平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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一章 1-2.5

◆7月某日◆

 

 公園での出来事から数日。月は変わり7月に入ったある日の事。

 オレはこの日、女であることを選んだ自分を激しく呪った。

 

 ロッカールームで楽しそうに話すクラスメイト達を尻目に、オレは陰鬱な気分を募らせていく。

 そしてその原因はオレの手に握られているもの――スクール水着に他ならない。

 

「こ、これを着るのか……」

 

 皆が着替えている中、オレは水着を手に立ち尽くす。何故だろう、手に思ったそれは心なしか威圧感を放っているようにさえ見える。

 

「澪、着替え終わったー?……ってアンタ何してんの?」

「り、鈴……」

 

 そんなオレに声をかけるのは、友人である鈴。未だに着替え様としないオレを見て、訝しげな表情をしている。

 

「ほら、さっさと着替えなさいよ」

「……水泳の授業、休んじゃ駄目かな」

「諦めなさい優等生。というか、此処まで来てそれは無理があるでしょ?」

「それは……頭では理解しているんだけど……」

「はぁ~……。まぁアンタが如何にも女の子らしい格好を苦手にしてるのは分かってるけどさ、諦めなさいよ。それに一回着ちゃえばなれるんじゃない?体操服の時と同じでさ」

 

 そう言われてしまうと二の句を告げない。確かに体操着の時も、かなりの葛藤の末に何とか乗り越え今に至るのだ。ならば水着とて同じ事だろう。

 

「ほら。待っててあげるからさっさと着替えなさいよ」

「……了解」

 

 そう言われてしまうと、こちらとしても着替えないわけにはいかず。オレは泣く泣く水着を着込んだ。

 

 ――数秒後

 

「……胸がキツイ」

 

 スクール水着を着たオレの感想は、その一言に尽きる。すると鈴は恨めしそうな目でオレを睨む。

 

「アンタ、アタシに喧嘩売ってんの?」

「いや、そうじゃなくて。何て言うかこう、圧迫感があるっていうか……」

 

 前後から締め付ける様なその感覚は、どうにも息苦しく感じる。

 男の頃であれば、海パン一丁だけで楽だったというのに。女子は凄いんだなと、全く見当違いの事を考えてしまう。

 

「まぁいいわ。それよりさっさと行きましょう?遅れると先生が五月蝿いし」

「……はぁ、鬱だ」

 

 水着の息苦しさと羞恥心のダブルパンチで、オレの心は今にも折れそうだ。

 

 

 プールに着き、授業が開始されてから数十分。今は自由時間になっており、クラスメイト達は楽しそうに遊んでいる。そんな彼等を、オレはプールサイドから眺めていた。

 

 オレの通う学校は、水泳の授業も男子と合同で行われる。

 小学校も高学年に上がる年になれば、少年少女は思春期特有の異性に対する感心が強くなってくる。つまり何が言いたいかと言うと――感じるのだ。男子の視線というヤツを。

 

 それは決して厭らしいものではなく、何となく気恥ずかしそうにしている、或いはちょっとした興味本位程度のものなのでまだ多少は我慢出来る。オレ自身、前世ではきっと無意識の内にそういった視線を向けていたのだろうし、精神面だけで言えば大人なオレからすれば、彼等男子のそんな姿は、初々しいものとして見れる。

 

 が、それが自分に向くとなれば話は変わる。

 意識して向けられているのかそうでないのか。どちらかは分からないが何とも居心地が悪い。そういった理由とさっきまでのストレスもあり、オレは彼等のようにはしゃぐことなど出来なかったのだ。

 

「大丈夫、澪?」

「やぁ鈴。もういいのかい?」

「まぁね。ちょっと休憩いれたくなったの」

 

 再びオレを気にかけてくれた鈴。彼女は他のクラスメイト達と動き回っていたので、恐らくは一休みしに上がってきたのだろう。

 

 視線を再びプールへと戻す。

 和気藹々と楽しそうに声を上げて遊んでいるクラスメイト、その中心には一夏の姿があった。彼も他の男子と混ざり合い、体力を使いまくっている。

 

「流石は男子。元気だね」

「ホントよね~。アイツら、一体どこにあんな元気があるのかしら」

 

 そんな話をしていると、オレ達の視線に気付いたのか、一夏が大きく手を振る。それに小さく手を振り応えていると、彼は他のクラスメイトの体当たりを食らっていた。

 一夏は他のクラスメイトを巻き込みながら、反撃を始めた。尤も、じゃれあい程度なのは分かっているようでその顔は笑っているが。 

 

 そんな彼等を見て苦笑しながら、チラリと視線を横に向ける。

 隣に座る鈴の瞳は、騒いでいる一夏達に向けられている。が、それはどうも、恋愛感情からくる所謂”熱い視線”というものではないようだ。

 どちらかというと、やんちゃな弟を見守る姉のような、そんな視線。

 

 だからそれが、妙に気に掛かってしまう。

 家族を含め鈴や一夏、他の人達もこの世界で生きる一人の人間だと理解していながら、オレの知っている”彼等とのズレ”のようなものが、どうしても気に掛かる。

 

「ねぇ鈴。君は今、好きな人はいる?」

「何よ突然」

「いやなに。思春期の少年少女なら普通のことだからね。鈴にも好きな人、それか気になる人くらいはいるんじゃないかなって」

「……アンタ本当に同い年よね?けど、ん~、そうねぇ……」

 

 唇に人差し指を当てながら考え込む鈴。数秒考えた彼女は

 

「……今は特にいないかな」

 

 あっさりと答えた。内心で驚きつつも、更に聞きこんでみる。

 

「そう?一夏なんていいんじゃない?」

「一夏?……あぁ~、確かにアイツ、結構優しいし誰とでも仲良くやってるしね。顔も結構良い方だから、もう少ししたら今よりずっと格好良くなるかも」

「クラスの女子からの人気を考えれば、先ず間違いないだろうね」

「そうね。でも……うん。

 親友って感覚はあるけど、別にそういった感情はないわね。ついでに言うと、アイツのあの鈍感さ。あれがあるからっていうのもあるかしら」

 

 呆れたような、或いは苦笑するような。そんな笑みを浮かべて鈴は答える。

 彼女の表情を見る限り、照れ隠しと言った様子はない。それを聞いてオレが感じたのは、嬉しさと不安、そして自己嫌悪。

 

 嬉しいと感じたのは、やはり今の確認だけでも彼等が物語の登場人物ではなく、それぞれが確固とした人格を持っていると理解出来たから。

 不安を感じたのは、オレの知っている知識とのズレというのが、やはり大きい。これから先、恐らくオレの知っている知識が役に立たなくなってくるのではないか。

 出来るだけ平和な日常を歩みたいと思っているオレからすれば、それは脅威に他ならない。

 

 そして自己嫌悪を感じたのは、彼等をまだ何処か物語の登場人物として見ている部分が残っている事を、否応なく自覚させられるから。

 

 そんな自分が時々、汚い存在の様に感じる。

 

「ところで。そう言う澪はどうなのよ?」

「オレ?オレも同じだよ。特に好きだと感じる異性はいないし、一夏に関しても同じ。彼はただの友人で、それ以上の域を出る事は無いよ」

「な~んだ。つまんないの」

「つまらないとか言われてもね」

 

 そう言ってピョンと立ち上がった鈴は、再びプールの中へと戻っていく。

 その時、プールサイドから一夏に向かって飛び蹴りをかまし、先生に怒られていたのは御愛嬌というべきか。

 

 怒られて小さくなっている鈴や一夏、それを見て笑っているクラスメイト達を見て、思う。

 

 内心では、まだ何処かで迷っている部分はあるし、これからも迷う事は多くあるだろう。まぁでも

 

「彼等を見ていると、それすらも馬鹿らしく思えてくる」

 

 ほんの少しくらい肩の力を抜いて生きてみるのも悪く無い。そう考えられる位にはなってきた。

 

◆7月半ば 某日◆

 

 オレにとって地獄の時期、夏がそろそろ半分を切り始めたある日の放課後。今日は鈴や一夏とは別れて一人図書室に足を運んでいたオレは、ランドセルを取りにいった教室でとある光景を目にした。

 

 それは、一夏が同じクラスメイトの女の子、里中さんと一緒にいるという光景。

 普通に見れば別にどうということは無いその光景に、何となく嫌な予感がしたので外から覗いて見る事に。

 

 どうやら二人は、教室の整理をしているようだ。その光景には思い当たる事があった。

 

 ウチの学校では、その日最後の授業が終わった後に日直として幾つかの仕事がある。

 

 一つ、黒板を綺麗にしておく事。

 一つ、机を綺麗に並べて置く事。

 一つ、日誌をつける事。 

 一つ、教室の窓の鍵が全て閉まっているか確認する事。

 

 とまぁ、こんな感じだ。だが、確かに里中さんは今日の日直だったと思うが、一夏は違う。

 

(なら、どうして一夏が?)

 

 その答えは、教室内の彼等から返ってきた。

 

「ご、ゴメンね織斑君。手伝ってもらっちゃって」

「気にするなって。大体、里中さんが悪いんじゃなくて、サボった奴が悪いんだしさ。それに、俺がやりたかっただけなんだし」

「う、うん……」

 

 爽やかな笑みを浮かべる一夏に、気弱な性格な里中さんは俯いてしまう。が、良く見ればその頬は僅かに赤く染まっている。

 それを見てオレは、『あぁ、またか……』と思わずにはいられない。

 

 織斑一夏。友人である彼にはある美点と汚点が存在する。そしてその二つは、ある意味で表裏一体だ。

 

 彼は兎に角優しい。困っている人がいれば直ぐに駆けつけるし、いじめられている人がいれば、自分が叱られることも省みずに立ち向かう。時々やりすぎるきらいがあるのは否めないが、これらは評価出来る。

 

 が、それと同時に、彼は兎に角他人――特に女子に対しての素振りがややこしい。

 簡単に言ってしまうと、思わせぶりな態度をとりやすいのだ。しかしそれを本人は無自覚の内にやるから、周囲からすれば堪ったものでは無い。

 

 現に先ほど一夏が里中さんに対して言った『俺がやりたかったから』という言葉。

 この言葉は、考えようによっては『君に気があるんだ』、『君を放っておけないから』と言っているようにも聞こえる。それを、よりにもよって思春期の少女に向ければどうなるか……。

 

 それは火を見るより明らかだ。

 

(けど、彼はそれに気付けない……)

 

 それさえなければ良い友人だと、もっと胸を張って言えるというのに。そう思いつつ、再び様子を窺う。

 するともうやるべき事は終わりに近づいていたらしく、二人は帰り支度を始めていた。

 

「あ、ありがとう。織斑君」

「いいって。俺が好きでやった事だしさ」

 

 そう言ってまた爽やかに笑う一夏。彼はちっとも里中さんの変化に気付いていないようだ。

 

(というか何故気付かない? 真正面にいれば、彼女の様子が変わっている事くらい気付けるだろう!?)

 

 あまりの鈍感さに苛立ちが募る。あれでは里中さんがあまりにも不憫だ。と、そんなオレの怒りが天に届いたのか

 

「? なぁ里中さん。何だか顔が赤くなっているけど、大丈夫?」

 

 彼女の変化に気付いたようだ。どうしてそうなっているのか気付けないのは性質が悪いが、まぁこの際それは置いておこう。

 里中さんは少しの間何か言おうか迷っていたが、やがて決心がついたのか一度深呼吸をし、一夏の名を呼ぶ。

 

「あ、あの。お、織斑君!」

「お、おう」

「――す、好きです! 付き合ってください!」

 

(おおっ! 凄いぞ里中さん! 普段の気弱そうな姿とは違うぞ!)

 

 彼女の一世一代の告白模様に、オレは思わずガッツポーズをする。普段物静かな彼女とは違う力強い一面は、オレに大きな感動を与えた。

 そして思う。さしもの一夏も、これだけストレートな告白を受ければその真意を汲むだろう。というか汲めなかったら、水平目潰しチョップか急所への攻撃は確実だ。

 

 顔を真っ赤にして返事を待っている里中さん。そんな彼女に、数秒の間を置いて一夏は

 

「あぁ、いいぜ。

 ――で、どこの本屋まで行くんだ?」

 

 何て、訳の分からない答えを返しやがった。

 

「……え? 本、屋……?」

「ん? だってさっき話してたろ? 本が好きだって。それで、一緒に買い物に付き合ってくれって、そういう話なんだろ?」

「え? あ、……え?」

「いやぁ、丁度俺の好きな漫画の単行本の新刊、まだ買って無くてさ。一人で行くより誰かと一緒のほうが気が楽だからさ」

 

 ハハハッと、困惑する里中さんに気付かず一人笑う一夏。

 流石にこの状況はマズイと思い、偶然を装い教室に入ろうとしたが――

 

「あ、えっと。や、やっぱり今日はいいです。別の用事、思いだしたから……」

「え? そうな……」

「そ、それじゃあっ!」

「えっ? ちょっと!?」

 

 そうして里中さんは、文字通り逃げるように教室を出て行った。そんな彼女をポカンと間抜けな表情で見送る一夏に、再び怒りが沸き上がる。

 彼女が出て行ったのとは別の入り口に潜んでいたオレは、扉を勢い良く開ける。

 

「うおっ!? な、何だ澪か。脅かすなよ……」

「一夏。悪いとは思ったけど、今の見せてもらったよ」

「れ、澪? お前、何怒ってるんだ?」

 

 その言葉に、カチンと来た。

 

「君はさっきの、里中さんの言葉の意味。本当に理解していたのか?」

「え?だから、本屋に行こうって話だろ?」

「……君は本気で言っているのか?」

「ど、どういう意味だ? さっきから何を言ってるんだよ」

 

 本当に気付いていない彼の姿に、理性では彼の環境を考えれば仕方が無いのかもしれないと思いつつも、やはりそれを感情が押し潰す。

 

「っ、なら質問を変えよう。

 一夏、もし君に好きな人がいたとする。この場合で言う好きとは、相手を一人の女の子として好きか?と言うことだ」

「なぁ、何でそんな話に……」

「いいから! ……今の君には、黙って聞く義務がある」

 

 

 澪の言葉に、思わず体が竦みそうになる。

 普段不機嫌そうな表情をすることはあっても、滅多に怒りを見せない澪。そんな彼女の本気の怒りは、俺に突き刺さってくる。

 

「一夏、例えばだ。君が好きな人に告白をしたとしよう。

 その時、君の言葉を相手の女の子が無碍に扱ったらどう思う。そうだな、これは極端な例ではあるが、『馬鹿ではないか? アンタなんかでは私に釣り合わない』などと言われたら、君はどう思う?」

 

 澪のいう例え話に、俺は少しだけ考える。

 誰かを好きになった事なんてないから良く分からないけど、でも、絶対に。

 

「……すっげぇ傷付くと思う。

 人の、俺の想いを、そんな一言で片付けてほしくない」

 

 間違いなくそう思うだろう。

 澪は小さく頷くが、未だに怒りは収まっていないようだ。

 

「じゃあ別の例えをしよう。

 君は彼女に告白をする前、世間話として好きな本の話をしたとする。そしてその後、チャンスが来たので告白するとしよう。

 すると彼女はこう返事した。『いいわ。それじゃあ、どこの本屋へ行きましょうか?』と。

 こう言われたとき、君はどう思う?」

「そりゃあ、どうしてそこで本の話が出てくるんだって――」

 

 思う、と言おうとしてはっとなる。

 これじゃあまるで、さっきの俺と里中さんのやり取りじゃないか!?

 

 その時俺は、トンでも無い事を仕出かした事に気が付く。

 

 

 ここまで言えば流石の一夏も気付いた様で、疑問を浮かべつつも事態の深刻さを理解しているようだ。

 

「え、でも。里中さんが、俺を……?」

「彼女が君の何処に惹かれたかは分からない。けどね……君は彼女の告白を、碌な返事すらせずに切って捨てたんだよ」

 

 一体今日の出来事で、彼女はどれほど傷付いただろうか。それは、オレ達には計り知れない。

 

「で、でも。俺、そんな事気付かなくて……」

 

 普段と違い、どうすればいいのか分からないといった様に、オロオロとする一夏。

 そんな彼の姿は、またオレを苛立たせ、同時に哀れみを覚える。

 

「一夏!」

「っ!?」

 

 彼はきっと、恋を知らない。それが普段の鈍感さに拍車をかけているのだろう。

 だが何時までもそれでは、相手の女の子が可哀想だ。それに――今のままでは、何時かそのしっぺ返しが一夏に返ってくるだろう。

 友人として、そんな彼の態度は見過ごせ無いし、そうなって欲しく無い。手を打つとすれば今しかないだろう。

 

「君は人――異性から向けられる好意というものを知った。なら君は今後、今日と同じ過ちを犯してはいけない」

「過ち……」

「そうだ。だからこそ、その過ちを理解したなら、先ずは里中さんを探し出して謝るんだ。

 彼女の言葉の意味に気付けなかった事。ちゃんとした返事を返せなかった事。そして何より、悲しい想いをさせてしまったことを」

「あ、あぁ!」

 

 自分が今何をすべきか。それい気付く事が出来た一夏は、漸く何時もの調子を取り戻し始める。

 

「そうと決まれば駆け足! 里中さんを探しに行くよ!」

「お、おうっ! って澪も来てくれるのか?」

「君一人じゃどうも心配だ。それに、立ち聞きしてしまったことを謝らねば」

 

 お互い殴られるくらいは覚悟しようと言い、二人で教室を飛び出す。

 

 

 数十分後。

 奇跡的に里中さんを見つける事の出来たオレ達は、彼女に謝罪する。そして同時に、一夏は今度こそ彼女への返事を返した。

 付き合う事は出来ない、という形でだが。

 

 幸運にも彼女は理解してくれたようで、一夏の言葉を受け入れた。

 尤も、一夏はさっきの事があったので、右頬に大きな紅葉を作る結果となったのだが。因みにオレはお咎め無しだった。

 

 今回の件を切欠に、彼も自分の行動と、それに対して相手がどう思うかを少しは学んだだろう。

 オレはこの結果が、一夏にとって少しでも良い方向に働くようにと願わずにはいられなかった。

 

◆7月後半 某日◆

 

 それは、夏休みを目前に控えたある日の事。

 

「課題図書でどの本が楽に読めるか、だって?」

 

 短い休み時間の間に本を読んでいたオレは、彼―― 一夏の言葉に顔を上げる。

 彼は一体何を馬鹿な事を言っているのだろうと、呆れを隠す事無く視線を向ければ、しかし彼にとってはかなりの一大事のようで

 

「あぁ。澪って色んな本を読んでるだろ?だから、何か読み易そうなのって無いかなぁって思ってさ」

 

 この通り!と頭を下げられる始末。その真剣さに、思わず溜め息を一つ。

 しかし……どうしたものか。

 

「一夏。そもそも人によって読みやすい、読み難いなんて物は別れるものだ。だから、仮にオレのとって読み易い本と思っても、君にとってもそうであるとは限らないんだが」

「いや、そうかもしれないけど……。な、ならページが少ない本とかは?」

 

 もっともな事を告げるが、一夏は依然食い下がる。

 

「……やけに必死じゃないか」

 

 何時もの宿題を写させてくれと言うものよりも、ずっと必死な様子の彼をいぶかしむ。一体何が彼をこうまで必死にさせるというのか。

 

「い、いや。それはその……」

「どうせアンタの事だから、千冬さんに怒られるのが怖いってとこでしょ?」

 

 とそこで、鈴が話に参加する。

 

「う、うるせえな! まぁ、事実だけど……」

「千冬さんっていうのは確か、一夏のお姉さんだっけ?」

「あぁ。千冬姉は怒ると怖くてよ、去年の夏休みの宿題が終わりそうもなかった時なんて、マジで死ぬかと思ったぜ……」

 

 そう言ってその時の事を思い出したのか、ブルリと体を振るわせる一夏の言葉に漸く納得がいった。

 去年の夏休みの時点では、一夏とこうまで仲良くはなかったので知らなかったのだが、織斑千冬という女性はやはり怒ると相当に怖いらしい。

 まぁ怒られたのは一夏が悪いだけなので同情なんぞ欠片もしてやらないが……。

 

(まぁ、普段家事の全般をこなしている事を考えれば、少しくらい助けてやっても罰(ばち)は当たらない、か……)

 

 結局こういうところで甘さが出てしまう事に自嘲する。が、それほど悪い気はしなかった。

 

「まぁ、そういう事なら。態々君のお姉さんの手を煩わせる訳にもいかないしね」

「あれ?俺は?」

「ちゃんと期日までに終わらせない君が悪い」

「うぐっ!い、言い返せねぇ……」

「ぷっ!自業自得よバカ一夏」

 

 落ち込む一夏に追い討ちをかける鈴。そんな彼女を何となくからかってやりたくなり

 

「それじゃあ、今年は鈴の宿題を手伝う必要は無いって事だね?」

 

 そう声をかけてやる。

 

「え!?い、いやぁそれとこれとは話が別と言うか、何と言うか……」

「おい鈴! お前去年の宿題は自分一人でやったんじゃねぇのかよ!?」

「う、五月蝿いわよバカ一夏! もう、澪も何でバラすのよ!?」

「何となく?」

「ムキーッ!」

 

 軽い言い争いになった二人を、オレはクスリと笑いながら見つめる。

 

 こうして時々からかってやると、二人は面白い反応を見せてくれる。

 それを見るのが、何だかとても楽しく居心地が良い。そう思えるようになったのも、恐らく二人と過ごす時間が多くなったからなのだと、改めて実感する。

 

 いや、それだけじゃないのかもしれない。水泳の授業の時にも感じたことだが、恐らく心に余裕が出来てきたお陰なのだろう。

 

 思えばあの公園での出来事がなければ、今こうやって二人と笑い合う事はなかったかもしれない。

 それどころか、最悪関係が悪化していた可能性すらある。それほどまでに、少し前のオレには余裕がなかった。

 

 その原因は単(ひとえ)に、織斑一夏と鳳鈴音という、オレの記憶の中に残っている小説<インフィニット・ストラトス>の主要人物だった事だろう。

 

 名前も顔も性格も。その殆どが知識の中にある彼等(キャラクター)と同じだったというのは、オレの心に少なからず負担を掛けていった。

 実際に話してみれば、話の中の人物と括るには早計で、そして愚かな思考だと理解出来る。

 

 一夏は小説では、鈍感、唐変木というイメージが強かったが、実際はそうではない。

 ……いや、確かに鈍感で唐変木ではある。実際に何度も女の子に対して勘違いさせるような言動をしているし(数日前の里中さんの件も同様だ)。

 けれどそれを抜いて見てみれば、彼はとても人に優しく接する事が出来るし、クラスでは皆を盛り上げるムードメーカーでもある。

 

 鈴については、勝気な性格と自信家な発言のせいで敵を作りやすいと言っていたが、実際には己の非をキチンと認める事が出来るし、言いすぎた事があればちゃんと謝る事も出来る。

 それに、少しでも女の子がいじめられていようものなら、必ず助ける勇気を持っている。

 

 そんな二人がオレにとって共通の友人である事は、本当に有難く誇らしい。

 ……だというのにそれを前世の記憶が、知識が邪魔をする。

 

 だがそれも、日を追う毎に徐々に徐々に、本当に極僅かではあるが変わっていった。そして今では、一人の人間として見れるようになってきている。 

 

 だからこそ、最近はこうも考え始めている。

 

(このままオレの過去を話さずにいていいのだろうか……)

 

 二人はオレを友達――いや、親友だと思ってくれている。そしてそれは、オレも同じだ。

 だからこそ――今のこの関係が崩れることが恐ろしい。

 

 二人の事だ。きっと受け入れてくれる事だろう。

 頭では理解している。だが、心はそうではない。どうしても悪い方へと物事を考えてしまう。

 

「澪、どうかしたか?」

「え?」

 

 何時の間にか言い争いをやめた二人は、オレを心配そうにみつめる。慌てて取り繕おうとしたが既に遅く、鈴はそんなオレを見て溜め息を吐いた。 

 

「アンタって時々上の空になるから心配なのよ。……何か困った事があれば言いなさいよ?」

「そうだぜ。俺達だって、何か出来るかも知れないんだ。遠慮するなよ?」

 

 そう言って二人は、オレに優しい言葉をかけてくれる。

 

 だからこそ思う。――このままでは駄目なんだと。

 

「……そう、か。なら二人とも、今年の夏休みの宿題はオレに頼らないでくれ」

「うえ゛っ!?」

「い、いやぁそれはちょっと……」

 

 いつか必ず打ち明けるから。だから――だから今だけはこのままでいさせてくれ。そう思わずにはいられない。

 

「で?結局読み易い本ってあるのか?」

「さっきも言ったけど、そんなものは人それぞれ。自分で解決するしかないよ。鈴、君もだよ」

「「そ、そんなぁ……」」




◆7月某日◆について

男の精神を持っていながら女になったが故に、避けては通れない苦痛と葛藤。その一つである水着の話。……嘘です。

原作知識を持っているが故にどうしてもそのフィルター越しに鈴や一夏を見てしまう自分への葛藤、そして意識改善といった話です。
原作とは違う微妙なずれに、彼等は只の物語の登場人物では無いと再認識。それでもどこかでそういった目で見ている自分に葛藤してしまう、といったところ。


◆7月半ば 某日◆について

オリジナルキャラ里中さんを通じて、原作への疑問点を提起してみました、という話です。

原作によると、一夏は今回の里中さんのように、かなり頓珍漢な答えで女子をふっている様子。ですがそこで疑問が一つ。

・果たしてそんなふりかたをした男が異性から好かれるだろうか?と言う事。

普通こんな酷いふりかたをしたら、女の子はかなり傷付くだろうと。そして、それとなく友達に話したり、それが噂になって広がったりとするはず。
が、それでも異性に異常なまでに好かれるなんて事があったら、それは最早催眠の域ではないのかと思ったので。

また、そんな場面を見てしまったので、澪によるお説教。
これにより、一夏の女子に対する意識変化がホンの少しだけ行われました。

◆7月後半 某日◆について

最初の話からさらに少しだけ進み、再び内心の変化が訪れる、といった話です。

両親と祖父にそれとなく自分が過去の記憶を持っていると話した事。
一夏や鈴が、ただの物語の登場人物では無い、一人の人間だと認識し始めたからこそ、多少の心の余裕が出てきました。

ですが、だからこその問題として、自分の過去が浮き彫りになってきます。
しかしそれを話すのは怖い、けれど黙っているのはどうなのだろう?という心の葛藤、といった感じでしょうか。


結論。
原作知識を持っていながら、その知識というフィルターを通して相手を見ることなく接する。それでいて自身に振りかかるかもしれない悪影響を回避しようとするというストーリーは難しい。


感想・指摘等お待ちしております。
※2013 3/16 誤字修正
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