魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「はぁ……」
秀人は、海鳴市の路上を、一人で歩いていた。
例の訓練という名の懲罰の下準備のために、一時的に釈放されたのだ。
下準備とは、他でも無い……
「有給休暇……申請、通るかなぁ……」
社会人の憂鬱である。
「はぁ……」
足取りは重く……しかし、すぐに会社に到着してしまった。
(……どう考えたって、無理だ)
常識的な社会に属している(つもりの)ごく常識的な(つもりの)一般人である(つもりの)秀人には、自分の仕事をほうり出し、一月近い休暇を取るような非常識さは持ち合わせていなかった。
「よっし、バックレようっと!!」
そうと決まれば、足取りは軽くなる。
トントントンッ、と階段を駆け上がり、ガチャッとドアを潜る。
「おはよーございまーす!」
元気に挨拶。今日も、気持ち良く始業できる……
「あら、遅かったわね秀人君」
(そう考えていた時期が、俺にもありました……)
「間違えました」
――がちゃん。
ドアを閉め……再び開ける。
「おう、ヒデ! 待ってたぞ座れ座れ!」
……そう言うカントクの目の前。
出された茶をすする、妙齢の美女。
馴染みではあるが、場違いな……リンディ・ハラオウンだった。
「……何やってるんスかアンタはああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
……事務所に、秀人の切ない叫びがこだました。
「いっやー、まさか、ヒデの奴にこんな美人の知り合いがいたとは……」
「あら、お上手ですこと」
つい先日、自分がふて寝していた応接間で、リンディをもてなすカントク。
「……奥さんにバラしてやっからな」
その、鼻の下を伸ばしっ放しにするカントクの隣に、ムスッとしたしかめっ面で腰掛ける秀人。
「それでは……」
「えぇ、えぇ。コイツでよければ、いくらでも使ってやって下さい」
ぼん、と秀人の頭に手を置く。
それをやんわりと払いのけ、
「カントク、本気ですか?
……俺一人で、僻地に出張なんて」
そう。リンディが取った手段とは……秀人が社会人であるということを、正攻法で最大限に利用することだった。
「あァん? ウチが今厳しいって、話したろうが」
例の仕事が流れてしまい、財政的にはスレスレなのだ。
たった一人の従業員をレンタルするだけで、流れた仕事の倍額が出るのだ。経営者としても、断る理由が無い。
「お前の知り合いなら信用できるし、特別手当も出て万々歳だろ」
「え……えぇと、俺、家族が……」
「たったの一ヶ月よ」
「なのはが……」
「面会の時間は取るわ」
だらだらと、暑さとは別の理由で、汗が吹き出して来る。
知らぬ間に、退路が一つ一つ潰されている。
(管理局は万年人材不足だけどね……?)
にやぁ……と、浮かべるは女狐の笑み。
(予算だけは、潤沢にあるのよ……?)
(き……汚ったねええぇぇ~!!)
そして秀人は、第48管理世界へ放り込まれることが確定してしまった。
「……」
諦め、無言で荷物を纏める秀人。
「……」
不自然なまでに秀人に背を向け、荷造りを手伝うなのは。
「秀人さん」
「お……おう、どうした?」
「下着と、雑貨はリュックに入れておくから」
「……頼む」
ちくちくと、突き刺さるようなプレッシャーが、なのはから発せられていた。
「秀人さん」
リュックサックに、下着とTシャツを入れる。
「おう」
タオルを綺麗に折りたたみ、リュックに入れる。
「二ヶ月、かかるんだよね」
「……おう」
歯ブラシとコップを、入れる。
「夏休み、終わっちゃうね」
「…………」
髭剃りと櫛を、入れる。
「夏休み、終わっちゃうね」
「……すんません」
「うぅん、気にしてないから」
「……」
かちゃん……と、リュックの金具を閉じる音が、いやに大きく聞こえた。
「気にしてないから」
「…………」
……秀人の胃が、ピンチだった。
「……なぁ、フェイト」
「……なに、ヴィータ」
部屋の片隅に、被害が及ばないように待避していた二人が、こしょこしょと小声で話していた。
ユーノとアルフは、無限書庫の探索に……と、既にいなくなってしまった。
「アイツ、なにやったんだ?」
「あー……えぇと……わるものをやっつけた、らしいんだけど」
「……それが、何で辺境世界に放逐されることになったんだよ」
「しらないよ……ボクにきかないで」
「つかえねー奴……」
「なんだと!?」
がたっと立ち上がる。
「フェイト、ヴィータ」
それを、恐ろしく平坦な声が瞬間冷却した。
ぱたん……
箪笥の戸が、閉じる。
「悪いんだけど、少し静かにしててくれるかな?」
「「はい」」
再び、置物に戻る二人。
「えっと……それじゃあ……」
荷物を抱え、玄関に。
靴を履き替え……
――どすん。
「おわっ」
バランスを崩しかけた。
後ろを見てみると、なのはが、秀人の背負うリュックサックを掴んでいた。
「どうした……?」
「……ちゃやだ」
「え……?」
ばっ、と顔を上げる。
「行っちゃ嫌だ!」
ぷるぷると、目いっぱいに涙を溜め……縋るように、秀人を見上げていた。
「えと……何日かに一度は、面会オーケーらしいから、それで……」
「毎日がいい」
「な、」
「毎日会えなきゃ嫌!」
……まるで、というか、まるっきり、駄々っ子だった。
「……ごめんな」
申し訳なさそうに、玄関の扉に手をかける秀人。
「なのは……」
「ううぅ~~~!」
両手で、チェーンをしっかりと握りしめる。
とうとう、ぽろぽろと涙が零れてしまった。
「なのは」
それを見たフェイトが、なのはに近付く。
「だめだよ、それ以上は。ひでと、こまってるよ」
「困ればいいんだ…………秀人さんなんて、困っちゃえばいいんだ!」
「なのは!」
ぐいっと襟首を掴まれ、引き倒される。
「うきゃっ……」
反動で尻餅をつくなのは。
ずいっ、と顔を近づけ、フェイトが凄む。
「これ以上わがまま言ったら、おこるからね」
「……だって、」
「なのは!」
「うぅ~~!!」
「二人とも、少し落ち着けよ……」
秀人が仲裁する。
「はぁい……」
フェイトは渋々頷くが……
「……」
なのはは、何も言わなかった。
「……じゃ、行ってくる」
なのはの頭を撫でる。
それを跳ね退けるような真似はしなかったが……
「……いってらっしゃい」
むすー……っと、膨れっ面のままだった。
秀人は、そのまま地球支部へと向かった。
「時間ギリギリだな」
「わりぃ」
クロノが先導し、転送ポートへ。
「では、もう一度確認するぞ」
――基本は自給自足。現地の動植物を狩猟する。
――定期的に執務官が査察に入るが、期間中は基本ノータッチ。
主に、この二つ。
……正直、罰ゲーム以外の何物でも無い。
かく言うクロノも、同様の訓練で死にかけて以来、トラウマになっていた。
「植物を採る時は、よく吟味することだ。
一見無害そうに見えて、とんでもない毒性を持っていたりする」
「……具体的には?」
「周囲の色彩が反転して、ありもしない花畑が見えた」
「……」
「妖精が飛んでいる光景を見た」
食料の安全性すら保証されないらしい。
「動物を狩猟する際、それがどのような生態の生物なのか、よく観察しておけ。
一頭を仕留めたら、数十頭の群れに追われるということもありえる。
他にも、翼竜に啄まれたり、角獣に刺されたり……」
「あーもう! 不安になるからやめろっつーの!!」
すたすたと、覚悟を決めて転送ポートに入る。
「んじゃ、行ってくる」
「死ぬなよ」
そして、転送ポートが輝き……
――バシュッ!
秀人が、その中に消えた。
一方その頃。
「…………、」
なのはは、膝を抱えて、壁とにらめっこをしていた。
秀人が出て行った、その翌日。
「なのはー」
「……なに」
「おなかすいた」
時計を見れば、そろそろ正午だった。
「……ちょっと待ってて」
不機嫌でも、家事を怠る気はないらしい。
冷蔵庫から三人分、肉や野菜を取り出した。
もぐもぐと、いつもの半分の面子で昼食を食べる。
ふと、フェイトが思い出したかのように言った。
「そういえば、きょうやとみゆきに呼ばれてなかったっけ?」
「あ……」
なのはにしては珍しい、うっかりだった。
幸いにも、約束の時間は夕方だ。
「そうだった……」
「ボクとヴィータも行っていいよね?」
「んー……」
かちかち、とメールを打ち、確認。
「うん、来ていいって」
「いや、アタシは……」
渋るヴィータ。
なにげに、彼女も人見知りの気があった。
「駄目。
一応、保護観察の身なんだから」
「……わかった」
そして、夕方。
バスを乗り継ぎ、高町家にやってきた。
「あぁ、来たのか」
出迎えたのは、恭也だった。
「早速で悪いが、なのは、道場へ来てくれ」
「……? うん、わかった」
「ボクはー?」
「母さんが、家の方でケーキを用意して待ってるぞ。
えぇと……ヴィータだったか。君も、家の中で待っていてくれ」
「ももこのケーキ!
……ほら、いくよヴィータ!」
「わかったから、引っ張るんじゃねーよ……」
道場に入る。
静謐な空気に、無意識のうちに身が引き締まる。
恭也が座った対面に、綺麗に正座する。
「なのは。この前……友達を助けた時、どんな状態だった?」
「どんな、って……」
その時の体験を、思い出す。
「時間が止まって、自分だけが、その中を動ける……みたいな」
「それは、あの時が初めてか?」
「うぅん。フェイトとの戦闘でも、たまに……割と、自力でもできる」
「……」
「そういえば……あの時、兄さんも動いてたよね?」
恭也は、考え込んでしまった。言うべきか、言わざるべきか。
――御神流。
「もしかして、兄さんは自由に『あの状態』になれるの?」
「……ああ」
恭也は、話すことにした。
既に、少なからず命のやり取りをする世界に足を踏み入れているなら……むしろ、教えておいた方が助けになる。
「……本来なら、基礎の技から習得していった、その先にある奥義なんだが」
「兄さんが使う、剣術のこと?」
「あぁ。感覚を掴んでいるのなら、あとは、基礎を積むだけでコントロールできるようになる……かもしれない」
基礎を積む。
つまりは、剣術を学ぶ、ということ。
「私が、剣術を……」
「なのは次第だ。
修業の間、俺は、なのはを肉親とは思わない。
……それでも、やるか?」
どこかで、聞いたような話だ。
『強くなりたい』という意志に対して、友人が問いたこと。
あの時の答を……もう一度。
「やる」
確かに、告げる。
「……わかった」
恭也は立ち上がり、神棚に手を入れた。
かたん……と、板が外れ、奥に空間が現れる。
そしてそこから、全長80センチ程の、古びた木箱を取り出し、戻ってくる。
それを、なのはの目の前に置いた。
「……」
なのはは、吸い寄せられるように木箱に見入る。
和紙の札で封印されたその箱からは……得体の知れない、呪力のようなものが漂っていた。
「……この封印は、父さんも、俺も、解くことができなかった」
ぐっ、と恭也が力を込めても、開く気配は無かった。
箱を封印する札。あまりにも達筆……日本語なのか、それどころか、言語なのかすら怪しい一文が、添えられていた。だが……
(……読める?)
何故か、そこに書かれている意味が、読み方が、直接頭に伝わってきた。
「これを開けることが出来たなら……御神流の全てを、お前に伝える」
要は、入門試験だ。
「……『我、ここに……其の名を似って、汝を封ずる』」
「……」
あっさりと読んでみせたなのはに、驚くことも無く見守る恭也。
「『其は、海にして空。其は、対にして一』」
書かれた文字が、桜色に発光している。
恐らくは、この箱の中身……その所有者の魔導師が施した、封印なのだろう。
全体的に、魔力を持たない人間が大多数を占める地球において、これほど有効な封印は無い。
「『汝が名は……』
そして……その名を、告げる。
『二刀一対
――――――――回天・桜花』」
――バチッ……!
と、札が焼失した。
「……」
箱を開けると、そこには……
「……刀」
長さにして、約60センチほどの小太刀が二振り、納められていた。
「その箱は、父さんが生家から持ち出した物で……御神流の創始者の刀らしい」
目で促され、持ち上げてみる。
「……」
鍛造された鋼の、ずっしりした重み。
「それが、『人を斬る』ということの重さだ」
「……」
鞘から抜く。
長い間封印されていたというのに、刃は曇り一つ無く、鏡のようだ。
「明日から、稽古をつけてやる」
「……よろしく、お願いします」
鞘に納め、道場を後にした。
「……秀人さん」
今頃別の場所にいるであろう秀人に向けて、口にする。
もう、不貞腐れているのは終わりだ。
「私、頑張るから」
かしゃん、と、二刀の鞘が、それを激励するように鳴った。