どれだけ……どれだけ長い時間を彷徨ったのだろか……。
どれだけの生命が生まれ、死んでいく、その中で自分という存在が忘れ去られようとも世界は変わりながら進み続ける。
『システムエラー……予定の時刻を大幅に超過……これより覚醒処理を開始します』
まどろみの中、自分の頭に響いてきた言葉に僅かだが意識を取り戻す。
わからない……自分が誰なのか……何故自分はここにいる?
『対象の記憶に混乱の生じを確認……可能な限りの修復処理を追加します』
なんだかわからないがやめてほしい、自分はまだ寝ていたいんだ。
このまどろみの空間で……やれ仕事だ任務だのと……任務?
『記憶の修復処理は正確に行われませんでした……若干の欠落が生じる可能性があります』
おいおい、勝手にやって勝手に失敗して迷惑な話だな。
だがなんだろう? 先ほどよりも頭がすっきりとしている気がする。
『それでは覚醒処理を始めます……5……4……3……』
え、ちょ、ちょっと待てったら! だから自分は別に起きるつもりは……
『2……1……ピー……お早うございます』
あーあ、起きちまったよ。
でも起きてしまったものはしょうがない、また上司から小言を聞かされる任務に戻るんだろうな……この、宇宙で。
“地球再生計画”
……人類はその愚かな行為により何度も地球の環境を破壊していった。
それがいかに愚かなことか、全人類が気づいた時にはもう遅く、そこは人類が住むにはとても厳しい環境と成り果てていた。
砂漠化、地盤沈下、有毒ガスの充満、人工物が発する熱による過度な温暖化、果てには新種のウィルスまで蔓延し始める始末。
かろうじて生き残った人類は地下へ潜り、この地球を再生させる計画を開始した。
だが、自分はそれとは逆の道を進んだ。
"優秀"な研究員であった自分は、人類がこの劣悪な環境でも生き延びれるための研究として"あるサンプル"を手に先輩研究員と共にたった二人で宇宙へと旅立った。
そこから先は……記憶が曖昧でよく覚えていない。
とにかく、お偉いさんから渡された"進化の根源"とかいう意味不明のサンプルの細胞を人類に生かす研究を行っていたはずなんだが……。
「なーんでコールドスリープしてたんだ、自分は?」
しかし、起きてしまったのだから研究を再会しなければいけないのだが……先輩の姿が見えないな。
もう一つあるコールドスリープのゆりかごにも姿はない。
「どこか別の場所で寝てるのか?」
この宇宙ステーションは別段広いわけではないが、しっかり生活出来るだけの環境は揃っている。
食料生産も全自動だし、高性能なメディカルシステムも完備している。
「とにかく、現状を把握するか。ええと、自分が今まで寝ていた期間は……はは、故障してやがる」
自分が寝ていたゆりかごを確認すると、時間経過のメーターがありえない程の年月を指している。
「そういえば覚醒時にシステムエラーとか吐いていたな。ま、最新設備といっても不慮の事態は起きるか」
先輩も見つからない、システムもエラーを吐いた……しかしこの程度でうろたえていてはこの広い宇宙で何年も実験することなどできない。
この実験に自分が選ばれたのはそういったメンタルの強さもあるのだから。
「となると、まずは地中への連絡が最優先事項か」
慣れた手つきで管理システムを動かしていく。
どうやらこの辺りの知識は忘れていないようだ、助かった。
「地中JP-023応答せよ、地中JP-023応答せよ……あれ?」
おかしいな、こちらの画面には“JP-023Active”と表示されているのだから、確かに通信は繋がっているはずなんだが……。
「地中Pφ-011応答せよ……こっちもか」
一体どうなっている? 通信が繋がるということは少なくとも地中には施設が存在しエネルギーも供給されているということだ。
「こちらの通信状況が悪いのか? だったら……仕方ない、アレに頼るしか無いか」
できればこれだけは使用したくなかったが、今は好き嫌いを言っている場合ではない。
「ステーション移動開始、衛星軌道上の“アマテラス”とドッキングせよ」
『了解……アマテラス……ドッキングシークエンスを開始します』
音声入力を終えると、ステーションは静かに移動を開始する。
“アマテラス”……第三次世界大戦において開発が開始され、第四次世界大戦で地球に大きな傷跡を残したと言われている超兵器。
今でこそ気候制御衛生として運用され、こうして宇宙ステーションの通信強化やエネルギー補給などにも使われているが、自分が生まれる前に兵器として使用されたそれはその一撃でその時代の全人類がその過ちを認める程だったと言われている。
『ドッキング成功……アマテラスの情報を表示します』
「ま、今の人類ならこんな危険なシロモノ兵器としてを起動させようなんて馬鹿は……な!?」
表示されたアマテラスのステータスを見て驚愕する。
なぜなら、そこにはありえない数値が表示されていたのだから……。
『アマテラス発射回数"10over"』
「嘘……だろ」
一回目は言わずもがな、先の大戦で放たれた一発だ。
だが後の乱射はなんだ……自分が寝ている間に何処かの大馬鹿が兵器として何回も発射したということなのか?
あの惨劇を伝えられた者なら誰もその恐ろしい兵器を使おうなどと考える者はいないはず。
では一体誰が?
「あれを使って地上がどうなったか知らない訳じゃ……はっ! じゃ、じゃあ地上は……地球はどうなってしまったんだ!?」
しかし、ここから地球を見てもどうなっているかなどわかるはずもない。
何か……どうにかして地球の詳細を知るすべはないか。
「……そうだ、たしか」
またキーボードを操作し、今度は別のステータスを表示させる。
すると、虚空にスクリーンが映しだされ、そこには人型のような鎧のような設計図のようなものが映しだされていた。
「状態は……よし、全システム正常だ。これを使えば地上の様子がわかる」
これは言うなればロボットだ。
しかもただのロボットではない、ゆりかごに入りコールドスリープ状態で脳波だけで操作できる最新科学の賜物だ。
「今まで使う機会が無いと思っていたが、こんなところで活躍してくれるとはな」
地球の様子を確かめるために早速先程まで眠っていたゆりかご乗り込む。
「そういえば、先輩は大丈夫かねぇ。これ使用したら暫く出られないからなぁ……ま、殺しても死なないような人だったし、大丈夫だろ」
そう考えを改め、再びゆりかごの中で眠りにつく。
次に目が醒めるのは地上だ……そこで待っている惨状に不安を覚えつつもゆっくりと意識を失っていく。
『脳波リンク開始……カウントダウン……3……2……1……DIVE』
ウィーン……ガシャン
『よし、起動完了。まだちょっと視界がぼやけるが機体に違和感はないな』
若干音声も機械混じりだが、そこは仕方ないだろう。
武装もしっかり装備されている、熱エネルギーで相手を引き裂くヒートナイフと左腕に装着されたエネルギーシールド。
これがあれば襲われてもどうにかなるだろう。
やがて視界も良好になり、薄暗いが辺りを見渡せるようにはなった。
『なんだ、電気をつけていないのか? こんな温室で暮らしているんだから目ぐらいは気を使おうぜ……って、これは……』
あまりの出来事に動揺してしまった。
今は機械の体だというのに血の気が引き、気分が悪くなった。
『なんだ……この惨状は』
辺りは滅茶苦茶に破壊され、かろうじて機材が生き残っているといった感じだ。
そこには人の生活感などまるで無く、長い時をこのまま放置されたことがわかる。
『これが……通信が繋がらなかった理由か』
アマテラスによって破壊されてしまったのだろうか?
いや、それならばいかにここが地中とはいえ跡形も残らないほど消滅するはずだ。
何かが起こったんだ……自分が想像もつかない程大きな何かが……。
『ここで考えてても仕方がない。とにかく一度地上に出てみよう』
地中がこれだけの惨状なんだ、地上がどうなっているかなど想像しただけで恐ろしくなる。
だが行かない訳にはいかない。
恐る恐る、地上への非常出口を登っていく。
そして、錆びついた扉を強引にねじ開けると、目の前に広がっていたのは……。
『……は? え?』
そこには、想像していたものよりずっとずっと美しい景色が広がっていた。
空は青く、木々は青々と生い茂り、しっかりとした大地の感触、汚染されていない綺麗な水が流れる川。
『ここは……どこだ?』
一瞬、異次元にでも迷い込んでしまったのかと錯覚しそうになる。
だが内蔵されている地表マップを見ると、確かにそこは "JP-023" 地中の研究施設が存在した場所の地上だ。
『これは……まさか。地上は……地上は再生されたのか』
全人類の夢、再び地上を走り回る夢。
誰もが自然とともに暮らし、空には曇天でない青空が広がっていく世界。
『だが……』
そこには人類がいなかった。
彼らはどうなってしまったのだろうか。
もしかしたら地上の再生に成功したためにあの研究施設を廃棄したのかもしれない。
不安は一転して希望へと変わり、人を求めて歩き出す。
『しかし、本当に人間はいるのか……もしかしたら本当は絶滅してしまった可能性だって……』
世界に一番害をなす存在は……人間。
その人間がいなくなったからこそ世界はここまでの輝きを取り戻せたのだとしたら……。
『な、何を馬鹿なことを』
恐ろしい考えを振り払い、再び探索を開始する。
幸いこの体は疲れを感じず水や食料を必要としない、太陽のエネルギーだけで活動出来るのだ。
以前は曇天の中の僅かな光で短時間のみ活動できるだけのものだったが、こんなにも陽の光が強いのなら何日でも活動できるだろう。
だが、いくら歩いても一向に人の息吹を感じられない。
『まさか……本当に人類は……』
「きゃあああああ!」
『!?』
本当に心が折れそうになったその瞬間、機械の体が人の叫び声を感知した。
それからは、無我夢中で走りだしていた。
『悲鳴……ということはただ事ではない。はやく向かわないと!』
人に出会えるという希望とその好機が失われてしまうかもしれないという焦りで、物凄いスピードで山をかけて行った。
『悲鳴の場所まであと100……50……ここか!』
その間僅か6秒というスピードで辿り着いた自分だが、そこで見たものは今までよりさらに強烈なものだった。
「カカカカカ!」
『なんだこのバケモノは!?』
そこにいたのは全長3メートルはあろうかという巨大な蟲。
そしてその眼前には若い女性が二人、一人は足に怪我をして動けないようだ。
「クーヤ様! あたしのことは気にせず逃げてください!」
「ヤダ! サクヤも一緒!」
だが、バケモノは待ってはくれるはずもなく、その大きなハサミのような腕を振り下ろす。
「……ッ、クーヤ様!」
少女達はお互いの体をかばい合い最後の時を迎えようとしていた。
が、その時はやって来なかった。
「……え?」
『大丈夫かいお嬢さん方。自分が来たからにはもう安心だ』
とっさに駆け寄りエネルギーシールドを使用したが、どうやら防げたようだ。
『食らえ!』
そのままヒートナイフを取り出しバケモノの喉元へと突き出す。
「ギギャアアアアア!」
するとバケモノの首は焼け焦げ、そのまま地に落ちた。
なんとか倒すことができたようだ。
しかし、こんなバケモノが存在するなんて本当にここは異世界とかじゃないよな?
「あ、あの!」
声の方へ振り向くと、先程の少女が涙目でこちらを向いている。
肩まで伸ばした薄い赤髪がなんとも美しい少女だった。
「どこのどなたかは存じませんがありがとうございます。ほら、クーヤ様もお礼を」
「ありがと~、鎧の人~」
そう言って無邪気に笑う金髪のさらさらとした髪を揺らすなんとも可愛らしい少女。
だが歳の割には言動がかなり幼い印象だが……。
「私クーヤっていうの、鎧さんは?」
そういえば、これまで他人と会わなかったせいか自分の名前を一切気にしていなかった。
『自分? 自分は……そうだ、自分の名は……』
こうして自分……皇 白夜(すめらぎ びゃくや)は地上へ降り立った。
これは希望を見つける物語……歴史には記されないごく少数に"うたわれるもの"のお話。