魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――がりっ、ごりっ……
朝の吾妻家に、とても軽快とは言いがたい包丁がまな板を叩く音が響いていた。
「ふーんふふふーん……」
寝癖が付いた金髪を適当にゴムで縛り、パジャマ姿で台所に立つフェイト。
――がつっ、ごつっ……
……何をしているのかと思えば、朝食の支度らしい。
「んふふふーん、と」
そして、一つ一つ、指差して確認を取る。
「ごはん、よーし。おみそしる、よーし。さかな、よーし。さらだ、よーし」
八合も炊いた白米、鍋いっぱいの味噌汁、五枚の焼き魚…………人数が人数だけに、壮観な分量だ。
「ぜんぶおっけー! いえー!」
ひとしきり騒いだ後……人数分、ちゃぶ台に運んだ。
「ひっさびっさにー、みーんなーでごっはーん♪」
なぜこうもはしゃいで、朝から料理の支度をしたのかというと…………秀人の捜索に出ていた一家の面子が、久々に朝食を共にするからだ。
ヴィータ、ユーノ、アルフは、今まさに管理局から各々帰宅しているところであり、なのはは、毎朝の日課であるランニングに出ている。
とはいえ、それもあと少しの辛抱だ。
なのはが、帰ってきたら支度すると言っていた朝食。それを、先回りして作っておく。
「くふふふふ…………! こんなこともあろうかと、みゆきをじっけんだいにれんしゅうしておいたのだ!」
最初は、焦げたり溶けたり崩れたり、まともな結果が出なかったが……ここしばらくの特訓の末、ようやく人並みの料理を作れるようになったのだ。
その影に、焦げカスを口に突っ込まれ悶絶した美由希の犠牲があった。
「おどろくかなー? ほめてくれるかなー?」
…………流しに突っ込まれた、使用済みの調理器具さえ無ければ、褒めてもらえるだろう。作ることに比重を置きすぎて、片付けのほうはサッパリだった。
――がちゃっ。
ドアノブが鳴り……フェイトは、玄関へと駆けた。
「おっかえりー、……」
出迎えの笑顔のまま、固まった。
ドアを開けたのは、なのはでも、アルフでも、ユーノでも、ヴィータでもなく…………
「邪魔をする」
……………………将官服に身を包んだ、レジアス・ゲイズ少将だったのだ。
「………………」
突然の登場に、フェイトはパニックを通り越し、思考を停止していた。
「フェイト・テスタロッサ」
「…………………………はっ!? はいっ!!」
ようやく再起動したフェイトが、大きな声で返事をする。
「貴様を連行する」
――がちゃんっ。
……そして嵌められる、無骨な手枷。
「へ?」
きょとん、とそれを見下ろすフェイト。
「失礼します」「お邪魔します」「ちょっと失礼」
がやがやと、部屋の中に踏み込んでくる管理局員たち。
「へ? へ!?」
がっしりと両脇を掴まれ、ずるずると引きずられていく。
「……連れて行け」
「了解」
レジアスの命令に敬礼する管理局員。
ここにきて、ようやくフェイトは、自身に起きようとしている事柄に、考えが至った。
「…………ひとさらいーーーーーー! なのはー!! なのはーーーーーーーーー!! たぁすけてぇえええええええええええええええええぇぇ…………!!?」
が、時既に遅し。
フェイトは、あっけなくレジアスに連れ出されてしまった。
◆ ◆ ◆ ◆
――――ビイイイイイイン……!!
隊舎の前を改装したコースに、2ストローク車独特の甲高い排気音が鳴り響く。
ロクな手入れも受けず枯れ果てた樹木を伐採し、風化しつつあるオブジェを撤去し、雑草に浸食されきっていた芝を掘り起こし、倉庫に放置されていたコンクリートを使い果たし、ようやく完成したコースだ。
……ちなみに、作業は全部、俺がやった。なんでやねん。
――ズザザザザッ!!
愚痴っていたら、コースを走っていた二台のバイクが、俺の前でフルバンク停車……ようは、コケて止まった。
モビスターと、コニカミノルタ…………風の外装を着けた、NSR80。若葉マークにリッターなんぞ扱えるかっつーの。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! ラーファのほうが速かったよね!?」「クライアだよ!? クライアのほうがコンマ何秒か速かったよ!?」
幸いにも、倉庫には使えそうなヘルメットや肘当て、膝当てとかの防具…………多分、SAT的な用途に使うであろう、無駄なほどに頑丈なモノが、倉庫に揃えられていたからな。
安心してコケられる。
「さ、転ぶ練習はこのへんでやめておくかー」
「「ぅええええええええええええええっ!?」」
がびーん、と同じ顔で愕然とする双子。
「お兄ちゃんなんだよそれー!? 膝擦ってバリバリするんじゃなかったのー!?」「……………………バリバリ」
「阿呆。膝なんて擦らなくても曲がれるっつーの」
レーサーが膝擦ってるのは、あくまで限界まで車体をバンクさせた結果だ。わざと膝を擦るような走りは、むしろ遅くなる。
「今までのは、『上手に転ぶ』練習で…………………………………………」
――ふと、頭に引っかかった。
(…………『上手に転ぶ』練習……?)
デジャビュのような……何だっけ……? ええっと……
「ヒデくん」
ぽんっ、と肩を叩かれた拍子に、引っ掛かりが消えた。
「あぁ……何だ、カレン」
「ふふ……んーん、なんでもない」
……わけわからん。ま、いいか。
「んじゃ、カレン。お前も乗ってみるか?」
さっきから俺の隣に鎮座している、重量級の黒光りする車体を指す。
「うん!」
簡単な操作方法……クラッチとかの説明はしたが、実際に動かすのはこれが初めてだ。
「えっと……ニュートラルを確認して、チョークを引いて……セルスイッチ!」
――ギュルルッ…………ヴォンッ!!
「かかった! ……でも、一分くらいは暖気するんだっけ?」
そこまできっかり時間は決めなくていいんだけど……ま、目安だ。
水温計が多少変化するのを待って……
「んじゃ、やってみろ」
カキッ……とローギアに入り、アクセルを開けつつクラッチをゆっくりと繋いでいく。
「お、おおお……! 動いた! 動いたよヒデくん! やったー!!」
――ヴォオオオオオオオオオオオッ!!
「バカ! アクセル開けすぎ……!」
「…………あああああああああああああぁ!?」
――ズシャアアアアアアアッ!!!
クラッチを繋いだ瞬間…………タイヤが路面を捉えるタイミングを見誤り、綺麗にスリップダウンした。160psオーバーの大パワーは、扱いを間違えればこうなる。
「ほれ、立てるか?」
「あいたたた……失敗しちゃった……」
手を掴んで立ち上がらせる。転びはしたが、そこまで酷い怪我にはなっていない。
「じゃ、引き起こしてみろ」
最低限、男でも女でも、これだけは出来ないと。
「よーし、もういっちょ!」
案外、あっさり引き起こせた。
――ガオオッ……!!
「お帰り、オウル」
……早々と乗り方をマスターし、近場を走りに行っていたオウルが戻ってきた。
自前のボサボサ茶髪が、ヘルメットの隙間からはみ出している。
「調子は?」
アイドリング状態のバイクに跨るオウルに聞いた。
「うん……いい。実にいい」
満足げな様子で、アクセルを軽く開ける。
――ヴォッ、ヴォンッ!!
社外品の集合マフラーから、小気味のいい低音が鳴る。
「倉庫のヤツとは大違いだ」
「ああ、アレなぁ……」
一応、見てみたが……こっちで言うところの、125ccのスクーターだった。そこそこ乗りやすくはあるんだが、刺激が皆無だった。
「正直、旧世代のものと侮っていた。これなら……」
ん?
「これなら、戦場に持ち込んでも問題は無さそうだな!」
とんでもないことを言い出した!
「は、はぁ!? お前、コレで戦場を走る気か!?」
舗装路ならともかく、砂利やら瓦礫やら、転倒する要因だらけだぞ!
「サスとかホイールだってダメになるし、フォークシールは破けてオイル滲むし、ガスケットだって……」
バイクで戦場走り回るなんて、仮面ライダーじゃあるまいし、できるわけが――!!
――ズキンッ!!
「うっ……!!」
いって……!!
何だ……今の頭痛。 ここ最近、こういうことが多い気がする。
「ヒデくん、大丈夫?」
カレンが心配したのか、バイクを降りて声を掛けてきてくれた。
「煙草、いる?」
何故か、ポケットから自分の煙草を取り出して、言う。
「いや……いい」
何故か、今は吸う気にならなかった。
「悪い。ちょっと休んでくる……」
眩暈がしてきた。
「……」
隊舎に歩いていく俺の背後に、カレンの足音が続く。すっかり、コンビが板についてきた。
「コンビ……?」
ぼんやりと、脳裏にイメージが浮かんでくる。
――黒い法衣と、青白い閃光。
『秀人! ボサッとするな!』
『全く……君はいつも、無茶ばかりだ!』
『少しは、自分のことも鑑みて行動しろ!』
何故だろう。そのイメージに付随してくるのは、憎まれ口ばかりなのに……それが、妙に暖かく、染みる。
最近の俺は、大事なことを忘れている……いや、
自室に戻り、ベッドに横たわる。ぐわんぐわんと、眩暈はより酷くなってきた。
「……ヒデくん」
すっ……と、額に手が置かれる。ひんやりとしていて……って、違う。俺の額が、熱もってるのか。……自覚した途端、意識が朦朧としてきた。
「――忘れちゃおうよ」
カ、レン……?
「忘れてしまえば、傷つかなくて済む。辛いことも、嫌なことも……全部、無かったことにできる」
さらっ……と、少し硬い俺の髪を、撫でる感触。
「いらない『昔』なんて、忘れて、捨てて……私と、『今』を……」
……声が、遠のいていく。
俺は、泥のような、沈み込んでいくような眠りに、ずぶずぶと落ちていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「よぉォっし!!」
はやては、携帯電話を片手に、飛び跳ねた。
「よくやったジュンペー!!」
『え、え? ……へへ、いやぁ、たいしたこと無いッスよ!』
電話口で、子分の一人が照れ笑いしている。
『車種は、ブラックバードと、ニンジャと、エヌッパチ二台ッス!』
――ピピッ!!
と、更に、通話中にキャッチが入る。
「私だ」
『はやてちゃん、すずかです』
「月村か。こっちにも今、情報が上がってきた。……芳村オートに、中古車の纏め買いの注文」
手下のジュンペーを送り込んだバイク屋に、不自然といえば不自然な注文があったのだ。
『うん、こっちもその系列の情報。詳細は……』
二人で情報を付き合わせ、整合性を確認していく。
「車種と、修理部品の型番、完全に一致したぞ」
『うん、間違いないと思う』
それぞれの店にやってきたその客は、青と紺の制服を着た女性だったという。
「管理局……やっぱり、噛んでやがったのか」
アースラが八方手を尽くしても見つからないなど、よく考えればおかしな話だった。だが、上層部が意図的に情報を隠蔽していたというのなら、話は別だ。
「チッ……大方、秀人の能力絡みだろうけどな」
秀人の能力。戦闘力もそうだが……あの、不死身の肉体と、蒼炎。放置されるわけがない。
「どっかで腑抜けにされてんだろ」
すずかとの通話を切り、別の番号をコールする。
――ブロロオオオオオオッッ……
五分もしないうちに、一台のバイクがはやての前に止まった。カスタムされたチョッパーに跨っているのは、がっしりとした体格の若者。
「押忍、姉御! お呼びでしょうか!」
はやては、チョッパーのタンデムシートに飛び乗り、耳元で怒鳴る。
「テツヤ! 芳村オートまで飛ばせ! 大至急!」
急がねば、魔力の痕跡が消えてしまう。
「押忍ッ!!」
――ヴォロロロロロロッ!!
荒々しいVツインが唸りを上げ、はやてを目的地まで運搬する。
「だぁああっ! 相変わらずやかましいなオイ! もっとマシなサイレンサー付けろ!」
……ちなみに、このテツヤという若者は、『バイクのアイドリングがうるさい』という、そこはかとなく理不尽な理由でボッコボコにされ、手下に加わった。現在は、バイク便に潜入し、情報を収集している。
「スンマセン! しっかり捕まっててください!」
「チッ!」
バックレストに背を押し付ける。ぐんっ、と更に力強く加速する。
――ギキイイッ……!!!
チョッパーから駆け下りる。
「姉御っ!」
裏口で待機していた少年が、紙束を持って駆け寄ってくる。
「こないだ売れた中古車の契約書のコピーと、監視カメラの映像ッス!」
受け取り、契約者の氏名を確認。
――山田花子。
「……バレバレの偽名じゃねぇか!」
芳村オートの前で、探査魔法を発動する。嗅覚を拡大し、魔力の『匂い』を辿れるように強化する……守護騎士の一体、『盾』の保有術式の一つだ。
「……ここだ!」
しばらく辿り……それが、不自然に途切れている箇所で止まる。
そこには、まだありありと、転移魔法の痕跡が残されていた。術式としては、アースラのポータルに近い、人工的なものだ。
「こっから先は……」
「主、お待たせいたしました!」
リーゼが、到着する。
「……」
リーゼが、消えかけていた術式を再編し、座標を割り出す。
「……座標を、特定しました」
「……!!」
喜び勇み、転送しようとして……
「一応、高町にも声掛けておくか」
……その些細な変化に、気づいたか否か。
「賛成です、主」
はやては、運動会の際に手に入れていたなのはの番号をコールする。
――prrrrrr,,,,,prrrrrr,,,,,,,
「チッ、中々出ないな~……」
愚痴ったその時、タイミングよく電話が繋がる。
「おう、高町。お前いま時間あるよな? 無ければ作れ」
……理不尽だった。
が、電話口の向こうになのはは、それを気にしている余裕は、無いようだった。
『八神……! どうしよう、フェイトが、フェイトが……!』
「あァ……? あのアホ金髪がどうしたって?」
「主、様子が変です。……事情を聞いてみましょう。座標は特定しましたので、後でも問題ありません」
「チッ。……で、どうした?」
『フェイトが、誘拐されちゃったの!!』
「………………………………………………………………………………は?」
はやては、電話を手に立ち尽くした。