魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第四十一話

「……よし、」

 無限書庫の空間に浮かびながら、ユーノは確かな手応えを感じていた。

 

 この、まさに無限としか言いようの無いデータベースの検索プログラム、その試作第一号が、ようやく完成したのだ。

 

 これが稼動すれば、手作業で一冊一冊、確認する手間が省け、大幅な効率アップが図れる。

 

 遅れに遅れていた、闇の書に関する詳細データを揃えることができるのだ。

 

「……長かった」

 万感の思いを込め、実行キーを押し込む。

 

――ヴァアアアアアア…………!

 

 ディスクドライブが高速回転するような音を立て、プログラムが無限書庫全体を走る。

 

――ヒュヒュヒュ……!

 

 そして、ユーノの目の前に、何冊もの……年代も文体もまちまちな本が飛んで来る。

 これらは間違いなく、闇の書の打開策に繋がる筈だ。

「……お、」

 と、流石にユーノもふらついた。

「うぅ……四徹はキツいか……」

 四徹。四日間、徹夜。

 このプログラムの基本を作る時間を含めたら、それを遥かに上回るだろう。

 ……自分はこの先、戦闘の役には立たなくなる。

 ユーノの冷静な部分は、そう予測していた。

「……」

 男児としても、平均を下回る体格。

 結界魔法は、そこそこの力があると自負してはいるものの……言ってしまえば、代わりはいくらでもいるのだ。

 戦闘は……言わずもがな。

 なら、自分が戦闘以外で出来る……いや、自分にしか出来ないことは何か?

 ……それは、データの蓄積・分析。

 チームの頭脳として、力を尽くす……そう、決めていた。

「……続きは、一眠りしてからだな」

 プログラムは、何とか完成にこぎつけた。

 順調だ。

 

 手早くコンソールに入力し、報告する。

「ぅあー……」

 顔色は最悪で、今にも死にそうだ。

「……」

 ゆらゆらと、無重力に揺られるままに……眠りに落ちてしまった。

 

 

 ……

 音も無く、無限書庫に入り込む、人影。

「……」

 スーツのような装束に……仮面。

 

 違和感を感じさせないレベルで、仮面の男はユーノの眠気を増幅し、無限書庫に堂々と入り込んだ。

 

 そして、何冊かの本を手にし、ざっと流し読み。

「……」

 暗記術でも駆使したのか、一切のコピーを取ることも無く、中身を盗む。

「……」

「……うぁ、」

「、」

 ……ユーノの意識の覚醒を察知し、音も無く、無限書庫から消えた。

 

「あ……いけない、帰らなきゃ」

 目を覚ましたユーノは、本をリストに登録し、施錠。

 ふらつく足取りで、窓口まで鍵を返却しに行く。

 ほぼ顔パス、鍵を持ち帰っても問題が無い程度の権限は与えられているのだが、律儀な性分か、その都度、貸出・返却の手順を踏んでいた。

「……ユーノ・スクライア司書です。鍵の、返却を」

 窓口にいた女性局員は、ユーノの顔色を見てギョッとした。

「ゆ、ユーノさん、大丈夫ですかぁ!?」

 少し舌足らずな声。

 気弱にオドオドした、どこかウサギかハムスターを思わせる物腰。

 ……何故か繕われた制服。

「……えぇ、大丈夫。意識がハッキリしすぎて空でも飛びそうですよ……フィアットさん」

「あんま大丈夫じゃない気がします……えぇと、無限書庫の鍵の返却ですね……はい、確かに預かりましたよ」

「どーも……あ、そうだ、フィアットさん、」

「はい?」

「なのはが、制服に穴開けちゃったお詫びに、食事でもしないか……と言っていましたよ」

 ずてんっ、と、椅子からコケた。

 

「かかか、閣下が!?」

 

「……閣下?」

 聞き慣れない言葉に、ユーノは首を傾げた。

「おー、二曹。閣下からのお誘いかー?」「有給休暇、申請しといてあげよっか?」

 窓口にいた他の局員らから、からかいの言葉が飛ぶ。

「大きなお世話です!」

 ぷりぷりと怒るフィアット。

「……まぁ、考えておいて下さい」

 眠気が洒落にならなくなってきたユーノは、秀人たちが待つ家に帰って行った。

 

 

 

 

「……ふむ、ご苦労」

 閉め切られた執務室にて、追跡者……いや、今はアリア・ロッテの二体に戻った使い魔が、先程の本に記されていた内容を、主……グレアム提督に伝えた。

「あの、お父様……」

 アリアが、主を呼ぶ。

「何だね?」

 資料から顔を上げず、グレアムが答える。

「……どうしても、やらなければ……ならないのでしょうか」

「アリアッ!!」

 ロッテから、短く叱責が飛ぶ。

 が、一度口にした言葉は、その後の言葉も、引きずり出してしまった。

「今代の主は、素養こそあっても、管理外世界の民間人で……子供ではないですか!」

 

「だか主だ」

 

「……!」

 アリアは、言葉に詰まった。

「既に、相当な数の人間を手に掛けている。……同情の余地は無い」

「……で、でも、」「アリア!」

 これ以上は……と、ロッテが鋭く呼び止める。

 

「下がれ」

 

 短く命令され、ロッテは、アリアを引きずるように、執務室から退室していった。

「……」

 グレアムは、デスクに肘を突き、深くため息をついた。

 

――ビーッ!

 

 と、何かのコール音が鳴る。

「……」

 無言でコンソールを叩き、それに応じる。

 

『……進行状況はどうか』

 

 挨拶も無しに、しわがれた老人の声が漏れだす。

 

「これはこれは……カスパール議員」

 

『……進行状況はどうか』

 しわがれた声で、それだけを繰り返す。

 余計なやりとりは不要、ということか。

「闇の書は、徐々に活性化を始めております。もう間もなく、かと」

『……デュランダルは』

「外殻はほぼ八割、内部は六割前後」

 

『急げ。そして、今度こそ……完成されし闇の書を、我等に捧げよ』

 

「えぇ……全ては、最高評議会の意思のままに」

 

 進行状況を聞き終えたカスパールは、ただ無言で通信を終えた。

 恭しく頭を垂れていたグレアムは、くっと面を上げるその顔には。

「ふん……老害が」

 隠しようも無い、侮蔑が浮かんでいた。

 

「闇の書を……完全なる魔導を手にするのは、貴様ではない」

 

 コンソールを操作し、ある設計図のような図面を3Dで表示する。

 ……デバイス、だろうか。

 杖のような、長剣のような、奇妙な造形の武装。

 

「この、ギル・グレアムだ……!」

 

――『DURANDAL』

 

 その、伝説の聖剣と同名の武装を前にして……グレアムは、笑った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ……高町たちがいる小学校に通い初めて、一月あまりが経過した。

 十月十日。

 

 予想外だったもう一人……フェイトとかいう名前の金髪バカは、なんとかクラスに溶け込もうとしているらしい。

 ……最近ようやく、高町とか八代とか葉山を介さずに、クラスのガキどもが話し掛けているのを横目で見かけた。

 ご苦労なこった……上っ面だけの付き合いなんて、するだけ徒労に終わるのに。

「……」

 さ、かーえろっと。

 今日は、ちょっと野暮用だ。

「八神、まだ三時間目よ」

「あァ……?」

 八代か。

「ほっとけ。私は忙しいんだよ」

「ちょっと、八神……!」

 ドアを閉め、シャットアウト。

 さーて、帰るか。

 

 

 ……私の家が吹っ飛んで、しばらくはホテルだの空き家だの、転々としてたけど、正直飽きた。そろそろ、根を張って寝泊まりしたい。

 ……というわけで、賃貸アパートを探すことにした。

 金を幻覚で水増しして、家の一件でも買ってもいいんだけど……リーゼが怒るし。

 狡っ辛い真似をするな、って。

 

 ……物件は既に見つけていて、今日は大家に顔見せ、って段取り。

 まぁ、渋ったら暗示で了解取るけどね。

 それに関しては、リーゼからオーケーを取ってある。

 日当たり良好な、八畳一間。バス・トイレは別と、しっかりした作りだ。

 

 

 リーゼと落ち合い、不動産屋へ。

 奥のソファにかけてしばらく待つと、店員に続いて……杖をついた作務衣のジジィが入ってきた。

「可愛らしいお客さんだのう。よっこらせ」

 好々爺、という表現で、間違っていない。

 今の私の姿は、幻覚を掛けて、二十歳前後に見せ掛けている。

 リーゼに似せたから、『可愛らしい』という表現も、まぁわかる。

 

「ほぅ。親子にしては、歳が近いのう? かといって、姉妹にしては歳が離れておる」

 

 ……おい。今なんつったこのジジイ。

「……!」

 リーゼも、一瞬だけ強張った。

 幻覚が、効いていない……?

「……!」

 目に魔力を通し、暗示を……!

「ほっほ……やめとけ、若いの」

 これも、効果無し!?

 

「妖しの術は知らんが……慣れておる。効かんよ、ワシには」

 

 ……意味わかんない。

 ジジィはすっとぼけた様子で、ヒゲを弄っている。

「どうやら、堅気ではなさそうだのう……参った参った」

 暗示も、幻覚も効かない。

 このままじゃ、話が無かったことになってしまう。

(なら……!)

 

――ダンッ!

 

 ソファを蹴り、ジジィに肉薄する!

(力ずくで、従わせてやる!)

 固めた拳を、ジジィの顔面に……!

 

 

「ほっほ。良い跳ね返り具合……鍛えがいがありそうだのう」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「そういえば、さ」

 夕飯の支度をしながら、傍らの秀人さんに聞く。

 家賃がどうのこうの、という話から、気になった。

「ここの大家さんって、どういう人なの?」

 家賃は口座引き落としらしいから、見たことが無い。

 前に聞いた話だと、家賃収入で暮らしている御隠居さん、らしいけど。

「変な爺さんだよ」

 具体的に。

「え? うーん……このアパートに住んでるけど、あんまり帰ってこないで、あちこち放浪してたり……」

 旅好きな人……別に、変じゃない気がするけどなぁ……

「基本、ここには自分が気に入った人しか住ませない」

 信吉さんって男の人と、朧さんって女の人、だったっけ。

「秀人さんは、何で気に入られたの?」

「俺はカントクの紹介で……あと、そうだ」

 ぽん、と手を打つ。

「『鍛えがいがありそう』……って言われたんだ」

「き、鍛え……?」

 それって、まんまの意味で?

 秀人さんは、あっけらかんと言った。

 

「俺の格闘とか、殆ど爺さん仕込みだぞ」

 

 ふぇー……

「……強いの?」

 正直、秀人さんより喧嘩が強い人なんて思い浮かばないけど。

 秀人さんは眉間に手を置き、少し考え、

 

「魔法抜きなら、負けるだろうな」

 

 あっさりと、そう言った。

「……会ってみたいなぁ」

 少し、どういう人なのか気になるところだ。

 

――ピリリリリッ!

 

 と、秀人さんの携帯が鳴った。

 片手で開き、確認し……

「何々。今、こっちに帰ってる最中。土産があるから、楽しみに……? なんのこっちゃ」

 それじゃ、すぐにでも会えるの?

 急な話だなぁ。

 まぁいいや。

 

 そして、夕飯の支度が出来て、玄関先で待っていた。

 道の向こうから、作務衣を着たお爺さんが手を振って……

 

「ほっほっほ。帰ったぞーい」

 

「……爺さん、ソレ、何」

 秀人さんが、私の気持ちを代弁した。

「何って……」

 くいっと、細い手に吊り下げられていたのは……

 

「土産だがのう?」

 

 顔面に青タンを作って白目を剥いた……八神だった。

 

「……」

「……」

「ミー……」

 反対側の手で持たれていた黒猫が、弱く鳴いた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ぼやーっ……とした意識。

 まどろみの中をフラフラする、何とも言えない心地好さ。

 ……それを妨げる、右眼窩の痛み。

 触るまでも無く、見事な青タンが出来ていることだろう。

 

「……はっ!?」

 

 思い出したッ!

 

 がばっと身体を起こす。

 唐突な行為のせいで、右目の青タンがズキンッ!と鋭く痛む。

「いっててて……!!」

「あ。主、目が覚めましたか」

 寝起きでぼやける視界の中、艶のある漆黒の毛並みが揺れていた。

「リーゼか……」

「はい。お加減は、如何ですか?」

「最悪だクソッタレ!

 くそ、あのジジィ……!!」

 よくも私を、タコ殴りにしてくれやがったな!

――ジャキッ!

 

 魔剣を現出させ、握る。

「切り刻んでやる!」

 辺りを見回して、状況を確認。

 和室の一間に、寝かされていたらしい。

 襖の向こうから、話し声と人の気配!

 

――ドバンッ!

 

 襖を蹴破る!

 案の定、そこにはさっきのジジィがいた!

 

「死ねぇええええッ!!」

 

「甘いわ」

 

――ぱしんっ!

 

 魔剣の鋭い刃は……ジジィの親指と人差し指で、白刃取りされていた。

「このっ……!」

 万力みたいに、魔剣をがっちり挟みこんで解けない!

 ……そして、また。

 

「少し血を抜け、若いの」

 

――ドボォッ!!

 

「あっ、」

 突如、腹部に生まれる灼熱。

 それが、殴られた衝撃だと理解した瞬間、灼熱は零度に変わり、体中の活力を根こそぎ奪い去ってしまった。

「ぎ、ぅっ……!」

 畜生……!

 

「おい、爺さん! やりすぎだ!」

 

 ……今更気付いたんだけど、こっちの部屋にはジジィ以外の人間が複数いた。

 それも、よりにもよって……

「なぁに、死ぬほど強くはやっとらん。ちぃっと撫でてやっただけじゃよ……ま、死ぬほど痛かろうがの」

「だから、それがやりすぎなんだっつーの!女の子だぞ!」

 

 ジジィに気安い口調で抗議する、秀人。

「……八神、殺す気マンマンだったでしょ」

 高町。

「だ、だいじょーぶ? ヤガミ……」

 金髪バカ。

 

「……おい、大丈夫かはやて」

 秀人が私を助け起こす。

「なん、で、あんた達が……?」

 振りほどく気力も湧かず、されるがままになってしまう。

「「「だってここ、俺/私/ボク ん家だし」」」

 ……嫌な偶然もあったな。

 

 リーゼは何で、猫モードになっているんだ?

「……申し訳ありません、私も、意識を保っているのが精一杯で、」

 念話を通じて、リーゼもまた、このジジィにボッコボコにされたという事実を知った。

 ……妖怪かっつうの。

 

「まぁ、食事でもするかのう」

 

 ……ジジィはマイペースに、台所へ引っ込んで行った。

 

 

「偶然ってあるんだなぁ……」

 食卓の向かいで、秀人が頬杖をついて感心していた。

「まさか、俺達と同じアパートに引っ越してくるなんて……」

 学校に関してはわざとだけど、これは本当に偶然だ。

「……」

 高町は、依然として私を警戒しているようだ。

 まぁ実際、軽く殺し合ったんだし当然といえば当然か。

 テスタロッサの邪魔さえ入らなければ、間違いなく私が勝っていた。

 全く……カンに障る。

「ほんっとに……腐れ縁ってヤツ?」

 用がすんだら、こっちから千切ってやる。

 

「……痛むか?」

「なめんな」

 こちとら、伊達にリーゼの鬼特訓受けてねぇんだよ。

「……っていうか、何なのあのジジィ。幻覚も暗示も効かないし……」

 それが、不可解だった。

 魔法の訓練を積んでいるようには見えなかったし、魔力も殆ど感じない。

 なのに、完全にシャットアウトされていた。

「……うーん、」

 秀人は、言うかどうか悩んでいる。

 

「準備ができたぞい」

 と、ジジィが皿を両手に、高町とテスタロッサの使い魔を連れて、戻ってきた。

 テキパキと料理を食卓に並べていく。

 いつも食事はリーゼ任せにしてる私だけど、それが美味しく調理されている、ということは分かった。

「なのはが作ったんだ」

「え……?」

 この美味しそうな料理を、高町が?

「……そうだよ」

 うわぁ……人は見かけによらないというか、何と言うか。

 ポン刀振り回してる野蛮人、ってイメージしか無かった。

 

「ほう……」

 ジジイも、割と感心していた。

「うむうむ、料理上手なおなごは、良き母になるぞ」

「母、ですか……」

 高町は、微妙そうに相槌を打つ。

 

「なりたくないです。」

 

 そう、苦笑した。

「ふむ……そうか、残念じゃ」

 

 

 独り身だと面倒で、買って食べる方が楽で、全くやらなかったなあ。

「ボク、たまごやきならつくれる!」

 テスタロッサが、阿呆っぽく元気に手を挙げた。

 

 ……え。もしかして、料理できないの私だけ?

「卵焼きっていうか、オムレツだよね、アレは」

「いいじゃんべつにー……もっとじょうずになって、おかーさんにたべてもらうんだ」

 ……母親。

 あんまり耳にしたくない単語を、今日はよく耳にする。

 すぅっ、と、いつもの癖で胸元に手が伸びてしまう。

「……」

 ……そこにはもう、十字架のネックレスは無いというのに。

 

 食事の最中。

「あの、大家さん」

「何かね?」

 高町が、ジジィに話し掛けた。

「やっぱり、何か武道を修めているんですか?」

 ……だと思うけど。

 なにせ、リーゼをボッコボコに出来る程だし。

「いんや。なーんもしとらん」

 

「嘘こけジジィ!!」

 

 どう考えても達人レベルの動きだろ!

「今風に言えば、マジじゃよ。空手も柔術も合気道も、なーんも知らん」

 ……目を見た感じ、嘘はついていないらしい。

「ワシも、若い頃は血気盛んでのう……気に喰わなんだ者に片っ端から喧嘩を吹っかけておったんじゃ」

 しみじみと、昔を懐かしみながら髭を撫でる。

「街のチンピラに始まって、やれ極道だ、やれカルト宗教だ……片っ端からぶっ潰してやったわい」

 ……微妙にデジャブを感じる話だ。

「その中に、たまに、妙な術を使う輩もおってのう……羽ばたいたり、掌から閃光を放ったり、姿形を自在に変えたり……びっくり人間じゃよ」

 

 ……ビックリなのはお前だジジィ。

 

「ビックリなのは爺さんだろうが……」

 秀人は、はぁ、とため息をついた。

 三流とはいえ、魔導師とステゴロしてんじゃねえよ。

「最初は悩んだわい。

 何せ、見てもさっぱりわからなんだ」

 そりゃ、そうだ。

 ジジィは、だから、と前置きする。

 

「『見ないで』ぶん殴ることにしたんじゃ」

 

 その発想は色々間違ってるだろ……

「初めのうちは目を閉じとったんじゃが……後ろから、パーンと派手にハジかれての」

 親指と人差し指で、鉄砲の形を作った。

 

「目は開けておくもんだ……と知ったんじゃ」

 

「「当たり前だ」」

 馬鹿がいる……

「じゃが、『見』れば騙される。『見』なければ、後ろからハジかれる」

 思い付いたんじゃ、と、本気で知ったように言う。

「相手の姿形に囚われず、『中身』を『視』れるようになれば、ぶん殴れる」

 脳みそが筋肉で出来ていそうな発想だった。

「練習したら、意外と簡単に出来てのう」

 しかも、実現してた。

 

「『視』てからぶん殴ったら、うまくいったんじゃ」

 

 ……もう、言葉も出ない。

 つまりアレか。

 バトル系漫画によくある、『心眼』か。

 そんな理由で、私の魔法は見破られたのか

 

「で、おぬし……はやてよ」

「ぇあ……何?」

 いきなり話題が変わって、びっくりした。

「おぬしは実に遊び……いや、鍛えがいがありそうじゃ。この長屋に住まうことを許そう」

 え……いいの?

「ペットもおっけーじゃ。ヒデ坊も飼っておるし、朧に至っては部屋が猫の集会所じゃ」

 話が逸れた。

 向こうの部屋に、契約書その他諸々があるらしい。

「行こ、リーゼ」

「申し訳ありません、主」

 リーゼを胸に抱き、移動する。

「すまんの、お嬢さんがた。 ……少し外させとくれ」

「あ、はい……」

「わかった!」

「ヒデ坊、洗い物やっとけ」

「へーい……」

 

 ……蹴破った襖を元に戻し、ジジィと二人になった。

 契約書一式が、卓に広げられている。

 

「おぬし、親族はおるか?」

「……!」

 噴出しそうになる怒気を、ギリギリで押さえ込んだ。

 高町みたいに、パパとママを侮辱された訳じゃない。

「いや、すまなんだ……許せ」

 ジジィは、本心から申し訳なさそうに謝罪した。

「では、法的な後見人は、どうかの?」

「……いるよ」

 後見人。

 ……一応、いる。

 名前と連絡先くらいしか知らないけど……パパとママの財産を、キッチリ守っているらしいから、これまでノータッチだっただけ。

 外国人の男性らしいけど……

「では、その後見人に保証人になってもらおうかの。連絡先を」

「……」

 渡されたメモ帳に、ボールペンで書き写す。

 

「汚い字じゃのう……」

「ほっとけ!」

 

 ジジィのくせにやたら近代的なスマートフォンを取り出し、連絡先に電話をかけた。

「うむ……突然の連絡、失礼する」

 電話中、リーゼを撫でて遊んでいたら……

「はやて。相手が、おぬしに代われと言っとる」

「えぇー……」

 面倒臭いなぁ……ま、しゃーないか。

「……八神だけど」

『挨拶くらい、しっかりしたらどうだ』

 渋い中年男性の声が、電話口から聞こえてきた。

 知ったことか。

「つーわけで、家ぶっ壊れちゃったから賃貸に引っ越す。

 口座から、毎月の引き落としになるからよろしく」

……電話口の向こうで、ふるふると怒りに震える気配がする。そして……

『馬鹿者ォッ!!』

「ぎゃあっ!」

 鼓膜がぁ!!

 

 取り落とした電話から、ハンズフリーで怒鳴り声が聞こえる。

『何故、家が壊れた時点で連絡しなかった!

 今の今まで、どこで、どうやって寝泊まりしていたっ!?』

「うるっさいな! 関係ないだろ!」

 なんで、後見人ごときに怒鳴られなきゃいけないんだ!

『それでも、伊吹の娘か!

 父親に顔向けできなるようなことはするな!』

 

――伊吹。

 

「軽、々、しく……」

 逆鱗に……触れた。

 

「パパの名前を出すなぁああああああァッ!!」

 

『はや、

 

――バゴォンッ!!

 

「はァー、はァー……!!」

 ……めらめらと、怒りに呼応するように、漆黒の魔力が揺れている。

 癇癪と共に振り下ろした手は、電話機を砕き、畳を貫通し、床材を貫いていた。

「うゥウウウ……!」

 ……それでも、止まらない。

「主、お気を確かに! 怒りに、憎しみに捕われてはなりません!」

 必死に私を抑えるリーゼの姿も、どこか遠い。

 憎しみに身体を乗っ取られて、『私』は、遠い所からそれを眺めていた。

 

 めらめらと、どろどろと、憎しみが汲み出され、溢れてしまう。

「爺さんッ!」

 秀人達が、緊迫した面持ちで飛んでくる。

 

「……うガァあああァアアアアァアアッ!!」

 

 魔剣の現出も、鍛練の成果も忘れ……野獣のように、秀人の首筋に食らい付いた。

「うぁあっ……!」

「ぐルァアアああッ!」

 ぶしゅっ、と、血が噴き出し、私の顔を紅く染める。

「秀人さんっ!」

「だい、じょぶ……!」

「ひでと、ごめんっ!」

 テスタロッサが、私の背中に手を沿え……

 

 

――バチィイインッ!!

 

 

 ……強力な電撃で、秀人ごと私の意識のブレーカーを落とした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 突然の修羅場をなんとかくぐり抜けた。

 秀人とはやては、共にフェイトの電撃で意識を失っている。

 ……が、どういうわけか、はやては秀人の首筋にしがみつき……まるで、抱き着いているような姿勢で気絶してしまっていた。

「……まぁ、このまま寝かせてやろう」

 ……この老人、どうやら、秀人の身体について知っているようだ。

「こ、こんな危ないヤツ、秀人さんの近くに置いておくなんて出来ない!」

 なのはの意見も、最もである。

「……どうやら、お嬢さん方。

 あなたたちも、大なり少なり、世界の裏側に関わっておるようじゃな……」

 しばし、話すべきかを思案した。

「ワシの見立てじゃが、このはやて……既に一線を越えておる」

 一線の意味に気付いたなのは、フェイト、ユーノ、アルフは、戦慄した。

 先程の狂乱、尋常な様子ではなかった。頸動脈を噛み千切られ、秀人でなければ間違いなく致命傷だ。

「……答えかねます」

 リーゼは顔を伏せるが、その態度が、事実を裏付けているようなものだ。

「! ……秀人さんから、離れなさい!」

 なのはが慌てて、はやてを引き離そうとするが……ガッチリと首をホールドされ、それは叶わない。

 戦慄をもって、はやてを見る面々。

「ふむ……」

 が、大家は、別の角度から見ていた。

(……何故、ワシに喰らい付かなんだ?)

 憎しみをぶつけるのなら、大家でも良かったはずだ。

 だがはやては、一直線に秀人に突進した。

 

……見ようによっては、秀人に縋るように。

 

 現に今も……秀人にへばり付いて寝るその顔は……狂乱が嘘のように、平素なものだった。

「はやての部屋割、決めたぞい」

 面々は、こんな状況下で何を……と、訝しげな顔を大家に向ける。

 そして、大家が口走ったのは……またしても、意味不明なことだった。

 

 

「……105号室。秀人の、隣じゃ」

 

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