平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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序章 0-3

◆同年三カ月後 某日某所◆

 

 『オレ』にとって文字通り運命の選択をしたあの日から三カ月後。性転換手術を明日に控えた『オレ』は今、地元を遠く離れた某県の巨大な病室にいる。

 国内で受けられる性転換手術の技術が最も高い場所であるという事から、一人入院することにしたのだ。

 

 初めは両親――特に母から心配されたものだが、自宅が食堂を営んでいることもあるから態々一緒にこちらで生活することはないと断った。

 が、実際はそれだけではなく、一人の時間が欲しかったのだ。

 

 これから本格的に、五反田(ごたんだ)澪(れい)として生きていく覚悟。

 そして――女性として生きていく覚悟を固める時間が。

 

 あの日、『オレ』が選んだのは女性として生きていくという未来。

 先の見えない可能性にすがるよりも、ほぼ確かな可能性で訪れるだろう女性優遇社会において生き残るため、というのが『オレ』の考えだった。

 

 おおよそ小学四年生が考える内容ではないのだが、それもそのはず。中身は小学四年生どころかあと数年もすれば三十路に突入するような奴なのだから。

 

 だがこの道にも問題はある。それはやはりある意味で中間、第三の性でもあるインターセックスだった人間の社会的地位というもの。

 現在でさえ色々と問題になっているというのに、女尊男卑の社会になってしまえば、今以上に性別による差別というものが浮き彫りになる。

 まぁそんな人生をどうのように生きていくかは、大体の選択は出来ているのだが。

 

 しかしそれにしても――

 

 

「――……暇だ」

 

 入院着を身につけベッドの中にいる『オレ』は、思わず呟く。

 現在、女性として生きていくにあたり体内のホルモンバランスの調整やら何やらを行っているために、全くと言っていいほどに身動きが取れない(昔はそこまでは出来なかったらしいが、医学の進歩によってこの世界では可能らしい)。

 

 そして同時に思う。

 過去の記憶を取り戻してから数年。果たしてこれほどまでに落ち着いた気持ちで物事を考えることが出来たであろうか、と。

 

 思えば余裕のない人生だった。いや、今でも十分に余裕なんぞ無いのだが。

 だがそれにしたって、もう少しやり方というか、別の身の振り方があったのではないだろうかと考えてしまう。

 というのも、その原因は遡ること三ヶ月前。『オレ』が女性として生きていくことを決めた、次の日の出来事――……

 

◇◆三カ月前 自宅◆◇

 

 『オレ』が女性として生きていくことを決めた次の日の夜。五反田家では緊急家族会議が開かれた。議題は勿論、『オレ』の体の事と性転換手術を受けるということだ。

 

「あー、えっと……マジ?」

「あぁ、大マジ。『オレ』も昨日聞かされて知った」

「……まぁ、澪が冗談なんていうとこ見たことねぇからマジなんだろうけど、さ……」

 

 一通り話を終えた後、俺は二人の兄妹に視線を向ける。

 双子の兄である弾は何とか理解が及んでいるようではあった。が、妹の蘭は違った。

 

 弾と違い、『オレ』はあまり蘭に構った事はない。そういった事情もあるせいか、彼女の『オレ』を見つめる瞳には、様々な感情が渦巻いているようだった。

 中でも顕著なのは恐らく――……

 

「蘭」

「っ!」

「『オレ』の事、気持ち悪い奴だと思った?」

「………」

 

 静かに問いかける『オレ』の言葉に、蘭は何も答えずゆっくりと視線を逸らす。

 結局その日以降今日に至るまで、彼女が『オレ』と目を合わせることはなかった。

 

 

 正直な話、あの態度は当然のものだろう。

 弾でさえ本当のところどこまで理解しているか分からないというのに、妹である彼女に至ってはまだ小学三年生。理解が及ぶよりも先に、未知の存在に対する恐怖や嫌悪感が湧き上がってくるのも頷ける。のだが

 

「……結構堪えたなぁ」

 

 予測出来ていたこととはいえ、彼女の行動は思いの他精神的な負担を与えた。だがそれも、自業自得だろうと鼻で笑う。

 

 思えば『オレ』は、まともに家族とのコミュニケーションを取ってきた覚えがない。どころか、両親を父さん、母さんと。祖父をお爺ちゃんと最後に呼んだのは何時だったろうかと、そんなことすら思い出せない。

 それほど迄に愚かな行為を重ねてきた。

 

 弾とは小学校が同じだということもあり、話す機会は家族の中では一番多かった。だが妹の蘭とはその限りではなく、弾と一緒にいるときには世話を見ていた、という事が殆ど。

 恐らく彼女の中で『オレ』という存在はそれほど大きくはないだろう。寧ろ、恐れていた可能性も拭えない。

 

 ――コンコンッ

 

 と、そんな時。病室の扉をたたく控え目な音。このノックの仕方に覚えのある『オレ』は、扉に向かってどうぞと声をかける。

 すると予想通り、入ってきたのは母だった。だが今日は彼女だけではなく父や祖父も一緒のようだ。いや、それどころか

 

「弾、蘭……」

「よっ!」

「………」

 

 驚くべきことに、二人も連れてきたようだ。

 年頃の少年そのままに病室を物珍しそうに見つめる弾とは違い、蘭は終始俯いたまま父の後ろに隠れるようにしている。

 

 そんな二人を見て、『オレ』は何とも言えない表情を浮かべた。

 

「気分はどうだ?」

「うん、特に問題ないよ」

 

 父の言葉に、ありきたりな答えを返す。

 

「ちゃんと飯くってんだろうな?」

「病院食は予想以上にまずいけど、全部食べてるよ。家で食べるご飯が一番だ」

「……ったりめーよ!」

 

 鉄人やら豪放磊落といった言葉をそのまま人の形にしたような祖父が、普段は絶対に見せない気遣わしげな表情。

 こんな顔も出来るんだと思うと同時に、申し訳なさが募る。『オレ』に出来たのは、場を和ませるように冗談を言うこと位。

 

 そして母は

 

「……澪」

 

 どこか思い詰めた表情を浮かべている。

 そんな彼女の様子を悟った祖父は、弾と蘭を連れて一度病室から出て行った。後の残されたのは、ベッドに横たわる『オレ』と両親。

 

 母は何か言おうとしているが、それを言葉にする事が出来ないでいる。父はそんな母を気遣わしげに見ているだけだし、ならば『オレ』に出来るのは、彼女の言葉を待つことだけだ。

 

 暫くの間、病室に重苦しい空気が流れる。が――

 

「……澪、ゴメンね?」

 

 小さな母の一言が、沈黙を破る。

 見上げる視線のその先には、涙を浮かべる母の姿と、何処か申し訳なさそうな表情の父の姿。しかし分からない。一体二人は、何に対して罪の意識を感じているのだろうか?

 

「……私がアナタをちゃんと生んであげられていたら、こんな辛い思いをさせなくても済んだのに」

「澪。お前はこれから何らかの辛い思いを経験して行く事になるだろう。

 それに対して謝ってどうなるものでもないのは分かってる。けど……すまない」

 

 そう言われて気が付く。

 両親は、今の『オレ』の体がこんな状態にあるのが自分達のせいだと考えているようだ。そんなこと、別に二人が謝ることじゃない、と言おうとして

 

「だが俺達が一番謝らないといけないのは、それじゃないんだ」

 

 その父の言葉に、口を噤む。どういうことだろうか?

 

「昔……幼稚園で倒れたあの日から、アナタは本当に手の掛からない子に育ってくれたわ。食堂を営んでいるウチとしてはとても助かったし、学校のお勉強でも運動でも、常にトップにいるアナタは誇らしかった。

 ……でもね、心のどこかで私達は、アナタの事を”気味の悪い子”だと思っていたの」

「お前は一人で何でも出来た。……いや、”出来すぎる”子供だった。弾や蘭とは明らかに違う、謂わば”天才”と呼ぶべきお前の存在は、最初こそ自慢だった。

 だが年を重ねていく毎にエスカレートして行くお前の知識への欲求、子供とは到底思えない言動、振る舞いは、俺達にとって”異常”とも呼べるものに変わっていった。

 そんなお前を、俺達は何時の間にか恐れるようになっていったんだ」

 

 でもそれは、俺達の都合でしかなかったんだ。

 

「お前がこうして入院している姿を見るたびに、胸が押しつぶされるような思いを感じるようになった。そしてその時になって、やっと気付いたんだ。

 怖いくらいに出来の良い子供。だけどそれでも、お前は確かに俺達の子供で。そんなお前を愛していることに……」

「こんな状態になるまで気付けなかったなんて……。親として最低だわ」

 

 まるで懺悔するかのように心の内を吐き出す二人を見て思う。

 あぁ、『オレ』は何て親不孝者なんだろう、と。

 

 前世の記憶があるが故に、今生の両親を両親として見る事が出来なかった『俺』が招いた罪。その証が今、ここにある。

 この二人に、いや。二人だけでなく家族に今までこんな思いをさせてきたその原因は全て、『俺』個人による単なる我が儘が招いたもの。それがこうまで家族に深い傷を残していたとは……。

 

(そんなこと、全然考えた事もなかった……)

 

 『オレ』が考えていたのは何時だって自分の事ばかり。それ以外の事を蔑ろにしてきたツケがこんな形で回ってくるとは、正直思わなかった。

 

(でも、過ぎた事を後悔するのは無意味な事だ。なら『オレ』が考えなければいけないのは――)

 

 これからの、”五反田澪”としての生き方。

 ”本当の意味”で五反田家の一員として生きていくための、自分のあり方。

 

 なら、今この時が、その為の最初のワンステップなのだろう。

 

「……『オレ』の方こそ、ゴメン」

 

 涙を浮かべる両親の目を真直ぐに見つめ、謝罪の言葉を口にする。

 

「『オレ』も、色々と余裕がなかったから。だから皆に迷惑かけていたんだってことすら、今の今まで気付かなかった」

 

 だからこその、ゴメン。

 

「退院したら、二人に話したい事があるんだ。

 だから今は、取りあえず無事に手術が終わるのを祈っててくれないかな」

 

 父さん、母さん――……

 

「……久しぶりに呼んでくれたわね」

「自分の子供の無事を祈るのは親として当然のことだよ。……大丈夫、手術は絶対成功する」

「……うん」

 

 漸く笑顔を見せてくれた二人を見て、少しだけ心が軽くなる思いを感じた。

 

「……爺ちゃんと、弾と蘭も呼んできてくれないかな。手術する前に、ちゃんと顔を合わせておきたいんだ」

 

 

 それからほんの少しだけれど、三人とも話をする事が出来た。

 積み重ねてきたものが大きいだけに、関係を修復していくのは大変だろう。

 けれどそれでも、これが新しい『オレ』の始まり。その最初のステップだと思えば、それほど苦ではなくなるだろう。

 

 

 久しぶりに呼んだ、父さん、母さん、爺ちゃんと言う言葉。

 

 それはとても重い言葉で、けれどとても耳に心地よかった。

 

 




後書き

澪の心境が変わった要因。

・一人でじっくり考える時間が出来た事。
・この世界で”五反田澪”という一人の人間として生きる決意がある程度出来た事。

これらの理由から、多少丸くなった感じです。ちょっと展開早過ぎるかもしれませんが、だらだらと書き続けるよりは良いかと思ったので、少しアッサリと。
尤も、これで完全に彼(彼女)の価値観が変わったわけではないので、あしからず。

転生について思った疑問点。
その一つである”家族の感情”に焦点を合わせてみました。

同じ位の子供からすれば、
・かなり頭がいい奴
・自分よりも何でも出来て羨ましい
・ちょっと気味が悪い

位の感情を持つでしょう。

ですがそれが成熟した人間、つまり一緒に暮らす家族であったら?
そう考えた時、最初に感じるのは”恐怖”に近い感情だと思います。

出来の良過ぎる子供を見ている内に、愛情はやがて恐怖に近い感情へと変わって行くのでは無いかと。
人間とは未知に対してはトコトン恐怖するもの。それはきっと、異常なまでに優秀な子供に対しても同じかと。

多く見かけるIS二次において、篠ノ之束は”生まれたとき(自我が形成されたとき)から他人を認識することが出来ない異常な感性の持ち主”というものが多いです。

ですが個人的には、出来の良過ぎる彼女とどう接すればいいのか周囲が分からなかったために、彼女は自分の心を守るための措置として、
次第に”自分に対して色メガネ(天才等の肩書きを通す事無く)無く観てくれる人のみを認識出来なくなってしまった”のではないかと睨んでいます。

こう考えれば、親は認識がギリギリ出来る程度なのに対し、妹である箒を溺愛しているのは、純真無垢であった箒は何の隔たりもなく束に接してきたということで一応の辻褄は合います。

千冬に関しては、彼女もある種特出したカリスマを持ち合わせているようなので、そこにシンパシーを感じたのでは、と。
そしてその弟である一夏もまた、箒と同じく純粋であったからなのでは?

というのが、個人的見解。上記においてこう思ったのも、親や周囲が子――束を気味の悪い存在と捉えていたのではないか、という考えから。
ここで書いた事も、その内本編で絡ませていきたいと思います。

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