魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
ユーノくんが張った結界の中。バリアジャケットを纏い、秀人さんと対峙する。
「…………行くよ」
「よし……来い!」
そして秀人さんは、1.5メートル程の木の棒を魔力で強化し、構える。その構えは、あの子……フェイトと同じ構え。
『accel shooter』
まずは、誘導弾!
「シュート!」
数は、正面から二つ、背後から一つ、左右それぞれ一つの、五つ!
「はああああっ!」
棒を剣のように、槍のように操り、振り回し……全ての誘導弾を撃墜。
やはり、五つ程度では牽制にしかならない。
「足を止めるな!」
踏み込み、攻め込んできた。
『accel fin』
飛行魔法、行使!
「せりゃあっ!」
――ガンッ!
一秒前まで私がいた場所を、秀人さんの一撃が抉った。無意識のうちに、喉がごくりと鳴る。
「縛れ!」
『ring bind』
拘束魔法!
「フローター!」
秀人さんもまた、飛行魔法を行使。バインドの照準から逃れる。
「バレット!」
――ドドドドドン!!
ばら撒かれる、魔力の散弾。一個一個相手にしてたら、キリが無い。
(なら!)
『impact !』
まとめて掻き消す!
――ドパァン!
掻き消された散弾の残骸を突破し、秀人さんが突っ込んでくる。棒を真っ直ぐに突き出した、突撃だ。避けるのは無理!
『protection ! 』
――ガァンッ!!
シールドがびりびり震える。
「う……くっ!」
でも、新魔法を試すチャンス!
『Barrier Burst』
バリアバースト。防御魔法を爆発させ、ダメージを与えるのと同時に、『必要な』距離を取る。
「ぐっ……!」
秀人さんが、クロスレンジから離れる。
(行くよ、レイジングハート!)
そして……ここからは、私の間合い!
「ディバイン……!」
チャージ完了! 照準よし!
「バスターーーーーーーーーーー!!」
桜色の砲撃が、秀人さんを完全に捕らえた!
秀人さんは防御魔法で耐えてはいるけど……軋み始めている。このまま、押し切れ!
「……リアクティブ・アーマー」
え?
秀人さんがぼそりと呟いたのと同時――
――ドゴオオオオン!!
凄まじい轟音を伴い、防御魔法が炸裂。砲撃が、見当違いの方向に逸れる。
「レイジングハート、砲撃キャンセル!」
『All right』
砲撃を消すのと同時、背後に防御魔法を……!
「はい、撃墜」
――間に合わなかった
頭に、こんっ、と軽く棒が当たる。
「二人とも。模擬戦は終了だよ。戻ってきて」
◆ ◆ ◆ ◆
「あ~~~~~~!! 悔しい!!」
例の高台のベンチに座り、おにぎりをほお張るなのは。
「にしても、偶然ってのはあるものなんだなぁ……」
なのはのバリアバーストと、俺のリアクティブアーマー。なのはは、砲撃に必要な距離を取るため。俺は、相手の死角を取るため。用途は違えど、効果そのものは殆ど同じものだった。
「結構いい模擬戦だったよ」
ユーノがビスケットを齧りながら言う。
「秀人が、まさかあそこまでフェイトの動きをトレースできるなんて思ってなかった」
「あんなもん、ただの猿真似だよ。本物は、もっと速い」
「私は、それでも勝てなかったんだね……」
ずんずんと暗くなっていくなのは。やばっ。
「い、いや、結構危ない場面もあったんだぞ!?」
慌ててフォローする。ユーノも援護に回った。
「そうそう! 秀人に砲撃が直撃した時なんて、なのはの勝ちだと思ったし!」
……確かに、死ぬかと思った。非殺傷設定とわかっていても、あの圧倒的な威力に晒されたら、誰だって恐怖を覚えるだろう。
「それじゃあ、戦い方の基本方針は、これで大丈夫?」
『問題ないでしょう』
なのはの問いに即答するレイジングハート。
「フェイトのバリア出力は、なのはや秀人よりもずっと低い」
月村邸での俺との戦い、温泉宿でなのはとの戦い。二つの話を総合するに、フェイトは速度に重点を置いた戦法を取っているらしい。
「そんじゃあ、バインドの精度を上げればどうだ? 捕まえれば、いくら速く動こうと関係ないだろ」
「それができれば苦労はしないよー……あいつ、バインドが決まる寸前でも回避しちゃうし」
『では、精度ではなく、発動速度を上げましょう』
「それなら、防御魔法も同じようにしよう。さっき、間に合わなかったし……」
ああでもない、こうでもないと、フェイト攻略戦のアイディアを練る俺達。
「私は……あの子に、勝ちたい」
あの日の晩、なのはは、確かにそう言った。なら、俺達は仲間として……そして、家族として、最大限の『サポート』をするつもりだ。そう。あくまで、サポートを。
「あの狼は、俺に任せろ」
俺とユーノは、あの狼に勝負の邪魔をさせないことにだけ集中すればいい。
「いいけど……大丈夫?」
「いざとなったら、ユーノを餌にして逃げるから大丈夫だ」
「ああ、それなら大丈夫だね」
『最良の策です』
はっはっは。
「………………泣いていいかな、僕」
◆ ◆ ◆ ◆
私は玄関先で、愛用のスニーカーに足を入れた。
「行ってきます」
教科書を入れた背中の鞄が、重量以上に重く感じられる。
「いってらっしゃい」「頑張れよー」
玄関先まで見送りに来てくれた秀人さん、ユーノくんが、揃って手を振る。
(……よし、行くぞ!)
そして、戦場に赴く気持ちで、ドアを開けた。
私は、学校へ行くことにした。
人付き合いが怖いからといって逃げていたら、いつまでも強くはなれない。絶交した同級生の敵意であろうと、口うるさい担任の小言だろうと、真正面から受け止めてやる!
そんな私の内心にも気づかず、通学路では、私と同年代や、ちょっと上くらいの子供達が、学校の方向へ歩いていく。
その中に、見つけてしまう。サッカーボールを入れた袋を提げた葉山君と……それに寄り添う、八代さんを。胃のあたりが、きゅっとすぼまるような感覚をかみ殺す。
「あーあ、あのグラウンド、地震のせいで使用禁止になっちまったんだよなぁ……」
「仕方ないでしょ。それとも、ぼこぼこに荒れたグラウンドで練習したいの?」
その横を、無言で、視線を向けず、追い抜く。
「いや、だってよぉ。野球部と一緒だと、思いっきり練習が……あ」
「どうしたの……あ」
私達は、絶交しているんだから。私は早足で、学校への距離を消化していった。
「おはようございます。富山先生はいらっしゃいますか?」
職員室のドアを開け、声を掛ける。一時間目の授業の準備を控え、コーヒーを飲んでいたりしていた教師達の視線が集まる。その中に、担任の富山先生がいた。
「たっ……高町さん!?」
だだだだっ、と駆け寄ってくる。これから始まるお説教のことを考えると、少しだけ憂鬱だ。
「この一週間、どこへ行っていたの!? 家にはいないし、ご家族とは連絡が取れないし!」
「ちょっと、自分探しの旅を」
あながち間違ってはいない。
「……それは、学校よりも大切な用事だったのかしら?」
低い声で詰問してくる。
「ええ、間違いなく」
それに、即答。周囲の教師の声が止み、緊迫した空気が流れる。
じーーーーーーーー…………っとにらみ合う。さて、教室に戻るかな。これ以上は平行線の水掛け論になるだろうし。
「あなた達、ちょっとこっちに来なさい」
そして口火を切ったのは、私でも、富山先生でもなく、学年主任だった。
「立ち話も何ですから……他の先生の目もありますしね」
そして案内されたのは、六畳くらいの小会議室。四角いテーブルに、四つの椅子。私の向かい……学年主任の隣に座ろうとした富山先生だったが、何故か私の隣に座らせられてしまった。微妙に気まずい沈黙。
「あのう……長谷川先生。なぜ、私まで」
どうにも、富山先生は学年主任……長谷川先生に苦手意識を持っているようだった。長谷川先生は曖昧に笑い、話し始めた。
「まず、高町さん。あなたは、正当な理由も届出も無く、長い間欠席しました。これは、悪いことです」
「……はい」
「本当に、何を考えているの!?」
隣に座った富山先生が、ぷりぷりと怒り出す。
「富山さん。少し静かになさい」「は、はいッ!」
だが、長谷川先生に静かに一喝されてしまう。
「一応、富山さんから聞いています。『人付き合いが面倒』『誰とも会いたくない』……でしたね」
「……はい」
確かに、そう言った。
「それに関して、親御さんは何か?」
ここで秀人さんの名前を出してしまったら、きっと、悪いことが起きる。だから私は仕方なく、『あいつら』のことを、話した。
「母親と兄と姉は、仕事で家に殆どいないので何も言われません。きっと、私が休んでいたことも知らないと思います」
――ガタンッ
大きな音にびっくりして、横を見る。
「…………そんな」
富山先生が、呆然とした顔で、私を見ていた。
「あ、す、すみません……」
慌てて座りなおし……しかし、私のことを凝視する。何だと言うのだろう。
それを見ていた長谷川先生も、真剣な表情だ。
「高町さん。私に、欠席の理由を教えてもらえませんか?」
怒るでもなく、淡々とでもなく……真摯な問いかけだった。『大人』という生き物への警戒心が、解けていく。
「……昔の知り合いに、会ったんです」
そして、魔法に関する事柄を省き、話した。
「何で、相談してくれなかったの!?」
第一声が、それか。かちんときた。
「あなたに相談したら、どうにかしてくれたんですか? 他校の小学生を呼び出して、仲直りの握手でもさせてくれたって言うんですか!?」
「私は、あなたのことが心配で……!」
「心配!? 大きなお世話だ! 放っておいて! どうせ心の中では、私のこと、面倒な子供だって思ってる癖に! いい人ぶるな!」
「ッッ!!」
右手が、振り上げられる。叩きたければ叩けばいい。
振り上げられた手が、視界一杯に広がる。反射的に目を閉じ、やってくるであろう痛みを覚悟する。だが、痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。
うっすらと目を開けると、富山先生の腕を、長谷川先生がしっかりと掴んで止めていた。
「富山さん……高町さんも。少し、頭を冷やしなさい」
目の前には、湯気を立てる湯呑み。中身は緑茶だ。
「落ち着きましたか?」
「……はい」「……すみませんでした」
「高町さん」
長谷川先生が湯呑みを置いた。
「富山さんは、あなたのことを『面倒な子供』だなんて、決して思ってはいません。富山さんは、口調や態度こそ少し乱暴ですが……決して、悪い子ではないのですよ?」
悪い『子』って……何故に子ども扱い?
「富山さんがあなたくらいの頃なんて、それはそれは大変でしてねぇ……」
「は、長谷川先生! 何の話をしているんですか!」
富山先生は、長谷川先生の元・教え子ということだろうか。なら、子ども扱いも頷ける。
「授業妨害、授業放棄の常習犯でした」
……強烈な問題児であったらしい。
「やめてー!」
己の黒歴史を暴露され、真っ赤になる。力ずくで長谷川先生の口を塞ごうとするも、逆にあしらわれ、羽交い絞めにされてしまった。
「教師や上級生への暴力沙汰もありましてねぇ。何度もこうして止めたんですよ。六年生の男子数名をたこ殴りにしていたこともあって……」
「放してー! それ以上言わないでー!」
じたばたと暴れる富山先生は、子供のように足だけでばたばたと暴れる。
「果ては深夜徘徊ですよ。夜遊びをしては補導され、盗んだ自転車で走り出しては補導され、タバコを吸っては補導され……警察署に何度頭を下げに行ったやら。両手の指では足りませんね」
「ごめんなさいごめんなさい! 先生ごめんなさい!」
――五分後。
「ううううう……ひどいよ、長谷川先生」
長谷川先生は、富山先生の過去をひとしきり暴露した後、小会議室を出て行った。「あとは、二人で話をつけなさい」とのことだ。
「先生……『棚に上げる』って言葉、知ってます?」
自分は散々暴れていたくせに、何で私のことをあんなに怒るんだろう。
「うっ……もう時効よ! ちゃんと更正したもん! タバコも吸わないし、午後十一時にはベッドに入るもん!」
「それは普通です」
「……」「……」
なんだか、教師というよりは、面倒くさいOGというイメージが強くなってしまった。
「あの頃、私の両親が離婚調停の真っ最中でねぇ」
――離婚。
永遠の愛を誓い合ったはずの夫婦の、断絶。
「だから、なんて、正当化はしないけど、理由の一つだったのは間違い無いわ」
微苦笑する、富山先生。
そして、どこかで聞いたような話を、始めた。
「家の中は真っ暗で、帰っても誰もいなくて……それが、すごく怖くて」
――一人で寝るのが怖くて……でも、家には私しかいなくて。家中の電気を付けて、ぬいぐるみを抱きしめて、眠った。
「机の上に、千円札だけがポンって置いてあって、それでご飯を買ったり、作ったり」
――『これで、夕食を買って食べてください』
それが母から私への、初めての手紙だった。
「お鍋一杯に両親の好きだったカレーを作って……結局、何日も食べられずに捨てちゃったり」
――私が始めてまともに作れた、野菜炒め。大きなお皿一杯に作って、「食べてね」という手紙を添えて……翌朝、手付かずのまま残ったソレを見つけて……泣いた。
「お話がしたくて、仕事場に電話をかけたら……『仕事の邪魔だ!』って怒鳴られた」
――『今忙しいんだ。後で掛け直すから……』
『後』は、いつまでも訪れなかった。
「暴れて、大騒ぎすれば……パパとママが止めに来てくれる、なんて夢想して」
――私が『いい子』で我慢していれば、帰ってきてくれると信じて。
「警察のご厄介になっても、迎えに来るのは、面倒くさそうな顔をした教師だけだった」
――『いい子』にしていたのに、私は、いつまで経っても一人ぼっちだった。
「いつしか、迎えに来る教師は減っていって……でもね」
前置きし、うれしそうな、恥ずかしそうな……笑顔を浮かべた。
「長谷川先生だけは、何度も何度も、迎えに来てくれた」
――秀人さんが、繋がりをくれた。
「担任じゃないのに……それどころか、担当する学年さえ違うのに」
大人と子供。
教師と生徒。
その隔たりを越えて、私は、この人を身近に感じる。
「面倒くさそうな顔じゃなくて、おじいちゃんが孫娘の悪戯でも見るような顔で、『仕方ないなぁ』……って。その時、まだ三十路前だったのよ?」
面白そうに、くすくすと笑う。
「万引きをしたときは……殴られたわ。グーで」
痛い思いをしたはずなのに。笑顔は崩れない。
「痛くって、痛くって……『何しやがる、このジジイ!』って思ったわ。でも、心のどこかで、喜んでいる自分がいて」
私も、もしかしたら。何かが違っていれば、この人のようになっていたのだろうか。暴力で誰かを振り向かせようとして、それが原因でそっぽを向かれ、さらに暴力で振り向かせようとして……悪循環に陥って、抜け出せなくなっていたのではないだろうか。
「それでね。何回目か、警察署から私を引き取った時、聞いてみたの。『こんなことして、アンタに何の得があるんだ。給料も出ないくせに』って」
さっき、私が言ってしまった言葉と、ほぼ同じ。
「その時の長谷川先生の言葉は……一言一句、覚えているわ」
目を閉じる富山先生。今、彼女の目蓋の裏に映っているのだろう。決して色あせない、大事な思い出が。
「『あなたのことが、心配だからですよ。
あなたは、自分の未来を、自分の手で閉ざそうとしている。教師である私には、それが我慢できない。あなたの未来は、きっと素晴らしいものになるのです。だからどうか、あなたを、あなたの未来を助けさせてください』」
そっと目を開ける。
「嬉しくて泣いたのなんて、初めてだったわ」
私は、知っている。人は、辛いときや、悲しいときじゃなくても、涙を流すときがあるということを。
「長谷川先生がいなかったら、今の私はいない」
きっぱりと、断言した。
「だから長谷川先生は、恩師であり……私の、生涯の目標なの」
彼女の笑顔は、眩しくて、温かくて。
「あんな大人になりたくて、困っている子供を助けられるようになりたくて、私は、教師になったの…………って、高町さん!? ど、どうしたの!?」
「何が、ですか?」
「あなた、泣いているじゃない!」
――私の目からは、大量の涙が流れていた。
「な、なんでも、ない……」
「何でも無いなんて、えっと、どうしよう、どうしよう」
あたふたと慌てた富山先生は、どうしたことか、私を抱きしめた。
「ほら、落ち着いて。落ち着いて、言いたいこと、全部吐き出しちゃいなさい」
ぼろぼろと涙を流しながら。秀人さんへの想いを、打ち明ける。
「私も、助けてもらったんです」
思い出せる。秀人さんと会った時から、今日までの全てを。
「見ず知らずの私に、『家族になろう』って……言ってくれて。居場所をくれて。名前を、呼んでくれて。一緒にご飯を食べてくれて、一緒に寝てくれて、一緒に遊んでくれて。授業参観にまで、来てくれて」
「それは……あの時の?」
こくん。素直に、頷いた。
「そうだったの……似てない兄妹だと思っていたけど、そういうことだったのね」
とんとん、と私の背中を叩きながら、頷く。
「私、人付き合い下手だし、誰と、どんな話をすればいいのか、わからないし。友達だって、全然いないし」
「八代さんと葉山君は?」
「絶交、しちゃった」
「……原因は何?」
ひっく、としゃくりあげ、吐露する。
「八代さんは葉山君のことが好きで、でも、葉山君は私のことが好きで……八代さんは、それがすごく嫌だったみたいで、喧嘩になっちゃった」
「そう、友達との喧嘩は、辛いわね」
「違う。友達じゃ、無い」
そこだけは、譲れない。私は、彼女とは絶交したのだ。今更、友達面なんて出来ない。
「頑固な子ねぇ……ま、今はそれでもいいわ。いつかは……ちゃんと、話をつけなさい。前の学校のクラスメイトの誤解も、話せばきっと、分かってくれるわ」
脳裏に浮かぶのは、怒りに染まった、バニングスさんの顔。そして。
――出て行け!
ぎゅうっ。先生の服を、皺になるほど握り締める。
「でも、バニングスさん、すごく怒ってたんです。それに、もし話せたとしても、私は口下手だし、人見知りだし、怒りっぽいし」
先生は胸を張って、自信満々に、言った。
「自慢じゃないけど私だって、まだまだヒヨッ子新米教師で、指導力不足で、怒られてばっかりよ」
「本当に自慢になりませんね」
ああ、馬鹿な会話だ。でも、楽しい。
「でもね」
すっと引き離される。両肩に手を置き、私と目線を合わせた。
「少しずつでも、成長しているのよ。あなたみたいな、問題児に揉まれながらね」
大学を出たばかりの、情熱が空回り気味の先生。
「だからあなたも、少しずつ、頑張っていきなさい。ヒヨッ子でよければ、いつでも力になるわ」
ヒヨッ子で、指導力不足で、怒られてばかりで。
「……ありがとう、先生」
でも、この時ばかりは……世界一の教師に見えた。
教室に入ると、一旦喧騒が止み、またざわめきを取り戻す。視線を感じ、振り向く。
「……」
八代さんは、すぐに目を逸らしてしまう。かたかたと震える膝を叱咤し、歩く。ほんの数メートルの距離を、牛歩で歩き……八代さんの正面に立つ。
「おはよう、八代さん」
――ちょっとずつでも、確実に。