魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「、リイン、フォース……」
その聞き覚えの無い、無限書庫にも無かった名に、ユーノは首をかしげた。
「そうか……お前は、ずっと……」
ヴィータが、それを察した。
「攻撃特化のテンタトレス、防衛特化のリインフォース。二つのプログラムを並列に走らせ、隙の無い布陣とするのが、闇の書…………だった」
「『だった』?」
その付け足されたかのような過去形を、秀人が指摘する。ヴィータが、それに補足する。
「ああ。アタシは、闇の書の誕生の経緯をよく知らないからさ…………でも、アタシの覚えてる限りのことを、話そうと思う」
「……いいのか?」
秀人が、気遣うように聞いた。
今まで、触れるべきではないと判断して、敢えて誰も踏みこまなかった話。
だがヴィータは、今が話すべき時だと判断したらしい。
「………………何代目かは、知らない。初代だったのかもしれないし、違ったかもしれない。とにかく、以前の闇の書の主が、そのプログラムに改変を加えて、歪めちまったんだ。元々は、テンタトレスも、リインフォースも、ベクトルが違うだけで、同等・同格だったのに…………」
悔しそうに、拳を握る。
「リインフォースの……防衛のための領域の大部分を、攻撃用のテンタトレスに振ってしまった」
攻撃5、防御5のバランスを、攻撃9,防御1に……バランスを、崩された。
「テンタトレスは、初期とは比較にならない攻撃能力と、多様な力を得た。……………………『主の生命を守る』という大前提を、代償に」
確かに、攻撃力は絶大に増加する。だがそれは…………
「……そんなもの、欠陥品だ」
クロノが、渋面を作る。
『ええ。…………常時、主の限界での活動を求めるようなものです。デバイスとしては、下の下。論外です』
「……それ考えたやつ、間違いなくばかなの。そんなもの、デバイスでもなんでもない、ただの時限爆弾なの」
レイジングハート、アイのデバイス姉妹は、揃って辛辣だ。
「ああ。……だから、闇の書は、呪われた魔導書なんて呼ばれてる」
その改変こそが、現代まで続く、闇の書の呪いの、正体。
そこまで言われ、気付いた。
「守護騎士プログラムって……」
ヴィータは、頷いた。
「アタシたちは、テンタトレスに造られた端末だ」
端末。そのあまりに無機質な単語に、誰もが沈黙する。
「テンタトレスは手始めに、己が受肉するまで、その意思を代行するものとして、端末を作ることを考えたんだ。蒐集した優れたリンカーコアを媒体に、召喚魔法を応用して」
ふっ、と自嘲する。
「…………もしかしたら、どっかにアタシのオリジナルがいたのかもしれねぇな」
だがそれも、確認しようが無い。
「アタシが造られたその時から、闇の書は、現在と同じだった。無差別に魔力を、リンカーコアを食い散らかし、主のキャパシティを超える魔力を与え、自滅させ……その力を保ったまま、次の主の元へ転生する。次の主に選ばれるのは、前所有者を超えるキャパシティを持つ…………要は、より優れた資質を持つ人間だ」
所有者を自滅させるほどの力を持ち、さらにそれをスタートラインとすることで、雪だるま式に力を増大させていく。
「…………その崩れたバランスの中で、私は、主を守ろうとしていた」
「けど、皮肉だった。リインフォースが受肉できるだけの力を得られた時には、もう……」
そこで、黙ってしまう。
だが、言わずとも分かってしまった。
「それは……つらい、ね」
フェイトが、眉根を寄せる。
「…………ボクだって、あのとき、おかーさんをたすけられていなかったら…………すっごく、つらかったとおもうもん……」
もしもあの時、救いの手が届かなかったら…………プレシアが、虚数空間の中に、消えてしまったとしたら。
「…………ぐすっ、」
想像しただけで、涙ぐんでしまう。
だがそれを……リインフォースは、何度も何度も、味わってきたのだ。
「……ふぇええん」
「おいおい、泣くなよ…………クライアじゃあるまいし……」
秀人は、いよいよ本格的に泣き出してしまったフェイトの頭を撫でる。
「もー……」
なのは達は、会議を中断し、フェイトをあやす羽目になった。
「…………テンタトレスも、可哀想に」
秀人が呟いた一言に、リーゼ、ヴィータは耳を疑った。
「テンタトレスが可哀想って…………どうして?」
ヴィータにとって、テンタトレスは恐怖の対象でしかなかった。
自由意志も許されず使役され、記憶を持つことさえ許されず、道具として何度も使い潰されてきた。捨て駒として討伐されたことも、一度や二度ではない。
そして使役された果てにテンタトレスが目覚めれば、最後は養分として、全身を魔力に還元され、肉体を失ってしまう。
「あいつは、呪いの元凶だぞ!? あいつを破壊しない限り、闇の書は何度だって蘇って、また犠牲を増やし続けるんだ!」
破壊すべき。それが、大部分の意見だった。
「…………そりゃ、そうだけど」
フェイトの頭から手を離し、頬を掻く。
「…………でも、元はリインフォースと同じ、主を守るために生まれてきたんだろ? リインフォースが主を守れない、ってのも、わかるけど…………」
ふう、と息を吐き、腕を組む。
「…………守るべき主を、殺し続けなければいけないテンタトレスは、どんな気持ちなんだろうな」
神妙に黙り込む秀人たちを横合いに、フェイトは大泣きモードだった。
「ふぇええええん……!!」
感受性の強いフェイトには、ショックな話だったのかもしれない。
「大丈夫かなぁ、この子…………」
なのはは、フェイトが独り立ちできるヴィジョンを、思い浮かべることが出来なかった。
――――――ほんとに。おちおち寝てもいられないよ…………
……ふと、そんな声が秀人の耳に届いた。
「――――え?」
きょろきょろとあたりを見回すが、室内の面々に気付いた様子は無い。……その声を拾えたのは、どうやら秀人だけだったようだ。
「………………すー」
ふと顔を戻すと、つい今まで泣いていたフェイトは、アルフの膝の上に頭を置き、寝入っていたのだった。
リーゼは、場が落ち着いてから、再び話し始めた。
「……私はこうして、奇跡的にも、テンタトレスよりも早く、主より『名』を賜り、独自の行動を起こすことが出来た。秀人。あなたが、テンタトレスを、封印してくれた。だから……私は、何を置いてでも、主の、ために………………」
「……わかった。もう、無理はしなくていい」
秀人が、リーゼを休ませる。クロノに連れられ、リーゼは、アースラへと戻っていった。
……はやてが見つからないまま、数日が経過した。
学校から帰り、やや陰鬱な気分のまま、食事の準備をする。
「……一応、クロノ達の分も作っておくかな」
何故か、クロノとエイミィはアースラへ戻らず、アパートの空き部屋を借り、そこで寝泊りをしていた。ヴィータやユーノも出入りしているため、恐らくは情報の整理などをしているのだろう。
「……うー……むずかしい……」
「ほら、もう一回書いてみろ」「頑張ろ、フェイト!」「ぐぬぬ……ヘルクラウダーが倒せないの……!」
食事を待つ部屋の中、秀人とアルフはフェイトの国語の宿題を見てやり、アイは知らん顔でテレビゲームをしていた。
いつも通りの、日常。だがそこに、ぽっかりと穴が空いている。
「…………あ、作りすぎちゃったかな?」
無意識に、クロノとエイミィの分に加えて、更に二人分ほど多く作ってしまっていた。
そして、ちらっとドアを見る。待っていれば…………
『おい高町、メシくれメシ! あのジジイの精進料理だけじゃ足りねーよ!』『も、申し訳ありません……なのは』
そう言って、リーゼを引っ張るようにして、はやてが食卓に乱入してくることが、多々あった。
「…………あの、ばか。どこで道草食ってるのよ……」
…………余分な取り皿を、食器棚に仕舞う。
「おーい! いるかーい!? いるねー! いーれーてー!」
…………寸前。遠慮のない大声が、玄関から聞こえてきた。
「……この声、まさか……」
なのはは、その声に聞き覚えがあった。
がちゃっ、とドアを開けると、やはり、その人だった。
「ハイ! おっひさしぶりだネー!」
じゃらじゃらと、身に付けた大量のアクセサリーが揺れて、やかましく鳴る。
「奈々さん!?」
アクセサリーショップ店長、田上奈々だった。
「げ…………あんたか」
「げ、とはご挨拶! いつまで経っても取りに来ないから、デリバリーに来ちゃったヨ! お邪魔しまーす!」
そのまま靴を脱ぎ捨て、ずかずかと上がってきた。
「ひっ……!」
闖入者に驚いたフェイトが、アルフの背に隠れる。
「んー? 子供発見!」
人見知りだということを察したのか、卓袱台を挟んで座った。
「奈々ちゃん、子供が大好きだからね。いいもの見せてあげるヨ!」
ことんっ……と、机の上に置かれる、小さな円盤状のネックレス。赤く着色された本体に、金の縁取りがされている。レリーフには、鳥類のレリーフのようなものが刻まれている。
「わ、タカメダルだ!」
ぱっ、と目を輝かせる。
「ふっふっふ。奈々ちゃん、年甲斐も無くライダーに夢中でネ! 作っちゃった!」
「すげ……ダイキャスト?」
秀人も、その出来のよさに驚いていた。
「まっさかー。奈々ちゃん、銀細工以外はマトモに作れねーよ」
ケラケラと笑う。
手で促され、そのメダルを手に取るフェイト。
「あれ…………ヒビ?」
その中央に入った、不自然な亀裂を見つける。
「よくぞ気付いた!」
奈々は、その亀裂に手をかけて…………
――パチンッ!
メダルを、真っ二つに割った。どうやら、マグネットか何かを仕込んでいるのだろう。
「タカメダル、最終回モード!」
「 「 お、おおおおおお!! 」 」
何で割れたら最終回なんだろう……という、なのはの疑問をよそに、秀人とフェイトの興奮は最高潮だった。
「すげー! ほしー!!」
「やるじゃん!」
「ふん、二人とも、まだまだがきなの」
「ボスに勝てなくて地団駄踏んでるあんたが言うことじゃないよ、それ……」
アイが鼻で笑い、アルフが突っ込んだ。
「うるさいの! このヘルクラウダー、しんくうはでこっちのHPを三分の一近く持って行きやがるの! むっかつくの!」
「じゃあ、低レベルクリアなんて縛りやめなよ……」
「何じゃ、騒がしいのう…………」
わいわい騒いでいるところに、大家がやってきた。
部屋の中を見渡して…………奈々と、目が合った。
「……………………お主、」
「…………………………、」
奈々は、先ほどまでのハイテンションもどこへやら。メデューサに睨まれたかのように、静止していた。
「…………ぴぎゃあああああああああああ!!」
突如として怪鳥の叫び声を上げ、窓に突進した!
「待ていっ!!」
素晴らしい初動だったが、当然、大家から逃げることは出来なかった。
「うわーん! ごめんなさいごめんなさい!」
首根っこを摑まれ、卓袱台に座らせられる。
「おいおい、爺さん……奈々を知ってるのか?」
「うむ。ちょっとした知り合いでのう………………さて、奈々」
名を呼ばれた奈々は、涙目でぶんぶんと首を横に振った。
「してません、してません! もう魔導具なんて作ってませんヨー!!」
…………食事の準備ができ、卓袱台に運ばれる。
ひと段落したクロノ達も部屋に戻ってきて…………奇抜な格好をした奈々を見て、ぎょっとしていた。
「どうぞ。お口に合うと、いいんですけど……」
「ヒュー! いっただっきまーす!」
取り皿に分けた煮物を、ぱくぱくと口に運んでいく。
「うめー! まじうめーよこれ! なのはちゃん、このまま嫁に来い!」
「え? あの…………ごめんなさい」
「がーん……!」
お断りされていた。
「いやー、それにしても、この妖怪ジジイ……じゃなくて、お爺ちゃんがここの大家さんだったなんてねぇ……」
「ワシも驚いておるよ。まさか、あの奈々がこの町にいようとは…………」
じろっ、と見られ、奈々は目を逸らした。
「昔、ヒデ坊に話したことがあったじゃろう。信者を洗脳した、カルト宗教の話じゃ」
「ああ、確か、爺さんが壊滅させたって……………………奈々、まさかお前」
奈々は、みっともないくらい狼狽した。
「ち、違うヨ!? 奈々ちゃん、教祖のために悪意を込めた銀細工を量産して、信者を洗脳する片棒を担ぐなんてことしてないヨ!? ……はっ!?」
………………全部ゲロった。
「奈々さん…………」「おい、奈々……マジかよ」
「……という訳じゃ。ま、どうやら改心したようで安心したぞい」
どうやら、大家にタコ殴りにされて改心したらしい。
「ひーん……だってこのジジイ、奈々ちゃんの『手品』が全然通じないんだもーん……自信喪失だヨー…………」
もりもりと飯を食べながら、赤面する。
「……ま、あんたいい人だから、いっか」
改心したというのなら……当事者ではない自分は、口を挟む必要は無いだろう。
食後、奈々はリュックサックから、小箱を取り出し、卓袱台の上に置いた。
「折角仕上がったのに取りに来ないから、奈々ちゃん出張ってデリバリーなんかしゃったヨー」
どうやら、秀人が依頼した、銀十字の修理が完了したらしい。
――銀十字。
それは、航空機墜落事故の事件概要の本にあった物品であり、つまり、はやての両親の、形見。
全員が見守る中、小箱の蓋を、奈々が開ける。
「……わぁ」
なのはが、感嘆の声を上げた。
小箱の中から出てきたのは、輝きを放つ銀十字だった。
「すっげぇな…………これ、こんなに綺麗なものだったのか」
拾った当初の、ボロボロの状態とは違う。
欠けた一角を接いだ目もほぼ見当たらない、プロの仕事だった。
「むふふ、もっと褒めてもいいんだヨ!?」
賞賛に気を良くしたのか、テンションを上げる奈々。
「見せるの」
アイが、その銀十字の箱を持ち上げる。
直接は触れず、箱の状態のまま、じろじろと観察して…………
「……おまえ、これどうやって作ったの?」
不可解そうな表情を浮かべて、聞いた。
「えー? フツーに、鋳造して切削して研磨して…………」
「違うの。 …………この『銀』に、何を込めたのかと、聞いているの」
「あっははは。そーいうことかー」
奈々はケラケラと笑い…………
「秀人と、依頼主さんの願いを込めてあるんだよ」
はたから聞いている分には、ちんぷんかんぷんな話だが……
「……おまえ、マリエルといい勝負なの」
アイにしては珍しいことに、素直な賞賛を口にした。
「あ、そっちのおチビさん、ちょっといい?」
「……それは僕のことか」
クロノは、不機嫌そうに聞いた。
「そのカード、見―せて?」
ちょいちょい、とクロノの懐を指差す。そこには、待機状態のS2Uがある。だが……それを、奈々の前で出した覚えは無い。なのに奈々は、『カード』と言った。
不審から、警戒するクロノ。
「なーんもしないヨー」
クロノは渋々、S2Uを取り出し……それを、奈々は受け取った。
その表面を、僅かに撫で…………
「――――……おっきな船?」
……と、呟いた。
「!!」
ガタンッ! と、クロノが身を乗り出した。
「正面に、もう一隻いるねー。……あ、なんかキーボードみたいなの操作してる」
「待て、待て待て待て!」
クロノが取り乱し、皆がそれにあっけに取られる中……奈々は、言った。
「『グレアム……闇の書は、貴様などに悪用させない。リンディ、クロノを頼む』」
――――――それは、かつてのS2Uの所有者にして、クロノの父…………クライド・ハラオウンの、遺言だった。