魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
…………とうとう復活した、闇の書の意思。再び、『闇統べる王』へと変化した、はやて。
「…………想定外、だ」
片足を失った仮面の男が、息も絶え絶えに言った。
仮面の男を睥睨するはやて。その血色の瞳には、常軌を逸した憎悪が、立ち込めていた。
「……………………闇に、染まれ……」
――――グオオオオオオオオオオオッ…………!!
促されるまま、莫大な魔力を解き放つ。
数ヶ月前に匹敵……いや、下手をすれば、それ以上の…………
「八神…………なんで、あなたが…………」
いけ好かない奴だとは思っていた。
口は悪い。態度は悪い。意地汚くて、乱暴者。
なのに、意地っ張りで素直じゃなくて、負けず嫌いなところがあって…………
「……」
ふらふらと、上空のはやてに向かって手を伸ばす。
『なのはさんッ!!』
事態を受け入れられず放心していたなのはの耳に、フィアットの声が届いた。
「!!」
ハッ、と正気に戻ったのと同時、レイジングハートが状況を判断する。
『マスター、距離を取って! あれは、空間殲滅攻撃です!』
「……フェイト、アルフ!」
「うんっ!」「あいよ!」
空間殲滅。ユーノやクロノから、そういった類の魔法がある、ということは聞いていた。
だが、いずれにせよSランク相当の超が付く高等魔法で、更には適正が無ければ修めることすら困難。高い魔力と、天性の資質があって初めて、実戦に耐えうるようになるというスタートラインの遠さから、今では殆ど使い手のいない魔法だという。
それだけに、威力は強大かつ絶大。
シールドでは一面しか防げないため、防ぎきることは難しく、高出力のフィールドを展開するか、全速力で振り切るしかない。
フェイトは防御がそれほど得意ではなく、アルフもどちらかといえばアタッカー。防御するなら、適任はなのはだが、今はまだ、蒐集の後遺症もあって、全盛期の防御力は期待できない。
下手に防御するより、逃げた方が安全だ。その注意が、仮面の男に向いているうちに。
フェイトに抱えられ、高速移動魔法で距離を離す。
「……八神!」
つい、呼んでしまった。
咎めたかったのか。問い詰めたかったのか。何故かは、なのは自身にも分からなかった。
「…………」
血色の瞳が、遠ざかっていくなのはを捉える。
「………………………………高町?」
その名が出てくるのに、若干の時間を要したのは、頭を埋め尽くす、憎悪のノイズの影響だ。闇の書は、所有者の感情を増幅し、魔力に付与する。
「……誰、だっけ…………?」
封印されていたことで取り戻しかけていた、真っ当な感情を、記憶を、上書きしていく。
『瑣末ナコトハイイ。サァ……守護騎士ノ仇ヲ、喰ラウノダ!!』
ぞくんっ……!
「あ、あああ………………ディ、アボリッ、ク…………!」
身震いするほどの憎悪に突き動かされ……はやては、チャージを終えた魔力スフィアを解放する!
「…………エミッション!!」
――――――――――――!!!!!!!!
闇色の球体が、音も無く拡大していく。
「くそっ……! 予定外にも程がある!」
感情を殺すことすら忘れ、仮面の男の片割れ…………魔法に特化した一体が、防御を展開する。
……手本のような術式。理想的な魔力配分。まず遭遇することの無いであろう、空間殲滅攻撃に、仮面の男はよく対応したと言える。
惜しむならば…………
――ガリ、ガリガリガリガリガリ………………!!
「ぅ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ…………!!!」
……惜しいのは、はやての振るった魔法が、一般的に認知されている空間殲滅攻撃の常識を超えていた、ということだ。
――ガリガリガリ……バキッ!!
……防御を、紙屑のように噛み破った闇の魔力が、仮面の男の身体を捉える。
――ゴリッ、ゴリュッ……!!
「ご……が、がァあ……!」
身体を食い散らかされ、悶える。
最早ここまで。そう、諦めかけていた時だった。
「うああああ!!」
悲鳴が、聞こえた。
『……何ヲ、シテイル! 我ガ主!』
はやてだ。
「ちが、う……! 違う、違う、違う!!」
拒絶反応を起こしたかのように、頭を抱え、髪を掻き毟り………………そのたびに、白銀の髪が黒く明滅し、はやての姿がオーバーラップする。
「消、え、ろォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
一際強い叫びと共に……
『オ、オノレ……! 今一歩のトコロヲォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………!』
――バシュウウッ……
…………甲冑が、宙に溶けて消え、同じく、攻撃魔法も消えた。
残されたのは、生身のはやて。
「………………私は」
へたりこみ、呆然としている。
「私は、何を…………?」
守護騎士『殲滅者』を使い捨てた輩を叩き潰す。その意思に、違いは無い。だが、戦闘区域に現れた仮面の男を目にした瞬間…………自我を、失った。
「高町と…………テスタロッサと使い魔を、巻き添えに……?」
いっそ心地よいまでの憎悪が心を満たし…………唆されるままに、牙を剥いた。
「……何なんだ」
ぶるっ、と震える。
「……何なんだよ、お前は!!」
はやては初めて…………己に巣食う闇の書に、疑心を覚えた。
『我ハ、闇ノ書ノ意思…………『てんたとれす』。我ガ主。汝ノ憎悪ヲ糧ニ、我ハ写シ身ヲ得タ』
「写し身だと!? お前は、私の道具だ!!」
『ソウ。我ハ、汝ノ道具ニ過ギズ………………ダガ、汝モマタ、我ノ道具ナノダ』
……魔導具と所有者。
それは本来であれば、絶対的な主従関係にある。所有者が居なければ、魔導具は単なる物品に過ぎない。
だが、闇の書は…………自ら主を選定し、逆に使役することを可能としている。
『我ハ、汝ノ願イヲ叶エヨウ………………汝自身ヲ、供物トシテ。我ガ主ヨ、我ト、汝ハ…………』
――対等ダ。
それだけ言い、テンタトレスは沈黙した。だが、はやてにはそれを問いただす気力は、残されていなかった。
「主っ!」
そして、ようやく追いついてきたリーゼ。傷だらけのはやてを見て、苦渋に顔を歪めた。
「…………リーゼ」
覇気の欠片も見当たらない。
「………………勘違い、するところだった」
一般人に溶け込むような生活。
人間らしい生き方。
真っ当な価値観。
常識的な社交性。
それらは、知らぬ間に、はやて自身を浸食し………………過去を振り返るという行為を、忘却させていた。
「主……!」
リーゼが、はやてを抱きしめる。その腕の中…………はやては、搾り出すように、言った。
「私は………………殺人鬼だったんだ」
◆ ◆ ◆ ◆
「くっ…………馬鹿な! 早すぎる!」
ある一室で、恰幅のいい将校…………レジアスは、モニターが設置されていたデスクを叩いた。
「このままでは、あの子が……伊吹と、火乃香の娘が……!」
コンソールを操作し、指示を出そうとしたが…………
――――ビーーーーーーーーーーーーーーッ!!
……画面いっぱいに表示される、『権限がありません』という、無機質な一文。
「何……!?」
――バンッ!!
そして乱暴に扉が破られ、突入してきた武装局員に包囲される。
「貴様ら、どういうつもりだ…………」
局員の一人が、デバイスを構える。
「…………命令により、拘束させて頂きます」
努めて無表情を装ってはいるが…………その奥には、葛藤が見て取れた。
「残念だよ、レジアス」
……輪が開き、その声の主が現れる。
「やはり貴様か…………………………グレアム」
グレアムは、仰々しいとさえ感じる口調で、レジアスを糾弾する。
「まさか君が、闇の書の主と通じていたとは」
…………闇の書の主、八神はやて。彼女のに資金を援助し、法的後見人になり…………通じていると言われてしまえば、否定する材料が見当たらない。
――私的に犯罪者と通じ、その情報を隠蔽した局員を、当局が拘束する。
何一つ、誤りは無い。正論だ。正攻法だ。管理局員として正しい姿だ。
「罪状は…………言わなくとも、分かっている筈だろう?」
まるで……過ちを犯した友人を、諭すように。
…………正攻法を、ここまで悪辣に利用する者がいようとは。
舞台役者のように、台詞を読み上げる。
「そんなにも、失った魔力を、取り戻したかったのか……? 陸戦SSランクが、そんなにも惜しかったのか!!」
ぴくりと、レジアスの眉が僅かに動く。
「君は、今度は故意に、あの地獄を……………………局地大災害を、再現しようというのかっ!」
――ゴンッッ!!
……グレアムが壁に背を打ちつけ、崩れ落ちる。
「がっ……!」
鼻が明後日の方角を向き、ぼたぼたと口や鼻から血を垂れ流していた。
「…………前から思っていたことと、言っておくことがある」
振り抜いた腕を、ゆっくりと下ろす。砕けた枷が落ちる乾いた音が、耳朶を打った。
「オレは、貴様が気に食わん」
そして、後者は。
「……あの小僧を、舐めるな」
…………レジアス・ゲイズ少将、逮捕。
このニュースは、瞬く間に管理局に広まった。
◆ ◆ ◆ ◆
傷ついたはやてを背負い、リーゼが歩く。
先ほどから、広域サーチが間断なく発動されている。管理局が、はやてを探しているのだろう。
転送魔法を使えば、その痕跡から座標を特定される。そして、広域サーチは、海鳴市全体をカバーしている。炙りだされるのも、時間の問題だった。
「力を手に入れたつもりで、力の奴隷にされていたなんて…………ははっ、王が聞いて呆れるわ。所詮、私なんて、ただのちっぽけな犯罪者じゃないか…………」
ぶつぶつと、誰が聞いているわけでもないのに、自虐する。
繁華街の一角、人気の無い廃ビルに辿りついたリーゼは、比較的清潔さが保たれた一室に、はやてを匿った。
はやても限界だったのか、泥のように眠りについている。
「大丈夫、大丈夫です、主…………リーゼが、傍におります」
何度目かのサーチの発動後の一瞬で、リーゼははやてに、魔法を仕掛けた。
「――隠蔽術式、自動制御」
はやての魔力の気配を、徹底的に隠蔽する。はやてにも、使えないことは無いが…………今は、闇の書をこれ以上、活性化させないことの方が大事だ。
「……う!」
ズキン、と、胸の痛みを覚え、リーゼは蹲った。
(干渉が、予想以上に強い……!)
だが、ここでやめるわけにはいかない。次のサーチが来るまでに、術式を完成させなければならない。
「…………我が主。あなたは、私が必ず…………うぁああああああああああっ!!」
術式を完成させたのと同時…………リーゼが人型を保てなくなり、猫の姿になった。
「主………………」
――雨が、降り始めていた。
「…………リーゼ?」
目を覚ましたはやては、真っ先に己の使い魔を探す。
「リーゼ!?」
それは、すぐに見つかった。
「…………」
魔力を限界以上に使い、猫の姿に戻り…………はやての膝で、丸まっていた。
使い魔にとって、魔力は生命そのものだ。一刻も早く回復せねば、リーゼは死んでしまう。
だが、リーゼはどういった仕掛けを施したのか、リーゼとはやてを繋ぐ魔力のラインは、ギリギリにまで引き絞られていた。……はやてのリンカーコアを、それに巣食う闇の書を活性化させないために、あえて供給を止めているということに気付き……はやては、歯噛みした。
続いて、自分のいる場所を確認する。
「…………」
どうやら、打ち捨てられた廃ビルのようだ。雨風は凌げそうだが、薄っぺらい毛布一枚だけでは、防寒の足しにもならない。
「……今更、戻れるかよ」
思い浮かべたのは、あのアパートの一室。
「………………」
あそこに戻ったとしても、待ち構えているのは管理局員だ。
あの大家にしても、殺人者である自分を、迎え入れてはくれないだろう。
「美香…………!」
心配なのは、あの小さな友人のことだった。
彼女に魔法を授けたということは、既に管理局に割れている。
アースラの連中は、そこまで非人道的な真似はしないと信じたいが、確証は無い。
「……………………」
行って、どうなる。
待ち伏せている局員と、一戦を交えるか?
それとも、美香を連れ出して、手元に置くか?
「……馬鹿か、私は」
今、美香のためにできることは…………何も連絡を取らず、彼女の嫌疑が晴れることを待つだけだ。
「月村……バニングス……葉山……八代……」
思い浮かぶのは、日常の面子。
…………そこまで考え、またはやては自嘲した。
「私も、未練がましくなったもんだ……」
ほんの半年前まで、誰とも関わらず、誰にも接することなく……それを孤独と感じることも、忘れていたのに。
「…………忘れよう」
夢から、醒めただけだ。元に、戻っただけだ。
――それでも、夢想してしまう。
もし、自分が普通の小学三年生の子供だったら。
もし、魔法のことも知らず、日々を過ごしていたら。
もし、別の形で、秀人やなのはと出会っていたら。
「…………!」
ぐっと、こみ上げてくる感情を押し殺す。
(この甘えが、どういう結果を招いた……!!)
仲間が欲しいという甘えが、美香を危険に晒している。
美香だけではない。リーゼもこうして消耗し、回復の手立てすら見当たらない。
美香も、リーゼも…………元はといえば、『仲間が欲しい』という、はやての我儘だ。
「………………」
携帯電話が、ポケットに入っていた。
「…………」
メモ帳を起動し、かちかちと何かを入力し、リーゼの傍に置く。
(もうこれ以上、誰かに頼ったらダメだ。関わったらダメだ)
――だから。
「………………テンタトレス」
『……ドウシタ、我ガ主ヨ』
返事は、すぐにあった。
「リーゼに魔力を」
『ヨイノカ? 追ッ手ニ、捕捉サレルゾ?』
「いいよ、別に」
『……ヨカロウ』
――パキンッ。
テンタトレスは、リーゼの施した仕掛けを呆気なく破壊し、再び魔力のラインを繋げ、魔力を注ぎ込んだ。
「…………次元転送」
はやては、転送魔法を発動。座標は、デタラメに……………………リーゼを、置いて。
――――。
はやては、その場を去っていった。
「…………主!?」
目を覚ましたリーゼは、主の不在を知った。そして、己の中に漲る魔力と、その理由も。
「…………………………主、何故ですか」
遠巻きに、局員と思しき魔力反応が、この廃ビルを取り囲んでいるのを感じても…………リーゼは、その場を動けなかった。
「何故わたしを、連れて行って下さらないのですか!!」
傍に置かれた携帯電話の画面には、短く、入力されていた。
『秀人を頼れ。お前は自由だ』
――季節は間も無く、冬を迎えようとしていた。