クーヤ達が食事を済ませたあと、自分はあてがわれた部屋で一人悩んでいた。
『ナァナァでここまで来てしまったが……これからどうするか』
考えることは自分のこれからについてだ。
この世界はすでに再生され、その主導権はマルタへと移り変わっているのは目に見えて明らかだ。
人類は……おそらくすでに過去のもの、今やその存在を知っている者がいるかどうかさえ怪しい。
……これならば、自分は目覚めない方が良かったのではないか?
多くのマルタの中で、異質な自分がまるで別世界の住人のような……ただ一人、取り残されたような孤独感がじわりじわりと心の中に芽生えてくる。
もう、自分はここにいない方がいいのかもしれない。
『サクヤ達には彼女らの目的があるし、これ以上厄介になるのも悪いしな……』
ちなみに二人は現在入浴中だ……別に覗きイベントとかそういうのはないからな。
それにこの鋼の身体の構成分は抗菌仕様でもあるため、少し磨けばピッカピカなので自分は風呂へ行く必要はない。
『とにかく、二人がいない今の内にやることをやってしまうか』
そうだな、書き置きでもして立ち去ろう。
『でも今の時代の文字が書けないんだよな……ん?』
一人で出て行く参段を考えていると、センサーにこちらへ近づいてくる反応がある。
その人物は静かに部屋に入ってくると自分の方を見て……
「少々……話をよろしいかな?」
自分は、ワーベさんに誘われるがまま静かにその後をついていくのだった。
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「お風呂気持ちよかったねー、サクヤ」
「クーヤ様、外はまだ寒いんですから、そんなに走ると冷気で湯冷めしてしまいますよ」
ビャクヤがワーベについていく頃、サクヤ達は風呂を上がり部屋へと向かっていた。
「ビャクヤさん、只今戻り……あれ?」
「あれー?」
部屋に戻ると、そこにビャクヤの姿はない。
つい先程まではここに人がいたような様子は残っているのだが、部屋の中はしんとしている。
「変ですね、ビャクヤさんは入浴も必要ないからここで待ってると言ったはずなんですけど……」
それを不思議に思ったサクヤは近くを回っていた女中にビャクヤのことを聞いてみるが、誰もその姿を見たものはいないと言う。
(あの人の格好なら、少しでも目に入ったらかなり印象が残ると思うのですけれど……)
その鎧姿が動けば、普通ならば誰かの目には少なからず入るはず。
それなのにこれ程に目撃情報が無いのはどこかおかしい。
まるで……誰かに口止めされているかのような……。
「うーん、どうしましょう……」
「サクヤ、サクヤ!」
何のアテもなく立ち尽くしていると、サクヤの袖をクーヤがクイクイと引っ張る。
「ビャクヤ、こっち」
「え? あ、クーヤ様!」
クーヤがひょこひょこと歩き出し、サクヤがその跡を追いかける。
するとそこには、まるで隠されたように作られた地下へと続く階段が現れる。
「こんなところが……あ、駄目ですよクーヤ様! 勝手に……」
「うー、ビャクヤさがす」
そう言って二人は地下へと向かっていくのだった。
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『それで、こんな場所まで連れて来て話というのは?』
ワーベさんに連れてこられたのは屋敷の外れにある階段から地下へ降りた。
地下だけあってかなり暗い、この身体は暗視装置も完備されているので自分には左程苦ではないが。
「話をする前にまずは明かりをつけようか、∃∝∠……」
(ッ!? なんだ、いきなり炎が!?)
ワーベさんがいきなり聞き慣れない不思議な言葉を口にしたと思ったら、いきなり炎が近くの松明へ灯りだす。
すべてを科学で説明してきた自分にとって今のはまさにファンタジー。
マジでここが本当に自分が知っていた世界なのか、また少し疑ってしまう。
「おや、術法を見るのは始めてかな? となるとお主はやはり、我らが生まれる前の者か」
『なっ!? あんた……』
我らが生まれる前……おそらくこの我らというのはワーベのようなオンカミヤリュー族だけでなく、マルタ全体の事を指している。
『ワーベさん……あんた、何をどこまで知っているんだ……』
はやる気持ちに動揺が隠し切れない。
もし……もしこの人が人類の現状を知っているのなら、まだ自分にもこの場に残る意味が生まれるかもしれないから。
「そう焦るでない。もう少し歩いた場所のほうがおそらくお主も理解しやすいだろうからな」
一体どういう意味だろうか? なぜここではいけないのか?
この爺さんの真意が読めない……自分をどこへ連れて行こうというんだ。
「着いたぞ、ここだ」
洞窟を抜けた先、そこには松明の炎を必要としない淡い光が天井から漏れている。
だがこれは……そう、自分には慣れ親しんだ人口の光。
『おい、嘘だろ……ここは!』
現在地点"JP-022"
慌てて内蔵マップを展開すると、その場所は紛れも無く人類が作り出した地下拠点の一つだった。
なぜこの爺さんはこんな場所を知っているんだ、そしてなぜ自分をここへ……。
「さて、話をする前に……一つ質問させてもらいたい。お主はもしや、
『オンビ……? なんだって?』
いきなりそんな造語使われてもわからん。
もしかしたら滅んだかもしれない人類について何か話すのかと気を張っていたのでちょっと拍子抜けしてしまった。
「ふむ、やはり今の言葉では理解できないと見えるな」
『あ、ああ……あんたはなんか自信ありげっぽく自分のことをオンたらなんたらかって質問してきたけど、まずそれがなんなのかサッパリわからん』
しかしワーベさんは何か確信めいたものが自身のなかにあるのだろう。
自分を、ただの記憶を無くし鎧の脱げない一般人と見てはいないようだからな……いや、この設定も充分おかしいが。
「ではまず今の世の宗教について少し語ろう」
と、そうこう考えている内にワーベさんが語りだした。
お爺さんの話は長いから、重要なとこ聞き逃さないようにしないとな。
「この世界には大きく分けて二つの宗教が存在する。我らオンカミヤリューを筆頭にこの大陸の多くの者が信仰する大神"ウィツァルネミテア"の宗教とシャクコポルや海を越えた北に存在する大陸の者達が信仰する大いなる父"オンヴィタイカヤン"の宗教だ」
シャクコポルって……確かクーヤとサクヤがその種族だっけか。
それにここから北の大陸と言えば自分が知る中では大体がロシア圏が侵食していたはず。
マルタの実験を行っていたのは日本でも限られた地域だけだったのに、今ではそんな広い範囲まで進出していたのか。
「そして、言い伝えでは「オンヴィタイカヤンが我らヒトを創造し、そのヒトをウィツァルネミテアが解放した」ということになっておる」
ワーベさんの話はまだ続いたが、これらの話で自分が理解できたことはオンヴィタイカヤンという奴らが現在のマルタ達の祖先を創造し地下で共存して暮らしていた……かどうかは定かで無いが、それをウィツァルネミテアとかいう神様が地上に解き放ったということだ。
「少しは理解してくれたかな」
『ま、まぁ……』
ここでわかる事実は……話に出てきた
マルタの作成だってこの地域の人間ならやりかねないような穀潰しの連中ばかりだったからな。
そうなると話に出てきたような人類とマルタの共存は、ただの研究者と
(なんだか胸糞が悪くなってきた)
先程までクーヤやサクヤの表情を見ていたからだろう。
たとえ作られた存在だとしても、そこにはちゃんと心がある……喜び、怒り、そして悲しむ。
そんな人間として自分達と何ら変わりない存在を実験動物のように扱ってきただろう連中の事を考えると嫌でも感情が高ぶる。
(って待て待て、何いかにも研究者全員が悪者みたいに決めつけているんだ。でも、今の話を聞いたらなぜか怒りがフツフツとこう、心の奥から湧き出すような……)
まるでそんな光景を実際に見てきたかのような感覚に意識がぼんやりとする。
何か、自分の記憶ではない別の何かが流れ込んでくるような……。
「さて、話を戻すが」
ワーベさんの言葉に飛びかけていた意識を取り戻す。
『あ、ああ、なんだっけか』
「お主が、
ああそれか。
今の話からすれば確かに自分はその、
だがここは、先にこちらの疑問を言わせてもらおう。
『あんたの言いたいことはわかった。でもなぜ自分が
ここまで警戒する必要があるのかとは自分でも思うが、もし仮に人類がどこかに隔離されていて、その存在すべてを闇に葬ろうとする機関とかあるかもしれない。
それに先程の話には、この爺さんを筆頭とするオンカミヤムカイは人類を良くない神様だと認識してるみたいだしな。
「それはだな、これを見てもらえばわかると思う」
そう言って近くにある端末の手動操作ボタンを押すと、立体映像が映しだされた。
そこに写っているのは白衣を着たいかにも科学者風の男。
「これを発見したのはまったくの偶然だったが、ここを押すと毎回この人物が現れ話をはじめる。おそらくこれが生前の
『だがそれだけじゃ……』
「もう一つ、お主の身体だ。おそらく中身は存在しないからくりのようなものだろう?」
まさか、そこまで言い当てられるなんて。
この人は本当に人類のことを……いや、自分が眠っていた空白の期間を知っているのか。
「そのような我々には理解の及ばない技術を持つことができるのはウィツァルネミテアと契約した者か
多分、ワーベさんの言葉に嘘はない。
だから、自分も話せるところまでは話そうと会話を続ける。
『……自分も、確信できるわけじゃない。だがおそらく自分はあんたらの言う
だが、自分は長い間眠りに就いており記憶がハッキリしない部分や何故世界がこのように変化したのかはまったくわからないということも告げた。
流石に、自分が雲の上を越えた遥か
『だけど、なんであんたはそんなことを知っているんだ。クーヤやサクヤは自分のことをただの珍しい格好をした珍妙な人としか思ってないようだったのに』
「我らオンカミヤムカイは言わば"調停者"、争いや災いを防ぐことを使命としている。その中でも
つまり、真実を知っている人物はごくわずかで、ワーベさんはその一人。
なんて奇妙な巡り合わせだろうか、まるですべてが裏で繋がっているような……考えすぎか。
『……しかし、なぜ秘密にする必要が?』
「うむ、それこそが歴史の節目として重要な……」
「きゃあああああ!」
静寂な地下施設に突然甲高い悲鳴が上がる。
しかもこれはどこかで聞いたことのあるような……。
『まさか……サクヤか!?』
自分とワーベさんは悲鳴の方向へ向かうと、そこには全力でこちらへ逃げてくるクーヤとサクヤがいた。
「お主達、なぜここに!?」
『い、いや爺さん! それよりもあれは何だよ!』
自分の指差す方向、サクヤ達を追いかけるように凄いスピードで移動する不定形の物体。
人間の体液をそのままゲル状にしたかのようなスライムがそこにはいた。
「今は説明してる時間がない! ∠±∈……」
先ほど見せた不思議な炎を今度はあのスライムへ比較にならない火力で応戦する。
ワーベさんが焦っている、それほどヤバイ状況なのか?
いや、それよりも……
『クーヤ、サクヤ! どうしてここに!?』
「お部屋にビャクヤいなかったから探しに来たの!」
「はぁ……クーヤ様が……はぁ……ここにビャクヤさんがいると言い出して。暗い洞窟を抜けてこの場所に辿り着いたら、いきなりあれに襲われて」
そうか、自分を探して……。
「むん!」
と、こちらでサクヤを落ち着かせていると、ワーベさんが術法でスライムをバラバラに吹き飛ばしていた。
『おお、凄ぇ。これなら……』
「いや、あれは不死身だ、いずれ再生する! それよりもここから離れるぞ、今の騒ぎで眠っていた奴らも我らに気づいたらしい」
そう言うと同時に、飛び散ったスライムの周囲から、どこに潜んでいたのか同じようなスライムがうぞうぞと湧き出してくる。
その軍勢はあっという間に通ってきた通路を塞いでしまい、もはや来た道を戻ることはできなくなった。
「ぬぅ……皆奥へ、どうにか奴らをやり過ごせる場所を探すのだ」
それから全員で奥まで走るが、そこにもまたスライム達が数匹待ち構えていた。
『ッ! 何なんだよ、こいつら!』
「……こやつらは、タタリと呼ばれし……
……なんと言った?
だが待ってくれ、その前の話では
「お、
「サクヤ!」
元々足が悪いのか、走り疲れたサクヤがその場でつまづき倒れてしまう。
それに寄り添うようにクーヤもしゃがみ込む。
「あ、駄目ですクーヤ様!」
だが、すでに周囲にはタタリの群れ。
「ぬう……この数では」
『くっ……!』
身体が上手く機能しない。
タタリの正体を考えると意識が遠くなるような感覚に襲われ、脳波で動かしている身体は痙攣するかのようにガタガタ震えている。
だが……だが! クーヤが、サクヤが、今のそのタタリに襲われている。
ここで止まっている場合じゃない、ワーベさんだけではあの群れを押さえていられない。
(動けってんだよ!
『うあああああ!』
脳に興奮作用を施し自分を奮い立て、ヒートナイフを振り回してタタリを殲滅していく。
やがてタタリはすべてバラバラに飛び散り、その場はなんとか切り抜けることができた。
「ごめんなさいビャクヤさん……あたし達がこんなところに来なければ……」
「サクヤのせいじゃないよ、クーヤがビャクヤを探したいって言ったから……」
『二人とも悪くないさ。むしろ自分のことを心配して探しに来てくれたんだろ、ありがとう』
出会って数日の関係だというのに、自分を心配してくれた事が何よりも嬉しい。
むしろ二人の心の暖かさがなければ自分は先程の現実を受け入れられず無気力になっていたかもしれない。
「しかし、なぜお主達はこの場所を見つけることができた? あの通路を知る者はほとんどおらず、認識を惑わせる術も施してあったというのに」
「んーとね、なんとなくビャクヤがこっちにいると思ったの」
「はい、クーヤ様がそうして進んでいく内に、あたしもビャクヤさんがこっちにいる気がするようになって……」
『そんな勘だけで探し当てられるって、んな馬鹿な……』
だが、そんな自分の考えとは逆にワーベさんは何かを考えるように上の空だ。
「まさか、シャクコポルは
いや、考えるのはいいんだが今はちょっと状況を見てくれ。
『とりあえずここから出る方法を……ッ、皆立て! タタリだ!』
いきなりセンサーに多数の熱源反応が現れた。
(ここまで近づかれるまでセンサーが反応しなかった!? まさか、ジャミングしてるのか!?)
今までセンサーに頼りっきりだったのが油断を生んだ。
すぐにヒートナイフを構え起動する……が
『嘘だろ!? エネルギー切れ!?』
最初の蟲との戦い以降、ソーラーパワーを充電していなかったことが仇となってしまった。
現在は夜、しかもここは陽の光が届かない暗い地下の底。
このままでは戦うこともできない。
「ビャクヤ殿、二人を連れてどこかに身を潜めるのだ。そうすれば、私一人なら地上へ応援を呼びに行くことができる!」
『わかった!』
それなら、岩陰は……駄目、破損したコンテナ……も駄目だ。
『ならどうすれば……。ハッ! ここだ!』
見つけたのは施錠されている実験室、ここなら完全密閉されているはず。
「ビャクヤ殿!? その場所はどこにも入り口が見当たらない部屋だ。どこか別の場所を……」
『いや、電力がまだ生きているなら……"解錠"!』
自分のその言葉に電子ロックされていた扉に電力が伝わり、聞き慣れた電子音声が聞こえる。
『所属ト名前、認識番号ヲ音声入力シテクダサイ』
まったく、いちいち面倒くさい。
『宇宙ステーション特別科所属、皇白夜! 認識番号46205だ!』
『称号完了……ロック解除シマス』
どうやら自分の所属と番号はまだ有効のようだな。
『入室後すぐに扉をロックしろ!』
よし、とにかくこれで暫くは身を守ることができるはず。
強化ガラスを通して見えるワーベさんもこちらを驚いた様子で見ていた。
「これが……
(なんだ? ワーベさんがこちらを見て叫んでいる。これは……後ろを見ろと言っているのか?)
ちらっと振り向くと、いつの間にか部屋全体が地面から放たれている光に覆われていた。
『なんだこれは!?』
見れば、地面にはまるで魔法陣のような文字らしき書体の羅列が円形状に映しだされ、それから光が放たれているようだった。
「こ、これって何かの術法の陣ではないでしょうか!」
なんだかわからないがマズい!
自分はクーヤとサクヤを守るように覆いかぶさる。
だが光はそんなことお構いなしにやがて部屋のすべてを包み込み、すべては光の中へ消えていく。
そう、すべて……自分も、クーヤも、サクヤも……光が収まった時にはその姿を消していた。
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「今のはまさか、形は少々異なるが大規模転移に使用されるもの……。ならば急いで捜索せねば、彼の國の者達にも伝えねばなるまいな……娘達になんと言われるやら」
ワーベはタタリの群れを突破し、地上に戻ってからの対策を考えていた。
クーヤとサクヤ、この二人が行方不明と知れたらあの國ならばすぐに大陸全域に捜索を広げるだろうから。
どこまで飛ばされたのかはわからないが、いくら陣を敷いた転移でも大陸を越えることは難しいはず。
問題は、見つけ出す前に手遅れにならないこと。
今、物語は加速する、舞台をいくさ場へと移して……。
偽りの仮面でクーヤとサクヤはまったく話題にも出てこなかったので、その後の二人にスポットを当てた話を見たいと思い、「なら自分で書いてみよう」という思いつきでこの話を書いてみることにしました。
本編で語られたことを細々と蒸し返す必要はないと思い省略してます。
術法の文字は記号で適当に書きました。