魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第二十六話

 

 

 時間は、数時間前に遡る。

 

 秀人は、会社の事務所にいた。

 デスクに腰掛け、型遅れのノートパソコンで、在庫表をチェックし、発注書を作成していた。

「……ふあぁ」

 と、応接間とは名ばかりの、仕切で区切られたブースから、大きな欠伸が聞こえてきた。

「……あーあ、まだ昼前か」

 ふて寝していたらしい。むくりと起こした身体は、ニメートルにも迫る巨体だ。横幅もあるが、その殆どが筋肉。黒く日に焼けた肌が、いかにも肉体労働者らしい。

 

 彼は、秀人が勤める建設会社の現場監督兼……アルバイトを含めても、両手の指で事足りる小規模な会社の、社長だ。

 従業員達からは、親しみを込めて『カントク』と呼ばれている。

「クソ……あの野郎」

 その彼が、明らかに不機嫌だった。

 それもそのはず。

 今日は本来なら、新たに建てられる施設の基礎工事を行っているはずだった。

 その割と大きめの案件を、他社に奪われてしまったのだ。

 どうということは無い。

 ……それが、合法的に行われたのなら、の話だが。

 今回、その案件を掻っ攫っていった建設会社は、業界では名を馳せる、悪徳業者……というか、ヤクザの傘下だった。コストダウンを唄った粗悪な材料。手抜き工事。作業は下請に丸投げ。安全管理も何も無い。

 

 そんな連中が奪った仕事とは……病院の、新しい病棟を建てる仕事。

「タチの悪いジョークだぜ……」

 ふて腐れ、煙草に火を点ける。

 

 秀人が、見るに見兼ねて発言する。

「カントク、俺、半日で上がりましょうか?

 ノート貸してくれれば、明日までに上げておきますけど」

 仕事が無いなら、いるだけ人件費の無駄だ。

「いや、ヒデはいろ。……おい、ヨシ!」

 代わりにカントクが呼んだのは、中卒でアルバイトのヨシヒコだった。

「うぃーッス。何スか、カントク?」

 金髪に失敗したような黄色髪の、軽そうな若者だ。

「帰れ」

 しっしっ……と、邪険に手を払う。

「いきなり何スか!?」

 納得出来るわけも無く、食い下がる。

「仕事が無ぇのにいてもしょうがねぇだろ」

「そりゃまぁ、そうッスけど……」

「んじゃおめぇ、パソコンできっか?」

「うっ……!ハイテクは、苦手ッス……」

「フォーク、動かせっか?」

「……無免ッス」

「顧客応対、できっか?」

「……さいなら」

 消沈して作業着を着替えるヨシヒコに、カントクが声をかける。

「ま、詫びにメシ奢ってやるから許せ」

 がばっ、と、一変して喜色満面になるヨシヒコ。

「マジっスか!? ひゃっほー!」

 いいタイミングで、ヨシヒコの腹がグゥ……と鳴る。

「お前、朝飯食ってきたか?」

 現場ならともかく、待機で、そんなに腹が減る筈が無い。

 秀人の問いに、ヨシヒコはからからと笑った。

「節約ッスよ、節約」

 朝食代の数百円すら惜しんで、どうしたいと言うのだろうか。

「深夜にコンビニの廃棄弁当、食い溜めてるから大丈夫ッス!」

「いや大丈夫じゃねーし……」

 まぁ、秀人は秀人で、そういう経験がある以上、あまり強くは言えない。

 

「おーい、メシ食ってくらぁ!」

 カントクが残りの社員に声を掛け、秀人とヨシヒコを伴って事務所を出て行った。

 

 食べに行く、とは言っても、洒落たレストランなどは眼中に無い。

 育ち盛り食べ盛りの男子が二名、仕事柄大食漢の男性が選ぶのは、専ら……

「カントクカントク、肉食いたいッス肉!!」

「焼肉……なら、バイキングだな。ヒデはどうだ?」

「あ、ハイ。問題無いです。つーか大歓迎です」

 高カロリー高タンパクの、炭水化物だった。

 

 ……席に着き、いきなり大量の肉をゴッソリ持って行った三人に、店員がぎょっとした。

 ガツガツと掻き込むように食べるヨシヒコ。

 もりもりと詰め込むように食べるカントク。

 ぱくぱくと流し込むように食べる秀人。

 流石、肉体労働者だった。

 

 腹がある程度ふくれ、雑談が始まった。

「でも、そのナントカ商会って、そんなに酷い奴らなんスか?」

 と、ヨシヒコが軽い調子で聞く。

「鉄骨縛るのに、手間が掛かるからってハーネスの本数を減らすような奴らだ」

 ……ぴたり、と。秀人の箸が止まる。

「……事故は?」

「あぁ、現場ではバンバン起きてるだろうよ。コトを荒立てたくないから、救急車も呼ばねぇらしいけどな」

 ふん、と、忌ま忌ましそうに烏龍茶を煽る。

「……そうですか」

 ため息をつき、また肉に箸を伸ばす。

「ちょ、それだけッスかヒデさん!?」

 ガタンッ、と、椅子を蹴立てて立ち上がるヨシヒコ。

 その目は、若い正義感に燃えていた。

「悪徳業者に、一杯喰わせてやろうとか……!」

「……あのなぁ、ヨシヒコ」

 言い聞かせるように、カントクが言う。

「一杯……どうやって喰わせるんだ?」

「えっ……えーっと、それは」

 途端、ごにょごにょと口ごもるヨシヒコ。

「仮に、手段があったとして、やってどうなる?

 俺達が、業界から追われて刑務所入ってオシマイだ」

「ううぅ……納得できないッス」

 秀人も、憤りを感じないかと聞かれれば、答えはノーだ。

 だが、納得するしか無いのだ。

 それが、たとえグレーゾーンだろうが、合法であれば、納得するしか無いのだ。

 

 

――Prrrrr……

 

 と、秀人のポケットから、携帯電話の着信音が響いた。

 目で了解を取り、電話を取り出す。

 相手は、

「……桃子?」

 まだ、翠屋は営業時間真っ只中の筈。

 怪訝な顔で、通話ボタンを押す。

「桃子、どうした?」

『な、なのは、なのはが……!!』

「おい、落ち着け。なのはが、どうしたって?」

 動揺し、まともな会話が成り立たない。

 がさごそ、と、電話口の向こうで音がする。

『秀人、俺だ』

「恭也か。……一体、何があったんだ? なのはがどうとか……」

『落ち着いて、聞いてくれ』

 ただならぬ雰囲気に、秀人の表情が張り詰めていく。

 

――――話を聞き終えた瞬間、走り出していた。

 

『今日、なのはが友達を連れて、翠屋に来たんだ』

 

 カントクやヨシヒコを振り返りもせず、店を飛び出し、職場まで。キーを取り出し、バイクに跨がる。

 

『その、帰り道で……近くのトラックから、荷物が雪崩落ちて』

 

 キュボッ! と、エンジンを点火し、フル加速で走り出した。

 

『なのはが、友達を庇って飛び出したんだ』

 

 大通りを、路地を、最短距離で駆け抜ける。

 

『それで、なのはが頭に怪我を……』

 

 ギャギギギッ!!と、タイヤ痕を残す程のフルブレーキを掛ける。

 入口を、受付を、全力疾走し……

 

――バンッ!

 

「なのは、」

 病室に飛び込む。

 ベッドの中では、なのはが寝息を立てていた。

……近付いて、息を呑む。

 なのはの頭には、額を隠すように、包帯が巻かれていた。

「ひでと……」

 フェイトが、ふらふらと秀人に寄っていく。

「ごめんなさい……ボク、なのはの『ごえい』なのに……! なのはのそばを、はなれちゃった……」

秀人にしがみつき、しくしくと涙を流した。

「……相手は?」

 それを宥めながら、恐らく一番冷静であろう恭也に聞く。

「カタギリ商会、という連中だ」

「……なに?」

 唖然とする秀人に、恭也は押し殺した口調で続ける。

「治療費と、慰謝料の額だけを告げて、それっきりだ」

「…………」

 そこに、白衣を着た壮年の男性がやってきた。

「あ、お父さん……」

 望の父親。そして、この診療所の医師でもある、八代信義だった。

「高町さん、お待たせしました」

 カルテを置き、なのはの容態について説明を始めた。

「まず、命に別状はありません。失神しているのは、極度の緊張からの、疲労によるものです。じきに目を覚ますでしょう」

 まずは、一安心だった。

「……ふぅ」

 ぱたん、と、フェイトが倒れ込み、秀人が支えた。

「あの、先生……怪我の方は……?」

 桃子が聞く。

「幸いにも、切断面が綺麗でした。適切に処置すれば、縫う必要も無いでしょう。傷痕も残りません」

 

「…………」

 秀人は無言で、医師の話に耳を傾ける。

「…………」

 いや、聞いてなどいなかった。

 ……もう、それ以外を考える余裕が無くなったのだろう。

 

 無言のまま、病室を後にした。

 敷地から出て、すたすたと歩き続ける。

 

「……は、」

 かたかたと、噛み合わぬ歯が鳴る。

「はは……」

 口角を吊り上げ、狂ったように笑い出した。

「くはははははっ………………、あぁ、そうだよ」

 哄笑から一変。

 虚ろな無表情で、歩き出す。

「……ヨシヒコ、お前は正しかったよ」

 したり顔で納得していた数時間前の自分を、ぶちのめしてやりたかった。

「……」

 そう。

 災害というものは、誰にでも起こりうることだ。

「関係が無いなんて、有り得ないよな……」

 ふらふらと、夢遊病患者のように……しかし、方角は一直線に。

 すぅっ……と、俯いていた顔を上げる。

 その顔は……

 

「物理的にブッ潰す……!!!」

 

 恐ろしいまでに、凄惨な笑みを浮かべていた。

 

――ドンッ!!

 

 飛行魔法を、行使。

 一直線に、敵の下へ――

 

 

 あるビルの、最上階。

「……えぇ、そのように計らって下さい」

 仕立ての良い高級スーツに、高価な腕時計。

 装飾品の一つ一つから、この男性が、所謂『成功者』であることを物語っていた。

「そうです。積荷が落下してしまったのは、不運な事故。委託業者の怠慢が招いたこと……」

 ……但し、ろくでもない類の。

 こうして下請を生贄に、損失を免れる。

 いつもの手口だった。

「被害者の方には、委託業者の保険から、十分な保障をするように。では」

 がちゃん、と電話を切る。

「ふぅ……まったく。たかが事故くらいで手を煩わせないで欲しいものですね」

 テーブルでポーカーに興じていた、筋者らしき巨漢達が男に話し掛けた。

「カタギリさん、どうかしたッスかー?」

「いえいえ、ただの現場事故ですよ」

 ただの……で済ませるあたり、罪悪感など微塵も感じていないのだろう。

「あーあ、カタギリさんが下請クンせっつくから……」

「イジメはよくないですよー?」

 男……カタギリは、にこやかな笑みを貼付けたまま、それを鼻で笑う。

「いえいえ、私は単に、ぼやいただけですよ。『資材の積み込みが、遅いようですね』と……それを、下請さんが耳聡く聞き付けたに過ぎません」

「ははは、違いねぇや!」「そうそう、下請さんの自業自得!」「次はどこに『依頼』しますぅー?」「ぎゃはははは!」

 げらげらと、室内に下卑た笑いが満ちる。

「そうですねぇ……では、本来この案件を落札したはずだった所にでも……」

 ……ゲスな話に夢中なカタギリ達は、気付かない。

 窓の外。

 一つの影が、迫っていることに。

 人通りの無い裏路地に面しているとはいえ、地上十階。

 その影は、一切の減速無し……どころか、むしろ加速し……!!

 

 

――ガゴシャアァッ!!

 

 

 コンクリートの壁と、強化ガラスをたやすく破壊突破し、室内に突撃してきた。

「な……何ですか一体!?」

 デスクの残骸の中から、カタギリが這い出す。

 彼が、そして、室内の男達が見たものは……

 

「………………覚悟は、出来ているだろうなあァ……!?」

 

――地獄の鬼をも喰らい尽くす、悪鬼羅刹の威容だった。

 

 

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