魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
時間は、数時間前に遡る。
秀人は、会社の事務所にいた。
デスクに腰掛け、型遅れのノートパソコンで、在庫表をチェックし、発注書を作成していた。
「……ふあぁ」
と、応接間とは名ばかりの、仕切で区切られたブースから、大きな欠伸が聞こえてきた。
「……あーあ、まだ昼前か」
ふて寝していたらしい。むくりと起こした身体は、ニメートルにも迫る巨体だ。横幅もあるが、その殆どが筋肉。黒く日に焼けた肌が、いかにも肉体労働者らしい。
彼は、秀人が勤める建設会社の現場監督兼……アルバイトを含めても、両手の指で事足りる小規模な会社の、社長だ。
従業員達からは、親しみを込めて『カントク』と呼ばれている。
「クソ……あの野郎」
その彼が、明らかに不機嫌だった。
それもそのはず。
今日は本来なら、新たに建てられる施設の基礎工事を行っているはずだった。
その割と大きめの案件を、他社に奪われてしまったのだ。
どうということは無い。
……それが、合法的に行われたのなら、の話だが。
今回、その案件を掻っ攫っていった建設会社は、業界では名を馳せる、悪徳業者……というか、ヤクザの傘下だった。コストダウンを唄った粗悪な材料。手抜き工事。作業は下請に丸投げ。安全管理も何も無い。
そんな連中が奪った仕事とは……病院の、新しい病棟を建てる仕事。
「タチの悪いジョークだぜ……」
ふて腐れ、煙草に火を点ける。
秀人が、見るに見兼ねて発言する。
「カントク、俺、半日で上がりましょうか?
ノート貸してくれれば、明日までに上げておきますけど」
仕事が無いなら、いるだけ人件費の無駄だ。
「いや、ヒデはいろ。……おい、ヨシ!」
代わりにカントクが呼んだのは、中卒でアルバイトのヨシヒコだった。
「うぃーッス。何スか、カントク?」
金髪に失敗したような黄色髪の、軽そうな若者だ。
「帰れ」
しっしっ……と、邪険に手を払う。
「いきなり何スか!?」
納得出来るわけも無く、食い下がる。
「仕事が無ぇのにいてもしょうがねぇだろ」
「そりゃまぁ、そうッスけど……」
「んじゃおめぇ、パソコンできっか?」
「うっ……!ハイテクは、苦手ッス……」
「フォーク、動かせっか?」
「……無免ッス」
「顧客応対、できっか?」
「……さいなら」
消沈して作業着を着替えるヨシヒコに、カントクが声をかける。
「ま、詫びにメシ奢ってやるから許せ」
がばっ、と、一変して喜色満面になるヨシヒコ。
「マジっスか!? ひゃっほー!」
いいタイミングで、ヨシヒコの腹がグゥ……と鳴る。
「お前、朝飯食ってきたか?」
現場ならともかく、待機で、そんなに腹が減る筈が無い。
秀人の問いに、ヨシヒコはからからと笑った。
「節約ッスよ、節約」
朝食代の数百円すら惜しんで、どうしたいと言うのだろうか。
「深夜にコンビニの廃棄弁当、食い溜めてるから大丈夫ッス!」
「いや大丈夫じゃねーし……」
まぁ、秀人は秀人で、そういう経験がある以上、あまり強くは言えない。
「おーい、メシ食ってくらぁ!」
カントクが残りの社員に声を掛け、秀人とヨシヒコを伴って事務所を出て行った。
食べに行く、とは言っても、洒落たレストランなどは眼中に無い。
育ち盛り食べ盛りの男子が二名、仕事柄大食漢の男性が選ぶのは、専ら……
「カントクカントク、肉食いたいッス肉!!」
「焼肉……なら、バイキングだな。ヒデはどうだ?」
「あ、ハイ。問題無いです。つーか大歓迎です」
高カロリー高タンパクの、炭水化物だった。
……席に着き、いきなり大量の肉をゴッソリ持って行った三人に、店員がぎょっとした。
ガツガツと掻き込むように食べるヨシヒコ。
もりもりと詰め込むように食べるカントク。
ぱくぱくと流し込むように食べる秀人。
流石、肉体労働者だった。
腹がある程度ふくれ、雑談が始まった。
「でも、そのナントカ商会って、そんなに酷い奴らなんスか?」
と、ヨシヒコが軽い調子で聞く。
「鉄骨縛るのに、手間が掛かるからってハーネスの本数を減らすような奴らだ」
……ぴたり、と。秀人の箸が止まる。
「……事故は?」
「あぁ、現場ではバンバン起きてるだろうよ。コトを荒立てたくないから、救急車も呼ばねぇらしいけどな」
ふん、と、忌ま忌ましそうに烏龍茶を煽る。
「……そうですか」
ため息をつき、また肉に箸を伸ばす。
「ちょ、それだけッスかヒデさん!?」
ガタンッ、と、椅子を蹴立てて立ち上がるヨシヒコ。
その目は、若い正義感に燃えていた。
「悪徳業者に、一杯喰わせてやろうとか……!」
「……あのなぁ、ヨシヒコ」
言い聞かせるように、カントクが言う。
「一杯……どうやって喰わせるんだ?」
「えっ……えーっと、それは」
途端、ごにょごにょと口ごもるヨシヒコ。
「仮に、手段があったとして、やってどうなる?
俺達が、業界から追われて刑務所入ってオシマイだ」
「ううぅ……納得できないッス」
秀人も、憤りを感じないかと聞かれれば、答えはノーだ。
だが、納得するしか無いのだ。
それが、たとえグレーゾーンだろうが、合法であれば、納得するしか無いのだ。
――Prrrrr……
と、秀人のポケットから、携帯電話の着信音が響いた。
目で了解を取り、電話を取り出す。
相手は、
「……桃子?」
まだ、翠屋は営業時間真っ只中の筈。
怪訝な顔で、通話ボタンを押す。
「桃子、どうした?」
『な、なのは、なのはが……!!』
「おい、落ち着け。なのはが、どうしたって?」
動揺し、まともな会話が成り立たない。
がさごそ、と、電話口の向こうで音がする。
『秀人、俺だ』
「恭也か。……一体、何があったんだ? なのはがどうとか……」
『落ち着いて、聞いてくれ』
ただならぬ雰囲気に、秀人の表情が張り詰めていく。
――――話を聞き終えた瞬間、走り出していた。
『今日、なのはが友達を連れて、翠屋に来たんだ』
カントクやヨシヒコを振り返りもせず、店を飛び出し、職場まで。キーを取り出し、バイクに跨がる。
『その、帰り道で……近くのトラックから、荷物が雪崩落ちて』
キュボッ! と、エンジンを点火し、フル加速で走り出した。
『なのはが、友達を庇って飛び出したんだ』
大通りを、路地を、最短距離で駆け抜ける。
『それで、なのはが頭に怪我を……』
ギャギギギッ!!と、タイヤ痕を残す程のフルブレーキを掛ける。
入口を、受付を、全力疾走し……
――バンッ!
「なのは、」
病室に飛び込む。
ベッドの中では、なのはが寝息を立てていた。
……近付いて、息を呑む。
なのはの頭には、額を隠すように、包帯が巻かれていた。
「ひでと……」
フェイトが、ふらふらと秀人に寄っていく。
「ごめんなさい……ボク、なのはの『ごえい』なのに……! なのはのそばを、はなれちゃった……」
秀人にしがみつき、しくしくと涙を流した。
「……相手は?」
それを宥めながら、恐らく一番冷静であろう恭也に聞く。
「カタギリ商会、という連中だ」
「……なに?」
唖然とする秀人に、恭也は押し殺した口調で続ける。
「治療費と、慰謝料の額だけを告げて、それっきりだ」
「…………」
そこに、白衣を着た壮年の男性がやってきた。
「あ、お父さん……」
望の父親。そして、この診療所の医師でもある、八代信義だった。
「高町さん、お待たせしました」
カルテを置き、なのはの容態について説明を始めた。
「まず、命に別状はありません。失神しているのは、極度の緊張からの、疲労によるものです。じきに目を覚ますでしょう」
まずは、一安心だった。
「……ふぅ」
ぱたん、と、フェイトが倒れ込み、秀人が支えた。
「あの、先生……怪我の方は……?」
桃子が聞く。
「幸いにも、切断面が綺麗でした。適切に処置すれば、縫う必要も無いでしょう。傷痕も残りません」
「…………」
秀人は無言で、医師の話に耳を傾ける。
「…………」
いや、聞いてなどいなかった。
……もう、それ以外を考える余裕が無くなったのだろう。
無言のまま、病室を後にした。
敷地から出て、すたすたと歩き続ける。
「……は、」
かたかたと、噛み合わぬ歯が鳴る。
「はは……」
口角を吊り上げ、狂ったように笑い出した。
「くはははははっ………………、あぁ、そうだよ」
哄笑から一変。
虚ろな無表情で、歩き出す。
「……ヨシヒコ、お前は正しかったよ」
したり顔で納得していた数時間前の自分を、ぶちのめしてやりたかった。
「……」
そう。
災害というものは、誰にでも起こりうることだ。
「関係が無いなんて、有り得ないよな……」
ふらふらと、夢遊病患者のように……しかし、方角は一直線に。
すぅっ……と、俯いていた顔を上げる。
その顔は……
「物理的にブッ潰す……!!!」
恐ろしいまでに、凄惨な笑みを浮かべていた。
――ドンッ!!
飛行魔法を、行使。
一直線に、敵の下へ――
あるビルの、最上階。
「……えぇ、そのように計らって下さい」
仕立ての良い高級スーツに、高価な腕時計。
装飾品の一つ一つから、この男性が、所謂『成功者』であることを物語っていた。
「そうです。積荷が落下してしまったのは、不運な事故。委託業者の怠慢が招いたこと……」
……但し、ろくでもない類の。
こうして下請を生贄に、損失を免れる。
いつもの手口だった。
「被害者の方には、委託業者の保険から、十分な保障をするように。では」
がちゃん、と電話を切る。
「ふぅ……まったく。たかが事故くらいで手を煩わせないで欲しいものですね」
テーブルでポーカーに興じていた、筋者らしき巨漢達が男に話し掛けた。
「カタギリさん、どうかしたッスかー?」
「いえいえ、ただの現場事故ですよ」
ただの……で済ませるあたり、罪悪感など微塵も感じていないのだろう。
「あーあ、カタギリさんが下請クンせっつくから……」
「イジメはよくないですよー?」
男……カタギリは、にこやかな笑みを貼付けたまま、それを鼻で笑う。
「いえいえ、私は単に、ぼやいただけですよ。『資材の積み込みが、遅いようですね』と……それを、下請さんが耳聡く聞き付けたに過ぎません」
「ははは、違いねぇや!」「そうそう、下請さんの自業自得!」「次はどこに『依頼』しますぅー?」「ぎゃはははは!」
げらげらと、室内に下卑た笑いが満ちる。
「そうですねぇ……では、本来この案件を落札したはずだった所にでも……」
……ゲスな話に夢中なカタギリ達は、気付かない。
窓の外。
一つの影が、迫っていることに。
人通りの無い裏路地に面しているとはいえ、地上十階。
その影は、一切の減速無し……どころか、むしろ加速し……!!
――ガゴシャアァッ!!
コンクリートの壁と、強化ガラスをたやすく破壊突破し、室内に突撃してきた。
「な……何ですか一体!?」
デスクの残骸の中から、カタギリが這い出す。
彼が、そして、室内の男達が見たものは……
「………………覚悟は、出来ているだろうなあァ……!?」
――地獄の鬼をも喰らい尽くす、悪鬼羅刹の威容だった。