魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第七十五話

 

「……」

 一人の女性局員が、廊下を歩いていた。

 カツカツとヒールを鳴らし、背筋をピンと伸ばし、歩いている。

「…………」

 だが、その表情は、浮かない。それもそのはず。今、女性が向かっているのは…………

「……ロッテさん、アリアさん、失礼します」

 グレアム提督の側近、使い魔たちの部屋。

「…………ああ、あなたか」

 ベッドの脇に腰掛けたリーゼロッテが、胡乱な目を向け、すぐに視線をベッドに戻した。

「アリアさんの容態は?」

 数日前の任務の後、アリアが、片足を失って戻ってきたのだ。

「…………今は、寝ているだけ」

 確かに、片足を失うというのは重大な出来事だ。だが、ロッテの表情には、それとは別の懸念も見て取れた。

「お父様が、何て言うか」

 もしも、これでアリアが使い物にならなくなった、と判断されてしまったら……

「契約を、断ち切られてしまうかも……」

 今、昏睡するアリアを存命させているのは、本人の生命力もあるが、それ以上に、主であるグレアムの魔力供給が大きい。もし、その片方が途切れてしまっては……

「…………悪い方には、転ばないはずです」

 ここ最近、グレアムの理念や行動原理に疑念を覚え始めてきた女性は、言葉を濁した。

「…………包帯、お取替えしますね」

 アリアの足に巻かれた包帯を解き…………血で固まった包帯を、新品のものと交換する。

 傷の縫合が上手くいったのか、包帯に血が滲んでくることは無かった。

「……ロッテ」

 その感触で、アリアの目が覚めた。

「アリア! 目が覚めたの!?」

 アリアは、こくん、と頷き……女性に、頭を下げた。

「迷惑を掛けます」

「いえ」

 女性は、包帯の端っこをカットし、留める。

「闇の書に対抗する、同士ではないですか」

 そう。この女性もまた、闇の書の暴走に巻き込まれ、肉親を亡くしている。

「…………母親、だったかしら?」

「ええ。…………私の、たった一人の家族でした」

 吹っ切れているようで……その内に、消えない激情を感じる。

「…………最近の、グレアム提督は……」

 思わず、漏らしそうになり……思い直すように、口を噤んだ。

「……いえ、なんでもありません」

 包帯や鋏などの一式を片付ける。

「……では、失礼します」

 二人分の食事を用意し、退室していった。

 

「…………ねぇ、ロッテ」

 ベッドをリクライニングさせ、身を起こした状態で、アリアが言った。

「なに、アリア」

 

「……私たち、きっと地獄行きね」

 

「……………………………………」

「……あんなに純真な人に、隠し事をして……それどころか、利用して…………」

「……仕方ない、なんて、言い訳だよね…………」

 ロッテは、項垂れる。

「逆らおうと思えば、お父様には逆らえる。…………結局、自分の命が惜しいから」

「…………私たちは、命を共有している。……あなたの命も、惜しいもの」

 すっ……と、懐からカードを取り出す。

 二人が持つカード、それ一枚には、アリア、ロッテそれぞれの、一日分の魔力がチャージされている。それを解凍することで、自身の魔力消費を抑えるアイテムだ。

 だがそのカードは、それらとは違った。

 外見は、巧妙に偽装されてはいるが……それは。

 

「……………………氷結の杖・デュランダル」

 

 グレアムが、闇の書に対する切り札として開発を進めていたデバイスだ。

「……でもね、ロッテ。おかしいのよ、この機体のシステムは」

「え……!? まさかアリア、中身を見たの……!?」

 驚愕するロッテ。

「ダメだよ、そんなことしたら! もし、お父様にバレたら……!」

「……このデバイスを直接分解したわけじゃないわ。設計図の一部を、解読しただけ。規制コードには、引っかからない」

 まさに、命がけで得た情報だ。

「氷結の特性に特化し、闇の書を完全に封印する……それが、デュランダルの開発コンセプト」

「……」

 ロッテも、そう聞いていた。

「でもね、この回路と、システムはむしろ………………分断や、解呪に特化されている」

「解呪……?」

 ロッテは、ぱっと顔を明るくした。

「お父様はあの子を、闇の書の呪いから助けるつもりなんだ!」

 ようやく見えた、父の真意に喜ぶ。自分たちの主はやはり、正義の側なのだと。

だが…………

「…………いいえ、違う」

 アリアは、それを否定した。

「この術式は、そんな繊細なものではないわ。もっと乱暴な…………言ってしまえば、容器を破壊して、中身を取り出す……そんなものよ」

「え……?」

 中身を……つまりはやてを破壊し、闇の書を取り出す。

「取り出した後、封印するんじゃ…………」

 ロッテの予想は、否定される。

「解呪にしたって、そう。取り出した闇の書の……『呪い』だけを削ぎ落として、容器もろとも捨てる形だわ。つまり、お父様の狙いは…………」

 ようやく、ロッテも気付いた。

 二人で、声を揃えて確認する。

 

「「……呪いを解いた、闇の書の力『のみ』を、手に入れること」」

 

 ……意見は、一致した。

「…………お父様、どうして……」

 悲嘆に暮れる、二人の使い魔。

「どうして、そんなにも変わってしまったの……?」

 二人だけの部屋を、沈黙のみが支配した。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 とある無人の世界に、はやてはいた。

 砂漠と荒野と針葉樹林が一面を埋め尽くす、雪も無いのに寒々しい世界だった。

「………………ぐぅっ!!」

 はやては、胸を押さえて蹲る。

「くうぅ……! こ、この……!!」

 必死に、己の内より湧き出る衝動を、抑えようとしているようだ。だが……

 

――ドクンッ!!

 

「くぁっ……!!」

 びくん、と身体を痙攣させ、倒れ付す。

『抗ッタ所デ、無駄ナ事ダ』

 はやての体内から、テンタトレスが無情に言う。

『既ニ、汝ノりんかーこあハ、我ガ掌握シツツアル』

 リーゼの加護を捨て、管理局との関係も破綻して…………はやては、一人きりだった。自力でのテンタトレスからの脱出は、絶望的だった。

『汝ハ、世界ノ破壊ヲ願ッタノダロウ? ナラバ、我ニソノ願イ、委ネレバ良イデハナイカ。我ノ深淵ノ力ヲ以ッテスレバ、容易イ事』

 闇の書を極めた者のみが到達する、最後の、最強にして最凶の、殲滅魔法。

 

『サァ、我ニ身モ心モ委ネ………………『ヴェツレヘム』ヲ、発動サセルノダ』

 

「うっせぇ……! 願いは……私自身が叶えなくちゃ……意味が無いんだよ……!」

テンタトレスの誘惑を、はやては意地で突っぱねる。

「この、理不尽を強いる世界はブッ壊す……! けど、お前の言いなりには、ならない!」

 

――バンッ!!

 

「あぅっ……!!」

 突如として魔力が弾け、はやての華奢な身体を吹き飛ばす。

 はやてが制御しきれなくなるほどに高まった魔力が、暴発したのだ。

『無駄ダ。高マッタ我ノ力、ソノ程度デ消耗スルモノカ』

「う、うぅ……!! ま、負けるもんか……絶対お前を……抑え、込んで……やる……」

 そして、何度目かの失神。

『……ナントモ、強情ナ主ダ。歴代デ最モ強キ闇ノ力ヲ持チナガラ、歴代デ最モ、我ガ支配ニ抗ッテイル』

うーん、うーん……とうなされるはやてを知ってか知らずか、テンタトレスはぼやく。

『…………無駄ナ事ナノダ。全テハ、同ジ結末ヘト進ムシカ無イノダカラ』

 どろどろと溢れ出る、闇。それははやてを取り巻き、絶えず循環している。

 

『…………無駄ナコト、ナノダ』

 

 その声は、寒々しく、無機質で…………寂しそうに、聞こえた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 二人が帰宅した後、会議は終了し、各々解散の流れとなった。

 クロノとエイミィは、ユーノ、なのはと共に、情報の整理の続きをしていた。

「クロノ。さっきのあれ…………」

 クライドの遺言。それは、クロノにとって重大な意味を持つと共に……この事件の、重要な鍵となる情報だった。

「…………艦長の推測は、正しかった」

 グレアムは、信用できない。それが、リンディの下した判断だった。

 今もアースラには、再三にわたる、リーゼの引渡しが要求されている。リンディはそれを、悉く却下していた。

「……あの、ユーノくん」

 なのはが、挙手した。帰ってきてから、何か釈然としない様子だった。

「検索に、キーワードを一つ、追加して欲しいんだけど…………」

「ああ、いいよ。何て?」

 なのはは、まだ少しだけ、躊躇するように一拍挟み…………

 

「フィアット・コルデーロ」

 

 …………そのキーワードを、口にした。

「フィアット?」

 エイミィは、首をかしげた。

「フィアットの姓は『マセラティ』だよ? コルデーロなんて名前は…………」

「いや、いい。やってみろ」

 だがクロノは、ユーノを促した。

「分かった。…………キーワード追加、」

 

 写本は、すぐに現れた。

「………………これは、」

 クロノが、息を呑む。

 そこに現れた写本の表題は…………

「『XL級次元航行艦『エスティア』・MIAリスト』……」

 

 MIA……ミッシング・イン・アクション。

 

 任務中の行方不明…………広義には、戦死者ということだ。

「こんな……この資料は、焼失したはず……」

 ぱらぱらと、ページが捲れていく。その、何ページか目に、彼女のパーソナルデータが記載されていた。

 

――ルカ・|コルデーロ。

 

「……………………え?」

 キーワードを追加した当の本人が、呆然としていた。

「ルカ・コルデーロ……?」

 なのはは……その名に、聞き覚えがあった。

「あの……前に、フィアットから聞いたの。お母さんの名前だ、って……」

「……………………」

 パーソナルデータの写真を、凝視する。

「………………」

 

 ……似ている。

 

 凛々しい表情のせいで、一見分かり辛いが……確かに、面影があった。

 文章を読み上げる。

「ルカ・コルデーロ三佐。当時26歳。本局武装隊所属。陸戦AAAランク…………すごいね」

 思わず、感心してしまった。

 佐官にして、陸戦AAAランク魔導師。しかも本局ともなれば、エリートそのものだ。

「当時、12歳になる娘……フィアット・コルデーロがいた」

「………………すごいね」

 12歳の娘ということは、14歳で出産したことになる。

「………………娘の写真があったよ」

 次のページに、家族写真らしき一枚があった。

 ぶかぶかの佐官の制服を着て、ピースサインをする少女と、苦笑いでそれを見る、姉のようにも見える女性。

 

――一人は、フィアットだ。

 

 だが、本局のIDに、『フィアット・コルデーロ』の名は存在しない。

「経歴の、偽装……?」

 エイミィの指摘に、クロノが頷いた。

「……まだ、黒ではない。しばらく、泳がせて様子を見よう」

 そう結論し…………パーソナルデータの続きに、目を通す。

「ええと、そして、フィアットの父親は……………………、、な、なぁあああああああああああ!?」

 ……ユーノが突如として奇声を発し、本を取り落とした。

「何だ何だ、騒々しい…………どれ、見せてみろ」

 それを拾い上げ、覗き込む。

「だ、ダメだ! 見るんじゃない!」

 必死に静止するユーノの奮闘も虚しく……………………

 

――バサッ。

 

 本が、その手から落ちる。

「…………………………」

 クロノが、珍しく口をポカーンと開け、放心し………………

 

「な、なんだってぇええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーー!!!!?」

 

 アパートに、驚愕の悲鳴が反響した。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「…………ふぅ、お、終わったぁあ~~~……!!」

 フィアットは、アースラのコンソールに、がっくりと突っ伏した。

 なのはが各地で大暴れした件の始末が、ようやく完了したのである。

「なのはさんってば…………少しは、わたしの身にもなって下さいよぉ……もぅ」

 もたもたと支度をするフィアットに、リンディが労わるように声を掛けた。

「フィアット、お疲れ様」

「あ、か、艦長! いえ、そんな勿体無い……!」

 ヘコヘコと恐縮するフィアットに苦笑する。

「今日はもう、上がってもいいわよ。続きは、エイミィに引き継いでおくわ」

「あ……ありがとうございます!」

 ばっ! と敬礼し、ブリッジを出て行った。

 

 

「わーい! ひっさしぶりの、完全オフだ~!」

 軽装の私服に着替えたフィアットは、『自宅』へと軽やかに駆けていた。

「んふっ……おかあさん、おどろくかな~……」

 くすくすと、童女のように悪戯っぽく笑う。

 そして。

「おかあさん、ただいま!」

 自宅のドアを、勢い良く開いた。

 

『おかえり、フィアット』

 

 ……真っ暗な部屋から、出迎える声が聞こえた。

「ただいま! ふふ、まーた電気点けないで……だめだよ、目、悪くなっちゃうよ?」

 

『おかえり、フィアット』

 

 ぱちっ、と電気を点ける。

 ぼふっ……と、ソファにバッグを放る。

 もうもうと立ち上る埃に、顔をしかめる。

「うぷっ……! お、おかあさん、掃除しておいてって、頼んだのにぃ……」

 

『おかえり、フィアット』

 

「さ、おかあさん、ごはんにしよう。 なのはさんから、失敗しないオムライスの作り方、習ってきたんだよ」

 

『おかえり、フィアット』

 

「おかあさん、できたよ。ほら、今日はちゃんと上手に出来たでしょ? ケチャップで名前も書けるようになったんだよ。 ……もう、テーブルの上くらい、拭いてくれたっていいじゃない」

 

『おかえり、フィアット』

 

「いただきます。…………あれ、おかあさん食べないの?」

 

『おかえり、フィアット』

 

「え? 食欲無い……? もう、折角作ったのに……仕方ないなぁ。わたしが食べるよ」

 

『おかえり、フィアット』

 

「ごちそうさまでした。おかあさん、あしたはちゃんと食べようね? ……あー、眠い」

 食器を洗い終え、ソファにごろんと横になる。

「…………おやすみなさい、おかあさん」

 ……旧型の局員の制服を抱き、眠りに落ちる。

 

『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』『おかえり、フィアット』

 

 …………卓上のレコーダーは、バッテリーが切れるまで、音声を発し続けていた。

 

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