魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第五十二話

 

 ……体育館に到着したはやて達が見たのは、予想をやや外れた光景だった。

 避難していた民間人に、負傷している者はいない。

 目を引くのは、大穴の開いた壁。焼け焦げた床。そして。

「…………」

 呆然とへたり込む、石田の姿だった。

「姐さん……」

 からからと車椅子を転がしながら、美香がやってきた。

「美香。説明しろ」「はい……」

 そして、美香が説明し始めた。

 

 リーゼがはやてを助けに走ってすぐ、防御結界が破られ、そこから現れた敵に蹴倒されてしまったこと。

 即座に反撃しようとしたのだが、石田が美香を庇ったために、思うように動けなかったこと。

 そして、飛び込んできた秀人が敵を始末し…………その手を、石田がとっさに弾いてしまったこと。

 

「…………」

 聞き終えたはやては、腕を組んで瞑目した。

 

「……秀人はもう、この結界にはいない」

 ユーノが、言った。

 大本である泥騎士が……その魔力が断たれた時点で、この隔離結界は、大部分の効力を失っていた。

 今となっては、ユーノが操作を掌握し、事後処理を終えるまで維持しているに過ぎない。

 ……抜け出そうと思えば、簡単に抜け出せてしまう。

「……ひでと」

 フェイトがなのはの手を握りながら、悲しそうに眉根を寄せた。

「まずいぞ、これは…………皆、すまんが先に行く」

 大家が、慌てて駆け出した。

 

「……リーゼ」

 ……静かに、下僕を呼びつける。

「…………」

 粛々と、はやての足元に膝を突くリーゼ。

 

「この……………………バカがッ!!」

 

――――バキンッ!!

 

 …………鞘に収まった魔剣で、リーゼの頭を打ち据える。

「誤情報に踊らされやがって……! 少しは疑え、このバカ!!」

「申し訳、ありません……主」

 頭を垂れるリーゼ。そのこめかみを、一筋の血が伝った。

「……!! おい、ヤガミ!」

 それを見たフェイトが、はやてに食って掛かった。

 その行為が……かつて、母に言われるがままに行動していた頃の、アルフへの仕打ちとダブって見えたらしい。

 

「チッ…………」

 行儀悪く舌打ちし……何故か、魔剣の刃を、腕に添えた。

「リーゼ、チャンスをやる」

 そして……

 

――ざしゅっ。

 

 ………………自身の腕を、切り裂いた。

 鋭い刃によって、皮膚が、その下の上腕大動脈が綺麗に裂かれ……一拍遅れて、真っ赤な血がどくどくと溢れ出てくる。

「…………………………」

 その場にいた全員が、硬直した。

 ピチャ、ピチャ……と、血が地面を叩く音だけが、耳朶を打った。

「姐さん!? 何してるの!!」

 美香が驚いて、大声を上げた。

「あ、主!!」

 治癒を施そうとするリーゼの手を、払いのける。

 

「この血が止まるまでが刻限だ。…………ケリをつけて来い」

 

 リーゼは、真っ青な顔色のまま、しばし立ち尽くし……

「……………………!!!」

 必死の形相で、転がるように駆けていった。

「ふん、ジジイがいなくてよかったよ…………」

 ただ無感動に、ドクドクと血を流し続ける腕を眺めるはやて。

(……失血死するまで、1時間くらいか)

「八神! 急いで治療しなければ……!」

「今度は頚動脈を切る」

「……!!」

 ユーノが駆け寄ってくるのを、脅迫して牽制する。

 

「……君は一体、何を考えているんだ……?」

 怒りを、呆れを通り越し……不可解なものでも見るかのように、クロノがそう言った。

「念話の阻害に気づかなかったのは私の落ち度でもあるし…………下僕にだけリスクを背負わせるのは違うかなー、って」

 へらへら笑い、遊ぶように血の雫を飛ばす。

「……私が失血死するまでに戻ってこなければ、リーゼは存在理由を失うんだ。発破かけるには、最適だろ」

 リーゼを奮起させるためだけに、己の身体に重症を負わせた、ということか。

 

「わからない…………わからないよ」

 

 なのはが、腫れぼったくなった顔で、はやてを見た。

「何で……? 何でそんな簡単に、自分を粗末に扱えるの……!?」

 

「今更、こんな命に未練は無い」

 

 人には、大なり小なり、目的がある。

 はやてのそれも、大それてはいるものの、実現できる可能性の高い目的だ。

 だが、はやてが普通と違うところは…………その目的に、自身が勘定に入っていないということだった。

「自分の命がどうでもいいなんて、そんなの、おかしい……!」

 尚も食い下がるなのはに、はやては……言った。

 

「……秀人に、同じこと言える?」

 

「! あ、う……!」

 言葉に詰まるなのはに、畳み掛ける。

「自分の命を粗末にするな。もっと自分を大事にしろ…………ってさ」

 …………消耗したアイが、少しだけ反応した。

「まぁ……言ったところであいつはやめない。変わらない」

 ……誰に何を言われても、それを笑って流してしまう。『別にいいよ』と。『自分は、そういう風にできてるから』と。

「あの身体があっても無くても、それは変わらない。きっとあいつは何の躊躇も無く、命を投げ出すよ」

「…………」

 否定の材料を、何一つ持ち出せない。

 似ているのだ。はやてと秀人は。

 

――根底の部分で、自分の命を粗末にしている。

 

「だから、あいつを追っても無駄。お前たちじゃあ、見つけられない」

「……!」

 今、まさに秀人を追おうとしていた面々が、足を止めた。

(そうだ、これでいい………………)

 気楽な学生生活など、無理があったのだ。

 

(私は…………こっち側なんだ)

 

 はやてに向けられる、異質なものを見る目。それが真実だ。

 クラスメイト。チームメイト。そんなもの、仮初の関係だったのだ。

 

 決定的な断絶を示すように……真っ赤な血が、双方の間を流れていた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「は、はひィ……!!」

 男は、結界の外を走っていた。

 薄汚れた衣服。伸び放題の不潔な髪。

 ……泥騎士の素体となっていた、そして、はやてを覚醒させるきっかけになった、あの男だ。

「は、は、は……!!」

 怯えながら…………しかし、歓喜を、その顔に浮かべて。

「ひぁは、ははははは…………! 生きてる……オレは、生きてるぞおおおおっ……!!」

 解放の喜び。

 その、決定的に異常を来たした思考は…………秀人に下された罰を。そして…………

 

「ひぁはは……! 何が、焼き尽くすだ! オレは生きてる! ま、また、女を味わえるんだああああああああああああ!!」

 

……与えられた慈悲を、忘れ去っていた。

 男の思考には、身勝手な逆恨みと、汚らしい欲望だけが、渦巻いている。

 

「………………救いようがない愚か者めが」

 

 ……その進行方向に、夕日を逆光に、人のシルエットが浮かび上がっていた。

 頭部には、三角形の猫耳がぴんと立ち、細長い尻尾が揺れている。

 

――バキィンッ!!

 

「ひいっ!!」

 男の身体を、バインドが捕縛する。

 恐怖に支配された思考の中……男は、目の前の人影に起きた変化を、見ることが叶っただろうか。

「……一度ならず二度までも、わが主を陵辱せんとし…………秀人に慈悲を与えられて尚、悔い改めぬ……その、薄汚れた魂」

頭部の三角形が揺らぎ、尾が引っ込み…………

 

 

「…………………………死すら、生ぬるい」

 

 

――――バサァッ…………!!

 

 

 …………背に二対、頭部に一対の……翼が、現出した。

「あ、あ、あ、……!!」

 一歩一歩。緩やかに歩むリーゼ。その漆黒の頭髪が、白く、白く………………いや、白銀色へと、変遷していく。

「…………」

 

――ガシッ

 

 謎の変化を遂げたリーゼは、男の頭部を、文字通り鷲掴みにし、持ち上げた。

「あ、がああああ……!!」

 メリメリと、物理的に圧迫されていく男の頭蓋。

 ピキ、ピキ……と、破滅的な音を立てる己の頭蓋に、男は恐怖し、無様に失禁する。

 

――ヴォオオン……

 

 低い音と共に、リーゼの足元に魔方陣が展開する。

「外法の技だが……貴様には、相応しかろう」

「……! ……!」

 魔方陣の術式に、魔力が流れ込み…………発動。

 

 

「――――――テラー・バインド」

 

 

――キンッ。

 

 …………目に見える変化は、皆無。

 バインドという名の付く術にしても、男の身体は拘束されていない。だが……

「………………」

 焦点が合っていない目で、涎を垂らす男。その目が、焦点が結ぶ。そして。

 

「…………! ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 ……頭を抱え、凄まじい絶叫を上げた。

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!! あああああああああああああああああああああーーーーーーッッ!!」

 狂乱し、あちこちに身体をぶつけながら、その場を逃げ去っていく。

 リーゼは、追わなかった。……その必要さえ、無かった。

 

「命尽きるまで、底なしの恐怖の中で…………生き続けるがいい」

 

……テラー・バインド。

それは、対象の思考を『恐怖』で固定する、洗脳魔法だった。

 

 リーゼは、男が去るのを見届け……

「………………ぐっ!!」

 苦しげに、身をよじった。

「……ああッ!」

 

――バシュッ……!!

 

 ……翼が、消える。同時、髪の色も戻り、猫耳と尻尾も戻る。

 膝を突き、苦しげに胸を押さえ、荒い息を吐く。

「…………『殻』を出て、少し力を使っただけで……この有様か……」

 ……呼吸を整え、立ち上がる。

「戻らねば……!」

 はやてが待っている。

 

「…………!!」

 身構えるリーゼ。その前方には……白いスーツ状の衣服を身に纏った、仮面の男が立っていた。

(…………地力のみで、倒せるか)

 敵戦力を分析し、突破口を開こうとする。だが、『追跡者』は予想外の行動を取った。

 すたすたと、全く無防備にリーゼに歩み寄り……

 

――バシュウウウウウウ…………

 

 ……魔力を、補充した。

「どういうつもりだ?」

「………………」

 仮面の奥は見えず、無言。

 ただ、注がれる魔力は確かに、リーゼのリンカーコアを潤し、回復させている。

「……礼を言うべきか?」

「……………………無用だ。私は、私の考えで行動しているだけだ」

 ……それだけを言い残し、転移魔法で姿を消してしまった。

 

 ……どこか釈然としないまま、リーゼは、はやての元に急いだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「………………」

 走って、走って……逃げ出して。

 俺は、人通りの少ない路地を、ちんたら歩いていた。

 うるさく鳴り続けていた携帯電話を切り、帰るでもなく、どこに行くでもなく、ふらふら歩き続ける。

「…………」

ただ、あの場所から離れたかった。

 

『なら……直接、本人達に、聞いてみようか』

 

 ……どうかしていた、なんて言い訳をするつもりはない。

 あれをやったのは…………

 

『死者を…………炎で呪ってな』

 

 …………死者の魂を弄んだのは、間違いなく、俺なのだ。

 

『もう……やめてええええええええええええっ!!』

 

 ……なのはの、悲しい叫びがまだ、耳の奥にこびりついている気がする。

 ……あれが、俺の本性なのだろう。

 敵を叩き潰すためであれば、死者さえも利用する…………闇の書の主と、同レベルの悪魔。

 

――ピーッ……ピーッ……!

 

 ……と、電源を切ったはずの携帯電話に、設定した覚えの無い着信音が鳴った。

「……誰だ」

 ……仕方なく、それに応じる。

 

『吾妻くん。私だよ』

 

 ……聞こえてきたのは、男の声。

「…………グレアムさん。何の用ですか」

 いっそ、このまま握りつぶしてやろうか……なんて、八つ当たりじみた苛立ちも浮かんだ。

『実は……困ったことになっていてね』

「…………何ですか」

 はぁ……と、苦悩するようにため息をつき、言った。

 

『第66管理世界に、闇の書の反応があったのだよ』

 

――…………また、あいつか。

 

『管理局も人手が足りず、現地に向かうのは、私の直轄部隊だけなのだ。…………頼む。力を貸してくれないだろうか』

「……いいですよ。すぐに向かいます」

 どんな理由にしろ…………ここから離れられるなら、乗ってやる。

『おお! そうか、行ってくれるか!』

 電話口の向こうで喜ぶ声も、いまいち信用できないけど……どうだっていい。

『では、部隊の待機所への転送ポートを開く。座標は……』

 

 …………言われた場所まで移動すると、そこには確かに、転送ポートがあった。

「…………」

 これを潜れば……ここから離れられる。戦いに逃げられる。

 

 みんな、いい人たちだ。今ももしかしたら、俺のことを探しているかもしれない。

「…………」

 けど。

『我妻くん? どうかしたのかね』

「…………急かさなくても、すぐ行きます」

 今はまだ…………会える気分じゃなかった。

 

――ヴウウウゥゥン……!!

 

 転送ポートが輝く。

 

「くっ……ヒデ坊、待て!! 待つんじゃ!!」

 

 …………俺を呼び止める声がしたが、きっと、気のせいだ。

 

――――バシュッ!!

 

 俺は…………戦場に、逃避した。

 

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