。とは言え、フェイトの部屋は屋上の真下なので、短い階段を上るだけだ。
屋上の扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできて、フェイトは僅かに身をすく
ませた。
「う~、寒っ。早く行こうっと」
言うや否や、足元にミッドチルダ式魔法陣が浮かび上がる。選択されたのは、転移魔法。
「座標入力、っと」
フェイトの手の中で、封印済みのジュエルシードが三つ輝く。
「おかーさん、喜んでくれるかな」
アルフは何も言わない。
「褒めてくれるかな」
ただ悔しそうに、顔を歪めている。
◆ ◆ ◆ ◆
泥や落ち葉があちこちにこびりついて、気持ちが悪い。宿の入口で、仲居さんに驚いた顔をされてしまった。
「お客様、どうされたんですか!?」
「いえ、足を滑らせまして……ははは」
掻いた頭から、ジャリッ、と嫌な手応えがした。現場帰りよりはマシだが、だからといって放っておく理由は無い。
大浴場に比べたら遥かに小さいものの、手頃な広さの浴室は、二人と一匹で入るには丁度いい。二人して適当に服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
「……本当は、分かってるよ」
気持ちよさそうにシャワーを浴びながら、なのはがさっぱりとした口調で言う。演技でもやせ我慢でもなく、素直に自分の敗北を受け入れているらしい。
「今日のは、私の負け。でも、」
くるっと振り返り、にっこりと笑う。
「今度は、負けない」
「ああ、頑張ろうな」
そして俺達は翌朝、温泉宿を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆
――ぱんっ!
乾いた音が、高い天井に反響した。
「……たったの三つ」
不機嫌を隠そうともしない、低い声。それが、フェイトの母親、プレシア・テスタロッタの、出迎えの言葉だった。
「ひどいわ……あなたは、私の研究なんて、どうだっていいのね?」
――ぱんっ。ぱんっ。
二度三度と、フェイトの頬を張る。
「ごめんね、おかーさん」
だがフェイトは、赤く腫れた頬を気にするでもなく、笑顔を浮かべる。
――ぱぁんっ!
「あうっ……」
一際強く、プレシアがフェイトを叩いた。フェイトは床に倒れる。
「何を笑っているの……? この役立たずが!」
――どずっ!
プレシアのつま先が、フェイトの腹に突き刺さる。母親が娘に与える体罰……そのレベルを遥かに超えた、暴力だった。
「げッ……!」
胃液を吐き、悶絶するフェイト。その両腕が、プレシアのバインドにより空中に吊り上げられ、磔にされる。
「言うことを聞かない悪い子には、お仕置きが必要ね」
プレシアの手にするデバイスが、鞭のようにしなる。明らかに、対象に痛みを与えるための形状。だが、それでも……、フェイトは、笑顔を絶やさない。
「はは、あはははは……」
ただ空虚に、けたけたと笑う。プレシアは顔をしかめ、鞭を振り上げた。
――バチイィンッ!
「うあああああああああああああッ!」
痛ましい悲鳴。白い肌に、真っ赤なみみず腫れが刻まれる。
「い、たい……痛い、よぉ……あはは、あはははは……!」
そして、空虚な笑い。
「ッ! その、耳障りな笑いを止めなさい!」
――バチンッ、バチイイイインッ!!
「あああああっ!!」
皮膚が裂け、真っ赤な血がたらたらと滴る。
「はあ、はあ……」
フェイトの顔から、歪な笑顔が消える。そのように、命令されたから。
「フェイト……あなたは、私のことが嫌いなのかしら?」
――バチンッ!
「フェイト……あなたは、私のことなんてどうだっていいの?」
――バチンッ!
「フェイト……あなたは、私を困らせるのが、そんなに楽しいの?」
――バチンッ!
プレシアがそう問いかける度に、フェイトの身体に傷が刻まれる。
(そうだ。ボクが悪いんだ。ボクが愚図だから。
おかーさんの力になれないから。おかーさんはこんなに怒ってるんだ。
だから、おかーさんは、ボクの悪いところを、直そうとしてくれているんだ)
鞭で嬲られながら、フェイトは……決定的に間違った思考にたどり着く。
(喜ばないと。おかーさんがボクのためにしてくれているんだ。
笑わないと。もっと、笑わないと……)
「違う、よ……ボクは、おかーさんが大好きだよ……一番、大事だよ。困らせたくなんて、ないよ……」
息も絶え絶えに、言葉を搾り出す。
「もう、私の言うことに逆らわないわね?」
「……はい。おかーさん」
「言ったとおりにするわね?」
「……はい。おかーさん」
「悪い子は、いらないわ」
そう言い残し、プレシアは広間を後にした。
気を失ったフェイトは、果たして気づいているのだろうか。
その光景は……自分と、アルフのやりとりと、全く同じだということに。