魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
翌日。
「秀人」
営倉の硬いベッドで寝ていた秀人が、目を覚ました。
「艦長がお呼びだ」
「りょーかい」
その手には、相変わらず無骨な手枷が嵌められたままだ。
虜囚の身である証。
が、秀人は不自由な手で器用に顔を洗い、寝癖を整えた。
「……」
「……」
無言で廊下を歩く二人。 クルー達は、何とも言えなさそうな顔で、二人を一瞥していく。
「……気にするな、とは言わないぞ。むしろ気にしろ」
「わかってるよ」
秀人は、やれやれとでも言いたげに、首を振った。
転送ポートから、地球支部へ移動する。
秀人……正確には、その腕の手枷を見て、通りすがった局員達が目を剥く。
「まだ少し、時間があるな……」
時間に神経質なクロノが、それを余らせるようなことは有り得ない。
つまり、口実だ。
「レイジングハートの改修も、仕上げの段階に入っている。折角だし、会っていくか?」
「……」
秀人は、しばし悩む。
クロノは、当然オーケーすると思っていたが……
「……いい。やめとく」
バツが悪そうに、ぼそぼそと断った。
「? 何故だ?」
「多分……いや、絶対に怒るし……」
……今回の大暴走。
危なっかしい秀人を気にかける余り、小言が多くなる傾向があるレイジングハートのことだ。
烈火の如く、秀人を叱り付けるに決まっている。
しかも最近では、自立飛行まで身につけ、ダイレクトアタックまで可能としているのだから……
「……アレ、マジで痛いんだよ」
「なるほど」
うむ、と、尤もらしく頷き……
「では、会いに行こう」
「どうしてそうなる!?行かないっつってんだろ!?」
逃走を図る秀人。が。
――ビンッ!
「なんじゃこりゃー!?」
秀人の手枷は、クロノのS2Uから伸びたワイヤーと接続されていた。
「成る程、成る程……秀人を諌める適役は、レイジングハートだったのか。
艦長が言っても、僕が言っても、高町なのはが言っても、効果が無いわけだ……」
ニマー……と、Sっ気たっぷりな笑みを見せるクロノ。
「さぁ行くぞ。言っておくが、拒否権は無い!」
「い、嫌だ!」
――メキメキメキメキメキ!!
「行かないからな!絶対に、行かないからな!」
壁に指をめり込ませ、必死の抵抗を見せる秀人。……腕力の無駄遣いである。
「くっ……! この、筋肉ゴリラめ……!」
なにげに、クロノも酷かった。
「そうか……そんなに嫌か」
一瞬だけほっとする秀人だったが……
「では……向こうから、来てもらうとしよう」
「クロノくーん。連れて来たけどー……」
ひょこひょこと、エイミィがガラスのような素材で出来た容器を抱えて、やってきた。
「てめ……ッ!?」
ぞわあぁ~……と、秀人の直感が、危機を訴える。
ぱきぃん!!と、容器から『中身』が飛び出してきた。
『秀人オオォ! そこに直れェェェッ!』
「ぎゃあああああぁッ!!」
足をもつれさせながら、曲がり角の向こうへ逃走する。
『逃がすかああぁッ!』
レイジングハートはフィンを展開し、ピンボールのようにそれを追う。そして……
「ぎゃあああああ、」
――ゴキーン!
……何やら、質量を無視した鈍い打撃音が響いた。
「あああぁぁ……」
フェードアウトしていく悲鳴。
そして、バタッ……と、倒れる音がした。
クロノがそちらへ向かうと、頭にでっかいタンコブを乗せた秀人が倒れていた。
しゅるしゅる、と、例の治癒により消えるタンコブ。
「さて、そろそろ時間だな」
クロノは秀人を肩に担ぎ、面会を行う部屋へ向かった。
クロノとエイミィは、フェイトを迎えに行き、今現在、この部屋にいるのは二人だけだった。
『秀人』
「……何だよ」
むすっとした表情で、頭上に視線を向ける。
会議室のソファにもたれ掛かる秀人の額に、レイジングハートが器用に鎮座していた。
『マスターの件……あなたが怒るのも、無理はありません。
というか、あれで怒らなかったら、秀人ではありませんから』
「……じゃあ、何で怒った」
『……私が言わなければ、あなたは二度も三度も無茶を繰り返します』
「……」
当たっているだけに、言い返せない。
『無茶をする前に、その筋肉で出来ているような頭で、思い出してください。
あなたが無茶をすることで、マスターがどれだけ心細い思いをするのか…………私だって、マスターの五倍くらい、心配しているのですよ?』
そして、片翼でべしべしと頭をはたいた。
「……わかったよ」
レイジングハートを、手の平に載せる。
「……傷はもういいのか?」
見たところ、目立った亀裂や欠損は見当たらなくなっている。
『およそ八割……といった具合です。あとは、全体的な耐久力を強化するだけです』
「そっか」
素っ気なく言ってはいるが、心底から安堵していた。
『それと、マリエル技官から朗報が』
「何だ?」
『あなたの専用機が、ロールアウト間近です』
「マジか!?」
『はい。あとは、AIを組み込むだけと。
守護騎士から得られたデータが、非常に有用だったらしいです』
「あぁ、ヴィータのやつ、最近ずっと出ずっぱりだったよな……」
彼女は彼女なりに、秀人への恩を返している最中なのだろう。
レイジングハートが何故か難色を示した。
『ただ、AIが……なんといいますか、中々のお転婆娘でして』
AIの教育を任されていたレイジングハートが、珍しく弱音を吐いた。
『……育て方を、間違えたかもしれません』
育児に悩む、母親のようだった。
「…… 何か心配になってきた」
朗報のはずだったのだが……
『あぁ、いえ……機体性能は、折り紙付きですよ? 正直、これまで存在した全てのデバイスの常識を覆し、凌駕する……現代のロストロギアです』
「……いいのかなぁ、俺がそんな良いもの貰っちゃって」
今更、そんなことを言い出す。
――パシュッ
と、ドアが開く。
「あ、ひでと!」
一番乗りしたフェイトが、飛び込んできた。
いつものラフな私服ではなく、レースの付いたブラウスに、黒いスカート、同色のベストに赤いネクタイという、パリッとした正装だ。
「おー、似合う似合う! 可愛いなぁ」
ひょいっと、脇に手を入れて抱き上げる。
「わーい! ……って、そうだ。でんごん、でんごん」
ギリギリで忘れずにいたフェイトが、うんうんと唸りながら、なのはからの『伝言』を伝える。
「『かすり傷だから、心配しないで。無茶したら、今度は私が怒るからね』……だってさ」
「……怒ってたか?」
「うん。もどってきたら、『おはなし』するって」
「…………はぁ。そうか、ありがとうな」
お話=お説教。
憂鬱になりながらも、覚悟を決めるのだった。
「お待たせ。準備はいいかしら?」
「あぁ、はい。大丈夫です」
「おっけーだよ」
リンディ。
「その様子だと、反省したようだな」
「ふん……反省はしたけど、後悔はしてないぞ」
クロノ。
「あはは……えぇと、秀人、くん……?」
「後で覚えておけ」
「ひいぃ……!? わざとじゃないのに……!」
エイミィと続き、それぞれ席についた。
そして、待つこと数分。
――パシュッ……
ドアを開け、二人の人物が入室してきた。
リンディの将官服と似た……恐らくは、それ以上の身分の者が着る制服を着た、総白髪の男性。
「やぁ、リンディ君。しばらくぶりだね」
「グレアム総司令も、ご壮健なようで何よりですわ」
ギル・グレアム艦隊総司令。
アースラ含む、次元航行艦隊を統べる……通称『空』の、実質トップ。
リンディの資質を見抜き、育て上げた師である。
そして、もう一人はと言うと……
「ふん……手早く済ませろ。私は暇では無い 」
無愛想に鼻を鳴らし、グレアムの隣にどっかりと腰を下ろした。
こちらはまた、グレアムとは意匠が異なる将官服を着ている。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。
……レジアス少将」
レジアス・ゲイズ少将。 またの肩書を、首都防衛司令補佐。
数多の次元世界を股に架ける巨大組織・時空管理局のお膝元……通称『陸』の、次期トップとの呼び声も高い武闘派である。
面識の無い秀人や、常識の無いフェイトなどは、「このオッサン、誰?」という状態なのだが……
「………………」
「………………」
クロノとエイミィは、完全に凍りついていた。
仕方の無いことかもしれない。管理局の実質ツートップが、唐突に目の前に現れたのだ。
「さて、まずはこちら、フェイト・テスタロッサについてです。クロノ執務官」
「え……あ、ハッ!」
気を取り直し、慌ててエイミィから資料を受け取る。
「ご報告した通り、彼女はジュエルシード事件の重要参考人です」
フェイトは、ほけー……っと、虚空を見ている。
「責任能力の有無。意思の所在について、共犯というよりは、むしろ被害者であることは明白であり……」
その後も続く報告に、二人は黙って耳を傾けていた。
なのはの護衛、という話になったところで、レジアスの眉が僅かにひそめられた。
だが、まだ口は出さず、最後まで報告を耳に入れた。
「……フェイト・テスタロッサについては、以上です」
「ふむ……フェイト君、と言うのかね」
まず口を開いたねは、グレアムだった。
「うん。おじさんは?」
「おじ…………ははは、物怖じしない子だね」
「こ、こら……!」
顔面蒼白になるクロノ。 が、グレアムは気にした様子も無く、穏やかに笑う。
「構わないよ、クロノ執務官」
そして、フェイトと目線を合わせた。
「きみは、友達や家族は大事かい?」
「うん、宝物だよ!」
「なら、その気持ちを裏切らないように……嘘にしないようにしたまえ。それを約束してくれるなら、 私は、きみの地球での生活について、口を挟んだりはしないよ」
上々。そう思った一同だったが……
「護衛だと? 正規局員に任せておけばいいものを、でしゃばりおって……」
レジアスの否定的な言葉に、場が凍った。
「そもそも、九歳の子供に何が出来る。」
「それは……それ、は……」
事実として、護衛対象であるなのはが負傷してしまったことが負い目になり、黙り込んでしまった。
「まずは、クラナガンあたりの更正施設に入り、社会への復帰を目指すべきではないのか?」
「……」
正論であるがゆえに、リンディ達も口を挟めない。
「子供の遊びで務まるほど、管理局の責務は……」
「おい、オッサン」
――秀人を除いて。
「今、なんつった?
『子供の遊び』、だと? ろくにフェイトの気持ちも考えないで、決め付けるんじゃねぇよ」
バチッ……と、秀人とレジアスの間に、火花が散った。
「……貴様が、吾妻秀人か」
忌ま忌ましそうに、秀人を睨む。
「少しばかり腕が立つからと言って、図に乗っているようだな」
例の問題のことだろう。
「嘱託魔導師とはいえ、貴様は民間人だ。下手に関わろうとせず、自身の生活を守っていればいいものを……」
「その『自身の生活』の中に、たまたま魔法って要素が入ってるんだよ。だいたい、あんなヘナチョコ古本女に手を焼いているような管理局員に、身の安全を任せられるか」
「目先の対処しか頭に無いような愚か者には、大局を見ることなどできんようだな」
「目先にも対処できないノロマよかマシだ」
「貴様……!」
「レジアス、そのくらいにしないか」
ヒートアップしかけた二人を、グレアムが止めた。
……クロノなどは、顔面蒼白で意識が飛びかけていた。
冗談抜きに、十円ハゲが出来そうだった。
「まぁ、よかろう。
……フェイト・テスタロッサ」
「は、はい……」
フェイトは、すっかり怯えて緊張していた。
「ひとまずは、現地での生活を許可してやろう」
「え……いいの!?」
「投げ出したくなったら、そこの青二才を通して連絡するがいい。すぐさまミッドチルダに引き戻してやる 」
「あ、青二才……」
リンディが、少しショックを受けていた。
「……吾妻秀人」
「何だよ、レジアスのオッサン」
「たとえ力があろうとも……子供が戦場に出ることは、間違っている」
「……」
「それを、ゆめゆめ忘れるな」
「……ふん。知るか」
レジアスと秀人は、終始険悪なまま、接触を終えた。
リンディは二人の見送りに。
クロノ、エイミィは、心労からぐったりともたれ掛かっていた。
「ねーねー、ひでと」
くいくい、と、フェイトが秀人の袖を引く。
「あの、ふとっちょの方のおじさんさぁ」
「あぁ、レジアスのオッサン?
あの人なぁ……」
顔を見合わせた二人は、うん、と頷き……
「怖いけど、いい人だよね」
「口は悪いけど、間違った事は言ってないよな」
意外なことに、異口同音に、その人柄を肯定した。
「…………はぁ」
そこに、リンディが戻ってきた。
「秀人くううぅぅん……!」
……怨霊と見紛うほど、恐ろしい声だった。
「今度という今度は……堪忍袋の尾が切れました!」
……ここまで怒るリンディを見たのは、初めてだった。
「嘱託魔導師・吾妻秀人!」
「……はい」
「あなたへの罰則を、言い渡します……!」
ごくりと唾を飲み込む秀人。
「無人世界での、単身生存演習! 場所は……」……なにやら、『生存』などという生臭い言葉が出てきた。
「生存、演習……!?」
「く、クロノくん、大丈夫?真っ青だよ?」
「は、ははは……いや、いくら何でも、まさか……」
引き攣った笑いを漏らすクロノ。どうやら、トラウマがあるらしい。
「第48、管理世界!!」
クロノが、白目を剥いて失神した。