IS(インフィニット・ストラトス) 2人目の男性IS操縦者 作:スーパープルコギ
─私は……!─
「ああああああああ!!」
「何だ!?」
突如奇声をあげ、ラウラが苦しみだした。
ただの苦しみ方ではない……何だ?どうしたんだラウラ!
「シャルル!何があった!」
『僕にも分からない!エネルギーぎ─』
シャルルの言葉がそこで途切れた。
シュヴァルツェア・レーゲンを包むように走った紫電が至近距離にいたシャルルを弾き飛ばしたのだ。
「シャル!」
「一夏!シャルルを!」
「分かった!」
「そがみん……ボーデヴィッヒさんどうかしたの?」
「のほほんさん達はそこから動かないでくれ!」
そう言うのには訳があった。
シュヴァルツェア・レーゲンがボディを粘土のようにドロドロに軟化させ、姿形を変えているのだ。更にハイパーセンサーから響くロックオンアラート……IFF反応は無し。つまり俺は今“敵機にロックオンされている”状態にある。
恐らく一夏もシャルルも同様だろう。
「一夏!IFFを再設定しておけ!」
『敵味方何とかだろ?優太を味方機設定で良いんだな?』
「ああ!暗号化電波があるはずだ!」
『ぅ……ご……めん、2人共……体が上手く、動かなくて……』
どうやらただの電気ではなかったらしい。シャルルは顔色を悪くして焦点が定まらない様子でいる。
「シンモラ!シュヴァルツェア・レーゲンの反応は!」
─検索終了。半径5km圏内における反応皆無。
シュヴァルツェア・レーゲンの反応が無い?試しにやってみたは良いが、ますます目の前の出来事が理解できなくなってくる。
そうこうしている内にグニャグニャと何らかの形を形成していたシュヴァルツェア・レーゲンだった物が立ち上がった。
全身が黒く、見たことがあるようでないような人の形を成している。一応ISを纏ったような姿ではあるが、どこもエッジがきいておらず、まるで思い出しかけで練って形作ったように不格好だ。
『変えたぞ優太!』
「一夏はそのままシャルルを守れ!……来るぞ!」
ラウラを呑み込んだ事から、何かしら声が出たりするかと思っていたがそんな事は一切無く、一夏の《雪片弐型》に良く似たブレードウェポンで一夏を袈裟斬り。
反撃が難しい一夏のカバーに《ティルフィング》でブレードウェポンを射撃。咄嗟の行為だが辛うじて破壊出来た。
『助かった!悪ぃ優太!』
「それよりも離脱しろ!次来るぞ!」
もうティルフィングは使えない。最後の薬莢を捨て、コンテナに戻す。その間に《レーヴァテイン》を取り、シュヴァルツェア・レーゲンだった物に肉薄する。
前回の無人機襲撃とは違い、相手は中に人が居る。下手に全力を出せば1人の命が散りかねない。だが、手を抜けば俺自身も、倒れたシャルルを介抱する一夏も危うい。
「……ったくよぉ。困ったちゃんだなお前は!」
大きな溜め息を1つ吐く。そこで俺はマインドセットをかけ、ブレードウェポンを再形成している黒い敵に斬りかかる。
─敵機捕捉。以後『Черный』と呼称。
『Черный(チョールヌィ)』とは黒という意味だ。まんまだが、それがいい。
「……」
シュヴァルツェア・レーゲンだった黒い物もといチョールヌィは俺のレーヴァテインでの一撃を容易くかわし、ブレードウェポンを形成し終える。
再びそれを構え、襲いかかってくるチョールヌィはやはり声も発さず、顔も表情どころか微動だにしていない。何とも不気味だ。
「何がどうなうぉ!?」
初撃はかわした。しかし、2撃、3撃と続く攻撃は繰り出す毎に速さ、鋭さが増して広いレーヴァテインの腹で常に防御する一方に。
これはラウラが操作しているのか?どちらかと言うとあいつはもっと短い刃物の扱いに長けてると思ったんだが……。
「優太!それは《雪片》だ!」
「雪片!?どういう事だ!」
「雪片は千冬姉が使ってた武器だ!しかもさっきからの動き……そいつは千冬姉の動きをコピーしてやがるんだ!」
珍しく怒気のこもった声音の一夏がその事で興奮しているからか、直接声で知らせてくる。
成る程……どうりでどこか見たことがあるようでないような姿だと思ったら……。
「織斑先生のコピーかよ……!」
呻く間にも鋭さが増す攻撃。退けば一瞬で間合いを適度に詰め、俺が攻撃をすれば疑似雪片で簡単にいなす。チョールヌィに眼は無いが、まるで全てを見られているような感覚を覚える。
「優太!俺がやる!」
シャルルを取り敢えず壁際に寝かせた一夏が加勢に入る。お互いシールドエネルギーはもう僅か……この異常事態に対して恐らく教員の鎮圧部隊が来るとは思うがそれまで保つか?
「畜生!何だってんだ千冬姉の真似しやがって!」
「落ち着け一夏!」
身内の真似をされ、しかもそれが仲間を傷付けた事が一夏の怒りを爆発させていた。それに加えてラウラとのいざこざも冷静さを失っている原因だろう。
今の一夏はただ怒りに任せて剣を振るっているだけだ。このままではいくらコピーでも叶う筈が無い。
「ぐぁ!っそぉ!」
「馬鹿野郎!」
鍔迫り合いで押し負けた一夏を蹴飛ばす。刹那、空を斬って地を抉った斬撃が蹴飛ばす前まで一夏が居た場所を通った。
4m程転がった一夏は蹴飛ばした事に関して怒りの声をあげる。相当頭に血が昇っているか。
「何すんだ!」
「落ち着け!お前は今怒ってただ武器を振っていただけだ!そんなんじゃ勝てる訳無いだろうが!頭冷やせ馬鹿野郎!」
レーヴァテインで疑似雪片を受けながら補助腕を操作し、弾切れのティルフィングを投げつける。やり過ぎかと思ったが、いちいち目を合わせて話す隙なんてあったものじゃない。
「分かったら戦え!分からなきゃ退け!」
もうハイパーセンサーで一夏がどうしているかを見ているのですら困難になってきた。
疑似雪片の刀身が煌めく度にレーヴァテインが快音を響かせ、跳ね上げられ、シンモラの装甲が削がれていく。
残りシールドエネルギーも13%を切った!
「誰が退くか!」
僅かに顔を振ったチョールヌィの肩装甲が斬り落とされる。黒を攻撃したのは対の白。その手には黒が持つ偽物では得ることが出来ない光る雪片。
「この動きなら知ってる!どうせコピーなら俺なら行ける!」
「よっしゃ!頼むぞ一夏!」
チョールヌィから間合いを取り、レーヴァテインを杖に片膝を地につく。
まるで今まで呼吸を忘れていたのではないかという息苦しさが胸を締め付け、汗も噴き出したように額から頬を伝って滴り落ちる。とてつもない疲労感だ。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
限界まで息を吸って限界まで吐く。
「そこだぁぁぁ!」
一夏の雄叫びと共にチョールヌィがバランスを崩した。
早速コピーの動きに合わせたようだ。流石は最強の弟。いくらコピーと言えどコピー元の動きを知っていれば所謂先読みが簡単に出来るわけでも無かろうに。
「行け一夏ぁ!」
「おぉぉぉぉ!!」
勝てる。確信した瞬間にそれは覆された。
一夏の予想だと、このままチョールヌィは足払いをすると確信していたらしい。だが、チョールヌィはそんな事をする挙動を一切見せず、人間らしからぬ動きで一夏を袈裟斬りしたのだ。
動きの全てがコピーでは無かった。
「一夏!」
「……ぁ……!」
地面に鮮血が飛び、『白式』の装甲を赤く滴り落ちる。
バリアを貫通。傷が深くないからか絶対防御は発動せず、一夏は斬り伏せられた。
「このぉぉぉおお!」
震える体に鞭打ち、まだバランスが崩れたチョールヌィを叩き斬る。切れ味も何も関係無い。ただ当てて潰す!
何度も、何度も何度もレーヴァテインを振り下ろし、地面に打ち付ける。
しかしチョールヌィは何事も無かったかのように立ち上がり、折れた疑似雪片で俺の腹に刺突。偽物でも同じ効果でも有るのだろうか、容易くシールドバリアを貫通し、遂に絶対防御が発動した。
─シールドエネルギー残量2%。
全て削り取られる前に飛び退き、シンモラを待機状態に戻す。もうエネルギーは無い。一応部分展開は出来る筈だが、それで戦えば一太刀すら死を意味する。
「優太……!逃げろ……」
「じっとしてろ一夏……鎮圧部隊が来たから大丈夫だ」
腰を下ろすとチョールヌィを弾丸の雨が襲った。それと共に次々と降り立つ『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』。
「大丈夫!?怪我は織斑君だけ?」
「ええ。一夏の手当てをおね─」
「あが!」
近くに来た先生に一夏の状態を話そうとした時、すぐ横を打鉄が転がった。
既にその先生は気絶して動く様子もない。
犯人は言うまでもなく、後ろのチョールヌィだ。振り向くと、どういう事か分からないが、疑似雪片に紫電が纏っていて斬るもの全てを感電させている。恐らく、操縦者に直接ダメージを与える能力が付加されたのだろう。立て続けに鎮圧部隊のISが動きを止めていく。
「な、何なのあいつ!」
「ちっ!やっぱり狙いは俺と一夏か……先生!一夏を早く安全な所へ!」
「君はどうするの!?」
「止めます!」
立ち上がり、シンモラの右腕とレーヴァテイン限定で部分展開。残るシールドエネルギーで最高のパフォーマンスだ。保っても残り1分かそこらだろう。しかもレーヴァテインの装甲展開をしたら間違いなく一瞬で終わる……。
「駄目よ危険だわ!死にたいの!?」
「今退くとしても止められる人がやられてるんじゃ話になりませんよ!」
今一夏を介抱しているのは何の武装もしていないただの教員だ。ただでさえ一夏を守らないといけないのに更に人が増えるのは困る。どのみち逃げるのは難しいからこその手段だ。
「行くぞラウラァァァ!」
明らかに体と不釣り合いなレーヴァテインで足元を凪ぎ払い、土煙を巻き上げる。
本来ならIS相手に目眩ましなど無意味。だが自分への気休めとしては充分だ。
「止しなさい!」
もう誰に見られようが構わない。義脚のフルパワーで地を蹴り、真正面に突撃する。刹那、肌にピリピリと嫌な感覚が走った。恐らく疑似雪片の紫電だろう。
少しでもそれに触れれば感電してアウト。だが下手に避け続けてたらシンモラの限界が来てこれもアウト。無論、背を向けるなんて自殺行為で論外。
……我ながら厳しい選択をしたものだ。
「……」
チョールヌィは土煙から飛び出してきた俺に唐竹斬りで応えた。だが俺の眼は確かに高速のそれを捉えていた。
なにせ、触れれば即終了なこのサドンデスマッチの緊張感は俺の『スーパーじゃんけんフィーバー』を出すのに申し分無かったからだ。
世界の流れが遅くなり、自分の呼吸、鼓動の音が一層強く聞こえる。
疑似雪片が来た。なるべく寄せ付けて、かつ安全な距離で避ける!
「らぁ!」
殆どレーヴァテインに振り回されたような状態で胴に叩き付ける。見た目に似合わず硬質な音が耳をつんざく。
ダメージが薄い……!俺はスローモーションの世界で迫る疑似雪片を捉え、上体を仰け反らす。
回避成功。続けてレーヴァテインを引き戻し、義脚で疑似雪片を持った右手を蹴りあげた。
「……」
相変わらず無表情無反応を押し通すチョールヌィが疑似雪片を手放した。
「行ける!」
だがその確信は再び覆される。
無手となったチョールヌィは想像以上の速さで跳ねた腕を戻し、即座に義脚を破壊。膝から先が砕けて散った。ならば!
「!」
緊急用で普段は太股辺りに収納されている伸縮骨格で義脚を無理矢理外して接合部から貫突。1度出すと戻らない伸縮機構のそれが何の構えもなかったチョールヌィの顔面を強打。剛性は期待出来ないが、踏ん張るには申し分無し!
素早く両足で地に着き、右手のレーヴァテインに力がこもる。
「レーヴァテイン!」
小気味の良いスライド音と共にレーヴァテインの刀身が開き、破壊の刃を形作っていく。全てを焼き払う剣……いつもは頼もしいそれが今は持ち主の己にもその破壊の手を伸ばしていた。
「がっああああああああ!!」
ISの操縦者保護が効いてない状態でのレーヴァテインは最早自殺行為でしかなかった。装甲ですら容易く融かす超熱仮想刃、それをほぼ生身で扱う俺の皮膚は瞬時に焼けただ……いや、最早蒸発しようとしていた。
しかし、それで攻撃できるのは一瞬。痛みに、熱に叫びながら顎が浮いたチョールヌィの胴を斬り払う。
─シールドエネルギー残量0。当機はこれより待機状態へとい─
表示しかけていた所で義腕ごと半分融け壊れたシンモラの腕と、同じく半壊したレーヴァテインが光の粒子となって消える。
「……」
一方のチョールヌィは……まだ動いた。決死の一撃は見事に当たらず、レーヴァテインは空を斬ったのだ。だが、そんな事は分かっている。むしろ当てるつもりなんて端から無かったからだ。
もしレーヴァテインを直接当てようなら中に居る筈のラウラを殺してしまう。だから外側だけを融かすことにしたのだ。
刹那、チョールヌィの胸から臍下にかけて赤く熱を持ったボディが大きな泡のように膨らみ、爆ぜた。半流動金属なんて言っても、所詮は金属だろう。
「目を覚ませ!」
跳躍。仰け反って微動するチョールヌィの膝に足をかけ、爆ぜて薄くなったボディに義腕を突き刺す。
そこは不気味に鼓動し、血のように半流動金属が行き交っていた。だが義腕にはそんな感覚を感じ取れる機能は無い。あくまで圧力だけだ。
─助……
「ん?つぁ!?」
空耳のようなのが聞こえたと同時、義腕を半流動金属が強く締め付けた。隙間という隙間から入り込んで、全てを圧壊させんとしているのか、動きが鈍くなってしまう。だが、少し遅かったな。
バキンと強靭な義腕のどこかが折れたと同時に中で掴んだものを一気に引き摺り出す。
「……ぅ、ぁ……」
「よし!」
半身飛び出たラウラと一緒についてきた余計な半流動金属が餅のように義腕に絡む。恐ろしい力の締め付けでミシミシと悲鳴を上げ、遂に腕ももがれた。
無理矢理引っ張られたのもあって、接合部の生身から血が滴っている。あとは左腕……残る膂力を全て出しきり、ラウラ抜く。
ズルッと案外呆気なく引き抜けた。
チョールヌィは自機とって心臓にも等しいラウラを失った事で機能を停止。ドロドロと再び形を変え、かなりのダメージを負ったシュヴァルツェア・レーゲンに戻った。
「……ぅ……」
眼帯が外れ、金の綺麗な瞳が露になった双眸で俺を見上げる。その眼は虚ろで、今にも気を失いそうな弱々しさが見られる。
小柄なラウラだからこそ片腕で抱き抱えていられるが、正直スーパーじゃんけんフィーバーとレーヴァテインのせいで体が痛すぎる。俺こそ今すぐ倒れたい……。
「……1発……ぶん殴って、やりたかった……が……義腕が無い、から……今回は無しにしてや……」
俺の言葉を最後まで聞いたか分からないが、既に気を失ったラウラを抱えた俺も、そのまま地面に倒れた。
◇
「あ……ここは……」
「久し振り優太。案外早く再会したわね」
「シンモラ。じゃあ俺は今寝てるのか……」
優太が意識を覚醒させた時、既に切り株の椅子に腰掛けていた状態で丸いテーブルを挟んで反対側にバイオレットの髪が右目を隠したシンモラが座っていた。
「夢だなんて思っても仕方が無いわよね。むしろそんなに簡単にホイホイと信じる人間だとは思ってないわ」
「まぁな」
「あ、そうそう。レーゲンが『助けてくれてありがとう。義肢はごめんなさい』って。戦闘中にも何度も助けてって叫んでたそうだわ」
そこで優太はふと思い出す。
(戦闘中……あ、空耳か何かだと思ったあれはシュヴァルツェア・レーゲンの声だったのか!通りでラウラと違う声だと……)
「なぁ。どうしてシュヴァルツェア・レーゲンがああなったか分かる?」
「それは分からないわ。レーゲン自身も分かってない事みたいで、情報を開示しようにも出来るような物が無いんですって」
「そうか。ラウラも予想してなかった感じだったし、本来意図しないものだったんだろうな」
「そうね。あ、あとティアーズが乗ってもらって滅茶苦茶興奮してたわ。『ビットがこんなに上手く使えるなんて思わなかった!雫なのに私は大洪水です!もうパンツの替えが無いです!』そうよ」
「そ、そうか。満足してもらえて良かったよ……?」
優太は話から高貴で鎧兜を着込んたイメージだった『ブルー・ティアーズ』が興奮して流した涙をパンツで拭っている姿を想像し、そのイメージを改めようと思う。尤も、ブルー・ティアーズが言う大洪水とはそう言う意味では無かったのだが。
「はぁ……意味解ってないのね……ま良いわ。優太、レーゲンとそのパイロットを責めないであげて。彼女達は被害者なの」
「わぁってるよ。レーゲンには義肢は気にしないでって言っといて」
「うん。さて、別の誰かがお呼びよ。また寂しくなるけど……じゃあまたね優太」
「誰か?あ、またなシンモラ」
疑問を投げ掛ける事は出来なかったが、すぐに誰だかわかった。
シンモラの姿が消えたと同時にその誰かが現れたからだ。黒い雨が降り注ぐ中、独りで踞る銀の髪の少女が。
「……ラウラ、か?」
「……」
雨音で掻き消されたのか、ラウラには声が届いていない。
「ふんむ……何いじけるんだよラウラ」
「……曽我美……か……何の用だ?私を……嘲笑いにでも来たか……?」
近付き、再度声をかけると弱々しくラウラが反応した。
こんな雨なのに水滴1つ付かない不思議な場所で、優太はラウラの横に腰掛けた。
「なぁ。何でここで踞ってんだ?いじけるんだろ」
「……私は……負けたのだ。貴様に……最強であるべき私が……」
「かぁーっ。いつまでそれ言うつもりだよ」
気にしていなかったが、いつの間にか手足が無くても歩いたり出来る優太が見えない右手でラウラの頭を軽くどついた。
「な、何をする!」
「あのな、最強とか最強と……2回言っちゃったけど……お前は何でそんなに力を求める?その理由は何だよ」
「貴様に言う意味が無い。ぁいた!?」
今度はゲンコツが強めに入る。患部をさするラウラは抗議の眼差しを向けるが無視して優太が続ける。
「お前にとって強さって何だよ?最強って何だよ?」
「それは……」
「どうせ攻撃力と同じだとでも思ってたんだろ?違うか?ん?」
口ごもったラウラに挑発した態度で迫る優太がお返しと顔面パンチをお見舞いされる。
だがそれはお見通しだと左手で止められた。直後、呆れた様子の優太に引き寄せられて世界が回ったかと思うとラウラは強かに背中をうちつけられた。
「かっ……!」
「話を聴けっての!」
「ぐっぅぅ!断る!」
「はぁ……そうかよ。じゃあ話すまで待っててやるから、少し頭を冷やせ」
拘束を解き、構えたラウラをもう気にもとめず、辺りの散策に歩きだした優太。追撃しようとも思ったラウラだがそれを止め、その場で腰を下ろすと再び踞ってしまった。
「強さ、か……」
ラウラ自身は優太に指摘された通り、攻撃力こそ強さだと思い、それを求めてきた。力こそ極めて相手を葬る。何者も抗えぬ絶対的な力……それこそ強さであると確信していた。
「私は……あの人になりたかった」
優太が離れた事を確認するとポツリと雨音に掻き消されそうな声で呟いた。
ラウラは千冬に憧れ、なりたかった。そんな千冬が笑顔を見せる相手が羨ましかっただけなのだ。
それは本人も分かっていた。羨ましさが嫉妬へと変わり、それがいつしか敵意へと変わり……遂には殺意へと。
「お前は誰だよラウラ・ボードヴィッヒ」
「……ボーデヴィッヒだ」
「ワリ」
いつの間にか目の前に立っていた優太に驚きもせず、間違いを訂正させる。
「お前は織斑先生じゃ無いだろ。お前は誰だラウラ・ボーデヴィッヒ」
「私は……」
「じゃあラウラだよお前は。それ以外の誰でもねぇよ」
「……」
「よっしょ。強さって何だよラウラ」
「……さぁな」
胡座で向かい合った優太の質問にそっぽを向いて答える。
「あ、そう言う事するか」
「ぁいた!?」
デコピン。構えてなかった分痛みが増して驚きが追加される。
「はぁ……良いか?お前は最強であることに囚われすぎなんだよ。最強だから織斑先生になれるとでも?」
「う……」
「憧れるのも別に咎めやしないさ。だけどさ、お前が憧れる人の大切な人を傷付けて満足か?そこの思考がイマイチ分からなんだが」
「教官の……為だ」
「その織斑先生の為だぁ?織斑先生の大切な人を傷付けるのが織斑先生の望みか?意味分からないぞ」
「……るさい……五月蝿い!お前こそ教官の何が分かる!」
「知らねぇよ。だけどな、一夏が大切に思われてる事ぐらい分かるわ!」
「……」
「お前は確かに強いよ。でも、最強であろうとした今までの生き方じゃ一夏に勝てない。俺も、救いたい奴の為に強くあろうとしている……ただ強さだけ求めて自分の生き方が分からないような奴に負けるわけがねぇ!お前は誰だラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「私は……!」
口ごもる。今まで最強であれと、自分の生き方なんて考えた事がなかった。ラウラ・ボーデヴィッヒという名前も記号程度にしか捉えていなかった……そんな自分が誰であるかなんて、簡単には答えられない。
「……さっきも言ったろ。お前はラウラだ。それ以外の誰でもない。それとも違うのか?どうだ?」
「……私は……ラウラ・ボーデヴィッヒだ!それ以外の誰でもない、ラウラ・ボーデヴィッヒは私だ!」
「うん。お前はもう最強なんかに縛られるなよ。そんな人生勿体ねぇよ」
「……では私はこれから……何をして生きていけば良い?強さを求める事しか知らなかった私は……」
「先ずは学園を卒業するまで好きに生きてみろよ。俺も手伝ってやるからさ」
「何故そんなに良くする?」
「何でって……昔の自分に似てたからかな。何この台詞!言うのめっちゃ恥ずかしいんですけど!」
顔を赤らめて恥ずかしがる優太。イマイチ分からないラウラは首を傾げていると急に眠たさのような感覚が襲ってきた。
「まぁ、お前はマジで昔の俺に似て危なっかしいからな……」
薄れゆく視界の中でラウラの心臓が強くはねた。
「俺が守ってやるよ。安心しろ」
(あぁ、そうか……私はやはり15の女だったんだな……)
止まらない鼓動に自分の体温が上昇するのを嫌と言うほど感じながら、ラウラは自分に嘲笑せざるを得なかった。
(惚れた……のか)
瞼を閉じる最後まで、優太の姿はそこにあった。
◇
「んぅ……」
「起きたかボーデヴィッヒ」
「教……官?」
目を覚ますと見慣れない天井と消毒液の匂いが私の居るところを理解させてくれた。
隣では教官が腕を組んで座っている。
「私は……どうなったのですか?」
「戦闘の負荷が大きかったんだ。全身は筋肉痛と打撲や疲労で動けないだろ」
「全身が痛んで……動けません」
「それだけか?」
「えあ、はい。……教官、私のISは何故暴走を?」
敢えて知らせないように言ってくれたのだろうが、残念ながらシュヴァルツェア・レーゲンが暴走した瞬間までは覚えている。私が質問をすると教官はやや悩んだ様子を見せながらも話はじめてくれた。
「一応重要案件である上に機密事項なんだがな……VTシステムは知っているな?」
「はい……正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、確かあれは……」
「そう。条約でいかなる場合において研究・開発・使用の全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」
「……」
「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園がドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」
教官の言葉を聴きながら、私はいつの間にかシーツを握り締めていた。視線も教官に向けることが出来ず、ただシーツのシワをそれでなぞっていた。
「私が……望んだからですね」
何をとは言わなくても教官なら分かるだろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はい!」
「お前は誰だ?」
「私─」
ふと脳裏によみがえるあの男の言葉。
『お前はラウラだ。それ以外の誰でもない』
あの男……曽我美優太はこうなる事が分かっていたのだろうか?思わずにやけてしまいながらも私はそれに答えた。
「あいつにも同じ事を訊かれました。私はラウラ・ボーデヴィッヒです。この学園に居る間だけでも」
「誰かは訊かなくても分かる。ならばそのとおりこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山のようにあるぞ。学園もそうだが、その後も、まぁ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ小娘」
「あ……」
教官から、そんな言葉を貰えるとは意外だった。まさか私を励ましてくれるとは思いもしなかった……何を言えば良いのだろうか分からない。ただポカンと口を開けていることしか出来なかった。
そんな私に、教官は席を立ってベッドから離れる。もう言うべき事は言ったのだろう。本来の仕事に戻るようだ。
「ああ、それから」
ドアに手をかけたところで振り向くことなく再度言葉を投げ掛けられた。
「お前は私にはなれないぞ。あいつの姉と、馬鹿の相手は心労が絶えないのさ」
その声音から顔が見えなくても笑っているのだと分かる。それがどうしてか今なら私でも……。
「これから、か……」
私は負けた。だが、それが今はたまらなく心地良い。
私はこれから始まるのか─。
◇
「トーナメントはやっぱり中止みたいだな」
「当然だろ。俺達のこの状態でやらせる言ったら異議申し立てだぜ」
俺と一夏は各々怪我で保健室のベッドに横になっていた。
備え付けられたテレビでは学園内専用のチャンネルがあって、そこで今回のトーナメント中止の事が繰り返し流されていた。
「でも他の生徒も1回戦だけはやるみたいだな。優太大丈夫かよ?」
「んー?まぁ、半身火傷で大丈夫じゃないな。動くと痛い」
現在一夏は左肩から右脇腹にかけて疑似雪片にやられた傷で治療中。傷自体は深くなかったが塞がるまでは安静にしてないと駄目な状態。
俺はレーヴァテインの熱波で右半身が殆ど火傷。顔も右目辺りまで蒸発しかけていた。何故かダメージが低い髪の毛は右側頭部の焦げた所を切るだけで済んだ。カジュアル系バンドみたいな髪型で笑える。
「どのみち義肢も無いから動けないだろ。俺が油断しなければ……」
「気にすんなよ一夏。義肢は頼めば作って貰える。と思う……」
「なぁ。いい加減教えてくれよー。誰なんだよその義肢作ってる人」
首すら動かすのが痛い俺は眼だけ動かして一夏を見やる。
周りは誰も居らず、寝ているのも俺と一夏だけ。そうだな、せめて一夏だけにでも話しておくか。
「分かった。落ち着いて聴けよ?耳かっぽじって良く聴けよ?驚くなよ?」
「お、おう……」
再度周りを確認。大丈夫だ、誰も居ない。
それでも俺は最低限一夏が聴こえる限りの声で囁いた。
「作ってくれたのは束さんだ。あの人に助けられてあの人に嵌められてここに入学させられたんだ」
「えええええいいいい!?」
「あー……ほら叫ぶから……」
驚きで叫ぶと傷口が痛んだらしく、途中から悶絶している。
「っぅ……!マジかよ……!」
「マジマジ大マジ」
「だって束さん……箒とか千冬姉とか以外はまるっきし興味無いのに」
「助けて貰ったけども、俺はモルモット的な扱いにしか思ってなかったぞ。やれドリルアームだ、やれロケットパンチだで何度改造人間にされかけたか……」
「あーやりそうだな。ってかやるな」
一夏が落ち着いた所で俺の身の上話を少しする。別に何もかも話す訳ではない。自分が遺伝子強化試験体である事は徹底的に伏せ、何故この入学までに至るか。勿論、仕事の内容も少しは話した。
「……その、何て言うか……」
「お陰様でこの眼も隠せてるよ」
何とか首だけで一夏に向き、たった今話したばかりの眼の本来の状態に戻す。それからラウラと同じ金色にしたり黒にしたりと変化をして見せ、本来の状態に戻す。
「これは恥ずかしいと言うより異質だから隠してたんだ。だってさ、片眼真っ赤っかって怖すぎでしょ」
「ま、まぁ、確かに怖いな……」
「内緒なー。セシルは知ってるけど、これのせいでハイパーセンサーの右半分使えてないからね。だから右から攻められると弱いんだ」
「へぇ。じゃあこれからは右狙えば勝てそうだな」
「怖いわー」
若干痛むがお互いに笑いながら数分ほど話していると、保健室のドアがノックされ、誰かが入ってきた。
や、ノックするのは良いんだけど先ず入って良いか聞こうよ。
「入って良いー?」
訊きながら問答無用で立ち入ってくるちんちくりん。
既に入っているのに質問する意味が分からん。
「何よその眼は。私が来て文句あるの馬鹿?」
「別に」
何か言えば殴られかねないので黙る。恐らくラウラに一夏がやられた事などで苛立っているんだろう。
「失礼します。一夏さん、優太さん入ってよろしくて?」
既にドアは開いているが、ちゃんとノックをしつつ是非を問う。これがマナーだぞリンリン。
「良いよ。何も無いけど」
「っ……優太さん、大丈夫ですの……?」
セシルは苛立っているような様子は無く、俺の怪我の状態にビビってる感じだ。殆ど全身包帯だもんな。
「これでも治るのは早いし、皮膚再生用の保護シートも貼ったから完治は1周間も掛かんないよ」
「一夏さんも完治は早いんですの?」
「ああ。傷も浅いから再生保護シートは使えなかったけど、安静にしてれば4日だってさ。優太とそんな変わらないって何だかなぁ」
「命の危険にならずに安心しましたわ。あ、優太さん。フルーツをお持ちしましたの。一夏さんもいかがですの?」
フルーツか。流石のセシルもフルーツの皮を剥く程度の事で味が変わることも無いだろう。
承諾し、フルーツを剥いてもらう。勿論、セシルが持ってきてるのはリンゴだ。ナイフの扱いは伊達に見映えだけはプロ並みをやってない。あっという間に剥き終わり、8等分したリンゴが紙皿に並ぶ。
「終わりましたわ」
「Thank Youセシル。貰うわ」
左手でリンゴを1つ取り、口に含む。シャリッとした食感に溢れ出る果汁。とても瑞々しいそれは過ぎない甘さで次がすぐ欲しくなる。
「ウメー」
◇
VTシステム騒動より5時間後。今回の件は学園内にとどまらず観戦に来た各国の政府人や企業の人間の間でも問題になっていた。特にドイツは禁止されている技術を利用したことでかなり叩かれていた。
千冬もまた以前ドイツ軍に居たツテから問い合わせて、その返事を待っている所だ。
「……」
問い合わせてから4時間経過したが連絡が帰ってくることは無い。対応に追われているのだろうと眼を伏せると携帯が震えた。
「……」
沈黙。暫くおいてから千冬は通話ボタンを押して面倒臭そうに耳に当てた。
『もすもす終日ー。ちーちゃん大好き束さんだよー』
「束……何の用だ?」
『まーたまたー。分かってるんでしょ?VTシステムの事とか』
「……お前がやったのか?」
『そんな訳ないじゃん。あんな出来損ないで下手物、私じゃ逆に作れないよ。なんたって私は完璧にして十全。作るものは全て完璧にして十全でなければ意味が無いよーん』
だろうな。とは言うまででもなかった。
端から束がやったなんて思ってすらない。巧妙に隠されていたとは言え、少し探れば出てくるような作りにはしない筈だろう、と。
『あとね、そのシステムを積んだ研究所はこの地上から消し去りましたぁー。わぁい』
「殺したのか?」
『まっさかぁ!あんな奴等殺す価値も無いね。ただちょっとマトモには生きられないようにしたけど』
「……」
『あとあと、ゆー君は元気にしてる?』
突然変わる話の内容。千冬はそれを聞くと態度を変え、束に聞き返した。
「誰だ?お前とそいつが何の関係がある」
『あらら?ちーちゃん分かってるのに怖いなぁ。まぁ、義肢の具合もたまには気になっちゃうんだよね』
「何を企んでいる」
『別に何も無いよ。ただゆー君がシンモラを使いこなせてるかとか義肢が壊れてないかとか気になってるだけだよー。あ、パンが焼けた!ちーちゃんまたね!』
プツンと通話が切れる。
「束め……」
沈黙した携帯を睨み付け、一言そう呟いた。
◇
「これだ!ぐふふふ……これでゆー君は……」
薄暗い部屋で千冬との通話を終わりにした束が顕微鏡で何かを見ながら無邪気過ぎる笑いを漏らした。
部屋はこんがり焼けたパンの匂いと機械油や金属の匂い等が混ざって混沌としている。
「いっくんには負担が強すぎるかな……やっぱり遺伝子強化試験体ならではの遊びも楽しーな。おっしおっし!」
とても興奮した様子の束。ガッツポーズでテーブルに積み重なっていた資料やら機械部品を崩してしまうが気にしない。
高らかに笑い、その手に収まる試験管を掲げる。すると、束の電話から珍しい着信音がなった。
「おお!この音は!」
跳躍はゆうに2mの高さを越え、テーブルから機械仕掛けの椅子までバック転。携帯を取り、いつもの言葉を口にした。
「もすもす終日ー。皆が大好き束さんだよー」
『……姉さん』
「やーやー。電話してくれるなんて珍しいね箒ちゃん!」
優太に使う“玩具”の完成に興奮していた束を更に興奮させた電話の主は妹の箒だった。
束が姿をくらまして以降ぶりの会話と言ってもおかしくない間隔が開いていた故に、かけた本人の箒も目的をどう話し出そうか迷っていた。
『その、姉さん……』
「うんうん。分かるよ。今回もいっくんを助けられなかったもんね。悔しいよねー」
『……』
沈黙が返ってくるが束はそんな事を気にする事もなく、矢継ぎ早に言葉を続けた。まるで箒が何を求めて電話をかけてきたのか全て分かっているかの様に。
「でも安心してよ!実は箒ちゃんの為に束さんはあるものを作っていたのだ!」
『作っていた?』
その言葉に対しては箒自身も何の事なのか大体分かっている。それでも、思わず聞き返してしまった。
「欲しいんでしょ?“箒ちゃん専用のIS”」
『っ!』
決定的な一言が箒の息を呑ませた。
その反応に満足しながら束は再び言葉を続ける。
「正真正銘、箒ちゃん専用の最高にして最強。そして白と並び立つもの。それこそが……『紅椿』」
そう言い切って部屋の奥へ視線を向ける。以前、黒い無人機が佇んでいたそこには、赤よりも深い紅が存在していた。
◇
VTシステム騒動より8日。一夏と優太共に無事完治して、ただでさえ多い1学年全員の1回戦も同日を経て終了した明くる日の朝。HRが始まるまでは今日も今日とて女子達の会話に花が咲いていた。が、それも1部の生徒のみ。大概は優太や一夏を見る度に溜め息を吐いたり、泣き出したりしていた。
勿論、一夏と優太がその理由を知る筈もない。
「おーっす一夏。一昨日は男子が大浴場を占領できた日だったらしいな。まさかとは思うが……」
「いいいや、ななない言ってんだよっ」
「シャルルと風呂に入ったのか……!恐ろしいぜ……一夏もシャルルも……」
小声で一夏に耳打ちすると、一昨日のシャルルもといシャルロットとの入浴を思い出したのか、頬を上気させる。尤も、一夏が誘ったりした訳ではなく、色々あって結局先に入った一夏に続いてシャルロットが入った結果だとは優太は知らない。
そのシャルロット本人は珍しくまだ教室には居ないと気付いた優太は一夏に問うが、本人も分からないと。
「そう言えばエイシャさんはどうしたんだ?」
「今週一杯はロシアに帰省中。腕が無いけど脚は何とかなってるから困るわけでもないわ」
優太の右脚は結局戦闘の時に伸ばした伸縮骨格で脚の代わりを果たしていた。関節がなく、1本の棒状なので歩く時はヒョコヒョコしてしまうが、スペースをとる車椅子よりは幾分もマシだとこれに。
「おはようございます優太さん。お体はもうよろしいんですの?」
「おはよセシル。何度もフルーツありがとうな。今度お礼するわ」
「そがみんおはよー」
「おはよーのほほんさん。今日も眠たそうね」
「毎日眠いよー」
「あらら。ちゃんと寝ないと、ってそこ俺の席だよ」
相変わらずだなぁと他愛のない挨拶と会話を交えて席に座る。ふと後ろを見るとあの騒動以降見ていないラウラの姿も無い。優太は少し心配になりながらも1時限の授業で使う教材を取り出し、机に突っ伏した。
「あうー……物理かったるい」
「なー」
「皆さんおはようございます」
左腕を枕に教室に入ってきた副担任、真耶を見る。
こちらも相変わらずだと優太がある意味感心していると、少し困り顔で話始めた。
「えっとですね……今日は転校生を紹介します。転校生と言いますか、既に紹介は済んでいると言いますか、ええと……」
どう説明したものかと思案しながら話している為、本人以外は全く意味が分かっていない。だが、クラスの皆は転校生というワードに反応したらしく、騒がしくなる。
優太も気になった様子ではあったがそこまで反応は示していない。
「と、取り敢えず、入ってきて下さい」
「はい」
埒があかぬと真耶がその転校生を招く。すると、一夏や優太、その他殆どの生徒が声に驚いた様子で教室のドアに顔を向けた。
そしてそのドアが開き、入ってきた。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
男子制服から女子制服に替わったシャルロットが丁寧なお辞儀をすると驚いたクラス全員がお辞儀をし返す。
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。はぁ、また部屋割りを組み立て直す作業が……」
「お疲れ様です先生。あ、俺は1人部屋で結構なので」
優太が然り気無く要望を出すと、やっと状況が飲み込めてきた他の生徒が再び騒がしくなる。
「え、デュノア君って……女だったの?」
「おかしいと思った!やっぱり美男子じゃなくて美少女だった訳ね!」
「って織斑君、同室だし知らないってことは─」
「あー!一昨日の大浴場、デュノアさんと織斑君が一緒に脱衣場入っていくの見たんだけど!」
「まさか織斑君、デュノアさんと一緒に……!?」
刹那、教室の壁をぶち抜いてISを展開した鈴が恐ろしい形相で一夏の名を叫んだ。
「一夏ぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁ!?誤解だ!誤解だ鈴!」
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
(あ─俺死んだ)
なんと素晴らしく行動く、恐ろしい女だろう。
教室が、否、校舎が揺れた。確実に一夏を狙った鈴の《衝撃砲》は周りの生徒なんて関係なく放たれ、誰もがミンチになったと思った。だが─
「あっぶねぇだろうがリンリン!普通ここで撃つかよ!」
「ふぅー!ふぅー!ふぅー!」
怒りに我を忘れた鈴の一撃を防いだのは優太の《スヴェル》。直撃こそ防いだが衝撃はどうしようも出来ず、付近の机や生徒は引っくり返ってしまった。
「聴けアホンダラァ!」
「ああ!?」
流石に怒った優太に今度は怒りの矛先を向けた鈴。その瞬間、一瞬で身の危険を感じとり、冷静になった優太は汗が止まらなくなっていた。
「お、おお落ち着け!今のは悪かった!悪かったから止めてくれ!」
「……情状酌量の余地なんて無いわぁぁぁ!」
「ひぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
咆哮をあげながら衝撃砲が優太を撃った。今度は2発放たれて優太の断末魔が校舎全域に響き渡った。
「あ、あわわ、あわわわわ!」
完全にパニックになってしまった真耶が、どうか成仏してくれと言わんばかりに合掌。しかしそんな最悪な状態になることは一切無く、何者かが2人の間に割って入り、その衝撃砲を相殺していた。
「ほぁ、ひっは……ぁ、ら……ラウラ!?」
震える優太を抱き抱え、得意の『AIC』で相殺したのはラウラだった。
纏っているのはシュヴァルツェア・レーゲンであるが、特徴的な大型レールカノンは無く、所々の装甲も以前と異なったりしている。
さしずめ、予備のパーツで何とか直したと言った風だ。
「あ、ありがとう!何かレーゲンの見た目違うけど、何にせよ助かっ─」
その言葉は途中で遮られた。
「!!!???」
何の躊躇も無く、ラウラが己の唇を優太の唇に重ねた。
その姿を見た鈴は驚きで冷静さを取り戻し、クラスの皆の興奮度は一気に限界を振り切り、優太は全く訳が分からない状態でただ体を膠着させていた。
「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」
「よ、嫁ぇ!?」
そう言われて漸く自分を取り戻す。
しかし余りの出来事に視界と全身は震え、全く思考が纏まらない。ただ分かっているのは己がラウラとキスをしたと言うことだ。それを思い出した優太は訳の分からない感情が溢れて顔を真っ赤にしてしまう。
「日本では気に入った相手を『自分の嫁にする』という一般的な習わしだと教わった。だから今日から私の嫁だ」
「なっ、なぁ……!何をしてますの優太さん!!!」
「ほぎゃあ!?」
悪寒がして、半ば直感で半身を仰け反らした優太の鼻先を青いレーザーが通った。
「あっちぃ!待ってぇ!?何で俺が!?被害者でしょ!?」
「五月蝿いですわ!優太さんが悪いに決まってますわ!」
「ええええ!?」
「貴様!私の嫁に何をする!」
「それはこっちの台詞ですわ!そっくりそのままお返しします!ティアーズ!」
完全展開したブルー・ティアーズとシュヴァルツェア・レーゲンが狭い教室で衝突する。
命の危険を素早く感じ取った一夏を含むクラスの皆は一目散に逃げ出し、2機に挟まれてしまった優太は教科書を僅かな盾として丸まっていた。
「ヤメロ!ヤメテェェェェ!」
「はぁぁぁ!!」
「やぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁ!!」
教室の窓ガラスは全て粉砕し、衝突の余波は他クラスにまで及ぶこととなったそれは、鬼を越え……鬼神となった千冬に止められるまで続くこととなり、後に嫁騒動と言われて漫研の新たな活力源となった。