魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「……」
それは、年若い少女だった。
外見年齢は、15に届くかどうか。
青色がかった、黒というよりは藍色に近い、不思議な色合いの髪の毛。白い肌。
そして、好奇心に輝く、紫の瞳。
それだけなら、ただの美しい異国の少女、という風貌だが、服装がこれまた異様だった。
明らかに室内用のサンダルをつっかけ、ほつれたジャージを身につけ……その上に、薄汚れた白衣を羽織っていた。
「……ふぅん、」
道を行く誰もが、そのちぐはぐな姿に振り返る。
「……へぇ、」
少女に、頓着した様子は無い。
手元に開いた本に視線を落とし、道のド真ん中を闊歩していた。
難解な哲学書のように読み進める、その本の表題は……
『今日から始める、30days拳法トレーニング』
……と、あった。
読み捨てる類の、中身の無い本。
「……ふむふむ」
それを、大まじめに読み込みながら、ぱたぱたとサンダルを鳴らしている。
「……うん。アイは、またひとつ賢くなった」
読み終えた。
どうやらこの少女は、『アイ』という名前らしい。
それを白衣のポケットに突っ込み、また何かを取り出す。
「やっぱり、おそとは勉強になる」
今度の本は、『2ストロークエンジン・チューニングマニュアル』。
「データだけじゃ得られないものが、ダイレクトに感じられる。
『ひゃくぶんはいっけんにしかず』は、真理だった」
そんな動作を繰り返しながら、歩いていく。
「あれは……?」
と、ふらふら歩いているうちに、大通りを外れていた。
目の前には、開けたグラウンドと、サッカーに励む少年達。
「……アイは、かれらが何をしているのか、分からない。だから、アイはかれらに聞きに行く」
土手を越え、グラウンドの前までやってきた。
そして、そのままフィールドに足を踏み入れようと……
「待った待った!ちょっと待ったー!!」
傍らのベンチに座っていた、活動的な雰囲気の少女が慌てて止めた。
「おねーさん、試合してるんだから入っちゃ駄目だよ!」
「……? アイは、かれらに聞きたいことがあるだけ」
「だーかーら、試合中なんですってば!」
首を傾げるアイを、ずるずるベンチにまで引っ張っていく。
「阻止された……」
ベンチに座り、平坦な表情で、少女を観察し始めた。
「答えられることだったら、私が答えますから……」
かくん、と首を傾げ、第一の質問。
「あなたはだれ?」
あまりに澄んだ瞳。
その色合いを不思議に思いつつ、自己紹介をする。
「私は、八代望って言います」
「あいしー。のぞみ、覚えた」
拙いなんちゃって英語で、返事をした。
「おねーさん、外国のひと?」
「ガイコクって、なに?」
「え? えーっと……」
虚を突かれたが、なんとか分かりやすい言葉を捻り出した。
「日本の出身じゃあ無い……ですよね?」
「いぐざくとりー。アイは……」
……と、言いかけたところで、言葉が止まった。
「やめる。はなしたら、姉様におこられる」
「お姉さんがいるんですか?」
望は、出来るならその人物に連絡を取ってみようと考えた。
もしかしたら、迷子になった観光客という可能性も……
「あのいしあたま。いつかたおす」
……無さそうだった。
「おーい、望……って、誰だその人?」
そこへ、試合を終えた少年達がぞろぞろやってきた。
得点板には、一点差で逃げきったことが印されていた。
「おつかれ。……なんか、外国の人みたい」
「うぉっ、ガイジン!?」
にわかに騒がしくなる。
アイは健太の持つサッカーボールを、じぃっ、と見つめていた。
「なんか、サッカーに興味があるんだってさ」
「へぇ……」
試合は終わり、グラウンドは自由に使える状態になっていた。
「……ねーちゃん、一緒にやる?」
アイは、迷わず頷いた。
◆ ◆ ◆ ◆
秀人が退室していって、少しして。
「……ふん」
「お邪魔します」
はやてとリーゼの二人が、艦長室に呼び出されていた。
「お二人とも、体調の方はいかがかしら?」
にこやかに話しかけるリンディ。
それに対して……
「良いも悪いも無いわよクソッタレが……」
不機嫌丸出しで、髪の毛をがりがり掻く。
「主、言葉遣いが汚いですよ」
それを嗜めるリーゼだったが、
「ふんっ」
ぷいっ、とそっぽを向かれてしまっていた。
「では、手短に済ませます。八神はやてさん、リーゼさん」
だが、そこはやはり軍人か。動じる事無く、話しを進める。
「まず、貴女達についてです。あなたは、どのような経緯で、魔法の技術を入手したのですか?」
魔法とは言っても、それが現地の文化に基づいた……例えば、神道、密教、仏門……などであれば、特に追及する理由は無い。
それはあくまで、現地の文化なのだから。
ならば、『時空管理局』がそうする理由は……
「私たちの世界の魔法を、何故、現地人のあなたたちが保有しているのでしょうか?」
自身らの技術の流出が、認められた場合だ。
「お答え頂けますか?」
「……」
はやては一瞬だけ、『口ごもるフリ』をして……事前にリーゼと打ち合わせ済みの事を、
話しはじめた。
「……私の家の前に、変な猫が転がってたんだ」
あくまで、平静に。
「……」
リンディの放つ、無言の圧力を受け流す。
「んで、手当てしてやったら……何でかは知らないけど、この姿になってさぁ」
「……成る程。では、リーゼさん」
「はい」
はやての脇に控えたリーゼに、話が振られる。
「なぜ、彼女に魔法を供与したのですか? ……謝礼、ということでしょうか?
もしくは、何らかの意図が?」
「いえ」
ふるふる、と頭を振る。
「……覚えていないのです。
何故、私が倒れていたのか……
この『リーゼ』という名も、主はやてにより授かったものですから」
嘘を嘘と見抜かれないコツは、幾らかの真実を織り交ぜること、らしい。
「ただ、『魔導を伝えよ』と、頭の片隅に残っていたので……」
はやては、それを特に否定せず欠伸していた。
「……そうですか」
リンディも、少し勘繰りながらも、一応は納得したようだ。
が、きゅっと眉を上げ、厳しい顔を作った。
「ですが、いくらなんでもやり過ぎです。こんな小さな子を、あんな危険区域に放置するなど……」
「おい、オバさん」
そこで、はやてが不躾に話を遮った。
「憶測でベチャクチャ喋るんじゃねぇよ。
魔法の修業も、全部私がリーゼに命じたんだ」
きん……と、脅すように魔剣の鯉口を切る。
「死んでしまったら、どうするのですか?」
リンディの案ずるような言葉に、はやては鼻を鳴らした。
「別に?
死んだなら、私は所詮、その程度ってことでしょ」
本気、とリンディは判断した。
「つーわけで、私の魔法の出所は不明。
……もう戻っていい?眠いんだけど」
「……ええ、ありがとうごさまいます」
まだ、どこか腑に落ちない様子のリンディを残し、艦長室を後にした。
「行くよ、リーゼ」
リーゼの手を握り、すたすたと通路を歩く。
「はい、主……ですが、どこへ……?」
「あー……」
……家が吹き飛んだことを、今頃思い出した。
「どうすっかなぁ……適当に、そのへんでアパートでも借りるか」
借りる……の辺りに、まだ人間味が感じられる。
ばたばた、と、向こうの通路を走り抜けていく集団があった。
「うおりゃああああ!」
「いやっほー!」
「あわわわわ……!」
疲れなど何のその、二人の少女を肩に乗せ、猛烈な健脚で走る秀人。
そして、その後を追う、中性的な少年と、野性的な女性。
彼等は秀人を中心にするように、楽しげに、笑顔だった。
「チッ……」
面白くない。
……一ヶ月、苦楽を共にしてきて、親近感を抱かない方がおかしい。
だというのに、秀人には待っていてくれる仲間がいた。
……言ってしまえば、子供じみた独占欲だ。
「……ちぇっ」
足を止め、恨めしげな目で、秀人を見送った。
リーゼが、はやての手を引く。
「主、空腹ではありませんか?」
「……うん、お腹すいた」
本人は気づいていないかもしれないが、消沈しているようだ。
さっきまでとは逆に、リーゼに手を引かれ、俯きながら歩く。
「……ケーキ食べたい。しばらく肉はいらないから」
「そうですね。そのように食事をご用意致します」
「おーい、はやて!」
「……え?」
振り向いた先、秀人が、はやての名を呼びながら駆け寄ってきた。
「え……なんで、」
行った筈では?
混乱するはやてに、秀人が言う。
「いや、あのさ……俺達、明日あたり遊びに行くんだけど……
一緒に来ないか?」
「……えっと」
はやては、今度は本気で思い悩んで……
「……リーゼ、どうしよう?」
結局、リーゼに聞いた。
「主が、望まれるままに」
「……」
なのはは、少し警戒気味に。
「へー……あいつボクよりちっこいのに、つよいんだ」
フェイトは、興味深そうにじろじろと見ていた。
ユーノとアルフも、特に拒否しない。
つまりあとは、はやての返事次第なのだが……
「……ううぅ」
物怖じしていた。
戦闘や修業には積極的だが、人付き合いには消極的だったらしい。
そして……
「……リーゼと、一緒でいいなら」
一応の、オーケーを出した。
「もちろん。リーゼもいいよな?」
「それを主が望むなら」
……二人増えて、七人の大所帯となった一行は、がやがやと(主にフェイトが)、転送ポートから降り立って行った。
………………
ところ変わって、地球支部。
その奥まった一角。
『重要参考人留置室』に、クロノは来ていた。
その部屋の中は、ごくオーソドックスな病室だ。
そのベッドの住人に、クロノが話しかける。
「カツラギ・テツヤ。気分はどうだ?」
カツラギと呼ばれた、がっちりした体型の壮年の男は、首を僅かに動かした。
「……悪くは無い。相変わらず、身体は動かないがな」
この男はかつて、秀人の蒼炎に焼かれた……『雑魚騎士』の一人だ。
一度は、『王』の襲撃を受け、闇の書に取り込まれていたが、こうして、自我を取り戻していた。
「申し訳ないが、始めさせてもらう」
他にも生存者がいた中で、何故、このカツラギという男だけが幾度も聴取を受けているのかと言と……
「まずは、その少女の身体的特徴を……」
そう。
『王』の素顔と、変身後の姿、その両方を、目撃していたからだ。
クロノの聴取により、似顔絵が作成されていく。
そして、一枚の人物イラストが出来上がった瞬間……
「これは……!」
クロノは、バタン!とドアをブチ開け、秀人の元に飛び出して行った。。
「ダメだ、秀人……!お前の隣にいる、そいつは!」
今なら、間に合う。
全力で駆けるクロノ。
だが……
「……どこへ行く気だ?」
……その目の前に、一人の男が立ち塞がった。
「なっ……!?」
その男は、いきなり現れた。
この、内部への直接転送が不可能な、管理局内に。
何かの制服のような、無機質な服。そして……顔面を覆う、珍妙なデザインの覆面。
「貴様、何者だ……!?」
デバイスを構えるクロノ。だが……
「遅い」
――ガシィッ!
「ぐぁっ……!?」
……いくら焦っていたとはいえ、執務官。
それを、一瞬で間合いを詰め、頭部を鷲掴みにしていた。
「この距離なら、殴った方が早い。鉄則だぞ、クロノ」
「なに……!?」
名前を呼ばれ、驚くクロノ。
「……! 君は!」
ぴん、と、ある人物を思い出す。
――近距離戦闘。
――通信妨害
――変身偽装。
そして――
「お前が知るには、まだ早い」
――催眠暗示。
「う……ぐぁああああああっ!?」
頭の中を、直接手で掻き回されるような違和感。
頭の中に組み上がっていったパズルが、ばらばらに分解されていく。
「なぜ、だ……!」
段々と朦朧としていく意識の中、クロノは、仮面の男の真の名を、呼んだ。
「……何故だ!アリア!ロッテ!」
ぷつん……と、クロノの意識が、闇に沈んだ。