魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
クライド・ハラオウン。
……クロノ・ハラオウンの実父。
十年前の、前回の闇の書事件の際、現場指揮にあたり…………一隻の次元航行艦と共に自爆するという最後を遂げた。
船……次元航行艦も、リンディ、クロノという人名も、何一つ、伝えてはいないはずの情報。それを述べた奈々に、疑惑……というよりか、困惑の視線が集まる。
「…………奈々、お主は……」
大家は、苦い表情で押し黙ってしまった。
「アンタ一体、何なんだ? 思念を読んだり、込めたり…………」
秀人が、真っ先にその疑問を口にした。
……銀十字を復元する際、秀人は何かを聞かれたのだが……その際の記憶は、おぼろげだ。そのことも何か、関係があるのだろうか。
ユーノと視線を合わせ、念のために念話で会話する。
『ユーノ……奈々から、魔力は感じるか?』
『いや、ランクにしてもDかE……一般人程度だ』
「え? 奈々ちゃんはCカップだヨ? っていうかDだのEだのが一般的って、アニメ脳すぎじゃね?」
奈々がくるっと秀人たちの方を向き……あっけらかんと、自然に、会話に混ざってきた。
「おい、口に出すなよ!」
「出してないよ!」
最早、押し黙るしかなくなってしまう。一体、この女は何なんだ……と。
それには、奈々本人が答えることになった。じゃらっ、とアクセサリーを鳴らし、両手を広げる。
「なっはっは。奈々ちゃん、サイコメトラーだからね」
突然飛び出した突飛な単語に……しかし、妙に納得してしまった。
コールドリーディング……洞察し、相手にそう錯覚させる技術があるが、とてもそれだけでは説明が付かないからだ。
――サイコメトリー。
物品より思念を読み取る、超能力。
「あとついでに、テレパスもヒュプノも、一通り持ってるよん」
一人、陽気に話し続ける奈々。
「……さて、渡す物も渡したし、奈々ちゃんは帰るヨ」
静まり返る部屋の中、奈々が身支度をする物音だけが耳を打つ。
「…………んじゃ、お代はスイス銀行の口座に振り込んでくれたまえ! バイバーイ!」
ぱたぱたと、小走りに部屋を退散していってしまった。
「……!! 秀人さん!」
「お、おう!」
秀人と、なのはが……ハッとなり、後を追いかけた。
「奈々!」「奈々さん!」
てくてくと、リュックサックを背負って歩いていた奈々を、呼び止める。
「……」
くるっ、と振り向いた奈々は、ひどく醒めた表情をして…………すぐに、にへっ、と、気楽な笑みを浮かべた。
「おーおー、どーしたん、お二人さん? 奈々ちゃん、何か忘れ物しちゃったっけ?」
「あー……」
よく考えずに飛び出してきたものだから、説明できるだけの理由が無い。
「代金、払い忘れてた!」
秀人が、取り繕うように言う。
「あっは……何だ、タダでいいよ。あの程度」
「いや、そういうわけには……」
奈々を引きとめようと、手を伸ばし……
――パンッ!
奈々はその手を、反射的に払ってしまった。
「あ、ごめ………………ん?」
バツが悪そうに謝り……ふと、何かに気付いたような顔をした。
「……ちょっと、昔話をしようか」
薄暗い街灯が照らす夜道を、歩き始めた。秀人となのはは、その後を付いて行く。
「昔々、十年前……あるところに、図工が得意な一人の女の子がおりましたとさ」
冬の冷たい風が、吹きつけた。
「その女の子は、優しい専業主婦の母親と、朴訥な会社員の父親、温和な
妙に具体的な家庭像を出す。
「お爺ちゃんは、女の子をたいそう可愛がっていました。女の子も、お爺ちゃんの工房は、一番の遊び場でした」
幸せだった記憶を、呼び起こす。
「お爺ちゃんは女の子に、いろいろな物を作ってくれました。ペンダント。ブローチ。手のひらに乗る象さんや、ライオンさん。お爺ちゃんの指は、命を生み出す魔法の指でした」
ですが……と、暗転。
「ある日、お爺さんは、重い病気にかかってしまいました。意識はあるのに、体を動かせなくなる病気です」
秀人もなのはも、何も言わず、付いて行く。
「父親と母親は、悲しみました。女の子も、悲しみました。みんな、お爺ちゃんが大好きだったから、言葉を交わせないのは、とても寂しかったのです。大好きだった魔法の指は、硬く冷たく、凍ってしまいました」
フェイトが泣いてしまったように……肉親の存在というのは、重い。
「女の子は毎晩、神様にお願いをしました。『お爺ちゃんと、お話をさせてください』と」
非力な子供には、そうするしかなかったのだろう。
「自分の宝物……初めて作ったブローチをお供えして、必死にお祈りをしました」
誰かがどうにかしてくれることを、都合のいい奇跡を、望んだ。
「願いは届き……優しい神様は、女の子の願いを叶えてくれました。寝たきりのお爺ちゃんの手を握ると、お爺ちゃんは、確かにこう言ってくれたのです。『ああ、お茶が呑みたいなぁ』」
……それが、発現するきっかけだった。
「女の子は、冷ましたお茶を、お爺ちゃんが食事をするための管に、ゆっくりと流し込みました。お爺ちゃんは、またお話してくれました。『おいしいよ、ありがとう』と。女の子は、とても、とても喜びました。これでまた、お爺ちゃんとお話が出来る。また、おうちで家族四人、仲良く暮らせる、と」
幼い少女にとって、それはまさしく奇跡だった。
「おうちに帰り、いつもそうしているように、仕事帰りのお父さんの手を取りました。少しでも早く、伝えたかったのです」
きっと、嬉しかっただろう。誰かに頼らず、自分の手で、肉親の意思を取り戻せたのだから。
「ですが……女の子は、それを言うことができませんでした。手を取ったその時、お父さんは、口を動かさず、こう言ったのです」
奈々はそこで、何拍か置き……一気に、言った。
「……『あのくたばりぞこないめ、さっさと死んでくれ。老人介護なんて冗談じゃない」
……それは一体、どれほどの衝撃だったことだろう。
「女の子は怖くなり、お母さんに飛びつきました。ですが、お母さんは、こう言いました。
『あの爺さん、早く死んでくれないかしら。せっかく、生命保険もかけてあるのに』」
秀人となのはは、言葉も無い。
「女の子は、お父さんとお母さんを、責めました。『何で、そんなことを言うの? お爺ちゃんが死ねばいいなんて、ひどいよ』、と」
信じていた両親の、醜い本音。それは、少女の心を、ひどく傷つけたに違いない。
「お父さんは、女の子を強く叩きました。お母さんは、顔を真っ青にして、助けてはくれませんでした」
その日から……
「その日から、女の子の優しかったお父さんとお母さんは、いなくなってしまいました。。女の子が何を言っても、返事をしてはくれなくなったのです」
家族から、笑顔は消えた。
「学校のお友達も、少しずつ、少しずつ、少なくなっていきました。女の子は、誰の本音でも、聞き取れてしまったからです」
子供というのは、時に残酷だ。残酷に……異端を、排除しようとする。
「やがて、友達が一人も居なくなったころ…………お爺ちゃんは、天に召されました。『ありがとう、ありがとう』……と、最後まで、家族への感謝を伝えながら」
……その祖父は、幸せに逝けたのだろう。息子と娘の醜い本音を……孫娘の苦悩も、知らずに済んだのだから。
「お葬式が終わり、帰っていく親戚の人たちは、口々に、お父さんとお母さんを褒めました。『最後まで介護した、立派な孝行息子』『家庭を守った主婦の鑑』と」
誰も、内情など知りはしない。
「女の子は、先に寝室に追いやられました。どうやら、二人でないしょのお話をするようです」
会話など、ありはしなかった。
「女の子は、お父さんとお母さんを、信じていました。きっと二人で、死んだお爺ちゃんに謝っているのだろう。そう思い…………二人のいる部屋に、耳を飛ばしました」
思考を遠隔盗聴できるまでに、女の子の能力は成長していた。
「ですが、そこに望んでいた会話は、ありませんでした。悲しみの涙も、ありませんでした」
最後の希望は、打ち砕かれた。
「そのお部屋には…………お爺ちゃんの遺したお金の使い道について話し合う……久しく聞いていなかった両親の笑い声が、高らかに響き渡っていたのです!!」
――ガンッ!
奈々が、自販機を殴りつける。
「…………女の子は、信じられない気持ちでした。優しかった両親は、いつの間にか…………わるい鬼さんに、食べられてしまっていたのです」
両親の豹変を、女の子は、そう解釈した。
「女の子は、鬼退治をする決心をします。両親の心に巣食った鬼を、引きずり出し、握り潰してやろうとしたのです」
両親は、鬼に取り付かれているだけだと。鬼を退治すれば、また優しい両親に戻ってくれると、そう信じた。
「女の子は、両親のもとへ行きました。お父さんとお母さんは、とても怖い顔をして、女の子に手を上げようとしました」
娘に暴力を振るうことに、躊躇いすら消えていた。
「女の子は、両親の心を、|身体から取り出しました。鬼退治の始まりです」
だが。
「ですが、鬼は出てきません。お父さんとお母さんの心は、どこを見ても触っても、真っ黒でした」
その結論は…………
「お父さんとお母さんは、はじめから、まっくろい、鬼の心の持ち主だったのです」
もう、限界だった。
「女の子は、真っ黒で汚い心を…………粉々に、握りつぶしてしまいました」
「「!!」」
それは、精神の死だ。
「お父さんとお母さんは、目を覚まさなくなってしまいました」
天涯孤独となった少女は、どうなったのか。
「親戚のおじさんたちは、女の子を、とある孤児院に預けることにしました。……お爺ちゃんのお金は、どうなったのかは知りません。みな、口々に言いました。『あなたのためなのよ』、と」
本当に、彼女のためを思っての行動だったのだろうか。
「新しいおうちは、こわぁい先生のいる、真っ暗なおうちです」
「……」
秀人は、知らず知らずのうちに、拳を固めていた。
「ですが、女の子には、神様がくれた力があります。先生の弱みを握り、脅迫し、自分の身を守り続けました」
奈々が、自嘲する。
「脅しが通じず、殴りかかってくる先生もいました。女の子は、自分の身を守るため……先生の心を、両親にそうしたように、握りつぶしました」
正当か、過剰かはともかく。
「心を握りつぶすとき、女の子はいつも、嫌な気分でした。本当は、そんなことしたくはないのです。ですが、加減ができません。女の子の力は、あまりにも強かったのです」
まして、子供だ。恐怖に駆られ、力の加減を誤ってしまうことも、あっただろう。
「誰かを幸せにするための力は…………結局、誰も幸せにしてくれなかったのです」
こんなはずじゃなかった。そう思ったに違いない。
「ですが、自分に言い訳をします。『自分は悪くない。自分に乱暴する皆が悪いんだ』。それは、女の子から、一時の罪悪感を取り払ってくれました」
「……」
「そんなある日、孤児院に、一人の男の子がやってきました。お父さんとお母さんに、捨てられたのです」
「……え?」
きょとん、と秀人が呆ける。
「乱暴ものたちが、男の子に暴力を振るいます。よわいものは、いじめられてしまうのです」
どこかで聞いた……あまりにも符合する、その話。
「ですが、その男の子は、やりかえしました。
――びっくりするほどの力で、乱暴者をたおしてしまったのです」
クククッ……と、秀人の顔を見ながら、意地悪く笑う。
「その男の子は、言いました。『お父さんとお母さんは悪くない。悪いのは、僕なんだ』」
秀人の顔から、血の気が引いていく。
「それを聞いた女の子は、ちょっとだけ哀しくなりました。自分が余計なことをしなければ、何も知らずにいれば、今も幸せに暮らせていたかもしれない、と思ってしまったからです」
もし、その男の子が、ただの子供だったなら、そうは思わなかっただろう。だが、その男の子もまた、特別な力を持っていたが故に……
「そう、誰かのせいにして、罪悪感から逃げていたことを、突きつけられてしまったのです」
もはや、疑う余地はない。
「男の子は、別のお部屋に閉じ込められました。部屋を壊したおしおきを、されているのです」
「――!!」
――奈々も、あそこにいたのだ。吹き溜まりのような、牢獄のような……あの場所に。
「その週末、女の子はその施設を『卒業』します。ここを出れば、誰も自分に乱暴はしない。力を使わなくて済む。そう思ったのです」
その時、まだ、奈々には優しさが僅かなりとも残っていたのだろう。
「ですが、外の世界は恐ろしい場所でした。小さな女の子を狙う悪者が、一杯居ました」
世界は、優しくは無かった。身寄りの無い少女を狙う輩など、履いて捨てるほど居る。八神はやてがそうであったように、その女の子も、危険な目にあってきたのだろう。
「身を守るために、女の子は力を使い続けます。ですが、女の子の力は、使えば使うほど、強くなっていきました。やがて女の子は、力を抑えることを諦めました」
人は、慣れる生き物だ。どのような変化にも。
「女の子は生きるため、何でもやりました。悪いことをしながら、生きていたのです。神様から授かった力は、悪いことをするのに、大いに役に立ちました」
子供が身一つで生きていけるほど、世の中は甘くない。それこそ、犯罪にでも手を染めない限り……
「そんなある日、怖い人と出会いました。真っ黒い本を持った、不気味な男の人です」
その男こそ、大家の言っていた、カルト宗教家だろう。だが、黒い本、という単語が、ひどく不気味な連想をさせる。
「彼は、言いました。『私の元で、働け』と。その男には、女の子の力が、何故か通じなかったのです」
「黒い、本……?」
そして、十年前。
「その男は、宗教家でした。世界平和という、ありがちな夢想を掲げる、狂信者でした」
秀人の中で、話が繋がってきた。
「世界平和のためになら…………何人死んでも構わない。そういう、男でした」
そして……
「女の子は、男に協力することにしました。男が怖かったのでしょうか? いいえ、違います。嫌な思いをし続けてきた女の子は、こう思っていたのです『人間なんて、皆醜いのだから……………………
一人残らず、死んでしまえ』」
「……」
なのはが、秀人の手を握る。
「女の子は、銀細工が得意でした。お爺ちゃんの血でしょうか? 見る人を惹きつけるような出来栄えです」
さぞかし、美しい品物だったのだろう。
「男は、言いました。『その銀細工に、ありったけの憎しみを籠めろ』」
銀は、心を映す媒体……奈々自身が、そう言っていた。
「女の子は、喜んで従います。自分の力で、世の中の醜い人間どもに、天誅を下すことができるのです」
嬉々として、従ったに違いない。
丹精籠めて作った銀細工に、積もり積もった憎しみを籠めるのは、きっと容易だっただろう。
「男が、どのような目的にそれを使っているのかは知りませんでした。ですが、女の子は気にしませんでした。他人がどうなろうと、知ったことではありません」
男に工房を与えられ、そこでの作業に没頭した。
「そして、ある日………………なにやら、建物が騒がしくなりました。誰かが暴れているようです」
その日は……
「工房のドアが開き……一人のおじいさんが現れました」
大家が、その宗教の殲滅に乗り出した日。
「お爺さんは、言いました。『お主が、コレをばら撒いている者か』。お爺さんの手には、握りつぶされた銀細工がありました。女の子は、犯人呼ばわりされたことよりも、丹精籠めて作った銀細工を壊されたことに、腹を立てました」
たとえ、どのようなものであろうとも、自分の作品に対する愛情は、当時も今も、変わらなかった。
「お爺さんは、女の子を平手で叩きました」
「…………」
覚えがあるのか、秀人は冷や汗を垂らした。
「『何故、このような真似をした』。お爺さんは、女の子を問い詰めます。女の子は、いつもそうしているように、お爺さんの心を、握りつぶそうとしました」
必殺の反撃。だが……
「お爺さんの心は、女の子の力でも、握りつぶせませんでした」
規格外。そうとしか言えない。
「『何故、このような真似をした』。お爺さんは、もう一度聞きました。女の子は、それに答えます。
『醜い人間なんて、死んでしまえばいい』」
本心から、そう言ったに違いない。
「力が通じないと分かった女の子は、そのお爺さんに、積年の恨み辛みをぶつけます。完全な八つ当たりです。ですがお爺さんは、女の子の話を、一生懸命に聞いてくれました。
……思えば、誰かと話をしたのは、とても、とても久しぶりのことでした」
あの大家なら……きっと、そうするだろう。
「『この細工は、誰に学んだ?』……そう聞くお爺さんに、『お爺ちゃんが教えてくれた』と答えます」
歩いているうちに、奈々の店に到着した。無用心にも施錠していなかったドアは、簡単に開いた。
……当時の工房も、この店内のように、雑多な物に溢れていたのだろう。
「お爺ちゃんのことを思い出すのは、久しぶりでした。いえ、もしかしたら、わざと思い出さないようにしていたのかもしれません」
今の自分を、省みないために。
「そうして、女の子は…………何故、自分が銀細工を作り続けていたのか、思い出しました」
力だけで生きられたのに、何故、銀細工を捨てられなかったのか。
「大好きだったお爺ちゃんは、言っていました」
祖父の言葉とは……
「『銀は、手入れをしなければ、くすんで輝きを失っていく。そこは、永遠に輝き続ける金やプラチナとは違うところだ』」
銀は、くすむ。
「『銀の手入れは、研磨すること。当然、手入れをすればするほど、銀の表面は、細かな傷がつく』」
小さな子供だった頃には、いまいち理解できなかったことだろう。逆に、ある程度大人になってしまってからでは、斜に構えてしまい、素直に受け入れることもできない。
「『だが、人の手で大事に磨かれ続けた銀は、金にも出せない輝きを得ることが出来る』」
……荒みきっていた心に、祖父の言葉は、どう感じられたのだろうか。
「『傷だらけでもいい。傷だらけだからこそ、輝いていられる……そんな、銀色の生き方をしてみなさい』」
へっ……と、奈々は照れくさそうに笑い、その話を締めくくった。
「まぁその後、その女の子は教主と決別して、悪の錬金術師から、流しの銀細工職人にジョブチェンジしたりして、被害者に売り上げを寄付したりしながら、チマチマと資金を貯めて……」
ぱっ、と両手を広げ、自分の城……店舗を指し示す。
「……海鳴市にて、毎日を面白おかしく過ごしましたとさ。めでたしめでたし。わーい、ぱちぱちぱち」
「……何で、海鳴市だったんだ?」
秀人は、言った。
ぴたり、と奈々の動きが止まった。
「その女の子は、何でわざわざ、海鳴市を選んだんだろうな」
「…………」
生家があるわけでもない。これといって客足に影響があるわけでもない。
「…………お爺さんに、いつかの返事を返すためじゃないかナー?」
「……返事?」
「『ワシの子になるか?』っていう言葉への、返事さ」
ぼーん、と、柱時計が、午後九時を告げた。
へらへらと、話を終えた。
「まぁ、その女の子の話はさておき…………」
ずいっ、と身を乗り出し、一転。まじめな顔をする。
「あんたたちが探してる子が見つかったら……さっきの、ありがたーいお言葉を伝えてあげなさい」
それが、言いたかったらしい。
気恥ずかしくなったのか、赤い頬を隠すように、そっぽを向いた。
「その子って多分、奈々ちゃんのお客様だしさー……なんかの縁だと思うのよね、コレ」
秀人、はやて、大家、奈々…………数珠繋ぎのように、知り合いの知り合いが、繋がった。
「なんせ、奈々ちゃ…………じゃ、なくて……悪の錬金術師を改心させた、お爺ちゃんの言葉なんだもん! きっと効果あるヨー! ……ねっ、吾妻秀人くん?」
なのはは、「あれ、秀人さん、苗字教えてたっけ……?」と、首をかしげていた。
「あ、なのはちゃん。ちょーーこっとだけ、おねーさんとお話しようぜ!」
帰り際。奈々は、なのはだけを呼び止めた。
「……余計なこと喋らないでくれよ?」
「ガールズトークに口挟むなヨ! ほら、出てけ出てけ!」
念を押す秀人を、奈々はしっしっ、と追いやった。
ばたん……と扉が閉まったのを確認したのと同時、奈々は、なのはの肩を摑んだ。
「……………………フィアットちゃんは、どこ?」
……その、あまりにも真剣な態度と口調に、驚いた。
「え……? フィアットなら今頃、職場に……」
奈々は、机の引き出しから、折れた金属片を取り出した。それは以前、フィアットが触れた途端、割れてしまったものだ。
「これは……?」
その銀板が、何だと言うのだろう。
「その薄い銀板は、心のリトマス試験紙みたいな物なんだ」
奈々らしい一品だ。
「ここ……見える?」
なのはは、奈々が指し示した部分を注視する。
「捩れてるでしょ?」
「……はい」
確かに、二つに折ったというよりは、変な方向に力を加えて、耐え切れなくなった状態だった。
それが表すことは…………
「…………ねじれて、歪んだ心」
……と、いうことだ。
「……まさか、そんな馬鹿な……」
なのはは、首を振った。だが、奈々は大真面目な様子だ。
「……奈々ちゃんの予想は、だいたい当たるよ。特に、人間の心に関しては」
確信と共に言う。
「でもね……歪んではいるけど、腐ってはいなかったの」
その銀板は、確かに破損しているものの……腐食は、していなかった。
「それが最近、端から段々と腐食が始まってきてる」
端から、徐々にくすみが広がり……端に、腐食が見られた。
「だから…………フィアットちゃんを、連れてきて。このままじゃあの子…………」
――壊れるよ。
そう、言った。
「……!」
なのはは、息を呑んだ。
「今なら、まだ間に合う。頼んだからね」
なのはは、こくん、と頷いた。
帰り際、奈々が、店の出口まで見送りに出る。
「あの、奈々さん…………」
「ん?」
「このチェーン…………大事にします」
レイジングハートを繋ぐチェーンを、きゅっと握った。
「Yes! 頼んだヨ!」
奈々は、ぐっとサムズアップで返した。
(銀色の生き方……か)
帰り道を歩きながら、秀人は物思いに耽っていた。
(……………………お父さん。お母さん)
奈々と会ったことで……両親のことが、頭に浮かんだ。
「……秀人さん?」
くいっ、と手を引かれ、ハッと我に返る。
「……何でもない。帰ろう」
それに笑みで返し………………
(……俺には、出来ないよ)
心の中で、諦観した。