魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
七月末日。
私は、屋上の給水タンクの日陰に腰掛け、ぼうっと空を眺めていた。
「あー……本日も、晴天なりー……終業式、いまだ終わらずー……」
ふわぁ……と、大きな欠伸が出た。
そう。今日は、一学期の終業式だった。
だった、というのは、私は絶賛サボタージュ中だからだ。ロクに換気もされていない体育館で、無駄に長い校長の話を聞いていられるほど、私は気が長くない。
屋上の鍵は、ちょこっと魔法を応用した念動力でシリンダーを回転させて開けた。
しっかりと施錠もしたから、バレる心配は殆ど無い。
「あーあ……」
やはり、レイジングハートがいないと寂しい。
……修理、いつ終わるのかなぁ。
少し顔を出して覗くと、体育館の渡り廊下から、ぞろぞろと生徒たちが溢れ出てきていた。
ようやく終わったらしい。さーて、教室に戻るか。
「……高町さん」「はい」
教卓まで歩き、じっとりと恨みがましい目つきで私を見る富山先生から、成績表を受けとった。
「なーのはっ。成績どーだった?」
望が、ひらひらと成績表を片手にやってきた。
「望は?」
「あー……算数と理科が2で、3が殆ど。4は家庭科だけで、5は無し」
良いのか悪いのか、分かりづらい成績だった。
さて、私はどうかなーっと。
「あ、オール2だ」
なんだか、ちょっと得した気分。
「へぇ、オール2かー……って、ええええぇっ!?」
望が素っ頓狂な奇声を発した。
「な……何、いきなり?」
びっくりしたなぁ、もう。
「オール2って……え、うっそ、マジで!?」
「うん。ほら」
机の上に置いた成績表を、二人で覗き込む。
「うわ……マジだ! マジでオール2だ!」
学科の点数面はAなのに、意欲・関心・態度がF……まぁ、こんなものか。
「……な、なぁ」
あ、葉山君だ。
「あん? 何よ健太」
ぎろっ……と、葉山君を思いっきり邪魔物扱いする望。
「その……よかったら、夏休みの宿題、一緒にやらねー?」
「え?」
夏休みの宿題?
「……そんなのあったっけ?」
正直、覚えてない。
「なのは……あんたねぇ」
呆れた視線を向けられた。
貰ったプリントを確認すると、休み中の課題一覧が記載されていた。
「ちゃんとやってきてくださいね!」
檀上の先生が、主に私にむけて言った。
「提出率が悪いと、私が長谷川先生に怒られます!だからお願い!ちゃんとやってきて!」
「ははは……さっちゃん先生、相変わらずだよね」
「そうだね……」
「まぁ、心配はしてないけど。なのはなら半日あれば終わっちゃうでしょ?」
「多分ね」
読書感想文なら空で書けるし、他も同じく。
「そ、そうか……」
葉山君は少ししょんぼりして、席に戻った。
ちょっと、悪かったかな?
望に目で尋ねると、気楽な笑いが返ってきた。
「いーのいーの。ったくあのアホ、性懲りも無く……」
「はぁ……」
「ハヤマ、どんまい!」「よくやった!」「俺達に希望が無いってことが、よく分かった!」「ナイス人柱!」「ナイス玉砕!」
「う、うっせーよ!? ほっとけ!」
それを友達らしき男子たちが、口々に慰める。
――キーンコーンカーンコーン……
お、時間だ。
「はい、それじゃあ皆さん。有意義な夏休みを過ごしてくださいね。解散!」
さよーならー!
大合唱が、響き渡った。
「なのは、このあと暇?」
……うーん。暇と言えば暇なんだけど。
明日、フェイトについて、リンディさんの上官に会う以外、何も予定が無いし。
「うん、付き合うよ」
「やった! 実は、前から気になってたお店があったんだ」
「へぇ……」
「前に行ったら閉まってて、店の前に置いてあった割引チケット貰ったんだよ」
ぴらっ、と、鞄からそのチラシ兼チケットを取り出した。
「この、翠屋って店!」
…………………………マジかよ。
「いらっしゃいま……せ……?」
眼鏡に三つ編みの店員……姉さんが、私たちを出迎えた。
「ま、窓際の御席へ、ドウゾ……?」
なかなか混乱しているらしく、接客がぎこちない。
でも、私も、あまり人のことを言えたほどでもない。
「ドウモ……」
一昔前のロボットのように、ガチガチの動作で席に移動する。
「わー……やっぱり、雰囲気がいい店だね」
隣で呑気にはしゃぐ望が少し憎らしい。
……久しぶりに来たな、この店も。
記憶の彼方に消えかけた風景だけど、どこか懐かしい。
姉さんが厨房に引っ込み、わたわたと身振り手振りで何かを伝えていた。
「ご注文は?」
数分後、オーダーを取りに来たのは兄さんだった。
さすがに、姉さんよりは落ち着いている。
「……ミックスサンドと、デザートにシフォンケーキを」
「かしこまりました」
一礼し、去っていく。
肉親に恭しい態度を見せられ、照れ臭いやら、恥ずかしいやら……とにかく、調子が狂う。
「ごゆっくりどうぞ」
サンドイッチは、すぐに出てきた。
「ね、ね!今の店員さん、かっこよくない!?」
「ど」こが?
あ、あっぶな……思いっきり言うところだった。
……世間一般の評価というのは、あまり当てにならないものだ。
「はぁ……健太も、せめてあれの半分、いや、三分の一でも落ち着きがあればなぁ……」
サンドイッチをつまみながら、望がぼやく。
「でもさ……落ち着きのある葉山君なんて、葉山君じゃないよ」
彼はもっと……こう、アホじゃないと。
「あはははは……言えてるかも!」
爆笑する。
「お待たせしました」
と、話をしているところに、デザートのシフォンケーキが来た。
「あ、ども……ゴフッ!」
びっくりして、噎せてしまった。
「ちょ、大丈夫!?」
「ゲフッ……な、何で……!?」
テーブルの脇に立っていたのは、ウエイトレスではなく、パティシエが着ていそうな服を着た(事実パティシエが着ている)店員……というか。
母さんだった。
「……え? ……え!?」
望が、私と、母さんの顔を見比べる。
あまり自覚は無いけど、私達って似てるらしいから。
……はぁ、もう。
「母さん、何してるの……」
「あら、せっかく娘が友達を連れて来たのよ。挨拶くらい、いいじゃない……ねぇ?」
母さんが望と目を合わせた。
「は、初めまして。なのはの友達で、八代望って言います」
「初めまして。高町桃子です。なのはと仲良くしてあげてね」
「あ……ハイ!」
「この子、目つきと態度と言葉遣いと人付き合いは悪いけど、根は優しい子だから……」
「はい、それは知ってるから大丈夫です!」
「私達のせいなんだけど、人付き合いが苦手で、なかなか友達も出来ないみたいで……」
「もう!いいから仕事に戻ってよ!」
恥ずかしいなぁ、もう!
「はぁい。それじゃあ、楽しんでいってね」
そう言って、厨房に戻った。
「ったく、もう……!」
ケーキを一口、大きめに切り分けて口に運ぶ。
兄さんと姉さんは、明らかに父さんに似ている。
さっきの二人との血縁に気付かれなかったのも、そういうことだろう。
「やっぱり、美人な人だったねー。さすが、なのはのお母さんだ」
……え?
「『さすが』って、何が?」
「え……? だから、なのははお母さん似だから、可愛いんだね……って」
変なこと言うなぁ、望は。
「何で、母さんが美人だと、私が可愛いことになるの?」
可愛いっていうのは、フェイトとか、望の方がしっくり来ると思うんだけど。
「……………………、、」
がしっ……と、両肩を掴まれる。
「……?」
「嫌味かコラー!!」
がっくんがっくんと、前後に揺さぶられた。
「あああああ……?」
店内にいた他の客の目が、一斉に集まる。
「あんたが可愛く無いなら、私はブスか!? 見るに堪えない醜女かー!?」
「あうあうあう……」
何で怒ってるのか、よく分からない……
「はぁはぁはぁ……」
バイトの店員に注意される頃には、望はすっかりバテていた。
追加注文したアイスティーを飲み、一息ついた望は、今度は言い聞かせるように話し出した。
「少しは、自信持ちなさいよ。謙虚と、卑屈は違うんだからね」
「……」
自信……か。
「…………考えとく」
多分、無理だけど。
店を出た所のすぐ近くに、大型の貨物車が路上駐車していた。
……秀人さんも、お仕事してるのかな。
「なのは、どーしたの? 置いて行っちゃうぞ」
「うん、」
――ミチッ……
……今の音、何?。
きょろきょろと辺りを見渡すが、発生源は分からない。
気のせいならいいんだけど……何だろう。
――プチプチッ……!
やっぱり、気のせいじゃない!
――バツンッッ!!
次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは……
「、の」
貨物車の荷紐が中途から千切れ、
――ガランガランガランッ!!!
全周が一抱えはありそうな鉄骨が、望に雪崩れ落ちようとしている光景だった。
「……のぞみぃッッ!!!」
刹那の……そして、極限の集中。
それは、一つの感覚を励起させる。
フェイトとの戦闘で、何度も感じたソレ。
……辺り一帯が、モノクロ写真のように色彩を失うのと同時。
――時間が、凍結する。
身体をすくませた望。
呆気に取られる通行人。
その全てが、止まって見える。
――……。
テラス席から、兄さんが飛び出して来る。
、まずい……徐々に、時間が動き出しつつある。
集中が途切れたのでは無く単純に……身体が、耐久の限界を迎え始めている。
「――あ、!」
あと、少し……!
「……アあああああッ!!」
届けええぇぇぇぇッ!
――――ガシャアアァァァンッ……!
なりふり構わずに、望に飛びついて……地面に転がった。
「ぜー……ぜー……!」
望は……!?
「……あれ?」
きょとん……と、私の腕の中にいた。
「よかった、望……!」
ぎゅうっと、望を抱きしめる。
「なのは、頭、、!?」「え?」
どろっ……と、汗とは違う、錆臭く、生温い何かが、額を伝い、視界を朱く染め……
「あ……」
ブツンッ……と、意識が強制シャットダウンされた。
警察が通報を受けて駆け付け、事後処理にあたっている。
桃子達は営業時間を切り上げ、なのはが担ぎ込まれた病院に急行していた。
「……なのは」
望は、辛そうに俯いている。
事実、辛いに違いない。
「……大丈夫よ、望ちゃん」
その肩を抱く桃子は、気丈に振る舞っていた。
転がる時に額を割ったものの、傷跡は残らないそうだ。
意識を失ったのも、単にショックによるもの、と診断された。
…………いの一番に駆け付けた秀人ら……特にフェイトは、それを聞いた瞬間に、崩れ落ちた。
護衛とは言え、フェイトは保護を受ける少女に過ぎない。
今日、なのはと共にいなかったのも、明日の下準備のためであった。
それでも泣いて、泣き疲れて、ソファで眠ってしまった。
恭也と美由希は、心配する傍ら、なのはが見せた現象について、話し合っていた。
「……美由希、見たか」
「うん。さっきのって……」
二人は、畏怖を込めて、その名を口にした。
――神速。
と。
美由希はおろか、恭也ですら、使いこなすことが難しいそれを、なのはが使った。
わずか9歳の、女の子が。
しかも、肉体が限界を迎えただけで、『神速』が破綻したわけでは、無かったのだ。
練度で言えば、恭也をも凌ぎ、全盛期の父親にも匹敵するだろう。
「……『あれ』を、使えるかもしれないな」
恭也と美由希は、そのまま黙り込んだ。
「……秀人は?」
ユーノの一声に、全員がハッとする。
いない。
つい先程までそこにいた秀人が、忽然と姿を消していた。