魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第二十九話

「はぁ……」

 秀人は、海鳴市の路上を、一人で歩いていた。

 例の訓練という名の懲罰の下準備のために、一時的に釈放されたのだ。

 下準備とは、他でも無い……

「有給休暇……申請、通るかなぁ……」

 社会人の憂鬱である。

「はぁ……」

 足取りは重く……しかし、すぐに会社に到着してしまった。

 

(……どう考えたって、無理だ)

 

 常識的な社会に属している(つもりの)ごく常識的な(つもりの)一般人である(つもりの)秀人には、自分の仕事をほうり出し、一月近い休暇を取るような非常識さは持ち合わせていなかった。

 

「よっし、バックレようっと!!」

 

 そうと決まれば、足取りは軽くなる。

 トントントンッ、と階段を駆け上がり、ガチャッとドアを潜る。

「おはよーございまーす!」

 元気に挨拶。今日も、気持ち良く始業できる……

 

「あら、遅かったわね秀人君」

 

(そう考えていた時期が、俺にもありました……)

 

「間違えました」

 

――がちゃん。

 

 ドアを閉め……再び開ける。

「おう、ヒデ! 待ってたぞ座れ座れ!」

 ……そう言うカントクの目の前。

 出された茶をすする、妙齢の美女。

 馴染みではあるが、場違いな……リンディ・ハラオウンだった。

 

 

「……何やってるんスかアンタはああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 ……事務所に、秀人の切ない叫びがこだました。

 

「いっやー、まさか、ヒデの奴にこんな美人の知り合いがいたとは……」

「あら、お上手ですこと」

 つい先日、自分がふて寝していた応接間で、リンディをもてなすカントク。

「……奥さんにバラしてやっからな」

 その、鼻の下を伸ばしっ放しにするカントクの隣に、ムスッとしたしかめっ面で腰掛ける秀人。

「それでは……」

「えぇ、えぇ。コイツでよければ、いくらでも使ってやって下さい」

 ぼん、と秀人の頭に手を置く。

 それをやんわりと払いのけ、

「カントク、本気ですか?

 

……俺一人で、僻地に出張なんて」

 

 そう。リンディが取った手段とは……秀人が社会人であるということを、正攻法で最大限に利用することだった。

「あァん? ウチが今厳しいって、話したろうが」

 例の仕事が流れてしまい、財政的にはスレスレなのだ。

 たった一人の従業員をレンタルするだけで、流れた仕事の倍額が出るのだ。経営者としても、断る理由が無い。

「お前の知り合いなら信用できるし、特別手当も出て万々歳だろ」

「え……えぇと、俺、家族が……」

「たったの一ヶ月よ」

「なのはが……」

「面会の時間は取るわ」

 だらだらと、暑さとは別の理由で、汗が吹き出して来る。

 知らぬ間に、退路が一つ一つ潰されている。

(管理局は万年人材不足だけどね……?)

 にやぁ……と、浮かべるは女狐の笑み。

 

(予算だけは、潤沢にあるのよ……?)

 

(き……汚ったねええぇぇ~!!)

 

 そして秀人は、第48管理世界へ放り込まれることが確定してしまった。

 

 

 

「……」

 諦め、無言で荷物を纏める秀人。

「……」

 不自然なまでに秀人に背を向け、荷造りを手伝うなのは。

「秀人さん」

「お……おう、どうした?」

「下着と、雑貨はリュックに入れておくから」

「……頼む」

 ちくちくと、突き刺さるようなプレッシャーが、なのはから発せられていた。

「秀人さん」

 リュックサックに、下着とTシャツを入れる。

「おう」

 タオルを綺麗に折りたたみ、リュックに入れる。

「二ヶ月、かかるんだよね」

「……おう」

 歯ブラシとコップを、入れる。

「夏休み、終わっちゃうね」

「…………」

 髭剃りと櫛を、入れる。

「夏休み、終わっちゃうね」

「……すんません」

「うぅん、気にしてないから」

「……」

 かちゃん……と、リュックの金具を閉じる音が、いやに大きく聞こえた。

 

「気にしてないから」

 

「…………」

 ……秀人の胃が、ピンチだった。

 

「……なぁ、フェイト」

「……なに、ヴィータ」

 部屋の片隅に、被害が及ばないように待避していた二人が、こしょこしょと小声で話していた。

 ユーノとアルフは、無限書庫の探索に……と、既にいなくなってしまった。

「アイツ、なにやったんだ?」

「あー……えぇと……わるものをやっつけた、らしいんだけど」

「……それが、何で辺境世界に放逐されることになったんだよ」

「しらないよ……ボクにきかないで」

「つかえねー奴……」

「なんだと!?」

 がたっと立ち上がる。

 

「フェイト、ヴィータ」

 

 それを、恐ろしく平坦な声が瞬間冷却した。

 ぱたん……

 箪笥の戸が、閉じる。

「悪いんだけど、少し静かにしててくれるかな?」

「「はい」」

 再び、置物に戻る二人。

 

「えっと……それじゃあ……」

 荷物を抱え、玄関に。

 靴を履き替え……

 

――どすん。

 

「おわっ」

 バランスを崩しかけた。

 後ろを見てみると、なのはが、秀人の背負うリュックサックを掴んでいた。

「どうした……?」

「……ちゃやだ」

「え……?」

 ばっ、と顔を上げる。

 

「行っちゃ嫌だ!」

 

 ぷるぷると、目いっぱいに涙を溜め……縋るように、秀人を見上げていた。

「えと……何日かに一度は、面会オーケーらしいから、それで……」

「毎日がいい」

「な、」

 

「毎日会えなきゃ嫌!」

 

 ……まるで、というか、まるっきり、駄々っ子だった。

「……ごめんな」

 申し訳なさそうに、玄関の扉に手をかける秀人。

 

「なのは……」

「ううぅ~~~!」

 両手で、チェーンをしっかりと握りしめる。

 とうとう、ぽろぽろと涙が零れてしまった。

「なのは」

 それを見たフェイトが、なのはに近付く。

「だめだよ、それ以上は。ひでと、こまってるよ」

「困ればいいんだ…………秀人さんなんて、困っちゃえばいいんだ!」

「なのは!」

 ぐいっと襟首を掴まれ、引き倒される。

「うきゃっ……」

 反動で尻餅をつくなのは。

 ずいっ、と顔を近づけ、フェイトが凄む。

「これ以上わがまま言ったら、おこるからね」

「……だって、」

「なのは!」

「うぅ~~!!」

 

「二人とも、少し落ち着けよ……」

 秀人が仲裁する。

「はぁい……」

 フェイトは渋々頷くが……

「……」

 なのはは、何も言わなかった。

「……じゃ、行ってくる」

 なのはの頭を撫でる。

 それを跳ね退けるような真似はしなかったが……

「……いってらっしゃい」

 むすー……っと、膨れっ面のままだった。

 

 

 秀人は、そのまま地球支部へと向かった。

「時間ギリギリだな」

「わりぃ」

 クロノが先導し、転送ポートへ。

「では、もう一度確認するぞ」

 

――基本は自給自足。現地の動植物を狩猟する。

 

――定期的に執務官が査察に入るが、期間中は基本ノータッチ。

 

 主に、この二つ。

 ……正直、罰ゲーム以外の何物でも無い。

 かく言うクロノも、同様の訓練で死にかけて以来、トラウマになっていた。

「植物を採る時は、よく吟味することだ。

一見無害そうに見えて、とんでもない毒性を持っていたりする」

「……具体的には?」

「周囲の色彩が反転して、ありもしない花畑が見えた」

「……」

「妖精が飛んでいる光景を見た」

 食料の安全性すら保証されないらしい。

「動物を狩猟する際、それがどのような生態の生物なのか、よく観察しておけ。

一頭を仕留めたら、数十頭の群れに追われるということもありえる。

他にも、翼竜に啄まれたり、角獣に刺されたり……」

「あーもう! 不安になるからやめろっつーの!!」

 

 すたすたと、覚悟を決めて転送ポートに入る。

「んじゃ、行ってくる」

「死ぬなよ」

 

 そして、転送ポートが輝き……

 

――バシュッ!

 

 秀人が、その中に消えた。

 

 

 

 一方その頃。

「…………、」

 なのはは、膝を抱えて、壁とにらめっこをしていた。

 秀人が出て行った、その翌日。

「なのはー」

「……なに」

「おなかすいた」

 時計を見れば、そろそろ正午だった。

「……ちょっと待ってて」

 不機嫌でも、家事を怠る気はないらしい。

 冷蔵庫から三人分、肉や野菜を取り出した。

 

 もぐもぐと、いつもの半分の面子で昼食を食べる。

 ふと、フェイトが思い出したかのように言った。

「そういえば、きょうやとみゆきに呼ばれてなかったっけ?」

「あ……」

 なのはにしては珍しい、うっかりだった。

 幸いにも、約束の時間は夕方だ。

「そうだった……」

「ボクとヴィータも行っていいよね?」

「んー……」

 かちかち、とメールを打ち、確認。

「うん、来ていいって」

「いや、アタシは……」

 渋るヴィータ。

 なにげに、彼女も人見知りの気があった。

「駄目。

一応、保護観察の身なんだから」

「……わかった」

 

 そして、夕方。

 バスを乗り継ぎ、高町家にやってきた。

「あぁ、来たのか」

 出迎えたのは、恭也だった。

「早速で悪いが、なのは、道場へ来てくれ」

「……? うん、わかった」

「ボクはー?」

「母さんが、家の方でケーキを用意して待ってるぞ。

えぇと……ヴィータだったか。君も、家の中で待っていてくれ」

「ももこのケーキ!

……ほら、いくよヴィータ!」

「わかったから、引っ張るんじゃねーよ……」

 

 道場に入る。

 静謐な空気に、無意識のうちに身が引き締まる。

 恭也が座った対面に、綺麗に正座する。

「なのは。この前……友達を助けた時、どんな状態だった?」

「どんな、って……」

 その時の体験を、思い出す。

「時間が止まって、自分だけが、その中を動ける……みたいな」

「それは、あの時が初めてか?」

「うぅん。フェイトとの戦闘でも、たまに……割と、自力でもできる」

「……」

「そういえば……あの時、兄さんも動いてたよね?」

 恭也は、考え込んでしまった。言うべきか、言わざるべきか。

 

――御神流。

 

「もしかして、兄さんは自由に『あの状態』になれるの?」

「……ああ」

 恭也は、話すことにした。

 既に、少なからず命のやり取りをする世界に足を踏み入れているなら……むしろ、教えておいた方が助けになる。

「……本来なら、基礎の技から習得していった、その先にある奥義なんだが」

「兄さんが使う、剣術のこと?」

「あぁ。感覚を掴んでいるのなら、あとは、基礎を積むだけでコントロールできるようになる……かもしれない」

 基礎を積む。

 つまりは、剣術を学ぶ、ということ。

「私が、剣術を……」

「なのは次第だ。

修業の間、俺は、なのはを肉親とは思わない。

……それでも、やるか?」

 

 どこかで、聞いたような話だ。

『強くなりたい』という意志に対して、友人が問いたこと。

 あの時の答を……もう一度。

 

「やる」

 

 確かに、告げる。

「……わかった」

 恭也は立ち上がり、神棚に手を入れた。

 かたん……と、板が外れ、奥に空間が現れる。

 そしてそこから、全長80センチ程の、古びた木箱を取り出し、戻ってくる。

 それを、なのはの目の前に置いた。

「……」

 なのはは、吸い寄せられるように木箱に見入る。

 和紙の札で封印されたその箱からは……得体の知れない、呪力のようなものが漂っていた。

「……この封印は、父さんも、俺も、解くことができなかった」

 ぐっ、と恭也が力を込めても、開く気配は無かった。

 箱を封印する札。あまりにも達筆……日本語なのか、それどころか、言語なのかすら怪しい一文が、添えられていた。だが……

 

(……読める?)

 

 何故か、そこに書かれている意味が、読み方が、直接頭に伝わってきた。

「これを開けることが出来たなら……御神流の全てを、お前に伝える」

 要は、入門試験だ。

 

「……『我、ここに……其の名を似って、汝を封ずる』」

 

「……」

 あっさりと読んでみせたなのはに、驚くことも無く見守る恭也。

 

「『其は、海にして空。其は、対にして一』」

 

 書かれた文字が、桜色に発光している。

 恐らくは、この箱の中身……その所有者の魔導師が施した、封印なのだろう。

 全体的に、魔力を持たない人間が大多数を占める地球において、これほど有効な封印は無い。

 

「『汝が名は……』

 

そして……その名を、告げる。

 

『二刀一対

 

――――――――回天・桜花』」

 

 

――バチッ……!

 と、札が焼失した。

「……」

 箱を開けると、そこには……

 

「……刀」

 

 長さにして、約60センチほどの小太刀が二振り、納められていた。

「その箱は、父さんが生家から持ち出した物で……御神流の創始者の刀らしい」

 目で促され、持ち上げてみる。

「……」

 鍛造された鋼の、ずっしりした重み。

「それが、『人を斬る』ということの重さだ」

「……」

 鞘から抜く。

 長い間封印されていたというのに、刃は曇り一つ無く、鏡のようだ。

「明日から、稽古をつけてやる」

 

「……よろしく、お願いします」

 

 鞘に納め、道場を後にした。

「……秀人さん」

 今頃別の場所にいるであろう秀人に向けて、口にする。

 もう、不貞腐れているのは終わりだ。

 

「私、頑張るから」

 

 かしゃん、と、二刀の鞘が、それを激励するように鳴った。

 

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