魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
……また、あの少年の夢を見ていた。
前回は確か……施設の初日だった。
今回は、個室だ。
あれから、何日経っているのかは分からない。そんなに長く経過した感じは無さそうだけど……縦長に三畳くらい。それに反して、天井がやたら高く、小さな窓が一つしかない。
粗末な簡易ベッドの上に、少年は布団に包まって横になっていた。
「……」
目は、開いている。
消沈でも悲嘆でも憤怒でも無く……ただ、無表情だ。
廊下から、複数の足音が聞こえてきた。
その足音は、部屋の前で立ち止まる。
「……」
少年は首だけを動かし、ドアの覗き窓に視線を合わせる。
「よぉう……クソガキ」
醜く歪んだ顔で吐き捨てるのは、この養護施設の所長の男だ。
「どういう理屈かは知らねぇが……よくも、俺の城を傷つけてくれやがったな、あァ!?」
――ガンッ!!
金属の扉を革靴で蹴り飛ばし、威圧的な音を立てる。
「……!」
びくりと、身体を縮こまらせ……ようと試みる。……不自然だ。
少年の身体は、さっきから動いていない。
ただ、布団に包まっているだけなのに……
「チッ……おい」
煙草に火を点け、部下に扉を開錠させる。
「……ひっ」
怯えてるのに、少年は微動だにしない。
ぷかぷかと煙草をふかしながら、少年の横たわるベッドに近付いていく。
煙草の灰が、少年の枕元にぽろぽろと零れ……
(……おい、まさか!)
「ははは……流石に動けないよ、なっ!」
――ジュッ!!
「……あああああっ!!」
煙草の火を、頬に押し付けやがった!
ギシギシと、ベッドから変に軋む音がする。
ここまでされて、動かないってことは……
「おー、怖い怖い。 けど、この拘束衣、高いだけあっていい性能だわ……あっはっは!」
……布団に包まっていたんじゃなくて、犯罪者用の拘束具で、ベッドに縛り付けられていたんだ!
「あつ、や、やだ……!」
ギシ、ギシと軋むが……それだけだ。
コンクリートの壁を破壊するだけの力があっても、伸縮するゴムは力を逃がし分散するため、破壊できないらしい。
「おい、お前達……ここを喫煙所にするぞ」
それを聞いた部下達も、主人と同質の、賎しい笑みを浮かべ……煙草に火を点けた。
――ジュウッ!
「あああああ……!」
肉を焼く音。か細い悲鳴。賎しい笑い声が……劣悪不快な三重奏を奏でる。
(――殺すッ!)
この男だけは、生かしておくものか!
夢の中ということも忘れ、ばたばた暴れる。
……唐突に、画面が切り替わった。
あれから、しばらく経過した頃だろう。
少し、身長が伸びている。
少年は、拘束されるわけでも無く……独房に持ち込まれたテーブルセットの椅子に座り、何やらペンを握っていた。
めくっているのは、本ではなく、算数ドリルのようだ。
「……」
黙々と……ただ黙々と、時に考え込んだり、教科書を見たりしながら、問題を解き進めていく。
その横顔には、段々と精悍さが見え隠れし始めている。
独房には、拘束具の類は見当たらない。
……千切れたゴム紐のようなものがその残骸だと気付くのに、それ程時間は必要無かった。とうとう、拘束具を克服したのだ。
……けど、この少年は、まだこの独房にいる。
しばらく観察してたけど、食事もこの部屋で食べている。
隣室には真新しいユニットバスも併設されていて……
ここが独房から、少年を隔離しておくべく与えられた個室に変化したことが分かった。
さっき、食事を届けに来た職員、酷く怯えた目をしていた。
あれだけ少年を嬲っていた所長も、姿を表さない。それに、部屋の、環境の変化を鑑みるに……
――きっと、腕力を行使したんだ。
拘束も不可能となれば、嬲るどころか返り討ち。
……いや、もしかして、とっくにそうなったのかもしれない。
(あはははっ、やるじゃん!)
感覚に乏しい手で、少年……とはいっても、私より少し上、十歳くらいの男の子の頭を撫でてやる。
少年は、ふっと顔を上げた。
「……」
時計は、午後6時を指していた。
ドリルを仕舞い……部屋の片隅に設置されたテレビの前に座り、電源を入れる。
流れ出すのは、ヒーロー番組のオープニングテーマ。
まぁ……子供だし、普通か。
というか、まだこういうものに興味が向くだけ、マトモな神経をしている証拠だ。
「……」
30分の放送が終わり、少年は、ベッドに寝転んだ。
そして今度は、本棚から少年漫画のコミックスを取り出し、読み進めていく。
クスリとも笑わず、真剣に……まるで、物語を、そこにある『架空の何か』を頭に刻み込むかのように、真剣に読み耽っている。
……その光景が、急に遠ざかっていった。
あぁ……目が覚める。
全く、いつまで続くんだろうな、この夢は。
……起きたら、目の前に秀人がいた。
寝転がっているとかいうレベルじゃない。
もう、視界一杯に秀人が……
「うぉっ、」
落ち着いた驚き……という、実にわけのわからん感情と共に、秀人を遠ざける。
「ん、む……」
どうやら、秀人は寝ているようだ。
……さっきの和室だ。
床に空いた粗雑な穴が、それを示していた。
……私、どうしたんだっけ。
ジジィにボコられて、食事して、電話して……今起きた。
中間の記憶がぶっ飛んでいる。
うー……思い出せないぞ。
時計を見ると、午前10時。
「あー……」
寝坊だ。まぁいいや。
「起きたか」
台所からジジィが顔を覗かせた。
「なのはちゃん達は、学校へ行ったぞい。」
「……」
「担任教師には、体調不良と伝えておいた。今日は休むがええ」
「ふん……余計な真似を」
そんなもん、わざわざ伝えなくていいっての。
「少し遅い朝食としようかの。ヒデ坊を起こしておいておくれ」
「なんで私が……」「起きてなかったら飯抜きじゃ」
……リーゼは、どこかに外出中らしい。
となると、食事は買うか、ジジィが出したのを食べるしか無いわけだ。
買いに行く手間と、秀人を起こす手間を天秤にかけ……後者に傾いた。
「おいコラ起きろー」
頬をぐいーと引っ張る。
「……う、」
あれ、起きない。
んじゃ、もっとこう……ぐいっと、ぐにょーん、と。
「うー……むー……?」
ケケケケケ……超楽しい!
「あ?」
「あ」
起きた。
「……何してんの?」
「え? 遊んでるんだけど?」
「……やめい」
ま、やめないけどねー。
「うりうりうり」
「やーめーろー……」
くりっ、と首を横に向ける。その先にある時計を見た途端……
「……ぎゃー!寝過ごしたぁあああ!!」
がばっと一気に飛び起きた。
「し、仕事! 現場が! 持ち場が!」
珍しいことに涙目になりつつ、携帯電話を取り出した。
「鉄郎には連絡しといたぞ」
ジジィがまた顔を出し、言った。
「……」
ぱっ、と、動きが止まった。
「よ、よかったあ~……! 迷惑かけるところだった……」
(ふん……馬鹿じゃないの)
たかが仕事場だろうが。なーに必死になってんだか。
「ジジィ、朝飯」
「うむ」
焼き魚と白米を咀嚼する。
「おいはやて、ネギも食え」
秀人が口うるさく言う。
まったく、リーゼといい秀人といい……
「野菜は嫌いなの。だから食べない」
「お子ちゃま」
……なんつった?
「ガキ味覚」
「ぶっ殺すぞ!?」
「二人とも」
ぎくっ、と身体が強張る。
「行儀の悪い子には、ゲンコツかのう?」
「「……」」
……怖いわけじゃないからな!
「では、行くとするかの」
「リーゼなら、ヒデ坊んとこの末っ子と遊びに行ったぞい」
……末っ子?
「ああ、ヴィータと一緒か……」
お前、どんだけ扶養してるんだよ……
「ふむ……では、出かけるとしようかの」
「そうだな」
二人の間だけで納得するな。
まぁ、行ってらっしゃーい。
「……おぬしも来るんじゃ」
……何で。
「だって、お前の家具だぞ?」
「知らねぇよ!」
何で本人おいてけぼりで決定してんだよ!
「なぁに、心配いらん。引越し祝いに奢ってやるわい」
「爺さん爺さん、俺ん家のちゃぶ台、もちっと大きいのを……」
「学生限定じゃ馬鹿者!」
――ごんっ!
……まぁ、タダなら、貰ってやらなくも無いけど。
「ほれ、準備せい」
「「できてるけど」」
秀人も私も、普段着のまま寝てたから……髪さえ整えればすぐ出られる。
「んじゃ、ヒデ坊はメット持って来い」
チャリッ、と何かの鍵を
「げ、まさか……!」
ぽんっ、と投げ渡されたボールのようなものを、受け取る。
……俗に言う、ヘルメットだった。
「爺さん、やっぱ電車にしようぜ!な!?」
なぜか食い下がる秀人。
いまいちわからないけど、とにかく外に出よう。
……甘く見ていたよ、ジジィのこと。
どーせ、秀人があの黒バイク、ジジィはスクーターにでも乗るんだろう。
そう、勘違いしていた。
――ドルッドルッドルッ……!
図太い排気音を響かせるのは、黒いバイク。
秀人のものとは違う……というか、ある意味二輪ですらない。
確か……『サイドカー』とか、『側車付き二輪車』とかいう部類だ。
ハンドルを握るのは、当然この乗り物の所有者……ジジィだ。
「うむ、いい音じゃ。 ……では、行くとするかの。はやては側車に乗るがええ」
言われるがまま、側車に身体を潜り込ませる。
「あー……マジかよ……」
何でそんなに嫌なんだろう……と思ったけど、納得だ。
ハンドルを握るのはジジィ。側車には私。
となると、秀人は……ジジィの後ろ。
「うあー……超恥ずかしい」
「ぶつくさ言うでないわ。行くぞい」
がしゃっ、という衝撃の後、ドルルルルッ……と重低音を吐きだしながら、サイドカーが発進した。
「そうそう、はやての部屋はヒデ坊の隣じゃ」
……勝手に決めるなっつってんだろぉおおおおおお!?
◆ ◆ ◆ ◆
その、前の晩。
海鳴市の、とある居酒屋。
二人の女性が、晩酌を交わしていた。
一人はショートカットに私服。もう一人は、ポニーテールによれたスーツ姿だ。
「いっちゃん、きいてる!?」
スーツ姿の女性が、ジョッキをダンッ!とたたき付けるように置いた。
酒が回っているらしい。
「はいはい、聞いてますよ咲ちゃん」
なのは、フェイト、はやての担任、咲だった。
「あのね、私、けっこう頑張ってると思うのよ!」
「そうだね、頑張ってるね」
ショートカットの女性こといっちゃんは、聞き役に徹していた。
「初めての担任クラスでぇ、」
「うんうん」
「初めての転校生がぁ、」
「うんうん」
「始業式サボったんだよ!クラスの子と一緒に!信じられる、ねぇ!?」
「……咲ちゃんだって、サボってたじゃないの」
「何か言ったぁ……?」「ううん、何も」
酔っ払いの絡みを、するっとかわした。
「せんせーに、またおこられるしぃ……」
怒られたのではなく、遅れて来るであろう生徒の案内を任されたのだが……
「たまには、褒めてくれたっていいじゃないの!」
びえぇ……と、テーブルに突っ伏して号泣する。
「褒められたこと、あった?」
「あるよー」
泣き顔から一変。にへー……と、締まりの無い笑顔を浮かべた。
「高校大学に受かった時でしょー?」
「うんうん、咲ちゃん、頑張ってたもんね…………元ヤンが同じ大学のキャンパスにいてびっくりしたけど」
ちらっと、本音が覗いた。
「大学で、教員免許を取ったとき!」
「夢が叶ったんだもんねぇ」
「うん!」
……というか、逐一報告していたことの方が驚きだ。
「それだけだあああぁぁぁ……!」
びえぇ、と、また泣き出す。
「その生徒さんの名前は?」
「たかまちなのはさんー」
「……高町?」
いっちゃんは、眉を寄せた。
「ふぇいとさんー」
外国人の名前。これはスルー。
「その二人?」
「もうひとりー、もうひとりはー、」
フラフラ定まらない視線で、言った。
「やがみはやてさん」
――ガシャンッ!
「……ぁ?」
咲が、少しだけ我に帰った。
いっちゃんが、タンブラーを取り落としたのだ。
店内は、その音に一瞬だけ静まり、また喧騒を取り戻す。
「いっちゃん、どーした」
の、と言い終わるより早く、いっちゃんが咲の肩を掴んで引き寄せた。
「八神さんが、学校に来ているの!?」
あまりの迫真の様子に、咲はぱちくりと目をしばたかせた。
「うん、来てるけど……いっちゃん、知り合いなの?」
「こうしちゃいられないわ、咲ちゃん! 詳しく聞かせて!」
「い、いっちゃん、石田ちゃん、どーしたのー……?」
ほけーっとした咲を引きずり……ショートカットの女性こといっちゃんこと石田は、足早に咲のアパートを目指した。