うたわれるもの外伝 ~天と地を繋ぐ絆~   作:もりベス

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第六話 「ラクシャイン」

 目の前に立つ男……ラクシャインの存在感に、自分は身じろぐ。

 なぜこの男はいきなり現れて自分達を助けたのか……? 真意がまったく読めない。

 

「き、貴様! 貴様は我らの軍に雇われている雇兵(アンクァム)だろうが!」

 

「ん? そうだな」

 

 おいおい、つまりこの男は味方を切ったということになる。

 なぜそこまでして……。

 

「それがなぜ我が兵を手に掛ける!」

 

「なぜって言われてもな……ただこいつを切りたくなった、それじゃ駄目か?」

 

 何を言ってるんだこいつは?

 ただ切りたかった? それだけの理由で?

 

「貴様ぁ……タムタは未来ある若者だった、家庭ができ、子供ができ、この戦いで武勲を上げ家族と幸せな未来を送るはずだった。敵に敗れ勇ましく散ったのならまだ仕方なかろう。だが、それを貴様は!」

 

 そこまで聞いて自分の胸にズキリ突き刺さる。

 もしあそこで自分が反撃に転じていたら……。

 

「それだよ、俺がこいつを切りたくなった理由は」

 

「は?」

 

『え?』

 

 ラクシャインの発言は自分の頭を混乱させるものばかりだった。

 

「俺はな、人を斬るのが好きなんだ。特に幸せそうな奴は目の奥がキラキラ輝いててな、こいつの中にもそんな希望が見えたから……ついな」

 

 この男、狂人か。

 別にこの男に自分達を助ける気など毛頭なく、ただ単にこの兵士を切りたくなっただけなんだろう。

 こういった変人というのは偶にいる、マルタでもそれは変わらないか。

 

「ただ切りたかったからだと……雇兵(アンクァム)風情が戯言を! 貴様のような裏切り者はここで極刑だ! タムタの無念を思い知れ!」

 

 痺れを切らした兵士が腰の剣を抜きラクシャインへ突撃する。

 が、当のラクシャインはつまらなそうにその兵士を見ている。

 

「いやな、あんたの目はそんなに綺麗じゃないから切りたくないんだ。ここの戦いもそろそろ終わるだろうし、俺は陣に戻りたいんだが」

 

キィン!

 

 二人の剣がぶつかり合う。

 

「これだけの事をしでかしておいてまだ我らの軍にいられると思っているのか!」

 

「ま、そりゃそうか。うーん、日銭はそこそこ溜まったからな、ここらで抜けて少しはゆっくり気を休めるのもアリか」

 

 会話……になっているかどうかはわからないが、両者ともそのまま剣を撃ち合い続ける。

 しかし、実力の差は自分の素人目から見ても明らかに違いすぎた。

 

「ぬおおおおお!」

 

「ふぁ……休むんだったら戦地じゃないところがいいよな。どこにするか……」

 

 一撃一撃を全力で打ち込む兵士に対してラクシャインは軽くいなすように欠伸をしながら受け止めている。

 

「おのれ……おのれ、この悪漢めが……」

 

「そろそろダルいから斬るな」

 

 一瞬だった。

 この身体の反応速度で追いつかない程速い斬撃。

 兵士の体は一閃され、地に倒れる。

 

「あーあ、斬りたくもないもん斬っちまった」

 

 先程とは打って変わって酷くつまらなそうな顔をしていた。

 

(本当になんなんだこいつは)

 

 とにかく、自分達が助かったことには変わりない。

 

「大丈夫ですかクーヤ様!」

 

 サクヤがクーヤへ駆け寄り安否を確かめる。

 

『すまないサクヤ、自分が躊躇わなければクーヤがここまで危険なことには……』

 

「いいえ、ビャクヤさんは何も悪く無いです。むしろあそこでビャクヤさんの手を汚させてしまったら、それこそあたしもクーヤ様も後悔しますから」

 

「ビャクヤ……怖くなっちゃやだ……」

 

 クーヤが悲しそうな顔でこちらを見つめている。

 もしかしたら、この子には……わかっていたんだろうか、自分があの時感じた葛藤を。

 二人を守るために二度と戻れぬ道を行こうとした自分を……。

 

『ありがとう、二人共』

 

「でさ、一応気にはなっていたがお前らはなんなんだ?」

 

 まだ問題が残っていたな……この男、人を斬るのが好きとかいう狂人。

 どうにかして逃げ出したいが、先程の剣速は内蔵されている計測器でさえ捕らえきる事ができなかった。

 もしかしたらこの身体でさえ真っ二つにされる可能性がある。

 

(とにかくここは慎重に……)

 

「あたし達、とある転移術法でここまで飛ばされてしまったんです」

 

(ってサクヤ!? なにナチュラルに会話しちゃってんの!?)

 

 しかも飛ばされてきたって、そんな話信じてもらえな……

 

「ほーう、そりゃ災難だったな。んで、家はどっちなんだ?」

 

「トゥスクルー!」

 

(クーヤまで……)

 

 自分か? 自分の方が感覚がおかしいのか?

 

『というか、オンカミヤムカイへ戻らなくていいのか』

 

 ワーベの爺さんもきっと慌てて捜索してるんじゃないか?

 

「大丈夫です。トゥスクルへ行けばワーベさんにもあたし達が無事だって伝わるはずです」

 

 サクヤにしてはやけに自信たっぷりな発言だな。

 それほどトゥスクルという國の者達を信頼しているという証か。

 

「なので当分は雇兵(アンクァム)であるラクシャインさんを雇う形で護衛してもらおうと」

 

「そうゆうことかい。だがそうなると俺は高いぜ? なにせ護衛となりゃ斬りたくないものを斬らされる場面も出てくるだろうからな」

 

 いや、他にも問題は沢山あると思うのだが……。

 

「お金については問題ありません。トゥスクルの本城へさえ着ければ出せる分だけ出させて頂きますから」

 

「ほーう、本城ときたか……お嬢さん方の素性を深く追求するつもりはねぇが、まぁそれならいいだろう」

 

 そういえば自分もクーヤ達が何処の人で何をしている人物なのかまったく知らないな、二人共いい子なのは確かだが。

 でも自分も出会って数日なのだから知らなくて当然だ、なら同じような境遇のラクシャインだって特に問題は……

 

『いや違う、そうじゃない。サクヤ、さっきのこいつの発言を聞いてなかったのか? 明らかに狂人だぞ!』

 

 人を斬るのが好きだとか、目の奥がキラキラしてるだの完全に危ない人の発言だろ。

 

「言ってくれるなぁアンちゃん。けどまぁ、おめぇさんの言い分はもっともだ。他でもない俺自身が俺のことをまともじゃないと誰よりもわかってるからな」

 

『それは……人を斬ることに罪悪感を感じてないってことか? その自分の欲望のためにどんな人でも見境ないと?』

 

「そうだ、その瞳の輝きが強ければ強いほど俺の衝動は増す、誰であろうと関係ない。事実、俺はその衝動から自分の妻と子を斬り、さらに多くの同胞を亡き者にして國を混乱に貶めたことがあるからな」

 

 おいおい、なんだよこいつは。

 殺したって? 自分の妻と子を?

 

「その大罪を妻の兄であり当時の國の(オゥルォ)でもある義兄(アニキ)が見逃すはずもなく死ぬ勢いで追われたさ。狂人、罪人、悪漢、果てには禍日神(ヌグィソムカミ)……俺の不評は果てしないもんだったよ」

 

 やはりこの男は危ない。

 こんな奴と数日も一緒に過ごすなどクーヤ達を常に危険に晒すようなものだ。

 

『サクヤ、やっぱりこんな奴を護衛にするなんて駄目だ。二人のことなら自分が守るから、だから……』

 

「でも、ビャクヤさんは人を殺すことができません」

 

『……ッ!』

 

 自分が人を殺す、そう考えただけで存在しないはずの胸がズキリと痛むような感覚に襲われる。

 自分があのタムタという男を殺そうとしたシーンがフラッシュバックされる。

 

「この先、トゥスクルへ戻るにはいくつもの戦地を抜けなければなりません。あたし達がこの戦乱に無関係であっても、見逃されることはないでしょう……。その中には当然命を取り合う戦いもあるはずです」

 

 そうなれば、あのような状況が何度も繰り返されることになる。

 この身体の戦闘システムを駆使したとしても、手加減できない場面はきっと現れる。

 

(だが、自分が戦わねば二人が……)

 

息もしていないのに過呼吸のような症状が自分を襲う。

 辛い……怖い……けど……

 

『二人を……守るためなら……自分は……』

 

 そうだ、この世界で孤独だった自分を救ってくれた二人。

 二人を守るためなら、たとえこの手が血に染まろうとも……

 

「それは駄目です」

 

 身体になにか触れている感覚を感じると、サクヤに抱きしめられていた。

 

『サク……ヤ……?』

 

「ビャクヤさんはそのままでいてください。あなたの優しさは、何者にも代えがたいとてもとても大事な物です。どうかそれを捨てないでください」

 

 その言葉に揺らいでいた意識がだんだんハッキリしていく。

 気づくと、クーヤも後ろから自分を抱きしめている。

 

「ビャクヤ、ムリしないで……」

 

 我ながら情けない。

 二人を守るだの恩返しだの、結局はただの自己満足に過ぎなかったんだ。

 

「へぇ、モテモテだねぇアンちゃん」

 

 うぐ、そういえばこいつがいたんだった。

 まぁいい、とにかくこれで自分の意思も決まった。

 

『ありがとうクーヤ、サクヤ。……ラクシャイン、自分は人を斬れない、だからあんたに護衛を任せたい。けど、二人には絶対に手を出すな。もしそうなったら、自分はお前を全力で……』

 

「安心しなアンちゃん。言われなくてもその二人に手を出す気は今の俺にはまったくねぇよ」

 

『? ……なぜだ』

 

 その発言はこちらにとっては願ったり叶ったりなのだが。

 ラクシャインは本当に興味なさそうに二人を見ている、その目は先程の斬りたくなかった男を斬ってしまった時のものと同じだ。

 

「サクヤの嬢ちゃんもクーヤの嬢ちゃんもその目は表面上綺麗なんだがな……いかんせんその奥、かなり深い闇を抱えてる。クーヤの嬢ちゃんなんて底が測れねぇ」

 

「……」

「んー?」

 

 ラクシャインの言葉にサクヤが俯く。

 

(闇? 一体どういうことなんだ?)

 

 やはり、自分は二人のことを何も知らないのだと思い知らされる。

 だけど、いつかそれも打ち明けてほしい、自分は二人の力になりたいと心から願っているのだから。

 

「ま、シャクコポル族がどういう末路を辿ったかは俺も理解してるつもりだ。お互いに詮索は無しにしようや。てなわけで、出発しようぜ」

 

 ここにいる全員が秘密を持っている、勿論自分も例外ではない。

 それは、知ってしまったらここにある"今"がすべて壊れてしまうのではないかという不安を生み出す。

 

 ……けど、今は。

 

「行きましょうビャクヤさん」

「ビャクヤ、行こー!」

 

 この笑顔ともっと近づいて、そんな秘密なんて笑い飛ばせるほどになれるよう共に歩むだけだ。

 

 

 

 その後、まずは手ぶらのこの状況をどうにかするため、ラクシャインが知る軍の陣から少~し必要な物資と野営道具、それとウマ(ウォプタル)を一頭拝借させてもらった。

 途中兵士に見つかり焦ったが、ラクシャインが目にも留まらぬ速さで切り裂き事なきを得た。

 

(一応死体は処理したけど、あの陣は今頃大問題だろうな)

 

 現在はそこから離れた地点の林の中で野営中。

 女性であるクーヤとサクヤには屋根付きの温かい寝床でゆっくりしてもらい、自分とラクシャインが交代で見張り番の役割を引き受けた。

 

 そんな中、自分は見張り中であるラクシャインの下へおもむいていた。

 

「お、どうしたアンちゃん? 見張り交代にはまだ早いぜ。ゆっくり休んどけよ」

 

『生憎この身体は休息を必要としない』

 

「そうかい、生憎それじゃあ表情は読めねぇから体調が悪いなんてわかんねけど。それでも精神的な休息は必要だと思うがね……。まぁいい、俺になんか用かい?」

「あんたと話がしたい」

 

「話?」

 

 自分がここへ来た理由は、心の中でラクシャインという人物を信用してないからだ。

 だからこそ彼と話し、少しでもその人物について知ることができれば、小さくても信頼が芽生えるかもしれない。

 

「俺のこと……ねぇ。つまんねぇと思うぞ?」

 

『それでもだ』

 

 人を信用できないのはその人物を理解できないからだ。

 こちらが少しでも知る努力さえすれば、相手を理解する一歩になる……って先輩が言ってた。

 

「ま、いいか、暇つぶしにはちょうどいい」

 

 どうやら話してくれる気になってくれたようだ。

 

「俺はクッチャ・ケッチャという國で生まれた、もう滅んだ國だけどな。捨て子だった……國の底辺、貧民街で育った俺は人を殺す術と生き残る術を覚えるだけで精一杯だったよ。だから幸せそうな奴らが憎かった。そこから俺の殺人衝動は始まったんだ」

 

 それがラクシャインが人を斬る理由……。

 自分ではまず考えられない、だがもしそんな生活が続いたのなら……狂ってもおかしくないのかもしれない。

 

「だが俺が元服(コボロ)を迎えようとした頃に転機が訪れた……。マジでたまたま目に入った奴を斬ったら助けてたんだよ、女を」

 

『ん? どういうことだ?』

 

「どうやら俺が斬ったのは強姦魔だったらしくてな。しかも助けた相手ってのが当時の(オゥルォ)の娘、つまりお姫様でな。その拍子でどんどん俺の評価がうなぎのぼりよ」

 

 それなんてエロゲ?

 

「正規軍に入隊し、戦地で武勲を挙げ、ついにはその助けた姫と婚姻だ。次期(オゥルォ)であるそいつの兄とは部隊で一緒だったこともあり、軍でアニキと慕っていた男が本当の義兄(アニキ)になっちまうしよぉ」

 

 なんていうか、ここまで聞くと凄い成り上がりだ。

 完全に人生勝ち組コース……なのに。

 

「でもよ、結婚して、子供(ガキ)が生まれて、育って……最高に幸せだったんだろうなぁ。二人の目の輝きは……まさに幸せの絶頂期を迎えてたんだ。そして俺は、昔の衝動を思い出した」

 

 どこで……歯車が狂ってしまったのか。

 おそらく最初からだろう、ラクシャインがもし捨て子ではなかったら、貧民街で育っていなかったら、その日お姫様と出会わなければ。

 

「俺だって最初はあいつを斬る気はなかった。元々あいつは"要領の悪い臆病な姫"っつー肩書でいつも人生諦めたような顔しててな。襲われてた日だって闇の底にいるような暗い目をしてたからな、まったく衝動は起きなかった」

 

『それが……なぜ』

 

「目の輝きは変化する。特に闇に沈んでいたものが光を放つとすげぇんだよ。だからそれを見て、衝動が疼いた時思ったね、『ああ、俺は所詮人殺しなんだ』ってな」

 

『……』

「……」

 

 ラクシャインの話が終わり、静寂が辺りを支配する。

 聞こえるのは焚き火の音だけ、ラクシャインの表情は変わらない。

 

「まぁこんなところだ。てなわけで最後まで聞いてくれたアンちゃんにこいつをやろう」

 

『いや、なんだいきなり……ってこれは』

 

 いきなり投げ渡されたそれはラクシャインが腰に着けていた二本の刀の内の一つ、いつも使用しているものではない方の刀だった。

 

「アンちゃんは長物もってねぇからな、それ持っとけ」

 

 鞘から抜くと、その刀身は月明かりに照らされて青鈍色に輝いていた。

 

『……綺麗だな』

 

「ああ、そいつは俺が國を出る際に宝物庫から盗ってったクトネシリカっつー宝剣だからな。いざとなったら売っぱらうつもりだったが、やるよ」

 

 っておい。

 そんな滅んだ國の宝剣とかいわくつきっぽくて逆に嫌だわ!

 

「それにアンちゃんはまだ俺のことは信頼しきれねぇみてぇだし、この先本当に信頼できないと思ったんならそいつで俺をぶっ刺しゃいい」

 

『いやそんなこと言われても……』

 

 別にこんなもの渡されても自分は人を殺す気などこれっぽっちもないというのに。

 

「そんじゃそろそろ見張り交代の時間だ。俺は寝る」

 

『あ、おい』

 

 そう言いならがら欠伸をして立ち去っていくラクシャイン。

 ま、当初の目的は果たしたからよしとすることにしよう。

 

『それにしても、ラクシャインの過去……か』

 

 生い立ちを聞いた今でも人を斬りたいなどという衝動は自分にはまるで理解はできない。

 けれど、なぜか少しスッキリとしている自分がいるのも事実だった。

 

 

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