魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
『グルルルル……!』
大火竜は、秀人たちを吹き飛ばしたはいいものの、見失ってしまったらしい。
荒野の上空をぐるぐると旋回し、ふいっと去って行った。
――ゴソッ……
と、地面が隆起し……
「……行ったか?」
「……さぁね」
頭から土だらけになった二人が、這い出してきた。
「……」
とにかく、抜き足差し足忍び足。
魔力もゼロにし、竜の巨体が入り込めないような、峡谷に退避した。
「まだついて来る気かよ」
「つれないこと言うなって」
「チッ……」
はやても、さすがに二度も大火竜をおびき寄せる愚行は犯さない。
『ギュアア!』
途中、岩場から飛び出して来る亀のような猛獣は……
「……うぜぇ死ね」
『ガ、ガガガ……!』
魔剣を脳天に突き刺し、絶命する。
「おい……!」
反射的に、殺生を咎める秀人。
が、はやては淡々とした表情と口調で、言った。
「馬鹿かお前は。ここは日本じゃ無いんだ。スーパー行けば食べ物が買えるわけでも、蛇口捻りゃ飲料水が出てくるわけでも無い」
「あ……そういや、そうだった。すまん」
突飛な事態に忘れかけていたが……これは、サバイバルだった。
「……食えるの、それ?」
「骨と甲羅以外は。結構イケるよ……よいしょっと」
ずるずると、最小限の身体強化魔法のみを使い、獲物を引きずっていく。
「……」
何となく着いて行った先は、またしても、同様の絵馬モドキが仕掛けられた洞窟だった。
「……」
おもむろに魔剣を取り出し、巨大亀の甲羅の継ぎ目に捩込み……
「よっ……と!」
――バカンッ!
甲羅の一角を、テコの原理で割り開く。
「えらく硬い剣だな……」
呆れながら、そう呟く。
「おい、お前」
「あ、ああ……何だ?」
「手伝え。捌いてる間に腐っちまう」
「……」
一瞬、躊躇する秀人だったが、腐らせるくらいなら、食べてやったほうが供養になるよな……と、手伝いはじめた。
ベリベリと甲羅を剥ぎ取り、内臓と肉とを分ける。そして、運び込める大きさになった食料を、洞窟に運び込んだ。
中は、思いの外涼しい……というか、寒いくらいだった。
肉を、岩塩を砕いた塩の山に放り込む。
「肉は保存が利くから後回しで」
てきぱきと指示を出すはやて。
――く~……
その腹が、可愛らしく鳴った。
「……飯にするか」
「……うん」
はやては、僅かに赤面し、頷いた。
がつがつと、割と品の無い食べ方で、煮込んだモツにかぶりつく。
「んじゃあ、お前……はやても、この世界に飛ばされてきたのか」
「まーね……じゅるるっ」
零れそうになった肉汁を、これまた下品に音を立てて啜る。
「……」
焦りも極限になれば、一回転して平静になるらしい。
はやては堂々と、素顔と本名を晒し、事情を説明した。
『不慮の事態で、魔法の訓練中、この世界に飛ばされた』
と。
ある意味、嘘は言っていない。
「今日で丁度、二週間くらいかなぁ……?」
「二週間……」
初日にして、逃げ回ることしかできなかった秀人には、信じ難い事実だった。
「意外と何とかなる物だよ……ペッ」
……べちゃっ、と、足元に苦みがあったらしき一部を吐き捨てる。
「……」
ぴくぴくと、何かを言いたそうに秀人のこめかみがヒクつくのに、はやては気付かなかった。
「ってなわけで、どーせ長居するなら、目標でも作ろうか……ってことで、あの大火竜を狙ってるんだよ。……げっぷ。もう食べられないや」
そして、食べ残したモツの残りを、無造作に鍋の中に投げ込み……
「……っだああああああぁぁぁ! もう我慢できん!」
秀人の我慢が、限界を迎えた。
「な……何?」
「何だ、お前のその行儀の悪さは!?」
「……はい?」
「食べ物に対する敬意は無いのか!?」
きょとん……としていたはやてだったが、次第に苛立ちが出始めた。
「私が獲物をどう扱おうが、あんたには関係無いじゃん!」
「お前、言ったよな?『食べるために狩った』……って。
狩ったなら、食え! それが、狩られた命に対する礼儀だ!」
「う、ぐぐぐ……!」
……ここで『はい、そうですか』と言える程の素直さがあるのなら、闇の書の主などやってはいないわけで。
「うるっせえぇぇぇ!!」
結局、ブチ切れて飛び掛かって行った。
ごろごれごろ……と床を転がり、取っ組み合いに発展した。
「むぎゃー!!」
噛み付き、引っ掻き……
「いてててて!! やめんか!」
バチーン!という快音響かせ、はやての尻を叩く。
「みぎゃあああぁぁ!! やめろこのロリペド野郎おぉ!」
ぶぅん、と振り上げた足が、秀人の顎を正確に蹴り抜いた。
「げぐっ……! おらああぁぁぁっ!!」
ばちーん!
「ひぎゃあああぁぁ! 尻はやめろっつってんだろおぉぉ!!」
……魔剣を使わないだけ、まだマシかもしれない。
「ぜー、ぜー……!」
「はぁ、はぁ……!」
二人は消耗し尽くし、地面に転がっていた。
なんと無意味な闘争だろうか。
「食い物、粗末に、すんな……!」
尚も言う秀人に、はやては……
「……あーもう!わかったわよ!食えばいいんでしょ!食えば!」
鍋に残ったモツ煮込みを、ヤケクソのように掻き込んだ。
「げっぷ……ど、どうだ……」
青ざめた顔で、勝ち誇った顔を見せる。
「いや……うん、えぇと……一人で全部食え、って言いたかったわけじゃ、無いんだけど……」
「……は?」
「粗末にしなければ、残りは俺が食ったんだけど……」
「……」
ばたーん……と、全ての力を使い果たし、はやては倒れた。
(やっぱり私、こいつ嫌い……)
◆ ◆ ◆ ◆
「っだあああぁ!」
――ガシィッ!
なのはが振り下ろした木刀は、恭也の竹刀に受け止められた。
「こ、の……!」
「腕力に頼り切りになるな!」
対して、恭也の竹刀はぴくりともしない。
――カァンッ!
「あっ!?」
竹刀が回転、木刀が巻き取られ、跳ね上げられてしまう。
反射的に、木刀を目で追うなのは。
――バシンッ!
その額に、竹刀がヒットした。
「あうっ……!」
「何のための二本の得物だ。手から離れた時点で、捨てたものだと思え」
「はい……」
ひりひりする額をさすり、聴き入るなのは。
「もう一本!」
「はいっ!」
木刀を拾い、再び恭也へ挑みかかった。
「今日はここまで」
「……あ、りがとう、ござい、ました……」
へろへろになりながらも、しっかりと礼をする。
「ううぅ……オデコが痛い……」
「よしよし、よく頑張ったぞ」
練習後、美由紀がなのはを膝枕し、額に氷枕を乗せた。
「でもさー、いいの? ユーノに頼めば、パパッと魔法で……」
「それは駄目」
「え……」
「怪我がすぐ治るなんて気持ちで修業してたら、絶対に強くなれない」
「……」
「だから、駄目」
「……そっか―」
特に何も言わず、なのはの髪を撫でる。
「全く、こんな可愛い我が妹に……恭ちゃん!」
「……修業に怪我はつきものだ」
恭也は、バツが悪そうな顔で、反対側に座っていた。
「そりゃ、足くじいたりはするだろうけどさ! アレなら寸止めできたでしょ、恭ちゃんなら!」
「姉さん、いいから……」
「……痛むか?」
今更のように、なのはを心配する。
「超痛い。秀人さんに言いつけてやる」
「やめてくれ……」
ゲンナリする恭也。
「だめ。絶対言ってやる……」
くすくす、と、楽しげに笑う。
思えば、三兄妹だけで過ごすなど、いつ以来だろうか。
さらさらと、夏の夜の生暖かい風が、草を鳴らす。
「な~んか、いいねぇ。こういうの」
仲良し三兄妹みたいでさ……と、少し茶化して言う美由紀。
恭也となのはは、顔を見合わせて笑い……
「おーい! ももこがスイカきるってさー!」
フェイトの元気いっぱいな声が、その時間を終わらせた。
「……ところで、スイカってなにー!? ボク、たべたことなーい!」
歩いてくればいいものを、縁側から大声を張り上げる。
大声を出すことが楽しいらしい。
「流石に、近所迷惑だな」
「そうだね、いこっか」
「ひゃっほー! スイカだー!」
美由紀が、目を輝かせて飛んで行った。
「……姉さん」
「フェイトと仲が良いわけだ」
二人も苦笑しつつ、ヴィータや桃子が待つリビングへ歩いて行った。
◆ ◆ ◆ ◆
秀人がサバイバルを始めて、一週間が過ぎた。
『グガアアァァァア!』
はやての手助けもあったおかげか、一番の心配事だった、飲料水や寝床の問題はクリアした。
『ギャギャギャ!キキー!』
最初はあたふた、はやての後を着いていくのも手一杯だった秀人だが、今では、すっかり……
『ギュイイィィィ!』
『ギャアアアアア!』
『キキイィィィィ!』
『グガアアァァア!』
「うおおおぉ!! ヤバいヤバい流石に死ぬコレは死ぬうぅぅぅ!」
すっかり、獲物として野獣たちに匂いを覚えられていた。
ダダダダダッ!と荒野を疾走し、数えるのも馬鹿らしくなるくらい大量の野獣たちを引き連れる。
と、すこし前方に、薄い煙が立ち上る。
念話が使えない世界での、アナログ極まりない合図手段……狼煙だ。
「あそこかっ!」
そこを目指して、一気にスパートを掛ける。
そこは、対岸が低いため、地平線からは分かりづらい谷だった。
後方に引き連れた獣たちは、頭に血が上って、そもそも気付いていないが。
「はやてえぇぇぇっ!!」
大声で合図し、急旋回。
昂ぶる獣たちの股の間をスライディングでくぐり抜けた。
最前列にいた獣は、唐突に目標を見失い、多々良を踏む。
『ギュエフッ……!』
その背に、後続の獣達が、勢いのままに玉突き事故を起こした。
――ボゴォッ!!
と、崖の手前の大地が、不自然に隆起する。
結果それが、姿勢を崩したところにトドメとなり……
『『『『『ギャアアアアァァァァ!!』』』』』
野獣の群れは、谷底へ転落していった。
「ぜぇ、ぜぇ……」
片や、魔力結合を阻害される環境で、体力魔力を絞り尽くした秀人。
「やぁやぁ、ご苦労さん」
片や、十分な時間を確保し、簡単な物質操作の魔法を一回使ったのみのはやて。
……『保存食大量ゲット』という結果を得るために支払った労力が、違いすぎである。
「おら、いつまでも寝てんな。さっさとずらからないと、また竜が来るぞ」
「少しは、休ませろ……!」
ぜーはー言いながら、谷底まで歩いて下る。
谷底で獣を解体し、隠れ家の洞窟へ運び込んだ。
野菜の採れないこの世界では、ビタミンが不足しがちだ。
だから、とれたてで、鮮度が落ちないうちに、生で食べておくのが習慣になっていた。
ただ、ビタミン豊富とはいっても……
「「不味ッ……!!」」
ロクに火を通していないおかげで、味は散々だ。
「つか、寄生虫とか大丈夫なのかコレ……あぐっ」
「言わないでよ。食べられなくなっちゃう……はぐっ」
固い繊維を無理矢理噛み千切り、腹に詰め込む。
この数週間、口にするのは肉ばかり。
焼肉、塩漬肉、干し肉、燻製肉、生食……
(あーあ、(なのは/リーゼ)の料理が食べたい)
二人して、そんな気持ちを抱いていた。
「げぷっ……」
5キロも食べないで、二人は満腹になった。
「んじゃ、残りは……」
「いつもと同じ、塩漬と燻製」
「あいよー」
肉や内臓を加工すれば、後は自由時間(?)だ。
……娯楽も何も無い、非常にストイックな環境で、やることなんて限られている。
まずは、寝る。
そして……
「……112、113、114、115」
筋トレである。
薄暗い洞窟の中で、黙々と腹筋を鍛える秀人。
その横では……
「ご、ごじゅう、ろく……ごじゅう、なな……」
はやてが、ひーひー言いながら腕立て伏せをしていた。
リーゼとの修業とも違う、地道な運動にはまだ不慣れのようだった。
「120、121、122、123……はやて、無理するなよ。子供のうちから筋肉付けすぎると、身長伸びなくなるぞ……124、125、126……」
「ろく、じゅう……!はぁ、はぁ……うっさい……集中できないでしょ……!」
「あぁ、悪い。……140、141、142、143、144、145、146、147、148………………あー、駄目だ。ちっとも鍛えた気にならん」
もともと、桁外れな筋力を誇る秀人だ。
通常のトレーニングなど、今更、食後の運動程度にしか意味が無い。
「やっぱり、身体よりこっちかな」
見様見真似の座禅を組み、意識を精神の内部に向ける。
「すぅー……はぁー……」
――リンカーコア、起動。
薄らと、秀人の身体に、空色の魔力光が膜のように纏わり付く。
やはり、平常に比べると、その輝きは曖昧で、弱い。
「……」
すぐにギアを繋ぐのではなく……アイドリング状態のまま、体内に留める。
このまま外部へ出力しても、すぐに散ってしまう。
体内を循環させ、純度と密度を上げていく。
意識するのは、あるキーワード。
(俺の、魔力資質……『結合』)
この世界は、常時AMFが展開しているような環境だ。
だが本来なら、秀人の魔力資質の前には、意味を成さない筈。
いつかの日、AMF環境下で、300万という桁外れの数値を記録した時のように。
今、秀人は満足に魔法が使えていない。
それはつまり、魔力資質を引き出せていないということだ。
あの力を完全に引き出すことができれば、飛躍的な戦力向上ができる。
「……!」
手を突き出し、魔法を行使する。
近接攻撃魔法・ブレイド。
普段なら、特に意識せずとも発動できる、ごく初歩の魔法。
「ぅくっ……!」
それが、まともに行使できない。
魔力刃の基となる魔力のフレームが、構築できない。
いつも、どれだけ杜撰に魔法を行使していたのかを痛感する。
……秀人、なのは。
二人に共通するのは、高い魔力、優れた才能……そして、それに見合わぬ魔導師歴の浅さだ。
なにせ、初めてリンカーコアを起動させたのが、命懸けの実戦。
その後も、訓練より実戦の中で才能を開花させるような、言ってしまえば異常な環境が続いた。
直感で、手探りで、魔法の腕を磨いてきた。
そして支払わされたツケが……レイジングハートの大破。
……それを、繰り返さないためにも。
「ぐぐ……!」
徹底的に、鍛え上げる。
「……はァッ!」
そして、気が遠くなるほど……実際には、もっと短いだろうが……とにかく、なんとかフレームの 構築には成功した。
あとは、それをとにかく維持するのだが……
「うあ!?」
――パキィン……!
フレームは、呆気なく砕け散った。
「くそっ……」
悔しげに舌打ちする。
だが、すぐに……
「……もう一回!!」
また、一から始めた。
「……」
それを、無言で眺めるはやて。
(……なんでこいつ、こんなに頑張ってるの?)
あんなやり方、効率が悪い。
疲労と、成果の釣り合いが取れていない。
なのに、それを止めることなく愚直に、反復している。
それを維持できる……いや、こんな世界に飛ばされて、自分を鍛えようなどと思える意思は、どこから生じているのだろうか。
(私は、こいつらを殺して、『鉄槌』の敵を取って……)
はやてを支えているのは、負のモチベーション。
復讐という、わかりやすいものだ。
最初、秀人もまた、自分への復讐のために鍛えているのかと思った。
だが、秀人の態度からは、それが感じられない。
ならば、何故……?
「…………」
考えて、考えて……気付けば、秀人はぐったりと気絶し、無防備に寝転がっていた。
「……チャンスか、これ?」
疲労困憊。
しかも、全く警戒していない。
またと無いチャンス。
――シュッ……
鞘から、魔剣を引き抜く。
――カキン……
秘蔵のカートリッジを、装填。
まだ、秀人には明かしていない。
今なら、殺せる。
もともと、秀人と一週間暮らしていたのは、成り行きと、気まぐれだ。
そして今、チャンスがやってきたことで、気まぐれは終わった。
魔剣を、振り上げ……
「…………」
振り……下ろさない。
「……」
すとん、と腰を下ろし、秀人の顔を覗き込む。
「お前は、どうして……」
『鉄槌』の視界を、通じて見た光景。
ボロボロになって、それなのに……もう一人いた、白い衣服の少女を、身体を盾に守っていた。
「……守るための、力?」
一応の解答に、たどり着いた。
そして、そのあまりの価値観の違いに愕然とした。
「ば……馬鹿じゃないの? 力は、敵を排除するための……」
だが事実、秀人は『そう』してきた。
その力は、その怒りは……誰かのために。
「……自分より大切なものなんて、あるわけ無い!」
苛立ちの末に激昂し、魔剣を秀人の頭、数センチのところに突き立てる。
「他人のための力なんて、まやかしだ!」
認めるわけには、いかなかった。
「どっちが、真に強くなるのか……!」
誰かのために強くなる秀人。
自分のために強くなるはやて。
どちらが、より強いのか。
「見極めてやる!」
……不意打ちではなく、真っ正面からの打倒を、誓った。