魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「………………ん」
体力の限界を突破し意識を失っていたはやてが、体に伝わる妙な慣性に違和感を覚え、目を覚ました。
寝起きにぼやける視界に映るのは、薄茶色の毛髪。白いうなじ。
「…………あれ?」
意識が覚醒するに従って、記憶が思い出されてきた。
「……あれ!?」
『殲滅者』と勝負して、必死に足掻いて打倒して……
そして、今。
――なぜか、『殲滅者』に背負われていた。
「な、な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!!?」
当然、慌てた。暴れた。だが、戦闘で消耗した体は、思うように動作しなかった。
『ああ、お目覚めですか』
飄々とした態度で、えっさほいさとはやてを運ぶ『殲滅者』。
「ああ、お目覚めだとも! だから下ろせ! 離せ! こんちくしょー!」
耳元でぎゃーぎゃー喚くはやてに若干、辟易したような気配を無表情に漂わせる。
『傷に障ります。あまり、暴れませぬように……我が王』
「傷がなんだこの野郎! いいから下ろせ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おい、今なんつった?」
危うく聞き逃してしまうところだったその単語を、確認する。
『……さぁ、何のことやら』
「ざけんなコラ今なんか言ったろ吐け! 吐け!」
すっとぼける『殲滅者』の首を、はやてが揺さぶる。
『…………はぁ』
『殲滅者』は、諦めて……
『我が王、と申し上げました』
「…………私、勝ったの?」
意識が朦朧としていたせいか、実感が乏しいようだ。
『ええ。………………あなたの勝利です』
「………………あ、うん、ええっと……」
…………実戦での戦闘後に、こうしたやりとりをするのは、実はあまり経験が無かったりする。
「…………とりあえず、下ろせ!」
同じような体格の…………しかも、宿敵・高町なのはと同じ顔をした相手に背負われているのは、結構気恥ずかしい。
『ダメです。足腰が立たないのでしょう?』
「…………い、いや、そんなことは」
『そうですか。では』
「へ? …………わぁっ!?」
いきなり『殲滅者』が手を抜き……はやては、『殲滅者』の背中を滑り落ちた。
「なにすんのよー!!」
踏ん張って、立ち上がろうとするが……立てない。やはり、気力は回復しても、体力や疲労ばかりは、そう易々と回復は出来なかったようだ。
「うがー!!」
『…………世話が焼けますね』
怒り狂うはやてを、呆れた様子で再び担ぎ上げる。
「ちくしょー……何でお前は平気なんだよー……」
ようやく大人しく運ばれる気になった。
『…………』
何も答えない『殲滅者』に首を傾げる。
「つーか、なんでわざわざあっちに……」
『殲滅者』は、フェイトやなのはが戦闘している区域に向かっていた。
わざわざ、戦闘中の区域に移動する意味とは。
『あの場所に留まり続けるのは、危険と判断しました』
「危険……? ああ、雑魚騎士どもが増援に来るかもしれないって?」
が、『殲滅者』は頭を振った。
『それもありますが……私を遣わした、闇の書の読み手…………彼奴が、あなたを狙っています』
「……!」
闇の書の、読み手……つまり、はやての所有物であるはずの闇の書を、無断で悪用する不届き者。
『戦闘中であれ……管理局の目のある場所であれば、そうそう手出しは出来ないはずですからね』
「…………そいつ、誰」
今までは、その正体がつかめずにいたが……今、敵方から味方に引き込んだ『殲滅者』から、情報を聞き出せる。
(管理局の手前、おおっぴらに動けないとなると…………)
はやては、粗暴で短気ではあるが、馬鹿ではない。むしろ、そういった策謀には長けている性格だ。
(次元犯罪者? いや、それだとおかしい)
もし、今回の事件に関与していそうな犯罪者であれば、そういった情報が多少なりとも入ってくる筈だ。それが、容疑者すら上がっていない、となると……犯罪者ではない人間かつ、闇の書の情報を知り、活用方法まで辿り付ける知識の持ち主。
(………………管理局内部の人間、か)
「……確認なんだけどさ、」
そう、言いかけた。
『……!』
ぎゅっ、と、『殲滅者』は、はやてを背負う手を、僅かに強張らせた。
はやては、その理由を即座に思い知る。
『ア、アアア……』『ウウウ……』
ふらふらと、しかし、統制の取れた動きで、雑魚騎士の集団が、『殲滅者』の行く手を阻むように現れた。
「……チッ。マジかよこんな時に」
『王、しっかり掴まっていてください』
『殲滅者』は、はやてを背負い……駆け出した。
『アアアアアアア……!』
緩慢な動作で、手にした西洋剣を振り下ろす、または、突き出す雑魚騎士。
が、はやてを背負った『殲滅者』は、構わずにそのど真ん中を突破する。
――ビシュッ!!
防護服の肩が、剣に削り取られる。
応戦どころか、鎧袖一触、その名の通りに殲滅することさえも可能な『殲滅者』が、手傷を負ってまで敵陣を突破する理由は……
「おい、まさかお前…………お前も、魔力空っぽ!?」
『…………ええ、隠し立てするつもりは、無かったのですが』
飛ぶこともなく、自らの足で駆けていることが、その証拠。
腐っても守護騎士。そこいらのアスリート程度の身体能力は、素で備わっているのだろうが……人を背負った状態では、満足に体を動かすことも適わない。
「馬鹿! 私を下ろせ! 下ろして、どっかから応援呼んだ方が確実だろ!」
『従えません』
「何で………… 、おい、なんだよそれ!!」
聞き返そうとしたはやては、見てしまった。
――――『殲滅者』の体が、パズルのピースのように、崩れていくのを。
『殲滅者』は、ちらっとそれを目に入れ……構わず、走り続けた。
『私に与えられたのは、『八神はやてを捕獲せよ』という命令。それを実行するための、仮初の肉体情報。それに背く行動をすれば…………使用者に、肉体を没収される』
「……!」
思い出す。自分が、『鉄槌』に名を聞こうとした時…………不自然な挙動で、その身が掻き消えたことを。
(…………使用者に?)
では、あれは何故だったのか。
『鉄槌』に名を聞こうとしたのは、主であるはやての意思だ。肉体を奪うことなど、望んでいない。『殲滅者』を使役していた人物が、まだ闇の書に手を伸ばすよりも前の時期に、望んでいないことが実行された。それは……
(闇の書には、主の命令よりも優先される意思が介在している)
……そう、思い至った。
「止めろ! 私を置いて行け!」
自分を捨て身軽になり、管理局に駆け込むことができれば……肉体の崩壊を、阻止できるかもしれない。だが……
『お断りします』
きっぱりと拒否した。
「ふざけてる場合じゃねェんだぞ! このままじゃ、お前……!!」
魔力を注いで修復を試みるが、足りない。
『…………応援を呼びに行くまでに、果ててしまうでしょうね』
冷静に、判断した。
『王、もっと体を小さく畳んでください』
――バシッ!!
はやての身を庇った『殲滅者』を、剣が掠め、その箇所が分解される。
「さっきから……何で、私を庇ってるんだよ! 私の体なんて、どうでもいい!!」
ぴく……と、『殲滅者』の気配が変わった。
『どうでも、いい……?』
明らかな……怒りの気配。
「ああ、そうだ! 腕の一本や二本、くれてやっても死ぬわけじゃ、」
『…………怒りますよ』
それは、思わず言葉に詰まるほどの迫力だった。
『あなたは、私、守護騎士『殲滅者』が仕えると定めた王。あなたをお守りすることが、わたしの本望なのです。王を守れぬ騎士に、どれほどの存在意義がありますか』
――バキンッ!!
槍を振るい、剣を砕く。
『王。あなたを守ることを、許されないというのであれば………………』
――バゴッ!
正拳突きで、胴体を打ち据える。
『殲滅者』は、消えかけた肉体で、懸命に駆ける。
『死んだほうがマシです』
「!!」
はやては、ショックを受けて黙り込んだ。
『…………王』
気遣いなのか、若干優しい口調で。
『あなたの命は、決してあなただけのものではありません』
諭すように、言う。
『あなたが命を落とすようなことがあれば、悲しみ、涙を流す者がいるはずです』
「……わかったよ」
落ち着きを取り戻したはやてが、命令する。
「私を、管理局の元へ送り届けろ」
『……了解です、我が王』
『殲滅者』は、恭しく……そして、若干嬉しそうに、礼をした。
「それと……」
――ガスッ!!
目の前に現れた雑魚騎士の一体に、奪い取った西洋剣を突き立てる。
「下僕の後ろに隠れっ放しってのも、王の沽券に関わるからね。こっちはこっちで、好きにやらせてもらうよ」
『……背中、お預けします』
「おう、任せとけ」
――走る。
ぱらぱらと散っていく、『殲滅者』の体。刻一刻と迫る、タイムリミット。
ほんの2キロの距離が、こんなにも遠い。
――走る。
『殲滅者』も、はやても、傷だらけだ。
ゼロにも等しい魔力で。底を尽きそうな体力で。
――走る。
雑魚騎士の合間をすり抜け、潜り抜け。
「あーあ、こんなにたくさん、殺すんじゃなかった……」
…………今更、罪悪感など湧かないが……その所為で、こうして下僕が死に掛けている現状を見ると……やはり、自業自得だろうか。
『……全くです』
雑魚騎士の足元をスライディングして、潜り抜ける。
……ようやく、雑魚騎士の包囲網を抜けた時、ビルの合間から、見知った顔が戦闘しているのが見えてきた。
「よし、もうちょっと………………うげっ!」
がくん、と。『殲滅者』の膝が抜け、地面に放り出された。
「あいててて、何やって、……!?」
はやては、言葉を失った。
はやてを背負い、懸命に駆けてきた『殲滅者』。その彼女が………………
――膝から下を、失っていた。
いや、膝だけではない。
利き腕の左腕は、肘から。右手に至っては、肩から先が、完全に消失していた。
『……包囲は、抜けられたようですね。じきに、管理局の面々と合流できるでしょう』
倒れたまま、淡々と述べる『殲滅者』。
『命令は遂行しました。ここからは、あなた一人で…………』
――パンッ!!
その頬を、はやてが張った。
「ふざっけんな、このバカ野郎!」
『…………王?』
呆然とする『殲滅者』に、言葉を浴びせかける。
「死ぬなだの、命を粗末にするなだの、勝手なことばかり言ったくせに! その言葉、そっくりそのまま返してやる!!」
――ぐいっ。
はやては、ガクガクと震える膝を叱咤し、何とか立ち上がる。そして…………今度ははやてが、『殲滅者』を背負った。
『お、王……? 何を……』
「死なせない……こんな、ところで……!」
『……所詮は、かりそめの命です。死ぬのではなく、単に、データと魔力の塊に還元されるだけ』
一歩一歩、亀のような歩みで、進む。
「かりそめでも、偽者でも……! お前は、お前だ。私の…………大事な、手駒だろうが!」
背中に感じる重量が、徐々に減ってきている。
『…………大事と、言ってくれますか』
「私は、もう嫌だぞ…………! 失うのは……!」
その言葉を聞いた『殲滅者』は、はやての背に、もたれかかった。
まるで、体温を受け渡すように。
『我が王。 …………願わくば、』
いよいよ、言葉が聞き取れなくなってきた。
その表情は、相変わらずの無表情だろうか。それとも。
『…………一つ瞬く間でも、長く………………あなたに、仕えていたかった』
――幸福そうに、笑っているのだろうか。
「ああ………………私も、同じだ」
『よ かっ た ――――
はやては、膝を突いた。
重さが増したからではない。背負っていたものは、消えてしまったのだから。
「潰してやる…………」
呪詛を、吐く。
「潰してやる……!」
顔も名も知らない、闇の書の読み手。
「私が、この手で、叩き潰してやる――――!!」
その殲滅を、誓った。