IS(インフィニット・ストラトス) 2人目の男性IS操縦者   作:スーパープルコギ

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第15話 ダブル・キラー

 

 

 

 

─こんなところで人を殺さないといけないなんてぇ……!─

 

 

 

 

 

 

鳥が囀ずる早朝。IS学園は本土から少し沖に離れた場所にあるため、風向き等によっては潮風を感じるときがある。そんな潮風の中、部室棟前の共同グラウンドを1人の少女が走っていた。

 

「はっ……はっ……はっ」

 

剣道袴を着て走る彼女は長いポニーテールが印象的で、その動きは名に恥じぬものだ。

 

「はっ─はぁ、はぁ……」

 

彼女が共同グラウンドは300mトラックを5周し終えた所で小休止を挟む。

珠のような汗を拭い、スタート及びゴール地点に置いておいた竹刀を握る。握った瞬間、走った疲労とは別に眉をひそめ、数日前の事を思い出した。

 

「一夏め……」

 

数日前、一夏が優太よりも先に完治した時に箒との約束を話題に出してきたのだ。約束とは大分前に交わしたもので、学年別トーナメントで優勝したら付き合うというものだった。

優勝していないのにも関わらず付き合えると思った箒は有頂天に。だが、一夏は「買い物に付き合う」との安定の唐変木解釈を見せ、箒の怒りを買った。

当日その場に居合わせた者達は口を揃えて「素晴らしくフォームの良かったサッカーボールキックだった」とのこと。

そもそも一夏は唐変木過ぎるのだ。質の悪い程に。そんな一夏が「付き合ってもらう」程度で気持ちに気付くわけがない。勿論、伝え方が悪いのではなく一夏がそこら辺に関しては普通ではないだけだ。

 

「……くっ、私は諦めんぞ」

 

凄まじい握力で竹刀を握り直し、今度は素振りを始めた。

 

 

最近同じ夢を見ていた。いや、夢というには異質な出来事を繰り返していた。

 

「優太。最近体に変な事とか無い?」

 

「ん?いや別に」

 

「そう?なら良いんだけど」

 

「……機械融合の事か?別に意識がこっちに来やすくはなったけど、だからってすぐに『わー』なっちゃう訳じゃ無いでしょ」

 

寝ると、自分の意志とは関係なく意識が『シンモラ』の元へと飛ばされるようになったのだ。毎回飛ばされる訳では無いが、会えばISの事を当事者が教えてくれるものだから知識が手に入る良い機会だと思っている。

これぞまさしく睡眠学習。

 

「そうだけど、妙に反応速度が上がってるのよね。先月の再会以降から」

 

「えー?融合しちゃってる?」

 

「分かんないわ。だけど、体に異常がないならちょっとやってみたい事があるのよ」

 

シンモラがカップに紅茶を淹れて1枚の空中投影ディスプレイを呼び出した。それを俺に見せるように宙を滑らせる。

 

「これ?……機械融合による戦闘力強化?」

 

「そ。実は最近変わったのは優太だけじゃなくて、私もなの。私達はパイロットと長い時間過ごせば過ごす程にパイロットが力を発揮できるように自身を変えていくわ。だけど、時間よりももっと効果的なのがこの状況なの」

 

「ISと操縦者の対話?」

 

「うん。これのお陰で私は既にレーゲンやティアーズよりもパイロットとの経験値的な物が大幅に上がったわ。だから優太に合わせて色々出来るようになったの」

 

「成る程ね。でもどうしてこれ?」

 

「あくまで私達はパイロットを知り尽くしても結局は操作されるものよ。そこで私とパイロットの優太、他の機体よりも圧倒的に高いシンクロ率を誇るから出来るんじゃないかと思ってね。メリットは1、操作ラグが完全に零になること。2、人がどうしても死角に感じてしまう所を無くすこと。3、幾らハイパーセンサーで同期したとしたも発生してしまう人の情報認識ラグを零にすること。4、私とは別でISにはOSがあるんだけど、それが融合したパイロットを機体の1部と認識する為、リミッター解除。よって人の存在を無視した機動の可能化。5、それにともない絶対防御の機能停止でエネルギー浪費を無くすこと」

 

シンモラの語りに合わせてディスプレイが下にスクロールされていく。

 

「あとは自分で見ておいて。で、次がデメリットで1、時間制限が現時点で4分。それを過ぎると時間に比例して肉体組織の破壊。2、エネルギーの効率化に伴い《レーヴァテイン》以外の兵器排除。つまり《ティルフィング》《レーギャルン》《スヴェル》《スキーズブラズニル》が無くなるわ。レーギャルンとスキーズブラズニルはあくまで補助のスラスターだしね。3、既記の通り、リミッター解除の関係で操縦者保護が無くなること。他にも幾つかあるけど、一番心配なのが制御が効かなくなること。融合中は大脳新皮質の機能が著しく損なわれるの。であるからして、理性ってものが吹っ飛ぶわ。だから極端すぎる行動に出る可能性があるし抑え込みが効かなくなると厄介だわ」

 

「えー……じゃあ俺融合したら脳みそ退化するってことじゃん」

 

「うん」

 

「……」

 

なんと恐ろしい力の代償か。力を得る代わりに俺は犬や猫と同じになってしまうのだ。そんな事が果たしてあって良いものなのか……しかし、メリットあってこそのデメリットだ。あれだけのパフォーマンス向上効果があったらそれも然るべき事だろう。

 

「ま、優太がちゃんと理性で抑え込めば問題ないわ。どうせすぐに出来るような物じゃ無いし」

 

「そうか。考えておくよ」

 

 

7月。先月起きた騒動の事は大体の皆の頭から抜け落ちている頃だ。それもその筈。今月、それも来週はそれ以上に皆が楽しみにして話題になっている行事があるからだ。

 

「臨海学校か……海に行くなんて久々だな」

 

「おーりむーら君!曽我美君知らない?」

 

「優太なら朝から保健室に行ってたよ。もうじき来るんじゃないか?」

 

「朝から?何で?」

 

「いやぁ……それが……」

 

 

 

 

今日は目覚めが何とも最悪だった。

先月のシャルの事があってから部屋はふりなおされ、結局優太が俺の部屋に帰ってくる形になったんだけど……

 

「ふぉあ!?」

 

カーテンの間から差す光が丁度眩しい時に優太が驚いた様子で布団を捲った。すると、そこには一糸纏わぬ姿で優太に添い寝していたラウラが居たのだ。

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

真っ先に叫んだのはラウラではなく優太。顔を手で覆い、ラウラの姿を見ないようにしている。

勿論俺も寝起きではっきりしない意識の中、見ては駄目だと即座に寝返った。

 

「んぅ……どうした……」

 

「どうしたのはお前だ!何で人のベッドに裸で寝てんだ!?」

 

「んぁ……?」

 

今だ少し微睡んだ様子のラウラが目を擦りながら起き上がる。長い髪の毛でやはり女の子らしく膨らんだ胸を見事に隠して……って、何言ってんだよ俺!

 

「ひゃあ!か、隠せ馬鹿野郎!」

 

「む……馬鹿とは失礼な奴だ。私はお前よりも頭が良いぞ」

 

「そう言う事を言ってるんじゃありません!何で裸なの!」

 

「ん?日本では嫁とこうして寝るのが当たり前だと副官に聞いたのだが?」

 

唖然とした。優太を婿ではなく嫁と呼んだり、こうして裸で寝たりするのが日本の常識みたいに教えたのが副官とは……いくら常識知らずでもイタズラに変な事吹き込んだら駄目だろ副官。

 

「……誰だこんなの吹き込んだら副官ったやつは……!」

 

「もしかして……嫌だったか?」

 

「はぇ?」

 

突然落ち込んだように肩を落とすラウラ。それに思わず反応し、振り返ってしまった優太がそれを見て、慌てた様子で布団をラウラに被せながら言った。

 

「い、嫌じゃないけど……なんと言うか、ねぇ?その……」

 

「むぅ。何だ?私の嫁ならハッキリ言ってみせろ」

 

「いや、嫁じゃないから。良いか?女の子がそう簡単に裸を見せてはいけません」

 

「嫁だから見せるのだ」

 

「……裸で布団入って何をすると?」

 

「う、うむ……副官は寝技を互いが力尽きるまですると」

 

吹いた。優太が。

 

「お、ちょっま、は?ね、寝技ってお前どういぅ……!」

 

「あ、あまりジロジロ見るな……恥ずかしいではないか」

 

「いや、見てないからね!?会話のキャッチボールどうしたの!?」

 

「む?そうだったな。寝技は私も得意だ。だが、裸でやるとなると……やはり恥ずかしくてな……結局そのまま寝てしまったのだ」

 

(こいつの副官……まさかエイシャじゃ無いだろうな?そうじゃないとしたら、日本の文化をどう捉えてやがるんだ!)

 

漸く自分が裸で恥ずかしいと思い始めたのだろう。頬を赤らめ、モジモジし始めたラウラの姿に優太の頬も赤くなった。

 

(か、可愛いじゃないか畜生)

 

「んんっ。ら、ラウラも普通にしてれば可愛いんだから、変な事とかしちゃ駄目だろ(清い笑顔」

 

「か、可愛い……!?」

 

あまりそう言われたことも無いんだろうか、可愛いと言われて更に恥ずかしがったラウラ。確かに、考えや行動が少々副官に毒されているが、それを覗けば可愛い女の子にはかわりない。

 

『優太さーん。起きてますの?』

 

「ほあ!?セシルか!?い、今は駄目だから、後でに─」

 

「お、おい優太。私を弄んでおいて他の女か!」

 

「ちっげぇよ!弄んでないしお前が自分でえぁ!?」

 

素早い身のこなしでラウラが優太を押し倒し、そのまま寝技の1つ、袈裟固めをかける。うわぁぁぁ!?色々見えちゃうから止めろラウラ!

 

「ふ、ふん。こんな簡単な技にかかるとは……やはり私が寝技の稽古を……」

 

「要らない!要らないから早く離して!その、胸が顔にぃぃぃ!」

 

「ぅんっ……や、止めろ……くすぐったいではぁんっ……ないかっ」

 

「……優太さん……」

 

「は!?せ、セシル……」

 

気が付くと既に室内に入ってきていたセシリアが額に青筋たてて立っていた。笑顔だ……それもとびきり目元に影が落ちた、な。

 

「……こ、これはだな」

 

「不躾な奴だ。私と嫁の邪魔をするとは」

 

「……ラウラさん!貴女は何をしてますの!?」

 

「何、だと?ふっ、決まっているだろ。夫婦になるために必要な寝技だ」

 

「そんな寝技じゃねぇよ!!」

 

「ふ、夫婦ぅ!?」

 

セシリアの縦ドリルが密度を増した。怒っている、確実にそうだ!

 

「……お、ホホホ。いけませんわぁ……わたくし、思わず変な笑いが出てしまいますの」

 

全身からこれでもかと溢れる怒りのオーラ。それもそうだ。こんな朝から裸の女の子と一緒に寝てたら驚くし、風紀的に怒りたくもなるな。俺だって1発叱ってやりたいが、もう狸寝入りしちゃってるしラウラは裸だし無理だ。

ここはセシリアに任せよう。うん、それが良い。

 

「な!?ラウラ、セシルが怒ってるから謝るんだ!風紀を乱すような真似をしてご免なさいって!」

 

「別に風紀を乱したつもりはない。夫婦にとって当たり前なのだからな」

 

「オホホホ……」

 

眼が笑ってない。それにセシリアの周りに展開されたビットが既に戦闘態勢に移っている。

 

「は、はは……」

 

セシリアの引きつった笑みに優太も引きつった笑みで返せざるを得ない。

その後の事は言うまでもない。

 

 

 

 

「な、成る程。ボーデヴィッヒさんも凄いね……」

 

「優太が毎朝巻き込まれてる気持ちが分かったよ」

 

俺も何かと箒や鈴達との騒ぎに巻き込んじまってるから文句も言えないしな。しかし、別に俺が怒りを買うような事はしてない筈なのに真剣持ち出すわ衝撃砲撃つわで体がもたない……。毎回怒られる理由が分からない。

 

「おはよう……」

 

と、そこへ件の人物、優太がまだ授業が始まる前だと言うのにぐったりした様子で入ってきた。

 

「あ、優太。大丈夫だったか?」

 

「あぁ。切り傷に打撲で済んだ」

 

あれだけ派手に攻撃されたのに切り傷と打撲だけで済んだのか。流石に身体能力が高いと身のこなしも凄いんだな。

 

「って、1時限体育かよ……見学しようかな」

 

「曽我美君曽我美君、今日はカバディだって。無理そう?」

 

「カバディか。まぁ、それなら大丈夫かな」

 

ちょっと待て。何で学校の授業でカバディをやることに?第1、結構動くスポーツなのにやるつもりかよ優太。

 

「皆さんおはようございます。HRを始めますから席に着いてくださぁわわわ」

 

山田先生が教卓手前の段差で躓いて手に持っていた配布資料等を盛大にばら蒔く。

 

「ん?先生、臨海学校の資料ですか?……あ、結局は臨海学校って言いつつも校外学習な訳なんですね」

 

「はぅ……そうなんですよ。まぁ、1日目は自由行動なので遊べるのはそこだけですかね……あ、わざわざ集めてくれてありがとうございます織斑君」

 

「いえ。でも海なら水着って持参なんですか?」

 

「勿論ですよ。ただし、あまり過度な物は駄目ですよー?」

 

「「「よしっ!」」」

 

クラスの女子がガッツポーズで喜ぶ。そんなに水着持参って嬉しいのか?

 

「ええと、HRでは特に知らせることはないので、資料を配っちゃいますね。あと、次は体育なので着替えて共同グラウンドに集まってくださいね」

 

プリントを配り終えると女子達が体育着を取り出して着替える準備にかかる。

実はこの学園の指定体育着はなんと絶滅したと言われていたブルマが含まれているのだ。最初は普通の男子のそれと変わらないような物を使っていたらしいが、各国から「女の子はブルマだろ!太股!太股!ふ・と・も・も!」と抗議が殺到。学園側としては生徒も大多数が嫌がってる訳ではないので了承。ただし、そのブルマの支給に関しての費用は各国で行う事と定めた。

各国はこの条件に満足したのだが、夏になると更に強い抗議が殺到。なんでも、「女の子はスク水(お腹の辺りで水抜きが加工されている奴で旧型と呼ばれる2次元で現役のあれ)だろうが!ふざけんな!プリンセスライン寄越せ!それじゃなければビキニにしろ!」とのこと。

流石に学園は生徒にも迷惑が掛かるから出来ないと回答を出すと、「費用は自分達で出すからスク水でお願い」とお偉いさん方が見事なDOGEZAで食い下がったので渋々了承したそうだ。

因みに2つとも素材は各国で違う場合があるが、どれも最上級の素材を使っているとのこと。

……それで良いのか各国のお偉いさん方。

 

「い、一夏……?どうしたの?」

 

「ん?」

 

どうやらシャルの取り出した体育着を見て思いに耽っていたようだ。

 

「いやな、知り合いにそのブルマが拝みたいとか言ってた奴が居てさ。よく分かんないなぁって」

 

「そうなんだ。僕は脚がよく見えちゃうからあまり好きじゃないんだけど……そう言う人も居るよね」

 

「何だよシャル。綺麗な脚なんだからもっと自信もてよ」

 

「ぇそ、そうかなっ?とっ、ところで一夏は脚が……好き、なの?」

 

「んー」

 

脚か……まぁ脂身があってケンタ○キーなんかじゃ掴みやすいしよく出るよな。どっちかって言うと俺は脂身の少ない胸肉かなぁ……あ、でも手羽も好きだ。

 

「俺は脂身の少ない胸かなぁ」

 

「あ、脂身の少ない胸!?」

 

(それってツルペタが一夏の好みなの!?そ、そんなぁ……それじゃあ鈴がストライクゾーンバッチリじゃないかぁ……)

 

「シャルはどこが好きなんだ?」

 

「……僕にそれ訊くの?へぇ……」

 

「ごらぁぁぁ!」

 

何故か機嫌が悪くなったシャルに疑問符を浮かべていると、何を勘違いしたのか怒り狂った鈴が突入してきた。

いやな、鈴。別に俺はお前の貧乳を言ったわけでは無くて、好きな肉の部位を話しただけじゃな─

 

「誰が貧乳よ!死ね!」

 

「あぎゅら!?」

 

容赦ない鳩尾へのコークスクリューブロウがぁぁぁ!!

 

「お……れは、ただ……好きな肉の……部位を話しただけじゃないっ……か……」

 

「……え?そうだったの一夏?」

 

シャル……そうでなかったら一体何だと思ってたんだ……!

 

「おいリンリン。そのいかにも自分貧乳ですよ行動は止めごぉ!!」

 

目玉が飛び出しかねない程に見開き、鈴よりも大柄な優太がフワリと宙に少し浮いた。優太も鳩尾へパンチを喰らったが、俺のコークスクリューブロウとは違い、もっと殺意の籠った抉りとるような鋭いストマックブロウだ。

何と恐ろしい幼馴染みだろうか……他の女子も思わず目を背けたぞ。

 

「ちっ……!」

 

「へ?」

 

鈴が舌打ちした?何でそんなに悔しそうな顔してるんだよ?

 

「くっくく……リンリン……随分乱暴が過ぎるじゃないか?んん?」

 

「ぇど、どうした優太……?」

 

「何よアンタ。あたしの一撃堪えたからって調子に乗らないでくれる?」

 

未だに引かない痛みに堪えながらよく見ると、鈴の拳は鳩尾との間に挟まれた優太の左手でがっちり掴まれていた。

まさか……あの一瞬で攻撃を読んだってのか!?

 

「甘いんだよちんちくりんが。何でもかんでも怒りに任せて攻撃をポンポンしているが……直線的過ぎる。近接格闘っていうのはこうするんだよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

左手で鈴の右拳を捻り、それに連動して肘から肩、上半身がダメージを避けるべく無意識に捻りの方向に逃げる。

鈴はそれを何とか回避しようと残る左腕を唸らせる。狙うは右拳を握る優太の左腕。当たる。

 

「ん?」

 

しかし、優太は涼しい顔で当たった左腕の肘をインパクト方向に曲げてダメージを軽減。

 

「嘘……!」

 

殆どしゃがんだような体勢になった鈴の足を優太の義脚棒が掬う。俺はこの時、鈴がまだ日本に居た頃千冬に背負い投げられた以来の鈴の空中大回転を目にした。

ドンッと鈴の背中が床に叩き付けられた。長いツインテールがそれを追随するように床へ落ち、仰向けとなった鈴が悔しそうに顔を歪めた。

 

「悪い、やり過ぎた」

 

「くっ……」

 

「ふむ。流石私の嫁だな。この程度の近接格闘、やってのけて当然だ」

 

「嫁じゃないから」

 

「り、鈴?大丈夫か?」

 

返事がない。だが幼馴染みとして身に付いた怒りセンサーがビンビンに反応している……逃げるが良さそうだ。

 

「じ、じゃあ俺達着替えないといけないから……」

 

優太を引っ張って出ていく。追撃されないかと後ろが気になるが、優太が全く警戒していないあたり大丈夫なのだろう。

 

「……やっべぇカバディで仕返しされそう」

 

その不安はすぐに現実となった。

2組と合同で行われた体育のカバディで運悪く鈴と当たり……

 

「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……」

 

レイダーである優太が鈴率いるアンティ7人の動きを注視する。

レイダー、つまり攻撃者である優太はこの「カバディ」という単語を一息でキャント(連呼)しながらアンティをタッチし、自陣に戻ることが出来ればタッチ人数分得点が得られる。対してアンティ、守備の7人はレイダーが自陣に戻るのを阻止すれば得点が入る。

 

(リンリンは避けたい……ここは動きが遅いのほほんさんに狙いを絞るか)

 

「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……」

 

「わわっ。そがみんに狙われてるよぉ」

 

相変わらずのほほんとしているなぁ……。あ、鈴が出てきた。

 

(ぬおっ……俺の息切れを待つつもりか)

 

「カバディ……カバディ!」

 

優太が前傾姿勢で飛び出した。走りにくい筈の義脚棒にも関わらず素早い動きで鈴を避け、のほほんさんの肩に触れる。

 

「そがみん早いねー」

 

まだ終わらない。自ら倒れ、それを運動エネルギーと化し、背筋をフル活用して後ろに跳ねる。

 

(欲張るつもりはない。確実に点を取る)

 

着地。だがあと一歩下がれば自陣に着くという所で優太の体が横にくの字に曲がった。

 

「ガバディ!?」

 

「へんっ。舐めんじゃないわよ」

 

(いつの間に!?)

 

優太も素早いが、やはり片脚分のハンデでは鈴の方に軍配があがった。

鈴のタックルはそこまでの威力が無かったものの、バランスを崩すには申し分無い。倒れ、マウントされた優太がキャントをしながらもがくがもう遅い。

 

「何って言ったっけ?あぁ、そうそう。直線的過ぎるんだったわね……」

 

「か、カバ……いやぁぁぁ!助けてぇぇぇ!」

 

「らぁ!」

 

ゴッ!という鈍い音と共に優太の頭が横に激しく振れた。大きく弧を描いた右フック……しかもこめかみを狙った一撃だった。

 

「─」

 

「ふぅ」

 

沈黙した優太を敵味方問わず、青ざめた女子達がコートの外へと引っ張り出す。

激しく脳を揺さぶられた事で脳震盪を起こしたのか、白眼を剥いて気絶している。それを見下ろした鈴は何とも満足した様子だった。

 

 

「最近優太って保健室に行く事多くなったね」

 

「そうだなぁ。鈴にちょっかい出して反撃されたり、ラウラとセシリアのドンパチに巻き込まれたり……可哀想だよな」

 

午後。もう夕方でオレンジ色の夕陽が教室を照らす。そんな中で俺とシャルは2人で教室を掃除していた。

本当は生徒が掃除する機会なんて殆ど無いんだが、自分が使う学舎の掃除をしないのは何事かと大分反発があったようだ。特に日本のそれを採用した国も毎日ではなくともやらせる機会を作るべきだとの意見も出したらしい。で、「極力IS学習に時間を使う」としてちょくちょくペナルティ的な扱いでやる事になったんだ。

俺がやることになった理由は今日の午後の授業で訓練用ISの片付けが遅かったから。優太と俺とセシリアと他3人で基本片付け係り何だが、千冬姉の指定した時間まで片付けられなかったので6人でじゃんけん。まぁ、それでこうなった訳だ。

シャルは進んで手伝ってくれているんだ。うぅっ……なんて優しいんだシャル!天使だ!

 

「天使」

 

「ん?どうしたの一夏」

 

「あや、何でもないぞ」

 

「?」

 

つい思っていた事が口に出てしまった。もしかしてこういう「つい」で箒や鈴は怒るのだろうか?本人に聞いてもちゃんと言ってくれないし。困ったものだ。

 

「あ、シャルそれ重たいから俺がやるよ」

 

「大丈夫だよこれくらいわぁっ」

 

「危ない!」

 

とある誰かの教材全入(フルアーマー)机の重たさにシャルがよろけた。

辛うじて倒れそうになったシャルを抱き抱える。机は倒れる事も無くて大変な事はならずに済んだ。

 

「ふぅ……大丈夫かシャル」

 

「ぁ、ぁだっ……い」

 

「ほら、俺が持ってやるから」

 

顔を真っ赤にしてしまったシャルから机を受け取って代わりに運ぶ。まぁ、大丈夫って言ったそばからこうなったら恥ずかしいよな。

 

「……ぁっ、ありがと……一夏」

 

「おう。ところでさシャル」

 

「えひゃっ!?な、何かなっ?」

 

急に変な声出しちゃうくらい恥ずかったのか……そんな事を分からず不用意に声をかけてしまった俺は減点だ。

恐らく、これが箒や鈴だったらカウンターアタックという返事が返ってきたのだろう。

 

「ちょっと頼みたい事があってさ。話しても大丈夫か?」

 

「大丈夫だよっ?」

 

来週は臨海学校。であるならば先ずやっておかねばやらない事がある。

 

「シャル、付き合ってくれ」

 

「えっ─」

 

 

その日は電車に揺られてやや遠くに来ていた。

目的地はとある駅前の大型ショッピングモールだ。来週は臨海学校だから必要な物は買っておかねばならない。それはやはり皆同じようで、ここよりも学園に近い駅前ショッピングモールでは知り合いや制服姿の他クラスの人とか多く居たから予定変更して20分程離れた所に行くわけだ。

それは別に苦でもない。だが、俺が何より嫌なのはクラスの女子が寄って集って俺を女装させた事だ。

外出歩くと有名人だから大騒ぎになると……外人っぽくサングラスで充分(実際にそれで出歩いて1度もバレてない!)だと何度も訴えたのにも関わらずこれだ。服装はお情け頂戴したが、ヅラ被って胸パッド突っ込んで腕脚の無駄毛を一切合切永久に生えないようにされて……もうバレたら自殺するしかない……。

 

「♪」

 

「……何だよルディ。そんなに買い物嬉しいのか?」

 

「当たり前。だって“お兄ちゃん”とこうしてどっか行くの自体が久々だもんね。これから好きなもの買って貰えると思うとつい……」

 

「いや、そんな事言った覚え無ぇぞ」

 

「ケチんぼ」

 

「ふふん、節約家……とでも呼んで貰おうか」

 

「あーはいはい」

 

適当にあしらわれたがいつもの事だ。隣に座ったルディは学園の制服ではなく、可愛らしいピンクフリルのついたスカートにお腹の辺りをややしめるようについたリボンの白いブラウス。珍しくヒールを履いて涼しげな印象の服装。

しかし、今まで孤児院じゃ意識してなかったが、こいつの胸が大きくなってるのな。長いこと男勝りな時期もあったが……やっぱり女の子なんだな。

 

「ん?どうしたのお兄ちゃん」

 

「いやな、お前もやっぱり女の子なんだなぁってさ。昔はブラジャーなんて着ける事はないと思っていたが……着けるようになったんだなって」

 

「んなっ!?な、何で着けてるの知ってるの!」

 

「見れば分かんだろ」

 

「み、見ればって……私の胸ばっかり見てたの!?」

 

ガバッと胸を隠すように屈むルディ。大きな声で誤解を招くような事を……まぁ、お互いロシア語で話してるから内容を理解できる人はそんなに居ないだろ。

 

「んな訳無ぇだろ」

 

「……見ても良いのに」

 

「なんでや」

 

「ところでさ、そのダサイ格好何とかならないの?」

 

ダサイとは失礼な。これはこっち(日本)に来て買い揃えたお洒落着だぞ。

白いTシャツに胸にプリントされた「侍どお?」。黒いベルトで締めたカモフラのカーゴパンツ。そして顔がバレない為の命、伊達眼鏡と、とても涼しげで機動性とお洒落に優れた最高の服装だと言うのに……。

 

「そんな事より、ついたぞ」

 

いつの間にか目的の駅に着いたらしい。兄妹だけの買い物なんて久々だし、色んなもの見れそうで楽しみだ。

 

 

「……」

 

優太とルイディナが電車から降りて行くところを、隣の車両から覗いている姿があった。

ロールがかかった金髪にドレスのようにカスタムされた純白のIS学園制服、そして主張が激しい青いレンズのラップアラウンドサングラス。制服を着ているだけで羨まれたり知らない相手でもお近づきになりたいと思われるのに今はセシリアが放つ異様なオーラに誰1人として近付こうとする事はしなかった。

 

「……優太さん……わたくしを誘わないでルイディナさんと買い物なんて……しかも女装」

 

服装こそ男と大差無い物だが、優太が得意の声帯模写を利用した女声や薄いメイクで変わった顔……少し筋肉質な女性として充分に見える。半ズボンのせいで義脚棒が出てるのも、大衆がテレビで見た曽我美優太と今の優太を結び付ける要因にはなり得ない。

 

「ふむ。嫁は女装も良く似合うな」

 

「えぇ。アスリートな女性と言えば充分通じ……」

 

何となく応えたセシリアが言葉を止めて後ろを振り向く。すると、セシリアと同じ様に制服で腕を組んだラウラがそこに居た。しかも隠れること無く堂々と仁王立ちで。

 

「な、何をしてますのラウラさん!?」

 

「愚問だな……嫁の追跡だ。貴様もだろう?」

 

「そうですけど……」

 

セシリアはラウラにあまり良いイメージを持っていない。

初対面の時に間違えたとはいえ優太をひっぱたき、特訓中に優太を保健室送りにして鈴とセシリアを返り討ちにしたし、例の騒動では原因とも言える。

最近は優太に恋心を抱くもの同士でぶつかり合うことも多々あり、非常に気に食わなかった。

 

「貴女、そう言ってわたくしを後ろから刺すつもりじゃありませんの?」

 

怒っている。ラウラはセシリアの声音で感じ取った。

無理もない。優太程に叩きのめした訳ではないが、痛め付けたし、そう思われて当然だと、ラウラは思った。

 

「怒ってるのか?」

 

「……」

 

答えない。だがそれでも良いとラウラは続ける。

 

「何を怒っているかは分かっている。私も馬鹿だった……。だからまぁ、その事は許せ」

 

「え─」

 

セシリアからすれば意外な答えだった。

てっきり弱かったからだと言われると思っていたがそんな事は一切無く、やや上からの目線ではあるがちゃんと自分の過ちを理解して謝ったのだ。

 

「なんだ……?そんなに意外か?」

 

「えぇ……まぁ……」

 

「……そうか。では私は行くぞ」

 

「ち、ちょっとお待ちになって」

 

単独で追おうとしたラウラを制止し、セシリアがサングラスをはずした。

 

「何の考えもなしに出るのは不味いですわ。ここは先ず情報収集をしつつ、いかにして自然に優太さんと合流できるかを考えないと」

 

「成る程。確かにあらゆる戦場においても情報収集は大切だ。よし、“セシリア”これからどうする?」

 

「わたくしに任せて下さいな」

 

自然と仲間となったラウラとそれを受け入れたセシリアは行き交う人々の好奇の視線に気付かぬまま追跡を再開した。

 

 

ショッピングモールの混み度はやはり休日だけあってかなりのものだった。

 

「混んでるねぇ」

 

「ホント。ここで正体バレたら確実に生きていくのが辛くなるな」

 

「お兄ちゃん水着こっち」

 

ルディに左腕を引かれてショッピングモールの中を小走りする。

そう、今回俺が買い物に行きたかった理由は臨海学校で着用する水着を買うためだ。如何せん今まで海なんて行ったことが殆ど無いから水着を持っていない。

学園の授業で水泳をするのは女子だけだしな。

 

「おいルディ。人が多いしロシア語分かる人が居るかも知れないからそれ止めとけ」

 

「私はバレても良いんだけどねぇ。分かったよユー」

 

「よろしい」

 

こうしておけばバレる確率は減る。

しかし、どこかからずっと視線を感じるのは気のせいだろうか……まぁ、こんな長身筋肉質で片腕片脚無い女(見た目)が歩いてたら違う意味で振り返っちゃうよな。

 

「ユー。着いたよ水着ショップ」

 

「お、おう……何というか俺が立ち入るのはヤバイやつだよな」

 

「今は大丈夫だって。ほらほら」

 

ルディに押されて水着ショップ『フェイトナック』に入る。

入り口から店の奥まで水着、特に女物が眩しいそこは最近周りが女子だけな生活に慣れた俺も目のやり場に困ってしまう。

別に変な意味で見ている訳ではないのだが、如何せん俺もまだまだ15歳。こう言うのはまだまだ劇物なのだ。

 

「じゃあ早速見ようよ。ふふっ楽しみ」

 

「楽しんでるなぁ……じゃあ俺も選ぶか」

 

すっかりウキウキして落ち着きを無くしたルディを無視して男物コーナーを踵を返す。

やはり男物は女物と比べてしまうと種類も無いし数も少ない。だが派手なのを選んで地雷を踏みつける心配も無い。

と遠目から早速選んでいると突然腰の辺りに凄まじい衝撃を感じて膝をついてしまう。この感覚……俺は殴られたのか。

 

「……ルディ……」

 

「馬鹿なの?女の子が水着を選ぶのに1人でスタスタ行っちゃうなんて馬鹿でしょ」

 

「馬鹿で決定なのね……だってお前が決めるんだから俺は関係ないだろ。はっ!?まさかお前……俺に水着を選ばせるつもりか!?」

 

「……うん」

 

急にモジモジしながら答える。ルディさ……最近キャラ安定してないんだけどこれからどこに向かうつもりなの?何で今まで普通の妹って感じだったのにハァハァしたり暴力振るったり俺の私物盗んだり……どうしちまったんだお前は。

 

「どうしちまったんだお前は……」

 

「何が?と、兎に角っ……私に似合うの選んでよ」

 

「あーはいはい。そーだなー……お、あれなんか良いじゃん」

 

黒いワンピースの水着かと思って手に取ると実はセパレートだった。まぁお腹が見える事もないしフリルが一杯ついててルディに丁度良いしこれで良いだろ。

 

「……ワンピース……と思ったらセパレートだった」

 

「お?気に入った?じゃあ俺は自分のぉお"!?」

 

再び殴られる。今度は腰ではなく左脇腹を狙ったアッパーカットが膝をつかせ、嘔吐感をせりあげる。

人体は下から上への攻撃には構造的に強くないんだ。それは遺伝子強化試験体も例外ではない。

 

「わざとでしょ?ねぇ、わざとでしょ?」

 

「……は……わざ、と……すっ」

 

正直遊んでした。しかしこいつはわざとやってたって分かってるくせに繰り出すパンチは遊びの威力じゃないのな。

ほら見ろ。この奇怪な様子を皆見てるぞ。

 

「よしょっ。人がわざとやってるのを本気で殴りやがって……」

 

「でもすぐ立ち直れるでしょ?」

 

「だからってやって良い訳じゃ無いだろまったく……」

 

今度はちゃんと選ぼう。

ルディはスタイルが良いしなぁ、ビキニが一番似合うだろ。とすると、形とか色だよなぁ。

 

「ルディ。このビキニはどうだ?女の子らしくピンクでかつお前が好きなフリルがついてるぞ」

 

「まぁ、至って普通のフリル付きビキニ。て言うかフリル好きなのユーじゃない?保留」

 

「ん。じゃあ……」

 

 

「んなぁ!?ルイディナさん水着を選んで貰ってますわ!」

 

「あいつは嫁の妹だろう?それにしては随分似てないな」

 

「知りませんの?ルイディナさんは優太さんと血縁関係はありませんのよ?」

 

「成る程。通りで似ていない訳だ」

 

ショッピングモールの吹き抜けを挟んだ反対側からセシリアとラウラが相変わらず周囲の好奇の視線に気付く事無く両者サングラスでフェイトナックを見ていた。

 

「しかし、あいつはやたら嫁にベッタリだな」

 

「ルイディナさんは養子縁組という特殊な立場を用いて優太さんを狙っていますわ。血縁関係でないなら大丈夫という手を使って……」

 

「何が大丈夫だと言うんだ?」

 

「え?それは……その……そ、そうですわ。優太さんを嫁にしようとしているんですわ」

 

「何!?私の嫁を奪うつもりか!」

 

正確には嫁ではなく婿であるが言っても通じないだろうとセシリアは嫁を選択。そのお陰で見事ラウラは内容を大まかにではあるが理解したようだ。

 

「お、落ち着いて下さいなラウラさん。そもそも嫁が何かご存知なんですの?」

 

「うむ。嫁は己の気に入った相手を指す言葉であり、将来結婚する相手の事だ。それがどうかしたか?」

 

「間違えてませんけど……間違えてませんけども……!」

 

結婚。それはセシリアも将来的には考えている事だった。

既に3ヶ月も前……自分こそが特別な人間、選ばれた存在なのだと思っていたところを起動から僅か20分にも満たないISに乗って打ち負かした男はその時から頭から離れた事はない。

負けたことで知った事も多く、今ではあの時勝っていたらどうなってたのだろうかと悪い夢さえ見るようになった。そんなセシリアも最近は婿に迎えようと考え始めていたのだ。なのに……

 

(こんな中途半端な知識を植え付けられた軍人にファーストキスを奪われるなんて……!)

 

ワナワナと震える拳を抑え、心を落ち着かせる。

 

(……でも、いくらラウラさんとてまだ優太さんと“禁断の一夜”を明かした訳ではありませんわ。その為に下着も揃えましたわ……臨海学校、チェルシーの作戦通りに行けばわたくしこそが優太さんの嫁になってみせますわ!)

 

どこからかチェルシーの声援が聞こえた気がしたがすぐに意識を切り替えて優太とルイディナの監視に移る。

ラウラは「間違えてませんけどなんだ?」と繰り返し問うているが目の前の2人に集中しているセシリアには届いていない。

 

「……ん?ラウラさん、ルイディナさんが試着室に入りましたわ」

 

「Roger.Target『β』,complete move to point『G-2』.Target『α』……ohne sich zu bewegen」

 

「ラウラさん……格好良く応答するのは宜しいんですけど、最後のドイツ語はわたくし分かりませんわ」

 

「移動せず、だ。Over」

 

「……」

 

急に対応が面倒になったセシリア。そんな事は知らないラウラは独り言のように英語とドイツ語を織り混ぜた何かを言っている。本当はセシリアに対して色々報告しているのだがこれもまた届くことはない。

 

 

「じゃーん」

 

シャッとカーテンを開けたルディが胸を張る。

やはり水着とだけあって肌の露出が増えて普段見ないルディの姿が魅力的にうつる。

今着ているのは着緑色のホルターネックのビキニ。つーかビキニは皆同じに見えるけど言うと説教されそうだから我慢。お口チャックー。

 

「良いじゃん。大人感増したよ」

 

「おっけー」

 

数分後。

 

「じゃーん」

 

今度はボタニカルなチューブトップ。

これもまたフリフリが一杯付いてて胸のボリュームが一層増したように見える。これはあれだな。リンリンなんかに適してそうだな。

 

 

「……!?誰かあたしを馬鹿にしたわね!」

 

ゴッ!と何かを察知した鈴が立ち上がったと同時に鈍い音がする。鈴自身の脳天に何かが激突したらしい。

その感覚は鉄などの硬度の高い物ではなく、もっと生物的な反力を感じる何か。それを何となく理解した鈴が恐る恐る首を、体を後ろに向ける。

 

「……あ……あぁ……!」

 

「いきなり頭突きか。教師に対する態度がなってないんじゃないか?凰」

 

「ち、ちちちっ……千冬さ─」

 

その先の言葉が続くことは無かった。

 

 

「ん?誰か叫んだか?……気のせいか」

 

「ねぇー。このモノキニなんてどお?」

 

「……括れが強調されて大分刺激的な奴だな。良いんじゃないか?ちょっとませたって言われるだろうけど」

 

「んー……分かった」

 

シャッとルディが試着室に戻る。

しかし暇だ。なんだかんだルディの着せ替えショーも30分に及んでめぼしい水着も一通り選んだ。

途中からルディ自身が選んだ奴になっていたが、まだしっくり来る物が無いらしい。

 

「お客様。水着をお探しですか?」

 

「え?お、あ……私ですか?」

 

唐突にロシア語がボーッとしていた俺をどつく。

どうやら俺とルディがずっとロシア語で話していたのが原因で誰も話し掛けられなかったのを話せる店員が斬り込みに来たようだ。

いやぁ……俺こう言うグイグイ来る店員駄目なんだよな。断れなくてさ。

 

「えぇ、まぁ……」

 

「でしたら私共がお手伝い致しますよ。どんな物がご希望ですか?」

 

「えっと……」

 

不味い……グイグイ来てる!不味いよぉ……俺完全に女だと思われてるし。もしバレたら通報……そんな優しく終わらない!助けてくれルディィィィィ!

 

「失礼。ご厚意はありがたいですけど、彼女の水着はわたくしが決めてますの」

 

「セシル!?」

 

困っていると突然姿を現したセシル。服装はいつもと変わらず、学園の制服だが、やたら主張が激しい青いラップアラウンドサングラスが店員にプレッシャーを放っている。

さながら凄腕のプロデューサーか何かみたいだ……。

 

「そ、そうですか。大変失礼致しました」

 

「いえいえ。お仕事ですもの。わざわざありがとうございます」

 

セシルの 見事な対応で 店員Aは 逃げ出した!

優太の 心拍数は 25 下がった。133の経験値を 獲得!▼

 

「助かったよセシル……やっぱり持つべき物は頼れる仲間だよな!セシルも買い物か?」

 

「え、えぇ。そんなところですわ。わたくしも水着を探しに来たんですのよ」

 

「そうか。しかしそのサングラス格好いいな。……主張激しいけど」

 

って、ちょっと待て。

俺はセシルに女装をしたなんて言ってないしどんな格好かも言っていないぞ。それなのによく分かったな。あ、そうか。この義脚棒とルディが原因か……。

 

「優太さん。その、もしよろしけばなんですけど……わたくしの水着を、えらっ……選んでいただけませんか?」

 

「良いけど、センスないべ?」

 

「そんなっ、大丈夫ですわ。ささ、こちらですわ」

 

「え?ちょ、まだルディが着替え……」

 

セシルに引っ張られ、店の奥に連れていかれる。このフェイトナックは中々広い店だ。迷うことはない筈だが、ルディに何も言わず離れると見つけてもらえないかも知れない。

仕方がない。セシルは急いでるみたいだし、メールしておこう。

『セシルと店の奥』

 

「おわっと」

 

躓いた。転ばなかったけど手元が狂う。

『セシルと店の奥で逝ってるよ』

後半誤字だな。これじゃあセシルと心中したみたいじゃんかよ……要らぬ誤解をされそうだから変えないと。

 

ツルッ。

 

「あう!?」

 

義脚棒が滑った。

メールを打つのに夢中だった俺は不注意で尻餅をつき、誤ったままの文章で送信ボタンを押してしまう。

テクノロジーの進化ってのは凄いことでもあり、こう言う間違えたからキャンセルしたいってのが出来ないから困る。だいたいそうじゃんね?メール送信してキャンセルのボタンが出るのほんの一瞬だし。咄嗟に押せんわ。

 

「まぁ良いや。分かんだろ」

 

「優太さん大丈夫ですの?」

 

「おう」

 

たまにドぎつい事してくるけど、何かと真っ先に心配してくれるんだよなぁセシルは。そういう気遣いができる人ってのは意外と居ないものなんだぜ。

 

「ありがとう。で、お目当ての水着はあったか?」

 

「気が早いですわ。さ、選びましょう」

 

 

セシリアが単独で嫁と接触した丁度その頃、私もまた単独で店内を歩いていた。

店員がやたらしつこくまとわりついてきたから「Keep away from me」と敢えて分かりやすい英語で言ったら近寄ることは無くなった。何だったんだろうか。

 

「優太さん?」

 

「いや、がっつり日本語で話すならせめて曽我美で……」

 

「まぁ。失礼致しましたわ」

 

多種多様な水着の掛かったハンガーラックを2つ挟んだ先に嫁とセシリアが居る。そこまで五月蝿くはない店だからか2人の会話はよく聞こえる。

 

「お?この黒い水着はラウラに似合いそうだ」

 

「本当ですわ。ああ見えてラウラさんもお肌が白くて綺麗ですから、より映えると思いますわ」

 

「!」

 

別に盗み聞きをしていた訳ではなく、ただ単純に見て回っていたところへ私の名前が出される。それより私はセシリアに肌を見せたような記憶は無いのだが?

 

「何だ?ラウラと仲良くなったのか?いやぁ良かったよ。時々喧嘩してるから仲が悪いんじゃないかって心配してたんだ。あいつ……大変だったみたいでさ。ちょっと傲慢な所とか1匹狼な所もあるかも知れないけど、仲良くしてやってくれよ?」

 

「勿論ですわ。正直それこそ先程まではあまり良いイメージが有りませんでしたけど、やはり人は考えを改めることが出来る生き物だと実感致しましたわ」

 

「ありがとうな。で、関係無いんだけどラウラってさ、実は兎が好きみたいで、この前のほほんさんがフューチャーフォンに付けてた兎のストラップ見て身悶えてたんだわ。その様子が可愛くってさ……」

 

「か、可愛いっ!?」

 

思わず驚いてしまった。

この前寝起きの際に言われた時と同じで、心臓が跳ね上がったようだ。ドキドキして、とても……うむ……変な感じだ。嬉しい、のか……?しかし、あまり言われたこともなくて……ううっ。

 

「ラウラは尖ってたけど普通の可愛い女の子だから─」

 

「……優太さん。女性との会話中に他の女性の事を話すのはあまり誉められた事ではありませんわ」

 

「え?そうなのか?ごめん……」

 

少しセシリアにムッと来たが、今はそれどころではない。

動悸が収まらないのだ。顔も熱いし……これは不味い。この前シャルロットが言っていた『恋の病』と言う奴だ。どうすれば……そうだ!

 

「はぁ……ふぅ……」

 

『シュヴァルツェア・レーゲン』のプライベートチャンネルを開き、いつもなら私が間違えることはない番号を何度もミスしながら頭の中で入力した。

 

 

同時刻ドイツはとある基地。

基地に設けられた擬似湿原では黒い眼帯に同色の汚れきった軍服。ライフルを手に少女たちが沼を匍匐していた。

 

「進め進め!貴様らの速さはそんなものか!体を動かせクソ虫共!」

 

拳銃を2発虚空に放つ女性上官が汚い言葉遣いで女性達を罵倒する。彼女もまた、皆と同じく黒い眼帯に軍服。鋭い目付きは厳しい訓練を耐え抜いた軍人のそれに他ならない。

 

「一番遅い奴はスクワット5000回だ!嫌なら進め!」

 

再び2発。足元に転がった薬莢が軽い金属音をあげる様子を見下ろしていた彼女、クラリッサ・ハルフォーフ大尉はドイツで最強の部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の副隊長。

日本の(少女漫画から得た)知識を多く持っており、ラウラに(誤った)様々な知識を植え付けている張本人。最近嬉しかった事はラウラが恋愛相談を持ちかけてきて部隊との関係が改善されつつあること。

 

「情けないと思わないのか!これくらいの訓練など、織斑教官が居たときと比べ─」

 

─シュヴァルツェア・レーゲンよりCALL確認。秘匿回線の使用を許可・受諾されたし。

 

「受諾」

 

クラリッサの専用機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』にプライベートチャンネルが開かれた。ただのプライベートチャンネルではなく秘匿性の高い、どちらかと言うと超重要な任務内容等を話すときに使われる回線だ。

しかも相手はこの部隊の隊長、ラウラときた。そうなったら非常事態でしかないと、クラリッサはハンドサインで隊員達に『非常事態。訓練中断』と告げる。

 

「こちらシュヴァルツェア・ツヴァイク、クラリッサ・ハルフォーフ大尉」

 

『わ、私だ……』

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長。何か問題が起きましたか?」

 

本来であれば名前と階級を告げなければならないが、ラウラの落ち着きのない声音にクラリッサはそれを無視した。

 

『あ、あぁ。かなり重大な問題だ……』

 

再びハンドサインで『緊急召集』と告げ、一気に緊張感が増す。

 

「……部隊を向かわせますか?」

 

『いやっ、その……軍事的な問題ではない……』

 

「では?」

 

『クラリッサ……わ、私は……可愛い、らしいぞ……』

 

「は?」

 

上官に対して良くない返事だが、ラウラはそれを気にすることはなく、クラリッサもまた自分が失礼な聞き返しをしたと言うことに気づいていなかった。

 

『優太がな、そう言っていたのだ……』

 

「!あぁ、確かクラスメイトの曽我美優太ですか」

 

『う、うむ』

 

ラウラとプライベートチャンネルで会話をしながら、ハンドサインで伝えきれない事を筆談で隊員に告げる。

『隊長の片想いの相手に脈アリ』

それを見た少女隊員達はわぁっと盛り上がった声を漏らす。

いくらドイツ最強の部隊といえど、隊員は皆10代から20前半の乙女。前のシュヴァルツェア・レーゲン暴走の後に『好きな男が出来た』と聞いてからはその事にかなり敏感になっていた。

 

『そ、それでだな……。こう言う場合はどうすれば良いのだろうか……?』

 

「先ずは状況の確認を。それは直接言われたのですか?」

 

『いや、私の存在には気付いていないだろう』

 

「完璧ですね」

 

『そう……なのか?』

 

「えぇ。本人が居ない場所での褒め言葉は嘘ではありません」

 

『そ、そうか……!』

 

漸くラウラの調子も良くなってきたようで、元気を感じ取れる。続けて筆談で知らせながらクラリッサに熱が入る。

 

「して、隊長は今どこに?」

 

『うむ。戦友に誘われて水着のショップに来ているのだが……どれも防御力が著しく下がるものばかりでな。別に買う予定はない』

 

「そう言えば来週は臨海学校でしたね。では隊長は既に準備が出来ているのですか?」

 

『勿論だ。学校の指定水着で─』

 

「馬鹿なことを!」

 

『!?』

 

クラリッサが唸った。手に持っていた拳銃を地面に投げつけてワナワナとその手を握り震わす。

 

「確か、IS学園は旧型のスクール水着でしたね。それも悪くわない。悪くはないでしょう。男子が少なからず持つと言うマニア心をくすぐるでしょう……だがしかし、それでは─」

 

『そ、それでは……?』

 

鼻から、口から存分に空気を吸い込み、クラリッサはカッと目を見開いて告げた。

 

「色物の域を出ない!」

 

『なっ……!?』

 

「隊長は確かに豊満なボディで男を籠絡というタイプではありません。ですが、そこで際物に逃げるようでは『気になるアイツ』から前には進まないのです!」

 

『な、ならば……どうする?』

 

「フッ。私に秘策があります」

 

そう告げたクラリッサの眼がキュピーンと効果音付きで光った。

 

 

「じゃーん。結局これにしましたぁー……ってあれ?」

 

漸くルイディナが自信のある水着に着替えて出てきた。

しかし試着室の前には誰もおらず、付近に優太の声も聞こえない。

先程まではこの試着室の前で話していたのだが、着替えるのに夢中で右から左だった。

 

「えぇー。お兄ちゃんったらサイテー」

 

折角着たのに、と頬を膨らまして再度見渡して見るがやはり居ない。トイレだとしてもちゃんと言うだろうし、どうしたのだろうかと電話をすることに。そこで、自身の携帯にメールが来ていたことに気付いた。

 

「あれ?お兄ちゃんから……」

 

メールを開く。そこには無題でただ一行、『セシルと店の奥で逝ってるよ』と書いてあった。

 

「……は?逝って……る……?」

 

ルイディナは激怒した。かの英国淑女のセシリアが優太を連れていったと解ったからだ。

ルイディナは激怒した。必ず、かの英国淑女を優太から除かなければならぬと決意した。

ルイディナは激怒した。『逝く』と言うのはどちらかと言うと『イク』と捉えているために、店の奥で某の行為に耽って2人共々果てていると勘違いをしたからである。

ルイディナは、それはもう激怒した。周りの者は皆口を揃えて紡ぐ。

 

あれは……大気が震える程に恐れ戦く怒りの形相であった。と。

 

「キヒャヒャヒャヒャ!アーッヒャヒャヒャ!……悲しいなぁ……こんなところで人を殺さないといけないなんてぇ……!」

 

 

「うわぁぁぁ!」

 

夜中の3時。誰もが寝静まっているその時に1人、織斑一夏は目を覚ました。

全身は汗でびっしょりで、夏のムシムシした昼間の外気を思い出させる。部屋はエアコンがついていて涼しく、寝苦しくはなかった筈だが……。

 

「はぁ……はぁ……鈴と優太が死ぬ夢を見た……!」

 

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