魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「フェイト……フェイトぉっ!」
アルフが、倒れ伏すフェイトに駆け寄り、抱き上げる。白い肌には、無数の痛々しい傷が刻まれ、今もまだ血を流している。
「あ、あいつ……! またフェイトをいじめやがったな!」
ぎりっ、と歯を食いしばる。怒りのままにプレシアを追おうとしたアルフだったが、フェイトが手を掴み、止めた。
「アルフ……おかーさんのこと、悪く言ったらだめ」
「でも!」
ぎゅっと力を込めた瞬間、フェイトが痛みに顔をしかめ、アルフはハッと冷静になった。
今は怒るより……フェイトの傷を治すことが先だ。
「傷跡一つ、残してやるもんか……」
アルフの足元に、橙色のミッドチルダ式魔法陣が展開する。暖かな光と共に、魔法が発動された。即効性はあまり無いが、じっくりと、人体の治癒能力を活性化させる治癒魔法だ。外傷ならば、一日ほどで塞がる。
「ほら、帰ろう」
そして、消耗したフェイトのかわりに転移魔法を行使し、活動拠点へと戻った。
「すぅ……すぅ……」
ベッドで横たわるフェイトを、アルフが膝枕で休ませていた。
「……よく寝てる」
しばらくは起きないだろう。そして、起きたときには魔力も体力も完全に回復しているはずだ。
目にかかっていた前髪をのけてやる。
「ん、ん~……」
ぎゅっ。
寝ぼけて、その手にじゃれ付いてきた。アルフはさせるがまま、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「おかーさん……」
――ずきん、と。胸に痛みが走った。
フェイトが真に求めているのは、アルフではなく、プレシアの愛情。わかってはいても、そう簡単に受け入れることはできない。それでも。たとえ、フェイトにとって自分の優先順位が二番目以下であろうとも。
「フェイトに救われたこの命は……全部、フェイトのために使うよ」
フェイトが望むなら、暴力も甘んじて受け入れよう。ストレスのはけ口にでもなろう。
そう考え、アルフは苦笑を漏らした。
「あたしはやっぱり、イヌ科なんだろうねぇ……」
そして、ほぼ半日が過ぎ、太陽が頂上に昇った頃。
「んー…………朝?」
フェイトが目を覚ました。アルフの治癒魔法がよく効いたのか、鞭の傷は殆ど見えなくなっていた。眠そうに目元を擦り、枕もとの時計を覗き込む。
「お昼だ……」
そしてまた、ごろんと横になる。寝すぎて、まだ頭がぼんやりとしているようだ。
「フェイト、起きた?」
キッチンから、アルフが声を掛ける。
「朝……じゃなくて、昼ごはんできたよ」
ご飯と聞き、フェイトの胃が空腹を訴えた。よくよく思い出してみれば、この24時間、まともな食事を摂っていない。最後に口に入れたのは、スティック状の栄養食だったか。
テーブルの上には、皿に載せられた料理が並んでいた。殆どは出来合いのものを買ってきて、電子レンジで温めたものだ。
豚の角煮。ローストビーフ。ハム。ベーコン。メンチカツ。フライドチキン。ハンバーグ。フランクフルト。
肉料理で埋め尽くされていた。
「いただきます」
そして、猛然と口に詰め込み始める。
取り皿には、半分だけ食いちぎったメンチカツや、まだ肉が付いているフライドチキンが乗っているというのに、ベーコンに手を伸ばし、二つ目のフライドチキンにかぶりつく。
「はぐっ、はぐっ……ん」
口元はソースや油でべたべたに汚れ、食べかすをぼろぼろと落としている。
食事のマナーというものが、およそ感じられない……まるで、幼児の食事だった。
「ごちそーさま」
そして、取り皿にかなりの量の食べ物を残したまま、食事を終えた。皿を片付けるでもなく、口元を袖で乱暴に拭い、ソファに身を沈める。
アルフは自分の食事を終えると、フェイトが食い散らかした料理や食べかすを片付ける。
(リニスが見たら、なんて言われるだろうね)
なにも、フェイトは元々こんな食べ方をしていたわけではない。フェイトが一連の行動を取り出したのは、リニスがいなくなってからのことだった。それまでは、きちんと綺麗に食事をして、片付けもしていた。それが、今ではごらんの有様だ。
最初は、注意もした。だが、フェイトはそうすると決まってヒステリックに怒り、テーブルの上のものを投げつけ、ひっくり返し、部屋に閉じこもってしまうのだ。いつしかアルフは、それを注意しなくなった。
「フェイト、歯磨きしよう? 虫歯になったら大変だよ」
「えー……」
最初は面倒くさそうにしていたフェイトだったが、口の中に残る食べかすが不快なのだろうか、割と素直に身を起こした。
うがいをして、水を吐く。そして歯ブラシを……アルフに手渡した。
「あいよ」
受け取ったアルフは、歯ブラシにイチゴ味の歯磨き粉を適量乗せ、フェイトの口に入れた。かしかしかしかし……と、丁寧に丁寧に歯垢をこそげ落としていく。それが終わると、フェイトはまたうがいをして、泡の混じった水を吐き出す。最後に、アルフは口元をタオルで拭いてやった。
「……寝る」
感謝するでもなく、すたすたと洗面所を後にし、自室へと戻って行った。
「…………」
ごろんとベッドに寝るフェイトは、ポケットに手を突っ込み、金色をしたアクセサリーを取り出した。
「バルディッシュ、まだ反応は無いよね」
『Yes sir .』
反応とはもちろん、ジュエルシードのことだ。
「……早く、来ないかなぁ」
暴走体を叩きのめし、ジュエルシードを奪い取り……
「高町なのは……だったっけ」
時には、別の敵と奪い合い、それすらも叩き潰し……
「ふふふふっ……楽しいなぁ」
背筋が、高揚でゾクゾクと震える。
戦いは、いい。ただ、目の前の目標を破壊することだけを考えていればいいのだから。余計なことなど。母親が、本当に自分のことを○してくれているのかなど……
――がんっ!
フェイトは、『その思考』を断ち切るように、ベッドのパイプに額を叩き付けた。
「う……うあぁ……」
顔に生暖かい感触を覚え、ベッドのシーツに突っ伏す。じわじわと、紅い斑点が広がっていく。
「おかーさんは、ボクのこと、ちゃんと好きだもん……」
音を聞きつけ、アルフが部屋に飛び込んでくる。
「フェイト、今の音は何…………フェイトッ!!」
顔を血で濡らすフェイトをみて、蒼白になる。頭突きの影響で意識が朦朧としているフェイトは、それをぼんやりと眺めていた。
「何でこんな馬鹿な真似を……!」
顔を拭い、傷口を抑える。そしてまた、治癒魔法を掛けられる。
(ご飯を作ってくれた)
科学者だった母親。毎日が戦場のように忙しく……それでも、顔を見ない日は、言葉を交わさない日は無かった。
(同じベッドで寝てくれた)
どんなに研究が切羽詰っていようとも、必ず家に帰り、娘を抱きしめ、一緒に眠り、「おはよう」と、朝を迎えた。
(誕生日には、ピクニックに行った)
苦言を呈されようとも、丸一日の完全休養を取り、通信端末まで家に置き去りに、娘と
の時間を作った。
シアワセな記憶に、フェイトは、年頃の少女らしい笑みを浮かべた。
(不安になることなんて、何も無いんだ)
プレシア・テスタロッサは間違いなく、心から娘を愛していたのだから。
今は変わってしまった母親。だが、フェイトは信じる。母親の望みを叶えてあげることができれば……いつか必ず、昔の母親に戻ってくれると。
「おかーさん……また、ピクニックに行きたいなぁ……」
一面の花畑。そこにシートを広げ、風を感じ、緩やかな時を過ごす。そこには、自分がいて、母親がいて、アルフがいて、リニスがいて。
「ママ、『私』、ママのこと大好き!」
そう言う娘に、母親は微笑みかけてくれるのだ。そう、あの日のように。
「私も……○○○○のことが、大好きよ」
その四文字だけは……思い出せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
とんとんとん……
朝の台所に、包丁が規則正しくまな板を叩く音が響く。見る見るうちに一口大に切り分けられていくキャベツ。
「サラダはこれでよし、と」
それを皿に盛り、プチトマトで彩りを加える。
「お、やばいやばい」
味噌汁が煮立ってしまう前に、コンロの火を止める。
その拍子に、肘が包丁が当たり落としてしまう。包丁は、万有引力の法則に従い、切っ先を下に向けたまま落下し……
「ぎゃっ!!」
……俺の足に、刺さった。あいにくと、こんな狭い家でスリッパなんぞ履いていられない俺は素足だ。その足の甲に包丁が突き立っている光景は、どことなくシュールだった。
とにかく、抜こう。柄に手を掛け……よい、しょっと!
「んぐっ!」
ずるっと抜けた。切っ先は、俺の血でぬらぬらと光っている。今日の昼もこれで料理をするのかと憂鬱になりながら……俺は、包丁をそっと流し台に置いた。
足の傷は問題ない。見れば、もう既に血が止まり、薄皮が張ってきている。
「……前から気になってはいたんだけど、どうなってるの? 秀人の身体は」
それを見ていたユーノが、一言。
「知らねぇよ。物心付いた時からこうなんだから」
刺々しい口調に、ユーノが身を竦めた。
「ご、ごめん……」「あ、いや、俺こそ……」
あー、くそ。何ユーノに当たってるんだよ俺は!
「おはよー……って、あああああ!」
びっくりした。なのはが、起きたと思ったら大声を上げ、詰め寄ってくる。
「秀人さん、今日の朝ごはん当番は私だよ!?」
「あ、いや、悪い。気持ちよさそうに寝てたから……」
もやもやとした気分は、一瞬で吹き飛んだ。
昨日、随分と晴れやかな顔で帰ってきたから、きっと何かに踏ん切りが着いたのだろう。ぐっすりと安眠していたものだから、つい起こすのを躊躇ってしまい……
「もう……それじゃあ、夕食当番は私に交代してね?」
「ああ、わかったよ。……ほら、顔洗ってきな」
そして、訪れる静寂。
「いつか、話すから」
「え?」
ユーノが、きょとんと見上げてくる。
「俺の身体のこと、いつかはちゃんと話すから」
俺の方は……まだ、踏ん切りは着いていない。
◆ ◆ ◆ ◆
「……はぁ」
くるくると手元で鉛筆を回しながら、物思いにふける。今は、国語の授業中。いつかと同じように、作文の授業だ。『将来の夢』という、願ったり叶ったりのタイトル。十分で400文字を埋め、残り時間が過ぎるのを待つだけになっていた。
かりかりとノートに線を書いていき……ひし形になる。ジュエルシード。
さらに、かりかり。今度は三角形……何これ?
(三角形、三角形……)
記憶の中を検索する。最近、見たような…………………………あ!
「思い出した!」
あの、フェイトの手の甲に付いてたやつだ!
思い出した途端。
いらいらいらいら……………………
『あはは、何?』
人を小ばかにしたような嘲笑とか。
『叩き潰してやる!』
身勝手な敵意が篭った目とか。
「ああ、ムカつく!」
二回も負けた。一回目は瞬殺。二回目はK.O.。今度は……今度こそは!
「……あれ?」
あの子は……どうして、ジュエルシードを集めているんだろう。
以前なら気にも留めなかったけど……妙に、気になる。
ジュエルシードなんて爆弾みたいな物を集めて、何をするつもりなんだろう。
「今度……ちゃんと聞いてみよう」
また喧嘩腰になって、まともに会話なんて出来ないかもしれないけど……
「ええ、私も是非、高町さんに聞いてみたいわね」
……………………げ。
顔を上げると……富山先生が、すごく怖い笑顔で、私を見下ろしていた。
「……何を『思い出して』、何に『ムカついて』いるのか……ちょっと教えてくれるかしら?」
ヤバい。これは、放課後居残りコースだ……!
「え、ええと、その」
しどろもどろに答えに窮する。と、その時。
――キーン、コーン、カーン、コーン……
いいタイミングでチャイムが鳴った!
「さよなら!」
鞄の中に筆箱、ノートを放り込み、ドアにダッシュ!
「こらああああああ! 待ちなさい!!」
あとは帰りのホームルームだけだし……いいよね、別に。
「はっ、はっ、はっ……」
ふぅ……鈍足を克服しておいてよかった。きゅきゅっと廊下を駆け抜け、階段を二段飛ばしで駆け下りる。
「ま、待~ち~な~さ~い~!!」
スリッパ履きの足で、ゴム底の上履きに勝てると思ってるの、先生?
悠々とスニーカーに履き替え、校門を飛び出した。
「さ~よなら~! また明日ねー、先生!」
私は私なりに……学校生活を楽しんでいるのだった。
さてと、夕食の材料でも買い足しに行こうっと。
◆ ◆ ◆ ◆
フェイトは、街中を一人でぶらついていた。なぜアルフを伴っていないのかと言えば。
「魔力……というか、体力の使いすぎだよ」
治癒魔法を全力で、しかも立て続けに使い、アルフはすっかりバテてしまっていた。今は、狼モードで休んでいる。
「別に、いいんだけどなぁ。たかが傷跡くらい」
それは、本音だった。自分がどれだけ整った容姿を持っていようと……それがたとえ、道行く人が幾人も振り返る程のものであろうとも。フェイトには、全く興味の無いことだ。それが別に、母親の役に立つわけではない。
「はぁ……つまんない。帰ろうっかなぁ 」
と、一軒の店が目に入ってきた。
「確か、『てれび』でやってた」
この大通りで一番人気の喫茶店。ケーキのメニューは、かなり豊富。
「お財布は……よし!」
10000ナントカという額の紙幣を、百枚単位で持ってきてある。多分、足りるだろう。
「ケーキ、ケーキ~♪」
足取り軽く、その店に歩いていく。
「……はぁ?」
が、店の前に来て、途端に顔をしかめた。
何と書いてあるのかは不明だが、何やら貼紙がしてあり、店の中には誰もいない。
どうやら、営業していないようだった。
「ちくしょう!」
ガンッ、と扉を蹴り壊す。通行人が、ぎょっとして注目するが、我関せず、面倒事は御免、と歩き去っていく。
ずかずかと店内に押し入ったフェイトは、陳列棚を、バックヤードを物色。そして冷蔵庫を開け、にんまりと笑った。
「みーつけた!」
プリンと、ケーキ。
「へぇ、美味しい。人気なだけあるなぁ……」
ケーキの土台のスポンジをも、ガツガツと食い荒らしていく。全くもって、強盗そのものであった。
「お、おい、何をしている!」
この店と契約していた警備会社の一団が数名、乗り込んできた。
だが、侵入者がどう見ても子供であり……顔や服をべたべたに汚しながらケーキを貪る異様な光景に、一瞬だけ立ち尽くした。
だがフェイトは、彼らをちらりと一瞥し、またガツガツとケーキにがっつき始める。
「おい、キミ……」
一人が、フェイトの肩を掴む。子供だと分かり、警戒心を緩めてしまった彼らは……不用意であったとしか、言い様が無い。
「……五月蝿いなぁッ!」
『Thunder』
待機状態のバルディッシュが、主の命に従い、魔法を発動する。稲妻、と。
――バチバチバチバチッ!!
「ぎゃあっ!!」
身体を痙攣させ、どさっと倒れる。警備員達が、ざわめいた。
「どいつも、こいつも……」
フェイトが、ゆらりと立ち上がる。警備員達は、各々警棒を、盾を構える。
「ボクをイラつかせやがって!!」
――五分後。
「はぁ、おなか一杯」
一団を全滅させ、フェイトは満腹になって店を悠々と出てきた。財布の中身の紙幣を全てカウンターにばらまいて……ご丁寧に、紙箱にアルフへの土産を持って。
「アルフ、これ食べて元気になってくれるといいな」
そして足取り軽く、郊外の住宅地へと歩き去って行った。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふふふ、ラッキー」
腕に下げるスーパーのビニール袋。中には、大量の生肉が入っている。豚や鳥ではなく、国産の牛肉だ。お肉売場を物色していたら、丁度タイムセールが始まり、ダンプカーのように押し寄せる主婦より先に確保できた。
「秀人さんにユーノくん、喜ぶだろうなぁ」
特に、秀人さん。肉体労働の後だから、かなりお腹が空いているはずだ。
すき焼きにしようか、焼肉にしようか。
ふんふ~ん、と、柄にも無く鼻歌なんかを歌いながら、夕暮れの中を歩いていく。
「レイジングハート、どう?」
『ディバインシューター。操作も威力も問題ありません』
いつもの如く、マルチタスクで模擬戦。前回の戦闘での敗因になった、鎌の攻略法を模索しているところだ。バリアの強度を上げるだけでは、ダメだ。もっと、搦め手を覚えないと。
新魔法・ディバインシューター。
シューターやバレットのような、射撃魔法の発展型だ。威力にさしたる変化は無いが、『誘導』という特性を持たせてある。それは発射後に、軌道をコントトールできるということ。
「首を洗って待ってろよ……」
今度こそ、三度目の正直だ!
角を曲がって……ばったりと、件の人物に出くわした。
「な……」
「え……」
黒いワンピース(何故か、薄汚れてはいるが)を着て、紙箱を手にしたフェイトが、そこにいた。
こち、こち、こち……
状況を理解するのに、数秒を要した。
えーっと……フェイトは敵。敵と遭遇した。お互いに無防備。つまり、これは。
殺られる前に…………見敵必殺!
「きゃあああああああ喰らええええええ!!」
『Divine Shooter』
「うわあああああああ墜ちろおおおおお!!」
『Photon Lancer』
――ドッゴオォン!!
夕暮れの住宅街に、爆音が轟いた。