魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第四十六話

 選手の選別、ごねる生徒の説得、競技の説明……バタバタしているうちに、運動会の前日になってしまった。

「八神、選手表は確認したよね?」

 放課後、八神の部屋で最終ミーティングを行う。

「まぁ……十段階評価で、七ってトコだったな」

「むっ……今更、ケチ付けるの?」

 今の今まで、私に押し付けてた癖に。

「ま、上出来じゃねーの? ……お前にしては」

「あんたは一言多いのよ!」

 

「主、なのは……夕食の支度が整いましたよ」

 え、もうそんな時間!?

「せっかくですから、なのはも食べていって下さい」

「……」

 八神は、『勝手にしろ』と言わんばかりに、頬杖をついている。

 

 うーん……今日は、秀人さんが当番の日だけど……だからといって、一人だけ別ってのも淋しい。

「あ、そうだ。八神とリーゼ、私ん家で一緒に」「却下」「……な、何でよ!」

 折角の名案を!

「……大勢で集まるの、好きじゃないから」

 う……確かに、私ん家に来たら、アウェーになるかも。

「……わかった」

 ……たまになら、いいか。

 

 

 階下までそのことを伝えに行って、戻って来ると、真新しいテーブルの上にはリーゼの手料理が並んでいた。

 低カロリーで、それでいてボリューム的にはかなり多い。

「すごいね、リーゼ」

「主の健康管理も、私の使命ですから」

 ……リーゼと契約する前は、どんな食生活だったのか、想像するだけで恐ろしい。

 

 白身魚のムニエルを口にしながら、八神にそれとなく会話を振ってみる。

「八神って……転校してくる前は、どこの学校通ってたの?」

「……確か、第一小学校」

「何よ、妙に曖昧じゃない」

「一度も行かなかったから」

「……」

 さらっと、とんでもない事を言った。

「えぇ……何で?」

「……」

 だんまり。

「……明日」

「え?」

 明日って……運動会だけど。

「勝つからね」

「……うん」

 やる気、十分。

 私達のミーティングは、日付が変わるまで続いた。

 

 そして……

 

 

『これより、海鳴第二小学校・運動会を開催します!』

 

 いよいよ、本番だ!

 

 クラスメイト達も、どこかそわそわ落ち着かない。

「あー……うー……」

 中でも、最も落ち着きが無いのはフェイトだ。

 朝一のクラス会でリレーのアンカーという大役を命じられ……逃げ出し……クラス総出で取り押さえられ……説得されること数10分。

「フェイト」

 見兼ねて声を掛けた。

 フェイトは、動きやすいようにシニヨンにアップされていた。

 ここぞとばかりに、望達から髪をいじくられ、それが更に心労を増したらしい。

「うぅ……なのはぁ……ボク、かえりたい……」

「100メートルで一位だったら、秀人さんが何でも買ってあげるって言ってたよ」

「……なんでも?」

 ぴくっ、とフェイトが反応した。

「うん。何でも」

「……がんばろう、かな」

 ……けしかけておいて何だけど、即物的な子だなぁ。

「午後一番の100メートル、秀人さん達も応援に来てくれるから」

 秀人さんも、ユーノくんも、アルフも……そして何故か、高町の家からも、応援に駆け付けてくれるらしい。

 

「高町、テスタロッサ、ボケッとすんな!すぐに最初の種目だぞ!」

 

 司令官から激が飛んだ。

「すぐ行く!」

 フェイトの手を引いて、競技待ちの列に整列する。

 まずは、学年種目の100メートル。

 個人種目と違い、競技人数が多いため、例え一位になろうとも、獲得できる点数はずっと少ない。

 かといって、見過ごせるほど少ないわけじゃないから、みんな一生懸命走る。

 

 結果として……フェイトや葉山君、ある程度脚力がある子を除いて、平均四位。

 かくいう私は、三位だった。

「……」

 八神は、冷静にスコアボードに記入している。

「ねぇ、八神さん……」

 クラスメイトの一人が、流石に疑問を感じて意見を述べた。

「このメンバーで……本当に、優勝できるの?」

 ……疑問も、最もだ。

 今の競技で、我が三年二組の鈍足っぷりは暴かれてしまった。

 八神は、スコアボードをぱたん、と閉じ……

 

「……問題無い」

 

 短く返した。

「このクラスの、瞬発力の無さは想定内」

「……」

「後は、私の指揮と……お前達一人一人の、やる気と根性に掛かっている」

「……わ、わかった、頑張る!」

 その女子は、自分が参加する種目の待機列に走っていった。

 

 消化試合のような午前の部を終えて……点数は、四クラス中、三位。

 正直、芳しくない。

 けど……八神の目はまだ、勝負を投げてはいなかった。

 

「……これより、午後の部だ」

 

 休憩時間を利用し、クラス全員が教室に集結した。

「我がクラスの現状はどうだ、速水?」

 教卓に腰掛け、そう問う八神。

「……最下位との点差、たった15……ほぼ、最下位です」

「……」

 クラスに、重い沈黙が下りる。

 やはり、根性論で覆せるほど、現実は甘くなかったのか……

 

「ここからだ」

 

「!」

 八神の一言に、ハッと顔を上げる。

「午後の部の個人種目、クラス種目……それらは全て、『勝てる』メンバーで構成している」

「……でも俺、そんなに足速くない」

 小太りのクラスメイトが、弱気を口にした。

「臼井。お前の種目は何だ」

「中距離……800メートル、だけど」

「お前は、授業でも練習でも……一度も歩かずに走り切った」

「!」

 臼井君が、顔を上げる。

「いつもと同じだ。走り切ることだけを考えろ。……結果は、自然とついて来る」

「……はいっ!」

 彼に続いて、一人、また一人……的確に評価を下し、鼓舞していく。

 ……私が見ていなかった彼らの側面を、八神はちゃんと見定めていたんだ。

 

「神尾。高橋。増田。葉山……テスタロッサ」

 

 最後に……目玉種目、1000メートルリレーの選手を呼ぶ。

 出場チーム唯一の、男女混成チーム

「二週間前……お前たちはゼロだった。

 リードもせず、バラバラに走り、バトンを落とし……とても、出せるレベルでは無かった」

「……」

 間を取り……

「だけど、お前達は努力した。走って、走って……でも、バトンを落とすことは無くなった」

 すっ、と、全員の顔を見渡す。

 

「お前達全員が、この日のためにどれだけのものを積み重ねてきたのか……私は知っている。

どれだけ転び。

どれだけ泣き。

どれだけ立ち上がったのか。

そして、この本番を迎えて……私が言えることは、ただ一言だ」

 

 すぅっ、と、一呼吸を置き……

 

 

「――勝つのみ!!」

 

 

―――――――!!

 

 

 32人の咆哮が、校舎を揺るがした。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……」

 

――かっち、こっち……

 

 秒針が時を刻む音が、いやに大きく聞こえる。

「……」

 目の前には、愛用の携帯電話と……一枚の名刺。

 それが、何かの寓意のように、机に並んでいた。

 というか、俺が並べた。

「……」「秀人……まだ悩んでるの?」

 ユーノが、呆れた様子で言った。

「なぁ、早く行こう?

 フェイトの出番、終わっちゃうよ」

 アルフが、ぱたぱたと足踏みする。

「ふわーぁ……おまえというやつは、決断力が足りていなさすぎなの」

 アイが、眠そうに欠伸をした。

「秀人、せっかく半日休みを貰ったんだろ?」「なのはとはやてだって、秀人が来るのを楽しみにしてるんだよ」

 うぅ……でもなぁ……

 石田先生を呼ぶなんて……

 だって俺、あんな醜態曝して……

 でも、爺さんが言ってくれたんだし……

 

「あ、もしもしなの。ウチのぼけなすが、話があると言っているの」

 

 光速で奪い返した!

 

「何しとんじゃボケェエエエ!!」

「もう繋がってるの」

 え、うっそ!?

「……」

『もしもし、アイさん? ぼけなすって、誰のこと? ……もしもし?』

 切る……って手もあるけど……流石にもう、覚悟を決めるしかないか。

「……どうも、ぼけなすです」

 精一杯のおふざけと共に、挨拶をした。

『……秀人くん?』

 石田先生が、息を呑んだ気配が伝わってきた。

『……どうしたの?』

 かつてと変わらない、優しい声だ。それが少し嬉しく……苛立たしい。

「富山先生から聞いているかもしれませんけど……今日は、小学校の運動会なんです。はやても出ます。だから……あの……お時間があれば、なんですけど……」

 緊張と、照れ臭さで言葉が出づらい。

 電話機から顔を離し、深呼吸する。

「すー……はー……」

 ……よし、言うぞ。

 

「一緒に、観に行きませんか」

 

 よし、言えた。

『……まぁ、』

 電話口の向こうで、石田先生が困ったような声を出していた。

 ……だよな。いくら何でも……

 

『分かりました。一緒に行きましょう、秀人くん』

 

 来るわけが……って、

「えぇええええええええええええっ!? マジで来るの!?」

『自分で誘ったんじゃないの……』

「あ……すんません、つい。じゃ、今から現地集合で……」

 

「秀人、時間時間!」

「なんだよ…………って、うわ!やべぇ!」

 時計は、間もなく午前のプログラムを終え、昼休憩に入る寸前だった。

「じゃあ先生、また後でっ!」

 携帯電話を切り、メットを掴んで部屋を出る。

 ZZRに、俺とアイが乗って……

「全く、待ちくたびれたわい」

「す、すまん爺さん……」

 爺さんの、年季の入ったツェンダップには、アルフとユーノが人間形態で腰を据える。

 

――キュルッ……ボゥンッ!

 

「ちぇーっ……アタシも乗れるのに……」

 アルフがぼやいた。

「免許取れ」

「はぁい……」

 フェイトとアルフは、管理局の意味不明な手段で、日本での戸籍を持っている。そうでなきゃ、小学校に入学なんて出来ない。

 ……返せるうちに、恩を返さないとな。

 

「……あ!」

 伝え忘れてた。

 運動会は、車での来場が禁止されているんだった。

「爺さん悪い、アイ頼むわ!」

「何を…………ぐぇー、なの!」

 信号で止まり、アイの首根っこをふん掴まえて、ツェンダップの側車に投げる。

「ぎゃふっ……!」

「ぎゃー!秀人てめー!」

 突然、アイを膝の上に投げ込まれたアルフが非難の声を上げた。

 アルフ許せ! 緊急事態だ!

 

「ストラグルバインドッ!!」

 

――バチィッ!!

 

「ひぎゃあああああッ!!」

 

 ……無理矢理変身を解除させられ、アルフが狼の姿で側車に転がった。

「ゥおぃいいいいいいいいいッ!!?」

 ユーノの渾身のツッコミを耳に、アルフが着けていたメットを回収。

「先生拾ってくから、先行っててくれ!」

 

――ギャリリッ!

 

 アクセルターンで方向転換。

 石田先生の職場……市立病院の方角を目指し、アクセルを開け放った。

 

 

 

 病院に着いたのと、石田先生が白いセダンにキーを差し込もうとするのは、ほぼ同時だった。

 

――ギキィッ!

 

 慌ててブレーキをかけたせいで、少しジャックナイフ気味になってしまった。

「秀人くん!?」

 妙に驚いているけど……あ、そういえば、俺がバイク持ってるの知らないんだった。

「ちッス。迎えに来ました」

「え、でも、」

「小学校、車は入れないんです。近くのコインパーキングも、保護者の車で満員ですから……どうぞ」

 アルフから借りた、シールド着きジェットヘルメットを先生に渡す。

 先生は、渡されたメットを被ろうとして……

「あ、あらら……髪が、」

 被るのが初めてなのか、苦戦していた。

 頬当ての部分を広げながら、斜め上から被るのがコツだ。

「ちょっと失礼……」

 先生の手からメットを受け取り、一息で被せた。

 タンデムステップを出し、先に跨がると……先生も、見よう見真似で跨がった。

「腰に手を回して下さい」

「……こう?」

 

……自分の腰に手を当ててどうする。

 

「……アンタ阿呆ですか」「ご、ごめんなさい……!」

 正しい位置に、エスコートした。

 むぎゅっ、と、背中にそこはかとなく未体験な柔らかさを感じた。

「行きますよ」

 その気恥ずかしさを意地でコーティングして、ギアを入れて走り出した。

 

 ……加減速する度、腰に回された手が緊張で強張る。安全運転(法定速度の上限一杯)で、小学校に向かった。

 

「はは……すごいのね、バイクって……」

 シールドを開けた先生は、緊張して少しハイになっていた。

「メット取りますよ」

 顎紐に手を掛ける。

 

「……身長、抜かれちゃったね」

 

――手が、止まった。

 

「大きくなったね、秀人くん」

 無視して、紐を解きにかかる。

「……」

 けど……『何故か』手が震え、難航する。

「もう、見上げないと顔が見られないよ」

「……るさいです。やりづらいんで、大人しくしてて下さい」

「仮面ライダーが好きだったよね。バイクは、その影響?」

「……紐、解けたんで」

 自分のメットを脱いで、先生のと合わせて、ホルダーに引っ掛ける。

 くしゃっ、と、先生の手が、俺の髪を撫でた。

「硬さも、変わってない……」

「、やめてください。ガキじゃないんだから……」

 振りほどく。

 背を向けたまま、グラウンドに歩き出す。

 ……背中に、先生の言葉が投げ掛けられる。

「……変わったね、秀人くん」

「十年近く経つんだから、当たり前だ」

「けど、変わってないね」

「……トンチがしたいわけじゃない」

 いよいよ無視して……

 

「時間が経っても変わらないものって、先生は……あると思うよ」

 

 ……アンタが言うなよ。

 

 

 ……先生が、どんな顔で言ったのか……俺は、最後まで見られなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「おーい、なのは」

 手を振りながら、待ち合わせの場所に向かう。

 

 鉄棒のあたりに、爺さん達が先に到着していた。

「秀人さん、こっち!」「おそいぞーっ!」

 なのは、フェイトが、お揃いの(当たり前だが)体操服でビニールシートの上に座っている。

「……」

 あ、はやてとリーゼも一緒か。

「よっ」

 はやては、ジロリと不機嫌な目を向ける。

「……なんで、先生まで呼ぶのよ」

 あー……そういや、はやてにだけは伝えそこなっていた。

「お前の主治医だろ? 俺だって、駄目元で声掛けたんだぞ」

「お邪魔だったかしら?」

 石田先生が、はやての前に腰を下ろした。

「……」

 ぷいっ、と愛想悪く無視する。

「主、いけません」

「……わかったよ」

 リーゼが咎め……渋々、目を合わせた。

「……どーも」

「八神さん、頑張ってる?」

「……ぼちぼち」

 点数表は……あー、最下位とほぼ同着か。

 何か考えがあるんだろうけど……

 

「食事にするかの」

 爺さんとリーゼが、重箱を広げた。

 

 ……昨夜、俺・リーゼ・爺さんの三人掛かりで仕上げた合作だ。

 一段目は俵型に小分けされた白米。

 二段目は揚げ物や肉類などの主菜。

 三段目はポテトサラダなどの副菜。

 水筒の中身はポタージュと、我ながら豪華な仕上がりだ。

 だいぶ余計に作ったから……多少人数が増えても問題はない。

「それじゃ、」

 

――いただきます!

 

 ……さすが、子供はよく食べる。

 しかも、運動後となれば尚更だ。

「これ、秀人くんが作ったの?」

 先生が、俺が作ったおかずを食べて、驚いたように言った。

「……爺さんとリーゼ」

「いえ、揚げ物の大部分は、秀人が」

 ……リーゼ、余計な事言うなよ。

「秀人くん、料理上手なのね」

「……」

 黙々と食べ進める。

 

――ごん!

 

「いってぇ!」

「返事をせんか馬鹿者!」

「……」

「済まんの、石田さん。どうにも意固地な奴で……」

「いえ、お気になさらず……自業自得ですから」

 そう言って、悲しそうに笑った。

 

「…………爺さんから」

 ……気まぐれだ。本当の本当に、ただの気まぐれだ。

「え?」

「……爺さんから、料理習った」

「……そうだったの。とても美味しいわ」

 他意は無い。

 絶対に、無いからな!

 

 

「リーゼ、アジフライ取って」

「主……野菜も食べませんと、栄養が偏りますよ」

「野菜嫌い」

「……美香のことを言えません」

 嘆息するリーゼ。

 リーゼの苦労を知ってか知らずか、はやては揚げ物ばかりを口に運んでいた。

「あぁ、そうだ」

 と、石田先生がポロッと漏らした。

 

「美香ちゃんにも、声掛けてきたのよ」

 

 ……ポロッと、はやての箸から、唐揚げが落ちた。

「もーらいっ!」「フェイト、行儀悪い!」

 ……それを空中キャッチしたフェイトを、なのはが叱った。

 

「な……何で!? 何で呼んだ!?」

 明らかに狼狽している。

「だって、八神さんと美香ちゃん、仲良しじゃない」

「理由になってねーよ! ……私は帰る!!」

 がばっと立ち上がるはやて。

「まぁまぁ」

 素早く背後を取り、肩を抑える俺。

「まぁまぁ」

 両膝を膝カックンするリーゼ。

「「まぁまぁ」」

 両腕を搦め捕る、ユーノとアルフ。

 

「「「「まぁまぁ」」」」

 

「は、放せッ!」

 

 ……拘束完了。

 

「くうううぅっ……! てめぇら全員、絶対に半殺しにしてやる……!」

 物騒なことを口にするはやて。

「リーゼ、やれ」

「了解しました」

 リーゼは、副菜の中からカボチャを箸で摘み……

「はい、主。あ~ん、してください」

「……!」

 これが最後の抵抗とばかりに、がっちりと歯を食いしばる。

「フェイト」「はーい!」

 

――こちょこちょこちょ……

 

 腋の下をくすぐられ……

「ぶぁはッ!」

 反射的に口を開く。

 そこに……

「主、どうぞ」

「もふぁっ!!」

 ……カボチャを、容赦無く突っ込んだ。

「もがもが……!ごくっ!」

 お、食った食った。

「リーゼ! やめろ、マジやめろ!」

「トマトとか、どうじゃ?」

「ジジィてめぇ!」

 爺さんがにやけながら言い、それにリーゼが頷いた。

「さぁ、次はトマトです」

「いやーッ!」

 ……割とマジに嫌がっている感じがするが、自発的に野菜を食べなかった自業自得もある。見ているのも楽しいし……放置しておこう。

「主。あ~ん、です」

 

 ……しばらくそうしながら、野菜をはやてに詰め込んでいた時のことだった。

 

 

「あああああぁーーーーーッッ!」

 

 

 素っ頓狂な声が、校庭に響き渡った。

 

「ズルい、ズルい! リーゼばっかり、姐さんと遊んで……!」

「遊んでねぇよ!」

 ……それは、車椅子に乗った少女だった。

 陽射しを知らなさそうな白い肌。

 肩にかかる程のセミロングヘア。

 僅かな不機嫌に膨らんだ頬。

「……あの子が?」

 石田先生に確認を取ると、こくん、と頷いた。

 

「済みません、お待たせしました」

 ……車椅子を押しているのは、見覚えのある女性だった。

「……美穂さん?」

「あ、あら……?」

 なのはが、その名を呼んだ。

 そう、その女性は……なのは行きつけの、市立図書館の司書だった。

「……すごい偶然ねぇ」

 ほぅ、と、感心したように息をつく。

 その美香はといえば、車椅子からビニールシートに移動していた。

「……誰?」

 俺達を見て、リーゼの袖を引く。

「前に話した、秀人ですよ」

「あぁ。あの……」

 

 ……はやて、お前は一体、どんな話をした。

「初めまして。柳瀬美香っていいます」

 ぺこっ、と礼儀正しくお辞儀をする。

「……美香、外出しても良かったの?」

 はやてが、心配したように聞く。

「うんっ。石田先生が、たまにならいいって」

 朗らかな笑顔だ。

 

 ……さっき、礼儀正しいと感じた、引き締まった表情は、単に緊張して強張っていただけか。

 

「腹減らない? 食事に制限とか無ければ、一緒に食おう」

「うーん……」

 美香は、美穂さんと、石田先生を順に見回した。

「食べすぎなければ、食べてもいいよ」

「良かったわね、美香」

 石田先生の許可が下りた。

 

「もぐもぐ、」

 俺達程ではないが、子供らしくそれなりに食べている。

「美味しい?」

「すっごく美味しい!」

 満面の笑みに吊られ、美穂さんも笑顔。

 

 やがて、重箱が空になった。

 さて、そろそろか。

「なのはー」

 校門から、桃子が手を振りながらやってきた。

 傍らには、クーラーボックスを肩にかけた恭也と美由希。

「おーっす、みゆき!」「おーっす、フェイト!」

 ぱんっ、とハイタッチする。

「よう。中身は何だ?」

「ああ……これだ」

 恭也が開けたクーラーボックスの中には……

「お、シュークリーム」

「デザートいるかなーって思って、朝から準備してたの」

 なかなか気が利く。

 なのはが、何の気無しに言った。

「そういえば、母さん達が小学校の運動会来るのって初めてだよね」

「「「……」」」

 親子揃って俯く高町家。

「……あれ?」

 なのはが、首を傾げた。

 ……まぁ、仕方ないよな。

 

 柔らかめのシュー生地に、カスタードクリームというシンプルな作り。

 それだけに、出来の良さがわかる。

「……美味しい」

 あのはやてを以てして、素直に認める程だ。

「うん、美味しい……けど」

 が、美香は少し不満そうだ。

「お兄ちゃん、来られなかった」

「今日は、突然の仕事で抜けられないって言うから……」

 俺だって、かなり無理を言って休みを貰えたんだ。代打に出てくれたヨシヒコには、後で礼をしなくちゃあな。

「っていうか、弟いるんですか」

「えぇ……なかなか、ヤンチャな子なんだけどね」

 三姉弟かぁ……

「羨ましいですよ」

「え……?」

「俺、一人っ子だったんで……兄貴とか、姉ちゃんとか、憧れだったんです」

「あら、それじゃ、恭也と美由希はどう?」

 桃子が、にこにこしながら入ってきた。

 

「なんか、親子揃って頼りないから、パス」

 

「「……」」

 ひくっ、と、桃子と恭也の頬が引き攣った。

「なのは……わたし、頼りない?」

 美由希が、なのはに会話を振る。

 

「…………………………………………うんっ! そのままの姉さんでいて!」

 

「うわぁあああん!」

 あ、泣いた。

「ボク、ねーさんがいたんだよ!」

 フェイトがそれに続く。

 

 美香はその都度、「へー」とか、「ふーん」とか、好奇心に目を輝かせていた。

 そしてその好奇心は、はやてにも向かった。

「姐さんは?」

「え、私?」

 ぎくっ……と、なのはが強張った。

「私も、一人っ子だったなぁ」

 しみじみと言い……なのはは、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「……なんか、そろそろ弟だか妹を、とか言ってた気がする」

「……」

 実に気まずい沈黙が、場を支配した。

 

 そろそろ、って……アレだよな。アレ。

 

「……そ、そうだ!」

 パンッ! と、空気を入れ換えるように手を叩く。

「美香さん、お兄さんの名前、何て言う、」

「おぉい、八神、高町!実行委員、運営テント前に集合だってよー! あと、テスタロッサ! 俺達の競技、午後一だぞ!」

 ……と、向こうの方から、健太が呼んだ。

「あ……いっけない!じゃ、また後で!」

「いってきまーす!ひでと、やくそくまもってよね!」

「……さて、行くか」

 三人は、靴を履いて走っていった。

 

『間もなく、午後の部を始めます。生徒は、クラスごとに集合してください』

 

 アナウンスが流れた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 入場門に、フェイトと健太が並ぶ。

 回りは、体育会系のクラブに所属する同級生達。

 全体競技ではなく、クラス選抜戦だ。

「テスタロッサ」「なに、はやま?」

「うちのクラスからの参加者は、俺達だ。勝てば、一人20点。逆転の足掛かりになる」

「……うん」

「それだけ、はやては俺達に期待してる。 ……絶対に、一等取るぞ」

「うんっ」

 握りこぶしを作り、気合いを示す。

「がんばろーね!」(勝ったらロストドライバーとスカルマグナム!)

「おうっ!」(一等取って、高町にいいところ見せてやる!)

 

 ……モチベーションの保ち方は、人それぞれ。

 

 

 いよいよ、スタートラインに健太が立つ。

「……」

 じっとゴールだけを見る目に、迷いは無い。

 

 クラスメイト達も、その集中を邪魔しないよう、固唾を飲んで見守る。

 

『位置について』

 

 マイクを通じた教師の号令がかかる。

 

『用意』

 

 ……選手達が、クラウチングスタートに構える。そして。

 

――パァンッ!!

 

 一斉に、飛び出した!

「健太ー!!いけー!!」「ぶっちぎれー!!」「葉山ー!!」「葉山君ー!!」

 望が一番に声を張り上げ、クラスメイトも大声を上げる。

 

「はっ、はっ!!」

 独走……とはいかなかったが、一歩はリードしている。

「こ、の、!」

 二位の少年が、それを巻き返す。

 足を限界まで回転させ……最後には、目さえつむって。

「…………!」

 全力で駆け抜けた健太を……ゴールテープの感触が出迎えた。

 

 

 歓声に沸く応援席。

「……うぅ、」

 フェイトは、ここにきて初めて、プレッシャーを意識した。

「……女?」

 他の選手達が、訝しそうな……半分は、侮ったような顔をする。

 それが更に、プレッシャーを増す。

(ボクも、かたなきゃ……!)

 ……それは、リラックスとは程遠い。

 

『位置について』

 

 教師の号令に、慌ててスタートラインに立つ。

 

『用意』

 

――パァンッ!

 

(しまっ、た……!)

 明らかに、出遅れた。

 ……あぁ。と、応援席から、諦めが混じった声がする。

 保護者席からも、残念だとか、女子には無謀だとか……………………

 

「まぁ、最下位なんだから……今更、一つ二つで変わらないよな」

 

 ぞわぁっ! ……と、全身の毛が逆立った。

 

(ふ……)

 

 自分のミスよりも……健太の戦果を、はやての努力を、クラスの応援を陥める言葉に……

 

(……っざけるなぁあああぁぁああああああああああっ!)

 

 プレッシャーを、彼方に忘れ去った。

 倒れ込みそうな前傾で、地面を蹴る。

 

 蹴る。

 

 蹴る……!

 

「フェイトー!!」

 美由希が、ロープを跨ぎそうなほど身を乗り出す。

 

 最下位から、一気に巻き返し……一躍、三位に踊り出た。

「、あっ……!?」

 不意に、ずるっ……と、足元が滑る。

『あぁっ……』

 いよいよ、絶望的かと思われた。

 だが……

 

「……ンのヤロぉおおおおっ!!」

 

 滑った姿勢から……まるで、というかそのまま……ヘッドスライディングの ように、残りの数メートルを駆け抜ける!

 

――ずざざざざっ!!

 

 土埃が上がり、教師が駆け寄る。

「おい、平気か!?」

 フェイトは、肘や膝に擦り傷を作って……

「……へへ」

 

――身体に巻き付いた、ゴールテープと共に、立ち上がった。

 

 ゴールテープを、御首のように掲げ……クラスメイトの応援席を、満面の笑みで振り返った。

 

「……取ったぞーーーーーーー!!!」

 

 ……少しの間。そして。

 

――わぁあああああああああぁぁああ!

 

 大歓声が、上がった。

 

「いたたたた……なのは、いたいいたい!」

「我慢しなさい」

応援席に戻るや否や、なのはに有無を言わさず治療されていた。

擦り傷をよく洗浄し、消毒液を染み込ませたガーゼを当てる。最後にテーピングをして、治療完了。

 

「なのは、いちばんだよ、いちばん!」

遅れながら、満面の笑みで報告する。

「……よく頑張ったね」

頭を撫でられ、満更でもないようだ。

「凄かったよ、テスタロッサ!」「ほんと、感動しちゃった!」

クラスメイトも、賞賛を口にする。

「あはははは!いえーい!」

勝利の興奮か、いつもの人見知りはどこかへ引っ込み、陽気に笑顔を振り撒いていた。

「よぉし、アタシも障害物競走、一位取るぞっ!!」「俺だって!」「ぼ、僕も……!」

 

次の競技……もしくは、ウォーミングアップに向かう、クラスメイト。

「良い出だしだ」

人がいなくなったのを見計らって、はやてがやって来た。

「ただ一位を取るより、効果的な演出だった」

「演出って……!」「なのは、いいよ」

憤るなのはを、フェイトが諌める。

「ヤガミ。ボクはつぎ、なにをすればいい?」

「この後、リレーに連続で出てもらう。今は休め」

「うん、わかった。……ヤガミ」

「なんだ」

「ちゃんと、ボクたちをかたせてよ?」

はやては、少し黙り……

「当たり前だ」

 

……と、それだけを答えた。

 

 

二人の活躍のおかげか、午後の戦果には目覚ましいものがあり、点差はぐんぐん縮まりつつあった。破竹の勢い……と言って、差し支え無い。

 

障害物競走、一位。

男子800メートル、二位。女子1000メートル、一位。

女子400メートル、三位。

男子1500メートル、一位。

 

はやての狙いは的中し、中距離走では上位を独占。

 

……午前の短距離走では、体育会系の生徒たちが上位を奪い合ったため、点数が各クラスにバラけてしまっていた。

が、二組は、午後の中距離走に戦力をフル投入したため、他のクラスより一位・二位など、高得点を得られた。……とはいえ、午前がほぼドベだったのだから、余裕の点差とは言い難い。

そして残すは……クラス対抗リレー。これで一位を取れば、優勝確実。たとえ二位以下でも、最下位になる危険は無いのだが……最早、誰もそんなことは頭に無かった。

 

入場門に、最終競技らしく、大勢の生徒たちが並んでいた。

『次は、最終種目……三年生クラス対抗、全員リレーです』

教師の誘導に従い、ゾロゾロと歩いていく。

 

もう、ここまで来たら、戦略も何も無い。

はやては、三つをクラスメイトに約束させた。

 

――コケるな。

 

――落とすな。

 

――諦めるな。

 

……それを胸に、スタートラインに最初の選手が並ぶ。

 

はやては、前後を健太とフェイトに挟まれる。

決して速くは無い己の足を、カバーするべく設定した順番だ。なのはは、最後から二番目。アンカーにバトンを渡す重要な役に、まさかの大抜擢だった。

毎朝のジョギングと、剣の鍛練により、平均を上回る足腰を持つに至ったことと……アンカー(フェイト)へのバトンパスの確実性を優先した結果だ。

単純なタイムだけでなく、人間関係までも計算に入れたシフトに、なのはは呆れ半分、感心半分のため息をついていた。

 

喧嘩もした。口論もした。

というか、そればかりだった。

……互いに真剣や銃器を持ち出しかけたのも、一度や二度ではない。

 

その結果が、今日、この運動会だ。

ここまでやったんだから、負けても悔いは無い……など、考えてはいない。

やるからには、勝つ。

注いできた労力を、情熱を、優勝という形で飾ってみせる。

『位置について』

 

『用意……』

 

――パァンッ!!

 

だっ! と、第一走者が駆け出す。

一人、100メートル。

それだけなら短距離走だが、これはリレーだ。

「……馬場!」「おうっ!」

第二走者に、三番手でバトンを渡す。

他のクラスの選手も、バトンパスを行うが……

「あっ、!?」

早速、二番手の選手がバトンを取り落とした。

「く、くそっ……!」

その横を、第二走者が駆け抜ける。

 

また、100メートル。

「田口!」「はい!」

バトンは、第三走者へ。

 

……付け加えるなら、このリレーは、男女混合だ。

男子から女子へのバトンパスは、目一杯リードを利用し……次の走者へ繋ぐ。

 

100メートル。

 

「くそっ、」

また、他のクラスがバトンパスをミスする。

 

100メートル。

バトンが繋がる。

 

100メートル。

他の選手が、バトンを取り落とし……それを踏んだ更に他の選手がスッ転ぶ。

 

 

 

100メートル。バトンが渡る。

100メートル。100メートル。100メートル。

……ここまで、ノーミスでバトンパスが成功しているのは、二組だけ。

それは、確実に順位に反映されている。

 

「八代!」「任せなさい!」

……八代が、驚く程の健脚で、順位を上げる。

 

「健太っ!」「おっしゃ来い、望!」

 

ミス無く、バトンが繋がる。

さすが、サッカーで鍛えた脚。はじめ並走していた選手を、一馬身も引き離す。

……そして。

 

「八神っ!!」「ご苦労ッ!」

 

偉そうな口ぶりと共に、はやてにバトンが渡る。

途端、待機中の選手から、爆発的な声援が上がった。

 

「八神ー!!走れー!」「八神さーん!」「後ろ来てるぞ!逃げ切れー!」「頑張れー!」

 

それを受けて、はやては……

(だーうるせぇな畜生!集中させろ!)

……毒づいていた。

 

やはり、魔法抜きの生身で走ることには慣れていない様子で、差を縮められつつあった。

100メートルが、いやに遠く感じる。

懸命に足を回転させるが、差はどんどん縮められ……

(……!!)

……一人に、抜かれてしまった。

いくら、想定内とはいえ……忌まわしそうに、歯を食いしばってしまう。

そして、100メートル。

 

「川口、挽回してこい!!」「まかせて!」

 

男子生徒に、バトンが渡る。

この時点で、はやての役割は終了した。

 

スタートダッシュの勢いのまま、前傾姿勢で走り抜ける。

前を走る選手をぐいぐい追い抜き、順位をさらに入れ替える。

 

「藤田!」「おぅっ!」

 

バトンを渡し……他の待機中の選手とは違う場所に誘導されていく。

そこには、他のクラスのアンカーも集まりつつあった。

……アンカーが走る距離は、200メートル。

差が縮まる、差が開く……どちらも十分にありえる距離だ。

何より、アンカーには……その先、挽回できる機会が無い。

そのプレッシャーを感じながら、クラスメイトを応援する。

 

 

順番も折り返し地点を過ぎ、残りも少なくなってきた。

 

「笠井!」「よしっ!」

 

……なのはの直前まで、順番が迫っていた。

「……」

妙に脈打つ心臓。

今更ながら、大役の重圧に足が震える。

 

「なのはー!」

不意に呼ばれ、ビクッと我に返った。

声は、保護者席から。

吾妻家、高町家の双方から、全力の応援があった。

「なのは、頑張って!」「バトン、頼んだよ!」「なのはー!」「なのはちゃん!」

 

……走りはじめる前に声援が送られ、何事かと注目が集まる。

 

なのはは、真っ赤になってぷるぷる震え……

「ああぁ、もうっ! まだ早いんだって! 恥ずかしいことしないでー!!」

ぶんぶんと両手を振り、威嚇した。

走り終えた選手の間から、クスクスと笑い声が聞こえた。

「うー……!! 秀人さんのばか……兄さんのあほ……!」

涙目で、スタートラインに立つ。

 

「高町さーん、頑張ってー!」「高町ー!」「コケるなよー!」

 

それに便乗して、クラスメイトからも声援が飛ぶ。

「だから、早いってばー!?」

プレッシャーもどこへやら。

 

「高町!」

 

前の走者が、バトンが、近づいて来る。

なのはは一息はいて……

 

「……任せて!」

 

バトンを、受けとった。

他の選手は、皆、男子。

フェイトほど足の早くないなのはには、若干、不利な状況だ。

 

だが、順位だけは落とすまいと、懸命に走る。

……走りに集中するあまり、自分が順位を一つ上げたことにも気付かぬまま、コースを走る。

 

現在、二位。

アンカーまでの距離、30メートル。

ラストスパートをかける。

一位に踊り出ることは無理でも……差を縮めて、アンカーに繋ぐことはできる。

先行する男子に追い縋り……数十センチ、Ⅰメートルと、距離を縮める。

 

……そして。

「フェイトッ!」「……うん!」

最後のバトンパスが……渡った。

 

――わぁああああああっ!!

 

歓声が、声援がごちゃまぜになり、フェイトの背を打つ。

そして、一位に躍進しようとした、その時。

「くそっ……女なんかにっ!!」

横に並んだ走者が、そんなことを言い……足を、観客席とは逆。見えづらい位置に、突き出した。

「……!」

卑劣な足払い。

……普通であれば、転ぶしか無いだろう。

急ブレーキを掛けようにも、進路にあれば、そのまま突っ込んでしまう。

(転んじまえっ!)

底意地の悪い笑みを浮かべる。

彼の脳裏には、不樣に地面にダイブするフェイトが見えたことだろう。

……だが。

 

「……そんなかちかた、うれしいの?」

 

フェイトは……『普通』を軽々と飛び越える。

ブレーキを掛けるどころか、より加速を増し……

 

「……フッ!」

 

ハードル競技のように、大ジャンプ。

悪意の足払いを、余裕で突破した。

止まったハードルではない。

ほぼ同じ速度で進む障害物を、後方へ置き去りにしたのだ。

 

「なぁっ……!?」

 

足を横に出すという、不自然な体勢。更に、驚きが加わり……

「、うわっ!!」

ずるっ、と、スリップダウンしてしまった。

勢いで、バトンも落としてしまう。

「くっそ!」

慌ててバトンを拾おうとした。

だが、

 

――かんっ。

 

プラスチックが跳ねる、軽い音。

「……あ、」

続いた他の選手が、バトンを蹴り飛ばしてしまったのだ。

だがこちらは、明らかに事故。蹴った選手は、全く気付いた様子も無く、フェイトを追う。彼がアンカーである以上……最早、挽回は不可能だ。

 

クラスメイトの冷たい視線(何人かは、足払いに気付いていたらしい)に晒されながら、ノロノロと自失した足取りでバトンを追う。

その彼の耳に、最後尾にいた選手が走り抜ける音が、空しく届いた。

 

……最後まで、真っ当に競技をしていれば、あるいは勝てたかもしれない。

下らない妨害が、彼の……ひいては、彼のクラスメイトの努力を、無に却したのだ。

「フェイトー!」「フェイト、こっちだー!」「テスタロッサ!最後だぞー!」「頑張ってー!!」

……ゴールテープの向こうに、自然とクラスメイト達が集まっていた。

「……!」

一瞬だけ驚き……笑顔で、最後の20メートルを走破した。

 

――ゴールテープを切る感触と、級友達の抱擁は、同時だった。

 

 

――パンパンパンッ!!

 

 

……ゴールを告げる、三連の空砲が鳴り響く。

 

「「「「「「「「「「「ぃやったぁあああああああああああああああっ!!!」」」」」」」」」」」

 

勝利の歓声がこだまする。

はやて率いる二組。

 

優勝の立役者は、クラスの全員。

 

完全無欠、文句なしの、クラス優勝だった。

 

 

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