魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
……夢を見ている。
起きた時には忘れているかもしれないけど、今、『これは夢だ』と自覚できる、いわゆる明晰夢というやつに違いない。
見下ろしているのは、閑静……というか、民家や施設が少ない、寒々しい路地だった。
舗装もおざなりなその路地を、二人の人間が歩いていた。
『……』
一人は、重い疲労に表情を塗り潰された女性。
まだ30代にも見えるが、白髪が多く、肌に張りが無い。
『……』
もう一人は、その女性に手を引かれる、小学校低学年くらいの男の子だった。
………………あ!
思い出した!
この子、前にも夢で見た、あの子だ!
確か、前は病院のベッドで呻いていたはず。
今、こうして歩いているということは、無事に退院したんだろうか。
けど、妙に重苦しい空気を纏っている。
母親の方は、息子と手を繋ぐ……というより、重い荷物を牽引しているような、義務感だけのような感じだ。
……まぁ、前の『夢』でも、かなりヒステリックな感じだったし、もしかしたら、もともと大して子供に愛情を持っていないのかも。
先に沈黙を破ったのは、男の子だった。
『……お母さん、どこに行くの?』
不安と共に、母親に聞く。
『……あなたが知る必要は無いわ』
投げやりで、ぶっきらぼうで……面倒臭そうな声。
とても、母親が息子に使う声じゃない。
『う、うん…………ごめんなさい、お母さん』
可哀相に、しょげてしまった。
……子供を何だと思ってやがるこのババァ。
夢じゃなかったらブッ殺してるぞ。
……でも、夢だから手出しはできない。
こうして、親子を見続けるしかできない。
くそ……歯痒いな。
そして、妙に高く、不自然に隙間が無い、灰色の塀が現れた。
……そして、無言で塀の横を歩くこと何分か。親子は、大きな鉄扉の前で、足を止めた。
……ただの鉄扉。錆びているわけでも、まがまがしく尖っているわけでもない。
なのに、何でだろう。
その鉄扉が、魔窟への門に感じられるのは。
母親は躊躇せず、扉の横のインターホン
『……××です』
……?
不自然なノイズが走って、名前の箇所だけが聞き取れなかった。
――カシャカシャカシャ……
鉄扉は、電動式のスライドドアだった。
その向こうから、仕立ての良いスーツを着た壮年の男性が歩いてきて、親子を出迎えた。
『やぁ、これはこれは……お待ちしておりました』
にこやかな笑顔だけど……これは、欲を覆う仮面だ。
パパの財産を狙ってきた、自称『親戚』のクズどもと同じ、醜い顔。
『……』
何かに怯え、母親の袖を引く男の子。
だけど母親は、顔をしかめて、その手を振り払い……告げた。
『あなたは、今日からここで暮らすの』
『……!?』
男の子が、驚愕に目を見開いた。
『だから、ここでお別れよ』
『や、やだよ……!なんで……!』
『……もう、疲れたのよ』
対して母親は、何の感慨も抱いた様子も無く、踵を返した。
『お、お母さ……!?』
ぐいっ……と、男の子の腕を、胡散臭い男が掴んだ。
『やぁ、初めまして。わたしは、ここの園長だ。これからは、ここを自分の家と思ってくれていいからね』
言葉こそ柔らかいが、とても子供の手を引く力加減じゃない。
何より、さっきのやり取りを見ながら、笑顔がピクリともしていない。
ずりずりと、門に引きずられていく。
『お母さん……』
呟く一言。
助けを求めるように、手を伸ばし……
『……っ』
……なぜかその手を握り締め、下ろしてしまった。
『さぁ、行こうか!』
園長を名乗る男に手を引かれ……母親は、一度も振り返らず、去って行った。
『……』
全てを……自分が、母親に捨てられたことを悟ったのだろう。
子供っぽかった顔から、一切の表情が欠落した。
――……
そこで、いきなり場面が変わった。
身体の感覚が無いことだけは、変わらないけど……
場所は、窓が少ない白い大部屋だった。
『……ふん』
園長は、先ほどまでの笑顔はどこへやら。
本性が浮き出たような歪んだ表情で、男の子を突き飛ばした。
『……』
男の子は、されるがまま。人形のように床に転がり……思い出したかのように、のろのろと起き上がった。
『鈍臭ぇなぁ。……おい、てめぇらの新しいオトモダチだ。 仲良くしてやれ……しっかりと、な』
そして、園長が出て行くや否や……
『へへへへへ……』
この中では、一番体格の良い、年長のガキがのしのしと寄ってきた。
多分、腕力に物を言わせ、他の子の食事を横取りしているんだろう。
こいつだけが、繕った跡が無い綺麗な服を着ているのも、多分……
『おい新入り。持ってるモンよこせ』
この服も、奪い取ったのだろう。
『……無いよ』
少年には、手荷物など何も無かった。
『あ? 使えねーな、このチビ!』
どんっ、と乱暴に胸を押され、べしゃっと尻餅をつく。
――くすくす……
昏く、陰欝な笑いが耳朶を打つ。
……こんな環境にいれば、性根が腐っても仕方ないか。
『ああ、そっか』
白々しく、嫌味ったらしく、事実を突き付ける。
『お前も、親に見捨てられたんだっけな!
クソみたいな、ゴミ親にさぁ!』
取り巻きが、室内の傍観者が、げらげらと笑った。
こうして、新入りを徹底的にいびり倒し服従させるのが常套手段。
この子も、たやすく屈する……筈だった。
『……違う』
ごぅ……と、虚無だった男の子の瞳に、活力が漲った。
『あ?』
予想と違う反応に、ガキ共がぽかんとする。
『お父さんと、お母さんは……ゴミなんかじゃない!』
思わぬ反抗に、顔がヤカンのように真っ赤になっていく。
『て……めぇ!』
『……!』
男の子に、デブを筆頭にガキ連中が群がっていく。
リンチされてしまうんだろう。
せめて、一発はくれてやれ……と、祈った矢先だった。
――ゴギャッ……!
……と、鈍い音が鳴った。
――ビタンッ!
『ぉグッ……!』
デブの巨体が、轢き殺されたカエルのように、壁にへばり付いた。
ずるぅ……っと、血の帯を引いて崩れ落ちるデブ。
『ひゅー……』
その顔は白目を剥き……顎が、グロく割れていた。
……ど、どんな腕力よ?
『……お母さんは、悪くない……!』
ぎろっ……と、凄まじい眼光を放つ。
彼は、臆病な羊などでは無かった。
それを見誤ったガキ共に、退路は無い。
『ひっ……!』
リーダーを失った取り巻き達が、たじろぐ。
『ぼくが、悪いんだ。ぼくが、ぼくが……!』
――ギチギチギチ……!
ゴム紐を幾重にも結束させるような音が、固められた拳から聞こえる。
『……ぼくがぁあああああああああ!!』
感情を爆発させ、獣のように叫んで……!
――グシャッ……!!
クソガキの顔面が弾けた……のではなく、その横、数センチ。
コンクリだか何だか知らないけど、壁。
その壁に、腕が突き刺さる音だった。
……何となく、察しがついた。
『こんな力、いらない』という、この前の言葉。
この子が捨てられたのって、多分……
『うがぁアアアアアアッ!』
思考を遮る咆哮。
――ゴズン、ゴズン!!
がむしゃらに、力任せに拳を振り下ろす。
壁を、近くにあったテーブルを、本棚を……目につく物を、片っ端から打ち砕き、引き裂き……
破壊していく。
その度に、ガキ共の顔面が恐怖で引き攣っていくのは、どこか痛快だった。
『はァー……!はァー……!』
ひとしきり部屋を破壊し続け……ぎろっ、と部屋を睨み回す。
『また、お父さんと、お母さんを悪く言ってみろ……!』
彼を突き刺すのは、歓待でも、拒絶でもない。
……怪物を見るかのような、恐怖の視線だった。
『……今度は本気で、お前たちをぶん殴ってやる!』
……そうだ、それでいい。
思うようにならないのなら……その『力』を、思う存分、振るってしまえばいい。
そうすれば、居心地の良い居場所を、自分で作ることができる。
私からすれば、そうするのが当たり前。
なのに、何で……?
『…………』
何で、そんなに泣き出しそうな顔をしているの……?
…………そこで、私の意識は浮上した。
目を覚まして、まず目に飛び込んできたのは、
「あーもう、勘弁しろよお前……いきなりキレやがって……」
心配そうに覗き込む、吾妻秀人の顔だった。
「うっさい…………いたた、このロリペド野郎、思いっきりやりやがって」
「なんかすげぇ不名誉なレッテル貼られた!」
「後でペナルティだからね」
「理不尽だ……」
今気付いたけど、延髄のところに、濡れタオルが置かれていた。
「……あんた、強いね」
剣を持っていた私を、まさか素手でノックアウトするなんて。
「それしか取り柄が無いし」
……確かに。
「お前、インファイトしかできないもんな」
射撃・砲撃魔法が役に立たないこの世界では、それが更に顕著になっていた。
「まぁ……けど、それに関しては、負ける気はしないかな。誰が相手でも」
事実、『鉄槌』とも、カートリッジが無ければ殆ど互角だった。
技術は荒いけど……天性の才能ってやつに違いない。
格闘……というよりは、殆ど喧嘩だけど。
「決めた。お前へのペナルティ」
「な、何だ……?」
及び腰になる秀人に、王の判決を言い渡す。
「私に、喧嘩のやり方、教えてよ」
……その才能、そっくりそのまま、奪ってやる。
秀人は、拍子抜けしたように笑みを浮かべた。
「あぁ、いいぜ。俺でよければ、いくらでも」
すっ、と、右手を差し出してきた。
「契約成立ね」
その手を、握り返す。
初めて握る秀人の手は、大きくて、ゴツゴツして硬くて……
――不思議と、暖かかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「せやぁっ!」
はやてが、俺の腹部めがけて突きを繰り出す。
強化魔法の恩恵で、そこらのボクサー崩れより、よっぽど鋭い。
「……」
……けど、馬鹿正直すぎる。
二の腕の側面で突きをいなし、掴み……アームロックを狙う。
「……!」
はやてが、関節技を察知して素早く身を引く。
二度も固められれば、流石に感づかれるか。
「はぁっ!」
関節技に気を配るあまり、過剰に腕が縮こまり……思いっきり、俺の制圧範囲に踏み込んでいる。
――ガンッ!!
足踏みをして、威嚇。
「っ!? やああぁっ!」
すっかり騙されたはやては、ろくすっぽ狙いも定まっていない攻撃を繰り出してきた。
――すっ……
慌てず、一歩だけ擦り足で後ろに下がる。
「あっ……!?」
気付いた時にはもう遅い。
――ボフッ!
軽く掌低を当て、迎撃。
「ぎゃんっ……!!」
いかに強化されていようと、それは子供の体格。三十キロも無いような身体が、地面を転がる。
立ち上がろうとしたところに、
――ガヅンッ!!
鼻先数センチに、足を振り下ろした。
「勝負あり、だな」
実戦だったら、頭を地面とサンドイッチして砕いていた。
「くそったれ……」
はやては、忌ま忌ましそうに、負けを認めた。
あの日から、更に一週間。
俺達は、ひたすら組み手に励んでいた。
「……」
ぶすっ、と頬を膨らませ、いじけるはやて。
「まぁ、そう腐るな。なかなかセンスあるって、お前」
「あァ!? 強化魔法まで使って、結局負けた私に対する嫌味か!」
ルールとして、俺は一切の魔法、『徹』のような技術は使っていない。
それに加えて、俺からは決して打ち込まず、カウンター技だけで戦っている。
でも、それは……
「できるだけ体格のハンデを埋めるためだろ」
「ムカつく……!余裕こきやがって!」
それでも、はやてはいたくプライドを傷付けられたらしく、機嫌が直らない。
「……もう一回」
「え? いやいや、少し休めよ。今日はもう動きっぱなし……」
「うるさい!もう一回勝負しろー!!」
顎を狙った右のアッパーカット。
「うわっ、と、と……!?」
それに左フック、右ストレートと続く。
重さは無いが、鋭く速い。
どうやら、関節を取られないように……瞬発力をメインに据えたらしい。
やっぱり、センスあるわこいつ。
体格のハンデを補うことを、ほぼ直感で覚えるなんて。
(……ワクワクするじゃないか)
思わず、笑みが浮かんでしまう。
「こっちからも行くぞ!」
そろそろ俺の方からも、打ち込んでみるか!
「お……おうよ!」
僅かに頬をひくつかせながらも、果敢に応じる。
「うおおおぉぉっ!!」
「たぁああああっ!!」
――ガァンッ!!
俺の生身の掌打と、ありったけの魔法で強化されたはやての拳が、激しく衝突した!
…………
その後も、何本か勝負し……とりあえずは負けずに済んだものの、かなり際どい場面もあった。
魔法は抜きとはいえ、さすがに年長者の意地がある。
「はー……いい練習になった。なぁ?」
タオルで汗を拭き取り、向こうを振り返る。
「さわやかに、笑ってんじゃ、ねえ……!」
……あちゃ。
相手が子供だってこと、忘れてた。
「水汲んでくるから、そのまま休んでろ」
『ギャオォォン……!!』
おー、今日も呑気に飛んでるわ。
あの巨体じゃ、流石にこの渓谷にまでは入って来られないだろう。
「……にしても、アレを倒す、ねぇ」
俺は別にどうでもいいんだけど、はやてはどうしてもアイツを倒したいらしい。
初めて会った日、竜から逃げ切った後に聞いた。
『お前、何でこの世界にいるんだ?』
と。
対する答えは、簡潔だった。
『修行』
……よくもまぁ、剣一本で生き残ってきたものだ。
というか、剣一本でこんな世界に弟子を放り出すとか……アイツの師匠どんだけ鬼だよ。
「よっこらせっ、と」
水を桶に汲み、ねぐらに戻る。
「くぅ……くぅ……」
……寝てるし。
しかも、剣を側に放ったまま。
「……寝てれば可愛いのになぁ」もったいない。
と、放り出してある剣が、目に入る。
……あの剣、前から気になってたんだけど……少しだけなら、いい、よな……?
恐る恐る、剣に手を伸ばす。
「……ふぁ?」
はやてが、もぞりと身体をよじった。
「……!」
マズい、起きたか……!?
「……くぅ、くぅ」
「……ふぅ」
どうやら、ただの寝相だったらしい。
――ガシャッ。
とうとう、剣に手が触れた。
持ち上げて、目の前に掲げる。
装飾の類は無く、あくまで、質実剛健な『武器』として造られているようだ。
柄の径は、やや細い。
これは、はやての手に合わせているのだろう。
すらっ……と、鞘から抜く。
無骨、という言葉がぴったりの、片刃の刀身が現れる。
「……?」
刀身の峰の部分に、何か……スライドするギミックがある。
「……ん」
内部を、軽くスキャンしてみた。
この内部構造……
「……似てる」
ヴィータのグラーフアイゼンに、そっくりだ。
じゃあ、これってもしかして……古代ベルカの、アームドデバイス?
「んん……ん……」
うめき声にハッとする。
はやてが、何かを捜し求めるように手元を探っていた。
うわ、危ね……!
慌てて、剣を鞘に納めて、はやてに握らせる。
「ん……」
抱きまくらのように剣を胸に抱き、再び寝息を立てはじめた。
にしても、ベルカのアームドデバイスか。
それを与えた、こいつの師匠って一体……
「まぁ、今度聞いてみるか」
今は、まず鍛えなきゃ。
「……」
リンカーコアを起動。
体内で精製した魔力を……手に、魔力刃として出力。
――パチッ、パチッ……!
当然のように、端から分解されていく。
魔力を補充していけば、維持は簡単だけど……それだけじゃ進歩が無い。
――パシュン……
魔力刃を、魔力に還元する。
通常の魔法が分解されてしまうなら……通常より、密度を高めればいい。
まぁ、かねてから考えていた、『結合』の応用……その一つ、『圧縮』だ。
「……」
――ヴゥン……
手の上に魔力スフィアを展開し……それを、硬く、小さく、押し固めていく。
「……っ、くそ」
――パシュッ……
が、失敗した。
最初は球体だった魔力スフィアは、押し固める過程で歪に変形し……
泡が弾けるように、消えてしまった。
変に歪ませたら、どこかが決壊してしまうらしい。
それじゃ駄目だ。
もっと均等に、形状はそのままに、大きさだけを縮めるようにしないと。
「集中、集中」
練習とはいえ、使える魔力は限られている。
集中して練習しないと。
◆ ◆ ◆ ◆
秀人が行方知れずになって、もうじき一月になる。
八月の末日。
今日も茹だるような暑さの中、道場で、恭也を相手に木刀を振るっていた。
「……せいっ!」
恭也の、適度に手加減した一撃がなのはに迫る。
手加減しているとはいえ、達人レベルの一撃だ。
なのはも、最初のうちは避けられずに当てられるか、転がされていたが……
「…………」
緊張するわけでも無く、半歩後退し、皮一枚、触れる寸前で回避する。
「!!」
驚愕する恭也。
その隙を見逃すなのはではなく……
「やぁっ!」
渾身の一撃を、恭也の胴に叩き込んだ。
――ガキンッ!!
それは、左の木刀で防御されてしまったが……
なのはは、恭也に初めて、『防御』という選択肢に追い込んだ。
「……今日はここまで」
「ありがとうございました!」
最近では、ぶっ倒れることも無くなり、持久力のアップを実感できる。
バケツと雑巾を用意し、道場を掃除する。
「……なぁ、なのは」
と、恭也がなのはを呼び止めた。
「ん、なぁに?」
「最後の……どうやって避けた?」
「え? どうっ、て……普通に、見てから避けただけだよ」
「……見えたのか?」
訝しげに聞く恭也に、なのははサラッと、とんでもない事を言った。
「うん。目が慣れたから」
確かに、手加減はした。だがそれは、威力を弱めたというだけで……
速度は、微塵も衰えていないのだから。
「な、慣れ……?」
「うん。最初のうちは、軌跡が見えるくらいだったんだけど、もうすっかり。
……よし、お掃除終了!」
唖然と立ちすくむ恭也を尻目に、道具をさくさくと片付け、母屋に帰って行った。
「……」
――ヒュッ、ヒュッ!
何故か無言で、一人木刀を振る恭也。
(ま、負けられん……!)
兄の面子にかけて、末の妹に負けるわけにはいかないのだった。
そして、母屋で集まり、桃子らと談笑していた時だった。
――ピリリリリッ。
なのはの携帯電話が、着信を告げた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
席を立ち、廊下に出て相手を確かめる。
「……リンディさん?」
『突然ごめんなさいね、なのはさん』
「いえ……それで、ご用件は?」
『レイジングハートの修理が、完了したわ』
「本当ですか!?」
長かったけど……ようやく終わったんだ!
「すぐ行きます!」
『あ、それから、バルディッシュの修理も完了したからフェイトも連れてきてもらえる?』
「はい。 ……で、場所は?」
アースラでは無く、もっと本格的な設備が整っている場所にあるらしい。
『地球支部……なんだけど、なのはさんは行ったこと無いわよね?』
「はい」
『それじゃあ、案内役をよこすわ』
「エイミィですか?」
『いえ……あの子は今、秀人くんの捜索に加わってるから……』
「あぁ……」
そういえば、と思い出す。
「進展は?」
『ごめんなさい、まだ……』
「そうですか……あぁ、失礼。
で、私はアースラに行けばいいんですか?」
『えぇ。転送ポートは……』
「家の中庭に開いて下さい。フェイトも連れて、すぐ行きます」
ぱたん、と携帯電話を閉じ、リビングに戻る。
「ごめん母さん。急用だから、フェイトも一緒に出かける」
「あら……そうなの? ケーキ、出来上がる所だったんだけど」
「ごめん、また今度……フェイト、行くよ」
「まって、なのは! ボクはケーキたべてから……」
「駄目。ほら、行くよ!」
「うわーん! ももこのケーキー!」
「安心しろ、フェイト」
「ヴィータ……もしかして、とっておいてくれるの?」
「あぁ」
ヴィータは、優しく笑い……
「お前の分も、アタシが食べてやる」
「このやろー!!」
「はいはい、もう行くからね」
「ケーキ! ケーキー!」
じたばたもがくフェイトの首根っこを掴み、中庭まで引きずって行った。
アースラまで来れば、流石に諦めがついたらしい。
「もう……きゅうようってなんだよ?」
私に手を引かれながら、ぶつくさと言っている。
「レイジングハートとバルディッシュ、直ったって」
「まじでっ!?」
「女の子が『まじ』とか言わないの。
……そう。だから、呼び出されたんだよ」
「ひゃっほー!バルディッシュに会えるー!」
喜色満面で、私の手を振り回す。
……で、案内役って誰だろう。
「あ……あの……」
と、オドオドした声の女性局員が、話し掛けてきた。
背は、姉さんと同じくらいかな?
……思い出すのに時間が掛かったけど、思い出した。
「あなたが案内役?」
「は、はい……!わたくし、フィアット二曹が、拝命いたしました……!」
この人、エイミィの代役でオペレーターやってた人だ。
「……それでは、ご案内致します……!」
……それにしても、何でこんなに怯えているんだろう。
「……ねぇ、フィアット」
本人に聞いてみよう……と思ったのだけど。
「ひぃっ!?」
あ、ムカつく。
「フェイト、ちょっと待っててくれる?」
「? うん、いいよー」
さてと。丁度、そこに人気の無い談話室が……
「フィアット、お話があります。こちらに来て下さい」
「えっ、えっ……? あの、案内……?」
「すぐ済みます。来なさい」
「ひいぃぃぃ……!」
「はい。甘くしておいたよ」
使い捨てのコップにコーヒーを注ぎミルク砂糖を入れて、手渡す。
「あ、ありがとう、です……」
びくびく、おどおどして……嫌になっちゃう。
「ねぇ……フィアット」
真横に座り、物理的に距離を縮める。
逃げようとしたフィアットを壁際に追い詰め、逃亡を阻止。
もう、お話くらいさせてよ。
「ひぃ……なんで、ありましょうか……」
「私、あなたに何かしたっけ?」
正直、本当に覚えが無い。
フィアットは、がばっと面を上げ、涙目で叫んだ。
「け、蹴飛ばしたじゃないですかぁ!」
「え、えぇ……?」
したっけ、そんなこと?
「わ、わたしの椅子、がぁんっ、て、がぁんっ、てぇ!
そのあと、胸倉掴んで脅したじゃないですかぁ!」
うん。嘘じゃなさそうだ。
……あ。アレか、もしかして。
『通信繋いで!』
『は、はぁ……』
『早くしろォッ!』
『は、はいイィィィ!』
トチ狂ったクロノに怒った時の、アレか。
「いやぁ、ほら……状況が状況だったし?」
「ひどいですよぅ!」
「……ってなわけで、誤解は解けたのでした」
「勝手に纏めないで下さいぃ! そんなんだから、あちこちで……ハッ!?」
ん……?
「あちこちで……何だって?」
「あわわわわ……!」
「逃げるなッ! 言えッ!」
「ひぁあああ! 言えないですうぅぅぅ!」
フィアットをソファに組み敷き、尋問していたら……
「なーのはー。まってるのあきちゃった……ん?」
……冷静に、考えてみた。
今の私は、か細い女性局員を、人気の無い談話室に拉致し、ソファに組み敷いている。
下手をすれば、犯罪者そのものの姿である。
「? なにしてるのー?」
でも良かった。
フェイトがバ……、無知で。
「おい、駄目じゃないか。休憩時間以外、談話室は入室禁止になって……」
が、話し声を聞いてきたクルーが、手に持っていたファイルを、ばさっと床に落とした。
「……二曹を、手籠めに……!?」
ちがーうー!!?
「なん……だと?」
「うわ……将来有望……」
「ソッチも素養充分だったのか……」
「……あぁ、うん」
――しゅらぁん……
二刀を、鞘から引き抜いて……
「いい加減にしろおぉぉぉ!」
……結局、物理的に誤解を解くのに一時間も掛かってしまった。
アースラの連中は、しっかりシメておいた。
「す……すみませんでした」
へこへこと、妙に腰の低い態度で、フィアットが私達を先導する。
「っていうかさぁ、」
頭の後ろで手を組み、ぷらぷらと気楽に歩くフェイトが、口を開いた。
「なんでそんなに、なのはがこわいの?」
一瞬、きょとんとしたフィアットは、あたふたと弁明を始めた。
「え、えぇと……やはり、苦手意識と言いますか……」
「うん。でも、それだけじゃないよね?」
フェイトって、基本的にはお馬鹿さんだけど……たまに、妙に鋭いんだよね。
「そうなの、フィアット?」
「ううぅ……は、はいぃ……」
……さて、どういう話だ?
「噂に、なっているんです。吾妻秀人さん、高町なのはさん……あなた達、お二人は……」
「……噂?」
口ぶりからすると、あまりいい噂じゃないんだろうな。
「つまり、その噂を聞いて、私のこと怖がってたわけ?」
「は、はい」
なるほど。
下手に戦闘中の私を知っていたことが、噂の裏付けになってしまったわけか。
「それに、その腰の……」
ん? 腰の……って。
「刀のこと?」
かんかん、と鞘を叩く。
「ひぃ……!」
びくっ、となって後退った。
「何よ……別に抜いてないでしょ」
「なのはー……かたなもちあるいてるひとって、たしかにかなりこわいよー」
……そう、なのかな?
「別に、必要なとき以外は使わないのに……」
フィアットが挙手し、聞いてきた。
「必要な時、とは……?」
うーん、そうだなぁ……
「まず、敵に襲われたとき」
当然だよね?
二人は、うんうん、と頷く。
それから……
「悪い子にお仕置きする時、とか」
当然だよね?
「いやいやいや、ねーよ!」
「思いっきり悪用じゃないですかぁ!」
え、ええぇ……?何で総ツッコミ喰らうの……?
「やっぱり、あの噂は本当だったんだ……!」
じりじりと距離を取り、逃げの体勢に入る。
「だから、噂って何なのよ!?」
「きゃあぁぁぁ!!」
あ、逃げた!逃がすかぁ!
――じゃきっ!
鞘から二刀を抜いて……!
「ちょ、なのは!?」
「待てえぇぇぇ!!」
思いっきり、ブン投げる!
――ガゴンッ、ガスンッ!!
投擲された二刀は、フィアットの制服の、袖と裾を壁にガッチリと縫い止めた。
「ひいぃ……!? おかあさぁん……!!」
「さぁ……洗いざらい、吐いてもらおうか?」
そんでもって、噂とやらを広めた元凶を突き止めて……!
「……何してんの?」
と、平坦ながら少し不機嫌な声が、行進を阻んだ。
振り返ると、いつ見ても変わらない白衣の姿。
「あ、まりー」
「マリーさん?」
引きこもりに見えて、意外にもアグレッシブで行動力溢れるこの人のことだ。
多分、痺れを切らして迎えに来たんだろう。
「……遅い」
「す、すみません」
「見せびらかしたかったのに……」
「……」
「……」
……反応に困るような台詞は、言わないで欲しい。
「……そ、それじゃあ、行きましょうか?」
「うんうん! バルディッシュにも、はやくあいたいし!」
壁に突き刺さっている回天桜花を抜き、かちん、と鞘に納める。
「ああぁ、おろしたての制服が……!」
「あー……」
フィアットの制服に、穴が空いていた。
「おかあさんに怒られる……」
ずーん、と落ち込んでしまった。
……いやー、ごめんごめん。
「貸して。繕って返すから」
「え、いや、あの……」
有無を言わさず上着を剥ぎ取った。
「じゃ、案内ありがと。制服はクロノにでも渡しておくね」
「じゃーねー」
手を振りフィアットと別れ、すたすた歩きだしたマリーの後を追った。
直後、後ろがにわかに騒がしくなる。
「フィアット貴様、何だその服装は!!」
「ひいぃ! 違うんです三佐どの!! これには訳が……」
聞かなかったことにしよう。
……ドンマイ!
さて、直に対面するのは実に久しぶりだ。
「元気にしてるかな?」
多分、秀人さんが行方不明になったことも、知ってるだろうけど……
「あんまり」
「……そっか。やっぱり、そうだよね」
レイジングハート、落ち込んでるだろうなぁ。
「違う……会えば分かる」
「……?」
ロック解除されたドアを開け、ラボに入る。
すぐ目の前に、円柱状の容器に入った、レイジングハートが……
『……しくしくしく』
って、レイジングハートおぉぉぉ!?
「ちょ、何で泣いてるの!?」
そんなに寂しかったの!?
『マスターまで、浮気を……!』
「浮気……」
って、まさか、回天桜花のこと!?
「ち、ちがうよ!?これは……!」
『私というものがありながら……!』
「違うんだってばー!!」
……一度くらいは、見舞いに来るべきだったかもしれない。
『……そういうことでしたら、納得です』
フェイトはバルディッシュを抱えて、そそくさと退散した。
「……ところで、レイジングハート?」
『何でしょうか?』
……最初この部屋に入って来た時、机の上にはデバイスが入った容器があった。
一つ目はレイジングハート。二つ目はバルディッシュ。そして……
「……この、砕けた『三つ目』の容器は……?」
もう一つ、デバイスが入っていたんだろうけど。
『…………』
「あぁ、それか」
むっつりと黙り込むレイジングハートとは逆に、マリーさんはあっさりした様子で、言った。
「秀人のデバイス……が、入っていた」
……『いた』?
「ごめん、よく意味が分からないんだけど」
マリーは、とても軽く、とんでもないことを言い放った。
「逃げちゃった」
「え?」
……え?
えええええぇぇぇええええええぇぇぇぇぇぇええええええぇぇぇえええええ!?
◆ ◆ ◆ ◆
「……」
手元に魔力スフィアを浮かせ、何やら瞑想する秀人。
――ゴキッ……
その魔力スフィアが、ごく僅かに収縮する。
「……!」
――ゴキキッ……!
また更に収縮し……内部に、魔力を凝縮していく。
「く、うぅぅ……!」
滝のような汗を流し、分解が追いつかないよう、全霊で圧力を更に高める。
「……っ!」
そして、手中の結界が限界を迎える寸前……
――……ギンッ!!
一際強い光と共に、分解がぴたりと止まった。
「……よし」
残ったのは……力強い輝きを放つ魔力スフィア。
恐る恐る、圧力を弱める。
……だが、分解は始まらなかった。
「いよっしゃあああぁぁ!」
喜びのままに、両手を上げて歓声を上げる。
「うっさい、なぁ、もう……!」
皮で作ったお手製のサンドバッグをリズミカルに叩きながら、はやてが顔をしかめた。
「成功はいいけど……実戦で、呑気にそうしていられる時間なんて無いでしょ」
「今はまだ……な。けど、感覚は掴んだから」
あとは反復あるのみ……と、また魔力を練りはじめる。
「ふん……終わったら、組み手するからね」
「いや、今日は反復に使うから……」
「……チッ」
汚く舌打ちをして、またサンドバッグを殴打する。
だが、やはり地味な基礎トレーニングは気が乗らないのか、一時間もしないうちに、秀人にちょっかいをかけはじめた。
「ねぇ、組み手……」
「んー……」
「組み手しようよ!」
「明日なー……」
集中している秀人は、つれない態度。
むかむかむか、いらいらいら……と、堪え性の無い地の部分が首をもたげてきた。
「何だよ、バーカ!」
手元に転がっていた、拳大の石ころを掴み、秀人に向けて投擲した。
「ちょ、おま……!」
慌てたせいで、密度を保つための結界に穴が空き……その中にスポンッ、と、見事にホールインワンを決めた。
……とてつもない圧力の中に、唐突に異物を放り込む。
それが、どのような結果を引き起こすのか、はやてにも、秀人にも、分かっていなかった。
石ころは、瞬時に圧縮され赤熱。内部の熱エネルギーは逃げ場にたどり着くことも無く、自身の分子構造を破壊し、気化。結果……
――超高温の『プラズマ』が、発生した。
――…………ドゴオオオォォォオオオオオォォォォォォォォォン!!
「「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」」
空全体を揺るがすような爆音を轟かせ、秀人とはやてが身を潜める渓谷が……崩落した。
『……グル』
その爆音は、岩山の頂で羽根を休める大火竜の耳にも、当然のように届き……
『ガルァアアアアア!!』
巨大な翼が空気を叩き……巨体は、渓谷の跡地へと猛スピードで向かって行った。