魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第六十九話

 

『テラー・フィールド』。

 

その、トリガーボイスと思しき発声と共に、染み出した波動。

 効果は、まだ不明だ。

それは、飛びのく寸前のクロノの足元に、僅かに触れた。

 

――途端。

 

「う、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 普段のクロノからは、想像もつかない絶叫を上げさせた。

「……ク、クロノッ!? おい、クロノっ!!」

 同じく飛びのき、こちらは接触を免れた秀人が、肩を揺さぶる。

 だが、クロノは……どこも見ていないような虚ろな目で、完全に自失していた。

「……父、さん……行かないで、父さん!!」

「!?」

 父親、というキーワードから、秀人は、ようやくその意味に気がついた。

……クロノの父親は、事故で殉職している。

その朝、彼を見送っていたのは、まだ小さかったクロノだった。

 

「行っちゃ駄目だ、父さん! 死んじゃうよ!!」

 

「まさか……!」

 あの、波動のような攻撃は…………

「精神攻撃……!!」

 ……過去のトラウマをほじくり返す、最低の攻撃だ。

「……!」

 幸いにも、戦闘中に繋げた魔力のラインはまだ生きている。そのラインを伝って、今まさに、彼を蝕んでいる波動へ……

「しっかりしろ、クロノ!」

 

――ゴウッ!!

 

 蒼炎を、放った。

「と、父さ、…………」

 いくら蒼炎が焼くのが魔法効果のみ、とはいえ、体内で大火力を発生させれば、クロノの命に関わる。

 波動がクロノの精神を破壊するより早く、しかし、蒼炎がクロノの精神を焼いてしまわぬよう、細心の注意を払い…………

「僕、は……」

 クロノが、正気に戻った。

「! ……そうだ、あの波動……!」

 立ち上がろうとして、ふらつく。

「おい、無理すんな」

 それを、秀人が支えた。

「あの波動……精神攻撃のついでに、魔力と体力、ガッツリ削っていきやがった」

「すまん……! 僕としたことが……」

 

「秀人! あっち!」

 結界から、ユーノの声が飛ぶ。

「!!」

 視線を向けるのと同時……秀人は、クロノをユーノの元に放り投げ、走り出した。

 染み出した波動が……ゆっくりと、着実に………………カレンの下に、進行していた。

 クロノが、あれだけ錯乱したのだ。

 オウルを以ってして、忘れさせ、封印するしかないと判断した、カレンの過去…………それが、掘り返されるようなことがあったら。

「カレンッ!!」

 

――ゴオオオオオッ!!!

 

 今度は、遠慮なしに蒼炎をぶっ放した。

 蒼炎は、波動を端から焼き払う。

「カレン! 無事か!!」

「…………」

 カレンは、暴走の影響でスタミナを使い切ったのか、反応が鈍かった。

 そして秀人は……己の、過失に気付く。

「!!」

一度は焼き払った筈の波動が、ぐるりと、円を描くように、秀人を包囲していたのだ。さながら、浮島の如く、15メートルの波動の波間に取り残されてしまった。魔法が無効化されてしまうこの波動。身体能力だけで、飛び越えていくには無理がある。

 ……不幸中の幸いとでも言うべきか。

 この波動を出している間、守護騎士は満足に動けないらしい。あとは、この波動が届かない遠くまで退避するだけ。虚数空間に比べれば、百倍はマシだ。とはいえ、カレンはまだ、自力で歩けそうに無い。

 

「あ、こうすりゃいいじゃん」

 

 パッ、と。

解決策は、すぐに………………自分を勘定に入れないことで、提示された。

 

――ボウッ…………!!

 

 背負うカレンに、最大限の蒼炎を蓑のように纏わせ…………自分は、脚部を申し訳程度に覆った。

「うはー……なんか、あったかーい……」

 朦朧としたカレン

 一滴とて、カレンにこの波動を触れさせるわけにはいかない。そのため、カレンの体を満遍なく包み、途切れないよう、常に魔力を注ぎ続けていた。

「……」

 ごくりと、思わずのどを鳴らしてしまう。だが、悩んでいるこの間にも、刻々と波動が迫ってきているというのなら……

「……えぇい!」

 ズボッ……と、波動に足を突っ込んだ。

 

途端。

 

 

――――痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい哀しい悔しい痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 ブチッッ!!!!!!

「…………!!!!!!!!!!!!」

 

 ……秀人は、舌を噛み切った。

 

 それは、正気を保つためか……はたまた、己の命を絶つためか。

「ぐ、おげぇええええ……!!」

 びちゃびちゃと、胃の中身を吐き出す。

「…………ぐ、ぐ、……ああああ……!!」

 二歩目を踏み出す。そして、また…………

 

「ぎゃああああ…………!!」

 

 悲鳴を上げる。

「はぁー……!! はぁー……!!」

 

――――ドンッ……

 

「!!! あ、あ……」

 ……重いものが、何かを跳ね飛ばす音。

 それは…………秀人にとって、悪夢の序章となった、あの出来事を強引に回想させた。

「ダメだ……やめろぉ……!!」

 

――――秀人、いい加減にして!!

 

「……ひっ!!」

 びくんっ!! と、跳ね上がる。

「違う、違うんだ……!!」

 

――また器具を壊したんですって!? これで何度目!?

 

「ごめんなさい…………ごめんなさい…………!!」

 夢か現か、幻聴に過敏に反応してしまう。

「ち、がう……! これは、幻覚だ……!」

 必死に正気を保ち、また一歩。

 

――バシャッ。

 

「やめろ……やめろ……!!」

 恐怖。

 

――何度言えばわかるのよ!! あなたなんて、あなたなんて……!!

 

「嫌だ……こんなの、見たくない……!!」

 秀人の心の根底にある、最悪の場面が…………呼び起こされる。

 

 

――――――――――――産まなければ良かったわっ!!

 

 

「あ、あああ…………」

 ……ガタガタと震え、目が、正気を失う。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!      …………」

 

 とうとう……ばちゃっ、と、闇の波動に膝を突いてしまった。

 

 崩れかけた心。既に、体と意識の乖離さえ始まっている。

(………………眠い)

 ぼうっと……意識がぼやける。

(……そうだ、寝よう。これは、夢なんだ…………)

 そう思った瞬間、触れている闇が、奇妙に暖かく、優しいもののように思えてきた。

(………………あれ?)

 なぜ、自分は背中に荷物を背負っているのか。

(重い……このままじゃ、寝られない……)

 眠ってしまえ、と囁きかける声がある一方で、離してはならない、と戒める声も聞こえる。そして、秀人は…………その背の荷ごと、うつ伏せに闇へと倒れこみ………………

「……ヒデくん!!」

 

――――バサッ…………!!!

 

 

『キュイィイイイイイイイイイイイッッ!』

 

 

展開していた蒼炎は、不死鳥を象り……秀人の襟首を摑み、寸でのところで落下を食い止めていた。

「な、なにこれ!? トリ!?」

 自分を包んでいた蒼炎の変化に驚きながらも、現状を知る。

『ピイイイイッ!!』

 ちょい、ちょい…………と、僅かに自由になるクチバシで、カレンのポケットを指差す。

「……そうか!」

 察しのいいカレンは、すぐさま行動に移った。

「ヒデ、くん……!! これ……!!」

 カレンは、懐からソレを取り出し…………秀人の口に、入れた。

「…………!!! げほっ!!」

 気管支に蔓延する、いがらっぽい煙の匂い。

 だがそれは、気付け薬のように、秀人を眠気から引きずり戻した。

「げふっ!! …………うあ、?」

「吸って!!」

 秀人は、反射的にその声に従った。

「すーーーーー…………はーーーーー……………………わ、るい……助、かった……」

 青ざめた顔で、感謝を告げた。

この波動が、無理やり記憶を思い出させようとするなら…………片っ端から忘れて、相殺してしまえばいい。

 

――忘却剤。

 

 かつて、秀人を篭絡ししようとしたアイテムが、機転となった。

 一歩、また一歩…………煙草を消費しながら、進む。

「ふー……ふー……!!」

 異常な勢いで燃え尽きていく、忘却剤の煙草。

「このままじゃ、足りない……! どうしよう……!」

 涙目で、おろおろと狼狽するカレン。

「私、大丈夫だから、降りるからぁ……!!」

 

――一歩。二歩。

 

「心配、すんな……!!」

 掠れた声で、言う。

 蒼炎で、迫る波動を焼き払い。不死鳥の羽ばたきで、吹き散らし。

 ……カレンには、一滴も触れさせず。

 

――三歩。四歩。五歩。

 

 進む。進む。

 ……残り、三歩。

 既に陸地は、目の前だ。

 

「あァ……!!」

脚部の保護は、既に無い。波動に膝まで浸かり、苦しげな呻きを上げながら…………それでも、歩く。

 

――ザパアアアアアアアッ…………!!

 

 逃がさぬ、と。波動が津波となり、秀人たちを飲み込もうとしてきた。

『……キュエッ!!』

 促すように、不死鳥が一声、鳴く。

「……頼む!!」

 秀人の願いに、不死鳥は答えた。

『……ギュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!』

 不死鳥が、全身を激しく燃焼させながら、その津波へ突貫!

 

――……ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 爆裂し、波動を退け………………その爆風を以って、秀人への最後の援護とする。

「お前は、」

……跳べ、と。

「お前は、俺が…………!」

 秀人は、全身の力を足に込め、全く洗練されず、みっともなく、無様に……!

 

 

「俺が、守ってやる!!」

 

 

………………大きく、跳躍した!!!

 

――ドシャッ!

 

「……ぐっ!!」

 着地の衝撃に、顔をゆがめる。。

(ユー、ノ…………カレンを……)

 もはや、脊髄反射のみで、カレンをユーノの元へ運ぶ。

 だが、肉体も、精神も、魔力も……………………何もかも、文字通りの全てを使い果たした秀人は、立っていることさえも奇跡であり……とうとう、ガクン、と膝が砕ける。

 

――…………とん。

 

 だが、倒れた秀人を出迎えたのは、硬く冷たい、戦場の大地ではなく……………………

 

「……見せてもらったぞ、お前の覚悟を」

 

 オウルの、懐だった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 闇の波動。

担ぎ込まれてきたちっさい子供…………クロノの容態を見るに、恐らくは精神攻撃の類だろうと、勘付いていた。

 それは、大変にまずかった。

思わず、オウルでさえも顔を背けてしまうような……地獄そのものの、カレンの過去。

常に忘却剤で記憶を封印し続けているとはいっても、あの波動に晒されてしまっては、無意味になってしまう。

身内を、守れない。それは、この凶鳥部隊の存在意義の消失だ。

(お前は、それを防いでくれるのか)

 吾妻秀人。

一時預かりで……自分たちの身内に、引きずり込む画策をして、失敗して……

 

――『お前は、家族にはならないのだな』

 

 …………絶縁を、告げて。

『お前には、カレンをその命に代えて、守り抜く覚悟があるのか?』

 その問いに秀人は、あの時何も答えられなかった。

 だが…………

 

『俺が、守ってやる!!』

 

秀人は、その命に代えて…………カレンを、過去からの魔手より守った。

感謝と…………畏敬を込めて、秀人の身体を抱きとめる。

「オウル…………?」

 その彼に、オウルは………………ここ久しく作ったことも無いような、柔らかな微笑を向けた。

 

 

「見せてもらったぞ………………お前の覚悟を」

 

 

――彼は、紛うこと無く、カレンと生涯を共にするに値する……凶鳥部隊の一員だ。

 

『グ、ウウウ…………!!』

 動かずにいた守護騎士に、異変。

 

――ズズズズズ………………!

 

 彼の元へ、展開されていたテラー・フィールドが収束していく。

 それによって守護騎士は、全身が隈なく強化され、より禍々しく変化を遂げる。

『……………………』

 もはや、悲哀の声さえ聞こえない。

 その姿は、例え敵であっても…………哀れに思えた。

 

 倒さねばならない。現状、動けるのは回復を終えたオウルのみ。

 秀人を横たえる。

 

 不意を突かれたとはいえ、一度は自分を倒した守護騎士。

 だが秀人は直感的に………………戦いの終わりを、感じていた。

「お前の覚悟に………………報いよう」

 

――シュキンッ……

 

 オウルは懐から、小さな懐刀を取り出す。

 小さく簡素で、造形美もへったくれもない、文字通りの『刃』。唯一の特徴といえば、刃の側面に刻まれた…………『666』という数字だけ。

 オウルはそれを……己の胸元に、向けた。

 そして、肉体へ突き刺す寸前に手を止め、秀人たちのほうを振り向き……………………

 

 

「…………怖がったりしたら、泣いちゃうぞ」

 

 

 泣き笑いながら、突き刺した。

「う………!」

 どくん、と、無機物であるはずの刃が、胎動する。

 そして……

 

 

「……ぅうウゥおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 

 

――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ……!!!

 

 魔力の旋風が吹き荒れ…………その旋風の中、オウルの姿が変わる。

 

――肌は赤銅色に染まり。

 

――隆起した体組織が、外骨格のように硬化し。

 

――容積はそのままに、筋繊維が密度を増し。

 

――爪が、牙が、野獣のように鋭く尖り。

 

――二本の角が、額より突き出した。

 

「……ふシュうううううううううううううう…………!!」

 面影は、半分以上が隠れた顔立ちと、ボサボサのの茶髪のみ。

 見た目は…………あらゆる物語に登場する、悪の象徴…………『鬼』、だった。

 その顔で、秀人のほうを見る。

「ひでト…………ウチが、コわいか……?」

 恐れるように。怯えるように。…………救いを、求めるように、聞く。

 一切のごまかしようも無い、変化。その異形を目の当たりにした秀人は…………

 

「……かっこいいじゃん」

 

 にやっ、と、不敵に笑った。

「フッ…………ダろう?」

 笑みで返したオウルは、守護騎士に向き直る。

「……そウいえバ、名乗ッテいなカったな、騎士」

 ……ぴくん、と、守護騎士が反応した。

『………………ワタシヲ、マダ……キシ、トヨンデクレルカ』

 その言葉には……悲哀と、感謝があった。

「オまえは、あのふぃールドをテンかいしている最中、動こうト思えばウゴけたはずダ」

『……』

 沈黙は、肯定。

 彼は、主に使役されながらも、必死に、己の誇りを貫こうとしていたのだろう。

 その姿は、見紛いようも無いほど、騎士だった。

『…………ユクゾ』

 

――目の前にいるのは、正真正銘の『化け物』だ。

 

 腕の数とか、形状とか…………そんな低次元の枠を遥かに飛び越えた、常識外れの、怪物。敗北は必至。無意識に心臓を鼓動させるかの如く、容易く、瞬時に、オウルは守護騎士を葬るだろう。

 だが、オウルは…………守護騎士の誇りを、尊んだ。

 

「時空管理局・特殊案件処理専門・独自権限保有『凶鳥部隊』部隊長……………………

 

オウル・『エクリプス』。

 

推して参る」

 

 ……決して名乗ることの無かった己の性を、告げた。

 

『シテンノショマモリシ、シュゴノツルギガヒトフリ……ワガナハ…………

 

――――我が名は、『シグナム』!!

 

……参る!!!!』

 

 守護騎士の構えは、6本すべての手で大剣を握り締めた、大上段。

『…………ハアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

――ダンッ!!

 

 僅か一歩で、オウルとの距離をゼロにまで縮め……

 

――……ヴァオンッ!!!

 

 超高速・超重量・超威力で、振り下ろす!!

「!! オウルッ!!」

 想像を超えた斬撃に、秀人が思わずオウルを案じてしまう。

 

――バキャアアア………………ッッ!!

 

 ……大剣が……それを保持する六本の腕が……付け根にあったボディが…………砕け散った。

「…………」

 守護騎士の後に、右腕を振りぬいた体勢の、オウルが佇んでいた。

 

 ……まさに、瞬殺だった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「…………すげぇな」

 秀人は、感嘆の呟きを漏らした。

 オウルは、しばし佇み……

「………………うっ!」

 胸を押さえ、膝を折った。

 それを、脇から秀人が支える。

「大丈夫か……?」

 やはり……と、秀人はどこか納得した表情だった。

 あれだけの力を発揮することに、何の代償も無いはずが無い。そして、代償とは恐らく…………

「オウル、その右目…………」

 

――オウルの右目は、瞳孔を開き…………光を、失っていた。

 

「あはは、バーレちまったか」

 ……五感の喪失。味覚・嗅覚が無い、ということは、以前にも聞いていた。

 きっとそれも、先ほどの変身を行ったからなのだろう。

「ま、かたっぽ残ってるし、よしとするか」

 そして…………二人は、守護騎士と対峙した。

『わたしの、負けだ』

 兜までも砕けた、精悍な顔立ちの青年が、見上げてきた。

「待ってろよ、すぐ……」

『いや、無用だ』

 秀人が蒼炎を発動しようとするのを、制した。

 何故……という疑問に、目の前の光景が答えてくれた。

「お前……身体が、」

 

――守護騎士の身体は、パズルが分解されるように、崩れ始めていた。

 

『わたしは、消える。元々、改変されたイレギュラーな騎士だからな。自己修復プログラムなど上等な物、初めから組み込まれていない。 ……バックアップも無いし、データの断片に戻るだけだろうよ』

 だがその顔は、どこか晴れ晴れとしていた。

『お前たちには、感謝している。私は、最後の最後に…………騎士として、誉ある戦いをすることができた』

「……どうにも、ならないのか?」

 まだ、生存への道を模索する秀人に、守護騎士が告げる。

『断片データをかき集め、よしんば再構築されたとしても、見た目や性別が、違っているやもしれん。記憶も、大部分は継承されないだろう』

 どうあっても、それは無理らしかった。

 悔しそうに拳を握る秀人。

 

『だが……生まれ変わろうとも、私は、私。守護騎士が一体、烈火の将シグナムだ』

 

 秀人は、砕け、中途から喪失した守護騎士の腕を取る。

「…………お前の四刀流、凄かったぞ。今度また、サシでやろうぜ」

『ああ。土を味わうことを、覚悟しておけ』

 

 オウルは、ガシガシと茶髪を掻き毟る。

…………最近、秀人は知ったが、これは彼女の照れ隠しだ。

「お前のようなキワモノ、ウチら以外に受け入れてくれる奴なんかいないだろう。…………いつでも訪ねてくるがいい」

『ああ。……ヒヨッ子どもを、鍛え抜いてやろう』

 

各々……別れと、約束を済ます。

 とうとう、彼の身体は宙に散っていき…………

 

『……オウル、秀人。 いつか  、会える を、楽 みに    ――――

 

 ……風と共に、消えた。

「……………………帰ろうぜ」

「…………………………うむ」

 

 ……こうして、秀人の凶鳥部隊での最後の任務は、幕を閉じた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 あれから、一日あまり。

 疲労の度合いを鑑みて、秀人たち(クロノ・ユーノを含む)はまだ、凶鳥部隊の隊舎にいた。

「秀人」

 クロノが、秀人の部屋にやってきた。

 ……なぜか、あちらこちらに生傷がある。その視線に気付いたのか、クロノは目を逸らした。

「…………アーデルハイドに、追われていて……頭髪を、頭蓋ごと寄越せと………………」

「…………ドンマイ」

 クロノも、目をつけられてしまったらしい。

「で、本題は?」

 クロノは、気まずそうに…………告げた。

 

「…………闇の書の主が、特定されたよ」

 

 ベッドから飛び降りる。

「……!! 本当か!」

「…………ああ」

 が、クロノに喜んだ様子は無い。

「……クロノ?」

「…………もう、戻ってもいい頃だろう。戻ったら…………艦長から、説明を受けてもらう」

「……?」

 今ここで直接言わない、その回りくどさが気になったが……秀人は、頷いた。

「あと一時間ほどで、出発しよう。それまでに、準備を済ませておくといい」

 そして、クロノは退室していった。

 

 準備……と言われ、艦内をぶらついていたところ、食堂から騒がしい声が聞こえてきた。

「ねーねー、ししょー!!」「ししょー……」

「師匠じゃないってば………………あ、秀人」

 ユーノだった。

 なぜか双子に絡まれ、困っていた。

「あ、お兄ちゃん…………」「…………」

 双子は、秀人の顔を見るや、ぱっと離れていってしまう。

 ここを出て行く……ということを、察しているらしかった。

 ぱたぱたぱた……と、食堂から出て行く。

「…………秀人」

「…………何、話してたんだ?」

 ユーノに、話を振る。

「うーん……大したことはしてないけど…………二つ三つ、治癒魔法を教えてあげたら、『師匠』って呼ばれるようになっちゃって」

「ああ……あの二人、オウルの怪我に、何も出来なかったのが相当悔しかったらしい」

 銃撃一辺倒だったのが、変わるものだ。

「そろそろ行こうって、クロノが……」

 と、出て行ったはずの双子が、何かを抱えて戻ってきた。木箱だ。

「 「 お兄ちゃん、はいっ! 」 」

 その木箱を、秀人に押し付ける。

「……俺に?」

 それを、かぱっと開ける。その中身は……

「…………拳銃?」

 ハンドガン……というにはやや大きな、銃身の長い、変わった形状の銃だった。

「ラーファたちが作ったの! ワンオフだよ!」「……クライアたちが考案した、『銃』という武装の理想形…………」

 更に木箱には、もう一つ……黒い革製の、ホルスターも入っていた。

 腰に巻き、銃を収める。

「ぴったりだ!」「似合ってるよ……」

「……ありがとうな。大事にするよ」

 そこで、秀人は気付いた。

 ホルスターには、用途がよくわからない、穴のようなものが外付けされている。

「きっと、何かの役に立つよ!」「うん…………絶対に」

 

「 「 またね、お兄ちゃん 」 」

 

 ラーファは、不自然なまでに明るく。クライアは、無意識な涙を流し。

 秀人を、手を振って見送った。

 

「あら、秀人…………」

「ゲッ……!」

 アーデルハイドと、角でばったりと鉢合わせた。

「む。失礼ね………………アーデだって、人並みに傷つくのよ?」

「悪い悪……いィッ!?」

 

――シュカンッ!!

 

 空振りしたメスが、壁を切り裂いた。

「ちっ……はずしたわぁ…………」

「最後までそれか!!」

 突っ込んだ。

「ま、それはさておき」

 メスをポケットに仕舞い…………深々と、頭を下げた。

 

「オウルを怖がらないでくれて、ありがとう」

 

 ……突然のことに、秀人は反応に困ってしまった。

「オウルは、あの姿をとても嫌っていて…………本当なら、使いたくなんて無い筈だから……」

 更に言えば、五感をランダムに喪失してしまうリスクもある。

「…………でも、オウルの失った五感は、アーデがかならず回復させてみせる」

「…………はぁ」

 秀人は、仕方ない、とばかりにため息をつく。

「貸せ」

 そのポケットから、メスとシャーレを取り出す。

 そして……

「……っ!」

 腕の肉を削ぎ、シャーレに入れる。

「ほれ。……多分、何かの役に立つだろ」

 秀人の体。その回復力の謎さえ解明できれば、きっとオウルの治療に役立つはずだ。

 アーデルハイドは、それを大事に受け取った。

「頼んだぞ。主治医」

 

「ええ。オウルはアーデの、大事な大事な……………………お友達ですもの」

 

 

 

「…………行くのか」

 壁にもたれるように、オウルがいた。

「ああ。世話になったな」

「…………少し、いいか」

 そしてオウルは、厳しい表情となり……言った。

「あの波動には気をつけろ」

 

 ……今後、あれと同質の攻撃を使う敵が出てきても、おかしくは無い。

「……煙草、カートンで貰って行っていいか?」

今回は、忘却剤で凌いだが……

「…………もう、抗体が出来てしまっている。二度は通じない手だ」

 オウルは、ぎゅうっと、組んだ腕に力を込めた。

「あの波動を浴びたら、今度こそお前は……………………」

 言いよどむオウル。

「ま、何とかなるだろ」

 軽く言い、カラカラと笑った。

 

「俺、そういう身体だし」

 

 …………誰が何をいくら言っても。泣くほど案じても。

「……」

 秀人のそういうところだけは、揺らがなかった。

「……この二週間、ご苦労だった。あの黒チビの元に戻ってからも、達者でいろ」

 …………その瞳の奥に、一体どれほどの闇を抱えているのか。

 

「迷ったら、また来るが良い。お前は、凶鳥部隊の一員なんだからな」

 

 ……せめて、彼の『逃げ場』となれるように。オウルは、そんな言葉を贈った。

「ああ、オウルも元気でな」

 

 

「さて…………戻るとするか」

 転送装置の前に、秀人たち三人が集まる。

 だが秀人は、誰かを探すように、きょろきょろと辺りを見回していた。

「……カレン、いないのか」

 最後に、挨拶くらいはしておきたかったのだが、どこにも見当たらなかった。

 ブラックバードを置いてあるガレージにも、部屋にも、リビングにも…………

「…………嫌われちゃったか」

 がっくりと、肩を落とした。

 濃密すぎる二週間。常に傍らにいたカレン。忘却剤を盛られたり、散々な目に遭わされもしたが、彼女は間違いなく、秀人にとって大事な友人だった。

「時間だ」

 

――ビュイイイイ…………

 

 転送装置が起動する。

 秀人たちの身体が、光に包まれ………………

 

――――……ビュンッ!!

 

 突然、細長い物体が投げつけられた。

「……っとォ!?」

 ギリギリ受け止める秀人。

 その物体とは……………………黒い鞘に収まった、刀だった。

「……! カレン!」

 光に包まれ、薄れていく視界の中……廊下の曲がり角から、こちらへ向かってヒラヒラと振られる手を見た。

 

「…………またな! ここでの生活、結構楽しかったぞ!」

 

 言い終わるのと同時……視界が、光に埋め尽くされた。

 

 

 

「……行ったな」

「……………………ちぇっ」

 ぶすー……っと、ふくれっ面のカレンのもとに、コーヒーを片手にオウルがやってきた。、

「ヒデくんの一番は、私じゃないのかよ…………」

 いじける、という姿を、初めて見た。

 ぽんぽん、とその背を叩く。

「あいつにとっては、誰もが『一番』なんだよ」

 そして、遠くを眺め…………

 

「……『自分以外』は……な」

 

 僅かに垣間見た、彼の瞳の奥を想起した。

「…………はぁ~……」

「どうした?」

「いや、たいしたことじゃないんだけど」

 やはり、意地を張ったことを後悔しているのか……と、オウルは思ったのだが……

 

 

「ヒデくんの子供、産みたかったなぁ…………」

 

 

――ぶふぉっ!!

 

 

……オウルが、派手にコーヒーを噴き出した。

 

 

 

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