魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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第九話

「そういえば、吾妻さん、高町さん」

 転送ポート……とかいう、妙にSF的な装置を準備している間、ここまで案内してくれていたリンディさんが話しかけてきた。

「何ですか?」

 そんなに深刻そうな話ではなさそうだ。多分、時間つぶしの世間話程度だろう。

「ユーノさんとの関係はわかるのだけれど、お二人はどういうご関係?」

 恋人にしては年が離れているし、親子にしては年が近いし、友達のわりには接点が無い。俺達を傍から見たら、何とも不可解な関係に見えることだろう。でも、俺の答えは決ま

っている。

「家族ですよ」

 ぎゅっ、とリンディを警戒していたなのはを抱き寄せる。

「…………ん」

 気持ち良さそうに身を預けてくる。その手の中には、またしてもフェレットになったユーノが収まっている。曰く、『こっちの姿のほうが馴染んでるだろうし、燃費もいいからね』とのことだ。……しかし、それでいいのだろうか。

「家族……? 血の繋がりは無いのに?」

「別に、血の繋がりだけが家族の繋がりじゃないでしょう」

 こくこく。なのはが、言葉無く同意する。

「艦長、転送ポートの準備、できました」

 そこに、妙に明るい女性の声が入ってきた。

「ありがとう、エイミィ。 ……それじゃ、自宅までお送りします」

「ええ、頼みます」

 世間話はそこそこに、仕切りの向こうへ、なのはの手を引いて入る。そして、機械の作動音と共に、景色が暗転した。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「フェイト、もうやめよう!」

 アルフはとうとう、そう懇願した。

「管理局まで出てきちまったら、もう自由に動くのは無理だよ!」

 時空管理局。数多の世界を股に掛け、平和を守るという看板を掲げる組織。当然、武力は桁外れ。巨大な犯罪組織ですら、まともにぶつかるような愚行は犯さない。アルフ達は最悪の事態に陥ってしまった。もう、自由に動き回ってジュエルシード集めをするのは不可能だろう。

 だが、ベッドに腰掛けるフェイトは、薄ら笑いを浮かべるだけだった。

「あはは、何言ってるの? 管理局が邪魔するなら、潰してやればいい」

「……無理だ」

 アルフが漏らした呟きに、フェイトが眉をひそめる。

「無理だよ! フェイトは分かってない! 管理局は、そんなに甘っちょろい組織じゃないんだ!」

 フェイトの表情が、どんどん不快な物を見るようなものへと変わっていっている。それに気付かず、アルフは言い募る。

「なぁ、もうやめよう? プレシアの言いなりになって、こんな危険なことをして……捕まったら、二度と出てこられないかもしれないんだよ! フェイト、」

 

「うるさああああああぁぁぁい!!」

 

――バキンッ!

 バルディッシュで、アルフの頭を打ち据えた。

「うるさいうるさいうるさい! ボクに意見するな! アルフはボクの言うことを聞いていればいいんだああぁぁ!」

 再びバルディッシュを振り下ろし……アルフは、それを掴んで止めた。

「言うことは、聞く、けど……! フェイトをむざむざ危険に晒すような真似は、出来ない……!」

 それは、アルフにとって初めての、主への反抗だった。

「うーっ!!」

 子供のように唸り、がすっ、とアルフを蹴りつける。流石に、アルフ相手に攻撃魔法を仕掛けることには躊躇いがあるようだ。

「じゃあアルフはもう付いてくるな! ボク一人でやる!」

 アルフの手からバルディッシュを奪い返し、玄関から飛び出していってしまう。

「フェイト、待って! フェイト!」

 ぶちんっ、とリンクが切断され、居場所が特定できなくなってしまう。それに、今追いかけても……手負いのアルフには、追いかける体力は残されていない。

 アルフは力無く、床に座り込むことしか出来なかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

彼女は、優秀な科学者だった。

 

十代後半にして、ミッドチルダの誰もが知る巨大企業の開発部長に抜擢され、同年代どころか、その巨大企業の中でも最高額の収入を得る程であった。

 

彼女には魔導の才能があった。

 

魔力量は膨大。魔力運用は精緻にして大胆。才能に溺れる事無く修練を重ね、幻と思われていた次元跳躍魔法までも使いこなすまでになり、ミッドチルダ初の『大魔導師』の称号を得た。

 

『才女』 『天才』 『ミッドの財産』

 

 誰もが彼女を賞賛したし、それには何一つ間違いは無かった。魔法と化学技術の世界、ミッドチルダにおいて、彼女は間違いなく、成功者だったのだから。

しかし、『そんなこと』は、彼女にとっては大して重要ではなかった。

 

彼女には、娘がいた。

 

別れた夫と同じ、金色の髪の毛に赤い瞳。勉強はあまり得意では無く、魔力もほぼゼロ。自分とは似ても似つかない、実の娘。

 

だが彼女は、そんな娘を心から愛していた。

 

長い時間構ってやれない分、惜しみない愛情を注いだ。

一緒に朝食を食べた。仕事に行く前にキスをした。寝顔を見れば、仕事の疲れを忘れさせてくれた。娘の誕生日には、どんなに仕事が詰まっていようとも休みを取り、ピクニックに行った。

 その時にくれたちっぽけな花の冠は、彼女にとって、社会的地位よりも、大魔導師の称号よりも……何よりも大事な、宝物だった。

 

娘の笑顔こそが、彼女の全てだった。

 

そして、その日はやってきた。

 

 新型動力炉の試験稼働日。実際には、稼動させるにあたって、まだ安全上の不安がいくつも残っていた。彼女はそれを全てクリアするまでは、稼動させるべきではないと主張していたが、経営陣はそれを却下した。

 彼女の勤める企業に次ぐナンバー2の企業が、同じ理論に基づいた、ほぼ同型の動力炉の開発を着々と進めていたためだった。

 最大の利益を上げるのは、いつの時代も最初に始めた者。それを熟知しているが故に、現場を急かすのだ。てこ入れとして、現場を知らぬ名ばかりの監督役を配属し、彼女や、仲間の技術者達を追い立て……強引に、稼動を決定してしまった。

その結果が……暴走だった。

 動力炉はメルトダウンを起こし、不安定なエネルギーと毒素を半径数十キロに渡って撒き散らし、最後には自身をも崩壊させていった。

 彼女は全開でシールドを張り、ごく狭い範囲ではあったが、全ての破壊エネルギーを遮ることができた。彼女と、仲間の技術者達は無事だった。だが……研究所から数キロ離れた彼女の自宅までは、そのシールドが届く訳も無く…… 

 

彼女の『全て』は、永遠に失われてしまった。

 

「うああぁああぁ!!!」

彼女の意識は、自らの悲鳴と共に現実に帰還した。

「はぁっ、はぁっ、」

額には汗がびっしりと浮かび、頬には涙の跡がある。

「うっ……ゲホッ!」

咳込み、口に手を当てる。手の平には大量の血液が付着していた。

「……もう、時間が無い」

動力炉の暴走の際、大量の有害物質を吸入してしまった。その毒素は、呼吸器系はおろか血液にまで入り込み、彼女の身体を蝕んでいた。

とはいえ、適正な治療を受ければ、かなりの延命は可能だ。

だが彼女は、それをしなかった。そんなことに費やす時間は、一秒たりともありはしなかったのだから。

 

ずり、ずり、と重い体を引きずりながら、『そこ』に足を踏み入れる。

そこにあるのは、円筒状の巨大なカプセル。彼女は、そのカプセル……正確には、その中に眠る者に、手を触れる。

 

ここは、彼女の『全て』が眠る場所だった。

 

「待っていて……もうすぐ、もうすぐだから」

優しい『母』の顔で、ゆっくりと語りかける。

「もう一度……あなたの笑顔を見せて頂戴……」

 

そして、彼女は娘の名前を呟き、部屋を出て行った。

 

  ◆ ◆ ◆ ◆

 

フェイトがマンションを飛び出し、三日が過ぎていた。アルフとのリンクは切断してあり、念話は繋がらない。

「ボクは、強いんだ。アルフなんかいなくても、ボク一人でやれるんだ」

街中をさ迷い、ぶつぶつと呟く。通行人は、そんな彼女を振り返るものの、声をかけることはしない。

だがそれも、仕方の無いことだろう。着たきりの服は薄汚れ、髪はばさつき、表情は虚ろ。

フェイトもまた、助けなど求めてはいない。食料は強奪すれば良かったし、寝るなら適当なビルの屋上で足りた。

 

そして、何度目かの空腹。

街中をひたすら徘徊していれば、腹も減る。

「甘いもの……食べたい」

脳裏に浮かぶのは、先日襲撃した店。本人は気付いていないが、疲労がかなり蓄積し、思考能力が低下している。一度荒らした店が、対策を立てないことなどありえない。そんな単純な事さえ、考えられなくなっていた。

 

歩いて数十分で、例の店に到着した。やはり、開いていない。

だが今回は、ドアノブを捻ると、あっさりと開いた。一直線に冷蔵庫を目指し、手を触れ……視界がひっくり返った。

「……え?」

床に這いつくばったまま、首だけを動かし、確認する。

 

「……捕まえたよ」

 

三つ編みの、眼鏡を掛けた少女が、フェイトを押さえ付けていた。

「……!」

ようやく、フェイトの思考が追いついた。

「何すんだよ!離せ!」

暴れようとするも、起き上がれない。

「質問に、答えなさい。この前、ウチの店を荒らしたのは、あなた?」

 フェイトは、いつものように……

「は、な、せえぇぇぇ!」

――バチバチバチッ!

電撃をお見舞いする。だが、フェイトを拘束する手は緩まない。

「やっぱり、あなたなんだね」

その手には、黒いゴム手袋が嵌まっていた。

『スタンガンのようなもので気絶させられた』という、警備会社の証言から対策していたようだ。

そして、今の一撃で限界だったのだろう。

「あううぅぅ……」

フェイトは、ぺしゃっと床にノビた。

「え!? ちょっと、大丈夫!?」

 少女は慌てて拘束を解き、フェイトを抱き起こした。

「……おなか、すいた」

――ぎゅるるー……

フェイトの腹が、間抜けな音を鳴らした。

 

そして。

「ただいまー」

「あぁ美由希、お帰りなさ……い?」

彼女……高町美由希は数時間ぶりに帰宅した。

「お母さん、事情は後で説明するから。ご飯作って」

「ううぅ~、ごはん~~……」

何故かその背中に、フェイトを背負って。

「あらあら……」

桃子は、ぱたぱたと台所に駆けて行った。

美由希がフェイトを食卓に座らせる。

「食べたら、ちゃんと説明してもらうからね」

――ぐぅぅ……

美由希の言葉に、フェイトは腹の虫で返事を返した。そこに、桃子が大量のお握りを大皿に載せてやってきた。

「はい、お待たせ。間に合わせの物だけど……」

「ごはんっ!」

フェイトがバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。そして、猛然とがっついた。

「がつがつがつがつもぐもぐもぐもぐ……」

「ちょっと、少し落ち着いて食べなよ!」

少なくとも十個はあったお握りが、見る見るうちに消えていく。当然、そんな食べ方をしていれば。

「う、ムグッ!?」

喉を詰まらせるというものだ。

「うわっ、言わんこっちゃない! ほら、お茶!」

差し出された湯呑みを引ったくり、喉に流し込んだ。

そして、全てのお握りを食べ尽くしたと思った途端。

――ばたんっ

「うわっ!」

食卓に突っ伏した。

「くー……」

安らかな寝息を立てている。

その外見的特徴を見て、ようやく思い至ったのか、桃子が口を開いた。

「美由希。この子、まさか……」

「そ。例の空き巣」

「あら、まぁ……」

この、頬に海苔と飯粒をくっつけて寝ている少女が?

「それにね……」

そして、話の続きを聞き……次第に、桃子の顔が強張っていく。

 

 

フェイトは、夢を見ていた。あの、ピクニックの続きだ。

母に花の冠をプレゼントしたら、嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとう、〇〇〇〇。母さん、とても嬉しいわ」

また、名前は聞き取れなかった。

「お礼に、母さんも〇〇〇〇にプレゼントをしないとね」

何度この夢を見ても、その四文字だけは聞き取れない。

「何か、欲しいものはある? 誕生日だから、何でもいいのよ」

「え、いいの!?」

 ぱっ、と顔を輝かせる、当時の自分。うんうんと唸り、散々悩み……

「それじゃあ私、『  』が欲しい!」

「え? ……ええと、それは、」

娘のリクエストに、プレシアは顔を赤らめた。

「今はまだ無理かもしれないけれど……約束するわ」

そして、フェイトの頭を優しく撫でてくれる。

(ボクは……何をねだったんだっけ?)

 

そして、夢から醒めた。

 

「ん……」

「あ、起きた?」

ベッド脇に、桃子と美由希が座っていた。

「……うわぁっ!?」

慌てて飛び起き、壁を背に睨みつける。

「おはよう」

 桃子がにっこりと笑いかけると、フェイトは調子を崩され、「あ、ああ」と返事なのかも不明な声を出した。

「じゃ、美由希、よろしくね」

「うん」

 そして、桃子が部屋を出て行く。残った美由希は、フェイトの手を掴んだ。

「それじゃ、行こうか?」

「は? どこに?」

「お風呂」

「はぁ……」

あまりにも平然と言われ、最初は意味が分からなかった。されるがままに手を引かれ……リビングを通過したところで、ようやく思い至った。

「い・や・だ~!」

力一杯抵抗するが、そこは体格の差。

「ほら行くよー」

「うわあぁぁぁん! 助けてアルフー! やだやだやだ~!!」

往生際悪く柱にしがみついて抵抗するフェイトを引っぺがし、犬猫のようにずる

ずると引きずっていった。

 

 しばらくして、恭也が帰宅した。手には、紙袋。

「おかえりなさい、恭也」

「ただいま、母さん」

 紙袋の中身は、男物の衣類だった。

「お父さんの様子は?」

 そう、彼の父親……昏睡中の、高町士郎の物だ。

「相変わらず、寝てたよ」

 恭也の意識は、先ほどからずっと、風呂場へと向かっていた。それというのも……

 

「熱い、熱いってば!」

「我慢我慢ー」

「ぎゃあっ、シャンプーが目に入ったー!」

「気にしなーい気にしなーい」

「このッ……黒焦げにしてやる!」

「こんな場所で使ったら共倒れだよー」

「しまったー!?」

 

「……誰か来てるのか?」

「ええ、例の空き巣さんが~」

「な、何ッ!?」

 のほほんと答える桃子に、恭也が目を剥く。飛び出していこうとする恭也を、襟を掴んで止めた。

「まぁまぁ……そんなに悪い子じゃなさそうだし」

「店を荒らして食料を食い散らして警備員を全滅させる『いい子』がいてたまるかッ!」

「そうねぇ……なら、人の形をした犬か猫だと思えばいいのよ♪」

 桃子は、無自覚に毒舌だった。

 

「誰が犬猫だッ!!」

 そこに、風呂上りのフェイトと美由希がやってきた。

「あら、まぁ」

 何故か桃子は、驚いた顔をしている。

 美由希のやったことといえば、薄汚れた服を脱がし、ぼさぼさの髪の毛を洗い、身体を洗っただけだ。だというのに。

「お人形さんみたいねぇ……」

 桃子の言うとおり、大変可愛らしい姿になっていた。

「あっはっは。可愛いってさ……って、ぎゃあ!」

 ぽんぽん、とフェイトの頭を気安く叩いていた美由希だったが、その手に思いっきり噛み付かれ、悲鳴を上げた。

「むぐぐぐぐ……」

「あいだだだだだ!!」

「こら、離しなさい!」「おい何してる! そんなもん食うな!」「そんなもんとは何よいたたたた!」

……犬猫という表現も、あながち間違いではなかったようだ。

 

「……で?」

 むすっとしたフェイトが、机を挟んで高町家の三人と向き合う。

「何だよ。聞きたいことって」

「……あなたが使っていた電気、あれは?」

 美由希は、感づいていた。フェイトが使った魔法が、あの日、なのはが使ったものと同質の力だということに。

「……さぁ、何のこと?」

 フェイトも、そう簡単には口を割らない。『魔法』というものが公になれば、この世界での活動に支障をきたす。そのくらいは……多分、フェイトにもわかっている……筈だ。

 

「あのね……」

 美由希が、事情を話し出す。

「わたしたちは…………何か、……すごく大事な、何かを忘れている……そんな気が、ずっとしているんだ。それが、何なのか…………本当に、思い出せなくて、もどかしいんだけど…………」

 ぎゅ、と裾を握り、切々と訴える。

「でも……あなたが使った、あの力。あれが、すごく…………すごく……引っかかって」

 

(…………ん?)

 ふと、フェイトは、三人から魔法の気配を察した。しかも……かなり、身に覚えのある類のそれを、だ。

「…………キミら、名前はなんてーの?」

 不意打ち気味の質問に、美由希が答えた。

「美由希。……高町、美由希」

「………………」

 フェイトには、その魔法がこの三人に掛けられている意味も、その経緯も分からなかったが……自分なりに推察することで、どうにかそれっぽい納得を得ることにした。

(忘却系……の、ちょっと弱いけど効果的な術式。アイツの縁者。コイツら自身には、魔力の気配は無い。アイツらの強力な魔力に引き寄せられてくる、ジュエルシードたち)

 そこから、どうにかこうにか、得られた解答は。

 

(巻き込まないために、一時的に自分の存在を隠匿している…………?)

 

 ……だった。秀人の本意とは全く違うが、あながち、的外れでもない。得られる情報の中から、そこまで考えられただけ上出来だろう。

 だとすると、ここでその術式を破壊することも、彼らの存在を明かすのも、得策とは言えない。巻き込みたくなくて、そういった行動をとったのに…………

 

――――ふと。

 

(な……なんでボクが、アイツをフォローするようなことを……!!)

 気恥ずかしさにぶんぶんと頭を振る。

「……? あの、何か、知らないかな? 何でもいいんだ」

 アイツらを困らせてやる嫌がらせは、その術式を破壊してやるだけでいい。事実を明るみに出すだけで、アイツの周囲を混乱に陥れて、こちらは格段に動きやすくなる。

 だが。

(………………なんか、イヤだな……)

 正体不明の感情が、その選択を否定する。そして、フェイトの取った行動は…………

 

「――――悪いけど、知らないなぁ」

 

 美由希たちは、目に見えてがっくりと項垂れた。

「じゃ、ボクはもう行くからね」

「ちょっと待ちなさい」

 フェイトはクールの去ろうとして……がっちりと捕獲された。

「それとこれとは別に…………ウチの店を荒らしたことは、まだ聞いてないよ?」

「うげっ……し、知らないもん!」

 しゅばっ、と、魔力を用いた持ち前の素早さで離脱を試みるフェイトだったが……

 

「させないよ!」

 

 ……何故か、生身の美由希があっさりと先回りをしていた。

「ウソォー!!!?」

 クイックターン。180度ターンし、庭からの脱出を……

「観念しろ」「うぞぉーーーーーーーーーー!!!?」

 今度は恭弥に捕まった。

 

「お、お金ならおいてっただろ!」

 ……瞬間、美由希の目がくわっと見開かれ、

 

――ごいんっ!!

 

「いったぁ!!」

 容赦のない拳骨が降り注いだ。

「お金で済めば警察はいらんのじゃ!! その甘ったれた性根に、世の中ってモンを叩きこんだる! 来い!」

「は、はなせー! はなせ、ばかー!」

 そして、フェイトを小脇に抱え、のっしのっしと歩き出してしまった。恭也と桃子は、諦めたような顔で、それを見送るのだった。

 

 

 街中をその恰好のまま行進し、着いた先は、先ほどぶりの喫茶翠屋。暴れまわった痕跡……散らかった店内が、そのままになっていた。

「ふン!」「うびゅっ」

 フェイトを床に放り出す。

「な、なんだよー!」

 虚勢を張るフェイト。

 

 逆らうことなど考えもしなかった母。強く出れば必ず引っ込んだアルフ。そもそも敵のなのは達。

 そういった極めて限定的な人間関係しか知らなかったフェイトにとって、『真正面から、悪いことを悪いと毅然と指摘してくる』ような相手は、居たためしがなかった。

「…………」

 美由希は、無言のままバックヤードへ引っ込んだ。この隙に逃げようとは、不思議と思えなかったフェイトは、立ち尽くして待つ。

 

――どん!

 

 …………目の前に置かれる、ホウキ、チリトリ、ゴミ袋。水のなみなみと入ったバケツにモップ。

「……自分で散らかしたモノを、自分で片付けなさい」

「なんで、ボクがそんな……!!」

 静かに告げる美由希に、フェイトはまたしても噛み付く。

 

「――――片付けなさい!!」

 

「ッ……!!」

 びくっ、と萎縮し、目の前のホウキに手を伸ばす。

(うぅー……何でボクがこんなこと……こんなの、アルフの仕事なのに…………)

 割れた食器を箒で掃き集め、ちりとりですくい取り、新聞紙に包んでごみ袋に捨てる。掃除機で細かな破片を残らず吸い取り、片付いたら床を雑巾がけしていく。

 最後に、ぞうきんを絞り水気を抜き、汚水を捨て、再び美由希の前に戻った。

「…………終わったけど」

「……」

 じろり。

「お、終わりました…………」

 美由希は、フェイトが掃除したあたりを入念にチェックする。

「……意外。ちゃんと出来てるじゃない」

 手順に無駄も無く、与えられた道具で、可能な限りの動作をしていた。

「別に、できないんじゃなくて、やらないだけだから…………」

 渡された布巾で手を拭く。

 

「座っていなさい」

「…………」

 椅子を二つ用意し、美由希が厨房の方へ戻る。おとなしく座るフェイト。

(…………怒られちゃったよ、くそ)

 だが。

(…………おかーさんの時と、何か違ったな)

 叱責に折檻。やっていることは、程度の差こそあれ同じだというのに…………

(……なんか、あったかかったな)

 何が違ったのか。フェイトには、まだ、それが分からなかった。

 

――ことん。

 

 物音に我に返ると、目の前に、湯気を立てるティーカップと、切り分けられたケーキ。

「食べな」

「……うん」

 おどおどしながらも、ケーキを食べ、紅茶を飲む。モノとしては、以前、忍び込んだ際に食い散らかしたものとほぼ同じ。

(同じケーキ……だよね)

 むぐむぐと咀嚼しながら、そんなことを考えていると、美由希が頬杖をついて顔を近づけてきた。

「この間のより、美味しいでしょ?」

「…………うん」

 美由希は、今度は怒るのではなく、諭すように言う。

「ズルをしているとね、この味は、ずぅーーーっ……と分からないんだよ」

「…………」

「ケーキは美味しく楽しく、食べたいでしょう?」

「……うん」

「だから……ズルをするんじゃなくて、ちゃんとしなさい。あなたは、まだ子供なんだから」

「…………うん」

 注がれた紅茶を、ふぅふぅ冷ましながら飲む。その、随分としおらしい姿を見て、美由希は、頭の中に奇妙な引っ掛かりを感じていた。

 

 一息ついたフェイトは、食器をシンクへ片付ける美由希を、少しの間ぼうっと見て……

 

「…………ごめんなさい」

 

 自然と、その言葉が口をついて出てきた。

「ん。許す」

 美由希は、フェイトの頭をそっと撫でてやった。

 

 

 

 

 路地裏を歩き、拠点へ戻るフェイト。その手には、ちょうどケーキが二つばかり入った箱が提げられている。

『今度は、ちゃんとお店においで』……そんな言葉と共に、持たせてくれた。

 

「うん……また行くよ。だからコレは、アルフと……おかーさんへの、お土産…………」

 てくてくと歩く。

 

「ハイ、いらっしゃい!」

 

 ……と、人気のない路地裏に、不釣り合いに陽気な声が響いた。

「!?」

 慌てて臨戦態勢を取るフェイト。その視線の先には………………

「……?」

「オー、怖がらなくてもいいんだヨー!」

 ……全身に、じゃらじゃらと銀色のアクセサリーを身に着けた異装の女が、ゴザに座ってフェイトを手招きしていた。

「…………だれ、キミ」

 不信感しか感じられない。

「んふふ。さぁ誰だと思うカナ? ほれほれ、見ておゆきなさい」

 と、彼女が指し示すのは、ゴザの上に広げられた、無数のアクセサリー。どうやら、路上販売のようだが……だとしたら、なぜ、人通りも無く、それどころか、ロクに民家も無いこのような路地裏にいたのか。

 フェイトは、不信感を感じつつも……恐る恐る、近づいた。いざとなれば、実力行使でどうにでもなる……という事実も後押しをした。

 広げられているのは、どれも、精緻な細工を施されたアクセサリーたちだ。イヤリング一つをとっても、そのクオリティに妥協は見られない。

「キレーだね」

 率直に、思ったことを口に出す。

「んっふっふ。嬉しいこと言ってくれるナー。子供は大好きだけど、素直な子供はもーっと好きだヨ」

機嫌を良くした女は、数多の中から、フェイトが先ほどから熱心に、一つを見つめていることに気付いていた。

「オッ、それかい?」

「ん……え、いや、」

 単に気に入っていただけ、とは言い出しづらいフェイトに、女は、あけすけな笑顔を向ける。

「ヘイ、ガール。特別だゼ」

 女は、それを…………四辺形の盾を象ったアミュレットを、フェイトに握らせる。

「これをyouにやろう」

盾のレリーフには、あつらえたかのような、三角形の窪みがあり……何の気なしに、バルディッシュを当ててみると、カチリと誤差も無く収まった。それはまるで、バルディッシュを収めることで完成することを前提にしているようで、さすがのフェイトも目を剥いた。

「ね、ねぇ、これって…………。あれ……?」

 フェイトが顔を上げた時、先ほどまでそこにいた女も、大量のアクセサリーも、忽然と姿を消していた。

 

 白昼夢か。しかし、フェイトの手元には、間違いなく銀のアクセサリーが握られている。

 

「バルディッシュ、追える?」

『? ……追う、とは』

「…………? あれ?」

 相棒の怪訝な声。そして、フェイトは……自分が寝ぼけたことを言っていることに気が付いた。

「そうだった。はやく帰らなきゃ、っと」

 美由希と別れたばかり、手に提げたケーキの保冷剤が効いているうちに、拠点へ戻らなければならないのだった。

「いそげいそげー」

 

――チャリ、チャリ……

 

 フェイトが足を踏み出すごとに、己とバルディッシュを繋ぐ愛用の銀のチェーンが鳴る。

 

 

 

 

 

「――――――――がんばれヨ、女の子」

 

 

 その声が誰に届いたのかは、定かではなかった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 拠点の数十メートルの圏内。

「う、ぃっ……!?」

 フェイトは、慌てて足を止めた。

「じゅ、ジュエルシード反応!?」

 驚く必要など、無かっただろうか。しかし、それは……

「ひとつ、ふたつ、………………みっつ……よっつ!?」

 

 ……ジュエルシード反応が、同時に四。

 

「……!! ええい、こっちはまた今度だ!」

 フェイトは、ケーキ二つを口に詰め込み、一息で飲み込んだ。

「あぐあぐ……! ん、ぷはっ! おっしゃあ!」

 反応のあった座標へ、急行する。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

(……るさない、ゆるさない、ゆるさない……!!)

 

 杉浦カナミ……海鳴市第二小学校三年二組に所属する女子生徒は、ふつふつとわき上がる怒りを押し殺しながら、街を歩いていた。

「か、カナちゃん……」「…………」

 取り巻きたちも、もはや惰性でくっついてくる。

 このグループは、クラス内の序列を一まとめに転げ落ち、居場所を失っていた。

それもこれも……と、また内心で苛立つ。

(全部、あの高町のせいだ。あいつにやりかえされたから…………! 先生だって、アイツの味方になっちゃった……!)

 ……標本にしたいほどの、清々しいまでの逆恨みだった。

「……!」

 周りも見ずに歩いていたせいか、街角のゴミ箱に体がぶつかる。そして、

「ッ!!」

 

――がしゃん。

 

 苛立ち任せに、それを蹴倒した。通行人の何人かは、じろりと見ていくが、わざわざ赤の他人へ関わろうとする者は皆無であった。

「…………?」

 蹴倒したゴミ箱の中身。その中に、――――妖しく光る、青い宝石が紛れ込んでいた。

(……なんだろ、これ)

 ひょい、と。子供特有の警戒心の無さから、それを拾い上げる。

 

 

――――そして。

 

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