平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
リアルで色々とあり、パソコンに触れる時間がとれず、執筆もできない状況が続いてしまい……。


二章 2-5

「ねぇ、弾」

「ん? ……何だよ、珍しくしおらしいじゃねぇの」

「うっさい!って、そうじゃなくて! ……ねぇ、弾。これから話す事は、別に冗談でも何でもないわ。そのつもりで聞いてちょうだい」

「……おう」

 

 夕焼けに辺り一面が染まり始める中、境内の奥にある少し開けた場所で、鈴と弾は見詰め合う。

 常に明るく元気に溢れる鈴の姿はそこになく、今の彼女は普段とはまるで正反対の、不安に押しつぶされてしまいそうなか弱い少女然としている。流石の弾の普段の鈴と違う様子に気が付いたのか、先ほどまでの、そして常のどこかお茶らけた雰囲気を潜ませている。

 そんな二人を、オレや一夏、数馬、シホ、メグ、そして蘭のいつもの面々は、文字通り草葉の影から固唾を飲んで見守っている。

 

 何故こんな場所でこんな事をしているのか。そもそもの事の発端、それは、クラリッサさんと出会った翌日の出来事だった――……

 

 

◆12月30日◆

 

「振袖が着たい?」

 

 オレの問いかけに、鈴は少し恥ずかしげにコクリと頷く。そんな、普段の活気溢れる彼女からは考えられないしおらしい態度に、オレは蘭、シホ、メグの三人と共に首を傾げた。

 因みに場所はオレの部屋。何時ものメンバーである男子組は、今は一夏の家に転がり込んでいるらしい。だからこうして女子だけで話が出来るのだが……はて。 

 

「どうしたのさ、鈴」

「ど、どうしたって何がよ?」

「う~ん。何て言うか……何時もの鈴ちゃんらしくないって感じがして」

「そ、そんな事ないわよ!た、ただ……アレよ! アタシってば日本に来てから着物っていうのを着た事がないことに気付いたのよ。で、正月には振り袖ってのを着る習慣があるんでしょ?だったらこの機会に着るのもいいかなぁ~って思っただけよ!」

 

 シホとメグの追求に、鈴は一瞬言葉を詰らせるが、直ぐにそれらしい言葉を口にする。が、どうにも腑に落ちない。そして、そう思ったのはオレだけではなかったようで。

 

「鈴さん」

「な、何よ蘭」

「嘘、吐いてません?」

 

 蘭が代表して疑わしげな視線と共に問いかける。すると

 

「そそそそんな事無いわよっ!? いやね蘭ったら!!」

 

 面白いくらいにうろたえていた。

 これは何かある、と考えるがどうにもオレには答えが見えてこない。他の三人はどうだろうと思い見てみれば――

 

『へぇ~?』

 

 何やら鈴をニヤニヤしながら見つめているではないか。

 

「な、何よアンタ達。その気味悪い笑顔は……」

 

 その笑顔に薄ら寒い物を感じたのか、心なしか後ずさる鈴。だがその気持ちは分からなくも無い。少なくとも、オレがあんな笑顔を向けられた日には、引くか全力で無視を決め込むかその場から退却する事を選ぶだろう。本人達には悪いがそれほどまでに気味の悪い笑みだ。

 

「べっつにぃ~?」

「ただ、鈴ちゃんも素直になってきたなぁ~、って。そう思っただけだよ?」

「ど、どういう意味よそれ!?」

「だって鈴さん。お兄に振袖姿を見て欲しいから、今回は着たいって言ったんですよね?」

「~っ!?」

 

 振袖を着る事くらい、やろうと思えば去年だって着る事は出来たんですし。そう続けた蘭の言葉に、鈴は熟れた林檎よりも尚真っ赤にその顔を染め上げた。どうやらその指摘は正しく当たりだったようで、鈴は反論しようとするが口をパクパクと動かすだけで精一杯の様だ。

 

「成程、そういう事か……」

 

 少々理由が弱いが、もし彼女が単に振袖を着て正月を過ごしたいと思っていたのであれば、それは何も去年にすれば良かった事。しかしそうはせずに、今年に限ってそんな提案をしてきた。となると理由は、初めて友人と――というよりも弾と共に過ごす正月を少しでもいい思い出とする為の提案だったのだろう。そう考えれば、彼女の提案には説得力が増す。

 正直に言ってしまえば、彼女が弾に友人以上の感情を持っているのは、この場にいる全員が把握している事だ(尤も、鈴本人はそんな事に気付いていなかった様だが)。となれば、オレ達としては友人の恋路を手伝う事は吝かでは無い。寧ろ全面的に応援したいくらいだ。

 一人納得していると、四人が若干呆れた様な表情でオレを見ている。……一体なんだというんだ?

 

「いや。もしかしてお姉、鈴さんが考えている事、気付かなかったの……?」

「まぁ、そうだけど……」

「……はぁ~」

「一夏君もそうだけど、澪ちゃんも結構鈍感だよね……」

 

 そう言われても仕方が無いではないか。前世でも恋愛と言うものには殆ど縁がなかった元男。多少女よりの思考をするようになったと言っても、恋する少女の思考回路など、オレには到底及びつかない。

 そんなオレに、明らかに呆れた様子のシホとメグ。そう言われた所で仕方が無い。が、一夏と同類にされるだけは御免だ。オレはアイツほど鈍感ではないよ。

 

「そんな事考えている時点で、アンタも十分鈍感でしょうに……」

「鈴、何か言った?」

「いいえ何も。……はぁ~。ばれちゃったものは仕方ないわ。ま、まぁそう言うわけだから、皆には協力してもらいたいんだけど……」

 

 どうやら腹を据えたのか、鈴は恥ずかしげな表情を浮かべながらもオレ達にそういって頭を下る。……そんな事、言われるまでも無い。

 

「鈴さんならお兄を任せられると思いますし。私は応援しますよ!」

「あたしも賛成。友達が困ってるなら、手を貸すのが当然だからね」

「私も。鈴ちゃんの本気が分かってるから、頑張るよ!」

 

 そう言ってすぐさま協力の姿勢を見せる三人。何とも頼もしい限りだ。

 

「オレも強力するよ。鈴は大事な友人だからね」

 

 そんな彼女達から少し遅れて、オレも賛成の意を表す。彼女が本気で弾との関係を変えたいと願っているのは、十分過ぎるほどに伝わってきている。なら、それをオレが邪魔する理由はない。何より、一人の友人として彼女の恋が実って欲しいと願っている。

 

「みんな……有難う……!」

 

 そう言って目に涙を浮かべながらもはにかんだ鈴は、現在は同性であるオレから見ても可愛らしく、女の子らしかった。

 

「さぁて! そんじゃあついでに告白の段取りでも付けときますか!」

「はぁ!? こ、こここ告白!?な、何言ってんのよシホ!?」

「だってさぁ。ただ振袖姿見せたところで関係なんて進展しないじゃん?だったらいっそ、告白でもしないと!」

「そ、そんな事言っても……」

「シホさんの言う通りですよ、鈴さん!」

「ら、蘭?」

「ぐずぐずしてると、お兄がどっかの誰かに取られちゃうかもしれませんよ?それでもいいんですか!?」

「っ!? いい訳ないでしょ!?」

「それじゃあこれから作戦会議をしないと!」

 

 話が纏まるや否や。わいのわいのと騒ぎ出す四人。女三人集まれば姦しいとは良く言ったものだ。いや、正確には四人だが。騒がしくも真剣に今後の方針を固めている四人。そんな彼女達を見て、オレの中である感情の変化が生まれ始めていた。

 

◆20XX年 1月1日◆

 

「そんじゃあ、先行ってんぞ?」

「あぁ、気を付けて。オレ達も着付けが終わったら、直ぐに向かうから」

「おう」

 

 鈴から話を聞いてから二日後。とうとうその日がやってきた。

 話し合いの結果、参拝後オレ達は人ゴミを利用し鈴と弾から離れ、二人きりの状況を作る。その後、鈴が出来るだけ人気の無い場所へ弾を誘導し、そこで告白をする。というものになった。

 到底作戦と言えるような物では無いが、鈴の意志を尊重し、且つ下手にオレ達が手を出すことで話がこじれる事を考えた結果の作戦だ。こればかりは、鈴の努力に賭けるしか無い。 

 

 しかしこの作戦はオレ達だけでは成り立たない。よって秘密裏に一夏と数馬にも強力を要請し、段取りを組んでもらう事になった。数馬は二つ返事で了承してくれた。が、一夏もすぐに賛成してくれたのには正直予想外だった。常日頃から鈍感と言われている彼のことだ、自分に向けられる好意だけで無く、友人の恋路にも気付いていないものだとばかり思っていたが……しかしこれは嬉しい誤算だったので良しとしよう。

 

 ついでにもう一つの障害だったのが、我が五反田家だ。

 我が家は毎年、正月には家族揃って初詣に行く決まりがあった(尤も、オレは性転換手術を受ける前までは何かと理由を付けて初詣を回避していたのだが)。しかし今回に限っては、そうはならなかったのだ。それは正しく、幾つもの偶然が重なった結果と言えるだろう。

 

 先ず最初に、父さんが急遽仕事で家を空けなければならなくなった。次に母さんが、フランスへと行く事となった。何でも、母さんの大学時代の友人が亡くなってしまったのだそうだ。新年早々に悲しい報せが入った事に少し気落ちするが、こればかりはオレにどうこう出来る事でも無い。

 しかしフランスという言葉を聞くと、どうしても”彼女”の事を思い浮かべてしまう。”知識”の中にある”彼女”は確か、数年後に”男性として”IS学園へと編入してくる筈だ。尤も、それは一夏がISを起動してしまう場合に限るのだが。まぁ……流石にそんな偶然はないだろうが。

 最後に、そんなこんなで家族全員の予定がつかなくなったところで、お爺ちゃんには町内会の人たちから声がかかったので、そちらに向かうことに。

 結果、今年の初詣は友人達と行くと言う口実が見事に出来上がり。そこへ蘭が「偶には振袖を着たい!」と言い(無論、時間稼ぎの口実だが)弾を一夏や数馬達と共に篠ノ之神社へと向かわせ――――

 

「……よし。鈴、出てきていいよ」

「ほ、本当に弾はもう行ったの?」

「大丈夫ですよ、鈴さん。さぁ、早く着替えましょう!」

 

 予め家の近くに待機していた鈴の着付けを済ませる、という手筈になったと言う訳だ。さて。それじゃあ親友の一世一代の大勝負成功の為にも、しっかりと着飾ってあげますか。

 

 

 ――とまぁ、この様な経緯があり、今に至ると言う訳だ。しかし、今回の一件には色々と思うところがある。それはやはり、鈴が好意を向ける対象が”一夏ではない”というところだ。

 

 原作であれば、転校から間もない頃、中国人であるという理由からイジメを受けた鈴は、偶然一夏によって助けられる。それが切欠となり、鈴は一夏との接点を持つようになり、そしてやがては恋心を抱く様になる。だが――その原作通りの最初の流れを壊してしまったのは、他ならぬオレ自身だ。

 あの時の行動を後悔する訳では無い。だが、もしあの時一夏が来るまで身を潜めているなりしていれば、そもそも一夏や鈴との交友関係を深める事も、鈴が一夏ではなく弾に好意を寄せることも無かったのではないか。ホンの些細な変化でさえ、原作から逸脱していくのではないかなどと不安に駆られることもなかったのではないか――……。そんな、今となってはどうしようもない”IF”を時々考えてしまう。

 

(矛盾、しているな……)

 

 ”原作を重視し守る事で出来る限り自分に被害が及ばないようにする”という考えにシフトした自分。

 それとは別に、”原作云々ではなく、今この世界で生きている彼等を一人の人間として見るべき”と、相反する考えがオレの中で渦巻いている。そしてオレはその兆候に、もう随分前から気付いている。

 

 決定的な始まりはやはり、転校当初から鈴や一夏と交友関係を築いた事だろう。

 自身が物語の世界に転生したのだと気付いた当初は、出来る限り原作の登場人物――特に主人公となる織斑一夏には近づくまいと考えていた。これは勿論、”原作キャラとの関わりを可能な限り捨て去り生きていく”という考えがあった為だ。

 だというのに、実際には鈴を助けた事から彼女や一夏との交友関係を構築してしまったり、次第に一夏の手助けをしたりする事でより交友関係を深めていったりと、自分自身でも理解の出来ない矛盾した行動を重ねる事が度々あり、その果てに今の”五反田澪”がいる。

 

 最初こそ自身の矛盾した行動や言動にイライラし、それを本格的に交友関係を結ぶ前の一夏にぶつけた事もあった。だがそのイライラも何時の間にか薄れていき、一夏に対する悪態や不誠実な態度を取ることも少なくなった。だからこそ――オレはこの変化が怖い。

 

 果たしてこの変化は、オレ自身が”五反田澪”として生きていく事を決意した結果によるものなのか。それとも、目には見えない”何か”の力が作用した果ての感情や行動の変化なのか――などと、荒唐無稽な考えをしてしまう。

 前者は兎も角、後者の考えは飛躍し過ぎた被害妄想の様な物だ。……だが、オレはそれを否定するだけの材料を持ち合わせていないどころか、寧ろその可能性を引き上げてしまうだけの材料を持ち合わせている。何故ならオレは他ならぬ、”五反田澪”という原作知識などと本来持ち得るはずの無い知識を有した”転生者”なのだから。

 転生などという不可解な現象が起こり得たのだ。そんな”ありえない存在”であるオレに、”ありえない現象”が起こっても不思議ではないのでは?そんな事を時折考えてしまう。だがその度に思う。そんな事を考えるのは意味の無い事だ、と。

 

(いい加減、こんな考えを持つ事にもケリをつけないとな……)

 

 何か起こるたびにこうして無意味な思考をする事は、オレにとっても、そしてオレの周囲にいる人達に対しても悪影響しか及ぼさない。その点、今回の鈴の告白という一大イベントはオレにとっていい転機になるだろう。

 彼女が起こすだろう今回の行動はオレの持つ知識の中にはないもの。つまりそれは、オレにとって今生きている世界が物語の中の物ではなく”紛れもない現実”という証明となるのだから。そうすればきっと、今後の人生で彼等に対して後ろめたい気持ちを抱かずに済むだろうから――。

 

 

 すぅ、と息を吸う。

 この状況に持ってくるまでの間何度もそうしてきたが、早鐘を打つ心臓は一向に治まる気配を見せようとしない。それどころか、その鼓動は速さを増し、全身に沸騰しているのではないかと錯覚するほどの熱い血液を送り続けている。それとは正反対に、先ほどから喉と口の中はカラカラに乾いており、足どころか体中が微かに震え、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちを加速させる。

 

 だが――それではいけない。

 今ある関係から脱却するということは、これまでの関係を永遠に手放すという事に他ならない。勿論、何でも無いような話であれば、そんな大袈裟な事は起こらない。だが、今から鈴音が行う宣言は、例外中の例外であり、大袈裟な事の範疇に入る。そしてそうなる覚悟をした上で、彼女――――鳳鈴音はこの場にいるのだ。

 ならば、結果はどうであれ彼女は言わなければならない。これまでの関係を壊しうる可能性を秘めていながら、それでも尚、求めて止まない感情に正直になる為に。

 

「本当は、ね。こうして私達が二人っきりでいるのは偶然でも何でもないの。皆が今此処にいないのは……私がアンタと二人っきりの時間を作れるように、って頼んだから」

「……」

「最初は私自身驚いたわ。最初はこの気持ちが信じられなくて、何度も不安になった。……でもね、一緒に遊んだり学校生活を過ごしていく内に、『あぁ、間違いじゃないんだ』って気づくことが出来たの」

 

 だから、と鈴音は弾の目をしっかりと見つめる。

 少しずつ胸の内にある言葉を紡いでいけば、先ほどまでの不安や拒絶される事への恐怖というものは薄れていった。完全に消え去ったわけではない。だがそれでも、今は胸の内にある”一番大切な想い”を伝えたい。その気持ちが勝っていた。

 だからこそ彼女はその先の言葉を紡ぐ。後悔しない為に。この想いをただ大事に仕舞っておくのではなく――自分の想い人に伝える為に。

 

「……弾。私は……私はアンタの事が――「鈴」……え?」

 

 だが、そんな彼女の言葉を、他ならぬ想い人である弾が遮る。

 

「あ~、くそ。……まさかお前から言ってくるとは思わなかったぜ」

「え……弾……?」

 

 困惑する鈴音を他所に、弾は顰め面をしながら頭を掻く。

 五反田弾は、普段はおちゃらけているように見えて、その実、周囲によく目を向け気を配ることの出来る少年だ。あまりにさりげないそれは、注意して見ていたとしても見落としてしまいそうなほどさり気ない。平凡な日常の中に埋もれがちなそんな彼の一面にこそ、鈴音は惹かれたのだ。

 そんな彼が、これから自身が言おうとしている事がなんであるか、それを察することが出来ないはずがない。では何故、彼はこの場で話を途絶えさせたのか?それが、鈴音には分からない。そして分からないが故に――先ほどまで薄れ掛けていたネガティブな思考がジワジワと心を侵食していく。

 そして――――

 

(――いや……)

 

 一度考え出してしまったら、その思考は止まらない。ぐるぐると螺旋を描き続けるように、不安が波となって鈴音の心に押し寄せる。先ほどまで心を満たしていた決意は最早見る影も無く。今はただ、弾の言葉を聞くことが何より怖い。

 

(イヤ……!)

 

 そんな彼女の心情を知らない弾は、やがて何かを決意したかのように真剣な眼差しを鈴音へと向ける。それはまるで、”先ほどの鈴音と同じ様に”。

 

「――鈴、俺は……」

「イヤ!」

「……は? お、おい。鈴?」

「イヤ! 聞きたくないっ!!」

 

 しかし、そんな事に気付かなかった鈴音は、ただ弾の言葉を拒絶する。先ほどまでと明らかに違う少女の様子に暫し呆然とし、直後に悟る。自身の先ほどの言葉が、目の前の少女に”誤解”を生ませてしまった事を。

 

(あぁ、くそっ!俺って奴はなんだってこう……!)

 

 先ほどの言動といい、”先手”を打たれてしまった事といい、後悔してもし足りない。だがそんな事は後回しだ。今は一刻も早く誤解を解く必要がある。

 そして伝えなければならない。目の前で目を閉じ、耳を塞ぐ”想い人”である少女へと。

 

「鈴!何を勘違いしてるのかしらねぇが……」

「うっさい、馬鹿弾!!アンタの言葉なんて聞きたく「――俺は!お前の事が好きだ!!付き合ってくれ!!」……え?」

 

 泣き喚き耳を塞いでいながらも聞こえてきた言葉の意味を、鈴音は一瞬理解出来なかった。そして、理解した瞬間訳が分からなくなった。先ほどまで目の前の少年は、自分の告白を断ろうとしていたのではないか?だが、今の言葉が聞き間違いで無ければ、彼も又自分を想っていてくれたという事になる。

 涙で濡れた目を開き、恐る恐る俯いた顔を上げれば、いつの間に近寄ってきていたのだろう。弾は手を伸ばせば届く距離にまで側に居た。夕陽のせいで良く分からないが、真剣な表情を浮かべる弾の顔は赤面しているようにさえ見える。

 

「本当はよ。俺の方から言うつもりだったんだ」

「……え?」

「だけど、さ。怖かったんだよ。本気で誰かを好きになった事なんて今までねぇし、それに――断られたらって思うと」

 

 未だ呆然とする鈴音を他所に、弾は堰を切ったように想いをぶちまけていく。

 

「それでも必ず、俺の方から想いを伝えてやるって決めてたのによ。……まさかお前から言ってくるとは思わなかったんだよ。だからつい、焦っちまって」

「……ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあなに? 断られると思ってたのは私の勘違いって事?」

「まぁ……そういう事になるわな」

 

 気まずそうに頬を掻く弾の言葉に漸く理解が追いついた鈴音。

 先ほどまでのポカンとした表情は一転――羞恥による泣き顔へと変わっていた。鈴音はぶつけようの無い感情とそんな顔を見られたくなくて、弾の胸によりかかる顔を押し付けると、彼の胸板をポカポカと殴り始める。そんな彼女を、弾は優しく抱きしめる。

 

「ふざ、ふざけんじゃないわよ! あ、アンタ、私がどれだけ不安だったか分かって……!」

「……悪い」

「悪いで済むわけ……ないじゃない! 大体何よ!アンタ男でしょ!? ビビッて無いで、さ、さっさと私に告白すれば良かったじゃない!!」

「無茶苦茶だなおい!? 男だってビビるもんはビビるっての! けどまぁ……言い返せねぇわ」

 

 支離滅裂な事を言っているのは分かっている。それでも、先ほどまでの不安を吐き出さずにはいられなかった。弾は滅多に弱音を吐かない鈴音を、ただただ受け止める。そもそも彼女をこんなにまで不安にさせてしまったのは、自分が行動を起こすのが遅かった事と、変な場面で言葉を遮ってしまった事が原因なのだから。

 

「ねぇ、弾」

「……なんだよ」

「もう一回……聞かせて?」

 

 ――どれくらいそうして抱き合っていただろう。不安を涙と共に吐き出し続けた鈴音はやがて落ち着きを取り戻し、再び彼の言葉を求める。目を閉じ耳を塞いでではなく、ちゃんと彼の想いを受け取りたかった。

 

「ったく。別に今じゃなくてもいいだろ?これから何度だって言ってやるんだから」

「うっさいわね。私は今、もう一回聞きたいのよ」

「はぁ~……分かったよ、降参だ。――鈴、お前が好きだ。付き合ってくれ」

「――うん。私も、弾が好き。大好き」

 

 弾の言葉を受け取った鈴音は再び涙を流す。だが先ほどと違いその顔は悲しみではなく、喜びに彩られていた。泣き笑いという表情であったが、そんな彼女の姿が何よりも美しく、そして愛おしく見えた弾は、自身の心臓が高鳴るのを感じる。

 

「――鈴」

「……あっ」

 

 自然と生唾を飲み込み、想い人の名を呼ぶ。視線が交錯したのは一瞬の事だったが、それだけで彼が何を求めているのかを悟った鈴音は、自身もそれを望む。肩に触れる彼の手を払う事無く受け入れた鈴音は、瞼を伏せその小さな桜色の唇をツンと突き出す。ドラマや小説の世界では有り触れたその行為が、今は神聖な儀式の様に感じながら、弾はゆっくりと顔を近づけていき、そして――

 

「ちょっ、馬鹿押すなってうおあああっ!?」

『きゃあっ!?』

 

 ――直ぐ側の茂みから聞こえてきた悲鳴に遮られた。

 ビクリと硬直した体をゆっくりと動かし悲鳴の音源へと視線を向けて見れば

 

『あ』

「全く……何をやっているんだ君達は」

 

 そこには、気まずそうな表情を浮かながら倒れている友人達と、呆れた表情を浮かべながら茂みから出てくるもう一人の友人の姿が。

 何故こんな所から彼等が出てくる?決まっている――全て覗き見されていたのだ。そして事態を悟った鈴音は

 

「うっ――うにゃああああああああああ!?」

『ご、ごめんなさいー!!』

 

 熟れた林檎よりも尚赤く顔を染め、奇声を上げて彼等に襲い掛かった。

 

「あー、たっく何してんだよアイツ等は……」

 

 走り回る友人達を尻目に、弾は頭をガシガシと掻き毟る。羞恥と先ほどまでのムードがぶち壊されて、同時に感じてた緊張感は溶け、半ば投げやりになりつつあった彼は、それでもどうにかしてほんの数分前までは親友であり。そして今は恋人となった少女を止めるべく頭を悩ませる。

 が、どう考えても一人では無理だ。ここは先ほどいち早くこうなる事を予測して茂みに身を隠した、頼れる双子の妹の手を借りよう。そう思い自身の片割れに声をかけようとして――出来なかった。

 

「っ、澪……?」

 

 茂みから姿を現した妹は、走り回る友人達を見つめていた。

 何の事は無いその姿に、しかし弾は声をかけることが出来なかった。彼等を見つめる妹の表情が、まるで愛おしい物を見るようで、しかしそれでいて、触れる事を恐れている様に見えて……。

 

 結局彼に出来たのは、双子の妹の名を掠れるような声で紡ぐ事だけだった――

 




先ほど、ついうっかりこの話の続きである2-6を挙げてしまいました。
すぐに「やべぇ間違えてやがるw」と気づき、削除をしたのでどうにかなったとは思うのですが。

感想・指摘等お待ちしております。
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