魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
秀人を殴り倒したレジアスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「目が覚めたか」
「……! ああ、嫌でも覚めるっつーの!!」
ぐいっと口元の血を拭う。
「…………で、何の用だよオッサン」
若干ふて腐れた様子で、そう聞く。
「アースラに戻れ」
「……………………」
途端、黙り込む。
「……出張ってもらって悪いけど、戻るつもりは無い」
「……そうか」
一息ついて……
「フェイト・テスタロッサの身柄は、オレが預かっている」
…………と、言った。
「は!?」
これには、面食らった。
「な、なんだよそれ!?」
抗議する秀人に、レジアスは、冷たい視線をくれる。
「当然だろう? 現地保護官の貴様が、その任務を放棄すると言ったのだ。ならば、後任の者に権利が移譲されるのは、当然だろう」
「後任って……俺の上は、リンディさんだろ。何でそれをすっ飛ばして、アンタが……!」
「あの青二才からの依頼だ」
秀人は、リンディの本気を知った。
もし、これで秀人がこれ以上、逃避を続けるのなら……なのはが望んでいた生活は、家族は、散り散りになってしまう。
「それが嫌なら、今すぐアースラに戻れ」
「それは…………」
視線を下に落とし、口ごもる秀人。
レジアスは、ますます表情の険を強め…………秀人の胸倉を掴み上げた。
「身勝手な事情で、己の責務を放り出す…………それを、ガキと言うのだッ!」
再三のガキ呼ばわりに、秀人は反抗した。
「……アンタに、何が分かる!」
追い詰められた末の、抗議。だが、レジアスはそれを一蹴する。
「貴様に何があったのかなんぞ、オレは知らん。だがな」
――バキッ!!!
怒声と共に、秀人が殴り倒された。
「どんな理屈をこねようと、周囲を巻き添えにする理由にはならんッ!!」
今度は、いくらか手加減したのだろう。歯の一本も折れることは無かった。
「……」
ふらふらと立ち上がる秀人。言葉も出せず……弱弱しく、レジアスを睨む。
「貴様には失望した」
「……勝手な、ことを」
勝手に期待を持ち、勝手に失望されてはたまらない、と秀人が言う。
「初対面で、オレに食って掛かってきた時の方が……よほど良い目をしていたぞ」
話は終わったと、完全に秀人に背を向け、去っていこうとする。
「…………三日後だ」
立ち止まり、独り言のように呟く。
「三日後までに、答えを出せ。オレと来るか……それとも、この汚泥のような環境に沈むか」
そして、レジアスは去り……彼がいた足元には、一枚の紙が残されていた。
「……」
拾い上げると、それは、わざわざ日本語に翻訳された書類だった。
そこには、略式的ではあるが、十分に証明となる…………異動願いの要綱が、記載されていた。
「…………ヒデくん、」
カレンが、途方に暮れる秀人の背に、声を掛けた。いつもの不敵さは何処かへ、気まずそうな……負い目を感じている声色だった。
「悪い、一人にしてくれ」
秀人は、カレンを振り向かず、自室へ向かった。
カレンの足音は……着いて来なかった。
そして、丸一日が経過した。
「…………」
自室のベッドに寝転がり、寝るでもなく、ボーッと時間を過ごす。
戻るか、留まるか……悩んでいた。
「入るぞ」
ノックも無しに、ドアが開いた。
「……オウル」
恐らくは、全てを知っていた…………部隊長の、オウル。
「…………」
無言で、ベッドに腰を下ろした。
秀人は寝返りを打ち、顔をそらす。
「…………知ってたんだろ? あの煙草の効能」
「ああ」
――忘却剤。
レジアスは、そう言っていた。詳しい中身は不明だが、明らかに害のあるものだということは明白だ。
「何で、俺にあれを渡した?」
「辛そうだったからな。忘れさせてやろうと思ったんだ」
開き直っているわけでは無い。ただ、本当に……その行動が、秀人のためになると思ってのことだった。
「……」
自分のことは、それで納得した。いつもの……というより、思考の基本方針なのだが、どうせ治るから、別によかった。
だが秀人には、もう一つ、疑問があった。
「……カレンも吸ってた」
それが、気になっていた。
カレンは、自身の過去のことを『覚えていない』と言った。
少し前までは、それがウソか……もしくは、強烈な体験が、記憶を閉ざしてしまったのか……と、思っていた。
だが……あるいは。
「ああ。私が吸わせた」
――バチッ!!
跳ね起きた秀人の拳が、オウルの掌に受け止められた。
「危ないじゃないか」
ぎりぎりと拮抗する中……軽い調子で言った。
「どうして、そんなことをした……!」
「…………どうして?」
怒りに燃える秀人とは対照的に……オウルは、ひどく冷めた表情をしていた。
「カレンのためさ」
「どんな記憶であろうとも……他人がそれをいじくる筋合いは無いはずだろ……!」
……決定的な、認識の違いだった。
オウルは、ふぅ……と、小さくため息をつき……
「……のぼせ上がるなよ」
拮抗が、崩れ始めた。
冷たい……冷気のような怒気を発するオウルが、徐々に秀人を押し始めたのだ。
「……く!」
「ほんの、一、二週間を過ごしただけのお前が、カレンの何を知っているつもりでいる……」
腕力にはそれなりのものがある、と自負している秀人を、同じく、純粋な腕力で圧倒する。
「記憶を消すな? …………カレンの過去を知ったお前が、同じ台詞を言えるものかよ」
「……カレンの、過去……?」
意地で押し止める。
「お前は、カレンと生涯、添い遂げる覚悟があるのか」
「……!!」
安易な深入りは許されない。もし、カレンの過去を知るとすれば、それは…………カレンと同じ境遇に立ったとき。
「カレンを生涯、その身をもって守り抜く…………その覚悟があるのか」
「それ、は……」
秀人は何も、ここに永住するつもりでいるわけではない。
「少なくとも、この凶鳥部隊の面々は……お前が子供扱いしているラーファも、クライアも…………その覚悟を、身体に刻んでいる」
「……!!」
「秀人。…………お前は、どうだ?」
改めて、そして、今度こそ本当に、凶鳥部隊の一員となるか。それとも……
……その拮抗は、揺れ動く秀人の心を表すかのようで……
「俺は……」
――守りたいもの。
そのキーワードで、秀人の脳裏に真っ先に浮かんでくるのは……
「……そうか」
それを察したのだろうか。
ふっ……と、オウルが力を抜き、拮抗は無くなった。
「お前は……我らの同胞には、ならないのだな」
「…………」
心が痛まないと言えば、嘘になる。一月に満たない期間だったにせよ……記憶を消されかけたにせよ。
「邪魔をした」
すっくと立ち上がり…………寂しそうに、部屋を出て行こうとする。
「先ほど、出撃命令が出た。明後日の明朝、出るぞ」
「………………ああ」
奇しくもそれは、レジアスに答えを示す日。
恐らく……それが、この凶鳥部隊での、最後の任務になる。
そして、オウルは扉を閉めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「失礼します」
グレアムの執務室に、またあの女性が入室した。
「うむ……首尾の方は、どうだね?」
「は。吾妻秀人は、順調に凶鳥部隊に情を移しつつあるかと……」
グレアムは、女性が僅かに思案していることを感じた。
「……何か、あったのかね?」
「あ……いえ、お耳に入れる程のことではありませんので」
グレアムは、優しく微笑む。
「なに、遠慮なく言うと良い。私たちは、同志ではないか」
「……勿体無い、お言葉です」
そして……
「…………ほう。私を信用していない、と」
「はい。……ただ、それによって何か行動を起こそうとしている気配は、ありませんでした」
「…………ふむ。報告、ご苦労」
沈黙するグレアム。女性は、直立不動で、次の言葉を待つ。
――ピッ。
沈黙を裂いたのは、電子音だった。
『お父様、アリアです』
使い魔からの、緊急通信だった。
「どうかしたかね?」
『凶鳥部隊が、吾妻秀人の洗脳に失敗しました』
「…………」
僅かに、グレアムの目じりが動く。
「……詳細を報告したまえ」
……そして、詳細を聞いたグレアムは、静かに立ち上がった。
「提督……!」
聞いていた女性が、語気を強めた。
「洗脳とは、どういうことですか!」
どうやらこの女性、凶鳥部隊へ送られた秀人が、どのような状態にあったのか、知らされていなかったらしい。
「話が違います! 吾妻秀人は、一時的に凶鳥部隊に軟禁し……闇の書を破壊した後、家族のなのはさん、……高町なのはの下に帰すと、そう仰ったではありませんか!」
「吾妻秀人は、個人的に闇の書の主と交流がある。たんなる軟禁では、邪魔に入られる可能性がある」
「ですが……それでは、あまりにあの少年が不憫ではないですか! 彼の人格を操作してまで、隔離する必要がどこに……!」
僅かな時間の後、執務室に、リーゼロッテがやってきた。念話で呼び出したのだろう。
「連れて行け」
「はい、お父様」
ロッテは、暴れる女性を拘束する。
「提督!!」
女性は……引きずられるように、退室していった。
グレアムは、一人……闇の書のレプリカを手に、ぼやいた。
「やれやれ…………結局、わたしが動かなければならんとは、な」
――ギィイ……!!
ガラスを引っかくような……粗悪なハードディスクを読み込むような、不快な音を立て……ベルカ式魔方陣が展開する。そして……
「守護騎士『ヴォルケンリッター』、システム……起動」
――ギィイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!
「…………吾妻秀人。君は、最高評議会への手土産とさせてもらおうか」
魔力光が……酷薄な笑みを、照らし出した。
◆ ◆ ◆ ◆
出撃を前にして、転送装置の前に集合した秀人たち。だったのだが……
「……」
「……」
「……」
秀人、カレン、オウル……三者三様の理由から、沈黙していた。
「うぅー……」「あぅー……」
ここ最近、ぎくしゃくしている三人を見てきた双子が、落ち着き無く動き回っていた。
「こぉら、少しは落ち着きなさい……」
アーデが諌める。
「……じゃ、行くか」
思考を切り替え……現場へと転送された。
これまでの任務であれば、転送されては即戦闘……というパターンだったのだが。
「反応、一つだけ……?」
索敵したアーデが、不可解そうに呟いた。
「一つ?」
「なぁんだ……つまんないの」
カレンが、やる気を無くしたように気を抜き……
――――とんっ。
最初、オウル以外の誰も、それを感じなかった。行軍中の凶鳥部隊、その陣形のど真ん中に…………
「な……!?」「いつの間に……!!」
――漆黒のプレートメイルに身を包んだ騎士が、出現した。
『…………』
「――散開ッ!!」
全員が、即座に飛びのき……
――パンパンパンッ!!
双子の発砲した拳銃の弾丸が、鎧の継ぎ目を狙う。
「はぁあッ!!」「だぁあっ!!」
カレンの刀。秀人の拳が、集中して降り注ぐ。
明らかなオーバーキル……秀人たち自身も、そう考えた。だが……
防ぐのでも……避けるのでもない。
――チュインッ!!
鎧の表面で弾丸の弾道を逸らし……秀人とカレンの眉間へと誘導したのだ。
「「!!」」
回避に成功したのは、幸運だった。だが、それにより体勢を崩され……
――ゴギャッッッ!!
「がぁっ……!!」
あまりにも重い拳が、秀人をガードの上から、殴り倒した。
そして、空いていた方の手で、腰に提げられた大剣を抜き放ち……
――ガキイィンッ!!
カレンを刀ごと、吹っ飛ばす。
「うわっ! お兄ちゃん、ごめんッ!!」「ご、ごめんなさいお姉ちゃん……!」
まさか、自身の攻撃が……味方へ跳ね返されるとは考えもしなかっただろう。
射撃を中断し、距離を保つ。
「い、いてて……」
明らかに折れた腕を庇いながら、素早く立ち上がる。
「ひゃー……刃こぼれしちゃった……」
が、何とか曲がりはしなかったらしい。
騎士は、凶鳥部隊に取り囲まれながらも……余裕を感じさせていた。
まだ、仕掛けてくる気配は無いが……
「おい、オウル……どーすんだ」
明らかに、今までの敵とは違う。力だけではなく……研ぎ澄まされた『技』をも、備えている。
そう、これはまるで……
「こいつ……守護騎士だぞ」
そう。闇の書の支配の下……秀人を瀕死に追い込んだ、ヴィータと同格。
「気をつけろ。今までとは違う」
「ほう……こいつが」
オウルは、秀人の言葉に……笑った。
「――ウチと双子、秀人とカレンとアーデルハイドの2チームに分かれろ。前後左右、互い違いに波状攻撃」
指示は迅速だった。
「はいはーい」
カレンは刀を納め、ブックホルダーから分厚い大判の本を携える。
『…………』
――ジャキンッ!!
守護騎士が大剣を振るうのと同時……オウルが、鉄塊を振りかぶって突撃した!
◆ ◆ ◆ ◆
『守護騎士の反応、感知しました』
「……………………チッ。やっぱりか」
リーゼの報告に、はやては舌打ちで返した。
『どうやら、我々と管理局の他にも……闇の書を狙う勢力があるようですね』
これで、二度目だ。
「すぐに向かうよ」
『了解です、では、早速…………送、の、…………準、を…………』
……が、念話にノイズが混じり……途切れてしまった。
「あ……? おいコラ、バグってんぞ!? おーい!?」
そして……はやては気づいた。
海鳴市の通り……平日昼間だというのに、妙に人通りが少ない……というか、ゼロであるということに。
「…………」
即座に武装……焔の魔剣を握り、ブラッディダガー、ナイトメアを発動準備する。
――ブゥウン……
……古いブラウン管のテレビが点くような音を立てて、転送魔方陣が展開した。
そして、現れた敵は…………
「…………おいおいおい、何の冗談だよこりゃあ……」
思わず、攻撃魔法を発射するのを停止し……観察する。
小柄な体躯に、ロングスカートのような外装。顔はヘルムで隠されているため、見ることは出来ず……いや、もしくは、アレが素顔なのかもしれない。そして何より、手甲で武装された手で握っているのは……杖。
三日月のような丸いシルエットを持ち、中心に漆黒の宝玉を据えた、その杖は。
――高町なのはの愛機、レイジングハートに瓜二つだったのだ。
「……なかなか、面白いことするじゃないの」
なのはは一度、『湖』にリンカーコアを蒐集された経験があった。ならば目の前の敵は、そのデータを守護騎士プログラムに入力した……
「……アイツのコピーってことか」
――ジャキッ。
その先端……銃口に相当する部位が、はやてに照準を合わせる。そして。
――キュゴオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
超威力の砲撃が、はやてに発射された。
「っくうううううううううっ!! ハンパねェ……!!」
実は、直にその砲撃を目にするのは初めてだったはやて。
――ズガガガガガガガガガガガッ!!!
体勢を立て直し……誘導弾を一挙にぶっ放す!
『…………』
――ガギギギギンッ!!
偽者が展開したシールドに、全て阻まれる。
大威力の砲撃と、堅牢な防御。まさに、高町なのはという砲撃魔導師そのもの、といった特徴。
「だああああああああああっ!!」
カートリッジを消費し、威力を底上げされた魔剣の刃が、偽者のシールドに突き刺さり……
――パキィンッ!!
砕いた。
そして、馬鹿の一つ覚えのように砕けたシールドを再展開しようと……
「今の……高町だったら、再構成するより先に、まずは砲撃をブチ込んでくるッ!!」
『…………』
……宿敵だけあって、戦法もよく理解している。
――ガキィン!!
偽者を蹴り飛ばし……
「この失敗作が……スクラップにしてやるよっ!!」
再び、焔の魔剣を振り上げる!