うたわれるもの外伝 ~天と地を繋ぐ絆~   作:もりベス

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今回はラクシャインのおはなし



第十八話 「悪漢は地獄を望む」

 俺は、ただただ歩いていた。

 おそらくここが"死後の世界"ってやつなんだろうが、生憎何もない道を延々と歩いているだけだった。

 辺りには霧が立ち込めており遠くは見えない。

 自分は本当に死んだのか錯覚させられるような、そんな場所。

 アンちゃんにクトネシリカをぶっ刺されておっ死んで、ここは地獄の一丁目ってやつかねぇ……。

 

「まぁいいさ、一人悠々死出の旅……気楽に気長に進んでいくさ」

 

 と、考えながら歩いていると急に少し霧が晴れ、目の前に大きな川が現れた。

 向こう岸まで船を使わなければ行けそうもない大きな川に、ちょこんと浮かぶ小さな渡し船。

 これが……死者が渡るという黄泉への川というやつなのかもしれない。

 

「ま、別に今更躊躇もねぇけど……。おい船頭さんよ、俺ぁもう未練はねぇから早く乗っけてってくれや」

 

 死ぬならスッパリと死んでやろう、悪漢の俺に未練なんてちゃんちゃらおかしいモンだ……そう思っていたんだが……

 

「――――……」

 

 笠を深く被った顔も見えない船頭はどうやら俺を乗せたくないらしく、首を横に振った。

 

「――」

 

 そして俺の後ろへ指を指し、道を示す。

 この船頭、言葉はわからないのに何故か言っていることは理解できる。

 

「あっちへ行けってか? 霧でなんも見えんがあっちに一体……あ?」

 

 見ると、先程まで霧が立ち込めていた場所に一軒の茶屋のようなものが建っている。

 

「――――……」

 

 どうやら、川を渡る前にあの茶屋で一休みしていけということらしい。

 一体全体どういうつもりなんだか……お前さんは死人をあちら側まで運ぶのが仕事だろうに、おかしな奴だ。

 

(いや、死後の世界に何を文句言ってんだよ俺は)

 

 自分でもおかしくなって、ククク と小さな笑いが溢れる。

 どうせならこの世界を楽しもう、この意識がいつまでもあるかどうかなどわからないのだから。

 

「――――……」

 

「わあったよ、行きゃあいいんだろ」

 

 船頭に催促され、少し駆け足で茶屋まで足を運ぶ。

 たどり着くと、その店には店主はおらず、ただ笠で顔を隠した客が一人座っていた。

 

(……女か?)

 

 店先に置いてある長椅子には体つきからして女が一人座り、その横の盆の上にはお茶と茶菓子が何故か……二人分用意されている。

 少々不気味だが今更恐れるものもなし、大股で腰掛け茶をすする。

 

「……美味ぇな、昔よく飲んだ味に似てやがる」

 

 初めて茶が美味いと感じたのはいつだったか……そう、確かあいつが初めて俺のために茶を入れたとか……

 

「ふふ……やっぱりこの味が好きなのですね、ラク様は」

 

ガシャン……

 

 本日一番の……何よりも強い衝撃を受け俺は固まってしまった。

 つい最近まで似たような呼ばれ方はされていたが、俺のことを『ラク様』と呼ぶような奴は今までに一人しか知らない。

 俺は……恐る恐る隣の女の方へ向き直り、尋ねた

 

「いや……まさか……お前、アイカ……なのか?」

 

 俺の問に答えるように女もこちらへ向き、ゆっくりと顔を隠していた笠を取る。

 そしてそこに現れたのは……

 

「はい、お久しぶりですラク様」

 

 俺が殺した、妻の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い……長い沈黙が続いていた。

 まったく、神様ってやつはどうして俺をここまで追い詰めるのかね。

 

「あー……その……元気、だったか?」

 

 重い空気に耐えられず、とりあえず何か喋ろうと思ったんだが……殺した奴に言う台詞じゃねぇだろこれ。

 

「はい、わりと元気でしたよ。ラク様がここへ来るまでずっと待ってました」

 

「それは死んでから……ってことか?」

 

「はい、あの日ラク様に斬り裂かれた日からずっと……です」

 

 ってことは何か? こいつはそれから俺がおっ死ぬのをずっと待ってたってことか?

どんだけ俺に恨み言を言いたいんだか……わざわざ地獄(ディネボクシリ)の目の前でよぉ。

 

「で、そこまでしてお前は何がしたいんだよ。さっさとやることやって、とっとと天国でも行っちまいな」

 

「? 何を仰られてるのですかラク様。わたくしがここにいる理由は、あなた様と共に地獄(ディネボクシリ)の底までお供するために決まってるではないですか」

 

「……ん?」

 

 一瞬俺の思考が凍りついた。

 いや、初めて出会った頃から少々おかしい奴だとは思っていたが……死んでさらにおかしくなっちまったか?

 

「突然何言ってんだ……俺についてきて永遠に恨み言でも言い続ける気か」

 

「どうしてわたくしがラク様に恨み言など言わなければならないのですか?」

 

「は? いやだって俺はお前をこの手でだな……」

 

「ああ、そのことですか」

 

 俺の言葉にアイカはやれやれといった風にこちらを見る。

 そんな顔されても俺にはお前の考えなんてまったくわかんねぇんだけどよ。

 

「ラク様は誤解なされております。あの時のわたくしは最高の幸せを感じておりました。恨むなんてもってのほかです」

 

 俺は……唖然としていた。

 アイカの言葉に嘘偽りは無い、俺に斬られたことを嬉しそうに話すこいつの瞳はまさにそ時と同じ最高の輝きを宿していたから。

 

「……わたくしとラク様が最初に出会った日を覚えていますか?」

 

「あ? そりゃまぁ……」

 

 いつだったかかアンちゃんにも話したな。

 幼女を襲えると嬉しそうな顔していた賊をぶった斬ったらアイカを助ける形になったんだよな。

 

「わたくし実はあの日……死ぬつもりだったんです」

 

「スマン、ますますわけがわかんねぇ」

 

「わたくしは、当時何をやっても上手くいかなくて……出来損ないの皇族の恥なんて呼ばれてて。だから、何もかもが嫌になってあの日飛び出したんです……自分なんか生きてる意味さえないんだって」

 

 それは、俺の知っているアイカとはまるで別人のような考え方だった。

 俺が知っているこいつは、どれだけ叱られ罵倒されようが決して死を選ぶようなことは考えず、むしろバネにして努力する奴だったはずだ。

 

「ラク様と出会う前、わたくしは誰からも認められない存在だと思っていました。けどあの夜、賊の頭を跳ね月明かりに照らされるあなた様見て、自らの最期を感じました……でもあなた様はわたくしを見下ろして『斬る価値もないつまらない眼だ。もっと希望に満ちた眼だったら斬りてぇんだけどな』と言い刀を納めました」

 

 そう、あの日のこいつの瞳は曇っていた。

 斬る衝動がまったく湧かない、何かに絶望したような、そんな瞳。

 

「わたくしは死ぬことさえ許されない……そう言われた気がしました。でも逆に考えたのです、わたくしの瞳が希望に満ち溢れれば、この方はわたくしを斬ってくださると」

 

「いやいや、言ってることなんかおかしくねぇか」

 

「何一つおかしいことなどございません。わたくしはラク様に斬られるために……あなた様のためにこの一生を捧げたのですから」

 

 唖然としてしまう。

 俺に殺されるために生きてたって……。

 

「い、いやでもよ、お前には兄貴だっていたしよ……」

 

「ああ、あの人は駄目です。兄様は周りから見ればとても良い人に見えるでしょう。けどあの人は他人の外面だけを気にして本当の気持ちには目を背ける偽善者ですから」

 

 実の兄だってぇのにボロクソ言うなぁおい。

 

「あの人は良くも悪くも人の心というものが理解できていなかったんです。ただ自分が立派な(オウルォ)であるように周囲を気にかけていただけ。わたくしがラク様に殺されたがってたなんて夢にも思わないで……。そう、兄様はわたくしを(オウルォ)の妹という存在でしか見ていなかった……昔も、わたくしが死んでからも」

 

「どういうことだ……」

 

「記録上ではラク様が賊を率いてクッチャ・ケッチャを襲いわたくしを殺したということになっておりますよね?」

 

「そうらしいな」

 

 まぁ実はそれに関して俺は何も知らない。

 追ってきた兄貴と一度対峙した時にいわれもない言いがかりをつけられたことは覚えている。

 むしろ俺はあの後賊を皆殺しにした方だってのに、兄貴は『どうせ口封じか何かだろう。悪漢の貴様がやりそうなことだ!』とまったく話を聞こうとしなかった。

 ま、アイカを殺したのは事実なわけだから許してもらう気はこれっぽっちもなかったが。

 

「実はですね、賊を集めたのはわたくしなんです。それなのに、兄様はその事実を受け入れようとせず、あまつさえすべてあなたのせいにすればいいと考えた上にそれを利用され、大義だなんとか言いながら愚かにも無関係の大勢の方を殺めた……本当に救いようのない人です、ふふ」

 

 実の兄を罵倒しながらも、その顔はどこか嬉しそうだ……それらの元凶は大体お前じゃねぇか。

 

「つーかなんでそんなことしたんだよ……」

 

「理由は全部同じですよ……。姫という息苦しい境遇を抜けだしてあなた様と……あの子で、どこか遠いところでのんびり暮らせればもっと希望に満ち溢れると思いましたので。でもその前にあなた様はわたくしを斬ってくださいましたけど」

 

「……」

 

「あれ? どうされましたラク様?」

 

「もう突っ込む気力もねぇよ……」

 

 なんつーか……今まで悩んでいた俺がバカみたいじゃねぇか。

 自分はただの殺人者だとか、誰も幸せにできないどうしようもない狂人だとか……。

 この殺人衝動こそが、こいつの生きる糧になってたなんて夢にも思わなかった。

 

(今のこいつを見てると俺の狂人度なんてまだ可愛く思えてくる)

 

 そんな俺の妻は、罪悪感など微塵も感じてない様子でニコニコとこちらへ眩しい笑顔を向けてくる。

 

「まったく、俺達はお似合いの夫婦なのかもしれねぇな……」

 

「はい、他人に理解されない者同士、お似合いです」

 

 これでいい、俺達はこの形で出会うことが最も正しいことだったんだ。

 だが、ただ一つ心残りなのは……

 

「でもよ……何の罪もねぇ俺達の子供(ガキ)も斬っちまったのは……流石に償いきれねぇと思うぜ」

 

 そう、あの時衝動に駆られて斬ったのはアイカだけではない。

 まだ生まれて数年もしない我が子を俺はこの手で斬ってしまったんだ。

 

「だからやっぱり俺はただの狂人で……」

 

「ラク様、もしかしてわたくし達を斬ってからのこと、よく覚えてませんか?」

 

「ん……まぁ、な」

 

 あの後、俺は自分で斬っちまった二人の亡骸を抱えて國を出ていこうとしたことは曖昧だが覚えている。

 そしてちょうどその時に賊が襲ってきて……兄貴は別件で國を離れていたから俺は一人で大量の賊を相手にして……

 

「そういやセンセイに出会ったのがその時だったな」

 

 俺は追いつめられて、どうしようもなかったその時にふよふよと飛んできたセンセイから仮面(アクルカ)を貰ったんだ。

 

(そうか、その時初めて仮面の者(アクルトゥルカ)の力を開放して、微妙に制御しきれずに……それで記憶が曖昧なのか)

 

「その時、ラク様は仮面の者(アクルトゥルカ)の力で一度だけ願いを叶えたのです」

 

「願い……そうだ、俺はあの時」

 

 “俺ガ斬ッチマッタノニ可笑シナ話ダガ……コノ子ダケハ、何ノ罪モナイコイツダケハ……”

 

 そこから先は、センセイに強力しながらただ放浪する人生。

 ずっと後悔を背負ってきた……はずだったのによぉ。

 

「あの子は今も生きてます。平和になった世の中で、きっとわたくし達のように歪まずに人らしく生きることができます」

 

「俺らが言うと冗談じゃなくなるってーの」

 

 気づけばお茶もお茶菓子も食べ尽くしていた。

 ふと川の方を見てみると、先程の船頭がちゃっかりと出発の準備を整えていやがる。

 

(そうかい……お喋りはここまでってことか)

 

「それじゃあ、一緒に地獄(ディネボクシリ)まで参りましょう……ラク様」

 

「ああ……まったく俺達キチガイ夫婦には最高にお似合いの場所だぜ」

 

 なんつーか、ここに来るまで抱えてた"未練"ってやつが全部吹っ飛んじまった気がするぜ。

 もしかしたらよ、センセイはこのために俺を協力者として選んでくれたのかって思っちまうぜ。

 誰にも言えなかった想いをビャクヤのアンちゃんに託してよ、俺をスッパリ殺してくれる……ってのは考えすぎか。

 

「ささ、ラク様早く早く」

 

「ったく、急いでいくもんじゃねぇだろ地獄(ディネボクシリ)なんてよ」

 

 今まで楽しかったぜ、センセイ、アンちゃん。

 





今回の話はラクシャインに救いを与えるもののつもりで書いたんですが
どうでしょうか?
オリカカンさん勝手に悪者にしてごめんなさい。
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