魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第四十五話

 朝の鍛練の後……よくスケジュールを確認してみたら、先公が言っていた運動会は、再来週だった。

 

「……ま、いいや」

 どうせ、参加しないし。

「主、お食事の準備が整いました」

 お、待ってました。

 

「主、間もなく登校のお時間です」

 食後、歯磨きを終えて寝転んでいたら、8時を回っていた。

「あー……いいよ今日は」

 眠いし……

「……主、」

 洗い物をする手を止め、リーゼが振り向く。

「主、ですが……」

「うーるーさーいー……」

 朝練の疲れも溜まってるんだ。

 今日は、自主休日にしよーっと。

 リーゼが、何かを言いたそうにしている。

 

 

――ピンポーン。

 

 

 ……あ? 呼び鈴?

「誰だ……?」

 リーゼは……洗い物か。無視してもいいけど……

 

――ピンポーン。……ドンドン、

 

 ノックまでおまけでついて来た。

「八神、起きてるんでしょ? 八神!!」

「……高町?」

 ……この時、迂闊にドアを開けてしまったことを……二週間後悔し続けることになるとは、思いもしなかった。

「何よ、朝っぱらから、うるさいわね……」

「学校行くよ」

 ……は?

「何でよ。今日は行く気は無い……」

「行くよ!」

 

――がしっ。

 

「!?」

 掴まれた。

「ほら、もう時間無いんだから!」

「行かないっつーの! 離せテメェ!」

「リーゼさん、八神の鞄投げて!」「どうぞ」

 ぱしっ……と、リーゼが高町に投げて寄越したのは……私のリュックサック。

「リーゼてめぇ!」

「……行ってらっしゃいませ、主」

「お、覚えてろよおぉ~!」

 ……三流悪役みたいな言葉しか、出てこなかった。

 

「離せよ気持ち悪ィな!」

 

 何が悲しくて、敵の女と手を繋がないといけないんだ。

「だって、離したら逃げるでしょ!」

 ったりめーだろ!

「私が学校に行こうと行くまいと、おまえには関係無いだろ!」

「関係あるわよ!」

 ぐいっ、と、顔を寄せてきた。

 

「八神あなた、クラスの実行委員なんだよ!?」

 

 聞いてねェ!?

「そりゃそうよ。だって、あなたが寝てる間に決まったんだから」

「ふざけんな!」

 欠席投票なんて認めないぞ!?

「ついでに、私もだからね!

 サボりは、許さないんだから!」

 

 運動会実行委員……?

 つまり、運動会が終わるまで二週間ずっと、高町の相方……?

 ぞわー……っと、鳥肌が立った。

「嫌だ! 私は帰る! 帰って寝る!」

「我が儘ばっかり言うなぁ!」

 高町は、羞恥で赤く染まった顔で怒鳴る。

 

「なんで私まで……

 

『高町さんと八神さんって仲良いよね!』

 

 ……なんて理由で、実行委員に他薦されなくちゃならないのよ!」

 

「断れよそんぐらいよぉ!お前、新聞を三紙も四紙も取る田舎者か!」

「先生に頼まれて、秀人さんにまで頼まれて……断るわけにもいかないでしょうが!」

 ……おいちょっと待て。秀人に、何て頼まれた。

「『あいつ、どうせクラスに溶け込めて無いだろ? 更生も兼ねて、クラスの輪に放り込んで、集団行動を身につけさせてやってくれ』……だって」

 よし決めた殺そうあの馬鹿。

「……というわけで、お仕事だよ!ほら、シャキシャキ歩く!」

 変に覚悟を決めたのか、据わった目つきの高町に引きずられながら、行きたくも無い学校に連行された。

 

 ううぅ……何で私が、こんな目にィいぃぃぃいいい……

 

 その日の、午後の授業……を潰しての、会議という名の話し合いという名のグダグダ。

「あの……静かに、して下さい……あの……話し合いを……」

 高町は、普段の不遜な態度はどこへやら。

 やれゲームだプリクラだサッカーだの、好き勝手に雑談をするクラスメイト達に困り果てていた。

 

「……チッ」

 

 このまま放置してやっても面白いんだけど。

 この話が纏まらないことには、会議が終わらない。ついでに帰れない。

 嫌々仕方なく、進行させてやる。

 

――ガゴンッ!!

 

 教卓を蹴り倒し、雑談をシャットアウト。

「ちょ、ちょっと八神……!」

「黙ってろヘボ」

「へ、へぼ……?」

 全く……たかがガキの20や30、御せなくてどうする。

 

「参加種目は、400メートル走と800メートルリレーだ。はい決定」

 

「「「ええええええっ!?」」」

 

 ……不服の声が上がった。

 自分では意見を出さない癖に、他人の意見には積極的に反対を飛ばすのかよ……クズ共が。

 まぁ、わかりやすく説明してやるか。

「このクラスには、中距離走向けの奴が揃ってる。なら、勝てる競技に戦力を割くのは当然だろ」

「勝手すぎるだろ!」「俺、そんなに走るのやだ」「幅跳び……すぐ終わるし」「……転校生がデカい顔しやがって」

 まだまだ出てくる、反対というか、私への野次。

「おい、富樫。斎藤。意見があるなら立って言え」

「「!?」」

 なんだ、お前ら……もしかして、私がクラスの情報を集めてないとでも思ってたのかよ。

 

「一組、四組には、陸上部を始めとした運動部の男子が多く所属してる。……が、そいつらの殆どは、他の種目にエントリーした」

 このクラスの、会議の遅れが幸いした。

「当然、そいつらが出る100メートル走、200メートル走、走り幅跳び、走り高跳び……それら種目での勝率は低い」

 ……馬鹿にもわかりやすく説明するのは、骨が折れる。

「所詮は子供の体力だ……長丁場になればなっただけ、差は縮まる」

 と、女子の一人が挙手した。

 小綺麗な服を着た、いかにも小金持ちの子供……そんな奴。

「あの……そんなにガツガツしなくてもいいんじゃないかな?

 運動会だし……みんなで楽しくやろうよ」

 そーだそーだ、いいこと言った、さすが橋本……馬鹿共がそれを後押しする。

 ふぅ……いい子ちゃんには、脅しかけておくかなぁ。

 

「確か……最下位のクラスは、運動会の後片付けと……体育館の床掃除だったよな?」

 高町に確認を取る……フリをする。

「うん、そう聞いてる……」

 教室がどよめいた。

 にや、と意地の悪い笑みを意識して浮かべ、言う。

 

「やるか? 汗にまみれて後片付け。埃まみれになって床掃除。

 

……まぁ、『みんなで楽しく』やれるなら、掃除でもいいか?」

 

「……いえ」

 橋本がすっこみ……クラスに、敗北と、それによってもたらされる恐怖が、浸透していく。

 しばらく、無言で待ち…………

(頃合いだ)

 鞭の後は……飴をちらつかせる。

「優勝クラスには一週間の特別給食と、昼休みの体育館の使用権利が与えられる。そうだな?」

 頷く高町に、おぉっ……と、男子女子双方から、どよめきがあがった。

「私の指揮に従うなら……優勝と、それに付随する権利はお前達のものになると約束しよう。これは確約だ」

 

 ざわざわと、期待に騒ぐクラスメイト達。

 

――ばんっ!

 

 机を叩き、再び注目を集める。

 全員の顔を見回し……告げる。

 

「――どちらだ? 勝ちたいか、負けたいか?」

 

 反応を見て……最後は、短く、力強く。

 

「――では、勝つぞ」

 

「「「おぉおおおぉぉお!!」」」

 

 私が率いる以上……負けは許さない。絶対確実に、クラス優勝してもらうからな。

 

 

「尚、選手は決定次第、高町を通じて担任に伝えるように。その他諸々の雑事は、高町が担当する」

「ちょ……!?」

 面倒ごとはお前がやれ。

 

「以上、解散!」

 

 よーし、これで帰れるぞ。

「ちょっと八神!やが、」「ねぇ高町さん、私は400メートルが」

「あ、えぇと……種目ごとに集計取るから……八神、八神ー!?」

 

 がんばれよーっと。

 

 私は高町を残し、悠々と教室を後にした。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

カントクと並んで、警察署のロビーを進む。

 

あの日から一週間。

例の、カントクが拾った十字架の現物を確認しに来たのだ。

「あー、すみません。半年前に落とし物を届けた、向井という者ですが。所有権の譲渡の手続きに参りました」

窓口の、ちょっと色っぽい婦警さんに名前を告げて免許証を見せるカントク。

婦警さんは、手元のパソコンで何かを照会して、顔を上げた。

「……はい、承っております」

廊下を歩き……また別の窓口へ。

そこでようやく、勿体振って渡された十字架を受けとった。

「おぅ、ヒデ」

ぽん、と渡された十字架を確認してみる。

……十字架というから、立方体を重ねたようなシンプル極まりないものを想像していた。

けど、それは……

「おぉ……なんか、凝ってますねコレ」

十字架とはいっても、勇ましい剣十字だ。

しかも、四本の剣それぞれに、更に十字架が彫り込まれているという、製作者の情熱が伝わって来る程の出来栄えだ。

しかも、バリが無いってことは、削り出しのワンオフ品。

「だろ?」

カントクが気に入る理由も、少し分かった気がしたけど……

「これ、壊れてますよ?」

……剣十字の一角は砕けて、チェーンは繋ぎ目が壊れて千切れてしまっていた。

砂埃を掃っても、汚れは酷いし傷だらけ。

元が大層な工芸品だったために、余計に物悲しい雰囲気を醸し出している。

警察に届けはしても、わざわざ半年待って貰いに来る程の物ではない。

「……だよなぁ」

カントクは、何故か首を傾げた。

「だよなぁ、って……カントクが拾ったんでしょう?」

「あぁ、まぁ、そうなんだよな……ぶっちゃけ俺も忘れてたし」

……忘れてた?

「久々にお前の顔見た時にな……ピン、と思い出したんだよ。 あぁ、お前に見せなきゃ、って」

「あの……意味わかんないっすけど」

何で、俺の顔を見て思い出したんだ?

「だから、俺にもわかんねーって。とにかく、それはお前が持ってろ」

「あ、はい」

チャリチャリと手の平の上で遊ばせつつ、トラックの助手席に乗り込んだ。

 

「待っていたの、ぼけなす」

 

……見慣れた職場の、見慣れたデスク。

そこに……何故かアイがいた。

行儀良く背筋を伸ばして椅子に座り、まるでこの場の主であるかのように、俺達を横柄に出迎えた。

「あの~……お帰りなさいッス、カントク、ヒデさん」

ヨシヒコが、ヘコヘコと金髪頭を揺らしながら、擦り寄ってきた。

「休憩中だったんスけど、このねーちゃんがいきなり押しかけてきて……」

時計では、既に休憩時間をとっくに過ぎていた。

「客人一人を残していくわけにもいかないんで、オレが残ってました、ハイ」

「わかった……ヨシ、ご苦労だったな。持ち場に戻れ」

「うっス! 行ってきます!!」

ヨシヒコを褒めたカントクは、次にアイに目をやる。

「申し訳ありません。少々の間、あちらの応接間でお待ち頂けますでしょうか?」

「んー……わかったの」

カントクに丁寧に案内され、アイがオフィスから移動していった。

……そして、カントクは俺に厳しい目を向けた。

「ヒデ、知り合いか」

「はい」

「馬鹿野郎ッ!」

 

――ごんっ

 

拳が、俺の頭を叩いた。

 

「仕事場に、ダチ連れ込んでんじゃねぇッ! 遊びじゃねぇんだぞっ!」

「すんませんでした!」

俺は、頭を下げるしか無い。俺はアイに、『職場に来るな』としっかり言い含めていなかった。

そのせいで……

「お前が連れ込んだダチの対応に、ウチの工員を一人割いた。 ……わかるな」

「はいっ……!」

……仕事の納期は、絶対だ。

納期を遵守するためには、無駄を極力省かなくてはならない。

……プライベートの客人の対応のために、工員を持ち場から外すなんて、言語道断だ。

 

きっと、ヨシヒコの持ち場は、他の工員達がカバーしているか……最悪、後回しになっている。

「分かったら、客人には、お引き取り願え」

「はいっ!!」

 

駆け足で応接間に向かい、アイに帰れと伝えた。

……が。

 

「よくわからない。アイは、おまえと『お話』をしにきただけなのに」

 

……『お話』とは、例のアレだ。

「お前のマスター云々の話だろ? 今は仕事中なんだ。帰ったら、聞いてやるから……」

「いや。 アイは帰らないの。 おまえが『お話』を聞いてくれるまで、帰らないの」

ぷいっ、と俺に背を向けて、ソファにしがみついてしまった。

困った……早いとこ、仕事に戻らないといけないんだが……

「アイ。場所を変えるぞ。ついて来い」

「……アイのお話、聞く気になったの?」

「聞かないとは言ってないだろ?」

「……わかったの」

アイは、渋々といった様子で、ソファから立ち上がった。

 

カントクは、先に現場に向かったようだ。

今回の現場は、この事務所のごく近所。歩いて行ける場所にあることが、唯一の救いだ。

事務所の戸締まりをして、現場に走る。

ぱたぱたぱた……と、サンダル履きの足で俺に追いつくアイ。……今度、ちゃんとした靴を買ってやろう。

「逃げられるなんて、思わない方が身のためなの。ぜったいぜったい、逃がさないの」

「逃げないっつうの」

 ……現場に程近い一画の、漫画喫茶で立ち止まる。

「何時間か、ここで時間を潰しておけ。仕事が終わったら迎えに来る」

「……そう言って、逃げる気なの」

「ほら、担保」

小遣いを、財布と丸ごとアイに手渡す。

「……わかったの。待っててやるの」

 アイは、ようやく納得してくれた。

 

 

 その日の仕事をなんとか終えた頃には、既に6時を回っていた。

 アイの待つ漫画喫茶に急ごうと、作業着を着替える。

 かさっ、という乾いた感触が、ロッカーの奥から帰ってきた。

「?」

 取り出してみると、それは数枚の紙切れ。

(あ、これ確か、先週の……)

 翌日、ポケットに入れたまま仕事場に持ってきちゃって、ロッカーに突っ込んだままだった。

 ゴミを置いていくわけにもいかないし、持って帰らなきゃ。

 

 急いで支度を終えて、アイの待つ漫画喫茶に走る。

「……悪い、待たせた」

「……遅いの、ぼけなす」

 アイは、漫画喫茶のドアの前にいた。

 多分、時間一杯まで過ごしたんだろう。

「んじゃ、帰るか」

「ちょっと待つの」

 ぐいっ、と俺の手を引き、少し離れた所にあった大型古書店へずんずん進んで……

「これを買うの」

 アイが指差したのは……

「シャーマン〇ング愛蔵版全巻セットぉ……?」

「単行本は、未完で終わっていたの」

 値段は……四桁後半。

「これ下さい、なの」

 ちょっと待てコラ。

 って、そうだ。財布預けっ放しだった。

 目の前でサクサクと進む会計。

「はぁ……まぁ、いいけどさ」

 俺も読むし。

 でも、給料日近くでこんな買い物してたら、なのはにどやされちまうなぁ……

 

 

「今日は、とてもいい日なの」

 上機嫌なアイは、新品のスニーカーを鳴らして歩く。

 ……ついでに、靴も買ってやった。

 

「ただいまー」「ただいまなの」

 家のドアを開ける。

「おう、帰ったか」「おかえりー!」

 ヴィータとフェイトが、俺達を出迎えた。

 二人とも、エプロンを着けている。

「おぉ、今日は二人が当番か」

「そろそろできるよー!」

 ちらっ、と台所を見てみると、大皿一杯の肉野菜炒めと、定番の卵焼きモドキ。

「アイ、お前も食べるだろ?」

「うん」

 ……たまに、こいつは人間なんじゃないだろうかと思う。メシ食うし、寝るし。マリーの奴は、何を考えてるやら……

 

「ただいま……秀人も帰ったところ?」

 ユーノとアルフも、夕飯に合わせて帰ってきたらしい。

 いつまでも玄関先にいないで、入るとするか。

 ……それにしても、妙になのはが静かだな。

 

「……」

 理由は、すぐに分かった。

 なのははちゃぶ台に向かって、ノートに何かを書いたり、消したりしていた。

「うー……八神のやつ……」

 時折唸って頭を抱えて、ぐりぐり黒く塗り潰す。

「なのは、ただいま」

 頃合いを見計らって、声をかけた。

「うわっ! 秀人さん!?」

 びっくりしていた。

「お、おかえりなさいっ!」

「何書いてるんだ?」

「ん……」

 差し出されたノートを見てみる。

 浅野、上安、川田……苗字の羅列の下に、何かのタイムと覚しき数値が書き込まれている。

「運動会の、リレーの順番」

 そうか……もうそんな時期か。

「八神と私が、クラスの実行委員だから」

 ……よくやる気になったな。

 目立つの嫌いなのに。

 

「八神のやつ、手伝いもしないで、

 

『駒を動かすのが私の仕事。

 

駒を揃えるのはお前の仕事』

 

……って言うんだよ!」

 はは、あいつらしい。

「くそぅ……あんにゃろう……」

 悪態をつきながらも、どこか楽しそうだ。

「フェイトは?」

「個別種目の100メートルと200メートル。男子からは葉山君。短距離はその二人だけ」

 なるほど……勝てる力量がある奴だけをぶつけるつもりか。

「後は、400m800mの中距離と、あとリレーに殆どのメンバーを割いてる」

 ……ガチじゃないか。

 

 少しして、フェイトとヴィータが料理の皿を運んできた。

「ごめんね、任せちゃって」

「きにしないでいいよ。れんしゅうになるし」

 そして、夕食が始まった。

 

「――ところで」

 

 ……きた。

「秀人さん。アイが持ってるのは、何?」

 なのはが箸を置き、部屋の片隅に置かれたブツを指差した。

「……漫画」

「いくら?」

「……8980円」

「秀人さん」

「……すまん」

 うぅ……やっぱり怒られたじゃんかよ。

「はぁ……ま、買っちゃったものはしょうがないか。

 でも……今度からは、買う前に教えてね」

 なんとか、許してもらえたらしい。

 

 食後、くつろいでいたら……ユーノが妙なことを言い出した。

「秀人。最近、無限書庫に来た?」

「無限書庫? ……いや、行ってないけど」

「でも、これ……」

 そう言って、俺が持って帰ってきた紙切れを持ち上げる。

「無限書庫の、本の一部だよ」

「なに?」

 

「……くんくん」

 アルフが顔を近づけ、鼻を鳴らす。

「あ、間違いないよ」

 犬……もとい、狼の嗅覚なら確実だろう。

「じゃあ、あいつか……?」

 俺にぶつかってきた女。

 何を企んだかは知らないが、警戒しておこう。

 かさっ、と紙を開く。

 日本語で表記された文章の下に、凝った意匠の十字架のアクセサリー。

 白黒で画質が悪く、見えづらかったが……よく見てみたら、今日、カントクから貰ったアレにそっくりじゃないか。

「なぁ、これ……」

 ちゃぶ台の上、紙切れの隣に、壊れたアクセサリーを置き、みんなに見せる。

「……同じもの、だよね」

 なのはを始めとした全員が、俺と同じ意見だった。

 ユーノが、その文章を読み上げる。

「『……〇〇(破かれていて解読不能。多分、人名)への祝いの品として、銀細工職人・田上奈々に制作を依頼される』……下に書いてある比率は、合金の割合だと思う」

 さすが無限書庫。

 こと細かなデータが揃ってるぜ。

(無限書庫……破られた本……………………あ!)

 忘れかけていた記憶が、蘇る。

 確か、一昨年あたりに起きた、魔力の暴発による旅客機墜落事故。

 あの本が、中途半端に破られていた筈だ。

 もしかして……昨日の女は、何かを俺に伝えようとしていたのか?

「ユーノ、」

 ……あの本を隠した座標をユーノに伝えた。

 

「で、どうするの?」

 どうするかな……まぁ、とりあえず。

「直せるものなら、直してみたいよなぁ」

 よくわからんが、何かの手がかりになり得るかもしれない。

「……ねぇ、秀人さん」

 なのはが、首に下げたレイジングハートを……というか、それを繋ぐチェーンを持ち上げた。

「これ売ってくれたお姉さん、確か……」

「……あ」

 

――『もし壊れた銀細工とかあったら、店に持ってきて』

 

 脳裏に、ジャラジャラとアクセサリーを鳴らす、ケバいねーちゃんの姿が浮かんだ。

「あの人に、頼んでみよう」

 時計は、午後7時。

 商店街の店は、そろそろ閉まる。

 あのねーちゃんの店が何時に閉まるのかは聞いていなかったが、行ってみるのも悪くない。

「ちょっと行ってくる」

 メットとキーを手に、家を出た。

 

 

 

「確か……このあたりだったな」

 バイクを停め、下りる。

 居酒屋やクラブ等、夜間がメインの店を除いて、ほぼシャッターが閉まっていた。

 その一角に……未だ、照明が点る店があった。

「お邪魔しまーっす」

 無駄足にならずに済んだみたいだ。

「あり……? キミは確か……」

 ジャラッ、と、金属のネックレスが揺れた。

「よう。今、時間いいか?」

「むふふ……でぇとのお誘いですかな?」

「実は、アクセサリーの修理を頼みたくて」

「……スルーされたヨー」

 ちょっと悲しそうな顔をした。

 ポケットから壊れた十字架を取り出し、カウンターに置く。

「……!!」

 店主が、驚きに目を見開いた。

「これ……!」

 やっぱり、同業者から見ても、いい品物なんだろう。

 狭い業界だろうし、駄目元で聞いてみた。

「田上奈々、って人の作品らしいんだ。もし直せなくても、その人に連絡が取れるなら……」

 

「うん、知ってる知ってる、超知ってる! 今、呼んできてあげるよ!」

 

「マジで!?」「マジで!!」

 言ってみるものだ。

 

 店主は、店のバックヤードに入っていく。

「お待たせっ♪」

 5分も掛からず、出てきた。

 振り返り……

「……あの、田上奈々さんは?」

 そこにいたのは、店主ただひとり。

 店主は、俺の訝しい表情をスルーした。

 

「ある時は露店商……またある時は、アクセサリーショップ店長……しかし、その実態は!」

 

――ばっ、ばばっ!

 

と、恐らくは常々練習していたであろうポーズを決める。

 

「流しの銀細工職人・田上奈々ちゃんなのデスっ!!」

 

 ……本人だった。

「えぇ~……」

 なんかイメージと違う。

「いやー、懐かしいねぇ、コレ。二年くらい前、関西の街で売ったんだよ」

 店長改め田上は、壊れた十字架を慈しむように指でなぞった。

「よく覚えてるな」

「全部、私の子供みたいなモンだからね。いつ作ったか、いつ売ったか。ちゃーんと覚えてるの!

これを買ったのは確か……妙に身なりの良いジェントルメンだったね。クリスマスプレゼントだったのかなぁ?」

 

 そいつが、生存者の少女の父親で間違いない。

「……直るか?」

「うん」

 あっさりと断言するのだから……信用して良いはずだ。

 

「銀っていうのはね、『心』が宿る媒体なの」

 

 ……いつものチャラい雰囲気が消えた。

 

「製作者である私は勿論……数多の作品郡から一つを見定めた者の『心』。

 

それを、誰かに贈ろうとした者の『心』。

 

受けとった者の、喜びの『心』。

 

手放してしまった者の、悲しみの『心』」」

 

 千切れたチェーンをつまみ、振り子のように揺らす。

 

「貴方は、この傷付いた剣十字に……どのような『心』を込めるの?」

 

 ……十字架が、揺れる。

 田上の碧眼と、俺の瞳の中心で。

 

 ゆらゆらと。

 

 ゆらゆらと。

 

「…………『再会』、だ」

 

 自然と、そのワードが口に出た。

「たとえ、離れ離れになっても……また、いつか必ず、出会えるように……」

 頭の中では考えていないのに、まるで、心の底を吐露してしまったようで……

 

――パンッ!!

 

「うわっ!?」

「……はい、商談成立!」

 田上が手を打ち合わせる音に、現実に引き戻された。

「仕上がったら連絡するよん♪」

 田上は、先程までの超常的な空気を消し去り、いつものチャラくて軽い雰囲気を纏っていた。

「さ、店じまいだよ」

「あ、ああ……それじゃ、頼んだ」

 まだ少しぼんやりする頭を振って、店を出る。

 夜風に当たると、ようやく現実感が戻り……

 

(俺……何を言ったんだっけ?)

 

 ……田上と何を話していたのかを、思い出せなくなっていた。

 

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