オンカミヤムカイ。
森を抜けてさらに数時間歩いた場所にそこはあった。
「何から何まで……ありがとうございます、
歩いているうちに日が暮れてしまったので、今日はワーベと呼ばれていたおじいさんの家に厄介になることとなった。
「気にするでない。さぁ、今日はもう疲れたであろう。何もないところだがくつろいでくれ」
何もないとは言うが、どう見てもここは今まで見えた家の中でも最上級……もはや城と言ってもいいくらいだ。
サクヤの反応からしても、この人はかなり偉い立場であることは間違いない。
「それに数年前娘に
「しかし……」
「それに、君の祖父とは知らない中ではない。その孫にかしこまられるのはどうにもむず痒いのでのう」
「おじいちゃん……」
「あ奴とは昔争った間柄だが、それ以上に我らはかけがえのない
……部屋がなんだか暗い空気だ。
この二人……というかサクヤの親族とワーベの爺さんか。
昔何かあったんだろうが自分は何もわからないのでただただ立ち尽くすだけ。
「おっと済まない。少々しんみりとした空気になってしまったな。すぐに食事を用意させるから楽にしていてくれ」
「わーい、ご飯ご飯」
「クーヤ様、食べる前にちゃんと手を洗わないと駄目ですよ」
その言葉にウキウキと座り込むクーヤとそれを注意するサクヤ。
なんだか微笑ましいな、しっかりものの姉と無邪気な妹って感じだ……クーヤの方は見た目に対して子供すぎる気もするが……。
「ほれ、其方もそれを脱いで楽にしてくれ」
『あ、じゃあお言葉に甘えて』
そういえばワーベさんから、「その格好では目立つからこれを羽織るといい」と言われて頭まですっぽりと隠れる法衣のような外套を渡されたのでそれを着ていたのだった。
それを脱いで……自分も腰を落ち着けるとしよう。
「………」
「………」
「………」
『ふぅ……食事かぁ、どんなものが出てくるか楽しみ……ってどうしたんだサクヤ、そんな顔でこっちを見て?』
見ればクーヤもワーベさんも不思議そうな顔でこちらを見ている。
どうしたのだろうか? 自分の体に何かおかしい点でも……あ。
「えっと、あたしは人の趣向に口を出す方ではないので深く気にしませんが……ビャクヤさんは常にその格好で生活してるのでしょうか……」
「あははー! ビャクヤすっとヨロイー!」
すっかり忘れてた。
あまりにも平和で自然な流れでここまでやってきたので自分がどういう存在なのか忘れかけていた。
『……あー、実はこの鎧……脱げないんです』
「………」
「………」
「あははー! ビャクヤおもしろーい!」
い、いくらなんでもこの言い訳は無理があったか……。
クーヤは無邪気に笑い飛ばしているが、あとの二人の視線が痛い。
「でしたら、食事は今までどうしてたんですか?」
『じ、実は自分、飲まず食わずで生きていける体質で……』
いやまぁ自分でも言ってることおかしいとは思うけどね。
だってしょうがないじゃないか、鎧自体が身体である故に脱ぐことは不可能だし、本来の自分は
『信じ……られないっすかねぇ……』
「………」
「………」
(あー……駄目だ、すっごい疑問の目を向けられている)
こうなったら素直に観念して本当のことを話すべきなのかもしれない。
しかし、果たしてどこまで信じてもらえるか……。
「あたしは信じますよ」
『え?』
そんな募っていく自分の不安を断ち切ったのはサクヤの一言だった。
「ビャクヤさんはなんていうか……とても素直な人です。ここ数日一緒にいてわかりました、あなたは人を貶めるような嘘をつく人じゃないって」
『サクヤ……』
「それに、世の中には外れない仮面をつけてる人だっていましたし、脱げない鎧の人がいたって不思議じゃありません。ですよね、クーヤ様」
「うん! そこもオロといっしょ~」
この二人の言葉にどれだけ救われただろうか。
もしこの身体で涙を流すことができたならこの辺りはもう大洪水になってるに違いない。
たとえ種族が違くとも、こんな温か平和な空間が何よりも嬉しい。
だってこれは……あの日、自分が宇宙へ旅発った時に思い描いていた理想そのものだから。
「オホン! 話は済んだようだな」
おっと、ワーベさんのことを忘れていたぜ。
どうやらこの人はこの人で何か納得してくれたみたいだ。
『はい、お待たせしてしまってすみません。食事は自分のことは気にせず召し上がってください。なんだったら用意させていた自分の分を二人に分けてもらっても構いません』
「うむ、そうしよう。ではそこで待ってくれ、すぐに用意させよう」
「え、ビャクヤのご飯くれるの!? やったーありがとー!」
そうはしゃいで、自分の膝の上にぴょんと座る。
「ここクーヤの席ー」
どうやら定位置にされてしまったようだ。
だが悪い気はしない、こういったクーヤの無邪気な行動の一つ一つが今の自分には何よりも嬉しいのだから。
「うーん、ちょっと堅い」
「こら、駄目ですよクーヤ様。ビャクヤさんに迷惑ですから」
『ああいや、自分は別に構わない』
堅くて座りづらそうなクーヤのために先程脱いだ法衣を畳んで丸めて膝に敷けば……うん、これで大丈夫。
「ふかふかー」
「なんだかビャクヤさんと出会ってからお世話になりっぱなしですね」
『いやいや、それはこちらのセリフだ』
事実、あの森で二人に出会わなければその絶望感と孤独感から自分は生きる希望を失っていたかもしれない。
本当に二人には感謝してもしきれない。
「それに、クーヤ様がこんなにも懐くのも久しぶりですし……」
『どういう……ことだ?』
本当は他人の自分が深く突っ込んではいけない話なのかもしれない。
だがそれよりも自分は二人のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
「……数年前、クーヤ様はある事件のショックで……。辛い記憶を封印して、一度人格が崩壊してしまったのです」
『人格が……崩壊?』
ちらっと膝の上のクーヤを見る。
そこには曇りひとつない無邪気な笑顔でこちらへ笑い返してくれた。
『クーヤはその……見た目も子供だが、言動はさらに幼いと感じていたが……』
「はい、その時のショックで……。でも、あたしのことは覚えていてくれましたし、記憶は戻らないにしてもこうして少しづつ回復はしてるんです」
医学的にも防衛機制という辛い出来事や記憶を無意識の奥へ閉じ込めて幼児退行することがあるというのは知識として聞いたことがあるが。
これで……回復してるのか。
「それでも、クーヤ様は時々夢でうなされてるんです。だから、少しても良くなるように色んなお薬を試してみたり、こうして年に一度オンカミヤムカイまで出向いて祈祷をしてもらってるんです」
そうか、二人の旅はそういった目的だったのか。
『だが……人格崩壊だなんて。クーヤの身には一体何があったんだ』
サクヤはなんだか辛そうな顔になりうつむくが、それでも話を続けてくれる。
「あたしはその場にいなかったので詳しいことはわからないのですが……後から聞いた話で、目の前で……おじいちゃんが……ううっ……」
そこまで聞いて自分はなんて馬鹿なことを聞いたのだと悟った。
『もういい! サクヤ、もう充分だ!』
クーヤの近くで起きたことならば、親しいサクヤに関係のない話ではないはずだ。
しかも最後にすすり泣きながら呟いた「おじいちゃん」というのはおそらくワーベさんとの話に出てきた……。
『済まないサクヤ……辛いことを思い出せてしまったようだな』
「いえ……ビャクヤさんは何も悪くありませんから……」
少し考えればわかりそうなものだろうが……。
まったく、この脳は眠りすぎてそんなことまで判断できないくらいポンコツになってしまったか。
ポコポコポコポコ
『ん?』
気づくと、クーヤがふくれっ面で自分の体をポコポコと叩いている。
「ビャクヤ、サクヤ泣かせた!」
どうやらサクヤを泣かせてしまったことでクーヤがご立腹のようだ。
『ごめん……。でもクーヤはサクヤのことをとても大事に思っているんだな』
「うん、だってクーヤ、サクヤのこと大好きだもん!」
「クーヤ様……」
クーヤのその言葉に再びサクヤの瞳に涙が浮かんでくる。
「あ、またサクヤ泣かせたー!」
ポコポコポコポコ
『い、いや、今のはクーヤだって!』
「え!?」
そう言うとクーヤは驚いた顔になり、すぐにサクヤへ飛びついた。
「サクヤ、クーヤ何かした? ごめんね……だいじょーぶ?」
「大丈夫ですよクーヤ様……だってこれは、嬉し涙ですから」
その後、まもなくして食事が運ばれ、二人は笑顔のまま円満な夕食となった。