平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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前書き

原作においても名前しか出ておらず、どんな容姿と性格をしているのか分からなかった彼、ほぼオリキャラとして登場。
加えてオリキャラ二人を投入。実は今後もちょいちょい出てくる予定です。



二章 2-2

◆20XX年 4月◆

 

 中学校生活がスタートを切ってから、既に半月が経つ。

 入学当初懸念していた前に通っていた小学校の生徒達からの追求は、取り敢えずはクリアする事が出来た。

 少々苦しい部分はあったが、オレは彼等の知る”澪”と同じ名前の弾の親戚であり、訳あって親元を離れて暮らしており、問題の”弾の弟である澪”も又、訳あって現在は海外にいるという事にしてある。

 ここで少しだけ暗い顔をして説明した事により、深く踏み込んではいけない話題だと彼等に印象付ける事に成功。今では誰も気にする事もなくなっている(教師陣は当然事情を知っている為、特に問題としてあがる事はなかった)。

 

 さて。既に二週間近くが経過すれば流石に多くの生徒は新たな環境に慣れ始めたのか、少し気が緩み始めている。特にその中でも目立っているのが服装の乱れであり、風紀委員はその取締りに手を焼いているようだ。

 そして、そんな問題児はオレの身近にも居る訳で……。

 

「弾。第一ボタンが閉まって無いよ」

「んな事言ってもよ、キツイんだよな学ランって」

 

 特にオレの兄である弾は、毎日の様に服装が乱れ始めている。こうして注意するのは、果たして何回目だろうか。

 

「しっかりしなさいよ、弾。みっともないじゃない」

「へっ。そう言う鈴もリボンが曲がってるじゃねぇか」

「別にアタシは良いのよ。直ぐに直せるから。と言う事で澪、直して」

 

 ん、とコチラに向き直る鈴に思わず苦笑が零れる。

 

 もう何度と無く自分でやるようにと言っているのだが、一度オレが直してしまった事で味を占めたのか、服装に乱れがある時はオレが直すようになってしまった。

 尤も、それだけ無防備な姿を晒すと言う事は、それだけオレを信用してくれている事の証明でもあるので、結局オレも何だかんだ言いながら直してしまうのだが。

 

「はい、もう良いよ」

「ありがと、澪」

「うわっズリィ!」

「お~い!」

「あ、一夏。おはよ」

 

 おはようと言って合流して来たのは一夏だ。彼は剣道部に入部したので、ここ最近は朝練の為に一緒に登校する日が少なくなった。そして朝練が早く終わった日には、こうして途中で合流し共に教室へ向かうというスタイルを取っている。

 それから下駄箱へ向かう途中で、弾は先ほどの事を一夏に愚痴る。

 

「なぁ?ズルイと思わねぇか?」

「あのな……もう何時もの事だろ?諦めろよ弾」

 

 そう言って苦笑する一夏を見て、はぁと溜め息を一つ。

 

「一夏。人事のように言っているが、君もボタンが留まっていない」

「え?あれ、道場出てくるときはちゃんと留めてきたんだけどな」

 

 そう言って鞄片手に何とかボタンを留め様とするが、中々留まりそうに無い。悪戦苦闘する彼に、また溜め息を一つ。

 

「ちょっとジッとしてて。直してあげるから」

「え?お、おう」

 

 背筋を伸ばす彼の首元に手をやり、程なくして第一ボタンを留めてやる。同時に、少し曲がっている校章を直すのも忘れない。

 

「ほら、直ったよ。キツイかもしれないけど、ちょっとくらい我慢しないと。服装の乱れは心の乱れって言うしね。剣道って精神面も鍛えるんでしょ?なら、こういった小さな事にも気を配らないと」

「あ、あぁ。ありがとな、澪」

 

 ポリポリと頬を掻く彼に、まだまだ子供なんだなと苦笑する。尤も、これくらいが普通の中学生なのだろうとも思うのだが。

 そんなやり取りをしながら教室に入り、鞄の中から教科書を取り出す。今日の一限目は社会。今日の所はオレに当たる事はないだろうが、一応確認をしておく。

 

「おはよ、澪!」

「おはよう。それで、何処が分からないの?」

「あ、あはは。やっぱりお見通しですか……」

 

 と、そこで集まってきた数名の女子に苦笑する。

 新入生代表の挨拶なんて物をしてしまったためか、こうして勉強を教える機会が多くなった。尤も、それを抜きにしてもクラスメイトとの関係は良好なのだが。

 と、そんな時だ。

 

「ねぇ、澪。一つ確認しておきたいんだけど」

「なに?」

「アンタと織斑君ってさ、付き合ってるの?」

「……は?」

 

 勉強を教えていると、クラスメイトの一人が突然そんな話題を振ってきた。

 オレの耳が正常であれば、彼女は今確かに、オレと一夏が付き合っているのか?と質問してきたようだ。だが、それがオレには疑問でしかない。

 

「そもそもどうしてそんな話が出てくるのか、オレはその辺りが不思議でならないんだけど」

「いや、だってさ」

「ねぇ」

 

 と、オレ一人置き去りに、鈴を除く他の皆はさも当然とでも言うような表情を浮かべる。そんな彼女達に、僅かに顔を顰める。

 

「それで?どうしてそんな話になったのか、出来れば教えて欲しいんだけど?」

 

 だからオレは、僅かな苛立ちと呆れを含め再度彼女達に尋ねる。

 オレの預かり知らないところでオレの話題が出るというのは、正直気分が良い物では無い。

 

 

「で?実際の所どうなんだよ織斑?」

「お前と五反田さんってさ、付き合ってんの?」

「いや、そんなんじゃねぇって」

 

 俺、織斑一夏は、現在澪と同じ様に男子達から追及されている。唯一例外なのは、苦笑しながら話の輪に入っている澪の双子の兄である弾くらいだ。

 けれどそれも、無理も無いことかもしれない。

 

 新入生代表として挨拶をした澪は、既に一年の中では知らない者は居ないほどに有名だ。

 それはなにも、彼女が代表の挨拶をした事だけが理由ではない。澪は他の女子と違い明らかに大人びた雰囲気をしており、更には彼女の容姿が整っている事がそれを更に引き立てている。

 その上人当たりも良いとくれば、それはもう男子からの人気は集まるのも頷ける。

 

「いやだってさ。澪ってば織斑君にお弁当作って上げてるんでしょ?」

「そんな事実があったら……ねぇ?」

 

 そんな彼女が俺と付き合っている、などという話が持ち上がったのには、幾つか理由がある。

 それはさっきのように俺のボタンを留め直してくれたり、俺に弁当を作ってきてくれている事が原因だろう。

 そもそも澪が俺に弁当を作ってきてくれているのには理由がある。それは、我が校は私立でも無いのに給食が無く、購買と食堂が設備されているという事だ。だが、出来るだけ食費を浮かせたい俺は弁当持参を選んだのだが、剣道部に入った事で朝弁当を作る時間もなくなってしまった。

 そんな時に澪が、弁当を作ってくれると申し出てくれたのが切欠である。

 

 それからと言うもの、俺は澪の手作り弁当を有難く頂戴しているわけだが、それをつい数日前に目撃されてしまったので、そんな噂が広まったのだろう。

 そりゃあ、女の子が男に弁当を毎日作ってくるなんて事になれば、誰だってそう勘繰るだろう。幾ら俺だってその位想像が付く。

 だが、実際にはそんなに面白い話では無い。

 

「……あぁ、なるほど。確かにそれは迂闊だったな」

「って事はやっぱり!?」

「いや。色目気立っているところ悪いけど、一夏とはそんな関係じゃないよ」

 

 そう。実際の所、澪が俺に弁当を作ってくれるのは、俺の家庭状況を知っているからに他ならない。

 それに、以前千冬姉が宜しく頼むって言ってた事も、理由の一つなんだろう。だから彼女が俺に対してそういった感情は持っていないだろう事は、普段の行動を見れば分かる。

 

「じゃあさ。澪は織斑君の事どう思ってるの?」

 

 クラスメイトの一人の言葉に、心臓が高鳴る。

 ハッキリと彼女が俺に対してどういった感情を持っているのかは、聞いた事が無い。だからこそ、この答えは俺にとって非常に気になるものであり、同時に聞きたく無いものでもある。

 

「本人がいる前でそれを聞くかね。……まぁいいけど。

 オレは別に一夏の事を異性として認識した事は無いよ。彼とは親友という関係で、他に表現をするならばそうだね。強いて言うなら……手の掛かる弟みたいな感じ、かな」

「ふ~ん。じゃあ織斑君って、今フリーなの?」

「そうじゃない?

 まぁ彼が誰と付き合おうと、オレがどうこう言う問題では無いよ。恋愛は個人の自由だからね。ついでに言ってしまえば、誰かが一夏と付き合ってくれれば、オレは彼の弁当を作る必要もなくなるから大助かりだ。歓迎しよう。

 ……それよりも勉強は大丈夫?時間、もう無いよ?」

「え?やっば!えっと後は――――」

 

 少しの間を置いて告げられた言葉は、大体想像していた通りのものだった。

 

「ドンマイ、織斑」

「まぁ……あれだ。元気だせ?」

 

 すると悪友達はこれ見よがしに慰めの言葉をかけてくる。が、実際には笑いを堪えているのは目に見えて分かる。

 

「うっせ!大体俺と澪は……あれだ。只の友達なんだよ」

 

 そんな彼等に対して、俺は努めて明るく振舞う。

 しかし何故だろう。彼女に”異性として見ていない”と言われた時、一瞬胸の奥がズキリと痛んだ気がした。俺は、その痛みを誤魔化すのに必死だった。

 

 

 時間は少し過ぎ、4限目。オレ達1-Aクラスは今、調理室にいる。

 

 理由は簡単。本日の4限目である家庭科の授業が調理実習の日だからだ。

 因みにメニューは野菜炒めと味噌汁というシンプルなもの。そして今は、料理が出来る人を中心に班決めが行われている。

 その為、定食屋の子供であるオレや鈴、弾、それと料理がある程度出来る一夏は別々の班になっている。やがて決まった班は、それぞれが指定された調理台へと向かう。

 因みにオレの班のメンバーは、溌剌とした”シホ”こと山崎志穂と、おっとり気味の”メグ”こと新井恵の女子二人。それと男子の方は、スポーツ刈りが似合う野球部の田口君。そして――

 

「えっと……御手洗君、だったよね」

「あぁ。御手洗数馬、宜しくな」

 

 そう言って笑うもう一人の少年は、少し癖っ毛の茶髪に眼鏡をかけた少年、御手洗数馬。

 彼の名前を聞いて、少しだけ記憶を掘り起こす。確か彼は、原作における”一夏”の友人の一人だった筈。だが残念な事に、彼に関する知識というものは殆ど無い。

 それは単に彼という存在の登場回数が少なかったのか、それとも何らかの黒幕として登場する予定でもあったのか……。その辺りは定かでは無いが。

 

「えっと。それじゃあ一応確認しておきたいんだけど、この中で料理をした事ある人いるかな?」

「私はお母さんのお手伝いを時々」

「あたしもそんな感じかな?」

 

 流石に女子二人はある程度の経験はあるらしいので一安心。

 

「それじゃあ、男子二人は?」

「うんにゃ。まぁカップ麺なら得意だけど」

「ハハッ!それいったら俺もそうだわ」

「あ、あはは……」

「アンタ達のそれは料理って言わないわよ……」

 

 対照的に、男子はあまり期待出来そうも無い。

 

(少なくとも、警戒するべき人間ではない、かな……)

 

 あんな気の抜けた会話を繰り広げているあたり、当面は心配なさそうだ。

 

「それでは授業を始めます。皆さん、頑張って美味しい料理をつくりましょう」

 

 寧ろ今心配なのは料理の方かも。

 カップ麺の準備を料理がした事があると言ったのは冗談だと信じたい。

 

 

 さて、そんなこんなで始まった調理実習なのだが……

 

「あぁもう、田口!お米流れちゃってるじゃない!」

「わ、悪い!」

「み、御手洗君。そんなに玉葱の皮剥いちゃうと、実がなくなっちゃうし勿体無いよ」

「うえっ!?」

 

 開始直後から問題が発生。ハッキリと言ってしまうと、男子が少々お荷物状態なのだ。

 米を磨いだ事すらなかったらしく、まずそこから教えなければならなかった。前世では自炊が当然だったオレから見ても、男子の至らなさには少々頭が痛んだ。

 だがそれは他の班でも同じようで、男子は大体が足を引っ張っている状態。例外があるとすれば、それは弾と一夏の班くらいだ。あそこは経験者がいるという事もあり、ペースこそ遅いが比較的順調な様子。

 

「あ~あ。織斑か五反田が居てくれればねぇ」

「うぐっ」

「す、すんません」

「いいよ。初めてなら仕方がないもん」

 

 とコチラは多少の愚痴は零れつつも何とかやっている。だが問題は――

 

「あー、もう!本当に男子は役に立たないわね!」

「所詮、男なんてそんなもんよ」

 

 と、一部の班ではあからさまな批難が行われている。

 その中心にいるのは、今の女尊男卑の社会を躊躇いもなく受け入れているクラスメイト達だ。彼女達も話せば普通の少女なのだが、こと男子に対しては攻撃的になる傾向がある。

 

「ま~たやってるよ」

「うん……。全ての女の人が偉いわけじゃないのにね」

 

 尤も、今日の授業を担当する先生は理解のある人なので彼女達を諫めてくれている。それとシホとメグの二人の様に、クラスの女子の中には今の社会体制に疑問を持っている人がいる、というのが不幸中の幸いだろう。

 

「さぁ。こっちはこっちで少し急ごうか。時間は有限だからね。

 シホと田口君は味噌汁、オレとメグ、御手洗君は野菜炒めで分担しよう。いいかな?」

 

 嫌な空気を切り替えるために、努めて明るく振舞う。

 それを何となく察してくれた四人は、素直に従ってくれた。こういうところは本当に有難い。気を取り直し、調理再開。

 オレは時々シホと田口君のほうを見つつ、素早く野菜をきざんでいく。常日頃お爺ちゃんの手伝いをしているオレにとっては、造作もない事だ。

 

「流石定食屋の娘。手際いいなぁ」

「ありがとう。それよりも御手洗君、包丁を扱っている時に余所見は危ないよ」

「大丈夫だって。一応ちゃんと見てやって……いてっ!?」

 

 と、小さく悲鳴を上げる彼を見れば、人差し指から僅かに血が流れている。どうやら少し切ってしまったらしい。

 

「全く……言わんこっちゃ無い。ほら、見せて」

「だ、大丈夫だって。こんなもん、舐めときゃ治るって」

「いいから、ほら」

 

 彼の手を半ば強引に引き寄せ、傷口を確認する。どうやらそれほど深くはないらしい。

 その手を取ったまま、一度傷口を洗い流す。そして血が一時的に収まっている内に、ポケットからティッシュと絆創膏を取り出し、手早く処置を施す。

 

「はい、終わり。キツかったりしない?」

「あ、あぁ。大丈夫だよ。その……ありがとな」

「クスッ、どういたしまして。さ、続きをやろうか」

 

 少しばかり照れくさそうにしている彼の背中を軽く叩き、作業に戻る。

 その後、オレの班は無事に調理終了。ちゃんと食べられるものが出来上がったとだけ記しておこう。

 

 

「いやー、やっと終わったって感じだな!」

「あぁ。しかし5限目に数学は流石にきついぜ……」

「お疲れ様」

 

 午後のホームルームを終えた直後、一夏と弾は途端に元気になる。

 つい先ほどまで数学の授業でノックアウト状態だったのが嘘のようだ。そんな彼等に苦笑していると、鈴もやってきた。

 

「いやー、数学の授業はホント参ったわ。もう公式とかチンプンカンプンよ」

「数学は所詮暗記だよ。基礎さえ抑えておけば、応用なんてそれほど苦にはならないさ」

「……一度はそんな台詞を言ってみたいもんだわ」

 

 そう言って机に突っ伏す鈴に苦笑しつつ頭を撫でてやると、擽ったそうに目を細める。その姿はまるで猫の様だ。

 元々やれば出来る子なのに、興味が向かない事にはとことんやる気の起きない彼女は少し勿体無い事をしているように思えてしまう。が、それも彼女の選ぶ道だ。オレがとやかく言う問題では無い。

 

「そういえば、一夏と鈴はこれから部活だっけ?」

 

 オレの言葉に二人は頷く。水曜日である今日は他の曜日と違い、一時間分授業が少ない。

 なのでこれから一夏は剣道部へ、鈴はラクロス部へといって体を動かすのだろう。因みに弾は帰宅部で、オレは生徒会に所属している。

 ……まぁ一応オレも”ある部活”に参加しているのだが、今は気にする事では無い。今日は活動する曜日という訳でも無いし。

 

「さぁて!今日も張り切っていくわよぉ!」

「元気なのは良いけど、怪我はしないようにね」

「澪も今日は生徒会の方に顔出すのか?」

「まあね。まだ覚えないといけない事が多いから、仕方がない」

 

 そう言って肩を竦める。こればっかりは仕方の無い事だ。

 

「さて。そろそろいい時間だし――――」

 

 そろそろ行こうか、と席を立とうとしたところで

 

「あ、ちょっといいか?」

 

 背後から少し慌てたような声がかかる。振り返るとそこには、御手洗君の姿があった。

 

 

 俺達に声をかけてきたのは、同じクラスの御手洗だった。

 席が離れているという事もあってそれほど話した事はないけど、気さくな奴だった記憶がある。しかし、いつもは他のクラスメイトとすぐに帰る筈の彼が声をかけてくるなんて、珍しい事もあるもんだ。

 

「あー、えっと。五反田さんにちょっと話があってさ」

 

 御手洗はそう言ってチラリと澪に視線を向ける。

 だが、当の本人は理由が分からないのか首を傾げている。

 

「えっと、それで?」

「あぁ。あのさ、調理実習の時なんだけど……手当てしてくれてありがとな。助かったよ」

 

 そう言って立てられた彼の左手の人差し指には、絆創膏が綺麗に巻かれている。話を聞く限り、どうやら澪が御手洗の治療をしたらしい。

 

「別にそこまで気にする事でも無いのに」

「いや、そうかもだけどさ。改めてお礼を言っておきたくて」

「……意外と律儀なんだね」

「おいおい、意外は余計だろ?」

「ごめんごめん。どういたしまして」

 

 そう言って笑い合う二人を見ていて、何だか胸の中にドロリとした感情が沸き上がるのを感じた。

 今まで感じた事の無かったその感情はしかし徐々に膨らみ始め、次第に訳の分からないイライラがつのり始める。

 

「まぁ、これも何かの縁って事でさ。

 御手洗数馬だ、改めて宜しく!あぁそれと、数馬でいいからさ、皆も宜しく頼むわ」

 

 そう言ってニカッと笑う彼に、俺はぎこちない笑顔を返すことしか出来なかった。

 結局その日の部活の時までその言いようの無い感情は消えず、部活に真剣に打ち込むことが出来なかった。

 

◆夜 自室◆

 

 時刻は既に12時を回っている頃。

 店の手伝いを終え、日課である勉強を終えたオレは、鍵の掛かっている引き出しから一冊のノートを引っ張り出す。

 これは、オレが記憶している”原作”の知識を書き殴りしたものだ。今までであればそんな、自分の最大の秘密を物質として残して置くような事は控えていたのだが、ある日を境に書き始めたのだ。

 

 そのある日とは勿論、篠ノ之束との接触をした日の事。

 

 あの日彼女が残した言葉は、オレにとって――いや、それどころか世界にとってトンでも無い事を引き起こしかねない重大なものだった。何故彼女がオレにあんな言葉を残したのかは分からないが、彼女が意味の無い事をするとは思えなかった。

 だからこそオレは、既に消えつつある記憶を必死に掘り起こしては書き留め、何か思い出したら書き殴るという事を繰り返している。

 

 そして今日確認する内容は彼――御手洗数馬の事だ。しかし

 

「やっぱりどこにも書いていない……」

 

 ノートを見て、思わず落胆する。どうやら記憶違いではなく、ノートには彼についての情報は殆どと言っていい程書かれていない。書いてあるとすればそれは、”一夏や弾の中学時代の友人”という事位だ。

 

「見たところ妖しい所は無いみたいだけど……。この辺りは正直、もう少し踏み込んでみないと分からないな」

 

 薄れている原作知識の中でも、”一夏”の中学時代にはこれといった事件は起こっていなかった。となれば、それほど気にする事でも無いのかもしれないが、この辺りは既に性分の様なものでもあるので仕方が無い。

 

「行き当たりばったりっていうのはあんまり好きじゃないんだけど、まぁ仕方がないか」

 

 一夏だけでなく、彼女の姉や更には篠ノ之束と接触してしまった以上、最早無関係ではいられない。だがそれでも、出来るだけ平和な日常を手にしたいと心は望んでいる。

 矛盾していると分かっていても、それでも――――何とかやるしかない。

 

 これ以上は考えていても仕方が無いと思い、ノートをしまいしっかりと鍵をかけ、ベッドに入ろうとしたその時だ。

 

 突然、携帯が震えた。

 

「……通話着信?こんな時間に一体誰が――――」

 

 そこで思い至るのは、一人の大天才。彼女ならば、突然電話をかけてくる事があっても不思議では無い。

 慌ててノートを引っ張り出し、いつでも書きこめる体勢を整える。そして意を決して携帯を覗き込めば――――織斑一夏の文字。

 

 瞬間、一気に体から力が抜け落ちた。オレは半ばやけくそになりつつも電話に応じる事に。

 

「もしもし?こんな時間に一体どうしたんだい?」

『も、もしもし?ごめんな、こんな時間に電話なんてして……』

 

 少しだけ苛立ちを込めた声にしかし、返って来たのは妙に元気の無い声。

 

「……どうした?随分元気がないようだけど」

『っ、悪い』

 

 だが、返って来るのは歯切れの悪い言葉ばかり。いよいよ本気で心配になってきたオレは、少し慎重に言葉を選ぶ。

 

「何か嫌な事でもあったの?」

『嫌な……そうかもしれない。でも、何でそうなってるのか、それが分からないんだ』

「……事情は良く分からない。その上、君自身が分かっていないようだから深く追求する事はしない。けど……どうしてこんな時間に?随分と君らしくない」

『俺自身、明日にでもすれば良いって思ったんだけど……。

 でも、何となく今話したかったんだ。……今、澪の声を聞きたかったんだ』

「………はぁ」

 

 コイツは本当にどうしようも無い奴だな、と思ったオレを誰が責められようか。

 今の台詞をオレ以外の女子に聞かせてみろ。まず間違いなく勘違いを起こす。相変わらずの鈍感というか朴念仁っぷりに頭が痛くなるが、何とか堪える。

 

 結局オレでは彼の力になる事が出来そうも無いし、だからと言って放っておくわけにもいかない。溜め息を一つ吐き、次いで苦笑する。

 

「君が今何に悩んでいるか、オレは分からない。だから残念だけど、力になる事は出来ないよ」

『……あぁ』

「まぁ、あれだ。どう考えても答えが出ないなら、いっその事考えるのを止めてみろ。それで、何か楽しい事、嬉しい事を思い浮かべてみるんだ」

『楽しい事?』

「あぁ。そうだな……じゃあ一夏。明日の弁当には、君の好きなおかずを入れておこう。けど、何かは言わない」

『何だよそれ。教えてくれたっていいじゃんか』

 

 少しだけ明るくなった声に、オレは言葉を続ける。

 

「それを言ったら面白く無い。

 だからさ、明日の弁当の中身でも楽しみにしながら寝てしまえ。そういう小さな事でも考えていれば、自然と悪い考えや気持ちなんて気にならなくなる」

『……そう、かもな。ありがとな、澪。少し話したら、何だか気が楽になった気がする』

「それはどうも。今度からはこんな時間に電話しないでくれると助かるかな?」

『わ、悪かったって』

 

 そうしてどちらからともなく、クスリと笑う。どうやら一先ずは大丈夫なようだ。

 

「さぁ、今日はもう遅い。おしゃべりはここらで終わりにしよう」

『あぁ。それじゃあまた明日。お休み、澪』

「お休み一夏。いい夢を」

 

 通話を終え、ほっと一息。

 何に悩んでいるのかは分からないが、まぁ思春期特有のものだろうと一人納得を付け時計を見る。どうやらそれなりに話しこんでいたらしく、12時半を回っていた。

 オレは再びノートをしまい、ベッドに潜り込む。

 

「とりあえず……明日の弁当のおかずの事でも考えながら寝るか」

 

 そうして今度こそ、オレは眠りについた。

 




後書き

今回出てきた男子とオリキャラ二人の捕捉をば。

・御手洗数馬
 原作において名前のみの登場。7巻までで登場した事は一度も無く、名前が出てきたところを探すのが困難なくらい不遇な扱いを受けている。
 というか、このキャラを作った理由が未だに見えてこない。

・山崎志穂
 愛称はシホ。現時点で女子にしては珍しく162cmの長身を誇るスレンダー系美人娘。性格は溌剌としていて茶髪のショートヘアーがトレードマークの男勝りな水泳部。胸に関しては鈴よりは大きく、澪よりは小さい。本人は特に気にしていないよう。
 女尊男卑社会及びそれを享受し誇示する女性に疑問を持っている様子。
 今後も登場予定あり……?

・新井恵
 愛称はメグ。149cmの少し小柄な体系に、焦げ茶色の髪を腰辺りまで伸ばしている大きなクリクリした目とゆる~い空気が特徴的なおっとり系娘。
 中一にも関わらず胸部に凶器を持ち合わせている為、鈴からの視線が少しきついが、本人はちっとも気にしていない。どころか可愛いもの好きな性格のため、良く鈴に抱き付いている。
 女尊男卑社会及びそれを享受し誇示する女性に疑問を持っている様子。
 今後も登場の予定あり……?

・田口君
 田口君。野球部。単なる人数合わせのオリキャラ。宇宙誕生に匹敵する奇跡が起これば今後も登場するかもしれない。

・女尊男卑の影響を受けているキャラに対する、オリキャラ二人の描写
 ちょっとだけ反感の意志を表した二人。実は今後そこそこ重要な役割を担うことに――――なるかも。

若干どころかかなり甘くなったように見える澪。ところがぎっちょん。その真相はまた次回。

感想・指摘等お待ちしております。


追記
前回更新に伴い感想が一気に計10件だった事に驚きを隠せませんでした。
この小説を読んでくださった皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m

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