魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
……目を閉じて、意識を集中する。
胸の奥。心臓の隣辺り。
そこに、リンカーコアがあるものと仮定してイメージすると、より正確な魔力運用が出来ると……リーゼのアドバイスだ。
「すー……はー……」
一気に大魔力を搾り出すのではなく、緩やかに、全身の回路を使って、魔力の純度を上げて行く。
「十分です。では、次の工程へ」
高めた魔力を、手元に集中させていく。
――ボウッ……
球状の魔力が、薄らぼんやりと実体化を始める。
脳裏にイメージするのは、守護騎士の一体……『剣の騎士』。
そして、手にしていた…………
「召喚」
守護騎士システム……その中から、武装のみを選択。不定形だった魔力が、結実する。
「焔の魔剣」
――――バキィンッ!!
そして、手に感じる、確かな重み。
「初めてにしては、上々の出来です。主」
目を開ける。
「……当然でしょ」
右手には、無骨な片刃の剣が握られていた。
――シュッ……!!
リーゼの手に、ほぼ同じ刃渡りの片刃剣が出現する。
要した時間は、数秒も無いだろう。
確かに私は、細かな魔力運用が苦手だ。
短所を無視して、長所を徹底的に伸ばすという方法もある……という話を聞いたが、それでは駄目だ。
あの忌々しいライダー野郎……あいつも、魔法こそチャチかったけど、魔力の運用技術は相当のものだった。それこそ、このリーゼに匹敵するほど。
だとしたら、短所を克服しないことには勝てない。
全てのパラメーターを、バランス良く向上させていくというのが、私のプランだった。
だからこうして、訓練を重ねているわけだが……
「チッ…………まだ、あんたと同じようには出来ないか」
リーゼは、感情の無い顔をふるふる、と左右に振った。
「私のこれは、ただの魔力刃です。主のそれは、一部とはいえ守護騎士を使役する、召喚魔法。求められる技量の土台が違いすぎます」
「そーなんだけどさぁ……」
思い起こすのは、『鉄槌』の死に際。
目の前に襲い来る、巨大な猛禽。
「アイツの、あの不死鳥。
あれも召喚魔法なんでしょ?」
だから、私も召喚魔法で対抗……と思ったんだけど。
「はい、そうです。かなり……いえ。正直、ありえない規模の」
淡々と……それでいて、僅かな畏怖を感じさせる。
「そんなに難しいの?」
ただのデカい炎の鳥だったら、簡単に出来る。
ただ攻撃魔法に炎の属性を追加して、形を整えればいいだけ。
多分、私にもわかりやすいように言葉を噛み砕き……話しだした。
「魔法とは、要は弾丸です。一定のエネルギーで射出された後は、そのエネルギーを消費するのみ。いずれは消えます」
……そんなもん、いちいち確認しなくても分かっている。
それをわざわざ口にするということは……これから口にする事への反例のためだろう。
「ですが、あれは…………召喚されたモノが、独自にエネルギーを発生させ、自らを維持していました。つまり、」
「術者から独立して、エネルギーを永続的に維持し続けられる。
簡単に言えば、『生きた魔法』ってトコ?」
先回りして、さくっと回答。
「その通りです」
「でもさ、それって使い魔と何が違うの?」
自意識を持って、自己を維持する魔法生命体。それは、使い魔と同じじゃない?
「『使い魔』という存在は、存在の基盤となった依代が、必ず存在します。その依代に、マスターのリンカーコアの一部を移植・共有することで、魔法生命体となります」
ぴょこぴょこ、とリーゼの猫尻尾が揺れる。
リーゼの依代は、元マスターの飼い猫だったっけ。
「ですが、あの不死鳥が発動する際に用いたのは、リンカーコアの断片のみでした」
あの、撒き散らされた血液は違うんだろうか。
「あれは、単なる構成素材です。依代ではありません」
う、うぅん……?
私は、足りない頭をなんとか回転させる。
「……依代っていうのは、魔法を発動させるための核になるもの……構成素材は、出来上がった魔法の、外殻になるもの……?」
「ほぼ正解です」
と、リーゼは言った。
「自身の魔力のみで、自意識を持った存在を創り出す……?」
それは、生命を創造することに等しい。
もし、そうだとしたら……
「無機物に生命を宿すことも、
果ては、死者を蘇生することも可能でしょう。
神域を侵す……まさに、真性の『魔法』です」
なによそれ……反則じゃない。
「ですが、彼はまだ、意識的に召喚を行えているわけではないようです」
「え?」
どういうこと?
映像記録は、『鉄槌』が殺された時点で途切れている。そこから先は推測しかできないんだけど……
「私は、全てを観察していましたから」
「…………ああ、そうだった」
このリーゼは、私が従えるまで、影でいろいろ暗躍していたんだったっけ。なら、守護騎士や敵をマークしていたのも頷ける。
「あの不死鳥は、『鉄槌』を撃破した後、リンカーコアの断片へと還元され、術者の体内へ還っていきました。彼はそのような指示を出していませんでしたから、恐らく、あの不死鳥自身の判断でしょう」
んー……えーと……
「つまりあの不死鳥は、『呼び出された』っていうより、『自ら出てきた』……?」
リーゼは、こくんと頷いた。
うわぁ……ありえないにも程がある。
「それ、おかしくない? リンカーコアが、勝手に一部を切り離して出てくるなんて」
まるで、リンカーコアそのものに意思があるみたいじゃないか。
「申し訳ありません。ここから先は、私の推測になるのですが……」
「彼のリンカーコアは、先天的・後天的……何らかの要因で、変異してしまったのでしょう。休眠状態になることも無く、常に体内で大量の魔力が循環していました」
体内での、魔力の循環。
奇しくもそれは、さっき私が行った、魔力の純度を上げる工程そのものだった。
それを年がら年中、行っている……?
「恐らくは、外的な衝撃で肉体が著しく損傷してしまったのでしょう。
意識を失った肉体の危機……それに生存本能が、リンカーコアの起動という形で反応し、損傷を修復し、回復させたものかと」
……一般人のリンカーコアの大きさだったなら、それは肉体の機能を正常に戻す程度で済んだ。本当に、ただそれだけだったなら、それはごくありふれた感動話として埋没したことだろう。
けれど、あいつのリンカーコアは多分、そんじょそこらの魔導師なんか比較にならないほど大きく、強大だった。そして、それまで一度も起動させておらず、加減が利かなかったということもあり、結果……
「どんな怪我でも、宿主の無意識のうちに修復してしまうことが定着した」
正解、というふうに、リーゼが首肯する。
「そして、それを繰り返すうちに、リンカーコアに自我が芽生えた」
宿主の危機に際して、外敵に能動的な攻撃を加えるほどに。
「じゃあ、アイツを蒐集するのは無理か」
「そのほうが無難でしょう」
下手したら、闇の書の中で大暴れして、大爆発するかもしれないし。
「まぁ、まずは地力を鍛えるとしますか」
まずは、アイツと対等に渡り合えるようにならなくちゃ。
ぶんっ、と剣を振る。
「うおっとととと……! お、重っ……!」
刃の重量に負けて、身体が大きく流されてしまった。
「腕の力だけで振るうから、流されるのです。
下半身で地面を掴み、上半身全体で……」
――――ヒュンッ!!
快音と共に、リーゼの剣が宙を凪ぐ。
「このように。まずは、コレを切れるようになりましょうか」
――ごすんっ。
リーゼの目の前に、魔法で組んだであろう物質が出現する。
触ってみた感じ、鉄に近いだろうか。
何だ、こんなもん……この剣なら、余裕で切断できるに決まってる。何せ、『剣』が自動車を切断するトコ、見てたもんね。
思いっきり剣を振りかぶり……
「うおりゃー!」
――ゴキィンッ
「いっ……!」
電気が走ったような衝撃が、腕全体に伝わった。
剣は、刀身の半分ほどを物質にめり込ませ、そこで停止していた。
「……ったあああああああああああああい!?」
思わず、剣を取り落としてしまった。
「力任せに叩きつけたら、どんな名剣でも意味がありません」
魔剣を拾い上げるリーゼ。
――カンッ……!
そして、バターを切るように、あっさりと物質を切断する。
「この剣は、勢いと重量で叩き斬る西洋の剣・速さと鋭さで切断する東洋の剣、双方の利点を併せ持っています。使いこなせれば、接近戦で大きな力になるでしょう」
剣を受け取り、もう一度、仮想物質の前に立つ。
これをぶった斬れば、とりあえずは合格か……
何度か素振りをして、その都度リーゼに構えを矯正してもらった。
ひとまず、基礎の基礎……くらいは、形になったと思う。
よーし、もう一度……!
「お待ちください」
勇んで剣を手にした私を、リーゼが引き止める。
「ただ斬るだけでは、何も身につきません」
「ぐ……そ、そうだった」
あのライダー野郎の、憎たらしいまでに的確な言葉を思い出した。
『サンドバッグを殴って、いい気になってたか?』……だったな、確か。
「そもそも、敵は立ち止まってはくれません。止まった的を相手に、いかに好感触を得ようと、実戦では無意味なのです」
ずず……と、仮想物質が浮かび上がる。
でっかい板状の物質は、バレーボール大の球状に形を変える。
「そして、常に一対一とは限りません」
二つ、三つ、四つ…………お手玉のように、空中を踊る。
魔法で物質化させた、仮想物質。
それも……非殺傷設定にしていない。ぶつかれば、半端無い怪我を負うだろう。
思わず浮いてしまった冷や汗を拭い、魔剣を握る手に力を入れる。
「……始めて」
そして……
「それでは、主……どうかご無事で」
――ギュオオオオンッ!!!
一斉に、襲い掛かってきた!!
「うあああああああああああああああっ!!」
目の前に迫ってきた鉄球に、大上段から魔剣を振り下ろす。
――ギギンッ!!
「う…………くうっ!!」
切断には至らず、目の前数十センチで拮抗。
「横!」
リーゼの声。でも、もう間に合わない……!
――べきっ……
「…………げふっ!」
……肺の中の酸素を、血反吐と共に吐き出した。
「あ、あ……!!」
ずきずきと、体験したことの無い痛みが、全身を支配する。
――これが、痛みか。
痛い。苦しい。辛い。
今すぐにでも、痛覚を遮断したい。
でも……これから戦う奴らは、皆これを覚悟しているんだ。痛みを知らない半端な覚悟じゃ、勝てっこない。
「……あああああっ!!」
膝を叱咤し、立ち上がる。
「主!」
再び、リーゼの声。だがそれは、私の身を案じるものではなく、注意を怠った私を叱責するものだ。
「実戦でしたら死んでいます!」
「わ、かってる……!」
リーゼは私に、痛み止めの魔法だけを施す。完全には消さず、ギリギリ動けるレベルに留める。
「起きなさい! もう一度です!」
再び、四つの鉄球が飛来する!
「こん……ちくしょおおおっ!!」
一発目を、剣で弾く!
二発目は、横!
――ビュオッ……!!
跳躍し、回避!
一発を捌けば終わり、じゃない。よけた弾も、すぐに軌道修正をして再来する。
斬ろうにも……
――ガリイィンッ!!
球の曲面が、刃を滑らせてしまい、かすり傷程度にしかならない。
「くっそおおおおおおっ!!」
――ボグッ……!
「うぐァっ……!」
強烈な衝撃と、焼けるような痛み。失われる、左肩の感覚。
左肩を砕かれた。
そして、動作が鈍ったところに、残る三発が殺到!
「くゥッ……!!」
魔剣をかざし、受け止める!
――バギンッ!!
「……あ」
魔剣が砕けた、次の瞬間。
鉄球は私の視界を埋め尽くし…………
……………………暗転。
◆ ◆ ◆ ◆
ここではない、どこかの景色。
それを、俯瞰するように……それでいて、一人称で体験しているような、奇妙な視点で眺めていた。
「うっ……うあああぁ……!」
――一人の少年が、泣いていた。
少年の姿は、異様だった。
四肢を強靭なゴム質の器具で拘束され、さらにその身体を、ベッドに四方から縛り付けられていた。さながら、芋虫のように。
拘束具の一部が、丁度腕の形に隆起する。
……自動車のタイヤよりも、遥かに強靭なゴムが。
――ビキィッ……!
それに遮られた、鈍い、嫌な音が聞こえた。生木をへし折るような、怖気を催す音が。
「ヒぐっ……!!」
少年の身体が、びくんと跳ねた。
この何度と無く続く痛みに、少年は涙を流していたのだろうか。
「い、痛い……痛いいいいいいいい!」
癇癪を起こし、拘束具の中で身体を暴れさせる。
拘束具の一部に、亀裂が入り……
――バツンッ!!
……とうとう、破断した。
――ガシャンッ!
弾け飛んだ拘束具の先端が、既に何も飾られなくなった花瓶を砕く。
ばたばたばた……と、明確に苛立ちを感じさせる足音が、病室に近づいてくる。
そして……
「……何を、しているのっ!!」
ガタンッ!と力任せにドアを開き、女性が現れた。
シミと、皺だらけの洋服。
かつては整えられていたであろう髪の毛は、ボサボサの枝毛だらけ。
頬はげっそりとこけ、濁った瞳だけが顔の中心でギラギラと輝いていた。
「お母さん、痛い……!」
少年の言葉からするに、この恐ろしい女性は、母親らしい。
だが、彼女の顔に、痛みに苦しむ息子を慈しむ気配は微塵も無く、床に落ちた拘束具の一部をギラリと睨みつけ、拾った。
「ああああああもう! また器具を壊して!! 弁償するのが、一体誰だと思っててるのよ!!」
がりがりと頭を掻き、拘束具を壁にバシンと叩きつける。
「何度も、何度も、何度も!! 何回言えばっ!!」
母親が手を振り上げる。
「吾妻さん!」
そこに、音を聞きつけてきた看護婦が割って入った。
「息子さんに、何をしようとしているんですか!」
両腕を掴み、少年から引き剥がす。
「放しなさいよおおおおっ!!」
完全にヒステリーを起こした母親が、看護婦の腕の中で暴れる。
やがて、男性の看護師や医師によって、完全に取り押さえられた。
「吾妻さん、落ち着いてください」
壮年の男性医師が、穏やかな表情を母親に向ける。
その背後で、『研修医』のプレートを胸につけた若い女医が、怯えるように立ちすくんでいた。
「ああ、そうでしょうねぇ! 器具が壊れたら、また新しい器具が必要になるものねぇ!? あんた達医者は、病院は、何も困らないでしょう!」
「吾妻さん、これが無ければ、あなたの息子さんは……」
医師は、やるせない顔で言葉を詰まらせた。
……これで拘束していなければ、恐らくあの少年は、自らの腕力で、命を落とすことになりかねない。
だがそれでも、少年の規格外の筋力の前には対症療法にもならず、こうして幾度と無く破壊されていた。
「そう言って、また新しいものを売りつけるつもりなんでしょう!?」
「……」
肯定も否定もせず、沈黙する医師。
「あなたたち、もしかしてわざとコイツの病気を治さないで放置してるんじゃないの!? …………ああ、そうよ! そうに決まっているわ! この詐欺師!!」
再び、暴れだした母親を看護師らが取り押さえる。
医師は、傍らの女医に短く指示を出した。
「鎮静剤を」
「は、はいっ……!」
研修医は、緊張に震える手で注射器に薬品を充填する。
そしてそれを、母親の肘関節あたりの血管に注入した。
徐々に、身体を弛緩させていく母親。
「あんな、子供…………産まな……ければ……」
諦観と、絶望に満ちた恨み言を残し、母親は意識を失った。
「……ひとまず、他の病室に運んで下さい」
「はい」
看護師らは母親を背負い、退室していく。
「……すまない」
医師は、部屋の片隅にスペアしてあった予備の拘束具を、少年に装着し直す。
そして、その医師も、女医を伴って退室していった。
再び無音となった部屋に、少年のすすり泣く声が寂しく反響した。
「いらない…………」
みきみきみき……と、再びあの音の前兆が聞こえ出す。
「こんな『力』……いらないよぉ!!」
また、生木をへし折るような音がして、視界にスパークが散った。
◆ ◆ ◆ ◆
意識が、緩やかに現実に帰還する。
「……主、起きられましたか」
心配そうに、治療魔法を私に施すリーゼと目が合った。
そっか……顔面に鉄球を喰らって、ノックダウンされたのか。
それで、あんな変な夢を見てしまったのだろう。夢にしては、妙にリアル……まるで、本当に誰かの記憶を、追体験しているようだった。
「…………うん」
身体は……まだ、起きられない。暖かく柔らかな枕に、再び頭を預ける。
ふと、自分の枕になっているものが何なのか、気付いた。
「膝枕?」
「はい。お嫌でしたか?」
いや……全然。というか、むしろ……
「これ、イイかも……」
なんとも言えない安心感がある。
「申し訳ありませんでした」
リーゼが、心底申し訳なさそうに謝罪した。
「その……訓練に、熱が入りすぎてしまいました……」
猫耳が、ぺたんと伏せられる。
「いや、あれでいい」
まだ顔面に鈍痛が残っている。だけど、もしあれが、仮想物質の鉄球じゃなかったら?
答えは簡単。死だ。
「『一切の手加減無用』……ちゃんと、約束どおりだよ」
今後も、この方式の訓練を続けよう。
「主。あなたは少し、目先の敵に気を取られすぎです。全方位を警戒しなければ……」
リーゼから、さっきの訓練でのダメ出しを喰らう。
「うん……」
それにしても、リーゼってば肌スベスベ……
「この数ヶ月は、徹底した実戦訓練をあひゃうっ!?」
さわさわ~、っと、太ももに手を這わせる。リーゼは、聞いた事が無い珍妙な悲鳴を上げ、飛び上がった。
「あ、あの……あまり撫で回さないでもらえると……あっ……助かります」
「えー聞こえなーい」
撫で回して、指でなぞって……
――ぺろん
「ひィうっ……! 主、悪ふざけはお止め下さい!」
肌を舐められ、身じろぎするリーゼ。
膝を抜けば、私の頭が地面に落ちるとわかっているためか、それをしないで耐え続ける。
と、私はソレに気付いた。
ぷるぷると、柔らかそうに揺れる二つのブツ。
次の瞬間、私の頭はたった一つの欲望に支配された。
―――― 揉 み た い 。
……と。
その欲望のままに、太ももへ気を向けている隙を突いて……!
もにゅっ!
「……! みきゃああああああああ!!」
――ゴッキイィン!!
リーゼの拳骨が、先の鉄球並みの威力を持って落とされた。
「げふっ……!!」
痛みと共に、またしても絶たれる意識。
でも、何となく本望だったりして…………