魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――カタカタカタカタ……
多数のオペレーターが勤務する、アースラのブリッジ。
そこに、ひっきりなしにタイピングの音が鳴り響いていた。
「はひー……!」「き、きっつ……」「……眠い」
三々五々に、愚痴りながらも手を休めない。
全員が全員、失踪した嘱託魔導師……というか、秀人を捜索していた。
前回も、こんなことがあったが……あちらは、完全に転送ミス。こちらは、100%秀人の意思。
正直言えば、この捜索は、リンディの……ひいては、彼女に助力を依頼した、吾妻家の面々のわがままに過ぎない。
特に……秀人の暮らすアパートの大家は、とにかく切羽詰った様子で、海鳴市を駆けずり回っていた。
なのは、フェイトなどは、学校を無断欠席し続けてまで、秀人の行方を追っている。
ユーノとアルフは無限書庫。ヴィータはマリエルと共に。
……彼ら、彼女らの能力は、各々の分野において、既にエキスパートと言って過言ではない。闇の書事件の解決のためにも、ぜひともその能力が欲しい管理局(リンディより、更に上層部)の都合があるのだが……彼らは、秀人の捜索を最優先に行動してしまっている。そのため、早いところ秀人を発見しないことには、彼らの能力をフルに投入できないのだ。なので、管理局上層部は仕方なく、アースラのクルーによる、秀人の捜索を半ば黙認する形となっている。異例といえば、異例の事態だ。
「第24管理世界、第35管理外世界、……えっとえっと、第63管理世界……!! ひいぃ、終わらないです……」
その中でも特に…………クロノのお付きとして駆けずり回っているエイミィに代わって、オペレーターを統括する羽目になってしまったフィアット陸曹。彼女は、忙しかった。
あちこちに派遣された捜索隊からの報告をまとめ、整理し、更新し……それを、いくつも同時にこなさなければならないのだ。
寝落ちも許されず、ただひたすら膨大なデータを整理し続ける。その頭が、こっくり、こっくりと船を漕ぎ始め……
『フィアット!』
「はあああああい!!?」
通信が入ると同時、ばね仕掛けの人形のように跳ね上がった。
「ねねね、寝てません、寝てませんよ!? フィアット、起きてまーす!!」
誰も聞いてない。
『こっち、第43管理世界! データ送るね!』
――ばごーん。
「はいっ! どうぞ!」
あたふたとしながらも……タイプミス一つしないのは、凄いのか凄くないのか。
「……どうやら、そこもハズレのようですね」
『くっ……! まったくもう、どこ行ったの秀人さんってば……』
――ぼごーん。
ぶつぶつ愚痴るなのはの後ろで、どうにも不吉な音が気になる。
「あ、あの……なのはさん……? さっきから、何の音ですか……?」
『え? ああ、さっきから、現地の歩くカエルみたいな謎生物に襲われてて……! ああもう、うっとうしい!!』
――ちゅどーん。
フィアットは、青ざめながら言う。
「だだ、駄目ですよ! 現地の生態系に、みだりに踏み込んだら! ただちに、退却してください!!」
『わかったわかった……とりあえず、襲ってくるのだけ、殲めつ……じゃなくて、撃退したらね!』
「いま、言い換えましたよね!? とても物騒な単語を、言い換えましたよね!?」
『気のせい気のせい! じゃーね!』
「なのはさああああああああああん!!」
ぶつんっ、と一方的に断ち切られる通信。
頭を抱えるフィアットの手元に、新たに何通ものメールが届く。
恐る恐る開封すると……
『時空管理局・環境管理部』
いわゆる一つの抗議文。警告通知。
「………………あぁっ……!」
……フィアットは、コンソールに突っ伏した。
◆ ◆ ◆ ◆
俺が、この凶鳥部隊に来てから、そろそろ一週間が経とうとしていた。
アーデに寝起きを襲われたり、双子から銃器で追い掛け回されたりすることにも、結構慣れてきた。
…………どんな環境であろうとも、人間は慣れることができるらしい。
「……よし、だいぶ綺麗になってきたな」
掃除機のスイッチを切り、倉庫の中に置く。
ここ最近、ずっと掃除ばっかりだった。何せ、隅から隅まで汚れているんだ。
壊れた家具やらドアの破片を纏めて焼却し、謎の赤い汚れを洗剤でゴシゴシこすり落とし、生ゴミを堆肥ボックスに捨て、水周りのカビやぬめりを洗い流し、あちこちに落ちた吸殻やホコリを掃き…………
「……長かった」
……ようやく、人が過不足無く生活できる程度の清潔さを取り戻すにいたった。
さて、戻るか……と、踵を返した時。
「……どうした?」
部屋の入り口に背を預け、じーっと俺を見ているカレンと、目が合った。
「んー? 読書してただけだよー?」
ぱたぱた、と、ハードカバーの表紙を扇ぐ。
「わざわざ、立ったまま、こんな場所で?」
「うん!」
「……二日前に読み終わった本を?」
「うん!」
……初日以来、何故かカレンは、俺と一定の距離を保ちながら、何をするでもなく、視界の隅っこや背後で、俺のことを観察していた。
「…………」
とりあえず昼飯にして……その後、各々の部屋でも掃除してやるかな。
「…………」とことこ。
また、俺の背後を足音がつけてくる。
厨房には、何故か手付かずの食材と……カレールウが放置されていた。
米、生肉、調味料など……要は、調理しなければ食べられない類のものばかり。オウル達がいかにテキトー極まりない食生活を送ってきたのか、よくわかる。
「あ、ヒデくんヒデくん。お鍋がぼこぼこいってるー」
お、沸騰したか。
「んじゃ、さっき渡したやつを入れて、火を弱めてくれ」
「おっけー!」
――どぼんっ、どぼんっ。
カレンは、手渡したカレールウを、沸騰した鍋に投入する。
少しして、カレールウが溶けてくると、あたりにカレーのいい匂いが充満した。
「ヒデくんヒデくん、なんかいい匂いだよー」
換気扇は……いいや。匂いを漂わせておけば……
「あらあらあら…………食べ物の匂いがするわぁ……」
「あはははは! おなかすいたね、クライア!」「うえええん! おなかすいたよ、ラーファ!」
アーデと双子が、匂いに釣られてやってきた。
「オウル姉さん、まだ訓練場かな……」
カレンは、壁に据え付けられていたパネルを操作し……
『オウル姉さーん、集合だよー!!』
館内放送で、オウルを呼び出した。
本来ならば、決して許されない設備の無断使用だが…………この隊舎には、俺を含めて僅か6人しかいないため、誰も見咎める者はいない。
また少しして、オウルがやってきた。いつもの野武士のような姿で、僅かに汗をかいているようだ。
「おう、急に呼び出して何かと思えば、メシじゃないか」
「わたしとヒデくんが作ったんだよ」
……カレン。お前がやったのは、ルウを投げ込むことだけだったろう。
「オウル、ちょっといいか」
皿に盛ったカレーライスを手渡す。
「何だ、秀人?」
「廊下で匂い嗅がなかったのか? 結構、強烈だと思うんだけど……」
「…………」
オウルは、少し黙り込むような気配を見せた。
カレーライスに目を落とし……
「ウチ、嗅覚と味覚が無いから」
……と、言った。
「……え?」
聞き返して……ミスに気がついた。まずった。ここに、過去を聞かれて困らないやつなんていないのに……
「ああ、気に病む必要は無いぞ。ウチにとっては、それが普通なんだから」
そして、むしゃむしゃとカレーを食べ始めてしまった。
味覚も嗅覚も無い……それじゃあ、食生活にこだわりなんて、生まれるはずが無い。
微妙な気分のまま、カレーを食べる。
「あはははは! お兄ちゃんおかわりー!」
「うええええん! 先を越されたあぁ!!」
口の周りを茶色く汚した双子が、空っぽになった皿を突き出してきた。
この双子は、12歳と少し……らしい。こうして見てる分には、まんま子供だな……
「うふふふふ…………」
アーデは、不気味な笑顔のままで、手をつけようともしない。
「どうした、気に入らなかったか?」
「うふふふふ…………違うわぁ……」
じゃあ、何で……
「あのね……さっき、ラーファとクライアと、遊んでいたの」
……微妙に面倒見がいいんだよなぁ。
「そうしたら、いきなり……『射的ごっこ』とか言い出して……ゴム弾で、至近距離から私の両肘を撃ちぬいたの……うふふ、まだ手が上がらないわぁ……しくしくしく」
はらはらと涙を流した。
「うおおおおおい! 先に言えよ!」
両肘を掴み、治癒魔法を行使する。
「ラーファ! クライア! お前らはお代わりナシだ!」
「「ええええええええええっ!!?」」
がーん、とショックを受けていた。
「「何で何で何でえええええええええええ!!?」」
ぐいぐいと詰め寄ってくる。
「人に銃ぶっ放すなって言っただろ!! 約束破ったおまえらが悪い!」
「「やだああああああああああああ!! おかわり! おーかーわーりー!!」」
びーびー泣いて、皿をスプーンでカンカン叩いて抗議する、12歳前後の少女たち。ちょっと異常にも思える光景だった。
駄々をこねる双子をあしらっている、その時だった。
――……ビイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!
突然、聞いたことの無い警報が鳴り響いた。
「!!」
その瞬間……オウルが、カレンが、アーデが、ラーファが、クライアが…………変わった。
跳ね起き……壁に据え付けられていたコンソールをざっと眺め、散り散りに走っていってしまう。
「あ……え……?」
この間、1分も経過していない。
あまりにも唐突な場面転換に、俺は、間抜け面をさらして突っ立っていることしかできなかった。
……とにかく、再び足音が集合しつつある一角へ走っていった。
「……」
遅れてきた俺を、オウルはちらっと一瞥し……転送装置の操作盤を、なれた手つきで打鍵し始めた。
「ヒデくん、ヒデくん」
くいくい袖を引かれる。
「カレン、何だよ一体……」
「何って……『お仕事』だよ?」
カレンは、いつもの軽装ではなかった。
上から下まで暗色の戦闘服。軍靴。ミリタリーグローブ。皮ベルト。
機能性を最優先とし、一切の無駄が省かれたその装束は、ある種の格好良さを感じさせてくれた。
小脇に、百科事典ほどもある本……多分、魔導書。それに、紙刀ではない、ずしりとした重量感を感じさせる実体剣をベルトに佩いている。
これが……カレンの戦闘モードか。
「お仕事……」
……そうだ、忘れるところだった。
俺は元々、この部隊と共に、闇の書の追跡をするという依頼を受けて、ここに来たんだった。
こんな大事なこと、何で忘れていたんだか…………
「……」
ポケットからは、軽い感触。支給された煙草の紙箱だ。……もしかして、この物忘れは煙草のせいか……? だとしたら、吸うものじゃないなぁ……
「うふふ……あまり、小難しいことは考えなくてもいいのよ」
アーデが、するりと近づいてきた。こいつも、大まかなデザインはほぼ同じの、暗色の戦闘服に身を包んでいた。
アーデの場合は、ベルトに通すような形で、長方形のケースを携行している。中身など、想像するだけで恐ろしい。
「あはははは! そうそう、そうだよお兄ちゃん! ラーファたちは、難しいことなんて考えないで…………殺れって言われた相手を、ヤっちまえばいいんだから!」
「うえええん! お兄ちゃん、クライアの獲物は、横取りしちゃ嫌ぁ、だからね?」
くるくると俺を周る双子が言う。
彼女たちは、腰だけではなく……両肩にたすき掛けにしたベルトにまで、多数のホルスターとをくくりつけ…………大量の火器を手に、武装していた。
「よーし、準備はいいな」
ただ一人だけ……オウルのみが、いつもどおりの野武士のような姿だった。
彼女は、本当にいつもどおりだ。カレンのような剣も、アーデのような拷問器具も、双子のような火器も無い。
「……」
だが、なんというか……すごく、『自然』な立ち姿だった。
これからの戦闘に気負うでも、興奮するでもなく…………まるで、散歩にでも行こうとしているかのような、自然さ。
――ブウウウン……!
転送ポートが開き……ついに、戦闘が始まろうとしていた。
オウルを先頭として……アーデ、ラーファ、クライアが、次々に飛び込んでいき……残るは、俺とカレンのみ。
――きゅっ
……武者震いする俺の手を、意外なほどに柔らかい手が包み込む。
「それじゃ、いこっか!」
「………おう、行くぞ!」
俺たちは、手を繋いだまま、転送ポートに飛び込んだ!
…………凶鳥部隊での闘いが、ついに始まった。