平穏無事に生きる。それがオレの夢(仮題)   作:七星 煙

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原作の一夏は、モンド・グロッソでの事を悔んでいるようでした。
が、その割には肉体面で強くなろうとする努力が見られないなぁ、と。

そんな疑問を解消しようかなと。そんな話です。


一章 1-4

◆四ヶ月後 20XX年 12月◆

 

 季節は冬、暦は既に12月。

 

 オレの秘密を打ち明けてから早四ヶ月が過ぎた。

 あれからというもの、オレは以前よりも立ち振るまいに余裕が出来たように感じる。

 家族が言うには笑うことが増えたとの事だが、、その辺りは自分では良く分からないので置いておく事にしている。

 本音を言うと、少し恥ずかしい。

 

 そんな日々を過ごしながら、気がつけばもう冬休み。オレは今何をしているかと言うと――――

 

「……れ、澪先生。ここ分かんないです」

「お、同じく」

「人に頼りすぎると為にならない。取り敢えず最後までやるように」

「「そ、そんなぁ~……」」

 

 部屋にて親友と双子の兄、そして妹の宿題を見てやっている。

 ちなみにオレは、宿題を出されたその日、というか学校で八割以上終わらせた後に自宅で片付けたので、こうしてのんびりしていられるのだが。

 

「あ~ぁ。一夏の奴が羨ましいぜ」

「ホントよね。今頃楽しんでる頃でしょうね」

 

 はぁ、と溜め息をつく弾と鈴。そんな二人とは対照的に黙々と宿題を片付ける蘭を余所に、オレは記憶を掘り起こす。

 

 

 親友の一人である一夏は今、第二回IS世界大会”モンド・グロッソ”を観戦するため、日本を発っている。

 というのも、それは彼の姉である織斑千冬がこの大会にエントリーしているからに他ならない。

 

 織斑千冬。

 

 彼女の名は今や、世界中に知らぬ者はいないほどだ。

 それは何も彼女の容姿が優れていると言う事だけが、理由ではない。

 

 それは、彼女の戦闘技術とその輝かしい戦績に由来する。

 鍛え抜かれた各国の操縦者たちを、彼女はあろうことかブレード一本で勝ち抜いた。しかも全戦全勝、無敗記録を打ち立てている。

 

 これらの事から、彼女は世界中の女性の憧れの的となっている。

 とまぁ、そんな姉が今年の大会に出るという事から、一夏はその応援に行っているという訳だ。

 

 しかし、オレが問題にしているのは、彼女の存在ではない。

 オレが一番に問題視している事。それは一夏の誘拐事件だ。

 

 千冬の応援に行った彼は、何者かの手によって誘拐される事となる。

 そしてこれを機に、彼の姉である千冬は大会を途中棄権、ドイツの情報提供という形で彼が軟禁されている場所を突き止める。

 

 一夏はこの出来事を切欠に、今まで以上に彼女の負担にならないようにとアルバイトを始めたり家事に専念したりするらしい。

 

 だがここで疑問が一つ残る。

 

 それは、どうやってドイツは他国に先んじてその情報を手に入れたのかと言う事なのだが――――

 

「お姉?」

「っ、蘭……」

「どうしたの?なんか怖い顔してる……」

 

 どうやら深く考え込んでいたらしく、蘭が心配そうに声を掛けてくれた。

 見れば彼女だけではなく、鈴や弾も心配そうな表情を浮かべている。

 

(しくじったな。まさか顔に出ていたとは……)

 

 だがこの悩みは人に打ち明けられるものではない。故に――――

 

「いや、何でもないよ。

 ただ、来年もこうして長期休暇の度に宿題を写させてくれ、などと言うようであれば――――その時はおしおきの一つでもしようかなって、考えていただけだよ」

「ひぃっ!?」

「ごごごごめんさないっ!」

 

 ニヤリと笑顔を張り付けてみれば、心当たりのある弾と鈴は悲鳴を上げて謝罪する。そんな二人を、蘭は少しだけ気の毒そうに見ていた。

 ……どうやら誤魔化す事が出来たらしい。

 

「まぁでも、根を詰めすぎるのも良くない。一度休憩を入れようか」

 

 と、話題を切り換えると、先ほどまで騒いでいた二人はコロリと表情を変えた。そんな二人に、オレは蘭と共に苦笑する。

 

「それじゃあ、ちょっくら飲み物でも取ってくるわ」

「ありがと、お兄」

「ふぁ~!疲れたぁ……」

 

 そういって立ち上がる弾を見送りながら、蘭と鈴はグッと体を伸ばしている。そんな二人に苦笑しながら、オレはテレビの電源を入れた。

 気分転換という言葉を利用したのも、情報を手に入れるための口実に過ぎない。

 

「そういえばさぁ、この時間って何か面白い番組やってた?」

「さぁ……。まだ三時くらいだから、そんなにやってないんじゃないですか?」

 

 二人の話し声を聞きながらチャンネルを回していく。

 が、特にニュースでも織斑千冬の大会辞退――――いや、その陰に隠された誘拐事件は報道されていない。

 その事にホッとする。

 

(そうだよな。ここは一つの世界として確立している。全部が全部、物語の通りに進んでいるわけじゃないんだ……)

 

 そう思ったその時――――

 

『ここで緊急ニュース速報です。

 第二回モンド・グロッソ大会ですが、残念ながら織斑千冬選手の大会二連覇はなされなかったようです。

 理由は不明ですが、織斑選手は決勝戦直前に突如大会を辞退したとの事です。詳しい情報は――――……』

 

「えっ!?」

「うそっ、何でっ!?」

 

 聞きたくなかったその知らせが耳に入る。オレは無意識の内に掌を硬く握っていた。

 

◆三日後◆

 

 一夏から日本へ戻ってきたと聞いたオレと鈴は、急いで一夏の家へと向かった。

 が、彼の家に行くまでに何人かの大柄な男達とすれ違った。しかし彼等のような人間はこの近辺にはいなかったはず。

 

「ねぇ。今日は何かやけに人が多くない?」

「さて、何だろうね。まぁ、大体の見当は付くけど……」

 

 物影から様子を窺うオレは、同じように隠れる鈴の呟きに答えると携帯を取り出す。かける先は勿論、一夏だ。

 数秒のコールの後に、電話が繋がる。

 

『もしもし?』

「やぁ一夏、三日ぶり。どうやら面倒事に巻き込まれたようだね」

『あぁ、そうだけど……って、何でそんな事知ってるんだよ?』

「オレと鈴、二人は現在君の自宅付近に潜伏中。

 けどどう見ても一般人じゃない人達が目を光らせていてね、近づけそうも無い。出来れば彼等に口添えしてもらえない?」

『あ、あぁ。取りあえずやってみる』

 

 そこで一度電話を切ったオレは、物影から出ると堂々と一夏の家を目指す。そんなオレの後を、鈴が慌てたように着いて来る。

 すれ違う人達は、通り過ぎるオレ達に鋭い視線を向けるが、一般人だと判断したのか接触自体はして来なかった。だが、ただ観察するようなその視線は居心地が悪い。

 

 そんな時、向かいから一人のカジュアルスーツを纏った女性が歩いてくる。

 彼女は周りの男たちなど目に入っていないようで、堂々と歩いている。そんな女性とすれ違った、瞬間。

 

「……っ」

 

 何か、得体のしれない感覚を覚えた。

 思わず足を止めて振り返ったが、女性はそのまま歩き去って行った。

 

「澪?」

「……いや、何でもないよ」

 

 不思議がる鈴にそう答え、再び歩き始める。

 やがて、オレ達が一夏の家を目指していると分かった何人かが接触しようとしてきたその時 

 

「あ、おーい!澪、鈴!」

 

 と、それよりも先に一夏が声をかけてくれたお陰で事なきを得た。尤も、流石にボディチェックは入念にされたのだが。

 

◇  

 

 ボディチェックを終えたオレと鈴は、一夏の家へと上がらせてもらうと、そのまま彼の部屋へと向かう。 

 

「それで?一体何があった?

 これだけの人間を配置しているんだ、それ相応の事がなければこうはならない」

 

 そして中に入って早々、彼を問い詰める。

 見れば一夏は若干顔色が悪く、体調が優れていないようにも見える。恐らくは精神的に疲れているせいだろうと思われる。

 だがそれでも、確認しておかなければならない。

 

 そこには一人の友人としての想いもあるが、同時に彼が置かれた状況が、果たしてオレの有する知識と食い違う点が無いか。それを確認する為であった。

 

「………」

「ちょっと!黙ってたら何も分からないじゃない!」

「鈴」

「っ、ゴメン……」

 

 が、一夏は黙したまま話そうとはしない。

 一瞬口止めでもされているのかとも考えたが、直ぐにその考えを消し去る。薄らとだが残る知識の中で、確か彼は自らこの時の出来事を話していたはずだから。

 と、なると

 

(彼のプライドがそれを許さない、か……)

 

「一夏、一つ聞かせて欲しい。

 今回君のお姉さんが大会を辞退した事と君がそうして黙っている事。それは関係があるのか?」

 

 その問いに、一夏は表情を歪めて俯く。あと一押しか……。

 

「……誘拐でもされたのか」

「っ!」

「ちょっ、誘拐って……!?」

 

 その一言で、一夏は弾かれたように顔を顔を上げる。そこに浮かんでいるのは、驚愕の表情。

 直ぐにハッとなって取り繕おうとしたが既に遅く、鈴にもその表情を見られてしまった。

 

「で、でもどうして……」

「大方、何処かの組織が身代金目当てで攫ったってところか。或いは――――」

 

 どこかの国家が裏で糸を引いているか――――

 流石にこの言葉を言うのは躊躇われたので、胸の内に留める事に。

 

「しかし良かった。君が無事で何よりだ」

「ホント、良かったわ」

「何かあったら、寝覚めが悪いしね」

「ちょっ!?縁起でも無い事言わないの!」

 

 明らかに気落ちしている一夏を少しでも励まそうと二人で冗談を交わす。が、今の一夏の精神状態はそれすらも受け入れられないようで。

 

「全然……全然良くねぇよっ!!

 俺が弱かったから、俺が捕まったりしなかったら千冬姉は今頃……!」

 

 怒鳴り声と共に拳を自分の足に振り降ろし、怒りを、悔しさを顕にする。

 その怒りは、彼を攫った何者かに対する物か、それとも自分自身に対する物か……。恐らくは後者なのだろう。

 

 彼は正義感が強く、仲間意識が強い。それが唯一無二の家族ともなれば尚更だろう。

 彼自身が愛しているたった一人の姉の偉業。それを阻んでしまったのは自分自身の不甲斐無さ。そう自分を責めているのだろうが――――

 

「――――馬鹿か君は?」

 

 オレからすれば、実にくだらない。

 彼の何時までも煮え切らない言葉を聞いて、先ほどまでの情報がどうとかいう考えは消し飛んでしまった。

 そうなってしまうほどに、目の前の少年の姿が気に食わない。

 

「……どういう意味だよ?」

「君は自分のせいにしているようだが、ハッキリ言ってそれは君の思い込みでしか無い。

 考えてもみろ。相手はその道のプロ。対して君は、修めていた剣術も錆付かせてしまったただの小学生。

 どちらの実力が上かは、自明の理だろう?」

「……っ」

「ちょ、ちょっと澪。流石に……」

「鈴。少し黙ってていてくれ」

 

 仲裁に入ろうとする鈴を一言で制する。

 この馬鹿には良い加減、分からせなければいけない。

 

「なのに君は、姉の偉業を妨げたのは自分のせいだと言う。

 確かに、君という存在がいたからこそ今回の事態は発生したのかもしれない。けれど、それを今更悔んだところでどうなる?どうにもならんだろう。

 それは他ならぬ君が一番理解している筈だ」

「……せぇ」

「それを何だ?何時までもメソメソと……情けない。

 まぁ尤も、君のような”負け犬”には今の姿はお似合いだろうけどね」

「うるせぇっ!!」

 

 ”負け犬”という言葉が引き金となったのか、一夏は本気の怒りを顕にオレの胸倉を掴む。女を守る事を信条に掲げている、あの一夏が。

 その行動には、流石の鈴も驚きを隠せ無いようで、何も出来ずにいる。

 が、オレにとっては好都合だ。

 

「お前に……お前に俺の気持ちが分かるかよっ!!」

「分からないね。それに、”負け犬”の気持ちなんて分かりたくもない」

「っ!このっ……!」

 

 瞬間、ガツンという音と共に顔に鈍痛が奔る。一夏が加減無しに、オレを殴りぬいたのだ。

 

「澪っ!?一夏!アンタ何してんのよっ!?」

「お、俺……」 

 

 流石に言うだけあって”効く”。が、それでもオレは、自分の行動に呆然としている一夏を見据える。

 鈴は今にも泣きそうな表情をしているが、ここは流石に引くわけにはいかない。未だ呆然としている一夏の隙を突き、彼を組み敷く。

 

「が、ぁっ……!」

「ほら、どうした?早く立てよ。殴り返してみろよ!」

「……く、そっ……!」

 

 古臭いやり方だが、”男”に気付かせるにはこのやり方が一番手っ取り早い。

 

「良い加減認めなよ。君は元男とはいえ、何の武道の経験も無い女に組み敷かれるほど、その腕が錆付いてるんだって事を。それほどまでに、今の君は弱いって事をさ」

「……っ」

「――――自分の弱さから目を逸らすな!」

「っ!!」

 

 オレの一喝に、一夏はハッとした目で漸くオレと目を合わせる。

 その瞳は揺れており、未だに迷いが見える。でも、それも良い加減終わりにしよう。

 

「過去はどうやっても覆す事は出来ない。

 君が無様に攫われた事も、今こうしてオレ程度に組み敷かれている事も」

 

 ……でも、これからは違う。

 

「自分が弱いんだったら、その悔しさをバネにしてでも這い上がれよ。

 ホンの少しの屈辱が何だ。悔しさが何だ!本当に守りたい物があるんだったら、その程度笑って受け入れて少しは強くなって見せろよっ!!

 ――――君は男の子だろ、一夏?」

「……あっ」

 

 オレの押し付けがましい言葉に、しかし一夏には感じ入る所があったようで。迷いに揺れていた瞳はやがて、涙に濡れ始める。

 

「……俺、すっげぇ悔しいんだ。

 何も出来ずに攫われて。何かされるんじゃないかって、ビビッてばっかりで」

 

 ポツリポツリと言葉を零し始めた彼は、その目を覆うように右腕を持ち上げる。滅多に心の弱さを見せない彼の独白に、オレも鈴も、ただただ黙って聞きいる。

 

「……そんな俺のせいで、千冬姉には迷惑かけちまって。それでも何も出来ないのが、悔しくて、辛くて……!」

「あぁ」

「ちくしょう……、ちくしょう……!」

 

 堪えきれない悔しさと惨めさを涙に変えて流す彼の身を起こし、オレは彼の頭を胸に抱く。

 あの時、鈴がオレにしてくれたように。

 

「……自分の、弱さに泣くのは今日で、さいごだ。だから……」

「あぁ。今は泣くと良いさ。

 それで、次は笑えるように強くなれれば、それでいい」

 

 ――――頑張れ、男の子。

 

「――――く、う、ぁぁっ……!」

 

 その一言が引き金となった様で、一夏は静かに声を押し殺しながら泣いた。

 オレと鈴に出来たのは、そんな彼を黙って受け入れる事だけだった。

 

 

「………」

 

 私は部屋の前で弟の押し殺した鳴き声を、ただ黙って聞くことしか出来なかった。

 弟に――一夏に一切非はないというのに、アイツはそれを一人で抱え込んでいた。そしてその事に、唯一の家族である自分が気付けなかったことが堪らなく悔しく、腹立たしい。

 

(何が世界最強のIS操縦者”ブリュンヒルデ”だ……)

 

 弟の悩み一つ見抜けなかった愚かな人間には、分不相応な称号だ。

 しかし――――ならばこそ、これからは私も変わっていかなければならない。

 

 話の経緯は分からないが、一夏が己の無力さを嘆き、涙していた事。そしてそんなアイツを立ち直らせてくれたのは、アイツの友人だったという事だ。

 ならば私はこのまま何も聞かなかったふりをするべきだろう。

 

 男というものは、自分の泣き顔を見られるのを極端に嫌うらしいしな。

 一度深呼吸し意識を切り替え、扉をノックし声をかける。

 

「一夏、私だ」

『えっ、ち、千冬姉!?ちょっと待って!』

 

 それから数秒後、了解を得て部屋に入る。

 

「お、お帰り千冬姉」

「お邪魔してます、千冬さん」

 

 そこには少しだけ目を赤く腫らした一夏と、友人である鳳鈴音。

 そしてもう一人の少女を見た瞬間

 

「――――っ」

 

 一瞬、言葉を失う。

 

 それは、彼女の顔が殴られたように腫れているから、というだけではない。

 

「初めまして、織斑千冬さん。五反田澪です。澪でいいです」

 

 述べられた自己紹介も、殆ど耳に入っていない。

 私が何よりも彼女を見て驚いたのは、彼女の目。そして、彼女の纏う雰囲気だ。

 まるで全てを見透かすように賢者の様に、それでいてフィルター越しに世界を見ているような傍観者の様な空気を纏う少女、五反田澪。

 

 私は、この少女と同質の空気を纏っている人間を、一人だけ知っている。

 

「?千冬姉?」

「っ、あぁ、すまない。

 彼女――澪の顔が腫れているのに驚いてしまってな」

「え?ちょっ、澪!何か青っぽくなってきてるわよ!?」

「わぉ、ホント?通りで痛いと思った」

「いやそんな事言ってる場合じゃねぇって!すぐ冷やさないと……!」

 

 誤魔化すための一言にしかし、それまで気付かなかったのか慌てふためく一夏と鈴。対して当人は至ってマイペースな様子。

 そんな姿が余計に、私の脳裏に”アイツ”の姿を連想させる。

 

 正直、聞きたいことは多々あった。だが――――

 

「大した持て成しも出来ずに済まんな。私はこれから用事で出ねばならん」

 

 何時一夏の前でISに関わる話でボロを出すか分からなかった。

 そんな理由から、結局私は話を逸らすことしか出来なかった。

 

「とりあえず一夏」

「え?何だよちふ――――い゛っ!?」

 

 そして、そんな思いを悟られないようにするため、そして姉としてのケジメを付けるために、ゴツッと拳骨を一つお見舞いする。

 余程効いたらしく頭を抱えて蹲る一夏を、鈴と澪は気の毒そうな表情で見つめていた。

 

「それでは私は失礼する。

 ……これからも弟と仲良くしてやってくれ」

「分かりました。勉強面では御心配なく」

 

 冗談めかした言葉に、思わずポカンとしてしまう。

 そして理解した。この少女は、纏う空気こそ”アイツ”に近いが、”アイツ”のように何処か歪んだ部分を持ち合わせている訳では無いと。

 

(この少女が一夏にとって利となるか害となるか。その判断を下すにはまだ早いが……)

 

 どうやら、悪い子供ではなさそうだ。

 

「……ふっ、そうか。それは頼もしいな、是非頼むとしよう。……あぁ、それと」

「はい?」

「私は暫く家を空ける事になっていてな。

 ……その間申し訳無いが、コイツの面倒を見てやってくれないか」

「了解です。鈴、悪いんだけど」

「分かってるわ。澪一人じゃ一夏の相手は疲れるでしょうからね、アタシも手伝うわ。

 そう言うことですから、千冬さん。一夏の事は、アタシ達に任せてください」

「あぁ、そうさせてもらう。この礼はいずれ、な」

 

 そう一言残し部屋を後にした私の足取りは、部屋に入る前より幾分か軽い。

 兎に角今は出来る事を。一夏の姉として誇れるよう、出来る限りの事を尽くし、少しでも早く戻ってくるとしよう。

 

 

◆数時間後 自室◆

 

 あの後少しだけ一夏の家で話をしたオレ達は、一時間ほど後に帰った。

 帰ってきた直後、顔に張られた湿布をみた母さんとお爺ちゃんが若干発狂しかけたが、何とか事なきを得た。

 

 そして現在、時刻は既に9時を回っている。

 風呂から上がり、部屋に戻ったオレはいつものように資格試験の勉強をしようとして

 

「はぁ……」

 

 出来ずにいた。理由は分かりきっている。それは――――一夏に対する行動だ。

 

「何やってんだか、ホント。というか、何時の時代のスポ魂だよ……」

 

 あの時、泣き顔を見ないようにするのなら、部屋を出ればそれで良かった。或いは鈴の恋路を応援する為にも、彼女に任せて置くべきだった。

 だというのにあの時オレが取った行動は、一夏を抱きしめてやるという、自分でも理解不能な行動。

 

 何というか……思い出すだけで恥ずかしくなる。

 確かに、元男として彼の悔しさ、不甲斐無さといった気持ちは痛いほどに理解出来る。

 

「けど、それとあの行動は違うだろうに……。――――うがぁぁぁっ!!」

 

 ”らしくもない”行動を思い出し、ベッドにダイブすると枕に顔を埋め、”らしくもなく”押し殺した奇声を上げる。

 

 本当に、ここ最近は”らしくもない”行動や選択が多すぎる。

 当初オレは、彼等との関わりを最小限に留めるつもりだった。けれど気が付けば、それなりに深い部分にまで踏み込み、踏み込まれる関係になりつつある。

 

 それが――――時々怖くなる。

 

 まるで”自分”という存在が少しずつ誰かの手によって書き変えられ、”物語としてのこの世界の登場人物に相応しい存在”へと変化しつつある。そんな、荒唐無稽な考えまで浮かんでくる。

 

(精神は肉体に引っ張られると言うけど。この変化は果たしてそれだけで説明が付くのだろうか……)

 

 疑問は尽きない。それは、この世界の在り様についてでもあり、自分自身についてでもある。

 だが、その変化を恐れていながら、心の何処かではそれもまた良しと受け入れつつある自分がいる。その変化を、好ましく思っている自分がいる……。

 尤も、それと一夏に対する態度を改めるのは全くの別だが。

 

「……とりあえず、次会ったら一発蹴ってやる」

 

 一人納得したオレは、モゾモゾとベッドに入り込む。

 今日の精神状態ではとても勉強など出来そうもない。ならばいっその事、寝て気持ちを切り替えてしまおう。

 そう考えていた時――――突如、携帯の着信音が鳴る。

 

「?」

 

 珍しい時間に鳴り出す携帯を不審に思いつつ手に取る。が、表示される番号は、全く見覚えのないもの。

 

(間違い電話か何かか?)

 

 とりあえずそうなら伝えてやればいいと思い、電話で出る事にする。

 

「もしもし、どちら様ですか?」

『………』

 

 が、返事は返ってこない。

 悪戯電話か何かかと思いながらも、何故だろう。只の間違い電話ではない気がした。

 

「……もしもし?」

 

 先ほどの投げやりなものではなく、少しだけ真剣味を帯びた声で応答する。すると

 

『やぁやぁ、良く切らないでくれたね!

 最近の若者はすぐにキレるっていうからちょっと試してみたけど、君はそこまで馬鹿じゃないみたいだ』

 

 聞こえてきたのは、何とも楽しそうな女性の声。しかし何だこのハイテンションっぷりは?

 

「申し訳ないですけど、オレは貴女の声に聞き覚えが無いのですが。というか、人違いでは?」

『いやいや君であってるよ。この束さんに睫毛一本分も興味を持たせた君で、まず間違いから安心しなよ!』

「……あの、意味が分からな――――」

 

 ――――いや、ちょっと待て。この女は今、何て言った?

 オレの聞き間違いでなければ、自らの事を”束さん”と――――……

 

「っ、篠ノ之、束……!」

『イエス!大正解♪』

 

 事態を頭が理解した瞬間、オレはベッドから飛び起きる。

 体が妙に強張り、言いようのない危機意識を感じる。だが同時に、先ほどまでのモヤモヤが嘘の様に消え去り頭は冴え、彼女の言葉一つ一つから情報を得ようとしている。

 

「稀代の大天才が、一体オレのような一般人に何の用で?」

『……フフ、本当に面白いな君は。

 状況を直ぐに受け入れる柔軟さ、物怖じしながらも情報を集めようとする強かさ。とても”普通”の小学六年生とは思えないね』

「話を逸らさないで頂きたい。……貴女の目的は何ですか?

 何らかの目的があったからこそ、オレに電話をかけてきたんでしょう?」

『ん~、ちょっとセッカチさんだなぁ。でもいいや!今日の束さんはとっても気分がいいからね、許してあげるよ♪』

 

 それはどうも、と内心で皮肉を言いつつ、彼女の言葉を待つことに。

 

『明日のお昼一時、駅前のカフェに来てくれるかな?束さんはね、君とお話がしたいんだよ』

 

 だが彼女の言葉は、オレが想像もしなかったものだった。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 夜遅く。澪や鈴が帰り、千冬姉がドイツへと渡ってしまってから数時間。俺はテレビをつけながらも、それを見るでもなくボーッとしていた。

 

 というのも、それはつい数時間前の出来事が原因だ。

 

「人前で……それも、女の子の前で泣いたのなんて、初めてかもしれない……」

 

 自分の弱さを認めることになったあの出来事。

 まだ完全というわけじゃないけど、少しは自分の無力さを理解した。でも……何となくだけど、意識が変わった気がする。

 

「……明日から走りこみでもするか」

 

 とりあえず、今のままではいられないと思えただけでも、大きな進歩だろう。

 今までの俺であれば、結局口では何か言いながらも行動に起こしていなかっただろう。それが今日の一件で、本当に自分の無力さを知ることが出来たのだ。

 

「それもこれも、澪のお陰だよな。やっぱり……」

 

 澪。彼女の事を思い出し、顔に熱が集まるのを感じる。

 

 喚き散らす俺を本気で殴ってくれた彼女。

 泣きじゃくる俺を優しく抱きしめてくれた彼女。

 

「何て言うか……温かかったな。それに柔らかくて、いい匂いが――――って!何考えてるんだよ、俺は!?」

 

 あの時の澪の表情を、温かさを、感触を思い出すと、さっき以上に顔が熱くなる。それと同時に、何故か心臓がバクバクと動き出す。

 

「……なんだよ、これ。でも、何だろう――――」

 

 苦しいけど、悪い気分じゃない――――……

 

 未だに鳴りやまない心臓の鼓動と、胸を締め付けるような息苦しさ。

 この時の俺はまだ、この感情が何なのか気付けずにいた。

 

 

 20XX年12月、冬。

 一年も後僅かで終わりを告げる頃にまで差し迫ったある日。

 

 その日オレは、再び運命が大きく動き出す音を聞いた気がした――――……

 

 




澪が原作とは違う、と安心しかけたところでちょっとした追い打ちをかけてみました。
まぁ本音は、ただ単にこのイベントは回避できないだけなんですけどねw

前書きにも書きましたが、
原作の一夏は、モンド・グロッソでの事を悔んでいるようでした。
が、その割には肉体面で強くなろうとする努力が見られないなぁ、と。

で、そんな割には白式を手にしたらあっさりと「俺の大切な人を守る!」みたいな強気な発言。なんというか、都合良すぎないか?と思ったので、そうなる前にほんの少しだけ強化フラグ。

澪が少しだけ女の子っぽい慰め方をして、自己嫌悪。
言葉使いなどはまだまだ男ですが、微妙に女の子しはじめています。

で、最後の最後にウサミミ博士台詞のみ登場。
因みにこの話における彼女は原作ほどいかれてはいませんので、かえって違和感をうけるかな?という心配ががががが

とりあえず次回で一章の小学生編は終わりです。

感想・指摘等お待ちしております。

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