平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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一章 1-2

◆一年後 20XX年 6月◆

 

「おはよう鈴(リン)」

「おはよ、澪(れい)!それじゃあ行きましょうか」

 

 転校から一年。小学六年生に進級したオレは、鈴と共に学校を目指す。

 あの出来事から、オレは彼女と共に行動をすることが多くなった。どうやら彼女の中で、オレは気の許せる友人となったらしい。まぁ、オレも彼女を大切な友人だと思っているのでなんの問題も無いのだが。

 そんな風に、取りとめもない会話をしながら歩いていると

 

「おーい!澪、鈴!」

「あっ、一夏!」

 

 一人の少年――織斑一夏が声をかけてきた。鈴は明るい返事を返す。

 どうやら彼もあの出来事で鈴を友人と認めたらしく、気軽に声をかけてくるようになった。

 

「おい、無視しないでくれよ澪」

「チッ。………おはよう、織斑君」

「まさかの舌打ち!?てか、なんで俺だけ名字なんだよ……」

 

 もう一年位の付き合いだろ?と、少しへこむ織斑一夏。だがオレにとってはどうでもいい事だ。

 

 彼――織斑一夏は、オレにとって最も関わりたくない人間、その内の一人。

 というのも、ライトノベル<インフィニット・ストラトス>の主人公が他ならぬ彼なのだから。

 

 物語には話の主軸を担う主人公というものが存在する。そして彼は、正しくそれなのだ。数年後の未来において、彼を中心に物語は展開していく。

 が、オレ個人としては出来る限りの接触は控えたかった。誰が好き好んで命の危険に晒される様な人間に近づこうと思えるだろうか。

 

 しかしあの日の接触を機に、重ねて言うがどうやら彼はオレにも友好的に接しようとしてきた。オレにとっては厄介な事この上ない。

 

 命の危機に晒されると言ったが、織斑一夏に関わるともう一つ碌なことが起きない。

 それは、彼が異常なほど異性にモテるということだ。

 

 <インフィニット・ストラトス>内で描かれていたことだが、彼は洒落にならないほどのフラグ体質を保持しているようで、悪く言ってしまえば息を吸うように女を落としていく。

 しかも物語において、彼は所謂ハーレムを建築する。

 

 小説などに関して言えば面白いのかもしれないが、現実でそんな奴がいたら、オレだったら近づきたいとは思えない。

 更に言ってしまえば、今のオレは中身は男のままだが肉体は女のそれだ。いつ、何の手違いでオレも彼のハーレム要員に含まれるか、分かったものではない。

 オレ自身にそのつもりがなくても、この世界においてそれがどこまで通用するか分からないのだ。そう結論付けての、”君子、危うきに近寄らず”だというのに……。

 

「なぁ、何で澪は俺をさけるんだよ?」

「というか、澪ってば何でそこまで一夏の事を嫌ってんのよ?」

「無自覚鈍感野郎って、嫌いなんだ。だからだよ。……あぁそれと、君に名前を許した覚えはないよ、織斑君」

「むっ……。じゃあ何で鈴はいいんだよ?」

「鈴とは友達だからね。友達の事を名前で呼ぶのは、至って普通の事」

 

 友人でもない相手を突然名前で呼ぶのは失礼だろう?と続けると、視界の端で項垂れている織斑一夏と、彼を慰めている鈴の姿を捉える。

 言ったように鈴とは友人ではあるが、彼がどう思おうが、オレは彼と友人になったつもりはない。

 

 只でさえ、”五反田”という家系は織斑一夏に接触しやすい存在なのだ。だというのに、これ以上彼に関わるようなマネはしたくはないというのが、オレの本音。

 尤も、鈴は別だ。彼女に関わるだけなら別に問題はないし、彼女の恋のサポートをするくらいは寧ろやる気になる。

 が、それと個人的に織斑一夏と関わるのは全く別物。

 

 そんな事を考えながら登校する。これが今の、オレの日常。

 

 

 時間は少し飛んで昼休み。

 鈴は織斑一夏や他数名を伴って外で元気に体を動かしている。そんな彼等を眺めているのか本を読んでいるのが、オレのスタンス。

 

 一年前の出来事以降、鈴に対してイジメをするような奴はいなくなった。どころか、彼女の持ち前の明るさは、自然と友達を増やしていった。

 その結果、普段彼女の側にいるオレにとっても共通の友人と言うものが増えたのは何とも言え無い誤算だ。

 

 別に友達が欲しく無いわけでは無い。寧ろ、前世での最後の出来事を鑑みるに、友人とは本当に必要であり得難いものだと言う事を理解している。

 それでも前世の理性が少し邪魔をするせいで、オレは中々彼等のようにはしゃいだりすることが出来ない。もし彼等と本格的に遊ぶようになるとすれば、それは彼等がもう少し成長する頃、具体的に言えば中学に進学してからの事だろう。

 この年になれば多少精神面でも大人に近づいてくるので、オレ自身やりやすい。

 

「いやぁ、疲れた」

 

 聞こえてきた声に顔を上げて見れば、そこには織斑一夏の姿が。幼い顔立ちも徐々に大人のそれに近づき始めている為か、一年でその印象は随分と変わり始めている。

 初めて出会ったときこそ幼い印象を受けたが、今では俗に言うイケメンへと変貌し始めている。また、原作の”織斑一夏”のように酷く鈍感でありながらそれらしい言葉や態度をするため、思春期真っ盛りな少女達をその毒牙にかけはじめている。しかも本人に自覚が無いときた。

 今でさえ騒がしくなってきているというのに、中学へと進学したらどうなることやら……。正直、考えたくも無い。

 

 そんな、男からすれば羨ましいだろう体質と肉体的スペックを供える彼は、一体何をトチ狂ったのか爽やかな汗を流し、これまた爽やかな笑顔を浮かべながらオレの方へと向かってくるではないか。

 

「よ!また本読んでるのか?」

「……何故態々オレの所に?他にも場所は空いてる」

「い、いいじゃんかよ。どっちかっていうと、知り合いがいる場所のほうがいいんだし」

 

 若干むっとした彼は、そのままドカッとオレの隣に腰掛ける。……というか、何故隣に座る。

 ギロリと睨みを効かせると流石に堪えたのか、一瞬たじろいだ織斑一夏。が、それもすぐに効果はなくなり、オレが呼んでいる本を覗きこんでくる。

 

「うわっ、難しそうな本読んでんなぁ~」

「……君、失礼な奴だね」

「へ?」

「他人の、しかも女子に対する態度としては最悪のものだ。それ以前に、他者のプライバシーを侵害するような事は止めて欲しい」

 

 正直、迷惑だ。そう一言言い放ち立ち上がる。

 しかし彼はそれがお気に召さなかったのか、若干怒ったような表情でオレを見上げる。

 

「なぁ。今朝も聞いたけどよ、何でそんなに俺に対してそんな態度取るんだよ?他の奴等とは普通に話してるっていうのに」

 

 何を言うかと思えば、まさかそんな事とは……。

 はぁ、と溜め息を吐き、彼を見下ろす。

 

「君、本気で言ってる?」

「当たり前だ。理由も無しに嫌われてたまるかよ」

「理由なら、既に何度も言ってる」

「それじゃ分からないから聞いてるんじゃねぇか」

 

 こちらがどんな言葉をかけようとも、彼は本気で理解出来ないらしい。現状維持のままでもいいかと思っていたが、こうまでしつこく聞かれるのであれば話は別だ。

 スッパリとこの関係に終わりをつけておくべきだろう。

 

「何度も言っているけど、オレは君が嫌いだ。特に、そういう無神経なところがね」

「……俺のどこが無神経だっていうんだよ」

「他人が嫌がる事を繰り返してくること。それと……そういうデリカシーのないところとか」

 

 そういうところがなければ、友達になれるとは思うんだけどね。

 

 その言葉を胸に仕舞い込み、もう一度彼を睨み付けるように見つめる。その視線の先には、”何を言っているのか分からない”という表情を浮かべたままの、情けない彼の姿。

 

 冷やかな言葉を最後に、オレは彼から離れ一人教室へと戻っていった。

 

 

「……何だってんだよ、一体」

 

 俺は彼女――五反田澪の小さくなっていく背中を見つめながら、そう呟くことしか出来ない。

 

 俺は転校初日から、何となく彼女の存在が気になっていた。

 彼女は運動神経もいいし、勉強に至っては、俺達の中じゃ群を抜いている。そんな彼女が時々、とても同い年とは思えないほどに大人びて見える。

 更に、どこかボーイッシュな彼女はその芝居がかった口調や態度から、時々男よりも男らしく凛々しい。

 

 そんな彼女も、友達といる時は柔らかな笑顔を浮かべる。そんな普段との差に、何故か惹かれるものがあった。

 けれど彼女はどういうわけか、俺にだけ異常なほどに冷たい。他の男子に対しては何ともないのに、何故か俺だけが嫌われている。そんな感じがする。

 

 だからこそ、さっきは又とないチャンスだった。

 彼女の側には誰もおらず、事情を聞くにはもってこい。それでいざ聞いてみれば……。

 

「結果は何時もと同じ、か……」

 

 いや、それ以上に悪いかもしれない。

 これまで何度か事情を聞こうと話しかけみたものの、帰ってくる答えは”君が嫌いだ”の一言。だが今日はそれに付け加えられた言葉。

 彼女のいう鈍感、無神経、デリカシーがないという言葉がどうして俺に当てはまるのか。それがどうしても理解出来ない。

 

「ねぇ、一夏」

 

 かけられた声に振り返って見れば、そこには澪の一番の友達である鈴がいた。しかしどういった訳か、コイツも不機嫌そうな顔をしている。

 思えば彼女とまともに話す切欠は、鈴に対するイジメの現場を見た事だったなと思いだす。あの直後だけは、俺にも普通に話しかけてくれたっていうのに……。

 

「鈴……」

「アンタ、澪に何しでかしたの?随分怒ってたみたいだけど?」

「いや、実は……」

 

 どうするべきか分からなかった俺は、思いきって先程の出来事を鈴に話す事にした。やがて返ってきた言葉は

 

「アンタねぇ……。そりゃあアンタが悪いに決まってるじゃない」

「うっ……。で、でも幾ら何でも酷すぎないか?」

「……確かにそうよね」

 

 どうやら鈴にも思い当たる節があるようで、顎に手を当てて考え込む。が、鈴でも答えは出なかったようだ。

 

「まぁ、その辺りは私がそれとなく聞いてみるわ」

「そっか。ありがとな」

「別にいいわよ。それよりもアンタは、少しでもその鈍感を直しておきなさいよ!」

 

 そう言って鈴は俺の背中をバシン!と叩き、他のクラスメートと一緒に教室へと戻っていった。それに対して俺は

 

「……お前もかよ」

 

 そう呟くことしか出来なかった。

 

 

 放課後、帰り道にて。

 

 今日は一人で家路についている。

 普段であれば鈴、そして不本意ながら織斑一夏も一緒なのだが、鈴を彼と一緒に帰らせるために、用事があると言って一人先に帰ったという訳だ。

 

「しかし、もうすぐ夏休みか……」

 

 ポツリと、誰に言うでも無く一人呟く。

 6月も終わりに近づき、7月中の学校行事も残り僅かとなってきている。心なしか、気温も上がり始めている気がする。

 

「となると、また弾や鈴から宿題でせがまれるんだろうなぁ」

 

 既に二度目の人生を送り、尚且つ勉強を怠ってこなかったオレにとって、小学生の宿題など恐るるに足らず。一日で可能な限り消化し、読書感想文も二日目には終わらせている。

 しかし弾や鈴は違う。彼等にとっては毎年毎年苦痛に感じることだろう。そしてその辛さから目を逸らすが故に、夏休み終了間際になって彼等はオレに泣き着いてくる。オレも最初こそ渋るのだが、結局助けてしまう辺り、随分と余裕が出来てきたものだと思う。

 因みに蘭は弾と違い優等生なので、時々分からないところを教えるだけで済む、非常に優秀な子だ。姉として、オレも鼻が高い。

 

 思えば、こんな事を考える事が出来るのも、周囲が徐々に変わり始めたからだろう。主に家族との繋がりや交友関係のそれは、結局は自分の身の振り方を変えたからなのだと思う。

 そう考えると、やはり何とも勿体無い生き方をしてきたんだなと、思わずにはいられない。

 

 だが、変化したのは何も環境だけではない。

 その一つとして上げられるのが、自分の肉体の事。

 

「……随分とまぁ、変わってきたものだ」

 

 過去の自分、そしてどちらの性別でもなかった頃に比べ、随分と体付きが変わり始めてきた。男子の筋肉の付いた角ばったそれではなく、女子の丸っこく柔らかなそれへと、徐々にではあるが変貌を初め、今ではハッキリとその違いを実感出来るほどになっている。

 

 身長が伸びるペースも大分落ち着いてきたし、何より体力面での違いが大きく出た。これまで難なくこなせた事も、今では大分難しくなってきている。

 一応成長に阻害が出ない程度に筋トレなどをして体力維持を図っているのだが……。

 

 視線を下に向ける。

 そこには、男にはまずありえない、小ぶりではあるが確かな膨らみ。こういう所を見てしまうと、何とも言えない気分になる。 

 尤も、自分の裸を見たところで変な気分になるわけではない。ただ、多少の違和感は感じる、位のものだ。こう思えるのも、恐らくは”慣れ”が関係しているのだと思う。

 

「それでも、女性用の下着とかはまだ抵抗があるんだけど……」

 

 言ってて悲しくなる。

 が、この辺りも徐々に慣れていくことだろう。などと、取りとめも無い事を考えながら、通学路の途中にある公園を横切りショートカットしようとしたその時――――

 

 ドンッと、何かに突き飛ばされる。

 咄嗟の事に反応することが出来なかったオレは、上手く受身を取ることが出来なかった。無様にこけてしまったオレは痛みを堪え、後ろを振り返る。

 

「……君達か」

 

 そこに居たのは、転校初日に鈴をイジメていた馬鹿な少年三人組だった。あれから音沙汰なかったので改心したのかと思っていたが、どうやらそうではなく、仕返しの機会を窺っていただけのようだ。

 その証拠に、彼等――特にオレに股間を蹴り上げられた少年はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「まさか、仕返しか何か?」

「そうだ!やられっぱなしでいられるかよ!」

「へっ!ざまあみろ五反田!」

「流石のお前も、一人じゃ俺達には勝てねぇだろ?」

 

 と、嬉しそうに笑っている彼等。しかし何ともまぁ

 

「小物臭漂う台詞だね。負け犬フラグ」

 

 確かに多勢に無勢ではあるが、弱みを見せれば行為はエスカレートするだろう事は容易に想像が出来た。だからこそ、変わらず不敵な笑みを浮かべたのだが、どうやら彼等にはそれがお気に召さなかったらしい。

 二人がオレの腕を掴んで立たせたかと思えば、残る一人がショルダータックルをかましてきた。

 

「……っ、はっ……!」

 

 流石の衝撃に、肺から一気に空気が漏れ出し、呼吸できなくなる。

 苦しそうな表情を見せるオレに気を良くしたのか、三人はニヤニヤと笑う。

 

「へっ、ざまあみろ!」

「生意気な事を言うからだ!」

「女だからって調子にのるんじゃねぇよ!俺等のほうがよっぽど強いんだからな!」

 

 まるで日頃の鬱憤を晴らすように、彼等はオレを殴り、蹴り続ける。

 そんな彼等に対し、オレは既に怒りよりも哀れみに近い感情を持ち始めていた。

 

 先ほどは自分の身近な変化だけを考えていたが、実際にはもっと大きな変化が世界では起こっていた。

 

 それは、IS<インフィニット・ストラトス>の登場だ。

 

 それが表舞台に立ったのは、原作と同様だった。

 日本に迫るミサイル群を片っ端から破壊していき、そして姿を消す。

 

 この超兵器の登場で、これまた原作同様に女尊男卑の社会が形成され始めてきた。今はまだそれほどでもないが、近い将来、それはもっと顕著になってくることだろう。

 

 また、この変化は実は小学校の中でも現れはじめている。

 というのも、ISが女性にしか扱えないという事が発表されてから、一部の女生徒は一端にその権利を主張し始めたのだ。更に、学校の教師の中にも女性至上主義を掲げる輩がいたらしく、そのせいで彼女達の横行が目立ち始めてきている。

 

 そんな背景と、先ほどの彼等の言葉から察するに、彼等は恐らくそういった被害を受けている人間なのだろう。今はまだ軽いし冗談で済むレベルだろうが、それが当たり前になってくれば取り返しの付かない事になる。

 

(なら、ここでこうしてオレが殴られることで未然に防げるなら、それも必要なことなのかもしれないな……)

 

 もしこの三人が今のままストレスの捌け口を見つけられなかったら、きっとそれは彼等自身の将来にも関わる。

 ならばいっそ……。などと、柄にもなくそんな事を考え始めたその時。

 

「止めろー!!」

「うわっ!?」

 

 オレを捕まえていたうちの一人が、誰かに殴り飛ばされる。

 突然の乱入者に慌てるイジメっ子達を尻目に、オレは混乱していた。一体何が起こったのいうだろうか。

 

「澪!大丈夫!?」

「……鈴?」

 

 イジメっ子の一人が殴られた衝撃で倒れこんだオレに声をかけたのは、友人である鈴。彼女はオレの怪我に響かないように、優しく抱き起こしてくれる。

 けれど、正直今の状況はマズイ。もし鈴が助けてくれたのだとすれば、こうしているのは大きな隙になる。

 が、オレの懸念とは別に、彼等は一向に殴りかかってこない。これは一体どういうことだと顔を上げれば

 

「……織、斑……」

 

 オレと鈴を庇うように仁王立ちする少年――織斑一夏の後姿が目に入った。

 

 

「それじゃあ、アイツは用事があるから先に帰ったって事か?」

「澪自身はそう言ってたわ。多分、お店の手伝いじゃない?」

 

 放課後、俺は鈴と一緒に下校している。

 いつもであれば鈴の友達である澪も一緒なんだが、今日は用事とか何とか。先に帰ってしまったらしい。

 しっかし

 

「……はぁ」

「もしかしてアンタ、まだお昼の事気にしてるの?」

「……まぁな。てか、アレで気にしないってほうが無理だろ」

 

 呆れたような視線を送る鈴に、そう零す。

 俺はどういう訳か、アイツに頗る嫌われている。その理由は幾ら考えても分からない。だからどうにかして理由を聞き出したいと思っていたというのに……。

 

「なんだってこう、タイミングが悪いんだろうなぁ」

 

 どうしても溜め息が零れてしまう。どうにも彼女に避けられているとしか思えない……というより、実際に避けられているのだが……どうしたものか。

 そんな風に悩んでいると、隣を歩く鈴はどこか不機嫌そうな表情をする。

 

「どうしたんだよ。そんな不機嫌そうな顔して」

「べっつに?……ねぇ、一夏」

「ん?」

「アンタ、どうしてそこまで澪に突っかかろうとするの?」

 

 その一言に、はたと目を瞬(しばたた)かせる。

 そんなもの、俺が嫌われている理由が知りたいからに決まって――

 

「本当に、それだけ?」

「……んなもん、それ以外に理由なんてねぇよ」

「……そう」

 

 何時になく真剣な眼差しを向ける鈴の言葉に、一拍遅れながらも返事を返すと、鈴は疑わしげな表情のまま生返事を返した。

 答えを返しておきながら、自分自身に問いかけるように考え込む。果たして俺は、本当にそれだけが理由で、彼女に声をかけたいのだろうか?

 

 やがて会話が途切れてしまった俺達は、無言で歩き続ける。

 突然の沈黙に、息苦しくなる。何とか話題を振ってみようとした、その時――

 

「……ねぇ、一夏。何か聞こえない?」

「は?」

 

 鈴の言葉に思わず首を傾げながらも耳を傾けてみる。すると、微かに聞こえてくる、誰かの声と何かを殴るような音。

 

 ――――瞬間。どういうわけか、全身に嫌な予感が駆け巡る。

 

 それはどうやら鈴も同じだったらしく、顔を見合わせた俺達は全速力で音のする方――公園へと駆け出していた。

 

 程なく辿り着いたその場所。やがて視界に入ったのは、三人の同い年位の男に殴られている、澪の姿。

 

 気が付けば俺は、澪を抑えていた男子の一人に殴りかかっていた。

 

 何故かは分からない。

 けれど、幼馴染であった箒やこの間の鈴の時とは明らかに違う、何か言い知れ無い怒りが俺の中を駆け巡っていく。

 

 それから俺は、澪をイジメていた奴等が逃げ帰って行くまで大立ち回りした。

 

 

「……最悪だ」

「おまえなぁ。そこまでいうかよ、普通」

 

 オレの呟きに、織斑一夏は溜め息を吐く。

 

 あの後、織斑一夏と鈴に助けられたオレだったが、思った以上に体が痛くて歩くことが出来なかった。そんなオレを見かねた織斑一夏はオレをおんぶし、抵抗したくとも自力では帰ることもままならなかったため、甚だ不本意ではあるが彼の背中を借りる事にした。

 

 しかし、彼の背中に乗るとき鈴がオレを見てニヤニヤと笑っていたのは一体どういうわけだろうか。問い質してもノラリクラリとかわされてしまうし……。

 そんなやり取りを一通り終えると、彼女からの追求が始まる。というのも

 

「ねぇ、どうして澪があんな一方的にやられてたのよ?あんな奴等、普段ならどうにか出来るでしょ?」

「まぁ、手段を選ばなければ、ね。……主に金的とか」

「俺の耳下で金的とか言わないでくれます!?」

「なら今すぐオレを降ろしてくれ。そうすればどちらにとっても問題がなくなるだろう」

「そんなこと言ったって、お前、今一人じゃ歩けないだろ?」

「……チッ」

 

 まさかこんな奴に正論をぶつけられるとは。というかこの状況でなければまずこんな事は起こらなかったというのに……。

 

「で?結局どうしてこんなになってるのよ、澪は?」

「……彼等さ。どうやらただ以前の仕返しをしたかった訳じゃないらしい」

「以前?」

 

 と、首を傾げる織斑一夏に、思わず溜め息。

 

「あの三人は、以前鈴をイジメていた連中だったろ?そんなことも忘れてしまうほど、君の脳みそは空っぽなのか?」

「一々悪態吐くなぁ……。てか、そんなの気にしてられる状況じゃなかったし」

「アタシはそこまで昔の事引き摺るようなことはしないし。で、その訳ってのは何なのよ」

「多分、女尊男卑社会に対する鬱憤、かな。」

「「はぁ?」」

 

 それとオレに対するイジメがどう関係するのか、二人には分かりかねているようだった。

 

「ここ最近、ISの登場で妙にプライドの高い女子が増えてきただろう?その煽りを彼等は受けていたらしい。で、前回の事もあったから、オレをストレス解消にも利用した、ってところだと思う」

 

 そこまで言った所で、どうやら鈴は理解したようだ。

 

「……アンタまさか、自分が殴られれば気が晴れるからって思ったんじゃないでしょうね?」

「わぉ。流石鈴、鋭い」

「ふざけないで!アンタがそんな事で怪我したって――」

「そうだね。意味の無い事だ」

 

 あの時は殴られすぎて頭がボーッとしていたせいか、そんな馬鹿な事を考えてしまったが、それは愚かな考えでしか無い。

 その辺りを説明すると、何とか納得してくれた彼女は落ち着いてくれた。

 

 今思えば、あの選択は本当に愚かだった。

 あのような行為を一度でも彼等に許してしまえば、何でも暴力という形で他人にあたり散らすような人間になってしまう危険性もあったというのに。

 ……というか

 

「どうした織斑一夏、妙に静かじゃないか」

 

 先ほどとは違い、黙りこくる織斑一夏。まさか殴られすぎて本当に頭がパァになったのか?なんて冗談めかした事を考えていると

 

「……許せねえ」

「一夏……?」

 

 低く唸るような、彼の声。その声色には、明らかな怒りが含まれている。

 

「そんな理由で関係のない女の子を殴るって……ふざけんなよ!」

「……オレが言ったのはあくまで可能性の話だ。それに、君が憤ったところでどうこうなる問題じゃない」

「でも!」

「今回の事は、今日家に帰ったら親にキチンと話す。そうすれば、あの三人には然るべき処置が与えられる。それで手打ちにしないと、何時までもこの問題は終わらない」

 

 オレの言葉に頭では理解できているようだが、心が納得出来ていない様子の織斑一夏。そんな彼を見て、思わず溜め息。

 

 原作における”彼”は、正義感の強い少年でもある。が、篠ノ之箒と別れてからは剣道に触れていない彼は、何れ今ある実力すらをも手放す事になるだろう。だというのに、今のままの正義感を振りかざすのは危険だ。

 主に巻き込まれる側になるだろう、鈴やオレが。

 

「織斑一夏。君はどうやら、男は女を守るべき、と考えているようだね?」

「当たり前だ」

「成程、確かにその考えは素晴らしく尊いものだ」

 

 けれどね

 

「そこに実力が伴わなければ意味が無い」

「……それって、俺が弱いってことかよ?」

「少なくとも、今のままではね」

「でも澪。こうみえても一夏ってば、男子の中じゃ運動神経は良いほうじゃない」

「言ったろう?今のままでは、と。君、昔スポーツはやってた?」

 

 オレの問いがどんな意味を持つのか分かりかねている様子だったが、彼は素直に答えてくれる。

 

「二人と会う前までは剣道をやってた」

「そう。今は?」

「……全然。道場がやめちまったから」

「そう。つまり君は、これから先、特に自分を鍛える事もなくその思いを持ち続けるわけだ。……やっぱり君は、何れその思いを通せなくなる」

「っ、何でだよ?」

 

 考えてみなよ

 

「どれだけの才能に恵まれている人間でも、何の練習も鍛錬もしなければ、何れその腕は錆付いていく。今の君は、正しくその状態になりつつある」

「そんな事言っても、俺はまだ十分――」

「あと一、二年はどうにかなるかもね。でももっと長い目で見れば、そうも言ってられない」

「………っ」

 

 気が付けば家の前まで到着していた。

 オレは彼の背中から降り、彼を見る。

 

 どうやら鈍感と呼ばれる流石の彼も理解したのか、口を噤んでいる。しかし、納得は出来ていない様子だ。

 少し言いすぎたかと思い、付け上がらない程度に慰めてやることにする。

 

「昔こんな言葉を聞いた事がある。

 ”愛無き力は暴力也。力無き愛は無力也”ってね。まぁつまりは力だけ持っていても、そこに何らかの思いが無ければ所詮暴力止まり。逆に、思っているだけで行動出来るだけの力がなければ、それも無意味だって事」

 

 つまり、だ。

 

「君が今後、その思いを貫きたいと思うのであれば、自分を鍛えることも怠ってはいけないよ。と、そういう話。

 今日は有難う。助かったよ、鈴。それと――」

 

 ――”一夏”。

 

 と、初めて名前で呼んでやると、ポカンとした表情を浮かべる”一夏”と鈴。

 彼等に手を振りながら自宅へと入っていく。

 

 その直後、オレの状態を見て弾とお爺ちゃんが暴走しかけ、未だに表に居た一夏を犯人だと決め込み襲いかかろうとしたのは、全くの余談である。

 

 

 彼を名前で呼ぶようにしたのには理由がある。

 一つは、今回の件で大きな借りが出来てしまった事。流石にあの状況を助けてもらったにもかかわらず、今後も同じような態度を取れるほど、オレは恥知らずでは無い。

 

 もう一つの理由、それは予防線の意味を持つ。

 

 これまでオレは、彼とは出来るだけ距離を置くようにしていた。しかし今回の件でそういう訳にもいかない状況になってしまった。

 ならばいっその事、名前で呼ぶ様になった事を切欠に彼との距離をある程度のレベルまで近づけ、それ以上踏み込ませないようにすればいい。

 

 以前よりもリスクは大きくなるが、大事な友人である鈴との関係と、学校――主に教師がオレに向ける目を考えれば、この位は妥協するべきだ。

 

 この選択も又、今後を大きく左右する事になるだろう。

 それでも、自分自身の意志を確りと持っていれば、大抵の事には対処出来るはずだ。

 

 それに何より、オレがISに触れようとは思っていない以上、高校進学時には彼との関わりも減っていくのだから。

 

 




後書き

今回の話で、澪は二人との距離を少しだけ縮めます。

序盤では、一夏に関しては未だ苦手意識というか、危機意識を持っているためにかなり距離をおいていました。

が、流石に今回の件で助けてもらったという事があっては、
「名前で呼ぶくらいはしないと恥知らずな奴」という、自分の中で譲れない部分もあったため、取り敢えず名前で呼ぶ事、呼ばれる事を許し、ある程度距離を詰めることとしました。

その背景には、

・これ以上無理やりにでも距離を詰められるよりは、ある程度距離を縮めておくことで無理に自分が持っている境界線に踏み込まれないようにという、ある種の防衛線を築いくこと

・そんな態度をとり続けると、教師などから向けられる印象が悪くなるという、まだまだ打算的な考えを持っている

などが最大の理由と言えます。

あとこの話、実は鈴は一夏に恋心を抱いてはいません。
最初に助けに来たのが澪であったことが、大きな原因となっております。

一先ず今回はこのあたりで。

感想・指摘等お待ちしております。

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